「おまたせ。アイスティーしか無かったんだけどいいかな」
「ええ、ありがとうございます」
宿の一室は異様な緊張感に包まれていた。先ほどまで気の置ける仲間同士、互いに語らい笑い合っていたというのに、ある人物の来訪によってその空気は一変し、今に至る。
その原因となった人物は野獣からアイスティーを受け取り、テーブルを挟んだ向こう側で柔らかく微笑んでいる。
「夜分遅くに突然の来訪、まことに失礼いたします」
凛とした涼やかな声質で、唐突に訪れたことを詫びる来訪者こと、ユミナ王女。国王陛下の一人娘にして、次期王位継承者である彼女が、安くはないとはいえ庶民が利用する宿に単身赴くという異常事態を前に、流石の八重も含めて女性陣は全員ガッチガチで立っていた。
まぁ、緊張しているのは女性陣だけで、男連中はというと、
「いや別にいいんだけどさぁ、とりあえず城から一人で来たってそマ? 夜道は危ないってそれ一番言われてるから(忠告)」
(アンタ野獣ぅぅぅっ!! そマって何よそマって!! 公爵様の時点でもその言葉遣いアウトなのに王女様はもっとダメでしょうがぁぁぁぁっ!!)
「そうだよ。姫ちゃんのトッチャマとカッチャマ心配するゾ?」
(三浦殿ぉぉぉっ!! 姫にちゃん付けって! しかも国王と王妃のことをトッチャマとカッチャマって呼ぶって何事でござるかぁぁぁぁぁっ!?)
「そこの辺りは御心配に及びません。ここに来るまでは馬車で来ましたし、護衛の者もおります。それにお父様とお母様も私がここに来ていることは知っておりますし」
「あぁ、じゃあ大丈夫なの……かな?」
「はい」
(大丈夫じゃないですよ冬夜さぁぁぁぁん!!)
平常運転のため、女性陣が心の中で思い切りツッコミを入れていた。無論、そんなツッコミが彼らに届くわけもなく。ユミナ王女自身気にしていないということがある意味救いか。
そんな男性陣の中で唯一、事の重大さがわかっている木村はというと、ユミナ王女と真向かいに座りながら頭を抱えていた。城で彼女のプロポーズを断った身としては、気まずい以外の何物でもない。にも関わらず、ユミナ王女は意に返してないように木村に笑顔を向けてきている。何の意図があってここに来たのか、木村には計り知れない。
「……すみません、ユミナ様。一体何の御用で来られたんでしょうか?」
だから単刀直入に聞くことにした。それにユミナ王女は答える。
「はい。木村様に会いに来ました」
あまり考えたくなかったが、案の定だった。
「いやいやいや……あの、ユミナ様、僕はですね……」
プロポーズを断ったというのに、どういうことなのかさっぱりわからない。木村は相手が王女であることを承知の上でそのことについて聞こうとした。
「違うんです。どうか私の話を聞いていただけませんか?」
が、ユミナ王女がそれを遮る。そこに切実な思いを感じた木村は、言いかけた言葉を飲み込み、一旦落ち着いて聞く態勢に入った。野獣たちもまた口を閉じる。
そして、ユミナ王女は自らの胸に手を当てながら、話を始めた。
「あの時……木村様に婚姻の申し出を断られてから、私、自分なりに一生懸命考えたんです。私の魔眼でも見えないことや、木村様のおっしゃっていた長い時間を共に過ごして初めて本当に好きになった人のことを……」
言って、悲しげに目を伏せるユミナ王女。真正面から告白を断られ、胸が張り裂けそうな思いだったというのは、女性陣はその場にいなくとも理解できてしまう。
「実のことを言うと、私、本当に人を好きになったことが無いんです。魔眼を通して見て、尊敬する人や、信頼のおける人はできました。けど私、魔眼を使っても心の底からこの人と添い遂げたいと思ったことは今まで無かったんです……木村様が初めてなのです。そんな思いを抱いたのは。だから私、思い切ってあなたと結婚したいとお父様に伝えました」
「それは……」
そこまで言われるのは確かに名誉なことだが……と、言いかけた木村だったが、聞くと決めた以上、今は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「けれど、あなたに断られるとは思ってなかった私は、ただただ悲しくって……嫌われたのかと思って……最初は、あなたが私に伝えた言葉の意味について考えることができなくって……それで、やっと考えることができたんです。木村様は、私のことを思って婚姻を断ったのだと。魔眼にばかり頼って人を見てきた私を窘めてくれたのだと」
「いや半分は王様になりたくな」
「フンッ!」
「ヌッ(即死)」
ユミナ王女に聞こえない程度の小声で余計な一言を口走ろうとした野獣の脳天にエルゼが鉄拳制裁を下して強制的に黙らせた。
「私は木村様から見れば、恋もしたことのない世間知らずの小娘に過ぎません。今まで人のことを魔眼越しでしか見てこなかった愚か者です……そんな私ですが、あなたにハッキリと言われ、本当の結婚とは何かを教わり、そして考えて……改めて気付きました」
真っ直ぐ木村を見つめるユミナ王女。プロポーズを断った相手を恨むことなく、ましてや後ろめたい思いを抱くこともない。まだ12歳でしかない彼女が、自分で考えて考え抜いて、そして答えを見出したその姿が、とても大人びて見える……木村はそんな思いを抱き、
「やっぱり私、木村様が好きなのだと!」
「ちょ、すいません! すいません! ちょっと止めてもらっていいスか!?(二回目)」
原点回帰したことで思わず話を遮った。
「あ、大丈夫です。もう結婚したいなどとは言いませんから」
「あ、そうなんですね。いやそうなんですねじゃなくて!?」
一瞬納得しかけたがすぐに反論。
「木村様はおっしゃいましたよね。本当の人柄というものは、長い時間を共に過ごし、その人と好きなことをしたり、楽しんだり、一緒に泣いたり、喧嘩して仲直りしたり……それを繰り返して、初めてその人のことを知ることができるのだと」
「た、確かに言いましたけど……」
「はい。それって木村様にも当て嵌まりますよね?」
「は?」
どういう意味かと困惑する木村だったが、ユミナ王女は続ける。
「人を好きになることの本当の意味を教えてくれたあなたのことを……初めて本当に好きになれた人のことを、魔眼越しではなく、共に過ごしてもっと知りたいと私は改めて思ったんです。正直、今でも結婚したいという気持ちは変わっておりません。けど今そんなことを言っても、私のことを何も知らない木村様は断るに違いないと……だから」
そして、ニッコリと。ここへ来る時以上に、輝かしい笑顔を木村へ向けた。
「私がもっと木村様のことを好きになっていくのと同じように、木村様が私を好きになっていただけるようになってから、結婚を考えていこうと決めました!」
「…………えぇ(困惑)」
それ、もしかしなくても押しかけじゃあ……ごっちゃになって呆然とする頭の中で唯一それだけ考えていた木村だったが、
「ん? つまり姫ちゃんは俺らと、もとい木村と一緒にいたいってことかゾ?」
「はい!」
三浦が顎に手を添えながらユミナ王女の言いたいことを言い当てると、ユミナ王女は大きく頷いた。
「い、いやちょっと待ってくださいよ!? それは色々とまずいんじゃないですか!?」
正気に戻って待ったをかけた木村は思わず身を乗り出した。対し、ユミナはきょとんと首を傾げる。
「まずい、とは?」
「あなたは王女様でしょう!? 王族でしょう!? 百歩譲って僕が好きなのは、まぁ、その、嬉しいですけど! 一緒にいたいっていうのは」
「う、嬉しいだなんてそんな……」
「すいません今真面目な話してるんでモジモジしないでいただけますか(半ギレ)」
頬を紅く染めて指をいじいじするユミナ王女は確かに可愛いが、木村にとって今はそれどころではなく。言われ、ユミナ王女はいまだ頬は紅いままだがコホンと小さく咳払い。
「そこのところは大丈夫です。お父様とお母様から許可は得ています」
「しまったこの国の王族こんなんばっかだった(許可は得ているではなくてですね!?)」
「木村殿、本音が出てるでござる本音」
気が動転して本音が口に出ていることに気付かず、見守る立ち位置にいた八重が冷や汗流しながらツッコんだ。
「お父様とお母様も、私が木村様のことで悩んでいることを知っています。だから私のしたいようにしたらいいと、そう言ってくれました」
「王族がそんなこと言っちゃ……ダメだろ(素)」
王族とは一体……木村は頭を抱え込んでしまう。
「それにお母様からも木村様の心を射止めなければ……あ、すいません。これは言わなくてもいいですね」
「なんで途中で言うのやめる必要なんかあるんですか(不安)」
射止めなければどうなるんだ。不安過ぎて木村の顔が真っ青になった。
やがてユミナ王女は椅子から立ち上がる。そして強い光の宿ったオッドアイを木村に、部屋にいる全員へ向ける。
「……勝手なお願いをしていることはわかっています。木村様にも、いえ、皆様にも多大なご迷惑をおかけしていることも……それでも私は、木村様のことをもっと知りたい、もっと一緒にいたいのです。お断りしても構いません。けれども、どうかこの私めの我儘を聞き届けてはいただけないでしょうか?」
お願いします……そう言って、ユミナ王女は深く頭を下げた。一国の王女が、庶民でしかない一行に頭を下げる……公爵が王の毒を治して欲しいと懇願してきた時と同じ程に、とんでもないことだった。
内容は、確かにユミナ王女の我儘ではある。国のトップの娘が願っていいことではないかもしれない。しかし、それでも尚木村の傍にいたいという決意の表れがそこにはあった。
(いや、それでもダメだろ……!?)
が、それとこれとは話が別。
確かに彼女の本気は伝わった。だが彼女はれっきとした王族。そんな彼女を連れ回すなどできるはずもない。第一、もし万が一、いや億が一彼女と結婚することとなったら、即ち自分も王位継承権持ちの仲間入りということとなる。
自分が王になるとかそんな器じゃないし、王族が庶民と結婚とか、彼女が後ろ指差されないとも限らない。貴族社会についてはよくわからなくとも、少なくとも決して華やかばかりな世界ではないはずだ。そもそも木村が彼女を振った大きな理由は、12歳という幼い頃から選択肢を消させたくないということがある。なのにこれでは本末転倒だ。
(断らなきゃ……ここで断った方が、僕と彼女のためだ……!)
横と後ろを見れば、全員ユミナ王女の決意に心打たれている様子だった。野獣など「王女の一途さに涙が出、出ますよ……!」などと言っている。このままでは満場一致でユミナ王女はここにいることになってしまう。
断れば全員から怨まれることは確実……それでも木村は、確固たる決意で彼女を拒絶しなければいけない。今でも城で見た涙を流す彼女の顔が脳裏に焼き付いているが、それでもやらなければいけない。
(言え! 言うんだナオキ! 『君はここにいてはいけない』と言え! 城では彼女の告白を受けなかったお前ならできる! 行けナオキ! 僕はナオキ! 僕はナオキ! 僕はナオキ! 僕はナオキ! ぼ く は ナ オ キ ! !)
カッ! と目を見開き、木村は口を開いた。
「ユミナ様! あ」
「やっぱり……ダメ……でしょうか?」
「とりあえずお試し期間ということでよろしくお願いいたします(クソザコ決意)」
ダメだった。というかズルかった。縋るような目をしながら瞳を潤ませて見つめられたら断りようがないではないか。そもそも城で見せた振った瞬間の彼女の顔が頭から離れない時点で色々ギリギリだったため、木村の負けはもう決まっていたようなものだ。一応お試し期間を設けただけでも立派だったと言えるだろう。まぁそれも結局は言い訳みたいなものだが。
「っ! はい! ありがとうございます、木村様!」
木村が受け入れてくれた瞬間、パァッと花が咲き誇るような笑顔を見せるユミナ王女。そこには純粋に喜びという感情が満ち溢れていた。
「FOO!! すっげぇ一途だって、はっきりわかんだね!」
「姫ちゃん、スゲ~決意だゾ~! その年で結婚はどうかとは思うけど、好きになるのに年齢とか関係ないもんな~!」
「ポチャ! ポチャ!」
野獣と三浦とポッチャマが、ユミナ王女がいかに木村を想っているかを目の当りにし、彼女を諸手を挙げて歓迎した。
「拙者、感動したでござる。王族とかそんなの抜きにして、自分が好いた人のことを知りたいという一途さ……それのなんと素晴らしいことか……!」
八重は大袈裟すぎる程に心打たれていた。というか王族とかそんなの抜きにしないで欲しいと木村は思った。重要だろそこ。
「そうね……ここで木村が断ってたらぶん殴ってたかもしれないわ、あたし」
「恋って、いいですね……」
うっとりするリンゼの横に立つエルゼの言葉に木村は九死に一生を得たことに気付いた。
「木村さん……もし結婚するとしたら、頑張って」
いい笑顔でサムズアップした冬夜(他人事)。木村はその指を思い切りへし折ってやろうかと真剣に思った。
(ああもう滅茶苦茶だよ……)
そして一番自己嫌悪に陥っているのは木村自身だった。己のクソザコナメクジな意思の弱さのせいで流されてしまい、彼女をあっさり受け入れてしまった。今後どうしていけばいいというのだ。
そうして木村が深く悩んでいると、ユミナ王女が「あ、そうです」と唐突に思い出したように言ってパンと両手を合わせた。
「これからお世話になるので、私のことはどうぞユミナとお呼びください。敬語もいりません。皆さんの足手まといにならないように、精一杯頑張ります!」
「いいねぇ! これからよろしく頼むぜユミナ~!」
「俺たちもユミナちゃんのことフォローするから一緒に頑張るゾ~!」
「ええ。わからないことがあれば是非聞いて欲しいでござる!」
「ポチャ!(お任せ)」
フンス、と気合を入れながら胸の前に両手を持っていって握り拳を作るユミナ王女改めユミナを、野獣と三浦、八重とポッチャマはあっさりと迎え入れる。先輩二人はともかく、最近八重の順応が早くなっていっているような気がするのは気のせいだろうか。
「あたしたちも何かあれば手伝うわ。困ったことがあったら言ってね、王女さ……えっと、ユミナ」
「はい。私たちも手を貸しますから」
「役に立てるかわからないけど、僕も手伝うよ」
「皆さん……! ありがとうございます!」
エルゼは若干やけくそが入っているかもしれないが、冬夜たちもユミナのことを歓迎する。
一人、いまだ不安を抱えたままその光景を見ていた木村。許可してしまったのは自分だが、今まで王女という立場にいた人間が一人で生活できるのかとか場違いなことを現実逃避気味に考えていた。
ふと、木村の右手が暖かい何かに包まれるのを感じる。見れば、ユミナが木村の手を両手で包み込むように握りながら、
「これからどうぞ、よろしくお願いしますね? 木村さん」
微笑み、嬉しそうにそう言った。
ここにいる以上、王女は名乗れない。故に王女という立場から庶民へ移った証なのだろうか、木村の呼び方が“さん”になっていた。
「あ……はい。こちらこそよろしくお願いします。ユミナ様……じゃなくて、ユミナ、さん」
ただ、木村はそんなことを気にすることはなく。寧ろ12歳と遥かに年下とは思えない程に成熟した精神を前に思わず“さん”付けして呼んでしまった自分がいることに気付くも、当のユミナは気にすることなく「はい!」と返事をした。
(……ま、まぁ、僕が絆されなければいい話だ。うん、そうだ。そういうことだよな……うん)
ユミナがここにいる間に、自分が彼女のことをこれ以上好きにならなければいい。それだけの話だ。そうすればいつかは彼女も愛想を尽かすだろう……木村は自分にそう言い聞かせ、己の判断は間違っていないと思い込もうとした。
……現段階で若干絆されているということには気付かないまま。
原作でも「大丈夫かこの世界の王族」と思っていたのに本作では「大丈夫じゃないだろこの世界の王族」にランクアップしました(皮肉)
ユミナ可愛いし好きなんですがどうも個人的に他のヒロインと比べて色々薄いというのが感想。なのでここではちょっと独自設定を素にした味付けをキャラ壊れちゃ~わない(必死の抵抗)程度にパパパっと付けて、終わり!
恋する乙女は無敵って、はっきりわかんだね。
今後の活動についてではなくお気楽アンケート開催。アニメ異世界スマホのEDでスマホ太郎がヒロインたちに手を差し出すシーン、差し替えるとしたら誰がいい?
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スマホ太郎(アニメ主人公)
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望月冬夜(原作主人公)
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野獣先輩
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三浦
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木村