いつかは終わるヒーローたちのアカデミア   作:Agateram

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少しだけ時間が出来たので投稿します。

不定期になりますが、また更新再開できるかと思いますので、よろしくお願いします。

なお原作と少しずつ乖離していきます。


第50話 たとえ黄金の林檎を持とうとも

~~side どこかの誰か~~

 

暗い。

 

眼を閉じて感じるような暗さではない。

 

光など一切存在しない、闇だけが開かれている眼に映る。

耳は何も聞こえず、鼻は仕事を忘れたように機能せず、口は言葉を忘れ、皮膚は無いかのように何も感じない。

 

ただただ圧倒的な無。

 

そうか……俺、死んじまったのか

 

 

そう、負けたのだ。ヒーロー殺しに。

 

情けない。代々続くヒーロー一家の次代として、ヒーローインゲニウムとして、そして自分よりも才能あふれる弟が憧れてくれている兄として、これほどに情けないことがあろうか。

 

 

しかし、それも死んでからは届くこともない。

 

 

すまない天哉。すまない母さん。すまない仲間たち……俺は、ここまでだ。

 

 

———死にたいのか?

 

 

っ!?誰だ?

 

———死にたくないなら、手を伸ばせ。口を開いて声を上げろ。生きようとしない者を助けるほどに俺は傲慢じゃない。

 

 

………俺は、生きたい。

 

 

————良かった。

 

 

~~side 緑谷~~

 

「兄のことなら心配無用だ。要らぬ心労をかけてしまったな。すまないみんな」

 

体育祭から2日後、飯田の兄であるプロヒーロー、インゲニウムがヴィランに敗北し、未だ意識不明の重体となっているというなっているというニュースは雄英体育祭の輝かしい結果の裏で世間に浸透し、彼のクラスメイトも彼の兄の身に降りかかった現状を知ることになった。

 

インゲニウムは20代の若さにも関わらず、数多くのサイドキックと共に彼の事務所がある保栖市の治安の要であったほどに有名なヒーローだった。

 

そんな若手の実力派の一人を破ったのは、ヒーロー飽和社会とすら言われるこの平穏な時代において、ヒーローのみを殺傷してきたという一際目立つ所業を繰り返してきた、ヴィランネーム『ステイン』。通称は『ヒーロー殺し』。

これまで17人を殺害・23人を再起不能に追い込んできた凶悪犯である。

 

そんなヴィランに倒された兄を持つ飯田君を心配する声があがるのは必然だった。クラスメイトのみでなく、隣のクラスからは体育祭の騎馬戦で騎馬を組んだ拳藤さんたちも様子を見にクラスに来ていたほどだ。

 

しかし彼らに対して飯田君がとったのは先の言葉のみ。

それに対して、皆が口をふさいだ。できることは何もない。慰めの言葉も、無意識にもってしまう同情も、彼の重りになってしまう。

今は飯田君の心の整理がつくまでそっとしておくか、彼が弱音を吐いた時に聞くくらいしかできることはない。

だから僕らに踏み込めるのはそこまでだ。

 

「おはよう」

 

そんな沈んだ空気を散らすようにいつもと同じ声と共に入室してきた相澤先生がクラスの皆を見渡しながら出欠簿を開く。

 

「ふむ、彼岸以外は全員出席だな。彼岸については連絡を受けているから問題ない。ああ、それと本日の情報学はちょっと特別だから心するように。」

 

『ちょっと特別』。相澤先生が、平然と除籍と初日に言い放った担任教師がわざわざ特別とつけたことに、クラスは全員が身構える。それを見て相澤先生はゆっくり口を開き、

 

「本日は『コードネーム』。つまり自分のヒーロー名を決める授業だ」

「「「「「「「胸ふくらむヤツきたぁぁ!!」」」」」」」

 

教室の皆のボルテージが一気に高まる言葉を放った。仮にもヒーロー科。自分たちがヒーローとして働くための本名とは別の『ヒーローとしての呼び名』を決めるのだ。それに胸が熱くなるのは仕方ないだろう。

 

「諸君らは先日行われた雄英体育祭で人それぞれであるが、世間に自身の能力を示した。その結果から、今回雄英高校の実戦的カリキュラムの一つ、『職場体験』を経験してもらう。本日はその時に本名ではなく、プロとして行動してもらうために仮のヒーロー名を決めるためのものだ。職場体験については以前授業で話したな」

 

プロヒーローといっても、ヒーロー科を卒業してそのまま自分の事務所を開くようなヒーローは少ない。大抵はどこかのプロヒーローの元でサイドキックとなって現場で経験を積み、そこから実力、適性、資本力、知名度など様々な要件を満たしたものがようやく自分のヒーロー事務所を持つのが通例だ。

そのため、基本ヒーローになるためには3年生になってからヒーロー事務所に直接試験を受けて事務所に入るか、あるいはその前にプロヒーローからの指名を受ける必要がある。

 

「プロからの指名を受けた者は当然卒業後の進路先として優遇される。プロとしても即席の試験だけで見定めるより、職場体験や…お前たちにはまだ早いがインターンという制度を使って現場を共にした学生の方が信頼を置けるからな。とはいえ、今回はどちらかといえば、君たちが体育祭で見せた『将来性に対する興味』に近い。卒業までにその興味がそがれるような無様をさらせば、当然指名など無意味に終わる。相手方の事情で一方的にキャンセルや次以降に指名が来ないなんて事はよくある話だ」

 

「大人は勝手だ!」

 

相澤先生の説明に、峰田君が愚痴りながら机を叩く。世知辛いようだが、ヒーローとしての将来性なしとされるか、あるいは自分の個性や方針と合わない者を迎えても現場に支障が出る。それは自分の命やサイドキック、そして民間人をも危険にさらす可能性がある以上、こちらを見定める目が厳しくなるのは当然のことだ。

 

「そして、お前たちへの指名を集計した結果がこちら」

 

 直後、黒板に表示された集計結果に全員の視線が集中する。

 1-Aで指名者がそこに列挙されており、その横に指名数が掛かれていた。

 

  

緑谷:3861

 轟:2109

爆轟:1632

彼岸:1201

八百万:880

上鳴:410

耳郎:364

常闇:351 

飯田:332

切島:70

砂藤:31

瀬呂:22

麗日:15

蛙吸:8

障子:4

葉隠:4

 

 

「ぼ、僕に3800も……」

「おお!俺に400も…ウェーイ!!」

「約900…ありがたいですわ。」

「おお…決勝トーナメント残ってなかったのに指名が…やったな常闇!!」

「ああ」

「お前等レクとかで目立ってたし、個性がシンプルに強いもんなぁ…」

 

悲喜こもごもなクラスの反応を一切無視して相澤先生は説明を続ける。

 

「例年は最終種目に残った者がほとんどだが、今回はベスト4に残った者に票が集中している。とはいえ、それだけなく第2種目やレクリエーションで個性を上手く活用していた者も指名が来ているな。指名がなかった者も学校側が指定したヒーロー事務所がある。それらからお前達にはヒーロー事務所を1つ選び、そこで職場体験をしてもらう。」

 

なるほど。プロの現場では基本的に個人名ではなくヒーロー名で呼ぶ。それはヒーローとしての認知をあげるため、だけではなくヒーローの個人情報を開示させないためでもある。ヒーローは多くが自宅を事務所としない。それは自宅を知られることでヴィランからその身を、そしてその家族を守るためである。

 

基本ヒーローはそのヒーロー名と事務所の場所以外の個人情報を表出させない。それはヒーローという『個人』が直接ヴィランと対峙するため、ヴィランから私生活にまで狙われることを防ぐためだ。そしてもちろん、その家族もヴィランからの復讐の対象として、危害が及ぶ場合もある。だからこそ、本名をさらしてはならないし、マスコミでさえ基本的にヒーローの実家や家庭環境までは公表しない。もっとも、よほどのことがあれば別だが。

 

そんなことを考えていると耳郎さんから驚いたように呟く声が聞こえた。

 

「彼岸が4番目?一番目立ってたはずなのに…」

「お?そういえばおかしいな。優勝者がベスト4で一番低い」

 

みんな自分の名前に集中していたためか、少し遅れてその状況に気づいていた。だけどそれに対しての答えは予想がついた。

 

「四季はあんなに目立つ形でミルコとの師弟関係がばれちゃっているからね。指名してもミルコの所に行くからってことで指名が少なくなったんだと思う。」

「逆にいえばそれでも指名してきたってことはミルコに渡りをつけたいか、あるいはそれを差し置いても彼岸の実力を優先した一部ってところか」

 

「確かにお前たちの予想通り、彼岸は数こそ少ないが様々なトップクラスのヒーローから指名が来ている。まぁ本人はいないが」

 

「先生、彼岸さんなにかあったんですか?」

「ケロ。お休みなんて珍しいわ。体育祭の疲れかしら」

 

「いや、彼岸は既に職場体験を行っている」

 

相澤先生のその言葉で、教室の喧騒はピタリと止み、視線でどういうことか相澤先生に問うていた。それはそうだ。なんせ通常であれば職場体験までまだ日が空くはずで、そのためにヒーロー名を考えると先ほど先生自身が言ったのだから。

それを覆すほどの何かがあったのか。

 

「彼岸は現在とある理由で一足早く職場体験中だ。その理由は現状ではこたえ「わーたーしーが、電話を持ってきた!!」……急ぎ、でしょうねオールマイト」

 

相澤先生が麗日さんたちの質問に答えようとしたところで、オールマイトが教室の扉をあけて入ってきた。その手にはヒーローが使っても大丈夫、という丈夫さがウリの携帯電話が握られている。心なしかいつもの笑顔より喜色が多いような?

 

「すまないねイレイザーヘッド。それにA組の皆も。実は急ぎの連絡があったのでね。飯田少年、君宛に電話だ」

 

「ぼ、僕にですか!?急ぎとは……まさか兄に何か!?」

 

驚きのあまり一人称が一度だけ聞いた『僕』という高校入学まで使っていたものに戻ってしまっていることにも気づいてない。

 

「もしもし、天哉です。まさか兄に何か!!」

 

飯田君は勢いよく立ち上がり、その勢いで倒れる椅子にも気をとめずにオールマイトが差し出した通信端末を受け取って話す。流石にフルカウルもなしに電話の声は聞こえない。けど、このクラスで通常時では最も聴覚に優れた耳郎さんだけが電話からの音を拾ったのか、体を揺らしていた。ということは…まさか

 

「……彼岸君、か?何故君が電話を?それに急ぎの連絡とは」

 

やっぱり四季……このタイミングで、飯田君に、しかも授業中に連絡ってことは……まさか。

 

「本当、なのか。兄が、目覚めて……また歩ける?」

 

ガタっとクラス中がその通話内容に釘付けになった。その中で、放心したように飯田君が電話口に語り掛ける。

 

「わかった。すぐに病院に行く。……ありがとう。ありがとう…彼岸君」

 

電話からの声は聞こえない。けれど、飯田君の声とその眼からあふれる涙が四季が為したことを物語っていた。

 

「どうやら上手くいったようだな。飯田、今日は早退していい。早く行ってやれ」

「っはい!!失礼します!!」

 

そう言って飯田君は荷物も持たず、廊下は走らないという規則すら気にとめることなく走りだした。オールマイトはもとより、規律に厳しい相澤先生も今ばかりはそれを見過ごしていた。僕は今思い至った推察を確かめるために二人に声をかけることにした。

 

「先生、あの様子だとまさか四季が?」

「ああ、そうだ。もう知っていると思うが、ヒーローインゲニウムは先日ヴィランから受けた傷で意識不明の重体だった。リカバリーガールですら、本人の体力とケガの状態から考えて命を繋ぐ以上の治療は不可能との診断が出るくらいにな。だが、彼岸の治療ならば治癒の可能性があった。とはいえ、アイツはまだ学生。ヒーロー免許も医師免許も持ってない。だから」

 

「彼岸少年が根津校長、リカバリーガールに頼み込み、二人の連名で国に嘆願書を出し、職場体験中での活動の一環として限定的に個性使用許可をもらった。彼岸少年の癒しもいくつか制約があるらしくてね。その一つがケガをしてからの時間だった。」

 

「時間?彼岸さんの個性って時間が関係あるんですか?」

 

「ふむ、良い質問だ麗日少女。だがそれは私よりも緑谷少年の方が詳しいんじゃないかい?」

 

「はい。四季の個性『春夏秋冬』による治療は生命力を相手に分け与えて傷を癒します。けれど、全ての傷を癒せるわけではないです。生命力をいくら与えても傷を治そうとする体が既に別の形で治ってしまっていたり、傷やダメージが体に馴染んでしまうと元の形に戻そうとする力が弱まってしまって回復がしにくくなるってことでした。つまり四季の回復は傷を負ってからの時間が早ければ早いほど治癒効果が高く、時間に比例して効果が低くなる性質があります。これは四季曰く体の欠損を魂まで刻まれてしまうからで」

 

「うんOK。そこまでだ緑谷少年。君相変わらず分析や解説になるとすっごい早口になるね!」

「す、すみませんオールマイト」

 

「いや話をふったのはこちらだからいいさ。まぁそういうわけで少々強引だが彼岸少年はヒーローミルコの元で職場実習という形をとり、その活動の一環として個性の使用による治療を行った。その結果インゲニウム、つまり飯田少年の兄は無事再起不能のケガを癒すことができたってわけさ。」

 

おおっ!!という歓声がクラスで唱和される。喜び合って隣とハイタッチする人たちもいるほどだ。本当に良かった。けれど疑問は残る。

 

「……オールマイト、四季の治療ではそこまでの治癒力はなかったはずでは?」

「HAHAHA!さすがに一緒に特訓してないね緑谷少年。そうとも。一昨日までの彼では今回の治療は不可能だった!!できて意識を取り戻すまでが限界と彼も状態を伺った時に判断していた。しかーし!彼は!その限界を超えてきた!!

まぁ最も限界を超えた治療を行った反動で、現在は自力で立つのも難しい状態らしい。だが、条件次第では医療系ヒーローのトップクラスであるリカバリーガールを上回る回復術を彼は身に着けた。わかるかい受精卵諸君」

 

オールマイトが彼岸四季と書かれた場所を指し示し、

 

「彼岸四季は先日の体育祭で一年のトップをもぎ取った、のみならずこの2日で更にそれまでの自分を乗り越えた。正にプルスウルトラ!!君たちも指名に浮かれていると更に置いていかれるよ!!」

 

吉報に沸いた教室で誰もが口を引き締め、喉を鳴らした。自分たちの頂点に立った彼は更に先へと歩を進めている。だから、僕らも進まないと。

 

「いい面構えになったじゃないか皆。とはいえ、まずは自分の名前、ヒーロー名を決めなさい。自分がヒーローだと自覚するためにね」

 

「おっし、さくっとヒーロー名つけて、職場体験気合入れてこうぜ!」

「おお彼岸に負けてらんねぇしな!」

「遥か先にいる頂き…追い抜くのみ」

 

クラスメイトたちの気が引き締まったところで、相澤先生からミッドナイト先生へ担当が変わり、ヒーロー名を考えるという普通のクラスにはあり得ない授業が始まった。

 

まぁヒーロー名とは実名を隠す役割であると共に、ヒーローとして在る自分に名付けするということである。だからこれも立派な授業なのだ。

 

とはいえ、できれば事前に言ってもらえれば多少考えることもできただろうに…正直僕はその辺りのセンスはない。けれど適当なものを考えようとすればミッドナイト先生曰く地獄を見るとのことだったし。

 

「この時に付けた名前がそのまま認知されちゃって、そのままヒーロー名になっているというものプロヒーローに有りがちなのよ! 変な名にすればそれだけで自身のイメージが変わることもあるのよ。それに名は体を表すともいうわ。自分が目指す将来のイメージ、それを踏まえて真剣に考えて答えを出しなさい。」

 

「まぁそこらのセンスはミッドナイト先生に査定してもらう。俺はそういうのは向いていない。適材適所だ」

 

そう言い残して、手早く寝袋の中に入り寝てしまった。コレがなければもっとカッコいい先生なのだけど……。

まぁそれはともかく、四季が先に職場実習に行っているってことは

 

「相澤先生、四季はもうヒーロー名を決めたんですか?」

 

「ああ……アイツのヒーロー名は『シキ』。自身の名をそのままってのは珍しいがなくはない。」

 

そう、珍しくはない。

ただ、しかし、それは彼岸四季の場合にあっては違うものだ

 

彼岸四季は、ヒーローを望みながら、ヒーローの卵たちの最先端にいながらにして、未だに彼岸にいるのだとこの教室で僕だけが知っていた。

 

 

 

 

~~side彼岸~~

 

 

俺の個性『春夏秋冬』。その中で春は癒しを司る俺の唯一誇れる個性の使い方だ。

 

だから、それを伸ばした。誰かを癒すために。助けるために。

 

その結果が、俺の手の中に納まる小さな林檎。

それに質量はほとんどない。それに味などあるはずもない。

しかし実体があり、かじりつき、己の身の内に取り込むこともできる。

そのための形。それだけのための形だ。

 

黄金の林檎。

 

それこそは癒しの具現。生命力と呼ぶ力を形にした、『曼珠沙華』と名付けた技の応用。

違うのは形作った器に込めたのが、全てを焼く暴虐ではなく、安らぎを生む癒しだったというだけだ。

形とて林檎である必要はない。ただ食す、己の中に取り込み、一部と為すために食物という形が最も認識しやすかっただけであり、林檎になったのはただのイメージだ。

 

黄金の林檎はいくつかの神話では不老不死の源と呼ばれる。

 

そんな薄っぺらいイメージがあったためこんな色と形を象ったのだ。意味などあってないようなものだ。

ただし効力は現在の自分にできる癒しの力でも最も高い。これは外から生命力を流し込むだけでは癒せない傷も癒すことができる能力がある。それと併用して外部から癒しの力を流し込めば、たとえ致命傷でも負った瀕死の重体であっても、その傷を負った直後ならば完全に癒すことができるだけの手ごたえを感じた。

 

その代わりにこの林檎を作り出すために使う生命力は膨大で、これを作り、かつ癒しの能力を併用した後では丸一日以上は戦闘不能になるだろう。現在自力で立つことさえままならず、飯田に連絡をした後はベッドに運んでもらい、死体のようにぴくりとも動けずにいる。

 

つまりは燃費が悪く、多用はできない。一日に救うことができるのは最も近くにいる一人だけだ。

 

それでもクラスメイトの兄を癒すことくらいはできた。一人の命を救いあげるくらいはできたのだ。

 

良いこと、だろう。

以前はできなかったことができるようになった。それも人の命を、その未来を守れた。

間違いなく善行で、己が理想とするヒーローの行いとしてなんら恥じ入ることもない。

 

だから今はこの脱力感に任せて眠りに落ちよう。()は間違いなく、誰かを救えたのだから。

 

 

———本当に?

 

だが疑念が眠ろうとする己の肩をつかんで引きずりだす。

 

———本当に、私は彼を救えたのか?

 

私が、俺に問うている。

 

———また彼はヒーローへと戻るだろう。君のおかげで。君のせいで。

 

いいことじゃないか。

 

———ただの癒しだけでよかったはずだ。それだけでも目を覚ますことができた。

 

彼は彼が思い描く明日を生きていける。それのどこがいけない。

 

———そうして、また死ぬ。わかっているだろう。世間のいうヒーローとはそういうものだ。

 

自身を危険にさらしても人を助ける。それの何が悪い。

 

———つまりは、お前はまだ死ぬな。生きて他人の贄になれとそう彼に言ったのだ。

 

違う。

 

———違わない。哀れなものだ。自己犠牲しかできない英雄も、他者犠牲しかできない敵も、傍観と諦観しかない民衆も、全て哀れなものでしかない。

 

それでも美しいものはある。

 

———それに、何の意味がある。変わりはしない。この世は変わらない。『個性』という劇薬ですら、人の本性は変えることなどできなかったのだから。

 

…それでも

 

———何度繰り返しても人は元始から何も変わらない。『それでも』『いつかは』などと、重いものを次代に託すなよ。それは詭弁だ。そんないつかは、永遠に来ない。唯一の救いがあるのならば、それは————

 

己の内から湧き上がる声を遮るように、携帯電話が鳴る。不意の連絡に跳ね上がる鼓動とは裏腹にひどい倦怠感で枕元の電話を取るのも億劫だ。

辛うじて腕を動かして携帯を取ると電話ではなく短い文章だけが画面に映っていた。差出人は緑谷出久。

 

そこに書かれた文字は彼のヒーロー名が決まったという報告とその名前だけの簡潔な内容。

しかし、そこに書かれた文字だけで彼の真意はくみ取れた。

 

ヒーロー名『ロンゴミニアド』

 

彼が得意とする槍。遥か遠い昔、それこそ神話や伝説に謳われる有名な槍の一つ。

英雄譚や神話に置いて神々や精霊の祝福を受けたとされる聖なる槍。

———或いは神や救世主に向けられる槍と同一視されるモノでもある。

 

「くっはは、ははははは!」

 

いつか、終わりは来る。

偉大な英雄も、地獄で笑う巨悪にも、見知った誰かも、見知らぬ誰かも、全てにいつか終わりは来る。

 

例えこの身がいかに生命力を巧みに操ろうとも、例え黄金の林檎を食んだ(不老不死を得た)としても、本物の永遠はこの世界にはないのだ。いつかの時は当然のようにいつか来る。

 

その『いつか』はそんなに遠くはない。

 

俺は安堵の息を吐き出すと共に今度こそ睡魔にその身を任せて眠りに落ちた。

 

 

 




ロンゴミニアド
アーサー王伝説の所説で登場する槍。
なお救世主や神を殺す槍というのは俗説である。

俗説とは、世間に広まるデマであるが、しかし世間から認識されたモノである。

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