いつかは終わるヒーローたちのアカデミア 作:Agateram
その灯はあなたの姿を照らすでしょう。
その熱はあなたの体を温めるでしょう。
それが例えどんな醜い姿だとしても。
それが例えあなた自身を焼くとしても。
炎に罪はありません。
薪をくべるその手に罪が宿るのです。
彼岸四季の職場体験は順調だった。
体験初日に雄英体育祭で会得した『曼珠沙華』を応用した回復術、『
もちろんどんな傷でも全治できるほどの万能性はないが、おそらくは傷を負う現場、つまりは最前線にいれば即死でないかぎりは命を繋ぐことはできる。
それは彼岸四季にとっては間違いなく朗報であった。
たとえ『
他人で治験を行ってしまったのは申し訳ないと思ってはいたが結果で勘弁してもらおう。
彼の感想としてはそんなものだ。そんなものに落ち着いた。
インゲニウムの治療から彼の状態を診るためと四季自身の体調を戻すためにしばしの休暇を挟んで職場体験を再開し、新しく作り出したその個性を遺憾なく発揮することになった。彼の義姉、ヒーローミルコが治療のためにと許可された職場体験中の限定の『個性使用許可』を使って、彼に随伴を許可したためだ。
ミルコは最前線で生きるヒーローである。つまりはヴィランと拳を交え、刀剣をかき分け、弾丸を飛び越え、災害に身をさらして駆け抜ける生き方を日常のように繰り返すということだ。
彼女はその『個性』による優秀な聴覚、嗅覚、触覚、そして第六感というべき直感をもって死線を跳ね回りながらも、その死を回避する。しかし当然怪我をすることも多いのは確かだ。
だが彼岸四季が傍にいれば多少の怪我は許容範囲になる。つまりはより多くのヴィランを叩きのめし、多くの人を助けることができる。
だからこそ、職場体験の一週間、彼女は普段は行わないであろう他のヒーローとの連携や連絡網を使いつくし、ありとあらゆる現場に向かった。
例を挙げるなら、午前中に九州で事件を解決したかと思えば夕方には関西でヴィランを蹴り飛ばすといったように無茶苦茶なスケジュールであった。
東奔西走。脱兎のごとく駆け抜けるのが普段の彼女だが、流石にこの一週間のペースは尋常ではなかった。この1週間だけでもヒーローの平均的な半年の検挙数を上回るほどのハイペースならぬオーバーペース。
それを可能にしたのは彼岸四季の存在だ。
無論彼女もヒーロー志望とはいえ弟を傷薬のように使うことに躊躇いはあったが、その在り方を許容したほうが彼岸四季という少年の心には良いということを彼女は知っていた。
だから彼の個性に頼る。そうして彼が必要であると、彼自身がそう思えるように。
個性を使用し、それが確かに誰かを助けられているという事実を見せる。それは『ヒーロー』としての自覚の一歩だ。
義姉として、義弟として寝食を共にする。それが『人』としての人格形成の補填になる。
そうした日常を過ごすことが、彼岸四季の自己肯定感には確実にプラスに傾いている。
そうしなければ、彼岸四季はろくな事にならないと知っていたからだ。
元々彼岸シキはヒーローではない。ヒーローの皮を被っただけの、偽物だ。
その偽物が、雄英体育祭という大舞台で本物の卵に勝ってしまった。
勝たなければいけなかったし、少なくとも彼の心中では勝つ必要があった。しかし、そのために使った手段は彼がこの世界で最も忌避するモノであった。
そうしてやはり、彼は自己嫌悪する。
所詮自分はそういうことしかできないモノだと理解してしまう。
そして、現実として彼はそうあることでしか彼自身を保てない。
兎山ルミは義弟である彼を愛しく思う。ヒーローの卵としての彼を家族として誇りに思う。しかして、ヒーローミルコはモノとしてある彼が大嫌いだ。
だからこそ、それでもできることはある。助けられる人がいる。共に生きる人がいる。それをわからせるための一週間だった。
ヒーローとしての功績など、はっきり言ってミルコには大して興味もない。蹴り飛ばしたヴィランにも、なんなら救った人たちすらもこの一週間だけは忘れていた。
徹頭徹尾、この一週間は彼岸四季のために。
そうして全国を津々浦々と回って、互いに苦労と笑顔を分け合って、ようやく四季は体育祭前までの自意識というものを取り戻した。
それだというのに、現実というものはどこまでも優しくない。
実習最終日に日付が変わったばかり、深夜に彼岸四季は、雄英高校襲撃の主犯格、死柄木 弔に遭遇した。
遭遇という言い方は正しくはない。相手は人質を取り、連絡も抵抗も許さない状況を作って待ち構えていた。
後の事情聴取でわかったのは、死柄木は彼岸四季に強い興味を持ったこと。
それこそミルコや四季本人に倒されるリスクを冒しても、ミルコの現在いる場所を特定し、彼とだけ話せるように場を整えた。彼とただ対話するだけにそれほどの準備をしたのだ。ただの愉快犯、あるいは『子ども大人』と言われるような無鉄砲だと考えられていた死柄木 弔がである。
事情聴取は朝方まで続き、ミルコはもう一人の実習予定であるイヤホンジャック、耳郎響香を迎えに行き、四季には次の目的地に行きそこで少しでも休憩をとるように指示をした。
けれど、それは死柄木に会ってしまった四季には無理な指示であった。
——アンタさ、こっち側の方が楽なんじゃないか?
——捨てたら来いよ、彼岸 シキ?
その言葉が頭から離れない。
別にヴィランになりたいわけではない。わけではないけれど、死柄木の言うことを否定できなかった自分がいたのは確かだ。
そんな思いを抱えてのうのうと休んでいられるほどに、彼岸四季の抱える病巣は軽くはない。
だから、次の現場である保栖市についた時に彼がヒーローの
なんせそうやって彼は1週間かけて自己の安定を取り戻したのだから。
そうして、人気がない場所へ。ヴィランがいるような場所へ。土地勘もないままで始めたパトロール擬きの先で、炎を視た。
今にも人を焼きつくすような憎悪に染まった、くすんでひび割れた、燃えながらも朽ちかけたサファイア。そんなありえない色彩を放つ憎悪の塊を視た。
判断はそれだけだった。別にその相手が誰かを傷つけていたわけではない。『個性』を違法に使っていたわけでもない。ただ自分の『個性』が、本能ともいうべきそれが、コレは放っておくことはできないと断じただけ。
それだけで四季は見知らぬ/見知った彼に声をかけた。
一瞬、違和感を感じたがそれでも四季は行動を止めなかった。声をかけられた相手も少しだけ驚いたような顔をした後に笑って四季に応じた。
そして、その五分後に誰も人が来ないような路地裏。人気がない場所で二人は真っ向から対峙した。何も言わず、互いにそうであることが当たり前のように『個性』を全開にして。
「あー……なんでこんなことになったんだっけな?」
「気分、直感、雰囲気、何となく、何なら正当防衛でも構わない。そっちの理由は何だって構わない。」
「自分は違う、とでも言いたげだな?」
「ああ。俺の『個性』は少し特殊でな。まぁ相手の心根とか、性質とか…稀にだが視界に映る相手の過去とか未来とかも見えるんだ。まぁ最後のは、ほとんどの連中には言ってないしコントロールも効かないんだがな」
困ったもんだとわざとらしく続ける。無論言葉とは裏腹に姿勢は前傾、拳は固く握られ、瞳は鋭いままで一瞬たりとも緩まず、揺るがずに。
「……で?」
「ああ。いきなりこんなこと言われても困るよな。だから結論から言うよ。」
——俺はお前が気に入らない。だから死ね。
言い終わる前には、既に四季の蹴り足を相手の鳩尾に叩きこんでいた。
既にその体は赤い光に覆われており、戦闘態勢は済んでいる。結果として、人の身であるが、振り抜かれる脚は既に大型車を数十メートルは跳ね飛ばせる凶器と呼ぶのも憚られる、兵器そのものだった。
当然それを受ければ2mも満たない旧来の人型でしかない相手は吹き飛び、絶命する。
しかし、その結果は訪れなかった。
「っクソが!それでもヒーローかよテメェ!!」
音速に迫る勢いの蹴りで男の体は後方へと吹き飛ばされ、両腕は鈍器を受け止めたように鈍いしびれが残る。それでも結果として、相手は生き延びていた。
要因はいくつもあるだろう。
ギリギリで相手が反応して背後に跳んだこと。両腕で防御をしていたこと。
しかし何よりも四季の蹴りが直撃しなかったことが、相手のとっての最悪の結果を招くことを防いでいた。
そして直撃しなかった理由は一つ。
相手が避けたのではない。反応できていても当たるのは確実な間合いと速度だった。故に避けたのではなく、当てなかった。いや、四季が咄嗟に当てるのを止め、軌道をわずかに逸らしたのだ。
「青い炎。どうやらその個性、コケ脅しじゃないな。」
対峙した相手はその身に蒼い炎を纏っていた。それが蹴り足の当たる瞬間に四季の生存本能に警鐘を鳴らした。故に反射的に蹴り足は僅かに逸れて掠るだけに留まったのだ。少なくとも四季はそう解釈していた。
一般的に炎は余計な燃焼物質を含まない場合は赤よりも青に近い色の方が温度は高い。個性由来の炎にどれほどそんな旧来の一般科学が通用するのか四季には理解できないが、少なくとも大気を焼いて伝わる熱量は10m以上離れてなお彼の頬にわずかに滲んだ汗を蒸発させた。
熱、炎という原始の時代から続く生物としての本能が、己を焼く圧倒的な熱量を忌避する。
だが、わかってしまえば四季には関係ない。武器を作って攻撃すれば全身を焼かれることもない。
「大した火力だ。だが、お前はここで終わりだ」
「はっスゲェな。殺意しかねぇ。お前ホントヒーローかよ。これが雄英の、ヒーローの卵たちのトップか。世も末だなぁオイ」
「ああ、いつだってこの世は末だ。だが一つ間違えている。
くだらない会話をしながら相手の出方を、姿勢を、意識を、『個性』を、その身に流れる『生命力』を視る。
超高温の蒼い炎を操る『個性』。サファイアのように四季が感じたのも眼にその眩いばかりに強力な個性のため。しかし、その色彩がひび割れ、朽ちかけていた。しかしただ朽ちかけるモノならば宝石に見えるはずもない。四季のその『個性』が知覚する、煌々と燃える姿はまるで自身を薪に燃える地獄の業火のようですらある。
———自身を薪に?
自身の『個性』による感覚が得た感想に疑問を感じ、四季はもう一度、対峙している相手を見た。いつものように
「おいお前、
そこで、初めて四季は対峙したモノの形を知った。対峙した相手が、異形系の炎使いなどではなく、自分の個性で自分自身が焼けてただれ落ちそうな皮膚をどうにか繋ぎとめているだけの、旧人類史における人型の炎使いであることを悟った。
ヒーローとしてのパトロール中だからと自分の『個性』を無意識に強めていたため、ただの瞳に映る映像よりも『個性』で視える中身の醜悪さばかりに意識がいっていたことに内心舌打ちする。
「ああ。それが俺の『個性』だからな。発する熱量に、自分の体が耐えられないんだ。」
笑えるだろ?
そんな言葉は炎に乗って来た。
何のことはない。四季が先ほど行ったように言葉と同時に攻撃しただけだ。
ただその一瞬、一言話すだけの間だけで四季の周囲の地面が溶けた。
コンクリートで固められた強固なアスファルトが融解したのだ。巻き込むように周囲のゴミや剥き出しになった鉄筋さえも数秒でその形を保てなくなった。しかし、その莫大な熱の塊をただの前蹴りの一振りで眼前の蒼い炎を赤い蹴り足の軌跡が切り裂く。炎の塊は二つに裂け、両端を焦がしながらも四季の横を通り過ぎた。故に四季の周囲の地面は溶けたが四季とその背後だけはその惨状を免れていた。
「笑えるな。こんな火力を『個性』を持っているのにやっていることがヒーロー擬きを相手のヴィランごっこか。まぁ誘ったのは俺だが、な!」
返す言葉でコスチュームに着けられた投げナイフを投じた。一本目を左のサイドスローで投じて、拳を巻き戻すようにして更に一本、死角になりやすい斜め下からの軌道で投げ放った二つの投擲。一本目こそ避けようと動いていたが二本目は訓練を受けていない『個性』頼みのヴィランに避けられるはずもなく、しかし、避ける必要すらなく、相手を傷つける前にその体が瞬間的に発した炎の熱でアイスのように溶けて、燃えて、消えた。
「あぶねぇあぶねぇ。だが、本気を出してる時の俺の『個性』は、小細工が通じるような火力じゃないぜ?」
そんなことは最初の一合でもうわかっている。そして今の投擲と最初の蹴りで相手の体術がほとんど素人、身体能力も高く見積もっても中の上程度であることはわかった。
なら対処は簡単だ。相手の間合いの外から『個性』を使った遠隔斬撃、或いは最低でも四肢の一つ犠牲にすれば容易にとれる。
そう判断しながら、期を伺った。それが失敗とも知らずに。
「テメェを焼き殺してやれば、アイツ等の愉快な面が拝めるだろうなぁ」
「アイツ等ってのがどこの誰のことかわからないが……アンタじゃ無理だ」
失敗と呼ぶには酷かもしれない。何故ならこの時点までは、四季の判断は正しかった。
相手は使えば使うほどに自分を焼く個性。
速度、身体能力、近接戦の技量は自分が上。遠距離でも悪くても拮抗できる。
そうした事実の結果、戦闘の遅延、会話の成立による時間の経過を良しとした四季の失態。
「ぶっ殺してやるよ彼岸四季」
「そういうことは、殺した後に言うんだよ三下」
逃げに徹されれば周囲への被害が甚大となる。そうした四季の考えも、間違ってはいない。
だが、ここで彼岸四季はいつものようにあるべきだった。
彼岸四季はヴィランの言葉を聞かない。何故なら相手は敵だ。敵とは容赦も遠慮も躊躇もしなくていいものだ。少なくとも相対している相手はどうしようもないほどにタガが外れた憎悪の塊。だから話を聞く必要はない。なのに悠長に話してしまった。意識的に、あるいは無意識的に、相手を探ってしまっていた。だから、これは失態となる。
「なぁ、お前
そんな声を聞いて、思いがけない/思い描いた、人物の名を聞いて、四季は動きを止めた。
「なぁ、オイ、教えてくれよヒーロー。お前雄英体育祭でずいぶん轟焦凍と親しそうだったよなぁ? 」
体にまとわりつくだけだった蒼い炎が、体を中心に火球の様相を呈し、その色を変えていく。皮膚に感じる温度は明らかに上昇し、地面は融解どころか泡立って気化していく。
「エンデヴァーがいたな。あの場所に。…夏も冬美もあの女もいた……。おかしいなぁ…おかしいだろ?
今までの表情が、声が、全部嘘だったかのように声を荒げる相手に応じるかのように炎もその猛りを増していく。
地面も大気も、空すらも焦がすような蒼い、青い地獄がそこに体現していた。
そして、末端の炎の色こそ違えども、同じ光景を以前四季は視た覚えがあった。
直近では雄英体育祭の準決勝で、そして数年前に、この身でくらった劫火の極致。
「
四季が言葉にしたのは№2ヒーローが必殺技を使う時の代名詞。己の炎を極限まで高め、凝縮し、更に意のままに操る炎の技巧の極限の一つ。
決してそこらのヴィランが見様見真似でできる範囲の技術ではない。
「教えてくれよ、彼岸四季。なんでアイツ等は、アイツはあんなに必死に、呑気に、家族ごっこなんかしてんのかをよぉ!!」
その技術が、その『個性』が、そしてその叫びが、相手が何者であるのかを四季に瞬時に悟らせた。悟らせてしまった。自分がどうして何もしていなかった、ただの憎悪の塊風情に、こんなにも時間を割いてしまった理由を。
ヒーロー擬きとしての『シキ』は今すぐにでも攻撃すべきだと断じて飛び掛かるように前傾を作る。
●●●としての『シキ』は疾くいけ、と体の末端まで指令を出していた。
しかし、人としての彼岸四季は事実を確かめなければならないと動きを止めた。
脳裏に過るのはいつかの光景。病院で、自分も過ごした場所で聞いた、大きな大人の小さな悲鳴。
———私には、もう一人子どもがいたの——
——きっと、アイツが許さない。俺たちがただの家族になるなんて、そんな願いなど——
それは自分が世界で初めて本当の意味で誰かを救おうとした時に聞いた声だった。初めて誰かに感謝される前に聞いた声だった。
そんな声が聞こえたから、彼岸四季は前のめりで相手に飛び掛かる前動作の姿勢のままで動けなかった。そこで止まってしまっていた。だからこそ真正面から来た、あまりにも単純で直球で強化した彼からすれば遅い炎の渦に、抗うこともなく直撃した。
「———はっ、はは。ははははははははは!!はーーーっぁ!」
その光景を見た、その光景を作り出した、ヴィランにあったのは笑いだった。
楽しかったわけではない。
嬉しかったわけではない。
痛快だったわけでもない。
ただ笑いでもしないと心がオカシくなりそうだから、笑ったのだ。
なんせ、男は、今、初めて人を殺した。初めてヴィランとなった。
これまでも軽犯罪はしてきた。生きていくために、人を傷つけることも少なくなかった。
それでも、どこかでブレーキをかけていた。人の命を奪うということは、少なくとも直接的にはやってこなかった。
それは男の中での最後の良心だったのかもしれない。
それを全力で、壊した。
後は堕ちるだけ。次に行う時には何の感慨もなく、この行為をできると断言できた。
人とは、そういう風にできている。
そういう風にしか、できていない。
男はヴィランとなった。その性根までヴィランと化した。
赤子が泣きながら生れ落ちる時のように、大笑と大火の中で産まれ堕ちた。
ここに、ヴィラン『荼毘』は誕生した。
荼毘はヴィラン連合に紹介された時に目立った犯罪は犯していない的なことを言われていたのでこの時はまだ殺人まではしていないのではないかという設定で書いております。
ちなみにコロコロしてテンションアゲアゲの荼毘さんですが、主人公は死んでません。死んでない方がおかしい火力の直撃を受けただけです。
次回は9月に更新予定です。