「ちょ、ちょっと公爵様!? 頭を上げてください!」
「おいおい公爵、一体何があったんだよ」
「突然すぎてびっくりしたゾ」
「ポチャ」
馬車を下りたと思えば、いきなり三人に向けて深く頭を下げた公爵を前にして、木村は慌てふためく。その尋常ではない様子に、野獣と三浦も茶化せなかった。
三人に諭され、僅かに頭を上げた公爵もいくらか冷静にはなったようだが、顔色は優れていない。のっぴきならない状況だということを暗に示している。
「あ……兄上が……」
「兄上? 確か、公爵様のお兄さんって……」
「この国の王様だよな? 王様がどうしたよ?」
「……兄上が、毒を盛られた」
「「「……はっ?」」」
震える公爵の声から聞いた三人は、一瞬理解が追い付かなかった。この国の王が毒を盛られた……つまり、国の一大事だ。
「え……えぇ!? 王様がですか!?」
「そマ? 滅茶苦茶やべぇじゃねぇか!」
「そうだよ」
「幸い、早く処置をしたおかげでまだ一命を取り留めたらしい。だがもう時間の問題だ……それで、木村殿!」
そして再び、頭を深く下げる。
「頼む! どうか君の力で、リカバリーで兄上の毒を癒してくれ!!」
「え……僕がですか!?」
思わず木村が自身を指さし叫ぶ。国王の一大事に、公爵と縁があるとはいえ一介の冒険者でしかない木村に王族が懇願する……その光景は異様とも言える。
だが、その話を横で聞いていた三浦が声を上げた。
「あ、おい待てぇい(江戸っ子)。公爵さん、それ意味わかって言ってるのかゾ?」
三浦の声はいつも通りに聞こえる。だが彼の後輩二人はわかる。その声には険が僅かに入っているということを。
この場にいる誰もが脳裏によぎる。公爵夫人のエレンの目を癒すためにリカバリーを使用した木村が、魔力切れを起こして意識不明に陥った出来事。三浦たちにとって、あれほど肝を冷やしたことはなかった。公爵だってそれをわかっている筈だ。
「ああ……重々承知している」
それでも、公爵ははっきりと告げる。三浦の言葉の意図を察しながらも、下げた頭は上げない。
「木村殿を危険に晒す可能性だってある。私だって本当ならば、こんなことを君に頼むのは心苦しい……しかし時間が無いんだ! 私にとっての唯一の肉親である兄上を失うわけにはいかない! 他に頼る者もいない! もし木村殿の命が危険に陥ったら、この命差し出したって構わない!」
「公爵様!?」
王族である彼が、爵位も何もない人間に向けてとんでもないことを言い出した。それでも公爵は止まらない。
「だから頼む! 私の兄上を、助けてくれ! この通り!!」
なりふり構わないというのはこういうことを言うのだろう。そう思わせる程に、公爵という立場を持つ目の前の男は、冒険者である木村に、否、三人に対して強い思いを持って頭を下げる。国家の一大事ということもあるのだろうが、彼にとっても大事な兄を失いたくないという切なる気持ちがひしひしと伝わってくる。
「……おい木村ぁ」
公爵の必死の懇願を前に、三浦は木村へと顔を向ける。いつものぼんやり顔はなりを潜め、そこには後輩を思う一人の先輩の姿があった。
「俺は、お前にあんなしんどい目に合って欲しくないっていうのが本音だゾ……俺はもう、大事な人間をこれ以上失いたくなんてない」
「三浦先輩……」
「けど、それと同じくらい公爵さんには辛い思いしたくないゾ。兄ちゃんを失うのって、悲しいからなぁ……だから木村ぁ。本当にお前が危険だってわかったら、俺は全力でお前を止めるゾ。それでもいいなら……お前が決めるんだゾ」
「ポチャ(同意)」
木村の命か、国王の命か……本音を言えば見知らぬ王よりも後輩の命を大事にしたいところだったが、そうすれば公爵の兄である国王の命が消える。それで木村に残るのは激しい後悔だろう。それに公爵が悲しむ姿を見たくはない……それが三浦の本音だ。
しかし、最終的に決めるのは木村だ。三浦に止める権利はない……それでも、三浦は木村が危機になれば絶対に止めるという決意を強くした。ポッチャマもまた同じ思いだということを示し、大きく頷く。
「んにゃぴ……さすがに国の一大事ってんだから、断りにくいってのもあるかもしんないけどよ」
沈黙を保っていた野獣もまた、木村の肩に手を置く。木村が振り返れば、そこにいるのは相変わらず不遜な態度の野獣……しかしその顔は、ニッとしたいつもと変わらない笑みを浮かべていた。
「三浦先輩もこう言ってるし、いざとなりゃ俺も止めてやるからさ! ヘーキヘーキ、ヘーキだから! お前には頼りになる先輩が二人もいるんだから安心しろよな~」
「野獣先輩……」
挫けそうになった時によく耳にする、力強い野獣の言葉。普段はおちゃらけているが、本当にいざという時は後輩のために全力を出す……それが野獣という男だ。
先輩二人の言葉を胸に、木村は思う。
消えかけている命を見捨てるなんて木村にはできない。それに、これまで公爵に世話になってきた。様々な厚意を受けてきただけでなく、彼の人となりを知った木村にとって、公爵はもう友人のようなものだ。友人の願いを、どうして無碍にできようか。
あれから自分は成長している。重度の魔力切れで倒れるなんて情けないことにはならない筈……ならば、出て来る答えは、一つだ。
「わかりました、公爵様! お任せください!」
自分しか救える者がいないというのならば、行くしかない。はっきりと木村は公爵に告げた。
「木村殿……! ありがとう!」
「礼はいいからさ、早く行こうぜ!」
「そうだよ。公爵さんの兄ちゃん今頃苦しんでるゾ!」
「はい! 行きましょう、公爵様!」
「ポッチャ!(気合)」
ロールケーキの入った箱を門番に手渡してスゥシィに届けてもらうよう頼んでから、公爵と共に三人は馬車へと乗り込む。一行を乗せた馬車は全速力で城への道を突っ走っていった。
「それで、犯人に心当たりはあるんですか?」
馬車に揺られながら、木村は向かい側の公爵に質問をする。兄が心配なのだろう、両手を握りしめながら俯いて座る公爵は、その質問に答えた。
「思い当たる人物は、いるにはいる……だが証拠がない」
「思い当たる人物って、もしかして他国からの刺客とか、ですか?」
「アサシンって奴か。どこの世界にもいるな」
「いや……そうじゃないんだ」
首を振り、木村と野獣の言葉を否定する。そして公爵は、三人に向けて説明を始めた。
「少し話をしよう。我が国ベルファストは三つの国に囲まれた形に位置している。西にリーフリース皇国、東にメリシア山脈を挟んでレグルス帝国、そして南にガウの大河を挟んでミスミド王国だ。このうち西のリーフリース皇国とは長年の付き合いもあって友好を結んでいる。帝国は友好的とは言えないが、二十年前の戦争以来、一応の不可侵条約を結んでいる。しかし、いつまた攻め込んで来てもおかしくないのが現状だ……ここまではいいか?」
「いや全然」
「あ~もう一回言ってくれ」
「ポチャ」
「すいませんこの人たちは放置でお願いします。続きを」
脳に栄養が行き渡っていない平常運転の先輩二人を放置するよう促し、木村は話を聞く。
「あ、ああ。それで残る南のミスミド……問題はこの国なんだ」
「問題? もしかして戦争とか、ですか?」
「いいや、違う。ミスミドは二十年前の帝国との戦争の最中に建国された新興国なんだ。兄上はこの国と同盟を結び、帝国への牽制、そして新たな交易を生み出そうとしているんだ」
ここまで聞いて、何も問題はないように聞こえる……ならばこの話の続きに、国王暗殺の理由があるのだろうと木村は考えた。
「だが、ミスミドの同盟を反対する貴族がいるんだ。ミスミドは、所謂亜人の国だ。亜人たちが大勢住み、獣人の王が治める国……古い貴族はそれが気に食わないのさ」
「ファッ!? なんだそりゃ!?」
「おぉ、亜人と言えば王都にもいっぱいいたなぁ。みんな楽しそうだったゾ~!」
野獣が驚愕、三浦がこの間の光景を思い出してそれぞれ口を開く。
「かつて亜人たちは侮蔑の対象だったんだ。卑しく野蛮な種族だとね……だが私の父の代となってからはその認識を改める法を制定し、そんな風習はだんだん廃れていったんだ。三浦殿の言うように、この王都にも亜人が大勢住めるようになったのもそのためだ。しかし、表向き差別されることはなくとも、裏ではそれを認めない貴族が大勢いる。彼らは全員、卑しい獣人どもと手を組まずとも逆に攻め滅ぼして属国にしてしまえばいいと主張している……そんな彼らにとって、同盟を組もうとしている兄上は邪魔者でしかないんだ」
「何だそりゃ!? 同じ人に変わりはないんだから差別する必要なんかねぇじゃん! そんなしょーもない理由で」
「……いえ、先輩。その貴族の主張に同意する気はありませんが、理解はできます」
「ファッ!?」
と、ここで激怒する野獣を窘めるように木村が口を挟んだ。
「僕らのせか……んん、知ってる国でも似たようなことはあります。肌の色が違うからという理由で奴隷扱いされてきたという人種差別です。今となっては奴隷制は無くなりましたが、それでも禍根は今も尚残ってるじゃないですか。それだけ差別というものは根深く、簡単には解決することができない問題なんです。先代の国王陛下が亜人差別を無くすのにどれだけ尽力したか、計り知れませんよ」
「その通りだ。我が父も無くならない差別に日々、胸を痛めていたのを私は覚えている。今のように亜人の人々が王都で大手を振って歩けるようにするのにどれだけ苦労したか……」
「……つまるところ、今回公爵さんの兄ちゃんに毒を飲ませたのは、その貴族連中の中の一人だということかゾ?」
三浦が今までの話を自分なりにわかる範囲で振り返り、犯人に当たりをつける。それに公爵は肯定の意を込めて頷いて返した。
「兄上亡き後、王位は一人娘のユミナ王女へと移る。おそらく兄上を殺めようとしている貴族は自分の息子か、或いは一族の者を婿として迎えるよう進言するつもりなのだろう。そうすることでまだ幼いユミナ王女を傀儡にし、国を裏から支配しようと目論んでいるに違いない」
「……もしかしてだけどさぁ。スゥを狙ってた奴ってそいつらの誰かなんじゃねぇか?」
「ん? どうしてそう思うんだゾ? 野獣」
話を聞いていた野獣の推理に、三浦は首を傾げる。
「だってよ、公爵は王様の弟だろ? で、スゥもその血を継いでる姪ってことじゃん。王女様は警備が厳しいから誘拐は難しいけど、それに比べたらスゥの方が狙いやすいって思ったんじゃねぇか? 前に襲ってきた奴らも依頼人は金持ちって言ってたし、合致しねぇ?」
野獣の考えは、単なる勘でしかない。しかし、的を射ていると誰もが思った。
「そうか……スゥちゃんを狙った本当の目的は、公爵様じゃなくて王様。王族の血を継いでいる姪を人質に取ってミスミドとの国交をやめるよう脅そうとしてたのかも……!」
「ああ、私も先ほどその推測に辿り着いたのだよ。それにスゥを盾にすれば公爵家の牽制にもなる。回りくどいかもしれないが、有効な手段ではあるだろうな」
忌々しそうに言う公爵。自分の娘を浚い、国交断絶に利用しようとするなど、父親として断じて許せないのだろう。そしてスゥシィの友人として、野獣たちも怒りを顕わにする。
「どんな理由があるにせよ、俺らの友達を浚おうとしやがったんだ!! 絶対許さねえ!!(仮面ライダーGIM)」
「そうだよ。さっさと悪者探し出して、スゥちゃんを安心させてやりたいゾ」
「ですね……公爵様のお兄さんの、王様の命を狙ったのも含めて、いつかきっととっちめてやりましょう!」
「ポッチャァ!!(やる気十分)」
「……ありがとう」
公爵家のために憤る彼らに、感極まる公爵はただ礼を述べることしかできなかった。
〜8分10秒後〜
そうこうしているうちに、馬車は城門を潜り抜ける。跳ね橋を渡って、そして王城へと到着した。
遠目から見ても立派な建築物であることはわかっていたが、近くで見るとよりその荘厳さに拍車をかける。汚れ一つない壁に煌めく窓、鋭角な尖塔も一つの芸術品と思わせる物。公爵の屋敷も立派だったが、王城はそのさらに上を行く美しさがあった。
だが今は、そんな王城に見惚れている余裕はない。公爵に連れられ、三人は城へと入っていく。真っ赤な絨毯が敷かれた吹き抜けのホールを通り、左右に位置する緩やかなカーブを描いている階段を昇っていく。天井に吊るされたシャンデリラもまた立派だったが、やはりゆっくり見物していく時間は無く、慌ただしい足取りで進んでいく。
と、階段の踊り場に一人、見下ろすように立つ人物がいた。
「これはこれは、公爵殿下。お久しぶりでございます」
「バルサ伯爵……!」
小太りで緑を基調とした派手な服を着た、頭髪の薄い男。その男を視認した公爵は睨むように見つめながら男の名を呼ぶ。その語気の強さから、あまりいい関係とは言えないのだと三人は感じた。バルサ伯爵と呼ばれた男は、口元に生やした横に長い髭を撫でながらニタニタと嘲るように笑う。
「ご安心くだされ、陛下に毒を盛った輩であるミスミドの大使はこの私が取り押さえましたよ?」
「何? どういうことだ!?」
バルサ伯爵の突然の言葉に、公爵は動揺を隠せない。それがまた愉快だと言わんばかりに、バルサ伯爵は続けた。
「言葉の通りですとも。大使は贈ったワインに毒を仕込んでいたのです。陛下はワインを飲んだ直後に倒れられたのですから、犯人に違いありません」
「そんな……ありえん!」
公爵は信じられないとばかりに吐き捨てる。だがバルサ伯爵は余裕の笑みを崩さない。
「すでに大使は別室にて拘束しております。卑しい獣人が、とんでもないことをしてくれたものです。即刻首を刎ね、ミスミドへ送りつけてやらねば」
「ならん! 兄上に許可なくそのようなことをすることは断じてならん! 大使には別室にて待機しておくように伝えろ!」
「そうですか。いやはや獣人風情に情け深いことで……では、そのようにいたしましょう。しかし、陛下の命が無くなればそうも言ってはいられませんよ?」
クツクツと笑うバルサ伯爵。言い方は実に不愉快そのものだったが、公爵はそれに反論することができない。王が亡くなれば、バルサ伯爵の言う通りになってしまうためだ。それをわかっているからこそ、バルサ伯爵も嘲笑を止めようとしない。
獣人を下に見ている発言を聞き、木村は気付く。馬車の中で公爵が話していた古い貴族というのは、この男のことだと。
そんな剣呑な雰囲気の中、一人ボーッとバルサ伯爵を見ていた三浦。その視線は真っ直ぐ、バルサ伯爵の頭部へ。
「……あっ。わかったゾ」
「え? 何がわかったんスか?」
ボソリ、呟いた三浦に野獣が反応する。そして、
「あのおじさんの頭、野獣の頭みたいだゾ~!」
「ファッ!?」
「……は?」
唐突に、そんなことを無邪気に言いながらバルサ伯爵を指さすのだから、その場にいる誰もが呆気に取られた。
無論、黙っていられないのが一人。
「ふざけんな!(迫真) 俺はあんな薄らハゲじゃねぇよ!!」
「けど野獣、ステロイドのせいで最近髪薄くなったって言ってたゾ? 実際前よりも髪の毛薄いし、あのおじさんの髪と何となく似てるゾ」
「んなわけねぇだろ!! 俺があんなクッソ汚い禿げ方してる訳ないッスよ!! 頭に来ますよ!」
「ん? ハゲは否定しないのかゾ?」
「揚げ足取ってんじゃねぇよ池沼テメェ! 俺のハゲは自分の身体を鍛える代償で得た名誉のハゲなの!! あのおっさんみたいなきったねぇ禿げ方なんかしてないっつの!!」
「ちょっと二人とも! こんなところで言い争いはやめてくださいよ本当に! そもそもハゲハゲ言い過ぎですよ! あの人だって好きでハゲになったわけじゃないんですから可哀想でしょう!? なんかこう、少ない髪の毛でも必死に残そうとして努力してるかもしれないじゃないですか!! どんな荒涼の大地にだって芽吹く命はあるって信じてるハゲかもしれないでしょうが!!」
「いやお前の方が言いスギィ!!」
「そうだよ」
「ポチャァ」
さっきまでの剣呑な雰囲気なんてどっかその辺に消えてしまう程に騒ぐ三人。口元を抑えて笑いをこらえている公爵。そしてさっきまで余裕の表情を浮かべていたのに今じゃ顔を真っ赤にして震えているバルサ伯爵。
「こ、公爵殿下……どなたですかな? この無礼者どもは……?」
「……私の友人たちだ。今回私が彼らに頼んで来てもらったのだ。悪いか?」
「い、いえ……ですが、ねぇ? 貴族である私に対して随分と口の利き方が」
「そもそも三浦先輩があのきったねぇハゲと俺のハゲを比べるのが悪いんじゃないスか! ひどいっスよ!」
「けどハゲだゾ? ハゲに綺麗も汚いもないゾ~」
「あんだよ! 綺麗も汚いもあんだよハゲの世界には! そもそも俺あそこまでハゲてねぇよまだ髪の毛あるよフッサフサだよ!!」
「嘘つけ絶対ハゲだゾ(断言)」
「もういいでしょう二人とも! 野獣先輩の髪とあのハゲの人のハゲ比べなんてどうでも!!」
「ポチャ(禿同)」
「ハゲがどうでもいいとは何だぁ!」
「うるせぇぇぇぇぇ!! 貴様らハゲハゲハゲハゲ言うなぁぁぁぁぁぁ!!」
ウガァァァァァァッ! と叫びながらバルサ伯爵は階段下へと駆け下りて行った。心なしかちょっと泣いてるようにも見えたのは気のせいか。
「ほら見ろ、あのハゲめっちゃ怒っちゃったじゃないっスか。どうすんスか三浦先輩」
「あ、そっかぁ。さすがに野獣と比べたのはまずかったなぁ」
「ポッチャァ(後悔)」
「どういうこったよ(マジギレ)」
「あぁもう、こんなしょうもないところで時間食ってる場合じゃないっていうのに……すいません、公爵様。早く行きましょう」
「あ、ああ…………うん、君たちを呼んで本当に正解だった」
「「「……?」」」
心なしか晴れやかな笑顔でグッとサムズアップする公爵の意図がわからずに疑問符を浮かべる三人だったが、今はそんなことよりも重要なことがある。
公爵に連れられ、三人は階段を上がって長い回廊を渡る。さすがは王城、壁にかけられた絵画や調度品も高級品であることが伺える。そして腕っぷしの強そうな近衛兵が二人立つ突き当りの部屋へ辿り着く。近衛兵が公爵に気付くと、恭しく頭を下げながら大きくて立派な扉を開けた。
「兄上!」
飛び込むように部屋へ入った公爵。それに続いて野獣たちも部屋に入る。
窓から差し込む陽の光の中、立派な天蓋付きベッドに多くの人々が集まっている。そしてそのベッドに横たわっている壮年の男性。髭の長さこそ違うが、髪の色と顔立ちが公爵とよく似ている。彼が国王陛下なのだろう。血の気がなく、呼吸も浅い。
国王の横に寄り添いながらその手を強く握る少女。少女の横の椅子に悲しげに座り込む女性。灰色のローブを纏った老人に、金色の錫杖を手に持っている翡翠色の髪の女性、そして怒りに肩を震わせる屈強な男性。皆が皆、悲壮な面持ちで王の痛ましい姿を見つめている。
「兄上の容態は!?」
そんな中に、公爵が早足で歩み寄る。それに力なく首を振りながら答えたのは、灰色のローブを着た老人。
「色々と手は尽くしました。しかし、このような毒は見たことがなく……これ以上は……」
打つ手なし……つまりはそういうことだ。
「う……アル……」
誰もが悲観に暮れる中、王が閉じていた瞼を開く。目は虚ろで、光はない。
「兄上!」
「妻と、娘を頼む……お前が、ミスミド王国との……同盟、を……ゴホッ」
弱々しい声で言う王は、それだけを伝えると咳を一つし、口を閉ざす。もう一刻の猶予もないのは、誰の目から見ても明らかだった。
「木村殿、頼む! 兄上を!」
「は、はい!」
促され、木村が進み出る。空手部の面々を知らない者たちからば、得体の知れない青年が何故ここにいるのかわからず、しかし公爵の知り合いともなれば止めるわけにもいかず、ただ成り行きを見守るしかない。王もまた同様で、ベッドの傍に立った木村に向けて視線だけで何者かを問う。
「じゃあ、癒しますね……リカバリー」
王の胸に手を当てて、木村は意思を集中させながら魔法を唱える。魔法陣が木村の手の先から展開、優しい光を放ち始めた。
それに伴い、木村は身体の異変に気付く。
(う……またか……!)
身体の中にある何かが、根こそぎ吸い込まれていくような感覚。時間が経過していくにつれ、身体に重石がのしかかっていくような疲労感が木村の身体を蝕む。徐々に額から汗を吹き、呼吸も荒くなっていく。これらは全て公爵邸で公爵夫人の目を治癒した時と同じ状態だ。
(成長したとは思っていたけれど……やっぱりこの魔法は、キツい……!)
人間のあらゆる異常を癒す魔法リカバリー。その効果は強力だが、その代償として魔力消費がとんでもない代物だ。以前よりも木村自身の魔力の量は増えているし、コントロールも上手くなったというのに、それでも身体が異常を訴える。
しかも、だ。王の身体を蝕む毒は、以前のエレンの目の時とは比べ物にならない程に強く、リカバリーで癒していくにつれて木村の魔力がドンドン減っていく。このままでは毒を完治する前に、木村が倒れてしまいそうだ。
(ダメ、なのか……!?)
やはり自分には、この魔法は使いこなせないのか。目の前の人を救うことはできないのか……絶望的な感情が木村を襲う。
ふと、横を見る。美しいブロンドの長い髪をした幼い少女が、懸命に祈るように王の力の入らない手を握り、額に押し当てていた。彼女が公爵が話していたユミナ王女なのだろうか。
その姿が、幼い頃の自分の姿と重なる。何もできず、泣き叫ぶしかできなかった無力な姿。救えない命があると思い知った、あの頃の木村自身。
だが今は、無力では無い。例え貰い物の力だろうとも、この力を使えるのは自分だけなのだから。
木村の目の前に、大切な人の命が消えかけていることを悲しみ、そして生きていて欲しいと願っている人がいる。それならば、
(負ける、もんかぁっ……!)
絶対に助け出してみせると、絶望を振り払う。
歯を食い縛る。意地でも負けないと己に言い聞かせ、木村はより強く、もっと強くと、リカバリーの魔法をかけ続ける。毒が消えるのが先か木村の魔力が尽きるのが先か、それはさながらデッドヒートの如し。
「木村ぁ! 無理はするな!」
「ポッチャァ! ポッチャァ!」
その様子を傍から見守っていた三浦とポッチャマが、木村が尋常ではない汗を流し、呼吸を荒くしながらも魔法をかけ続ける木村を案じ、今にも飛び出そうとしている。隣で野獣もまた、気が気でない様子で木村を見ていた。
(ダメか……これ以上続けてたらまたぶっ倒れちまう!)
王の命も大事だが、野獣たちにとっては木村の命も大事だ。木村を止めるために飛び出そうと一歩足を踏み出し……ふと、昨晩のことを思い出す。
『ま、そのうち役に立つ時が来るって。そう遠くない未来で』
「……あ、これかぁ!?」
脳裏によぎるGOの言葉。それが意味することは、恐らくこのことだ。野獣は確信し、やわらか形態のスマホを取り出して操作、通常のスマホモードにする。そして昨晩、神がアップデートで送り込んだアプリを起動する。
画面に映るのは、木村の姿。スマホのカメラ越しに映る木村をしっかりと捉え、画面下にある青いボールのような物。野獣はそれに人差し指を乗せ、
「シュ~!」
スワイプ。するとボールは画面の中で指と連動して動き、真っ直ぐ木村目掛けて飛んでいく。木村に命中したと思えば、画面の中でボールは光となって弾けて消えた。
(うまくいってくれよな~頼むよ~……!)
初めて使用したアプリ。それがうまく作用してくれていることを祈りながら、野獣は再び木村を見やった。
そして当の木村はというと、
(あ、あれ……なんだ、急に力が……?)
野獣がスマホを操作した直後、木村の中にあった魔力に異変が生じる。先ほどまで枯渇寸前だった魔力が、いきなり復活したのを、木村は感じ取った。現に身体は軽く、呼吸も落ち着いたものへと変わる。
何が起きたのか木村にはわからない……だが、
「これなら……いける!」
確実に治すことができる。王を蝕む毒に向けて最後の一発を食らわせるべく、木村はリカバリーの魔法に一気に力を込めていった。
そして、リカバリーの魔法陣が消えていく。完全に光が消えると、木村はフラつくように後ろへ下がる。
「木村!」
「木村ぁ!」
「ポチャ!」
あわや仰向けに倒れる寸前、咄嗟に駆け寄った三浦と野獣が木村を抱きとめる。その間にも、状況は動く。
王の顔色が、血色のよいものへ。弱々しかった呼吸も穏やかになり、瞼を開いた王の目の光も濁っておらず、生気に満ち溢れている。
何が起きたかわからない様子の王は、勢いよく上半身を起こす。そして己の掌を、呆然と見つめていた。
「あなた!」
「お父様!」
「これは……先ほどまでの苦しみが嘘のようだ……」
椅子に腰かけていた妻と思われる女性とユミナ王女が王に縋りつく。老人が慌てながらも一礼し、王の手首を触る。
「……いたって健康体です。まさか、このような……」
信じられないとばかりに目を開く老人。しかし、生死の境を彷徨っていた王が帰還したのは紛れもない事実。その場にいる誰もがこの奇跡を目の当りにし、歓喜に湧く。
「陛下! よかった、ご無事で……!」
「陛下!」
「兄上……!」
翡翠髪の女性と髭を生やした屈強な男性、公爵が涙ぐみ、王は公爵に、そして木村たちへ目を向けた。
「おい木村ぁ! 大丈夫かゾ!?」
「は、はい……大丈夫です。意識はちゃんとありますよ」
「FOO! やったぜ!」
「すごいゾ木村ぁ! よし、じゃあ胴上げしてやるぜ!」
「はーい、よーいスタート(棒読み)」
「ポッチャァ!」
「わ、わ、高い! 高いですって! ってか待って、これでも僕疲れてって聞いてんのかゴルルァ!?」
「……アルフレッド……彼らは、一体?」
何が起きたかわからないでいる王は、ワーッショイ! ワーッショイ! と木村を胴上げする野獣と三浦とポッチャマを呆然と見つつ、公爵に問う。三人を見て笑いながら、公爵は答える。
「彼らは『迫真空手部』という者たちです。兄上を癒してくれたのが木村殿、そして野獣殿と三浦殿、ポッチャマ殿……私の娘と妻の、恩人たちです」
その公爵の言葉は、どこか誇らしげだった。
尚、その後に胴上げに失敗して天井に顔面を強打した木村がブチ切れて二人をスローで同じように顔面強打させることとなった。
髪の話してすんませんでした(アフターケア)
いやぁそれにしてもホントかわいいですよねぇ。
バルサ伯爵。
今後の活動についてではなくお気楽アンケート開催。アニメ異世界スマホのEDでスマホ太郎がヒロインたちに手を差し出すシーン、差し替えるとしたら誰がいい?
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スマホ太郎(アニメ主人公)
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望月冬夜(原作主人公)
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野獣先輩
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三浦
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木村