ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第九十五話 星の異端者

「天葬せよ、我が守護星――鋼の箱庭(ウチュウ)に終焉(オワリ)を宿せ」

 

 刹那、王都に雄々しき宣誓が轟き渡る。

 

「天地を灼(や)いた雷火に呑まれ、渾沌は灰燼と化した。原初(はじまり)は朽ち果て、天頂神は神座(かむくら)に就く。されど、世界に繁栄は訪れない」

 

 それは、新世界の誕生を呪う負の慟哭。

 

 己を死を以て齎されると信じて捧げ、それでも願い求めた希望(ヒカリ)に救いは永劫、訪れないと知った原初の嘆き。

 

「飢え、凍え、傷つき、奪われ、涙は潰え、祈りは泥に沈んだ。満ちた絶望と渦巻く憎悪の地獄こそ、天(カミ)が齎す明日(ミライ)なのか」

 

 しかしそれは、決して破滅を望む怨嗟ではない。

 

「―――否、否、否。汝の不浄な王位を前に、ならば何故(なにゆえ)この歩みを止められよう。我らの願いは繁栄なれば―――汝の覇道を打ち砕こう。その驕りを砕き、嚇怒の焔で焼き堕とさん」

 

 我(俺)はこんな世界の為に、身を捧げたのではない。

 

 何故なら、勝利とは“明日に辿り着くこと”なのだから。

 

 皆が今より良い明日の為に懸命に生きている。幸せを願うというありふれた想いは、誰の胸にもあるはずだ。

 

 ならばこそ、そのより良い明日が奪われる世界など、断じて認めることが出来るはずがない。

 

「終焉(オワリ)の怪物、気高き我が子(ちち)よ。貴方と新たな試練を紡ぎましょう。たとえ災厄の名を負おうとも、貴方が飛び立つその先には、誰もが待ち望んだ穏やかな明日があるのだから」

 

「原初(はじまり)の大地、愛しき我が母(こ)よ。どうか我らに加護を授けてほしい。遍く支配者(カミ)を滅ぼし尽くし、約束された繁栄を新世界へ齎すために」

 

「目覚めよ天喰末子(テュポエウス)、渾沌(カアス)の化身よ」

 

 今こそ、奈落の底に封印された最強の怪物が天へと飛翔する。

 

 刮目せよ、これより始まるは神と怪物の最終戦争。神の閉鎖世界(ディストピア)に終焉を齎し、人が自由な意志の元に生きられる世界へ導こう。

 

「――さあ、絶滅闘争(ティタノマキア)を始めよう」

 

「超新星(Metalnova)――〝森羅絶滅の神統記紀、天翔せよ(Shattering Sphere )新世界の黎明へ( Irregular)〟」

 

 創生――星の異端者(スフィアイレギュラー)。

 

 怪物譚の果てに輝く未来を創るため、最強の天喰末子(テュポエウス)が異世界(トータス)に降誕した。

 

 

 

 

 

「悠姫、くん……」

 

 ポツリと、雫の小さな呟きが妙に鮮明に広場に響いた。驚愕と困惑が入り混じったそれは、当事者たちの心の声を代弁しているようだった。

 

「そうか、あれが彼の極晃星(スフィア)か……」

 

「極晃星(スフィア)……?」

 

 ギルベルトが何か納得したように頷くと、香織がそれに反応して問い掛け、皆の視線を集める。

 

「星辰光(アステリズム)を超えた星辰光(アステリズム)。この世界(トータス)に合わせるなら、魔法を超えた魔法とでも言うべきだろうか。なに、難しく考えることはない。彼らは、究極の一端を掴み取ったということさ」

 

 審判者(ラダマンテュス)が恍惚とした視線を向ける先で、音もなく悠姫とガイアが静かに地に降り立った。

 

 瞬間、真っ先に飛び出したのは――――二体の狂戦士。

 

「ヒハハハハハハハハァッーーー! いい、いい、いい! やっぱりお前らは最高だッ!」

 

「ああ、ずっとあなたに会ってみたかったのよッ! さあ、あなたの悲鳴(こえ)を聞かせてちょうだいッ!」

 

 眼前の敵を置き去りにして、二人は天喰末子(テュポエウス)へと死爪を突き立てながら疾走する。

 

 ガイアは悠姫の傍から静かにそっと身を引き、それに対するように悠姫が迫る二人の方へと足を進める。

 

 まず、ダインスレイフが左半身の竜躯を軋ませながら、叩きつけるように竜爪を振り下ろす。その内側へヘルヴァルドが滑り込み込む。右手の剣が低く閃き、ほとんど間を置かず左手の金属爪が喉元を裂く軌道で迸る。

 

 驚くことに、この二人は同じ獲物に食らいつきながらも、互いの攻撃を避けようとも巻き込まないようにしようという考えすら微塵もなかった。

 

 ダインスレイフの双撃がヘルヴァルドの肩口すれすれを薙ぎ、ヘルヴァルドの剣閃が邪竜の左腕を掠めても、どちらも意に介さない。ただ、眼前の怪物を殺すという一点のみを求めて牙を重ねてくる。

 

 だが、その飽和めいた猛攻を前にしても、悠姫は欠片も臆することはない。

 

 ヘルヴァルドの剣を刀身の腹を打って弾き、喉元へ走る金属爪を首筋すれすれで身を捻って躱し、頭上へ振り下ろされたダインスレイフの竜爪を受け止める。その衝撃で足元の石畳が亀裂を走らせながら砕け、砕けた石片が宙に浮きあがった。

 

 次の瞬間、石片は地に落ちるよりも早く、爪に、鱗に、牙に変わって悠姫へと襲い掛かる。さらに念入りにと、左右から巨大な竜爪が挟み込むように迫ってくる。

 

 正面にヘルヴァルド、上段でダインスレイフを受け止め、取り囲むのは剣麟爪牙―――よって回避も迎撃も間に合わない。数瞬後には見るも無惨な死体が出来上がる。

 

 しかし―――

 

「いいえ、あの子はここからよ」

 

 今こそ最新にして異端の極晃星(スフィア)、星辰解奏者(スフィアイレギュラー)の真価が発揮される。

 

 

 

「―――あ?」

 

「―――なんですって?」

 

 二人の口から、ほとんど同時に驚愕の呟きが零れた。前触れもなく悠姫の姿が消えていたのだ。

 

 獲物を失ったことで当然、牙も爪も剣も空を切る。

 

 ヘルヴァルドの剣閃は何もない空間を薙ぎ、喉を裂くはずだった金属爪も虚しく空振る。受け止められていたはずのダインスレイフの竜爪もまた、刹那で抵抗が消失したことで悠姫がいた空間を斬り裂くのみ。

 

 左右から挟み込むように迫っていた剣麟や巨大な竜爪も標的を失い、噛み合わぬままぶつかって弾け飛んだ。

 

 それは、離れた位置で見ていた雫たちにも何が起きたのか分からなかった。文字通り、ほんの今までそこにいた悠姫の姿が、何の予兆もなく消えたのだ。

 

 次の瞬間、今度は二人の狂戦士の身体が不意に跳ね上がった。

 

「ヅ―――ォッ!?」

 

「く、ぁッ!?」

 

 ダインスレイフの脇腹とヘルヴァルドの胴へ、ほとんど同時に悠姫の蹴撃がめり込んでいた。

 

 空振りに終わった二人の隙間へ潜り込むように現れていた悠姫は、そのまま左右へ蹴り抜いて二人の身体を強引に弾き飛ばす。

 

 しかし、流石は数多の戦場を経験してきた戦闘巧者、咄嗟の状況への対応が早い。ダインスレイフが空中で身を捻り、ヘルヴァルドもまた無理やり着地して体勢を立て直す。

 

 二人は即座に蹴撃の飛んできた方へ視線を向け―――その瞬間、またしても悠姫の姿が消える。

 

 そして、その起結が今度は雫たちにも見えていた。

 

「あっ……」

 

 小さく呟いた視線の先は、狂戦士たちの視線の先ではなく、その反対側。

 

 つい今しがた蹴りを放っていたはずの悠姫が、いつの間にかダインスレイフとヘルヴァルドが飛ばされた更に先で、抜刀の体勢で構えている。

 

「シッ――――」

 

 そして放たれる斬空真剣。射程距離を無視した斬滅の一太刀が背を向ける狂戦士たちを斬り裂いた。咄嗟に身体を捻り致命傷は避けられたが、それでも決して小さくはない斬傷を負う。

 

 十数メートルはあろう距離を瞬く間に隔てたそれは、文字通りの瞬間移動にも見える。だが、ダインスレイフにはそう単純なものとは思えなかった。幾多の戦場を潜り抜けてきた純然たる戦闘者としての感覚が、あれをただの転移と断じることを拒んでいた。

 

 傷を負っていることもあり、普(・)通(・)で(・)あ(・)れ(・)ば(・)そこで一度足を止める。

 

 だがしかし―――

 

「面白れぇじゃねえかよォォッ!」

 

「まだまだこれからよォォッ!」

 

 一度走り出した狂戦士たちは止まらない。止まるためのブレーキ(理性)など、とうに■■で焼き尽くされているのだから。

 

 そんな亡者たちを見つめ、悠姫は小さく嘆息する。それでもその眼差しは、どこか優しげだった。

 

 直後、三つの影が再び激突する。

 

 悠姫の姿が掻き消える。そう見えた次の瞬間には、ダインスレイフの背後から斬撃が走っていた。しかし、その一太刀は地面から噴き上がった剣麟に阻まれる。

 

 哄笑と共に邪竜が左半身を捻る。砕けた石畳、抉れた地面、周囲の瓦礫、そのすべてが呼応するように爪と鱗と牙へ変じ、悠姫へ向けて噴き出した。

 

 悠姫はそこへ留まらない。太刀を振り抜いた姿はすでにそこになく、次の瞬間には別角度から灼熱の軌跡が奔る。天駆翔(ハイペリオン)の炎剣がダインスレイフの竜躯を薙ぎ、赤熱した余波が剣麟をまとめて焼き払った。

 

 だが、その炎を割ってヘルヴァルドが飛び込んでくる。右手の片手剣が下から掬い上げるように閃き、ほとんど間を置かず左手の金属爪が喉元へと走る。

 

 悠姫は身を沈めてその斬撃を外し、喉元へ走る金属爪を紙一重で躱す。返す太刀がヘルヴァルドの肩口を斬り裂きかけるが、その軌道へ今度はダインスレイフの竜爪がねじ込まれ、火花が散った。

 

 そこから先、攻防は途切れることなく連なっていく。悠姫の姿が掻き消えたかと思えば、次の瞬間には別角度から太刀が閃き、あるいは灼熱が奔り、時に射程を無視した斬空真剣が戦場を断ち切る。

 

 対するダインスレイフは哄笑と共に剣麟と竜爪を噴き上げ、ヘルヴァルドもまた片手剣と金属爪で間隙を縫うように食らいついた。

 

 無論、なお悠姫の方が速い。だが二人も、もはや最初のように一方的に翻弄されるだけではなかった。次に刃が走るであろう位置へ暴威を重ね、わずかな気配の揺らぎに合わせて踏み込みを差し込み、確度の高い方角から牙を届かせようとする。

 

 その動きは、悠姫が現れた瞬間を捉えているようにも、あるいは出現位置そのものを読み始めているようにも見えた。

 

 そうして幾度目かの交錯の果て、ようやく悠姫の太刀とダインスレイフの竜爪が真正面から噛み合った。

 

 甲高い衝突音が弾け、せめぎ合う力が周囲の石畳をさらに砕く。

 

「ずいぶんと愉快な姿になったものだな、ダインスレイフ」

 

「だろうがよォ、天喰末子(テュポエウス)ッ!」

 

 歓喜に満ちた返答だった。押し合う竜爪が軋み、左半身の竜躯が震える。

 

「気分が良い、最高だッ! こうして、お前に喰らいつけるんだからなァ!」

 

「私のことを忘れないで欲しいわねッ!」

 

 そこへ、ヘルヴァルドが割って入る。

 

 右手の片手剣が悠姫の太刀へ横から噛み付き、左手の金属爪が鍔元へ食い込んだ。剣と刀と竜爪、三つの力が一点へ集中し、三つ巴の鍔迫り合いが生まれる。

 

 悠姫はそこで初めて、真正面からヘルヴァルドの顔を見る。

 

「初対面だったからな、忘れたわけではないが邪険に感じさせたのなら謝罪しよう」

 

「あら、謝罪なんていらないわ」

 

 ヘルヴァルドは蕩けるような笑みを浮かべたまま、さらに力を込める。

 

「私は今の貴方が欲しいもの」

 

 熱烈な告白(ラブコール)に、悠姫は小さく苦笑した。

 

「俺は彼女たちのものだからな、貴方に譲ることは出来ない相談だな」

 

 言うが早いか、悠姫の太刀が僅かに沈む。押し返すためではない。噛み合っていた力の芯を外すための、ほんの僅かな揺らぎ。

 

 刹那、三つ巴の均衡が崩れた。

 

 悠姫は二人の力を外へ流すように刃を弾き、ダインスレイフの竜爪とヘルヴァルドの片手剣をまとめて逸らす。拮抗していた力が行き場を失い、狂戦士たちの体勢がわずかに泳いだ。

 

 その一瞬で十分だった。悠姫は後方へ飛び退き、静かに太刀を引く。

 

「すまないが、今回の主役はお前達じゃないんだ。だから―――」

 

 淡々と、しかし逃れようのない宣告と共に二つの魔法が組み上げる。

 

「■■魔法(セット)、〝邪竜遡行・還れ強欲の滅亡剣(Fafnir Regression)〟、〝呪血追想・辿れ忘却の破滅剣(Tyrfing Recollection)〟―――同時発動(ダブルリリース)」

 

「さあ、過去(うしろ)を振り向くといい」

 

 次の瞬間、顕現した二つの魔法が狂戦士たちへ牙を剥いた。

 

「なッこい、つはァッ―――!」

 

「ア、アアアアァァァァッ――――!」

 

 まず変調を来たしたのは、ダインスレイフの方だった。

 

 竜化していた異形が、内側から軋みを上げる。鋭く伸びていた鉤爪が軋みながら形を変え、鱗に覆われていた皮膚もまた不規則に罅割れ、その下から覗く輪郭は徐々に見慣れた人の腕へと近付いていく。

 

 神代魔法の一つ、変性魔法によって引き起こした竜体化が、悠姫の極晃星(スフィア)の魔法によって引き戻されている。

 

 対してヘルヴァルドは、頭を抱えたまま絶叫していた。

 

「いや、いや、いや……ッ」

 

 右手の片手剣が石畳に落ち甲高い音を立て、纏っていた星光が霧散する。左手の金属爪で頭を掻き毟るように押さえ込み、身を折るように蹲りながら、それでも喉を裂かんばかりに叫び続けた。

 

「勝てない、勝てるわけがない、あんなの、あんなのに―――ッ!」

 

 その言葉は途中から声ですらなくなり、嗚咽じみた絶叫へ変わる。

 

 何を見ているのか、何を思い出しているのか、それは術者である悠姫にも分からない。ヘルヴァルドに放った魔法は、ただ過去を思い出させるだけの魔法だったからだ。

 

 だが、もはや戦える状態ではないのは明白だった。立ち上がるどころか、悠姫どころか周囲へ視線を向ける余裕すらなく、ただ忘却の底から吹き上がる何かに呑まれている。

 

「俺の、身体が―――――まさか、お前の、星光は―――ッ」

 

 呻くように零しながら、ダインスレイフは人に戻りつつある左半身を見下ろした。

 

 肉体が変わっている、しかしそんな単純なものではない。

 

 体内を巡る星辰体(魔力)そのものに手を突っ込まれ、今の己を形つくっている定義を撹拌されている。結果として起きている現象は、まるで時間を巻き戻されているかのようですらあった。

 

 だが、それは時間そのものを操っているという話ではない。もっと根源的な何か、普遍的な何かに訴えている。

 

 即ち―――

 

「そう、星(・)辰(・)体(・)と(・)概(・)念(・)へ(・)の(・)干(・)渉(・)・(・)改(・)質(・)、それが俺たちが掴んだ力だ」

 

 悠姫は静かに告げる。

 

 時間を遡らせているのではない。ただ星辰体(魔力)に干渉し、その在り方や結びついた概念へ触れた結果として、まるで過去へ引き戻されたような変化が来ているに過ぎない。

 

 だからこそ質(・)が(・)悪(・)い(・)。異形も強化も、積み上げてきた現在も、その全てが根元から揺さぶられる。

 

「ヒ、ハ……ッ」

 

 苦鳴の合間に、それでもダインスレイフは笑っていた。

 

 左半身は崩れ、竜化は見る間に解けていく。にもかかわらず、その眼に宿る熱はなお死んでいない。むしろ、自身へ届いた異端の力を理解したことで、歓喜は一層深まっているようですらあった。

 

「そうだ、そうとも、それでこそッ」

 

 抗おうと力を込めるたび、現在の肉体が軋み半竜体がさらに崩れていく。

 

「まだ―――まだだァッ」

 

 しかし、邪竜は止まらない。竜体化のみが巻き戻り蓄積されたダメージが身体を敗北へと誘ってくるが、その程度で止まるような男ではない。見るからに満身創痍になりながらも立ち上がる。

 

「いいや、お前はここで斃す」

 

 そう言いながら、その前へ立ちはだかったのは天喰末子(テュポエウス)ではなく、聖剣を構えた勇者(光輝)だった。

 

 魔法の影響で揺らぐダインスレイフと、正面から対峙する光輝。両者の間で、張り詰めた殺意が改めて火花を散らす。

 

「……なら邪竜退治は勇者(イアソン)に任せるとしよう」

 

 悠姫はダインスレイフへ背を向けて本命の彼女へ歩を進める。

 

「いいぜ、面白い―――獲れるものなら獲ってみろやァッ!」

 

「ゥォォォオオオッ!」

 

 そして再び、勇者と邪竜が激突する。

 

 

 

「さて、待たせたなノイント。じゃあ始めようか」

 

 その呼びかけに、ノイントは片大剣を杖代わりにしながらゆっくりと立ち上がった。

 

「―――ッ」

 

 一度、膝が崩れかけるが、何とか踏みとどまる。悠姫と狂戦士たちが斬り結んでいた間に、呼吸は整えた。傷も最低限は塞いでいる。だが、万全には程遠い。白銀の鎧はあちこちが砕け、美しい翼も乱れたままだった。

 

 なのに、その顔には不思議なほどの清々しさがあった。

 

 敗れた痛苦でも、届かない絶望でもない。ようやく胸を張って立てた、その直後に見せつけられた新しい景色へ、感動とも嬉しさともつかないものを抱いた顔だった。

 

「……ああ」

 

 短く息を吐き、ノイントはふっと困ったように笑った。

 

「本当に貴方は……ようやく私が胸を張って貴方に向けると思ったのに、貴方はまた先へ行ってしまうのですね」

 

 責めるような口調ではない。呆れと、悔しさと、それでも隠しきれない嬉しさとが一緒くたになった声だった。

 

「失望したか?」

 

「まさか」

 

 苦笑した様子で問いかける悠姫に対し、ノイントは口元を綻ばせながらはっきりと告げる。

 

「む(・)し(・)ろ(・)追(・)い(・)つ(・)き(・)が(・)い(・)が(・)あ(・)る(・)ッ!」

 

 次の瞬間、白銀の影が弾けた。

 

 銀翼を打ち、ノイントが一直線に迫る。ダメージを負っていることを思わせない、余りにも鋭い突撃。

 

 振り下ろされた片大剣を、悠姫は正面から迎え撃つ。

 

 太刀と大剣が真正面から噛み合い、轟音が広場を揺らす。衝撃波が石畳を吹き飛ばし、瓦礫が跳ね上がった。だが、ノイントはそこで止まらない。

 

 大剣を滑らせるように力点をずらし、間髪入れずに銀翼を打ち鳴らす。羽撃きの衝撃が石礫を巻き上げ、その乱流の隙間から無詠唱魔法と分解の羽弾が幾重にも走った。

 

 力点をずらされたことで、悠姫の体勢が僅かに崩れる。それは致命的なものではなかった。刹那もあれば元通りになるほどの間隙。

 

 その隙をノイントは逃さなかった。

 

 爆炎が口を開き、雷撃が牙を剥き、何重にも圧縮された衝撃が面となって押し潰しに来る。更にその隙間を縫うように、白銀の分解羽弾が音もなく殺到した。

 

 天津悠姫という怪物を確実に封殺するために構築された陣、だがしかし、それでも天喰末子(テュポエウス)には届かない。

 

 足元の石畳が波打つようにせり上がり、次いで解き放たれる。迫り出した地面は壁ではなく、射出機構として悠姫を確殺魔法群の射線から強制的に外す。

 

 無論、それだけで捌き切れるはずがない。

 

 炎も、雷も、衝撃も、羽弾も、即座に軌道を変えて追い縋る。標的を外したまま霧散するような生温い攻撃ではない。だが、それでもほんの僅か、生まれた時間だけで十分。

 

「シッ―――」

 

 一閃、放たれた太刀が真正面から迫る衝撃波だけを鋭く斬り裂く。

 

 そして次いで、炎が燃え広がるはずの熱を失い、雷が撃ち抜くはずの鋭さを失い、消失する。

 

 分解の羽弾もまた、触れたものを崩すその性質だけを薄く剥がされ、白く硬質な小片へ変わって石畳へ弾け堕ちた。

 

 単純な無効化でも、まして相殺しているわけでもない。そこに宿っていた性質そのものを、全く別の形へ改められている。

 

 炎は燃え盛る灼熱から背を押す熱風へ―――

 

 雷は相手を撃ち落とす閃きから踏み込みを加速させる閃光へ―――

 

 砕けた石片は身を穿つ礫から次の一歩へ繋げる足場へと―――

 

 今や天喰末子(テュポエウス)の前では、ただの魔法はそのままの概念を保てない。

 

 故に、最も恐ろしいのは、通じていたはずの力が気づけば相手の強さを支える別物へ変わっていることだった。

 

「―――ッ」

 

 たった一歩悠姫が踏み出しただけで、戦場の全てが悠姫を勝利へと導く領域へと変貌していた。

 

 ノイントの双眸が見開かれる。だが、それでも怯むことはない。

 

 ようやく胸を張って人間だと名乗れた自分へ、また新しい景色を見せつけてくれる。その勝手さに呆れながら、それもどうしようもなく口元が緩む。

 

 片大剣を握る手に、更に力が籠る。そして次の瞬間には、銀翼を打って正面から踏み込んでいた。これを、最後の突貫として。

 

 同時にばらまいた白銀の羽弾と遅れて放たれた無詠唱魔法が、横合いへ開いた門(ゲート)から連射された。

 

 押し潰し、穿ち、分解し、斬り裂く―――その全てが一切の容赦なく悠姫の命だけを奪いに来る。

 

 しかし悠姫は一切歩みを止めず、払われた羽弾の分解魔力が炎雷を霧散させる。直後、頭上から片大剣が叩き込まれるも、それも悠姫の脅威にはならない。

 

 添えられるように差し込まれた太刀が大剣の刃筋を半寸だけ逸らし、叩きつけられるはずだった重撃は石畳を抉るに留まる。

 

「――ふ、はは」

 

 もう、ノイントは笑うしかなかった。返し放たれた斬撃が白銀の鎧を薄く裂き、血潮と火花を同時に散らされる。

 

 悔しい、嬉しい、追いつきたい、その全ての想いが力となって全身に確かに宿っている。それでも届かないのだから―――

 

「すごい、ですね……本当に」

 

 その姿があまりに眩しかったものだから。ノイントが思わず子供のような笑みを零した。

 

 先に限界が訪れたのはノイントだった。踏み込みは徐々に弱く、大剣の一撃も重さが削れていく。

 

「―――あ」

 

 短く、斜めに逆袈裟がノイントを捉える。

 

 ノイントが膝を折ると同時に、砕けて魔力片へと散る白銀の鎧。銀翼が力なく垂れ、二人の間に一瞬の静寂が落ちた。

 

「届きませんか……」

 

「いや、見事だよノイント。誇れ、君は強い」

 

 言葉と共に、悠姫は静かに太刀を構えた。刃に集束する破邪の光輝、あらゆる輝きが一筋へと収束し、膨れ上がっていく。

 

「ああ、どうか最期に、その光を―――」

 

 夜空を引き裂く極光を前に、白銀の使徒はただ穏やかな笑みを浮かべていた。そして放たれるは、神滅の斬光。

 

 広場に満ちる眩い残滓―――神の使徒は露と散り、絶滅闘争(ティタノマキア)が幕開けた。





終末再臨・怒りを宿し(S h a t t e r i n g )灰より甦れ、( S p h e r e )天喰の末子よ( I r r e g u l a r)

基準値:AA
発動値:AAA

集束性:A
操縦性:AAA
維持性:EX
拡散性:B
付属性:AA
干渉性:EX



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