いつかは終わるヒーローたちのアカデミア 作:Agateram
誤字報告をくださったuzu様、ありがとうございます。
「すっごい熱気やなぁ」
「確かにここまで来ると耳が痛くなるくらいね」
「ですが、確かにこの戦いの行方は気になりますわね。皆さんもそうでしょう?」
麗日、蛙吹、八百万の会話に周囲に座っていた一年A組の全員が頷く。正確には一人だけそっぽ向いている爆発頭がいたが内心は同じだろう。
自分たちの手が届かなかった舞台にこれから上る二人。
どちらもこの1ヶ月と少しの間だけだが、よく見知った顔だ。
緑谷出久はオールマイトのような超パワーの個性を持つが、それが発現したのは3月であり、無個性でヒーロー科の最難関、雄英高校を合格したという実歴の持ち主。その体術はもとより、槍を使った戦闘技術、相手のことを知り尽くしたような頭脳派な戦い方にも秀でており、それでいて時には目をむくような無茶を、笑みすら携えて行う、傑物。それがA組の皆が抱く戦闘面から見た緑谷出久という人物像。一歩戦いやヒーローから離れればどこにでもいそうな優しく、人当たりの良い人物という印象が強いだけに、戦闘面とのギャップが凄まじい。
対して彼岸四季の印象はどうか。一言でいえば『捉えどころのない』だ。実質今年で18歳になる彼はA組の皆よりも2つ年上であるが、それ以上に大人に感じることがある。かと思えばクックヒーローに料理で挑んだりする馬鹿みたいな姿があったり、皆から一歩引いて話の聞き手に回る気のいいお兄さんのような姿、宣戦布告をするような好戦的な姿、無表情で何を考えているのかわからない姿もあり、入学数日で隣のクラスの連中と街を歩いていた話もある。またヒーローミルコの義弟であったり、彼女のプライベートを探ろうとしたりしたものには明確な怒りを見せたりといったように、人によって彼が見せる姿は千変万化とは言わないまでも一定しない。まるで彼が相対する相手によって性格や仕草すら変えているようにすら思えるほどにそれぞれの彼岸四季への認識は違っていた。
しかし、それでも皆が共通して知っていることがある。彼がヒーローという存在に望む理想は限りなく高いことだ。入試で0ポイントヴィランを見て逃げ惑う人々を一喝したという話に始まり、個性把握テスト、戦闘訓練、ヴィランの襲撃、そしてこの体育祭。ヒーローに関することに対しては彼のスタンスはストイックかつ、高尚なものだ。潔癖といってもいいかもしれない。それほどに彼のヒーロー像は高いものであり、それに伴うように非常に高い力をもっている、間違いなくクラスの最上位に位置する実力者だといえるだろう。
緑谷出久と彼岸四季、どちらが上かと言えば、A組の皆の意見としては彼岸に軍配が上がる。
そもそも緑谷は彼岸やミルコから教えを受けたと公言しているように二人は友人であると同時に師弟にも近い関係にあるのだ。ならば力関係は決まったようなものである。通常ならば。
「普通に考えたら彼岸さんだけど、緑谷ちゃんは個性が発現したばかり。でも今はそれに慣れてきた感じがするわ。可能性はあるんじゃないかしら」
「確かに。それに純粋な力だけなら、おそらくだが緑谷が上だ」
「技術も高いぜ。俺なんか一瞬で負けちまったし」
「けど技術だけなら彼岸が一歩、いや個性の応用を考えれば二歩は先を言っているだろう。生命力を意のままに操り、増強、回復、武器の創造に眠りの付与効果までつけられる。」
「うーん、こうやって見るとホント彼岸くんってチートだね。弱点なんてないんじゃないかな?」
「いえ、ないわけではない、と思いますわ」「そうとも言い切れねぇぞ」
クラスの論争が彼岸に傾きかけていたのを止めたのは轟と八百万だった。推薦組の意見の一致にクラスはそろって二人に視線を送る。
「二人は緑谷が有利だとおもうのか?」
「少なくとも状況の有利不利を言うなら、不利なのは彼岸だ。」
「どういうことだ?オイラには二人ともケガはしてるけどそんなに大差ないように見えるんだけど」
「確かにダメージで言えば二人は大きな差はないでしょう。戦闘には支障はないはずです。ですが、それ以外の面ではどうでしょうか。そう、例えば個性の使用による体力の有無についてです」
「俺も同意見だ。四季は以前自分の個性の源は生命力だと言った。そして個性の源である生命力が枯渇すれば半ば強制的に休眠状態に入るって話を出久からUSJの時に聞いたことがある。今、四季にどんくらいの力が残ってるか、それが勝敗の分かれ目じゃねぇかと思う。」
「緑谷さんの個性『フルカウル』も体を走る紫電のようなエネルギーを纏うことによって超パワーを発揮する増強型ですがスタミナは残っている。
けれど彼岸さんの個性『春夏秋冬』は一つ一つの技に生命力を使うので、長期戦は不利。そして彼岸さんはこれまでの種目の要所で大きな力をつかっていらっしゃいます。いかに彼岸さんが二つ年上でプロヒーローに鍛え上げられてきたとはいえ、限界は近いはずです。」
日ごろから彼岸とよく一緒に訓練し、直接準決勝で戦った轟と自らも脂質を基本として物質を生成するという、彼岸の個性と近いものがあり、クラスでも指折りの頭脳、知識量ならトップの才媛である八百万の発言はクラスメイトをして信憑性が高く感じられた。
その発言を聞いて麗日がぽそりとつぶやく。
「確かに……さっきの準決勝とかすっごい力使っとったもんなぁ」
「……おお。そうだな……」
ワンヒット。轟は少しだけ心的ダメージを負った。なお悪気はない。
「闘技場、すぐになくなったもんね!3分くらい?」
「ああ…そのくらいだった、な」
ツーヒット。轟は屈託ない芦戸の感想に心的ダメージを負った。なお悪気はない。
「トップ10のヒーロー3人の厳戒態勢も凄いレアだよー。ホラもう話題になってるよ」
スリーヒット。轟は見えない手で持たれた携帯端末から世間の反応を見せられた。タイトルは『波乱の雄英体育祭! 1年の試合でオールマイト等トップヒーローが3人揃い踏みの厳戒態勢!?』だ。轟は崩れ落ちた。
「……すまねぇ。調子に乗って、やりすぎた。俺の中ではアレが決勝のつもりで……いや、出久を軽視してたわけじゃない。けどやっぱり意地になって周りを…」
「いや、落ち込むとこじゃねぇぞ轟。それだけ本気の熱い勝負だったってことだろ!」
「そ、そうですわね。彼岸さんもそれを承知で個性を使われていたはずです」
「うんうん。そのとおり!というかごめん。私のいい方が悪かった!ごめんよ轟」
「ごめん。そういう意味やなかったんやけど、ホントごめん」
「ああ…ありがとう切島、八百万。芦戸たちも気にしないでくれ」
(((……意外とセンチメンタル……)))
そんな喧騒にまぎれた1-Aの中で、冷静に闘技場を見つめるのは数人だ。爆豪と耳郎はその例外で何の因果か隣に座ってしまっていた。
ただ、憑き物が落ちたように眉間の皺もなくして、動かずに闘技場へ目を向けたままの爆豪と違って、耳郎の方は先ほどから落ち着かない様子を見せていた。
先ほどから彼女の優れた聴覚に入っていた生徒たちの決勝戦の予想。
先ほどまでなら、否定していただろう。しかし、今回ばかりは否定できない。
耳郎自身も初めて知るような彼岸の個性の詳細もあったし、先ほどの準決勝では彼岸らしくもなく表情も言葉も崩して出し惜しみなく全力を使っているように見えた。
———四季が負ける?あの彼岸四季が?
わかっている。四季だって無敵じゃないし最強でもない。実際USJでは一度脳無に気絶させられて血だらけで横たわった姿を見た。わかっている。アイツは絶対無敵のヒーローじゃない。
「ねぇ、爆豪」
「なんだみみなが……耳郎」
「この試合、大丈夫だよね?」
その問いに、爆豪勝己は目を見開いてこちらを見た。
それほどに先ほどの質問はおかしかっただろうか。
……いやおかしいだろう。
何故、自分はあんな質問をしたのか。
これは一大イベントであり、真剣勝負であるが、戦いではない。
負けるのは、いい。
いや良くはない。けれど、どうしてだろう。
視線の先、緑谷と相対している四季は、どこか消えてなくなりそうに見える。
「…彼岸四季は、強えぇ。」
「知ってる。」
「けど、アイツはどっか————。だから、いつか、必ずそうなる。」
「………そうなるってどうなるの?」
「—-——————————ガキでも知ってるだろうが。」
——爆豪がウチに向かって言った言葉は会場の歓声に被せられて、いくつかが聞こえなかった。普通なら、聞こえなかった。でもウチは、耳はいいから。聞こえてしまっていた。
試合が、始まる。
これで一つの舞台が終わる。
「なんだか、不思議な気分だよ。テレビの中でやっていたあの雄英高校の体育祭に、その決勝戦に僕と四季が並んで立ってるなんてさ」
「不思議でもなんでもないだろう。お互い以外に負けないなら、当然どこかでぶつかる。この体育祭にせよ、何にせよな。それで、まさか今更怖気づいたとは言わないだろう?」
「それこそまさかだ。だって今日は記念すべき、僕が真剣勝負に四季に初勝利する日だから」
「言うようになったなあの甘ったれたガキが。なら、やってみろよ出久」
「本気の本気で、獲りにいくよ四季」
セメントスが何とか再度作り上げた闘技場の中心で、1年生のトップを決める戦いが始まろうとしていた。互いに見知った顔である。なんならこの数年間はどこの誰よりも見慣れた顔だった。
だが、その体が纏う熱気が違う。その眼光の鋭さが違う。何より、覚悟が違う。
一人は先ほどの宣誓の通りに初めて真剣勝負で勝利するために。それが師匠、オールマイトの期待に応え、そして目の前の彼から信頼を得る一つの方法だと信じているから。
一人は自分の想像以上に成長した友人の高い壁であるために。それが自分の見た最悪の未来を覆すために、そして出久がより高く強く成長するために必要だと思うが故に。
目的は違えども、試合にかける熱量は同等。
既に構えあった二人には、もはやお互い以外に見えていない。
その様子を最も近くで見ているミッドナイトは、本来は彼女の気質として興奮するであろうこの場面で、何故か背中に冷たいものを感じていた。
———静か。でも抑えきれていない闘争心がある。けど……なんだろう。彼岸君は轟君の試合のように純粋に楽しむ様子が見えない。まるで———
『さぁミッドナイト、気合入れて最後の号令頼むぜー!!』
「…………二人とも、これが最後よ。全霊で臨みなさい。」
「「はい」」
返ってくる返事は肯定。どちらも素直……なわけではないか。緑谷君はともかく、彼岸君はなかなかに曲者なことは既にヒーロー科では周知の事実。
そして雄英の教師陣には他にも彼の生い立ち、半生についてある程度の情報が伝えられている。無論それは彼の半生が特殊すぎたものであるが故に。
言葉一つで変えられるほど、彼岸四季という少年は浅くはない。
けれども、ミッドナイトというヒーローはそれでも告げた。ヒーローとして教師といて先人として告げなくてはならない。
「けれど、決して忘れないで。あなたたちが目指しているのは、あくまでヒーローなのだと。」
「はい!!「………肝に銘じておきます。」
準決勝でも同じようなことを言った。しかし状況は似ているようで違う。二人の生徒に言葉をかけ、返された言葉は、どこまでも真摯。けれど、きっとその根底には言葉では届かない壁がある。
その壁を乗り越えた者にしか彼は変えられない。そしてそれは、私ではない。
「それでは、雄英高校の体育祭、一年生の部、決勝戦開始!!」
きっとそれは、彼にとってのヒーローの役目だろう。
「さぁ行くよ四季!!」「来い!出久!!」
初撃が、会場を揺らした。
比喩ではない。お互いが放った右の正拳。互いの心臓目掛けて放たれた一撃が激突した瞬間に、空気が、地面が震えた。
ただの一撃。ただのパンチ一発が激突しただけで、それまであった歓声はその衝撃の前に吹き飛び、地震にも似た振動すら受けたように会場の誰もが錯覚した。
そして、それだけで衝撃は終わらない。
続けざまに繰り出されたのはお互い蹴り技。緑谷の蹴りが彼岸の右脇腹を抉らんばかりに繰り出されれば、それを受けながらも彼岸の蹴りも緑谷の右のこめかみを狙いすませたように繰り出され、右拳で受け止められる。
互いの打撃は終わらない。それはお互いが単一の一撃で仕留めるのではなく、連打を前提にして重心、足の運び、体の動きを意識し、相手の次の一手を読み合っているからだ。
互いに常人を遥かに凌駕した体、そして互いの体術のほとんどを知る相手を一撃で倒すのは至難。それゆえの連打。
ただし、一発一発が常人には決して放てない領域にあるだけ。その速度、その膂力、その技、そしてそれら全てが織り成す両者の近接戦闘における完成度、いずれも高校一年生が放っていい領域のものではない。
一撃もらうだけでもそこらのヴィランなど蹴散らせるだろう。
それが連続して会場の中央で、眼にも止まらない速度をもって応酬されている光景。
その光景は準決勝における轟と彼岸の見た目が派手な個性を使った大規模な戦いとは質が違う。二人の戦いが大砲やミサイルの打ち合いならば、この戦いはまるで嵐が人間の姿をして争っているようなものだ。
見た目ならば、準決勝の方が派手で一般人受けするだろう。しかしプロヒーローならば、そのトップクラスならばわかる。この一戦は正に、この体育祭の決勝に相応しいと。
その光景が、どれだけ続いただろうか。
会場の人々はいつしか息をするのを忘れたかのように静まり返ったころ、ようやく緑谷と彼岸は互いの手足の届く距離から離れた。
二人は息を切らすこともなく、互いにクリーンヒットすらもない状態で再度距離をとって向き合った。緑谷の顔には笑顔が浮かんでいた。
最高の学び舎で、最高の舞台で、最高の相手と、競い合っている。これはあくまで通過点。ヒーローになるための訓練の一環だ。
それでも、この状況があまりに嬉しくて、緑谷は自分の笑みを止められなかった。
しかし、そんなことを考える余裕はこの先ないだろう。それは相手が鋭く細めた目の奥の光から察せられた。
静まり返った会場に、二人の声が響く。
「上機嫌だな出久。準備運動はもういいのか?」
「うん。身体も温まってきた。それじゃあ」
「ああ。ここからだ」
彼岸の体から赤色の光が放たれ、体に纏われる。未だ脈打つような赤色の体になっていないところから最高出力を出していないが、今まで緑谷が見てきた最高出力に次ぐ圧力を肌で感じた。
———これが、訓練じゃない。本気で戦う彼岸四季。
それに、対して高める闘志と出力を上げる個性とは裏腹に、緑谷の顔の笑みは深まっていく。
困難を前にした時に、助けを求める者を前にした時に、自分の不安も相手の不幸も振り払うために笑うことができる。それはヒーローに必要な一つの要素。そう思うが故に緑谷出久は笑った。
「フルカウル……50%!!」
緑を基調とした光が線を引いたように体を駆け巡っていく。
出力は安定。身体中を駆け巡る力は、物をつかむときに意識せず指先を動かすことができるように、十全に操れる。
「今日は、僕が、勝つぞ!四季!!」
「それでこそ、緑谷出久だ。だがどうせなら、お前の全部を見せてもらうぞ。……『大いなる星の息吹。秋にもたらされる恵みのようにその力の一端をここに譲り受ける。その形、その意味を、ここに現出せしめよう…』」
彼岸の腕に具現化されたのは真っすぐで飾り気のない、しかし鋭い刀身を持つ白色の槍、そして幅広く片刃で、同じく白い色の短剣だった。その片方、槍を緑谷に当然のように投げ渡して自身は短剣を左の順手に持ち替え前に僅かに突き出し、右拳を顎のすぐ側に置いて半身に構えた。それは緑谷出久のよく知る、互いが武器有りの状態で訓練をするときの彼岸四季の戦闘スタイル。そしてその構えは彼岸四季が近接に置いて最も得意とする型である。
投げ渡された槍と強化も構えも武装も、全てが本気の相手。それらが意味するのは一つ。
お互い、加減無しの、本気の戦闘を行うという意思表示。
「本番だ。———ついてこれるか?」
言葉は少なく、されど鋭い。
それに緑谷出久は、やはり、笑って応えた。考えて笑ったのではなく、考える前に笑みが漏れたような笑いだった。
「冗談。今日は、四季を超えていく日だ。だから、君の方こそついてこい!!」
雄叫びを一つ残して、緑の閃光は赤く高い壁に向かっていった。
今日こそはその高い壁を乗り越えんと誓って。
ひがん しき は ヒーローではない。ヒーローを目指しても、本当に望むヒーローには決してなれない。
確認しよう。
これは死から始まって、死で終わる彼の物語だ。