滅茶苦茶相性良さそうな二人。
物心の付いた時から、少女は地獄の真っ只中にいた。
自分を生み、守り育ててくれるはずの存在は少女を置いて欲望の果てに死に絶えた。
助けてくれる味方はいない。手を差し出してくれる英雄もいない。
投げつけられるのは怒号。向けられる視線は悪意と嘲笑。
それでも、少女は生にしがみつく。地面に頭を擦りつける屈辱だって耐えてみせた。理不尽に金を奪われ、痛めつけられても逃れられない環境で、いつか自由を手に入れるために。
「おい!トロトロしてんなサポーター!!さっさと仕事をしろ!」
「はい、少々お待ちを」
少女は自分の仕事をまっとうする。
少女はサポーターと呼ばれる冒険者の補助係であった。モンスターを倒した際に得られる戦利品、魔石及びドロップアイテムの回収と運搬。他にも冒険者の補助を役割としている。
「いつまでかかってんだ!早くしろ!」
「…お待ちください」
少女は決して自分の仕事が遅いとは思わない。十代半ばの身であるが、半生をサポーターとして過ごしている為にそこらの冒険者よりは知識も手際も上回っている自信はある。
それでも、冒険者というのは大半がこうだ。サポーターというだけでこちらを低く見る。
「回収完了致しました」
「遅いんだよノロマ!!」
こうして蹴り飛ばされるのは、何回目だろうか?
体に響く痛みに耐えて立ち上がると、パーティの冒険者全員が少女を見下して嗤っている。
「役に立たねえサポーターだな!お前みたいな荷物持ちに分け前をやるなんて馬鹿げてるぜ!なあ?」
周りの冒険者も同調する。才能も力もない弱者のサポーターを庇う者など一人もいない。
「……リリは、自分に任された仕事分は働いています」
「ああ!?冒険者様に意見するつもりかサポーターの分際で!!もういい、お前への分け前は無しだ!!」
少し言い返せばこれだ。少なからず自分も危ない目に遭っているのに、サポーターというだけで冷遇される。
これがオラリオの常識。夢と富を求めて人が集まる街の、夢も希望もない現実。
リリルカ・アーデが歩んできた道。
――――――――だった。
「そうですか。では今まで回収した魔石等は、全てリリがいただきますね」
それは、本来ありえない事。どう見ても非力なサポーターが屈強な冒険者に喧嘩を売るような言動は、現実離れしていて理解に時間がかかるものだった。
そして意味を理解した冒険者達は、顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「ざけんじゃねえぞ役立たずが!!自分が何言ってるか分かってるんだろうな!?」
リリルカ・アーデは動じない。弱々しい筈のサポーターは、冒険者の剣幕を前にして馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「おやおや、リリと冒険者様方は仕事上の契約で一緒に潜っているのですよ?特にリリの方に不備があったわけでもないのに、難癖を付けて報酬を払わないなら契約は当然破棄。リリはタダ働きなどごめんですよ。
武器を振るうしか能の無い冒険者様には、難しいお話でしたかね?」
小馬鹿にされて頭に血が上った冒険者達は、罵詈雑言を飛ばしながら得物を抜いてリリルカに襲い掛かる。腕の一本でも斬り落として立場を分からせ、泣き喚いて許しを請わせてやろうと。
自分たちの行いを棚に上げてそんな事を考えていた。
そして薄暗いダンジョンの中――――少女の口が裂け、怪物のような牙が生えた幻覚を見た。
ギルドの一室でリリルカはソファに座っていた。向かいにはギルド職員数人と、酷い傷を受けた冒険者たちが座っている。憎悪の籠った視線を受けても、リリルカは平然として話を聞いていた。
「稼ぎを奪った、とは心外ですねぇ」
「しかし、実際に襲われて傷も負っています」
「襲ったわけではなく返り討ちにしただけですよ。それに最初にリリの稼ぎを無しにしようとしたのはそちらの冒険者でしょう?冒険者とサポーターが契約を以て一緒に潜っている以上、それを蔑ろにされれば既にその人達は仕事仲間でもない他人です」
「それはそうですが…全てをアーデ氏が独占するというのはなんとも…」
「そうだ!!俺達の金を返せ!!」
「そのザマの貴方達を地上まで引きずってきたのはリリですよ?そんな
「テ、テメェ!!」
「落ち着いてください!!」
怒り心頭の冒険者相手にも毒を吐くリリルカ・アーデ。ギルド職員は冒険者を必死に宥めながら、サポーターの身で冒険者に喧嘩を売るリリルカに得体の知れない恐怖を抱いていた。
ある時期からリリルカはこうして冒険者と揉め事になる事が多くなった。圧倒的に弱い立場にあるサポーターである筈の彼女が、だ。
「ダンジョンの中では必死に命乞いをしてきた癖に、いざ地上に出たらリリを盗人呼ばわりとは…冒険者の頭というのは、余程ご自分に都合よく作られているのですね」
「こ、こ、こいつ…!!サポーターの分際で好き放題言いやがって…!!」
おもむろにリリルカは立ち上がり、冒険者に近づいて嘲笑うような視線を向ける。
「なんならもっと大事にしても良いのですよ?ただその場合…貴方達は役立たずのパルゥムのサポーターに負けた弱っちぃ冒険者として、世間に広まる事になりますが」
リリルカの狡猾な部分は弱者である自分の立場を利用する所だ。
自身が種族として低く見られがちなパルゥムである事に加え、役立たずと認知されているサポーターである事もあり、ほとんどの冒険者が彼女を見下している。今回の冒険者達も、また彼等と繋がりの冒険者も同じような価値観だろう。
そんな環境で自分達が見下している存在にコテンパンにやられた事実が広まれば、自分達がどのような目で見られる事になるのか明らかだ。彼等は名声を求め、自分を少しでも良く見せようとする。
リリルカの策略は冒険者の見栄を利用し、自分のした事を公にできないようにさせているのだ。
何も言わなくなった冒険者を後目に、リリルカは部屋を出る。中には屈辱ですすり泣く冒険者と気まずい空気のギルド職員が残された。
リリルカは戦利品を換金し、上機嫌に鼻歌を歌いながらギルドから出て行った。
『リリィ』
リリルカの脳内に声が響く。
「くふふ、今日は儲かりましたね。夕飯に何かご所望は?」
『ポテトとチョコレート』
「はいはい。この時間ならジャガ丸くんの屋台が空いてますね」
『良いねェ』
ジャンクフードの屋台に並んだリリルカは、ジャガ丸くんのプレーンをキングサイズで10個頼んだ。
「まいどあり!いつもの事ながら大食いだね!また来てね、常連君!」
『コイツいつ見ても美味そうだな』
「(大事になる真似は止めてくださいよ)」
『チッ』
リリルカの脳内音声の主はシンビオートという寄生生命体のヴェノム。オラリオに落ちてきたヴェノムは路地裏でボロボロになっていたリリルカに寄生し、共生関係になっていた。
リリルカが冒険者相手に戦えるのもヴェノムが寄生したことによる身体能力の強化によるもの。ヴェノムが完全に出てきたら第一級冒険者にも引けを取らない怪物に変貌する。
「うふふ…本当…冒険者なんて大半が馬鹿ですからねぇ…精々えばり散らした分、リリに貢いで貰わないといけませんね…」
『リリィ、サポーターなんていつまで続けるんだ?俺達ならもっと稼げるだろ?』
「駄目ですよ…今まで散々好き放題された分、冒険者から巻き上げないと…。リリはまだ満足してません。リリの気が済むまで続けますよ」
『雑魚ばっかりでつまらねえなァ』
だが、リリルカはそんな力があるにも関わらずサポーターを続けている。
今まで冒険者に虐げられた分、冒険者から搾取する為にサポーターをやっているのだ。
リリルカが所属するソーマ・ファミリアは団長のザニスが運営を握っており、ステイタス更新にも金が要る。リリルカはこれを利用してステイタス更新を行わずに底辺のサポーターを装っている。
冒険者相手に積もりに積もった鬱憤を晴らすため、己の楽しみの為にサポーターを続けて馬鹿な冒険者を嵌め続けている。
これは英雄に救われ、一途に想い続ける少女の物語ではない。
身の内に猛毒を秘めた少女の、略奪の物語である。