いつかは終わるヒーローたちのアカデミア 作:Agateram
年末年始は想像以上に忙しかったのです。本当に申しわけございません。
次回は2月には投稿できると思います。
「おかしい。この状況はかなりおかしい」
「何だい。私の授業に何か不満でもあるのかい」
「少なくともヒーロー科でやる範囲の授業ではないですよねコレ」
片手も持ち上げたのは今時珍しい紙媒体のテキスト。それだけでも珍しいのに辞書ほどの分厚さを持つとなれば普通の高校生は滅多に使うことはないだろう。
しかもその内容が恐ろしいほどに濃く、そして難解だった。雄英に入れるだけの優秀な頭脳をもってしても、だ。
「コレ、医学書じゃないですか。それも異形の個性を持つ『新人類』まで網羅した最新版」
ただでさえ医学書関連は複雑なのに、異形系の『個性』持ちは更に生体工学などの知識すら必要な場合もあり、これらを学ぶとしたらそれこそ数年単位の時間が必要だ。
それを何故こうしてほぼ缶詰状態で詰め込んで学ばされているのか。
「アンタは治療系の個性として見ても世界でトップクラスになれる人材だ。これを伸ばさない手はないさ」
それに、と前置きして
「私ももう長くない。いい加減後継を育てておかないとねぇ」
雄英高校に最も長く勤め、その屋台骨と言われ続けた歴戦のヒーロー、リカバリーガールこと修善寺治与先生は確かにご高齢。未だに健康であるとはいえ自身の後継者を育てるのには遅いくらいだろう。
だが、それでも
「俺、『個性』の都合上複数人の治療には不向きですよ。」
そうなのだ。確かに俺はただでさえ少ない治療に使える『個性』の中でも更に頭一つ抜けているだけの治癒力がある。これは客観的に見ても明らかだ。例えば失われた臓器の再生、自身に負荷が掛かりすぎる個性の調整、この二つを達成できた時点で既に治療系の『個性』の中でもトップクラス。他の誰が見ても医師、あるいはそれに類した職に就くように勧めることだろう。
だがそれでも欠点というものは誰にでもある。
リカバリーガールの治療が本人の体力が必須であるように、俺の治療には自身の生命力が必要だ。そして俺個人が保有できる生命力にはこの先どれほどに鍛えようとも人の形で留めることができる生命力の総量にはおそらく上限がある。一人に対しての治療ならばどのような名医にもおいそれと後塵を拝すことはないが、複数人の治療ではどれほどに熟達してもリカバリーガールを上回ることはない。
「そんなことはわかってるよ。だがアンタは私の治療の限界も、自身の治療の壁であった『時間が立てば効力が薄まる』という壁も新たな個性の派生を得ることで超えてきた。」
小型のスクリーンに映し出されたのはとある患者たちの経過報告書の一部。
一つは皮膚が再生した轟 橙矢。もう一つはとあるヒーローの内臓の状態を示した断面図。
いずれも雄英高校に入学する前であれば治癒はできなかっただろう。それがこの数か月だけで可能になっていた。
「アンタの個性はおそらく今が限界値じゃない。これからまだまだ伸びる余地がある。
それにどんな道を目指すにしても、人を生かすための知識はきっと知っておいて損にはならないよ」
死と生の境界線で誰よりも長い間戦ってきた彼女のその言葉に、俺は観念して分厚い教科書に再度目を落とすのだった。
さて、こうして俺が缶詰にされて勉強している間に、他の連中はどうしているのやら。
職場体験5日目。
保栖市に訪れた緑谷出久はグラントリノと共にパトロールに出ていた。
保栖市に入って既に3日。時折個性を無断使用した小さな諍いを治める程度で肝心のヒーロー殺しの情報はまだ得られていない。人口は多いし、街の規模も地方有数の都市であるため事件が全くないわけではないが、ヒーローが出張るほどの大事件は不思議なほど少なかった。
その理由は大きくわけて二つ
一つは他の担当地域から多くのヒーローたちが保栖市に来ているため。とりわけ二人の著名なヒーローが来ている。ミルコとベストジーニストが来ていることが大きいだろう。
ヒーロー殺しの名前通り、今まで数多くのヒーローを殺し、或いは再起不能にしてきたヴィランは一貫してその地方で数人を殺傷してから別の場所へ移る。この都市で被害にあったのはまだインゲニウム—飯田天哉の兄であり有名なヒーローである—だけだ。だからこそ、まだこの都市のどこかに潜伏し機会をうかがっているものと考えられており、都市に厳戒態勢が敷かれている。
さらにはトップ10にランキングされているヒーローであるラビットヒーローミルコ、№4ヒーローベストジーニストの二人が来ていることは既にネットを通じて全国に情報を拡散されていた。
若くしてトップ10入りを果たした実力派のヒーローたちがこの街に出入りしている状況で大きな犯罪を起こそうとする者は自然と少なくなる。これが大きな犯罪が少ない理由の一つだろう。
加えて緑谷出久にとっても意外な事態がある。
「それにしても皆までここに来ているとは思わなかったよ」
「こっちの台詞だ。グラントリノなんて聞いたことねぇヒーローの所に行ったと思ったらこんな所にいるとはな」
エンデヴァー本人は所要で不在だが、事務所の総力を挙げてヒーロー殺しを拿捕すべく保栖市に来ることが事前に決まっていたためエンデヴァー事務所の精鋭サイドキックたちと共に焦凍と八百万も保栖市に集っていた。もちろんミルコの所で職場体験をしている耳郎、ベストジーニストの事務所の所に行った爆豪、拳藤も保栖市にいる。現在はお互いのパトロール箇所の打ち合わせを行っている最中だ。
「流石にこんだけの厳戒態勢を敷かれたら暴れにくいとは思うが……」
「はっ!どうだかな。テメェみたいに単純な思考回路をしているような野郎なら、そもそもこんな大ごとになってべぇはぁっ!?」
いつも通りに悪態をつく爆豪の頭に振り下ろされるのは肥大化した拳を使ったチョップ。
勢いはないが体躯を覆い隠せるほどに肥大化した掌はそれに見合うパワーがあり、結果として爆豪の語尾が愉快なことになった。
「悪いね轟。コイツは悪気なないんだけど口が悪くって…ってのは同じA組だから知ってるか」
「ああ、爆豪が口が悪いのは1-Aなら全員知ってる。」
「爆豪だからね」
「爆豪さんですものね」
「勝己だからしょうがないよ。ベストジーニストにもため口だったんじゃない?」
「なんだテメェ等のその認識は!!敬語くらいできるわクソが!!」
またまた~とか、無理しなくてもよろしいのですよなどという善意100%の相槌を挟み更に爆豪がヒートアップしていたが拳藤も爆豪が1-Aの中でどんな立ち位置にいるのか把握できたようで苦笑して
「大丈夫。私も心配してたんだけど一応敬語使えてたよ」
「DETROIT SMASH!!」
「あっっぶねぇ! テメェ何すんだデ……出久ぅ!!」
ノータイムで拳を振るってきた出久に対して仰け反るように躱して倒れる前に身を起こす爆豪。二人とも本気の剣幕で相対する。
「敬語を使う勝己なんてこの世界に存在するはずないだろ! 誰だお前!!」
「マジでブッコロス!!」
そんな喧騒と共に流れるように喧嘩を始めた二人に拳藤は目を丸くした。
「びっくりした…緑谷って温厚そうなのに、結構手が早いの?」
「まさか。ただのじゃれあいみたいなもんだろう。気にしなくていい」
「じゃれあい……」
拳藤の視線の先では素手で殴り合う二人がいる、がそれだけだった。
緑谷の拳に体育祭で見せたような力はなく、爆豪も爆炎をあげることもない、ただの喧嘩。
「お互いの距離を測りかねてるんだろう。だがお互い遠慮だけはしない。だからとりあえず本音でぶつかってるんだろ。」
「本音で……ね。それは、ちょっと羨ましいかな」
「あとは飯田さんがここにいればヒーロー科で保栖市にいらっしゃっているのは全員ですわね」
「アイツ……無理してねぇといいんだがな」
「そうですわね…」
「ずいぶんと騒がしいな……」
「ベストジーニストの所に体験に来ている雄英生か。たしか体育祭で3位だったバクゴーと2位だった……なんだったかな」
「爆豪勝己と緑谷出久。体育祭でも際立っていた二人だな」
「ベストジーニストさんが実習生を迎えるなんて珍しいですね」
「少し気になる生徒がいたのでね。」
「へぇ珍しい。有望株ですかあの雄英生」
「なんだ雄英体育祭見てないのか?あそこにいるのはみんな予選勝ちぬいて決勝トーナメントまで出ていた生徒だぞ。たしかあっちの髪色が左右で違う子はエンデヴァーさんの息子とか」
「へぇ、じゃ彼が今年の一年の優勝者?」
「お前雄英体育祭見てないのか?」
「いや俺仕事で3年ばっかり見てるから。仕事柄即戦力の確保って大事でしょ?」
「そりゃそうだがな。もうちょっと広くて長い視野を持てよ。一年から情報集めて声掛けとくのも大事だろうが。それに今年は多分10年に1度の当たり年だぜ。なんせあのエンデヴァ―の息子の轟君だって同率3位だ。爆豪、緑谷は轟君と同じくらいにヤバいよ。」
「あっ俺も見ましたよ。ありゃぁ雄英の中でもマジで頭一つ、二つくらいは飛びぬけてますよね。しかもそいつらをかき分けてトップを獲った彼岸ってのはちょっとおかしいくらいっスよ。」
「確かにな。それにあそこの連中だってみんなベスト8に入ってる。単純な能力だけならその辺のプロにだって負けない面子だぞアイツ等」
「マジっスか。そりゃあ1年でトップ10入りする3人の職場に来れるわけだ。」
そんな会話に引き寄せられたのか、打ち合わせをしていたヒーローたちの視線が小競り合いをしている二人と周りで情報交換をしている他の少年少女たちに向けられる。
だがそんな打ち合わせの停滞を許さぬようにゴホンと咳払いが場を引き締めるように響き、ヒーロー達の視線を集めた。
「私よりもミルコの方が珍しいだろう。サイドキックすら拒む孤高のウサギが何を思ったか二人も職場体験に招いた。こんな珍事はそう見れまいよ」
「私だって少しくらいは若い者の育成に貢献するさ。」
「ふん、アンダーグラウンドの格闘大会に飛び入りしていた暴れ者が、変われば変わるものだな。」
「別に変わったつもりはねぇよ。ただカッコつけなきゃいけない奴ができただけさ」
「………フッ、それを変わったというんだよミルコ。」
「馬鹿にしてんのか」
「頼もしくなったということだ。エンデヴァーから自分が行けないからバーニンたちサイドキックと一時的に組んで事に当たってくれないかと言われてきたが、必要なかったかもしれんな」
「ふん、そんなことよりさっさと割り当て地域を決めちまってくれ」
そんな笑みを残してヒーロー達の会議は進行する。
そんな会話を生徒の中で唯一聞くことが出来た生徒、耳郎響香は顔をしかめたままで自身のプラグを弄ぶ。
「どうかしたのですか耳郎さん?」
「なんか…ね。職場体験でずっとミルコに耳の使い方…音を聞き分けるコツってのを教えてもらってたんだけどさ。」
先端がプラグ状になっている長い耳たぶが揺れる。音を拾っているのかあらゆる方向へとプラグの先端を向けてから一言だけ呟いた
———嫌な、音がする
異音を聞き分けたわけではない。けれど街のざわめきに紛れ込んでいるかのような悪意の音が聴こえた気がした。
side ヴィラン
保栖市で大きな事件が起きない、言い換えればヴィランが活発に活動していない理由のもう一つの要因。それはヒーロー殺し『ステイン』だ。
普通ならヒーロー殺しのようなヴィランが出没すれば、模倣犯や彼に犯罪を擦り付けようとする輩が湧いて出てくるものだ。
しかし、彼の場合は違う。
彼のヒーロー殺しとは違うもう一つの側面。それはヴィランに相対した時には必ず殺傷しているということだ。誰彼構わず殺すのではなく、ヒーローとヴィラン、或いは明確な犯罪者のみを殺す。故にこそ、ヴィランであっても彼の前では姿を現さない。
同じヴィランたちからも毛嫌いされた突き抜けた精神性と正体不明の『個性』を持ってどのような界隈にも消えないシミを刻み付ける者。だからこそ『ステイン』
ヒーローとヴィランによってできた緊張状態で保たれた平和の均衡。
それはこの日に終わりを告げる。
そんな一見静かな保栖市に、歴史に残ってしまう事件の幕を上げる役者が二人、既に出会っていた。
保栖市から遠く離れた某都市の薄暗い酒場の中で黒い霧が人型を模っているような人物、黒霧は二人の邂逅を静かに見守っていた。
「はぁ、なるほど。貴様らが雄英高校に襲撃した連中か」
「ああ、今はそんな認識でいいよ悪党の大先輩。 今日はご足労いただいて悪いな」
雄英高校襲撃前には癇癪をおこした子どものように感情のままに怒鳴ることが多かった死柄木弔。それが今は数十人を殺傷した大物ヴィランを前にしてあまりに静かに、自然体で振る舞っていた。
———成長している。精神的にも、『個性』も……あの襲撃事件以降に、急激に。
「アンタを仲間に誘おうと思ってた。だが、その前に一つだけ大事なことを聞きたかった」
「ハァ……、何だそれは。」
「アンタの信念。アンタの理想。それってどんなヤツなのかってことさ。
ヒーローもヴィランも皆殺しにする凶悪犯。そんな経歴のわりに、アンタは結構理性的だ。
だから、その行動の奥底ってやつを知りたい。
アンタをそんなに必死にさせる理由ってのはどんなだ?」
空気が重量を持ってしまったかのように、場が重みを増した。
少なくとも黒霧にはそう感じられた。重みの原因はステイン、ではない。
ただ質問をした死柄木弔から感じれた、重み。
「教えてくれよヴィランの先輩。
アンタの行動の意味を。
アンタの生き方の指針を。
アンタの魂に刻んだ信念ってヤツをさ。
アンタが俺を、そして俺がアンタを秤にかけるのはそれが済んだ後だ。」
そう言って笑う彼は、本当にあの幼子のようですらあった死柄木弔なのかと、誰よりも間近で見ていた自分でさえも目を疑った。
それはまるで、そうまるでAFOのようで、そしてどこかあの日私たちに立ちふさがったあの男でもあったようだった。
知らずその重みに息を飲む。場を支配する彼の存在感はかのヒーロー殺しですら目を見張るほどのものだった。
「……なるほど。その辺りのゴミとは違うなお前。お前の価値を秤にかけるのはその行く末を見届けなければいけないようだ」
フゥーと長い溜息をしてここに来て初めてステインが両手に携えていた刃を鞘に納めた。
少なくともこの場ではお互いに不戦という認識は共有できたらしいと黒霧は心中で安堵の息を吐く。
だが、それを表に出すことはまだできなかった。何故ならここからがこの話し合いの正念場だとわかっていたからだ。
「この世は、あまりにも偽物が溢れている。」
長い溜息の跡に吐き出された言葉はコールタールのように黒く、粘りつくように皮膚を撫でる
「贋作は正さなければならない。」
それは信念と呼ぶにはあまりにも黒く、重く、
「誰かが、その手を血に染めたとしても、【英雄】を取り戻さなくてはならない!」
そして万人が目をそらしたくなるほどに、あまりにも愚直な意志が滲みだしていた。
狂ってる。
そう判断するのにはその言葉だけでも十分すぎた。
それほどに圧倒的な狂奔した思想、それこそがヒーロー殺し。
「贋作は全て粛清の対象だ。この世界に必要なのは、本物だけだ!!」
英雄信者。
そんな言葉が脳裏をかすめる。
されど、
「ヒーローへの独善的な執着と依存。ソイツがアンタの信念か?」
そんな他者を圧倒するような狂信を持ち、事実として多くの者をその狂信のままに屠ってきた大物ヴィランの心情を、死柄木弔はただ冷めたような瞳で射抜いた。その言葉もまたその瞳と同じように冷め、
「小さいな。世界を覆す度胸もねぇのか」
言外に見込み違いだったと、何よりも雄弁に語るのだった。
「っ貴様!「アンタの根源にあるのはヒーローだ。違うか?」………そうだ」
「それがそもそも間違いだ。この世界は、ヒーローを起点に回っているわけじゃない。」
アレは、本当に死柄木弔なのだろうか?
誰よりも彼の近くにいた黒霧をして、それがわからなくなる。
「アンタは人に高望みしすぎてんじゃねぇのか?」
「高望みして何が悪い。確かにそれを為した者がいる。だからこそ、余人も志が腐っていなければそこに至れない道理はないはずだ。」
「なるほどね。人を見下げ果てた俺と、人に高望みするアンタ。つまり、俺とアンタは思想の根底から相容れないってわけだ。」
だが、と言いながら死柄木は視線を切って私に「上等な酒頼む。2杯だ」と話してきた。
一度ステインに視線を向けるが刃を持って未だに死柄木を睨んではいるものの、襲い掛かるような仕草は見られない。
警戒しつつも死柄木に言われたとおりにグラスに氷とダークラムを注ぎ入れて彼に渡すとステインに片方を差し出して対峙する。
「少なくとも、現在の社会を否定しているという一点のみにおいて、アンタと俺は同類だ。
だから仲間にはならずとも、同盟程度は組めるさ」
どうする?と問うた死柄木に若干の逡巡を見せながらも、ステインの手は刃に伸びることはなくグラスを選択した。
「…先ほども言ったとおりだ。貴様はまだ判断できない。ならば、この場はそれで納めよう」
カツンとグラスをぶつけて中身を呷る二人に、とりあえず同盟は上手くいったことを悟り、肩の力が抜けた。
ただこの時は誰も気にも留めなかった。黒霧はおろか、通信回線を通じて状況を見ていた『博士』も、『AFO』でさえも。五本の指でグラスを持っていた死柄木弔に、誰も気づけなかったのだ。
死柄木弔の個性『崩壊』は五本指で触れた物を自動的に分解させる能力。
それがこの時には既に完全に制御されていたという些細な、しかし大きな変化にこの場の誰もが気づけなかった。
原作との相違
死柄木弔 カリスマ性++
爆轟勝己 精神的成長+
???? 精神摩耗-