ハマりました。
ヒロインが可愛いし素質あるなと思ったら書いてました。

※注意!!
・ネタバレあります!
・漫画版(英語含む)しか読んでないのでネタバレ厳禁でお願いします!

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※ネタバレあるので自己責任でお願いします

読んだことがない人でも分かるように書いてたらめっちゃ長くなりましたのであしからず







俺だけレベルアップな件 とある場面の分岐ルート

 

 

 決着は思いの外あっけなかった。成し遂げた人物の強さが想像を超えていたのだろう。

 音を置き去りにする銀閃の嵐が迸り、対象の全身を容赦無く斬り裂く。強固な甲殻に覆われていたはずなのに、戦いの終わりではもう防護の役割を全く果たせていないようだった。

 

「…………」

 

 倒れ伏す異形──人間の身長を優に超える漆黒の蟻を見下ろして、青年は手に握っていた二振りの短剣を虚空へと溶かす。

 

[レベルがアップしました!]

 

 聞き馴染んだその若い女性の声が脳内に響き渡る。それは何よりも分かりやすい戦闘の終結を示していて、洞窟の中には一瞬の静寂が訪れていた。

 

 しん、と冷えた蒼い瞳。

 

 青年──水篠旬は、一度だけ小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 十数年前、異次元と世界を結ぶ通路──ゲートが突如として出現した。ゲートの中はダンジョンと呼称され、内部にはゲームなどでしか見ることの無かったモンスターと呼ばれる怪物が跋扈しており、平凡な現代社会で暮らす者達にとってはとても危険な場所であった。

 何も特殊な力を持たない人類にとってゲートの出現は脅威でしか無かったが、世界の変革と同時に人々の中でも限られた者たちに恩恵が与えられた。覚醒者と呼ばれ、後にハンターという新しい職業を確立する彼等は、強大なモンスターすら打倒し得る能力に目覚めていたのだ。

 

 水篠旬もその覚醒者の一人である。しかし、彼の力は本当に頼りないものであった。

 E級ハンター。SからEまでの格付けをされたハンターの中でも底辺、更にはそのE級の中ですら最弱という能力値しかなく、人類最弱兵器などという不名誉な二つ名を賜るくらいに旬は弱かった。

 

 それでも彼はハンターとなった。父の失踪、とある病に冒された母の入院費、大学進学を控えた妹の学費と、様々な事情が重なりお金が必要だったから。無事に帰ってこれる実力も無いのにダンジョン攻略に臨むハンター大隊のレイドに参加して日銭を稼ぎ、幾度にもその身体を傷付けて、四年という月日もの間、命懸けの生活を送ってきていたのだ。

 

 転機となったのは、旬が23歳になった年のある日のこと。

 D級ダンジョンに隠された超高難易度の二重ダンジョンという現場に遭遇し、そこで死に掛けた彼は特殊な能力を授かった。

 

 レベルアップ。

 

 覚醒者は通常、一度覚醒してから能力値が大幅に増加することはまず無い。再覚醒というレアケースもあるが、それもその時限りであり、日々強くなることなどあり得ない。

 その常識を覆す力を旬は手に入れた。

 モンスターを倒せば倒す程に能力値が上昇していく破格の力。文字通り、ゲームの主人公のように能力値のレベルがアップするのだ。

 その日から旬の人生は変わった。数々の死闘を乗り越え、自分だけの軍隊を作り出し、一人で最高難度に近いダンジョンを攻略出来るまでに強くなった。

 

 そして今、旬はS級ダンジョンにいる。

 

 四年前、日本の架南島に出現し、過去三度のレイドに失敗して多くの被害者を生み出した最悪のダンジョン。島に蔓延るのは数千を超えた蟻のモンスターであり、その一体一体がA級ハンターにも匹敵し得る凶悪さ。

 政府にも見放され死の大地と化して早四年、此処に来て事態が急変した。これまでは地を這うだけで島から出ることの無かったこの蟻が、進化の過程で翅を得て近隣の島の住民を喰い殺し始めたのだ。

 放っておけば幾つもの国が滅亡しかねない窮状に、日本へと一つの国家が手を挙げた。今回最初に被害を受けた、ハンターシステムに優れた先進国であるDFNが、日本へS級ダンジョン攻略の共闘を持ち掛けたのだ。

 日本側はこれを了承。二国合わせて合計16人ものS級ハンターを投入する決戦へと挑むことになる。

 

 当初、レイドの直前にS級ハンターとして再認定されていた旬は不参加となっていた。

 この判断に世間は非難を口にしたが、大きなギルドにも所属していない旬にとって、最も大事なのは家族の存在だったから。

 レイド前に実際に戦いに赴くS級ハンターの実力を見て、このメンバーなら自分がいなくとも問題ないだろうという判断だった。想定外の何かが起こらない限り。

 全世界から注目されていたこのレイドはカメラで中継されることとなり、映像だけ見れば攻略も順調に進んでいた。囮作戦を用いて兵隊蟻を外へ誘い出し蟻の巣と化した火山へと本隊の六人が潜入、護衛の精鋭蟻たちを蹴散らし、諸悪の根源たる女王蟻を撃滅せし得た。後は巣穴から脱出するだけ。

 

 その一瞬の安堵に、絶望が舞い降りた。

 

 全身が漆黒の甲殻に覆われた二足歩行を可能とする蟻。そのモンスターが放つ圧は他とは一線を画す。

 ものの数分の戦闘でS級ハンター一人が惨殺され、他の五人も重傷を負った。為す術なく逃走し、追い詰められ、最期を悟ったその刹那。

 

 遥か遠い地にいたはずの水篠旬がその場に現れたのだ。

 

 

 

 

 激闘の爪痕が残った洞窟内で、然れど状況は停滞を許してはくれない。

 

「水篠ハンター! 向坂ハンターが!!」

 

 漆黒の蟻を倒して直ぐ。S級ハンターの一人──白川大虎の声に旬はさっと身を翻して駆け出す。

 この場には旬含めて生存者が七名おり、旬はその中で唯一仰向けに倒れ伏していた女性の元へ近付いた。

 

(くっ、一刻を争う……!)

 

 血の気を失い青白く変色した顔を見て旬は奥歯を噛み締める。

 苦しげな呼吸を繰り返し、寒気で震えている身体は今にもその命の灯火を散らしそうであった。日本の現役S級ハンターで紅一点である彼女──向坂雫は、このまま手を拱いていれば確実に死に至るだろう。

 

(俺が手間取ったせいか……早くヒーラーを見つけなければならない)

 

 A級以上のヒーラーであれば、例え四肢を失ったとしても元と同じ状態で再生することが可能だ。覚醒者に宿った能力はそれ程までに有能であり、落命に瀕している雫を回復させることなど造作もないだろう。

 尤も、この場にヒーラーがいればの話だが。

 

(くそっ、これじゃあ移動をしてる間も保たない……何か他にないか……っ!)

 

 そうだ、と旬は顔を上げる。

 超常の力を宿していようと、旬に出来ることは戦うことだけ。しかし、旬が授かった能力はレベルアップだけではなかった。

 

「インベントリ」

 

 小声で呟くと、空中に旬にしか見えないディスプレイが現れる。小分けに枠が設けられたその中の一つへと手を伸ばし、旬は亜空間からとある薬を取り出した。

 

(命の神水……これなら可能性はあるか……)

 

 万病に効力があるという、この世界では恐らく旬しか待っていないだろう薬。四年もの間『溺睡症』という覚めない眠りに就いていた母親すら回復させた事実から、現代医療やヒーラーの御業すらも超越した効果があることは既に確認済みだ。

 

(向坂ハンターのこの状態が病に該当するかは分からないが、外傷が治っているのなら……)

 

 旬の見る限り、雫は血を失い過ぎたのだ。漆黒の蟻から痛烈な一撃を受け、まともに手当てする間もなかったのだろう。この場に旬が来てすぐに回復ポーションを飲ませたため目に見える傷は無くなっているのに、徐々に容態が悪化しているのはその所為のはず。

 

(溺睡症は発症すると生命力が失われていく病。生命力の詳しい定義については知らないが、今の向坂ハンターにもその状態は大いに当て嵌まる)

 

 もうこれしか無いと、旬は薬瓶の栓を抜いた。

 

「水篠ハンター、それは?」

「凡ゆる病に効くとされる薬です。俺が持っている中でも最高品質の薬なので、これに賭けます」

「……分かりました、お願いします」

 

 雫の所属するギルドのマスターにして、最終兵器の二つ名を持つ火炎系魔法を行使するS級ハンター──最上真は、直属の部下である雫の命運を旬に託した。

 旬は片膝を付いて、雫の顔近くに寄る。彼女の頭を軽く上げて準備し、いざ飲ませよう口元に瓶を近付けて、ふと気付く。

 

(ダメだ、とても何かを飲める状態じゃない!?)

 

 雫の容態は最悪に近かった。

 このまま口腔内に薬を流し込んでも、飲み込むという行為自体が出来ないのなら薬の摂取は不可能だ。只でさえ緊急を要するのに、無駄打ちなどもってのほか。

 

 誰かが無理やりにでも、薬を嚥下させなければならない。

 

(……ええい、ままよ!!)

 

「水篠ハンター!?」

 

 躊躇っている猶予は最早ない。

 驚いた声を上げる大虎を無視して、旬は己の口に命の神水を含めた。そのまま決して飲み込まず、旬は手早く雫の肩へと手を回し身体を支えて、そして──

 

 

【挿絵表示】

 

 

 人肌とは思えないほどに冷え切った、水気の無い唇の感触。救命行為だというのに何故か罪悪感を感じずにはいられないが、四の五の言っている場合ではないと自らに言い聞かした。

 口に含んだ命の神水を旬は雫の口内に流し込む。恐ろしいまでに反応が鈍くこれだけやっても上手くいくか定かでは無かったが、苦労の甲斐あって液体が雫の喉を通り過ぎたことを確認できた。

 

「ぷはっ!」

 

 旬は口を離した瞬間に大きく息を吐く。慣れてなさ過ぎる行為にいやに緊張したせいで、精神的な疲れが半端では無かった。

 

(蟻退治より大変だった気がする……)

 

 身も蓋もないことを思いながら、ふと、周りの沈黙に気付いて首を回す。

 

『…………』

 

 固唾を飲んで見守っていたのか、こういう時どういう顔をすれば分からないだけなのか、兎に角何とも言い難い表情をしている面々。

 顔を赤らめる、なんて可愛い反応はもう出来ないが、旬は精々取り繕ってやろうと咳払いを一つ挟んだ。

 

「今のは医療行為ですが、後で向坂ハンターには謝罪いたします」

「いや、謝罪の必要は……って、後で、とは……」

「まさかっ!」

 

 バッ、とその場にいる全員が雫へと振り向く。

 

「えぇ、どうやら賭けには勝ったようです」

 

 旬の言葉と同時、変化が訪れた。

 雫の顔色が瞬く間に正常なものへと変わり、寒さに凍えたように震えていた身体は血色の良い肌艶を取り戻していく。つい先ほどまで半死人であったことが到底信じられない変貌に、旬を含めた全員の表情が歓喜に色づいて。

 

「……うぅ」

『おぉっ!!』

 

 その確かな声を聞いて、思わず歓声が漏れた。

 

 うっすらと、しかしはっきりと開いていく目蓋。シルバーグレーの瞳が光を灯していき、その視界に像を映す。

 柔らかに顔を綻ばせて自身を覗き込むその人に、雫は呆然と名前を口にした。

 

「……水篠さん?」

「お目覚めですか、向坂ハンター」

「此処は……」

「まだ架南島の蟻の巣の中ですが、ご安心を。あの漆黒の蟻は倒しました」

「……そう、ですか。良かった……」

 

 意識は戻っても未だにぼんやりとしているのだろう。意思疎通は取れているがどうにもふわふわとした様子に、旬は自然と口許が緩んだ。

 

「お疲れでしょう、このまま寝ていても構いませんよ」

 

 つい、妹へと行うように、旬は雫の頭を撫でた。土埃で少しざらついていてもしかしたら本人は嫌だったかもしれないが、慈愛という精神に満ちていた旬にそんな複雑な乙女心など理解できようはずが無い。

 そして雫的には不幸なことに、彼女は未だ霞みがかった思考をしていたため素の感情のみが表出していた。素面に戻っていれば絶対にしなかっただろうことも、この時限りは制御不可能であったのだ。

 頭に残る心地良い感触を得て欲しくなったのか、雫は旬の手を両手で包み込むとそのまま自身の頰へと運んでいった。

 

「温かい……」

 

 ぎくり、と固まった旬を始めとする一同に気付かずに旬の手に頬擦りをする雫。その様子は母親を求める子どものようにも、恋に浸る少女のようにも見えた。

 やがて満足したのか、瞬間の手を握った状態で目が閉じていき、一分もしないうちに呼吸が穏やかな寝息へと変わっていった。

 

「……どうやら寝てしまったようですね」

 

 ゆっくりと手を引き抜こうとして結局失敗した旬は姿勢をそのままに、改めて安堵の気持ちが溢れて大きく一息吐く。

 

「……?」

 

 当面の危機は去ったというのに、それにしてはやけに静かだなと旬が疑問に思うのと同時。

 

 バシンッ! と思いっきり背中を叩かれた。

 

「がっはっは! お見事でしたな、水篠ハンター!」

「全くだこの色男! よくやってくれたよホント!」

 

 上機嫌に笑いながらバシバシと忙しないのは、このレイドに参戦したもう二人のS級ハンター──明星ギルドマスターの町田堂玄と死神ギルドマスターの黒須圭介である。

 二人とも装備はボロボロで汚れてないところが無いくらいには酷い様相ではあったが、浮かべる笑顔は元気を通り越してもはやニヤついていた。なまじS級の覚醒者なため手に込められた力が強くて普通に痛い。

 どこか意味深な言葉選びに旬は一気にこの絡みから逃げたいと思い始めるもそうは問屋が卸さないらしい。

 

「えぇ、本当に、水篠ハンターは男気に溢れていらっしゃるようですね」

「……最上ハンター」

 

 くいっ、と眼鏡を上げる真の仕草。彼がこの動作をする時は大抵悪いことを考えているのだと、旬は後で知った。

 

「いやいや、本当に素晴らしい判断でした。お陰でうちのお嬢さんは九死に一生を得ることが出来ました。ハンタースギルドマスターとして謝意を。後日、正式にご挨拶に向かいたいと思います」

「いや、その、……まぁ、はい」

 

 ニコニコと仮面のような笑顔で話を進める真に嫌な予感はしていたものの、変に強硬な姿勢を取って面倒になるのは避けたいと旬は無難な返答に留めてしまう。

 その返事をどう取ったのかは真のみが知ること。彼は自身のペースを崩さずに会話を続けた。

 

「水篠ハンターの機転はお見事でした。貴方の勇姿は日本全国、いえ、もしかしたら世界中の人々を感動させたことでしょう」

 

 ……最初、旬は真の言葉を意味を理解出来なかった。

 何故そんな話を? と素で疑問に思っていたのだが、真の背後で頭を手で抑える大虎と、もう一人──ヘルメットにカメラを取り付けた男性を見てピシリと固まる。

 

「あっ、」

「ちゃんと撮れてましたか?」

「えぇ、勿論です!」

 

 A級ハンターの資格を持ちつつ、今回のレイドにカメラマンとして同行した彼は威勢よくそう答える。

 

(ということは……さっきの行動は全部……)

 

 救命行為とはいえ、いやだからこそ逆に映えるのかもしれないが、つまり旬の口移し映像は全て電波に乗って日本中に届けられたということ。このレイドが中継されているという事実を失念していた旬のミスだ。

 まるで何処かの童話のような展開の、しかもその王子様役を担ってしまったなんて、どう転んでも騒動になることは間違いない。

 

(いや、まだ希望はあるっ!!)

 

 焦りに冷や汗が出てくるも、一筋の光を見出して旬はカメラマンへと視線を向けた。

 

「確かこの映像は残酷な映像を流さないために少し遅れて放映してるんですよね? なら今の部分はカットが可能なはず!」

 

 勝った! これで向坂雫は一命を取り留めたという事実だけが明らかになる。旬はそう願った。

 だが、現実は無情であった。

 

「いえ、それが……」

 

 旬の必死な態度にどうにか言葉を濁らせようとするカメラマンであったが、何をしても手遅れなんだと気付いてはっきりと告げることに。

 

「水篠ハンターが参戦する前に事態が危うくなったため一度その時点で中継を打ち切り、その後に急遽再開したのでこの映像はリアルタイムのものとなっていまして……」

 

 オブラートに包む事も出来ず、カメラマンは結論を述べる。

 

「これまでの出来事は既に放映されてしまっています」

 

「げ」

 

 旬の素っ頓狂な声が漏れて、力なく項垂れる。

 

 長年日本を苦しみ続けたS級ダンジョンの攻略レイドは、そうやって幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い闇に落ちていく。

 このまま底まで辿り着いてしまえば、自分は死んでしまうのだという確信があった。

 上へと手を伸ばしても天上には決して届かず、時間が経てば経つほどに目に届く頭上の光がか細くなっていく。

 

 ああ、もうどうしようもない。

 

 闇に意識が溶けていき、消えてしまいそうな感覚の中。

 

 辺り一面を照らす煌めきが舞い降りてきた。

 

「……っ!」

 

 驚いて見上げるとそこには一人の男性の姿。自身の記憶に深く刻み付けられている、暗く息苦しい世界でたった一人の、私を照らす一筋の光。

 彼の手が此方へと伸びてくると、自然と自分はその手を掴み取っていた。

 それまでは落ちていくばかりだったというのに、彼に触れただけでその落下は収まり宙空に停滞する。目線の高さが同じとなって、見つめ合う形となる頃になって何故か急に羞恥なんて感情が込み上げてきた。

 彼は微笑んでいたと思う。よく見れてなかったから分からない。

 その後の行動が印象的過ぎて。

 

 逸らしていた顔を、顎に優しく指を添えられて前に向けさせられる。

 ドキンッ、と胸が高鳴った。だってこれは、世間で女性が羨むシチュエーションなのだと、他人事のように聞いていたから。

 動揺をしてる間もない。気付けば二人の距離はゆっくりと近付いていき、そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【語り合いたい】向坂ハンターのヒロイン力が高過ぎる件について【旬雫推し集まれ】

 

1:名無しのハンター

 不謹慎なのは百も承知ですが奮ってご参加を!

 

2:名無しのハンター

 待ってました!

 

3:名無しのハンター

 誰かがやってくれると信じてた

 

4:名無しのハンター

 確かにあれを見たら語り合いたくなる

 

5:名無しのハンター

 下手な映画より萌えた(誤字に非らず)

 

6:名無しのハンター

 あの展開は神がかってましたからね

 

7:スレ主

 とりあえずコテハンつけます。

 誰か詳しい方二人の情報プリーズ

 

8:名無しのハンター

 よし任せろ(詳しくない)

 

9:名無しのハンター

 しょうがねぇなぁ(俺も)

 

10:名無しのハンター

 全く、見てられないですね(水篠ハンターの存在は先日初めて知りました)

 

11:名無しのハンター

 世話の焼けるスレ主だぜ(俺は向坂ハンターの顔をこのライブで初めて見た)

 

12:名無しのハンター

 ろくな奴らいねぇwww

 

13:名無しのハンター

 誰も知らねぇじゃん(笑)

 

14:名無しのハンター

 向坂ハンターに関してはハンター協会の情報統制が有能だと分かるが、水篠ハンターに関しては何故?

 

15:名無しのハンター

 E級の頃ならともかく、今は開示されている情報といえばEからSになったってことぐらいだからだろ

 

16:名無しのハンター

 とはいえハンター歴は長いらしいし、誰かレイドに行ったことある人くらいいるだろ

 

17:名無しのハンター

 あー、私行ったことありますよ

 

18:名無しのハンター

 >>17

 ナイス!

 

19:名無しのハンター

 >>17

 生の声ゲット

 

20:名無しのハンター

 >>17

 まとめ頼んます

 

21:名無しのハンター

 2年くらい前に水篠ハンターと一緒にE級ダンジョンに入ったことがあります

 

22:名無しのハンター

 おう、マジでE級だったんだな……

 

23:名無しのハンター

 あの戦闘を見た後だと本当信じられないわ

 

24:名無しのハンター

 どこの覇王かと思いました

 

25:名無しのハンター

 影の軍勢を率いて蟻と肉弾戦したところはもう激アツだったよな

 

26:名無しのハンター

 てか2年前の出来事なんてよく覚えてるな

 

27:名無しのハンター

 確かに

 

28:名無しのハンター

 しかもE級時代なのに

 

29:名無しのハンター

 いや、本当、言っても信じてもらえないと思うんですが、その時の水篠ハンターは物凄く弱くて、E級ダンジョンで重傷を負ったんですよ。だから印象に残って覚えてたんです

 

30:名無しのハンター

 は?

 

31:名無しのハンター

 は?

 

32:名無しのハンター

 え?

 

33:名無しのハンター

 嘘?

 

34:名無しのハンター

 いえ、マジです。一週間入院するくらいガチのやつです。

 ぶっちゃけ本当に同じ人かと思うくらい外見変わってますし(気弱な少年からクッソイケメンへの超進化)、最初はホントに自分の目と記憶を疑いました

 

35:名無しのハンター

 あ、その話聞いたことあるかも

 

36:名無しのハンター

 初耳

 

37:名無しのハンター

 >>36

 多分ギルドに所属している方は知らないと思います。水篠ハンターは基本的に協会が管理している低級ダンジョンのレイドにしか参加しないフリーランスでしたから

 

38:名無しのハンター

 マジなのか

 

39:名無しのハンター

 てかよくハンター続けてるな

 

40:名無しのハンター

 それな

 

41:名無しのハンター

 何か事情があったと見た

 

42:名無しのハンター

 流石にそこまでは知りませんが、水篠ハンターには有名な二つ名がありまして、人類最弱兵器っていう……まぁ蔑称だったんですが、それくらいには才能が無かったようですよ

 

43:名無しのハンター

 人類最弱兵器はひでぇwww

 

44:名無しのハンター

 最上団長の最終兵器から取ったのかな?

 

45:名無しのハンター

 今や日本最強だけどね

 

46:名無しのハンター

 こんな絵に描いたような出世街道存在するんやな

 

47:スレ主

 とりあえず水篠ハンターについてまとめるとこんな感じかな

・2年以上前から活動している

・人類最弱兵器って呼ばれるくらいにE級ハンターの中でも弱かった

・ハンターを続けなければならなかった事情あり?

・強さと容姿のビフォーアフターがやべぇ

・向坂ハンターの王子様

 

48:名無しのハンター

 >>47

 いや最後www

 

49:名無しのハンター

 まぁ合ってるけどwww

 

50:名無しのハンター

 眠れる森の美女プレイは流石に初めて見ましたからね

 

51:名無しのハンター

 草w

 

52:名無しのハンター

 >>50

 なんだその姫プレイの亜種みたいなのはwww

 

53:スレ主

 というわけで今度は向坂ハンターの情報です

 誰かプリーズ!

 

54:名無しのハンター

 ここのスレ主他力本願すぎん?

 

55:名無しのハンター

 E級かD級と見た

 

56:名無しのハンター

 いや、水篠ハンターについて知らないのなら中堅のC級以上だろ

 

57:名無しのハンター

 向坂ハンターのことも結構知られてないこと多いよね

 

58:名無しのハンター

 メディアへの露出が嫌らしい

 

59:名無しのハンター

 噂じゃかなりのブスなんてものをあったけど、今回のレイドで払拭されましたね

 

60:名無しのハンター

 初めて見たけど美人すぎて驚いたわ……

 

61:名無しのハンター

 戦う姿すら美しい……

 舞姫に相応しいですわ〜

 

62:名無しのハンター

 惚れる

 

63:名無しのハンター

 惚れた

 

64:名無しのハンター

 >>62

 >>63

 汚い目で向坂ハンターを見ないでください

 

65:名無しのハンター

 >>62

 >>63

 旬様以外が向坂ハンターに懸想するなど身の程を弁えてほしいですね

 

66:名無しのハンター

 なんか過激派いるんだけど

 

67:名無しのハンター

 旬様www

 

68:名無しのハンター

 旬様はウケるwww

 

69:スレ主

 以降このスレでは水篠ハンターの呼称を『旬様』に限定します。異論は認めません

 

70:名無しのハンター

 かしこwww

 

71:名無しのハンター

 りょwww

 

72:名無しのハンター

 旬様は素敵!

 

73:名無しのハンター

 旬様はカッコいい!

 

74:名無しのハンター

 旬様はイケメン! 

 

75:名無しのハンター

 旬様教勢力強過ぎィ!!

 

76:名無しのハンター

 でも向坂ハンターはハンターとの恋愛は難しいんじゃないかと

 

77:名無しのハンター

 >>76

 どゆこと?

 

78:名無しのハンター

 >>76

 なにゆえに?

 

79:名無しのハンター

 >>77

 >>78

 ハンタースの採掘班にお邪魔した時に聞いたんですが、なんでも向坂ハンターは特異体質者で、ハンターの臭いが無理らしいです

 

80:名無しのハンター

 臭いが無理?

 

81:名無しのハンター

 ハンター限定なの?

 

82:名無しのハンター

 なんでも、ランクが高いほど酷い悪臭がするとか

 

83:名無しのハンター

 むぅ、それは厳しそう……

 

84:名無しのハンター

 普通はあんま気にならないけど、においってマジ重要だよね

 

85:名無しのハンター

 確かに悪臭がする人と一緒にいられるかと言われるとちょっと……

 

86:名無しのハンター

 旬様から悪臭なんてしないっ!!

 

87:名無しのハンター

 雫様のあの顔を見てまだそんな低次元な話をするなんて信じられません!!

 

88:スレ主

 そんな苦難なんて一息で壊せるほどの愛が雫様にはあるんですよ!!

 

89:名無しのハンター

 旬様も特異体質者で良い匂いがするんです!!

 

90:名無しのハンター

 過激派がやべぇ

 

91:名無しのハンター

 妄想おつ

 

92:名無しのハンター

 てかどさくさに紛れて雫様www

 

93:名無しのハンター

 >>88

 おいスレ主www

 

94:名無しのハンター

 >>88

 お前そっち側かよwww

 

95:名無しのハンター

 >>88

 ある意味で流石ですwww

 

96:スレ主

 それじゃあ雫様のまとめはこんな感じですね

・2年前にS級ハンターとして覚醒、以後ハンタースの副団長となる(公式情報)

・美しい

・舞姫

・ハンターの臭いに過敏な特異体質者

・レイドより前にも旬様と会ってる(推測)

・旬様のことが前から気になってた(願望)

・旬様からは悪臭がしない(断言)

・旬様への愛に目覚めた(確信)

・眠れる森の美女!

・旬様!

 

97:名無しのハンター

 主が一番ヤベェんじゃ?

 

98:名無しのハンター

 まぁスレ立てるくらいだし

 

99:名無しのハンター

 当人が見てるとは思わないのか

 

100:名無しのハンター

 完全にキチガイの所業

 

101:名無しのハンター

 ただ強く否定できない自分もいるんだよなぁ

 

102:名無しのハンター

 >>101

 ホントそれ

 

103:名無しのハンター

 やっと本題に入れる

 

104:名無しのハンター

 偏見多数で大変だけど、そもそも旬様と雫様について語り合うスレだったなこれ

 

105:名無しのハンター

 ぶっちゃけ映画だったよね

 

106:名無しのハンター

 ハリウッド化してもおかしくない

 

107:名無しのハンター

 マジレスすると犠牲者も多数だから安易にはできないけど、おかしくはない

 

108:スレ主

 あらかじめ牽制

 この場ではあくまで旬様と雫様のカップリングについてのみ語る場などでアンチは消えろください

 

109:名無しのハンター

 絶望からの口移しが最高でした

 

110:名無しのハンター

 雫様が目覚めてくれてどれだけ安堵したか

 

111:名無しのハンター

 私も旬様に頭なでなでしてほしいぃぃぃいいいいいっ!!

 

112:名無しのハンター

 雫様「温かい……」すりすり

 

113:名無しのハンター

 完全に恋する乙女でしたわ

 

114:名無しのハンター

 尊い

 

115:名無しのハンター

 尊い……

 

116:名無しのハンター

 尊……

 

117:名無しのハンター

 マジで浄化された気分だった

 

118:名無しのハンター

 あんな神展開、現実に存在するんですね

 

119:名無しのハンター

 旬様絶対天然女誑しでしょ

 

120:名無しのハンター

 頭なでなでが手馴れてました

 

121:名無しのハンター

 妹か姪っ子がいると予想

 

122:名無しのハンター

 確かにあれは年下の女の子への対応に見えた

 

123:名無しのハンター

 ただでさえイケメンなのに天然であれとは同じ男として嫉妬とか超えてもはや感心する

 

124:名無しのハンター

 頬擦りしてるシーンを見て思ったんですが、悪臭しない説マジであり得るんじゃね?

 

125:名無しのハンター

 >>124

 確かに

 

126:名無しのハンター

 >>124

 無意識だからこそういう動作は嘘が無く敏感のはず……

 

127:名無しのハンター

 愛だね

 

128:名無しのハンター

 愛ですね

 

129:名無しのハンター

 ただ旬様は鈍感そうだから絶対気付いてない

 

130:名無しのハンター

 「疲れてたんだろう」くらいで終わらせてそう

 

131:名無しのハンター

 これで難聴系まで付いたらちょっと殺意湧きそう

 

132:名無しのハンター

 今回のMVPは個人的にカメラマン

 咄嗟の状況であのシーン収められるのはプロの仕事

 

133:名無しのハンター

 >>132

 ホントそれ!

 

134:名無しのハンター

 あのアングルの口移しシーンは神

 

135:名無しのハンター

 事実わざわざ動いてるもんね

 

136:名無しのハンター

 旬雫の第一人者として称号を讃えましょう

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぅああうぅうぁああぅうあうぅぅぅぅ……っ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 夜も深まり人々の多くが眠りに就き始める時間帯。

 薄暗い部屋で一人、向坂雫はパソコンの前で赤面しながら悶えていた。

 

(恥ずかしい……っ!?)

 

 改めて現実を直視した末に生まれ出た、取り返しの付かない羞恥であった。

 

 架南島レイドの攻略に成功してしばらく。

 残存した蟻たちを狩り終わり、犠牲者となった人々の葬式を明日に控えた今日に至るまで、雫は家に閉じ籠っていた。

 雫が目覚めたのはレイド攻略の翌日のこと。その時点で疲れもほとんど無く体調は万全だった。途中で離脱してしまった自責もあったので、周りに止められはしたものの掃討戦に参加しようと思うくらいには元気であった。

 そこまで言うならと自重した雫が次に聞いたのはレイド攻略の顛末だ。自分が倒れた後どうなったのかと。

 

 正直、雫は自分が死んだと思っていた。

 真っ先にヒーラーが殺され、自分含めたS級ハンター全員が重傷。この状況で外に蟻が犇めき合うあの島からの脱出なんて不可能だと。

 

 それでも、本当になんとなくだが、意識を失っている最中に光が差し込んだ気がした。

 

 雫にとっての光とはあの人のことだ。

 ついこの間会ったばかりの、ハンターの中でも唯一特別な。特異体質である自分にとってこの世界は暗くて堪らなかったのに、その理解の外側から突如降り注いだ光。

 

 つい、聞いてしまった。水篠ハンターが来たのかと。

 側に控えていたのは所属ギルドの団長である最上真で、雫の問いに彼は普段なら滅多に見ないほどにキョトンとしてしまっていた。

 内心首を傾げていた雫であったが、真はすぐに表情を和らげて肯定した。

 雫は自身の推測が当たって、旬が助けに来てくれたことが嬉しくてはにかんでしまう。その様子を真が面白そうに観察していることに気付かずに。

 ここで真の態度に疑問と警戒を抱いていれば、雫は引き籠るまでに人の目を気にしなかったかもしれないが、例えどんな道筋を辿ったとしても結局はこうなっていたかもしれない。

 

 真はその後聞いてきたのだ。覚えていないのか、と。

 朧げな夢を見ていたような感覚で殆ど覚えていなかった雫はこくりと頷く。その答えに満足した真はまだ疲れているのでしょうと待機命令を下して去っていった。……思い返せば、この時から真の嫌がらせ染みた催しの準備が始まっていたのだろう。あの顛末に関する簡易な情報規制が敷かれていたのだと気付いたのは、世間から逃げ出した後のことだったから。

 

 掃討戦が終わった頃、ギルドで小規模なお疲れ様会をやろうと真が企画した。今回のレイドの犠牲者を弔う葬式も後日に控えていたため参加は希望者のみで、互いの健闘を讃え合い労う会にしようと。

 雫は参加を希望した。副団長という立場であったし、企画自体に否がなかったから。これが真が仕組んだ罠とも気付かずに。

 

 会自体は順調に進行していった。ギルドメンバー全員参加だったために規模は大きくなってしまったが、立食形式の簡素なパーティーに変わりはなかったから。

 空気が変わったのは真のこの言葉であった。

 

「皆さんであのライブ映像を観てみましょう」

 

 瞬間、雫以外がびくんっ、と反応する。

 どこか大袈裟なリアクションに疑問を覚えた雫であったが、問いとしての形を成す前に視聴会が始まってしまったのだ。完全に真の掌の上だったのだろう。

 真の手により巨大なスクリーンに流された映像は雫が知らないところからのもので、まず画面に映ったのは彼の背中だった。

 

 トクンっ、と胸が高鳴る。

 

 威風堂々とした立ち住まい。自分が一撃で沈んだ攻撃を悠々と受け切り、肉弾戦にて迸る衝撃。短剣を手に剣閃を煌めかせて、強大な敵を討ち倒すその姿。全てが雫の心をときめかせた。

 ぽーっ、と見惚れていた雫だったが、画面に倒れ伏した自分が映って息を飲んだ。

 

 あれは助からない。

 S級ヒーラーである美濃部剛が直前で亡くなっているあの現場で、殆ど死人と化している雫を救う手立てなど考え付かない。

 それでも今こうして生きているのだから、絶対に何かあったのだと分かる。助けられた身として、純粋にハンターとしても打開法に興味が唆られた。

 

 あんな展開になるとは思いも寄らずに。

 

 変だと思うべきだったのだ。これまで他人にレイドについて尋ねた際に、口を揃えて「水篠ハンターが凄かった」という情報しか得られなかったことを。一人で映像を見返そうと思い立ってもその度に周りに遮られ、結局この日まで確認出来なかったことを。

 彼が自分へと駆け寄り、片膝をついて思案する。おもむろに顔を上げると、虚空から薬らしき何かを取り出して自分に飲ませようとして雫はふと思う。

 

(あの状態で私は薬を飲めたの?)

 

 冷静に状況を分析する思考がこの時はまだあった。同時に、周りの空気がおかしいことにも気付く。男性陣は気まずそうにそわそわしているし、女性陣はワクワクドキドキニヤニヤと何かを心待ちにしているように忙しない。

 

 その答えはすぐにやってきた。

 

 自分に飲ませようとしていた薬を、彼は迷わず口に入れた。

 そのまま抱き寄せるように雫の肩へと手を回すと、触れ合うくらいに顔を近付けていく。

 

 そして彼は、水篠旬は──雫へと口付けを交わしていた。

 

「……えっ?」

『キャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

 女性陣の歓喜の叫びが会場に響くなか、雫の思考は完全に停止していた。

 

 ──え? え? え?

 

 まるで恋愛映画のワンシーンのような映像に周りの熱が上がっていくのに連れて、雫の脳も身体も茹だるように熱を孕んでいく。

 

 ──私と、水篠さんが、え……口が、キスして、え、なんで……

 

 理解が追い付くと同時に、堪えきれない恥ずかしさに心臓の鼓動が早くなる。

 たったの数秒の口移しの間が永遠に感じられ、雫は目を見開いて顔を真っ赤に染めるしか出来ずにいた。

 あまりの事態に羞恥に固まるしかない中でも映像は続いていく。旬の身が自分から離れて、その後すぐに容態が回復し始める。目を覚ました自分は旬と会話を交わし、彼が優しく頭を撫でていて。そんなシチュエーションで何をとち狂ったのか知らないが、自分は彼の手を取っていて。

 

『温かい……』

 

 瞬間、雫の中で何かが弾けた。

 

 

 

「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!????!!?!」

 

 

 

 ……その後のことはあまり覚えていない。

 

 気付けばスクリーンがズタズタに引き裂かれていて、多くのA級ハンターが嵐に巻き込まれて吹き飛ばされたように転がっており、その中心で自分がフォークを両手に息を切らしていた。

 理性を取り戻した後も人目を避けるようにその場から退散し、誰の目にも触れないように街中を移動しながらの帰宅。以降、外には一回も出ていない。

 

「うぅぅぅうう、どうしてこんなことに……」

 

 眠れる森の美女プレイなんて熟語を目の当たりにして、雫は両手で顔を覆って項垂れる。明日は朝早くから葬式に参列しなければならないというのに、外出する覚悟が全くもって出来ていなかった。

 生温かいのだ、人の視線が。思い返せばの話だが、知り合いも、見知らぬ同業者も、ただ通りすがった人たちも、みんな一様に慈愛に満ちた眼差しをしていたのだ。その理由が今なら分かる。最悪なことに、あのライブの視聴率は九割に近かったらしい。

 幼い頃からテレビで見ていた小さな女の子が嫁に出る時に親目線になっているようなああいう感覚なのだろうか。雫がメディアにまともに顔を出したのは数日前だというのに。

 

 顔を上げて、雫は目の前の画面を下にスクロールする。そこには如何に雫と旬が(主に雫が)尊いのかという個々人の感想が文章となって列挙されていた。それを読んで雫はまた羞恥に蹲るしかない。

 雫は引きこもってからこうやってネットサーフィンを繰り返していた。興味本位、ちょっと気になると、止めればいいのにニュースやらスレッドやらを見てしまってしまい、結果一人で羞恥に悶えるという碌に生産性のない生活を送っていたのだ。

 

(ばかバカ馬鹿私の馬鹿! どうしてあんなことを!!)

 

 居た堪れなくなった雫はパソコンの電源を落としてベッドへとダイブ、枕に顔を埋めて脚をバタバタとさせる。

 これが根も葉もないただのゴシップであれば、雫もこうは狼狽えていない。のっぴきならない問題が発生してるから外にも出れないのだ。

 

(バレてる……っ!! 私の気持ちが、日本中に!!)

 

 下手したら世界規模にまで拡散された雫の心の行方。乙女的に発狂してもおかしくない現実に、雫は奇妙な唸り声を上げてのたうち回るしかなかった。

 

 はっきり言おう、向坂雫は水篠旬に懸想している。

 

 最初はただ気になるだけ存在だった。

 スレッドにも書いてあった通り、雫は特異体質者である。ハンターの臭いが分かり、ランクが上がれば上がるほど悪臭に感じるというハンターとしては欠点にも近い特性を備えていた。

 旬との出会いからはまだ一ヶ月も経っていない。だが、その初邂逅が衝撃的だった。

 

 旬はハンターであるにも関わらず、悪臭がしないのだ。

 むしろ、これまで人からは感じたことがない良い匂いがした。

 

 覚醒者となってから雫にとってこの世界は生き辛く、ハンターとして活動することはつまり悪臭と絶えず生活を共にすることと同義であった。

 後悔はしていない。力を持つ者の責務だと考えているし、S級ハンターとして地位も名誉も資産も年不相応のものを得ているのだから。

 

 それでも、この世界が光の閉ざされた闇の中のように感じていたのも嘘ではないのだ。

 

 其処に現れたのが旬だった。

 ハンターなのに悪臭がしないどころか良い匂いがする。

 S級ハンターである自分よりも強く、年の近い男性。

 極め付けには、死に瀕していた自らを救ってくれた大恩ある存在。

 

 気になる想いが恋慕へと昇華するのに時間はかからないだろう。現に妄想と願望と事実が合わさったような夢を見てしまうのだから始末に負えない。最近は毎朝飛び起きて羞恥に身悶える日々を送っているのだから。

 初めて体感するこの気持ち自体は嬉しく思っているし、欲を言えば旬の側でずっと大切に育んでいきたいとすら雫は考えている。行動に移す気はあるし、明日の葬式を区切りに動き出す気でもいた。

 

 だからこそ、物申したい。

 

(お願いだから、私をそんな目で見ないで!!)

 

 もはや死活問題に等しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

「お帰り、葵。大丈夫だった?」

「うん、今日はやっぱり平穏だったよ」

 

 ふにゃ〜、とパンパンに詰まった買い物袋を玄関に下ろして、水篠葵は疲れ切った肩を軽く回す。そんな娘の様子を水篠聡子は微笑ましく見守った後、二人で手伝いながら台所へと荷物を運搬した。

 一仕事終えてソファにだらける葵のために聡子は紅茶を用意して、テレビを観ながらゆっくりと寛ぐ。

 

「すっかり有名人になっちゃったね、お兄ちゃん」

「そうね。お母さんそんなに詳しくないけど、日本に十人しかいない存在だって言われれば仕方ないと思うわ」

 

 画面に映る喪服に身を包んだ青年──水篠旬を見て葵は染み染みと呟き、聡子も同意を示す。二人とも成るべくしてなった結果だと理解していた。

 旬にとって妹である葵と、母である聡子。二人は家で、本日開かれた架南島攻略レイドでの犠牲者を追悼する葬式のニュース映像を眺めていた。

 

「さっき旬から連絡があって、帰るのは遅くなるって」

「うぃー」

 

 母の言葉に適当過ぎる返答を残し、葵はソファに寝転びながら携帯端末をいじる。ここ最近は兄関係で周りが騒がしくなっているので、こまめに情報収集するのが日課となっていた。

 真面目なニュースは勿論チェックしているのだが、葵の中での優先度は匿名だからこそ生の声が激しいスレッド巡りの方が高かった。

 

「お兄ちゃん賛否両論が凄いよ……もっと気楽に見れる面白そうなものはっ……と」

 

 家族である自分と母を第一に行動した旬は、世間から厳しい見方をされている。本人の気質としてそういった声を全く気にしていないために大きな問題には繋がっていないが、妹としてそういった意見は大層面白くない。まぁだからといって誇大に称賛されていればいいのかというと、それはそれで見てるとすぐにお腹いっぱいになってしまうので良くはないのだが。

 スラスラと画面をスクロールさせながら葵は目を動かし、気になるタイトルを見つけて指を止めた。

 

「あはは、また出来てる。お兄ちゃんと向坂ハンターのカップリングは人気ですなぁ」

 

 あははっ、と呆れ笑いを漏らしつつも、迷わずクリックする葵はぶっちゃけ愉しんでいた。

 そしてそれは聡子も同様であった。

 

「ふふっ、旬のお嫁さん候補ね。お母さんにも教えて」

「お任せあれだよ!」

 

 兄妹仲が良好な葵は言わずもがな、息子の恋愛事情なんて楽しい話題に食い付かない母はいない。二人は積極的に情報共有を行なっていた。

 

「お母さん的に向坂ハンターはありなの?」

「それは勿論よ。良い子そうだもの」

「私はちょっと気後れしちゃいそう。めっちゃ美人だし、日本唯一の女性S級ハンターなんてこう、身分が違うというか」

「それなら旬は日本最強よきっと」

「お兄ちゃんは別枠なの」

 

 好き勝手に話しつつ、葵の指の動きは止まらない。

 

「ん? ……へぇ、これは初めて知ったかも」

「どうしたの?」

「向坂ハンターは特異体質者で、ハンターの臭いに過敏なんだって。なんでも、ランクが高いほど酷い悪臭に感じるらしいよ」

「あら、そうなの。それは大変ね……旬もそうなのかしら?」

「さぁ? ここのみんなは愛の力で良い匂いがするって信じてるみたい」

「ふふ、そうかもしれないわね」

 

 上品に笑いつつ、聡子はソファから立ち上がって紅茶と御茶菓子のおかわりを用意する。

 トトトト、と音を聴きながら芳醇な香りを楽しみ、旬の異様に増えた稼ぎのお陰で豪華となった茶請けのラインナップを眺めていた矢先。

 

 ピンポーン──とチャイムが鳴り響いた。

 

「あら、誰かしら?」

「私見てくるよ」

「誰か確認してからにするのよ」

「分かってるって」

 

 兄関係でマスコミに家が捕捉されている以上、戸締りおよび訪問者には厳重注意が必要だ。

 一体誰だこんにゃろうめ〜、などと呑気にドアのレンズを覗いた葵は、次の瞬間には素っ頓狂な声を上げていた。

 

「えっ!?」

「どちらさま?」

「いやっ、その、えっ!? うそっ、本物っ!?」

 

 母の問いに即座に応えられず、多分相手にバレてるんじゃないかと思う程に動揺した葵はへばり付いてドア向こうを見てみるも、映る人物は変化はしない。

 白雪の美貌は繊細な硝子細工の美麗さすら凌駕し、その佇まいは優雅さそのもので良家の育ちを否応なしに感じ取れる。緩く巻いた金糸の髪は繻子の如き輝きを放ち、白銀に煌めくつぶらな瞳はまるで宝石のよう。

 こんな美人はこの世に二人もいない。少なくとも、葵が知る世間において。

 間違いないと確信する。ついさっきテレビで観ていて、母と一緒に話の種にすらしてたその人──向坂雫がドアの前に立っていた。

 

「あわわわわわっ!?」

 

 混乱し過ぎて正しい言語能力すら失われた葵は、纏まっていない思考のまま勢い良く振り返り、

 

「お母さん、お兄ちゃんのお嫁さんが来たよっ!!」

 

 先程の会話やスレッド内容などが混ざった所為で側から見れば完全にとち狂った内容を口走っていた。

 

 なお、ドアの向こうから聞こえてきた言葉に、お嫁さん扱いされた雫は赤面するほかなかった。

 

 

 

 

「あらあらまあまあ! いらっしゃい、どうぞ上がって!」

「あっ、いえ、そのっ」

「いいからいいから!」

 

 聡子により強引にドナドナされた雫は流されるままにソファに着席して、この家庭における精一杯のおもてなしを受けていた。

 

「葵、一番良い御茶菓子は何かしら?」

「うちの高級品はカントリーマ○ムだよ!? 何か買ってこないと!」

「あの、いえ、そのっ! 本当に大丈夫ですから!」

 

 心の底から遠慮したい。交わされる会話を聴いて雫が第一に思う感想であった。

 結局、水篠家における最高の紅茶とお茶請け(スーパーで購入)を出すことになった。

 

「ごめんなさいね、こんなもので」

「いえ、そんなっ! ありがとうございます!」

 

 唐突に押し掛けた自分に否があることは明白だと雫は恐縮していたが、葵と聡子はその間に冷静さを取り戻しており、このゲリライベントを純粋に楽しもうと画策していた。見て分かる通り帰す気はない。

 葵と雫は対面に並んで座って、とりあえず一呼吸落ち着くために紅茶を一口。

 初手を切り出したのはこの場における年長者の聡子であった。

 

「それで、今日はどうしたのかしら?」

 

 狙いは勿論察しているのだが、あえて外して無難な問いを投げ掛ける。

 視線だけがキョロキョロとしていた雫はその疑問にピクンと顔を上げ、咳払いを一つ挟んで表情を取り繕った。

 

「突然お邪魔してしまい申し訳ありません。今日は、その……水篠さんは……」

「水篠は私よ?」

「私も水篠です!」

「あっ、いえ、その……っ!?」

 

 聡子と葵の返しに雫は両手を右往左往させるくらいには慌てふためいて、あーだのうーだの小声で呻いた数秒の沈黙の後、顔を紅らめながら無意識の上目遣いを発動していた。

 

「しゅ、旬さんは、どちらに……?」

 

(可愛いぃいいっ!)

 

 美人のテレ顔の破壊力に葵は悶絶していた。

 

「旬は今日遅くなるそうなの。わざわざ来て頂いたのに申し訳ないわ」

「いえっ、私が勝手に来てしまったので、此方こそ申し訳ありません」

 

 重なる聡子の謝罪に雫は面目無くなってしまう。

 これ以上の謝罪合戦は駄目ね、と判断した聡子は早々に方針を転換。ひとまず、末永いお付き合いを念頭に置いた一歩を踏み込むことにする。

 

「そう思えば、自己紹介がまだだったわね。私は水篠聡子、旬の母です」

「初めまして、私は妹の葵です!」

「向坂雫と申します。ハンターとして活動しています」

「存じています。先日はお疲れ様でした。雫さんとお呼びしても?」

「構いません」

「では、そうします。今日は息子にどういった御用件ですか?」

「はい、実は……これを」

 

 持っていた小さな鞄を漁り、目的のものを取り出した雫はおずおずとチケットのような紙切れを差し出す。

 反射的に葵は両手で丁寧に受け取って、表面を確認。ゼロが沢山書いてある見慣れないそれに葵は首を傾げる。

 

「何ですか、これ?」

「小切手です」

「おぉー、これがドラマとかで有名なあの小切……えぇっ!?」

 

 悲鳴にも似た驚愕の声を上げて、葵は額面の数字を再確認する。

 

「一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億……50億円っ!! なんですこのお金っ!?」

「この後少し入り用で、それしか出せないのですが……」

「いやそうではなくてっ!」

「薬代です」

「へっ? 薬代?」

 

 なんじゃそれは、と咄嗟に思った葵であったが、薬という単語には心当たりがあった。

 

「あぁ! お兄ちゃんが口移ししたあれか!」

 

 言って、あっ! と気付く。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

「いや、そのっ、違くてですね! 深い意味は無いといいますかっ!! 眠れる森の美女プレイとか思ってませんからね! ホント、ホントですよ!」

 

 喋れば喋るほど雫の顔が紅く染まっていく。もう耳まで真っ赤になっていて、失礼ながら可愛いと葵は思ってしまった。

 ただし、この小切手は色々な意味で頂けない。

 

(50億円は重い! 愛の重さとかそんなの関係無しにただただ重いっ!)

 

 旬が億を余裕で稼いでいることは知っているし、S級ハンターからすれば端金なのかもしれないが、庶民の葵としては金の重さに圧死寸前である。小切手とはこんなに恐ろしいものだったのかと初めて知った。

 

「雫さん」

「はいっ」

「これは頂けないわ。旬も遠慮するはずよ」

「えっ、ですがあの時の薬はそれ程の価値が」

「旬は貴女に恩が売りたくてあんな事をしたわけではないわ。助けたかったから助けたのよ」

「それは、その……」

 

 反論しにくい説得に雫は黙り込む。

 

「正式な謝礼はハンタースの最上さんが正式に送ると映像で言っていたわ。だから、雫さんのこれはまず最上さんと相談してください」

「……はい、分かりました」

 

 受け取って貰えなかった雫は若干肩を落として凹んでいた。彼女なりの誠意なのであろうが、少し方向性を間違えているように葵は思っていたので素直に安堵する。

 気まずい雰囲気が漂う中、空気を変えようと葵は口を開いた。

 

「そう思えば、うちをご存知だったんですね?」

「あっ、はい……ネットで調べたら、その……」

 

 なんかストーカーみたいな台詞だな〜、と思いつつも葵は我慢。

 そして、勢いで奥深くまで切り込んでみようと魔が刺した。

 

「それで〜、お兄ちゃんとはどんな関係なんですか〜? もしかして、恋人だったりして!」

 

 ……この発言の十分後に大量の冷や汗を流す自分がいることを、葵はまだ知らない。

 

「こ、恋人っ!??」

 

 案の定、雫は朴を紅潮させて狼狽る。

 

(まぁそれはないと思ってるけど)

 

 ニヤニヤが治まらない葵はこの攻め時を見逃すつもりはないが、二人が恋愛関係にまで発展しているとは露ほども思っていなかった。S級ダンジョンのレイド攻略の際に家族を優先するくらいだ、旬の優先順位は今のところ明確である。

 だが、そろそろ兄にも彼女の一人や二人が出来ても良い頃合いだ。四年の眠りに就いていた母も起き、医大を目指している自分の学費だって貯まったはず。ぶっちゃけ兄には頭の上がらない。ここらで兄の幸せな家族計画の一助となるのも吝かではなかった。

 という建前でただ突いてみたいだけなのだが。

 

「雫さんは満更でもなさそうでしたし、兄も兄で親しそうな感じでしたよ! で、どうなんですか? 彼氏彼女の関係なんですか?」

「あぁう……恋人なんて、そんな……私たちはまだ、その……」

「まだ?」

「あっ、それは、そのですね!?」

 

(クセになりそうこれ〜〜)

 

 葵は初心な美女を弄る愉しさに目覚めそうになる。フランクに接していればなんてことない普通の乙女だ。例え雫が義姉になったとしても問題なく関係を築けるだろう。

 

「……私、死んだと思ってたんです」

 

 身構えていたのが馬鹿らしく思えてきたなと葵が開き直る頃、雫がおずおずと言葉を紡いでいた。

 

「ん?」

「蟻にやられて、助からないと。ハンターならそういう覚悟もあって当然でしたが、やっぱり怖くて。でもこうやって、命を拾うことが出来ました。

 

 生真面目なのだろう。話の内容が葵の問いに対する答えの軌跡なのだと少しして気付く。

 これは頭が沸騰してて正常な思考回路をしてないのかな? なんて考えている間にも雫の独白は続いていく。

 

「旬さんがいなかったら私は生きてはいません。旬さんのお陰で私は此処にいます。だから、この命は旬さんのために使うべきだと思ったんです」

「…………ん?」

 

 ──おや、雲行きが怪しくなってきたゾ?

 

「ハンタースは脱退する予定です。いずれ旬さんが開設するギルドに入団して、側で支えていって、それで……」

 

 一呼吸溜めて、雫は呟くように溢す。

 

「死ぬまでずっと、一緒にいられたらいいな、と」

「…………ほへぇ〜、なるほど〜……」

 

 呆けた声でなんとか返答する葵。

 数秒経って雫の決意表明を吟味し終え、葵は思う。

 

(重っっっっっっっっっっっっもっ!!)

 

 完全に拗らせてるよこの人! と失礼極まりない結論に至る。

 もじもじと赤面しながら震える姿は可愛い。なまじ顔が美人だから小動物的な動きはより一層ギャップがあって可愛い。可愛いは正義。正義なら許せる。ただ重い。ただただ重い。重過ぎる。金も愛も尋常ではない。てかなんで母と妹にカミングアウトしたのか。どんだけテンパっているのだ。

 葵の思考が恋路を応援したいからお兄ちゃんがやべえにシフトチェンジするのは一瞬で、はっ、と二人を分かつ障害があったことを思い出す。

 

「あっ、でも雫さんはハンターの臭いがダメな特異体質者なんですよね? お兄ちゃんと一緒にいるのは実は辛かったりとか」

 

 勝った! お兄ちゃんの平穏は私が護った! 後でご馳走奢ってもらおうと葵はふふんと内心鼻を鳴らす。

 

「いえ、それが……」

 

 葵的に不穏な空気にまさかと身構える。

 

「旬さんから良い匂いがするんです。それからずっと気になってて」

「あっ、そうなんですね……」

 

 ……成る程、因果が逆だったのか。愛があって乗り越えたんじゃなくて、最初から良い匂いがするから好意的だったのだ。

 ふんふむと、冷静さを取り繕って葵はここまでの情報を整理する。

 

 旬は雫にとって命の恩人。

 同じS級ハンターで、雫より旬が強い。

 容姿は誂えたような美男美女。

 特異体質にも関わらず、旬は唯一の例外で良い匂いがする。

 全国放送で口移しシーンが放映され、世間からはおよそ高評価。

 

(数え役満だよお兄ちゃんっ!?)

 

 そりゃこうなるよ! と葵は頭を抱えた。

 これは葵の推測だが、雫は恐らく彼氏いない歴=年齢の恋愛素人のはずだ。高嶺の花過ぎて男は手を出せず、雫も雫でスペックが高いために男に興味などなかった部類だろう。

 S級ハンターとして覚醒した後はもう出会いなんてある筈がない。日常的に触れ合うのは悪臭を感じる同僚で、しかも自分が最強だから頼られることはあってもその逆はないのだ。葵がその立場なら恋愛感情など芽生えるわけがない。

 

 其処に現れたのが、自分よりも強くて見た目もイケメンで悪臭どころか良い匂いがする命の恩人。

 

 初恋拗らせて運命とすら思っててもおかしくない。

 

(これはあれだね、触らぬ神に祟りなしだね……)

 

 諦めの境地に達するのは早く、葵は一気に脱力してしまう。

 藪蛇だった。蛇どころかもはや竜だが、やはり邪な考えで他人の感情を刺激してはいけなかったのだ。母が隣で沈黙を保っている理由も分からない。私はもうお腹いっぱいで疲れたからバトンタッチしたい。後はお兄ちゃんが何とかしてくれると信じて後を託したい。大体何故私がお兄ちゃんの恋愛事情でこんな目に合わなければならないのか。

 

「いやー、ホント、お兄ちゃんモテモテだなぁ……」

 

 つい、ぽろっと、愚痴ではない感想が口から漏れていた。

 

「あら、そうなの?」

「え? あ、うん」

 

 ここに来て話題に食い付いてきた母に、葵は何も考えずに肯定する。

 

「私の友達でハンターに覚醒した子がいるんだけどその子も割とガチっぽいし、面談で私の学校に来た時もお兄様を紹介してくださいって大変だったんだよ! あと一回しか見たことないけど、お兄ちゃんがよく入院してた頃にお世話になってるらしかったヒーラーの観月さんって人に会ったけどもう超美人でね! まったくもう! みたいな感じでお世話を焼かれてたのがなんか結構お似合いの雰囲気でさ!」

 

 つい現状も忘れて葵は口早に知る限りの兄の女性関係を暴露する。こういった話を今まで出来ずにいた反動からか、母を相手に口は滑るし舌は回る。

 

「でねでね! 聞いてよお母──あっ」

 

 言い訳をすると、悪気は無かったのだ。

 ただちょっと配慮が欠けていただけなのだ。

 

 ズンッ──と目に見えない圧が迸る。

 

「…………」

 

 あまりの空気の淀みに吐き気を催す葵は重圧の発生源であろう前方へと首をギギギと動かし、ぶつぶつと呪詛を唱えている美人だった何かを視界に収める。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」

 

(ヒィイイイイイイイイイイイイーーーっ!?)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 冷や汗が流れ、命の危機に葵は身体が強張って動かない。サァーッ、と血の気が引いて顔面蒼白になっていると自覚できる。

 雫から放たれる圧は可視化される程に強烈で、彼女を中心に空気が軋んでいた。瞳は狂気に満ちた妖しい輝きを灯しており到底正気とは思えない。

 

(私知ってる! ヤンデレって言うんだよこれ!?)

 

 行き過ぎた狂愛が生み出す一つの側面。監禁系やら束縛系やら依存系やらろくな響きが無い愛の成れの果てを、まさかこの目で実際に拝めるとは。実兄が標的だと巻き込まれそうで恐怖しかない。

 己の所為だという事実は天高く棚に上げて葵は震え続ける。もはや真面な会話が成立しないだろう現実から逃避するしか葵には選択肢がないのだ。

 

(大丈夫! お兄ちゃんは日本最強だもん!! たとえ刃傷沙汰になったとしても問題ないはず! ……多分っ!)

 

 兄の生存だけは信じて葵はこの場を乗り切ることを決意する。

 とりあえず逸早くお引き取り願おうと葵はその聡明な頭脳をフル回転させるも、いつの間にかこの場の主導権が葵から離れてしまったことを遅れて気付く。

 

「雫さん」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」

「雫さんっ」

「っ、はい!」

 

 聡子の呼び声に意識が戻ったのか、雫の重圧が霧散して瞳に正常な光が宿る。

 その様子をじっくりと眺めていた聡子は、視線の合った雫へと朗らかな微笑みを浮かべた。

 

「雫さんは旬と出会ってどのくらいなの?」

「えぇーと……二週間くらいです」

 

(うっそでしょ!?)

 

 ポップステップジャンプが凄過ぎる。

 

「それじゃあ旬については全然詳しくないのよね? あの子の好きな食べ物は知ってる?」

「いえ……知りません」

「お料理はできる?」

「最近は、忙しくて……」

 

 おっ? と葵は思う。

 聡子の問い詰めるような質問形式に希望の光を見出す。流石の母も、いくら息子のお嫁さん候補とはいえあれだけの脅威には方針を転換せざるを得なかったのだろう。このまま息子の嫁になる資格なんてないという非情な処断を下すのだと葵は一安心する。

 良かった、これで水篠家の平穏は護られたのだ。やはり大人は頼りになるなと葵は母を心から尊敬した。

 

「それじゃあ私が教えてあげるわっ」

「……えぇっ!??」

「あら葵、どうしたのそんな声出して?」

「どうしたもこうしたも、お母さん正気!?」

「絶好調だけど?」

 

 狂気に当てられたとしか考えられない母の発言に葵は絶望する。

 

「どうかしら雫さん、今日の夕飯はうちで作って旬に食べてもらいましょ」

「い、いいんですか?」

「えぇ、歓迎するわ。雫さん、男性はまず胃袋を掴んでなんぼなのよ」

「っ、はい! お義母さま!」

 

(アカーーーーン!! この展開は私がお兄ちゃんにドヤされるやつ!!)

 

 葵のこの読みが日を跨がないうちに現実のものとなり、説明責任を果たすために兄に土下座する羽目になるのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 






水篠旬
主人公。難聴系ではない。
この度とあるヒロインに狂愛を抱かれるようになったが、ぶっちゃけ原作とそう変わりはないと思う。強さの面はともかく、その他に関しては自己評価が低く自分の容姿を普通だと思っている。
とある悪魔っ娘にリアル旬様呼びされており、多分そっちの方が好感度高そうというやばい事実がある。頭のネジが外れた子と仲良く出来ると自負している。

向坂雫
メインヒロイン。かなりのチョロインに当たる。
戦闘能力は日本のS級ハンターの中でも別格。S級ハンター同士が争うと辺りが荒れ地になると原作でも言われているので、修羅場化したら恐らく……。因みに悪魔っ娘の戦闘能力もS級。
他の女がいると知った瞬間にヤンデレ化。この度意中の相手の妹に恐怖を与えたが、母からは気に入られた模様。

水篠葵
自分で地雷を撒き散らしてその地雷原を突っ走る妹。
盛大にやらかす。母親と女子トークができる嬉しさから余計なことを口走りまくった。雫と母の料理風景を見ながら帰宅した兄にどう説明しようか悩み中。
まぁ修羅場になったとしても兄は多分大丈夫なので、どこかの鬼退治後の世界線の姉二人の修羅場に巻き込まれた胃痛少女よりはずっとマシ。

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