いつかは終わるヒーローたちのアカデミア 作:Agateram
太宰治 『きりぎりす』
頭が冴えている。
体のキレもいい。
不思議なほどに、視界が広く、隅々までよく視える。
まるで今まで深い霧の中にいたかのようだ。見える景色が違っている。
間違いなくこれまでの人生で最も調子がいい。
だが、その原因がわからない。いや、本当はわかっている。
アイツだ。
アイツに会ってから、アイツと話してから、俺は何かがおかしい。
何が、何があった。今のこの状態はあいつの『個性』なのか?
だが、アイツに何かをされたというわけではない。
では、何故?
「死柄木弔? どうかしましたか?」
「………何でもない。脳無は何体借りられた?」
「下位7体、中位で廃棄が近いモノを3体借りられました。」
「ずいぶん太っ腹だな。せいぜい2,3体くらいかと思った」
「詳しくは聴いていないのですが『先生からのご褒美』とのことでした。」
「ご褒美?何かした覚えはないぞ」
「おそらくはヒーロー殺しを引き入れたことに対して、でしょうか。それでどうしますか?」
「まずは下位のヤツを街に送り込んで暴れさせる。」
「それでヒーロー殺しの援護になるのですか?」
「直接アイツに手助けするのは得策じゃない。アレは狂人だが自分の信念に従う狂人だ。誰かの手を借りて事を起こすことを良しとしないだろう。やるなら直接的よりも間接的な支援だ」
「というと?」
「難しいことじゃない。別のことにヒーロー達の注意を引き付け、アレの信念ってヤツを実践できる舞台を用意してやるだけだ。だから脳無は街の四方に分散して配置させ、同時に暴れさせる。」
「なるほど。他に指示はありますか?」
「そうだな……最初に下位で能力が低いヤツを暴れさせて、釣れたヒーローに対応できそうな脳無をぶつけるか。
最初の陽動でも人を殺さず、傷つけるだけに留めるようにしてくれ。そのほうが救助でヒーロー共の足を引っ張ることが出来るだろ。
「え?」
「どうかしたか?」
「い、いえ、何でもありません。それでは私はドクターに協力を依頼してきます」
「ああ」
さて、この一手でどう動くか。奴がいない盤面で、誰がどう動くか。見物だな。
頼んだ、と彼は確かにそう言った。
以前の死柄木から、そのような言葉が出ただろうか。
その前の考察もそうだ。
以前なら短絡的に脳無を戦わせるだけだったはずなのに、戦局を予想し、的確な配置になるように考えて戦っている。
見ようによっては成長ととれるだろうが、あまりにも、急に変わりすぎてはいないだろうか。
「…これが致命的な歪みでなければいいのですが」
黒い霧が呟いた言葉はその姿と共に虚空へと消える。
次に姿が現れるのは、1時間後。
おびただしいほどの悪意をつれて、保栖市の最も血塗られた長い一日を始めるためにヴィランがやってくる。
異変に最初に気づいたヒーローはミルコだった。数多のヒーローの中でもとびぬけた聴覚を持ち、野生の直感力をも併せ持つ彼女は例えその場からキロ単位で離れていても異常を聞き分けた。
「イヤホンジャック!」
次いで彼女の下に職場体験に来ていた耳郎響香もまた、その優れた聴覚で視覚よりも先に街の異常を悟った。アスファルトに伝わる振動音、いくつものガラスが砕け散る高音、人の悲鳴を響きを聞き取り、音の発信源を特定する。
「はい! 北西に1キロに2! 南に2.5キロに1、南東に5キロに2,東に…すみません。そっちはわかりません」
「上出来だ。東北東5キロ、確かデカいスーパーがある辺り、そこに3体だ。 エンデヴァーの所のフレイムかベストジーニストに連絡をとれ。その後は北西の現場に行って避難誘導。戦闘はできる限り避けろ!だが本当にやべー時は個性の使用した戦闘を許可する!」
「はい!」
それだけの指示を残してラビットヒーローはいち早く現場に向かう。
おそらくそれが本命から狙いを外すための陽動であると、本能で悟っていたとしても助けを呼ぶ声が誰よりも聞こえるが故に、陽動に乗るしかないのだ。
「気をつけろよイヤホンジャック。たぶん、他にもなんかあるぞ」
「わかりました!ミルコも気を付けて!」
ビル群の一角。周りのビルよりも頭一つ高い場所で、引き抜けていく風に炎の熱気とかすかな悲鳴が混じったことを感じ取って、死柄木弔はゆっくりと閉じていた目を開ける。
ついで眼下に広がった都市の片隅。点のようにしか見えない建物に広がる炎を見つめ、そこで暴れまわっているであろうと当りをつけた。
それに愉悦を感じる心と、どうでもいいと諦観する心、そして漣のようにわずかにざわめいた心、三つの感情が混在しているのを感じ、不快感に眉をひそめた。
今のところ、自分が思い描いたとおりの展開であるにも関わらず、何故か感情がまとまらない。
その答えを探っている最中に、
そこを飛びのいたのは勘だ。
脳が囁いた生存本能が背筋を一気に駆け抜け、足を稼働させて回避行動を取らせた。
足が地面を離れた瞬間に今まで立っていた場所に赤い何かがさっきまで頭があった空間を薙ぎ払った。
次いで降り立ったのは、一度だけ会った子ども。
テレビの中で何度も見た顔。
あの男と決勝を争った、化け物の一人。
「緑谷…出久!」
「街の騒ぎはアンタの差し金か死柄木弔!」
気に入らない子どもが、
「もう好きにはさせない。何故なら!僕が来た!!」」
気に入らない奴の台詞と共に真っすぐにこちらに赤い槍を持って突貫し、
「言ったはずだぞ。」
こちらも体を傾け、
「今度は絶対に殺すってなぁ!!」
一目散に相手を砕こうと地を蹴った。
side 黒霧
死柄木の指示通りに脳無を転送し、事の成り行きを見てから再度死柄木の下に戻った時に見たのは脳無と短い時間ながら打ち合った少年、緑谷出久が槍を構えて死柄木に突っ込んでいるところだった。
何故あの少年がここにいるのか、そんなことを考えている暇はない。
既に相対している死柄木だが、正直あの少年に一対一では勝負にならない。
もちろん死柄木の個性『崩壊』は強力だが、相手が悪い。
緑谷という少年は最高位の脳無と打ち合える身体能力のほかに、体育祭で見せたような空を駆ける能力と黒い鞭のようなモノを操る能力、少なくともこの二つを併せ持つ。
つまり脳無と同じ複数個性を持つ存在だ。
身体能力だけで絶望的な差があるのにそれ以外すら扱う相手など、死柄木には危険すぎる。
もちろん私の個性『ワープゲート』とて相手にはならないかもしれないが、それでも彼を逃がすだけならばできるはずだ。
『待ちなさい黒霧』
「っ……この声は、『先生』ですか。」
自分が愛用しているタキシードの首元に設けられた金属製のガード、その中に仕込まれている通信機からの音声だったが、その声が持つ存在感を間違うはずもない。
『そうだよ。いやいや、どうして…面白いことになっているじゃないか。』
「申し訳ございません。私の失態です。すぐに助けます」
『まぁ待ちなさい。言っただろう。面白いことになっていると。しばらく様子見だ』
「は?い、いえしかし、今の死柄木ではあの少年には…」
「敵わない? そうだね。 しかし、そういう経験も必要なのさ。それに案外そうでもないかもしれないよ?」
side 出久
それを視界に捉えられたのは偶然だった。
エンデヴァー事務所、ベストジーニスト、ヒーローミルコ等の連名でのヴィランへの緊急対応要請。
プロヒーローへのヴィランの位置情報が素早く流され、グラントリノと近い場所に行くために大地を蹴ってビルの上を移動していた際に、彼はいた。
姿を見た瞬間にグラントリノに何か言うまでもなく『浮遊』を使用して駆けだした。
一撃で意識を刈り取る。
彼がここにいることがただの偶然か、なんて脳内がお花畑な甘い考えはない。
十中八九この騒ぎに関わりがある。あるいは彼が騒ぎの元凶の一人である可能性は高い。
もしかしたら騒ぎを行っているのはこの前雄英高校に現れた脳無と呼ばれていた怪人なのかもしれない。
だとしたら、彼を叩くのが一番早い。そうでなくとも、あの日に雄英高校に連れてきた戦力を考えればそのままには出来はしない。最悪のタイミングで彼まで暴れ出したら手が回らなくなる。
一刻も早く彼を拿捕して、ヒーローたちの下に送り届けて、周囲に展開しているヴィランの下に向かう。そのつもりだった。
視界の端に一瞬の閃光が走り、遅れて一際大きな爆発音が耳に届く。
一分一秒すら惜しい。早く助けを求める人たちの下に行く必要があるというのに。
「どうした! よそ見かよヒーロー!!」
未だに打倒できない敵に、死柄木弔に歯噛みする。
槍がどこに当たろうとも関係なくその両手を振り回してくる。狂気じみた様相は深まるばかりでつけられた傷をものともしない。厄介なのは拘束した黒鞭でさえも『崩壊』の個性で崩されてしまったことだ。
「厄介な」
「ハァッ!」
それでもこちらの優位は変わらない。
身体能力は言うにおよばず、槍という間合いでも有利、屋上であったため浮遊も使って三次元を飛び回ることでより優位に立ちまわることができる。
それでも、死柄木は飢えた獣のように荒々しい形相を携えてこちらに攻撃することを止めない。自らが傷つくことも厭わずにただこちらを殺傷するためだけの行動をとる姿は正しく修羅。
『崩壊』だけに頼ることもなく、意表をついてこちらに右上段蹴りを放ってくる。僕も蹴り足を左腕で受け止めつつを負けじと蹴りを放ち迎撃する。図らずも蹴りによるカウンターとなり、死柄木は空中を滑るように回転しながら——いや、蹴り足に対して腕を差し入れて直撃を防ぐだけでなく、蹴りの方向に身を捻って衝撃を逃がしたんだ。
勢いで転がりこそしたが威力は殺されている。意識を奪うには至らない。まるでネコ科動物のような柔軟性と判断力だ。
態勢を立て直した死柄木は今度は急に静止し自分の足をじっと見つめている。急な静止を隙と見ることができなかったのは、うつむいたその顔の端に笑みが残っていたからだ。少し距離をとって槍の穂先を向けて警戒する。
「こう、じゃない。もっと…こう、こうか?」
蹴りの型を確かめるように何度も足を振り上げる。仮にも敵が目の前にいるのにやるべき行動ではないが、その姿が異質に過ぎる。
それだけではない。
戦いが始まった時は無茶苦茶に突進してくるだけで、素人丸出しのテレフォンパンチしか打てず、蹴りなんてするだけで自分の態勢を崩す程度でしかなかった死柄木の一撃は明らかに鋭さも重さも増している。今独り言を言いながら振り回している蹴りですら、一つ放つ事に勢いを増している。
何よりも、あの蹴りの型、踏み込みのタイミング、当てるのではなく撃ち抜くような勢い、重心の移動、それらはあまりにも僕の、というよりも四季の放つ蹴りに似ている。
何故、とは思うが今は答えは出ない問いに意味はない。ただ四季の模倣をするその姿が、どうしても昔の■■の姿と重なった。
「っ! 」
その考えを振り払うように黒鞭を振り回し、死柄木の腹部をしたたかに打ち払った。
バイクに横っ面から打ち当てられたように4,5m吹き飛んで屋上のフェンスにぶつかる。
「…もう、諦めろ死柄木弔。これ以上は余計に傷を増やすだけだ。」
慢心、ではないと思う。僕はこのまま戦えば確実に勝てるという確信がある。
確かに未だに相手は立っているけれどあちこちに裂傷や打撲があり、こちらはほぼ無傷だ。
想定以上の身体能力、想像していなかった学習能力、考えていた以上の出力の『個性』があってもこちらは一瞬一撃で決着をつける『
あちらも現状のままでは勝てるはずもないとわかっているはずなのに。
「くっはっははは。正気かよ緑谷出久。」
笑い声が響く。あざけるように、心底愉快なように、作り物染みた声がこの狭い戦場に響き渡る。
「何がおかしい」
「知らないのかよ。結構有名な話だと思ってたぜ。
諦めるってことは、なんか希望を持っている奴の権利だ。
お前、俺が何かを諦めるような希望とか持っていると思ってんのか?」
そんな彼は、ああ、なんということか。
「手遅れだ。何かに希望するなんてことは、とっくの昔に捨ててる。」
両親を亡くしたあの日の朝に、鏡で見た自分と同じ顔をしていた。
嘲笑は続く。
「お前はきっと正しいんだろう。
俺はきっと間違えているんだろう。」
コイツの詳しい背景なんて知らない。どんな人生だったか、どんな思想があるのかわからない。
ただ、一つだけ確かなのは、
「この世ではきっとお前が正しくて、俺が正しくないというんだろう。
けどなぁ、俺には俺のどこがどんなふうに間違っているのか、さっぱりわからない。
なぁおい、
間違っているのは、
正しくないのは、
壊れてしまっているのは、
お前か、俺か、それともこの世界か?」
コイツは、あの日の僕の可能性だ。
「—————『貫き穿つ葬送の槍』」
だから最速、最短で彼を■■しようとして、しかし必中必殺のはずの槍は空を切った。
穂先の直線状にあった屋上の入り口が建物もろともに巨大なハンマーで叩き壊されたように吹き飛び、正面の景観を更地に変えたが、そこに赤い染みを作るはずだったモノはいない。
槍を放つ直前、彼が黒い影のようなものに呑まれていくのが見えた。USJで見た転移系の個性持ち、黒霧の仕業だろう。
「クソっ……」
苛立つ心を抑えることができず、叩きつけるように槍が地面を穿つ。無論そこに目的の敵はなく、役目を失った槍は建物だった残骸を壊すのみだった。
この時、すでに僕の下に1-Aの一括送信で届けられたメールがあった。
だが僕は逃がしてしまった心中をすぐに整理できなかった未熟さのためにすぐにそれに気づけず、結果として更に別の無様をさらすことになる。
—————メールを受信しました。
件名 なし
内容
保栖市 江向通り4-2-10
送信者
耳郎 響香
保栖市 江向通り4-2-10
原作においてステインが出久君、焦凍君、飯田君と戦った場所です。
つまりそういうことです。