陸珊瑚の台地。
瘴気の谷の上層に位置し、独自の生態系が複雑に折り重なって成り立つ生命溢れる豊かな地。
その陸珊瑚の中層部に、存在感を際立たせる一頭の龍がいた。
特に何をするでもなく、ボーっと座り込んでいる龍。
漆黒の翼膜、特徴的な長いヒゲのような器官を顔に備えたどこか緊張感に欠けた彼は『溟龍・ネロミェール』。
この陸珊瑚の地の主だ。
ふわあああ、と間の抜けた欠伸をした彼は、ふと顔を上げる。
何者かが己の縄張りに侵入した事を感じ取ったからだ。
暫くすると、四足歩行の馬のような龍がヨタヨタと、覚束ない足取りで現れた。
その龍は彼も何度か出会った事のある存在だった。
神出鬼没の雷を操る、己と同じ古龍。
幻獣キリン。
戦った事こそ無かったが、古龍と呼ぶにふさわしい強者である事は間違いない。
その龍が、今にも死にそうな体で此方に歩いて来ている。
しかも、かの龍の象徴とも言うべき角が無惨に折れてなくなっているではないか。
古龍にそれ程の傷を負わせる事が出来る存在は数少ない。
かの龍にこれだけの傷を負わせられるとすれば、あの同胞喰らいの悪食か、人間か、若しくは………。
しかし、かの龍に同胞喰らいによるものと思わしき傷はない。
狩人がつける傷とも違う。
何があった、と問い掛けるが答える素振りを見せない。
恐らく返事をする余裕すら無いのだろう。
折れている角の断面を見ると、真ん中から強引にへし折られたかのような状態である事が分かった。
これは同胞喰らいの仕業ではない。
狩人でもない。
まさか、これはーーーー‼︎
最悪の予想を思い浮かべると同時に、ゴアアアアアーーーーッ‼︎と大地を震わすような咆哮が響いたかと思うと、咆哮の主が姿を現す。
禍々しい角、狂気に溢れた瞳、発達した四肢、そして身体を覆う金色の毛並み。
金獅子ラージャン。
人間達の間において、イビルジョーと同格若しくはそれ以上とされる超特級危険生物。
ラージャンの目撃情報は非常に少ないとされているが、それは目撃した者の数多くが出会った瞬間に命を落としているからだと言われている恐るべきモンスター。
その姿を認めた瞬間、ネロミェールはキリンを前脚で器用に掴むと一目散に飛び立った。
向かう先は、陸珊瑚頂上部。
眼下では、追い詰めた獲物を横取りされたと勘違いした金獅子が怒りの咆哮を上げていた。
キリンを掴んだまま、陸珊瑚の頂上にたどり着いたネロミェールは、ゆっくりとキリンを降ろすと呑気に惰眠を貪る飛竜を叩き起こした。
ギャイン⁉︎と情け無い声を上げて飛び起きた飛竜………レイギエナは突然現れた客人ならぬ客龍に驚愕する。
一頭だけでも天災そのものと言うべき、絶対者たる古龍が二頭もいるのだから彼の反応も当然である。
何か古龍の気に障る事をしてしまったのだろうか、と戦々恐々とするレイギエナ。
そんな彼にネロミェールは、面倒な奴が来たから追い払うのを手伝えと伝える。
それを聞いたレイギエナは一目散に空へ向かって逃げようとして………地上から放たれた水流ブレスを喰らい撃墜された。
逃げるな臆病者!とネロミェールが叱責すると、レイギエナは無茶言わないでくれ!と泣き喚いた。
大体、古龍が手伝えと言う程の相手なんかと戦える訳ないでしょう⁉︎と抗議するレイギエナ。
まあ、落ち着いて話を聞けとネロミェールが諭し、宥めるのであった。
その獣を支配するのは『破壊』という実にシンプルな感情だった。
数ある獲物の中でも、格別な存在である雷獣。
角をへし折り、追い詰めたまでは良かったが、寸での所で取り逃したのは痛恨の極みであった。
足跡と匂いを辿り、再び追い詰めたと思ったら今度は漆黒の翼を持った龍に獲物を横取りされ持ち去られるという屈辱を味わった。
最早我慢の限界。
殺す。
破壊し尽くす。
往生際の悪い獲物も、あの龍も、この地も。
全て全て皆殺してやる。
激情に駆られるまま、匂いを辿って崖を登る。
そして登り切った先には、追い詰めた獲物と横取りした龍の姿が。
そのまま飛びかかろうとしたが………いつの間にか散りばめられていた氷の地面に足を取られ、無様に転んでしまう。
転倒し、体勢を崩した己を待ち受けていたのは。
眼前に迫る津波とも言うべき激流の嵐であった。
ゴアアアアアーーーーッ‼︎と叫びながら崖下へ転落していく金獅子を見届けたネロミェールはフン、と詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
予め、レイギエナに氷を張らせて転んだ隙に激流で押し流して崖下に落とすというシンプルな作戦だったが、予想以上に上手くいった。
傍でガクブルしていたレイギエナが、トドメを刺さなくて良いのですかと聞いてくるが、ネロミェールは答え無かった。
何故なら、そんな事をしなくても良い事を彼は既に古龍の感知能力で感じ取っていたからだ。
ネロミェールとレイギエナによって、崖下へ落とされた金獅子。
流石に深手を負ったのか、起き上がりはしたものの歩く姿はどこかぎこちない。
不本意極まりないが一旦退こうとした矢先、視線の彼方から何者かが走ってくるのが見えた。
「見つけた。貴方が、報告にあったラージャンだね」
それは桃色の髪色をした人間の娘だった。
否、唯の人間ではない。
狩人だ。
それを見た金獅子は威嚇の咆哮を放つ。
見た所、この狩人の雌は大した事はない。
敵意も悪意も戦意も感じ取れなかった。
稀にいるのだ、こういう力量差を弁えない馬鹿が。
故に、この咆哮だけで怖気づいて逃げ出すだろう。
そうタカを括っていた金獅子だったが、いつまで経っても逃げ出さない狩人に、僅かに疑問を抱いた。
すると、再び狩人が言葉を発した。
「………成る程、貴方怪我してるんだね。なら、私は追わない。もう見境なく暴れ回ったりしたら駄目だよ?」
………………?
今、この狩人の雌は何と言った?
怪我を負っているから、追わない?
見逃してやる…だと?
金獅子の脳内が一瞬で怒髪天を突き、怒りに支配される。
これ程の屈辱があるだろうか?
怪我をしているなどと言って哀れむ?見逃す?
許さない、許さない、許さない‼︎
こいつだけは必ず殺す‼︎
両手足を引きちぎり、臓腑をぶち撒けさせて肉片も残らず消し炭にしてくれる‼︎
戦闘態勢になった彼は、目の前の小娘を叩き潰さんと、駆け出した。
………この時、金獅子には二つの不幸があった。
一つ目は、獲物を取り逃がし尚且つ邪魔をされてあしらわれた事による怒り。
そして目の前の狩人に情けをかけられた屈辱による更なる怒り。
その怒りの積み重ねによって、正常な判断力を失っていた事。
二つ目は、彼が相対している狩人が見た目にそぐわぬ強者であったと言う事だ。
ドパンッ‼︎という爆発音。
恐らく、怒りに支配されていた金獅子には何が起こったか理解できなかっただろう。
目にも止まらぬ速さで撃ち込まれた複数の徹甲榴弾が、金獅子の顔面で炸裂し。
金獅子は自らの死を自覚する間もなく、頭を無惨に吹き飛ばされて絶命したのであった。
金獅子が絶命したのを見届けたネロミェールは、キリンの介護をレイギエナに任せると、狩人の前に降り立った。
「めちょっく⁉︎どうしてネロミェールが⁉︎」
突然現れたネロミェールに、よく分からない単語を発して驚く狩人の娘。
そんな彼女にネロミェールはゆっくりと近づいていくと、口に加えていた何かを投げ渡す。
「わわっ⁉︎これって………?」
それはネロミェール自身の皮の一部だった。
要は、金獅子の後始末をしてくれた礼のようなものである。
長年の時を生きているネロミェールは、狩人達が皮や鱗などを、使って武具や生活の糧にしている事を知識として知っていた。
「あ、ありがとう…?」
何とも言えない顔で礼を言ってくる狩人の娘を暫く眺めていたネロミェールは、そのまま翼をはためかせてその場を去っていく。
キリンの介護をさせているレイギエナにも何か旨いものを持って行ってやるかと思いながら。
to be continue………?
ネロミェール………歴戦個体。陸珊瑚の台地の生態系の頂点に君臨している。力の研鑽を怠らない。温厚な性格。ハンターは人間を超越した新生物だと思っている。
キリン………通常個体。黄昏れていたらラージャンに襲われて角を折られた被害者。ネロミェールと面識あり。
レイギエナ………巻き込まれた被害者。表向きの陸珊瑚の台地の支配者。しかし縄張りには然程興味もなく、のんびり寝てたい性分。
ネロミェールに頭が上がらない。
ラージャン………獲物に逃げられ崖から落とされ、最後は頭を徹甲榴弾で吹き飛ばされた。ある意味一番の被害者。
桃色髪の女性ハンター………ラージャン出現の報告を受けて陸珊瑚まて出向いて来たハンター。導きの青い星ではない。ボウガン系統の使い手。徹甲榴弾は正義。