いつかは終わるヒーローたちのアカデミア 作:Agateram
本当に轟 橙矢本人なのか、どうやって生き残ったのか、現場で見つかった骨は?などという話もあります。ですが、この二次創作では荼毘=本物の橙矢です。
ちなみにヴィラン連合合流の際の紹介で、まだ目立った罪を犯していないと言われていたので、彼が本格的にヴィランになったのは『ステインの思想を見て今のヒーローこそがねじ曲がっている』と悟ってからだと解釈しております。
では本編をごらんください。
————きっと、誰かが何かを間違えたのだ。だって自分は華を咲かせるために頑張っていたはずなのに、華はいつまでも咲くことはない
青い炎の中で、皮膚を焼かれながら、肺を焦がされながら、彼岸四季は思考する。
痛みは無視すればいい。
息ができないことなど些事だ。
しかし、思考を止めることだけはダメだ。それだけは戦闘という命の危機においては絶対の禁忌であると四季は知っている。
常に生きるために最善の行動を、最高のタイミングで、最速で行う。
そのために思考とは存在する。本能ではない。本能だけでは絶対の『死』からは逃れえない。故に思考せよ。始動せよ。
生きなければならない。いつかそうなるとしても今はその時ではない。
だから、痛みの中で、青い炎に焼かれる苦しみの中で、四季は炭化しそうな四肢に力を入れて脚を踏み出し
「うざったい!!」
一言と共に繰り出した前蹴り一つで自身を燃やす莫大な熱量を四散させた。
「…マジかよ。何で死んでねぇんだ」
その光景が信じられなかったのは炎の操り手であった荼毘だ。
戦闘中であったにも関わらず数秒、目の前の光景を理解するために思考が空白となる。
唖然としたのは己の炎への絶対の自信があったからだ。
普段使っているようなコケ脅しとは桁が違う。
自分の体を確実に焦がし、死の一歩手前まで体温を上昇させながらも膨大な熱を圧縮させて放つその一撃はコンクリートだろうが鉄筋だろうが蒸発させるほどの熱量を誇る。
事実、その男の周りは既にマグマのただなかに取り残されたような、ドロドロと溶かされたものや高熱を得て結晶化した一部の地面に囲まれた熱の地獄だ。
死んでなければおかしい。
そんな高温の中で、その男は立っていた。
耐熱性も高いはずの戦闘服も既になく、夜風に曝された上半身の皮膚が焼けただれながらも、当然のように立っていた。
あり得ない。
痛くないはずがない。苦しくないはずだない。死んでないはずがない。
生きていていいはずがない。
だって漸く、漸く自分は人を手にかけ、ヴィランへと堕ちたはずなのだから。
なのに、どうしてその男が立っているのか。荼毘には理解できなかった。
———いつからか何も見えなくなった。今も未来も。過去ばかり顧みていたから前を向く目など無くしてしまった——
「青い炎に、赫灼。そして今のはプロミネンスバーン、か。本家に比べて技の派手さと熱量はアンタが上だが技術が甘い。熱を完全に収束できないからムラができる。ムラがあるなら後は容易い。そこからご自慢の炎を一蹴で切り裂けば、後は勝手に炎は空気の断層にそって流れる。」
違う。そんな理屈を聞きたいのではない。炎の流れを変えた方法なんてどうでもいい。
そもそもがあの高熱に晒された時点で死んでないとおかしいのだから。
「テメェは、一体、何なんだよ!!」
悠然と、爛れた皮膚も焦げた筋繊維も無視して構えるその姿は人というよりも幽鬼のようだ。
「ヒーローの卵だ。一応な」
その様を見て狂っていると感じる自分がヴィランならば、その様で当然のように動く相手は異常者で、そしてそれがヒーローなのだろうか。
だとしたら、
「気持ちワリィ…」
「正直な感想をどうも。—————轟 橙矢さん?」
「っ…………俺は荼毘だ。ヴィラン、荼毘だ!!」
言葉と共に放たれる火炎はマグマが横に走ったように、周囲の物体と空気、その全てを焼いていく。
しかし、それを今度は受けることはなかった。元より速度だけならば四季に分がある。なによりも次に受ければその身が文字通り炭化して終わることを先の一撃で悟っていた。
だから避けながら、それでも言葉を止めることはない。
「どうした轟 橙矢さん。ああ呼び方が気に喰わなかったか。轟、じゃ炎司さんや冷さんと区別がつかないから橙矢さん?それともフレンドリーに橙矢でいいか?」
回避に専念しながらも口は廻る。今日はよほど油のノリがいいらしい、などと関係もないことを考えが頭の隅に浮かぶくらいには四季の思考は澄んでいた。
———疲れた。それになんだか熱い。きっと燃えるように歩いてきたから。
対して荼毘はもはや余裕はない。それは安い挑発に踊らされているから、だけではない。
体質的な問題だ。
その『個性』による炎熱は確かに強力だ。火力だけならば日本の屈指のヒーローさえも凌ぎえるポテンシャルがある。それこそかつては憧れたヒーローの背を追い抜いて、その頂きに立つことを期待されたほどの強個性。
しかしそれは全く代償がないなんて虫の良い話ではなかった。
むしろ、デメリットが大きすぎる。そのあまりの熱量に体がついていかない。
己が発する熱で自分が焼ける。
そんな生命体としての不完全さがあるからこその火力で、その多大なデメリットのために、ヒーローになりたかった轟 橙矢は死に、だからこそ荼毘になったというのに。
それがたった一人の学生に通じていない現状を、どうして信じられるというのか。
「肌、焼けているぞ。そろそろ限界だろアンタ」
——皮膚が焼ける匂いはもう慣れた。同時に記憶で紡がれた絵画の絵具が溶けて消えることを躊躇わなくなった。
——焼けた空気で肺が焼けた時の呼吸に慣れた。その代わりに昔の自分を忘れた。まるで昔の自分が吐き出された呼吸の中にいるようだ。
——帰る場所がないことが普通になった。それでもどうとでも生きてこられた。ただどうして生きているのかがわからなくなっていった。
轟 橙矢はもう何故自分がそうしているのかわからなくなっていた。
何がいけなかったのか、それがわからない。
努力はしたはずだ。
目指した理想は正しかったはずだ。
なのに、結果がついてこなかった。
それだけのことだけれど、およそ誰にでもあることだけれど、ただそれだけのことに人生をかけた男にはその当たり前が享受できなかった。
そうして生きてきた自分の手には結局何も残らなかった。
誰かに希望を、怒りを、羨望を、絶望を、愛情を、嫉妬を抱いていたような気がする。
それも熱で朦朧とした今ではもうわからない。熱に浮かされて朦朧として生きてきた今ではもうわかりたくない。
だから、正しい何かが欲しかった。
————正しいと、誰かに褒めてほしかった。認めてほしかった。その眼に自分を映してほしかった。
ステインというヒーロー殺しを見て、コレはと感じた。
ヴィラン連合という居場所を紹介する男の話を聞いてもしやと考えた。
——そもそも、目指し、望んだ理想が、ヒーローこそが間違いなのだとしたら。
そうであれば、自分の人生は、価値があるのではないか。ヒーローという偶像を壊すために生きてきたという価値が。
あの炎の中で焼け死んだ轟 橙矢の生に意味を求めるとしたら、そうであったなら、きっとこの息苦しさも痛みも熱さも必要なものであったと受け止めることができる。だから、
「早く焼け死ねヒーロー!!」
全身の熱を目の前の過去に向かって一切合切全てを全力で投射した。
自身が出した炎による灯りで視界が白に染まる中、もはや先ほどまであった息苦しさも痛みも熱も、全てが体内から吐き出されたようで、思考まで白く染まった。
——ああ、なんだろう。ずっとずっと炎天下で這いずっていた芋虫のように、体が重い。それにひどく喉が渇いた気がする。
水だ。
そうだ。
水が、欲しい。
一杯とは言わない。一滴でいい。水が、欲しい。
誰か、俺に水をくれ。誰か、俺を見てくれ。
ずっと、きっと、いつかも、あの日も、今でも、誰か俺を———
「ああそうか、アンタ
消える世界の中で、そんな声だけが頭の奥に響いて、消えた。
Side 耳郎
そこは端的に言って焼け野原だった。
建物も、街灯も、床ですらも全てが焼け落ちて、原型を留めていない。
燃える音がまだ周りから聞こえている。炎の音だ。焼ける音だ。多くの物が燃え落ちる音だ。
ただの炎ならことはない。もっと単純で、不均一で、しかし自然に踊るような潔さがある。
けれどこれはちがう。こんなにいろいろな物が燃える音は複雑で、同時にそこにある生活を躊躇なく区別なくただ焼く単純さを含んだ音はただただ不快でしかなかった。
そんな不快な音の中心で、黒く煤けた地獄の熱の掃きだめのような場所で、赤と白を混ぜたような緋色の華が咲いていた。その腕に黄金の果実を掲げて。
「四季、これ何?それにその人…」
「ああ……熱に浮かされて個性が暴走したみたいだ。重傷だが、治せないわけじゃない。」
嘘だ。
私たちが、味方が来たのに今、彼の心音が跳ね上がった。それは一瞬のことでそれからゆっくりと下がっていったけれど、平静を装うための擬態。呼吸も平時よりも深い。
嘘に罪悪感を覚える人間は、嘘をつかなければいけない時にストレスを感じる。それがストレスが体への兆候として表出するのは動きが止まる、視線を固定する、饒舌になるなど様々だけれど、私たちのように音に敏感な『個性』持ちならば注意すべきは心拍数やその音、また無意識に自分を落ち着け、ストレスを抑えるために呼吸の深さ。
他でもない、自分の隣で現場を見ているミルコがここに来るまでのリニアの中で教えてくれた聴覚の使い方の一つだ。
ただ音を漫然と聞くだけでは決して届かない技術、常人に許された音域を超えた聴覚とそれを聞き分けることができる技量と『個性』の両方を併せ持つ人にしかできない『音』による認識方法だ。
だから彼女もそれを知っている。元より自分よりずっと四季に近いミルコが彼の嘘をわかっていないとは思えない。それでも、
「わかった。その要救助者はお前に任せる。私たちは周辺の住民の安全確保、被害者がいないかの確認にあたる。個性の使用は引き続き許可する。いいな?」
彼の嘘を飲み干したうえで、あっさりとそう言い切った。
「………はい。ありがとうございます、義姉さん」
「馬鹿野郎。現場ではミルコと呼べ」
行くぞ、なんて声をかけられて私もそこを離れた。
きっと私たちに言った言葉は嘘だけれど、今彼があの人を救うために必死であることだけは確かだから。
side out
そうして、彼岸四季の職場体験は終わりを迎えた。
嵐のように国を駆け巡り、人命救助、ヴィラン退治、災害対応、避難誘導に事務処理、警察や関係者との顔つなぎ、ヴィランとの強制会談、そして『個性』暴走事故への単独対応。
およそ一年生の1週間で行うことではないことまでやったし、やらされたし、やろうとした。
そんな職場体験が終わった次の日、地元で最も大きくヒーローもよくお世話になる病院の一室で、二人の男たちが叫んでいた。
一人は男性の特徴としてはやや長い髪を前髪から後ろ頭で結んだ総髪だろう。結びきれていない前髪部分から覗く相貌は鋭い目つきと感情が感じられない鉄面皮が印象的であった。
相対し、総髪の男の襟元を掴んで喰らわんばかりに激高している男。彼は短い短髪であるが特徴的な真っ白な髪が特徴的であった。
しかし、それはほんの2日前ならばなかった特徴でもあった。何故なら2日前の彼は黒い髪の短髪であり、何よりも顔や腕の皮膚が焼け落ちて、それを多数のピアスのようなものでどうにか剥がれ落ちそうな皮膚をつなげているといった特徴があったからだ。
怒り狂う青年、荼毘と名乗った轟 橙矢は言い募る。
「なんで、なんで助けた! 俺がお前に助けてとでも言ったか?
ふざけるな!ふざけるな!俺は、俺はもう、選んだんだ!!」
「お前こそ勘違いするな。俺はヒーローじゃない。そしてお前もまだヴィランじゃない。」
相対し、責め立てられている少年はその表情を崩すこともなく自分の襟元を絞めるような相手の手を掴み、『個性』を使用する。
桜色に近い緋色の光が相手を包み込み、腕に残っていた火傷痕すらも癒していく。
止めろ!と白髪のヴィランが叫ぶ。
どこ吹く風と流して光はその輝きを強めた。
「やめろ!!違うんだ!あの時、俺はお前を殺した!殺そうとして個性を使った。死ななかったのはお前が俺よりも強かっただけの話だ!
重要なのは、俺が選んだことだ!ヴィランになると決めたことだ!
一度ヴィランになったなら、もう戻れない!戻ってはいけない!
人を外れたから、犯罪者ではなくヴィランなんだ!!俺はあの瞬間、ヴィランになった!ようやくヴィランになれたんだ!!」
その人生を賭けた選択さえも、お前は否定するというのか。
「当然だ。何故ならお前はあの時、自分の熱で自滅しようとした時に願った。
助けてほしいと。認められたいと。生きたいと、そう願ったんだよ」
「っお前に、俺の何がわかる!?」
「アンタのことはわからない。俺がわかるのは
だから、そこにあった願いの結果、お前が生きている。
これは、それだけだ。それだけのものだ。」
ヴィランになどさせない。
死ぬことも許さない。
何故なら、そう望んだから。そう望まれたから。
だから彼岸四季は自分の意思も怪我も法律も一切合切を無視して、ただヴィラン荼毘を轟 橙矢へと
「アンタは散った花に意味はないと思うのか?割れた鏡に価値はないと断じるか?俺は違うと思う。」
「……何を、言っている?」
「皮膚は治せた。あなたの中の個性の調律も、ある程度はできたと思う。
あとはアンタ次第だ」
「……調律?個性の調律、だと?」
既に相手の胸元を絞めつけていた手は開かれ、代わりにその腕に林檎…の形によく似た、しかし銀色に光り輝く物体が置かれた。少しだけ温もりを感じるソレはそこに何もないかのような軽さであるが、何故かとても重いナニカが渦巻いているようにも思えて思わず両手で握り直した。
「この実は俺の個性で作り出した『黄泉の林檎』、その劣化版だ。本来は黄金に輝くが一日一つ作るのが限界でな。けれど劣化した銀色のソレならいくつかは作り出せる。効力は『体の内部から相手の生きる力を補充させる』こと。何度かに分ける必要があるが無くした臓器の再生も可能だ。アンタの皮膚みたいにな」
なんだ、それは。コイツは本気の、死ぬ気の自分とやりあって勝てるほどの戦闘能力の他にもこんな個性すら持っていたのか。
信じられない。それが橙矢の所感だったがそんなことはお構いなしに四季は続ける。
「俺の個性は生命力という目に見えないモノに直接干渉する能力だ。アナタは『個性』と体の生命力のバランスが崩れていた。個性の方にばかり強く力を使いすぎていたんだ。だから『個性』の力を少しばかり減らし、代わりに体自体の生命力を底上げした。これで一応バランスはとれたはずだ。今後寸暇を惜しまず努力すれば、まぁアナタが昔に見た夢をもう一度くらいは見られるかもしれない。」
コイツは悪魔だ。
今聞いているのは悪魔の囁きだ。
一度土の中に埋めたはずの夢を掘り返して、ぴかぴかにその夢の道筋を舗装し磨き上げておいて、後はお前が決めろなんて、そんな虫の良い話を冗談なしで本気で言っている。
それでも、その話が甘美であることに変わりはない。
「過去は……消えない…」
「俺が聞いているのは今で、これからの先の未来の話だ」
「……地獄だった。地獄だったんだぞ。俺が俺が歩いてきたこの人生は、地獄だった!!」
「そうだろうな。だからアンタは一度壊れた。
そして散り落ちた花は元の枝に戻らず、壊れた鏡は元のように物を映しはしない。昔の人は人もそういうものだと言ったらしい。
けれど散り落ちた花にも使い道はあるし、壊れた鏡でも直そうとすれば直せるんだ。
アンタやほかの誰かは、確かに何かをどこかで間違えたのかもしれない。
まだやり直しはきくんだよ。アンタがどこかでまだ昔の思い出を持っている限り、誰かがまだアナタのことを想っているかぎり、願いは続いていく。夢は紡がれていく。可能性は広がっていく。
たかが20そこそこで何を悲観する必要がある。死の一歩手前まで人の可能性は死なないよ。」
「何を、偉そうに………20にもなっていないクソガキが……」
「俺も個性婚の末に産まれた。一家単位じゃない。一族郎党、先祖代々、およそ記録が残る全てがそうだった。そうなった先で、俺はもう取返しの効かないところまで来てしまった。
けど、アナタはまだだ。まだ引き返せる。まだやり直せる。」
「……俺は、俺は、……俺は!」
「………貴方の願いは何ですか?」
「……ヒーローになりたい。親父のような、それ以上の、トップヒーローになって、誰かに、家族に、親父に、……見て、欲しかった」
視界が滲んだ。
久しくなかった感触だった。
だって涙腺はもう焼けてしまっていたから。
涙なんてもう流すこともできなくなっていたはずだから。
けれど、涙が出た。
視界が闇以外でも見えなくなるなんて、忘れていた。
だから、差し出された手が誰のものだったかなんて、わからなかった。
「橙矢」
差し出された手の方を見ても、滲んだ視界ではよく見えなかった。
でも、わかっていた。
温かい手だったから。普通の人よりもずっと。
大きな腕だったから。他の誰よりも。
そこに、俺がかつて誰よりも欲した掌が、何よりも目指した大きな男が、そしてその家族が立っていた。
「許されないことはわかっている。都合がいいヤツだと殴って罵ってくれていい。
でも、言わせてくれ。」
————おかえり。
彼岸四季が職場体験最終日にやったことは、ヴィラン退治でも、人命救助でもない。
ただ迷子を家に案内しただけ。
これはただ、そういう話だ。
本作は轟家には優しい仕様になっております。
轟家には。大事なことなので二回言いました。
ご都合主義と感じるでしょうが、まぁオリ主は存在自体がご都合主義なので。
それではまた次回。