異世界空手部・やわらかスマホの裏技   作:コッコリリン

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アニメオリジナル回。知っている人は知っている、所謂サービス回とも呼べるお話。今作でもサービス回です。


26.迫真空手部、VSスライム

 リフレットから約114km離れた先にある街道。そこのあぜ道を一頭の馬に引かれた馬車がゆったりと進み、その馬車に乗っているのは迫真空手部一行+冬夜たちというすでにお馴染みとなったメンバー。空は快晴、雲一つ無く、穏やかな風が吹く中をのんびりと馬車に揺られながら進んでいく。

 

「「はぁぁぁ……」」

 

 というのに、絶好のコンディションである筈の天候に恵まれている筈にも関わらず、馬車の上は陰鬱な空気が漂っていた。主に女性陣を中心に。

 

「皆どうしたの? ため息なんかついて」

 

「そうだよ。今日はスゲ~いい天気だゾ~。弁当持ってくればよかったなぁ」

 

「ポチャー」

 

 冬夜は小さくなった琥珀を腕に抱えながら、ため息を吐く女性陣を怪訝な顔で見やる。隣の三浦はポッチャマを膝に乗せたまま呑気な様子で笑っていた。

 

「三浦殿は呑気でいいでござるね……今回の依頼、拙者たちは気が乗らぬでござるよ……」

 

「……そんなに、嫌なんですか」

 

 そんな三浦とは対照的に、馬を操る八重は暗い顔をしながらぼやいた。あまりにも暗い雰囲気漂う異様な馬車の中で、木村は苦笑交じりに問うた。

 

「嫌に決まってるじゃない。なんてったって……ねぇ?」

 

 そう答えるエルゼに、隣に座るリンゼもまたどんよりしたオーラを放ちながら頷いた。

 

「まさか魔獣討伐依頼の内容が『スライム討伐』だなんて……しかも『スライム研究家の城の調査』だなんて、嫌な予感しかしませんよぅ……」

 

『そんなに嫌なのか? たかがスライム如きに?』

 

 琥珀が何てことのないように言うが、ユミナはため息交じりに反論する。

 

「スライム自体は大したことはないのですが……その、とにかく苦手なんです。特に服を溶かしてくるグリーンスライムは……」

 

「なんで服を溶かす必要なんかあるんですか(正論)」

 

 毎度思うが、なんでそんなピンポイントで服だけ溶かすのだろうか。まんまR18ゲームではないか。

 

「ったくよぅ! 誰だよこんな依頼持ってきた奴はぁ!!」

 

『お前じゃい!』

 

 ムキーッと憤慨する野獣。それを一喝したのは琥珀だった。

 

 事の始まりはリフレットのギルドにて、冬夜たちと共に琥珀を連れての初依頼ということで空手部一行も手伝いを申し出た時。どんな依頼がいいのか吟味していると、野獣が『これとかどうよ?』と持ってきたのが今回の依頼だった。内容はただ魔獣討伐とあっただけで、詳細は依頼者のいる現地近くの村にて、ということで、先ほど依頼人の村長が説明してくれたのだが……その内容がリンゼの言うように『スライム討伐及びそこを根城にしているスライム研究家の城の調査』であった。それを知った瞬間、八重、ユミナ、エルゼ、リンゼ、野獣の顔が絶望に染まった。

 

「けど今回ばかりはさすがに野獣殿を責められんでござるよ……拙者も深く考えずに受けたゆえ」

 

「そうですよね……もっと依頼書を疑ってかかるべきでした……」

 

 依頼書に初めから記載しておいて欲しい……そう思っても後の祭り。八重とユミナがそう言ってから、再び女性陣から深いため息が出た。

 

「まぁ、確かに服を溶かしてくるなんて素晴らし……いや、屈辱的だけど」

 

「冬夜くん、本音本音」

 

 チラっと本音が垣間見えた冬夜に、木村がツッコミを入れた。

 

「……そもそも10年も姿を見せていないんですよね」

 

「村にも危害を加えていないのなら、放置しておいてもいいと思うんですけど……」

 

 ユミナに同意するようにリンゼが言う。が、ここで冬夜が立ち上がった。

 

「不安で怯える村人たちを放っておくのか!? それで僕たちは一人前の冒険者と言えるのか!? いや、言えまい!!」

 

「お~! 冬夜くんめっちゃいいこと言ったゾ~これ! 困っている人がいるんなら何とかするのは当たり前だよなぁ?」

 

「ポッチャ(胡散臭い目)」

 

 冬夜の力説に同意し頷く三浦。そんな純粋な彼の足の上で、ポッチャマは冬夜の目がものすごいギラギラしているのに気付いた。

 

「いや、まぁ、それはそうでござるが……」

 

 冬夜と三浦の言うことには確かに一理あると同意する八重だったが、やはり気が乗らないのは事実で。そして冬夜は尚言い募る

 

「もしスライムが近隣の村を襲ったら、僕らは絶対後悔するだろう?」

 

「そうだよ」

 

 冬夜に便乗する三浦。と、ここでユミナのオッドアイが、野獣の目が鋭く光った。

 

「……まさか冬夜さん……よからぬことを考えていませんか? 三浦さんはともかくとして」

 

「冬夜お前さぁ……さっきからさぁ、本音が透けて見えてんだよな」

 

 二人から言われ、木村は聞こえた。冬夜がギクッ! と小声で言ったのを。

 

「ま、まっさかぁ! おかしなことを言うなユミナさんと野獣さんは! 考えてるわけないだろー!」

 

『ウギュ』

 

 言いながら無意識に腕に力が入ってしまったせいで首が締まり、琥珀が顔を青くしながら前足でテシテシと冬夜の腕を叩いた。直後、小声で「……少ししか……」と呟いたのを、木村は聞き逃さない。

 

「そうだよ。冬夜くんは正義感から言ってるんだゾ」

 

「三浦先輩……今回ばっかりは先輩の目は節穴っスよ」

 

「三浦殿は純粋すぎるでござる……」

 

「三浦さん……」

 

「今更なんだけど、一番年長なんだよなぁ三浦先輩……」

 

「ポチャァ(ため息)」

 

 何故だろうか、迫真空手部の面々は三浦が危ない人間に騙されてついて行ってしまいそうという変な不安を抱いてしまった。

 

「まぁ、でも皆がスライムと戦うのが嫌なら俺たちが前に出るゾ。誰だって得意不得意はあるしなぁ」

 

「……それでなんだかんだ言って最年長としての貫禄を感じさせるという、ね」

 

「何ででしょう。普段が普段だから、三浦さんがそういうこと言うと頼もしさが半端じゃありません……」

 

 子供っぽい三浦が時折発する頼もしい言葉に、エルゼとリンゼは三浦のギャップの凄さを改めて垣間見た。

 

「そんなら先輩、俺の代わりに戦ってくれますかぁ?」

 

「ん? 野獣は別に大丈夫だろ? 俺らが八重ちゃんたちの代わりに頑張って戦おうな~!」

 

「クゥ~ン……(絶望)」

 

 あっさりと切り捨てられた野獣が嘆く中、馬車は真っ直ぐ進む。すでに視界には、湖に浮かぶようにして聳え立つ、そこかしこが朽ちた廃城……一行が目指している目的地が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 朽ちて廃墟となった城。元は戦時中の砦として建造された物を、スライム研究家を名乗る男が住処としたという話だけは聞いていた。ただ、もう長い間その男は人前に姿を現すことはなく、幾年の月日が流れた。やがて誰もが存在を忘れ始めた頃、迷い込んだ村人が城で無数のスライムを見た、という情報がもたらされ、そして何かあってからでは遅いという理由でギルドに討伐と調査依頼が入った……そんな曰く付の城の正門は、廃墟という割には意外としっかりした作りとなっていて、冬夜が先頭に立って扉を開いていった。その後に野獣、木村、頭にポッチャマを乗せた三浦が続く。

 

「うわ、埃臭ぇ」

 

「それだけ放置されていたってことなんでしょうね……」

 

 野獣が鼻を抑えてこれ以上身体に宙を舞う埃が入るのを防ぐ。木村が年季の入った城の内部を見回し、人気がないことを確認する。当然と言えば当然だが、照明らしきものはなく、暗闇が城内を支配している。唯一の光源は窓から差し込む日の光であり、完全な闇というわけではないのが救いか。

 

「……うん、スライムもいないみたいだね。ちょっと薄気味悪いけど」

 

 気配がないことを確認してから、冬夜は入り口付近でいまだ入るのを躊躇している女性陣へ振り返った。

 

「皆大丈夫だよ。入ってき」

 

 その直後、鈍い音と衝撃が冬夜の頭頂部を襲った。

 

「っいぃ!?」

 

「冬夜!?」

 

「冬夜さん!?」

 

 エルゼとリンゼが思わず冬夜を呼ぶ中、思わぬ痛みに冬夜が頭を抑えて蹲った。

 

 そして野獣と木村は、冬夜を襲った正体を見てポカンとする。

 

「……タライ?」

 

「えぇ……?(困惑)」

 

 床に落ちて僅かに回転しながらグワングワン音を鳴らすのは、よく見る典型的なタライ。どこぞのコントを思い起こすようなトラップに、誰もが困惑していた。

 

「……何故ゆえこんな子供じみた仕掛けが……」

 

「きっと前の住人が子供心を忘れていなかったのかもしれないゾ。俺も子供の頃はよくこういうイタズラしてたな~」

 

「いやそんなわけないでしょうが」

 

 八重の疑問に対し、三浦が検討外れなことを言ってエルゼがジト目でツッコんだ。

 

「だ、大丈夫ですか冬夜さん?」

 

「っててて……うん、大丈夫。ちょっと痛かったけど……」

 

 リンゼに気遣われながら、冬夜が立ち上がる。まだ頭は痛むが大したことないと笑った。

 

 と、ここでユミナが叫ぶ。

 

「っ!? 皆さん、タライが!」

 

 ユミナの視線の先、そこには先ほど冬夜を襲ったタライが転がっていた……が、そのタライの輪郭は変化していく。硬質で角ばった見た目が溶け、その姿を大きく変えていく。やがてタライは鈍色の液状となり、意思を持ったかのように一行から離れて暗闇へ消えて行った。

 

「あれって……もしかして、スライムですか?」

 

「何だぁ? スライムって服溶かす奴だけじゃないのか?」

 

 木村と野獣が驚き疑問を口にする。その疑問に答えたのはリンゼだった。

 

「は、はい。けど、あんなスライム、見たことも聞いたこともありません……」

 

「研究家と呼ばれている者が新しく作り出したスライム……でござろうか?」

 

「……何の役に立つんだ?」

 

 冬夜が怪訝な顔をしてスライムが消えていった方を見ながら言う。

 

「きっとコントがやりたかったんだゾ」

 

「……なんかありえるわね、それ……」

 

 三浦のいつものとぼけた言葉に否定したくとも、先ほどの光景を目にしてからだと、何となく三浦の考えもエルゼは否定できなかった。

 

「……多分、どこかに研究資料があるかもしれません……探してみましょうか……」

 

「お、そうだな」

 

「あ~やってらんね……(嫌々)」

 

 内心では嫌がっているのだろう、覇気のない声でそう提案するリンゼに三浦が賛成し、野獣は嫌そうな顔を隠すことなく呟いた。

 

 そうして、ゾロゾロと城の中を進んでいく一行。最後尾にいた木村が、ふと後ろを振り返ってみる。

 

「……げ」

 

「木村さん? どうかしましたか?」

 

 変な声を上げた木村に、ユミナが首を傾げて聞いてくる。そして木村の視線の先を辿ろうとした。

 

「あ、いえいえ! 何でもないですよ! ただすごい埃が積もってるのが見えただけですから!」

 

 直前、慌てた様子で木村がユミナの背中を押す。その様子に疑問を抱きながらも、ユミナは前を向いて進んでいった。

 

 

 

 その間、木村は背後でうぞうぞと蠢く先ほどのスライムと、二階にある廊下から覗き込むように現れた緑色のスライム、さらに2m程もあるスライムが部屋から姿を現していたのを極力視界に入れないように努めていた。

 

 

 

 

 

~3分6.4秒後~

 

 

 

 

 

「……何も残されてませんね……」

 

 一行は城内にある資料室らしき場所へ訪れていた。壁際に数多くの本が収められている本棚が並んでいるが、ユミナがそのうちの一冊を手に取って開いてみると、肝心のページがどこにもない。本の装丁以外が綺麗に切り取られているかのようだった。

 

「紙が入ってないやん! どうなってんのこれ?(クレーム)」

 

「ちょ、野獣殿落ち着くでござる。埃が舞うでござるよ」

 

「ひょっとして、グリーンスライムが全部食べちゃったのかな?」

 

 野獣が本棚から次々本を取り出して開いては投げ捨てていくも、全部装丁だけの空っぽばかりでぼやいていた。八重は舞い上がる埃を払いながら野獣を窘める。冬夜も何か手がかりはないか探すも、結果は同じ。犯人はグリーンスライムと当りをつけるも定かではない。

 

「う~ん……だとしたらここは望み薄かなぁ」

 

「あ、待ってください。これは無事みたいです」

 

 木村が失望交じりに言うと、リンゼが一冊の本を開いて声を上げた。

 

「これは……スライムの研究成果の記録みたいです。色んなスライムの生態について書かれています」

 

「お、いいゾ~これ!」

 

 まさに求めていた物だ。探し当てたリンゼを三浦が賞賛する。

 

「その本は持って行こう。何かの役に立つかもしれないし」

 

「一階は探し終えましたし、次は二階へ向かいましょうか」

 

「うぇ……二階も行くのかよ……」

 

「しょうがないじゃないですか。これも依頼です」

 

 冬夜とユミナの提案に、野獣が心底嫌そうな顔をする。それを木村は窘めた。

 

「……ん? 八重ちゃんエルゼちゃん、どうしたゾ?」

 

「ポッチャ?」

 

 と、ここで三浦が二人抱き合うようにして涙目になっている八重とエルゼに気付く。三浦が首を傾げていると、二人の声が重なった。

 

「「もう、帰りたい……!」」

 

 心の底からの願いだった。スライムという存在もさることながら、そもそもこの城は暗くて薄気味悪い。何が出てきてもおかしくない雰囲気漂うこの城は、そういった類が苦手な二人にとって一秒でも長居したくない場所だった。

 

「あ、そっかぁ」

 

 それを何となく察した三浦は、「うーん」と少し思案する。

 

「……じゃあ二人は外で待ってるといいゾ~!」

 

「「え……」」

 

 呆気らかんと言う三浦に、目が点になる八重とエルゼ。

 

「怖いことを我慢することなんてないゾ。後は俺らに任せて、二人は城の外で待っていてもいいゾ~」

 

「あ、じゃあ俺も俺も」

 

「ん? 野獣は大丈夫だろ?」

 

「何で俺には辛辣なんですかねぇ……?(悲しみ)」

 

 二人を気遣う三浦。それに便乗する野獣だったがバッサリ切られて野獣は涙目になった。

 

「それもそうですね……ユミナさん、スライムがダメなんだったら外で待っていてくれてもいいですよ? リンゼさんも。後は僕たち男性陣に任せてくれても大丈夫ですから」

 

 考えてみれば皆でここに入る必要は無かった。何人かは外で待機するか、周辺に何かないか探索してもらい、残りは城の中を探索する……そういう役割分担を振ってもよかったのだ。

 

「え……………………まぁ、うん。それもそうだよ、ね」

 

「お前何残念そうな顔してんだよ」

 

『主……』

 

 三浦と木村の提案を聞いて、冬夜は長い間を空けて同意する。その顔が何とも残念そうにしか見えないのは気のせいではないだろう。野獣と琥珀がジトっとした目で冬夜を見やった。

 

 女性陣にとって、それは大変魅力的であり、願ったり叶ったりな提案だった。思わず飛びつきそうになってしまう程。

 

 だが、八重とエルゼは難しい顔で考え込んでいたかと思うと、首を大きく横へ振った。

 

「い、いえ! 三浦殿たちが頑張っているのに、拙者たちが楽をするわけにはいかないでござる!」

 

「そうよ! それだと何か、こう、あたしたちだけズルイっていうか……とにかく、あたしは大丈夫だから!」

 

「そう、ですね……木村さん、お気遣いありがとうございます。けど私は木村さんと共にいますから」

 

「わ、私も大丈夫です! ここまで来たのなら、最後までやり遂げます!」

 

 ユミナとリンゼも、共に同行することを願い出る。内心恐怖しても、誰かに全部丸投げするような性格をしている者はここにはいない。ある意味当然の答えでもあった。

 

「あ、そっかぁ……けど辛かったら言って欲しいゾ~。何かあってからじゃ遅いからなぁ」

 

「それじゃあ、僕たちが基本前に出ますから、皆さんは僕たちから離れないでくださいね?」

 

「ポッチャ!(任せろ)」

 

 三浦と木村、ポッチャマが頼もしい言葉をかける中、野獣が憂鬱そうにため息をついた。

 

「はぁ……なんか逃げたいって言い出せない雰囲気になっちゃって涙が出、出ますよ……」

 

『お前は逃げてもいいんだぞ。寧ろさっさと逃げろ』

 

「おう喧嘩なら買うぜ白猫。剥製にしてやんよ(残虐)」

 

「琥珀、喧嘩売らない。野獣さんも買わない」

 

 睨み合って火花を散らす野獣と琥珀を冬夜が窘めた。

 

 とりあえず、全員共に行くということで意見が一致した一行は資料室を後にする。そして再び入り口付近へと戻ってきた。

 

「えっと、確か二階へ続く階段がこの辺りに……」

 

「と、冬夜さん!」

 

「ん?」

 

 冬夜が周囲を見回していると、リンゼが声をかける。その声は震え、そして顔は強張っていた。

 

 その視線の先を冬夜が、一行が見やる。そこには、

 

「グ、グリーンスライム!?」

 

 緑色のぶよぶよとした、まるで液体みたいな生き物がいた。それも一匹どころではない。大小含め、数十匹。一匹ならまだ可愛げがあるかもしれないが、多数が密集している姿は嫌悪感を抱く光景だった。

 

「ひっ! すごい数……!?」

 

「やべぇよ、やべぇよ……!」

 

 エルゼが慄き、野獣が焦る。リンゼはすぐさま杖を構え、詠唱を始めた。

 

「ほ、炎よ来たれ、赤の飛礫、イグニスファ」

 

「ダメだ! リンゼ!」

 

 が、それを冬夜が遮った。

 

「ここで炎魔法はまずい! 建物が燃えるかもしれない!」

 

「いややっちゃえよ! やっちゃいましょうよ! ってか燃えねえよきっと! だって石造りじゃんこの城! ガソリンとか油とか撒かなきゃ燃えねえって絶対!!」

 

「先輩、必死ですね……」

 

 冬夜の意見に異を唱えて野獣がわめく。あまりにも必死で、木村は逆に冷静になれた。

 

「ここは……琥珀!」

 

『お任せを!』

 

 冬夜に命じられるやいなや、琥珀はすぐさま応答。琥珀の足元に魔法陣が展開し、竜巻めいた風が巻き起こる。風が止むと、そこには召喚時に見せた威厳ある白虎へと姿を変えた琥珀がいた。

 

『グオオオオオオオオオオッ!!』

 

 息を吸い、大口を開けて吠える琥珀。そして発せられる衝撃波はグリーンスライムを軒並み吹き飛ばし、壁へ叩きつけていく。

 

 が、それもその場凌ぎ程度にしかならない。すぐさま壁から離れたかと思うと、ウゾウゾと蠢きながら一行へと接近し始めた。

 

「ちょ、ちょっと! 近づいてくるわよ!?」

 

「まずいですよ!?」

 

 エルゼと木村が焦燥感に駆られていると、三浦が声を上げる。

 

「二階だ! 二階へ逃げるゾ!」

 

 異論はない。すぐそばにある階段を全員駆け上がっていく。階段の中央の踊り場に差し掛かってから、階段下を見下ろした。

 

「……あれ? 追ってこない……」

 

 木村が疑問の声を上げる。先ほどまで迫って来ていたグリーンスライムは、全て階段下へ集まるのみ留まり、そこから先へは全く上がってくる様子がない。

 

「縄張り……みたいなものがあるのかもしれませんね」

 

「と、とにかく助かったぁ……」

 

「ぬわぁぁぁぁぁん疲れたもぉぉぉぉぉん」

 

 ユミナが木村の疑問に答え、追ってこないと知ったエルゼは安堵し、野獣は脱力しながら叫んだ。気持ちは全員同じだろう。

 

「じゃあ、とっとと上がりましょう。あんな奴ら放っておい、てぇ!?」

 

 踵を返し、エルゼが階段を上がろうと一歩踏み出し……その瞬間、すっ転んで尻餅をついた。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 突然転んだエルゼに驚いたリンゼ。そして異変にいち早く気付いたのは、尻を着いたエルゼだった。

 

「ひぃ、何このヌルヌル!?」

 

「うわ、本当だ!?」

 

 木村も足元が濡れていることに気付き、思わず足を上げた。一体何が起きているのか、周囲を見回していた時、八重が原因を見つけた。

 

「あ、あれでござる! 階段の上!」

 

 指さした先には、今度は灰色のスライム。そのスライムが一行の前に立ちふさがる形で、階段の上を陣取っていた。そしてその身体からエルゼを転ばせた液体が流れ出て、階段を濡らしている。

 

「何だあのスライム!?」

 

「し、調べてみます! えっと……」

 

 冬夜が声を上げ、リンゼは持って来ていたスライムの生態が記された本を広げる。そしてそれらしきスライムを見つけ、説明を読み上げる。

 

「『ローションスライム』……危険を察知して、潤滑油のような体液を分泌する。人体に害はない。失敗作……らしいです」

 

「失敗作、でござるか?」

 

「何の失敗作だよ何の!?」

 

 どういう意味かと八重が疑問符を浮かべ、野獣が憤りを顕わにする。

 

「ってか、わざと失敗してるんじゃ……」

 

 あからさまなスライムに冬夜がそう零している間、エルゼがスライムの体液から逃れようと必死に立ち上がろうとした。だが、ローションスライムはその名の通り、身体から凄まじいヌルヌルの液体を出しているわけで。

 

「うひゃぁっ!?」

 

 立ち上がることすらままならず、またもすっ転ぶ。しかも今度は一人ではなく。

 

「ファッ!?」

 

「うわぁっ!?」

 

「ひゃっ」

 

 エルゼに意図せず突き飛ばされた野獣と木村、ユミナが大勢を崩し、

 

「あっ」

 

「ひゃあ!?」

 

 三浦、八重が野獣とぶつかり、

 

「きゃあ!?」

 

「わぁっ!?」

 

 リンゼ、冬夜も三浦の足が当たって足を滑らせる。

 

 エルゼから始まり、結果的に全員巻き添えを喰らう羽目となってしまった。そしてここは階段の踊り場。しかもローションまみれ。そんなところで転べばどうなるか……結果は誰もが予想できるだろう。

 

「うあぁぁぁぁっ!?」

 

「きゃあああああっ!?」

 

 全員、スライダーの如く階段を滑り落ちて行く。そしてその階段の下には、誰もが嫌悪するグリーンスライムの群れ。そこに落ちれば、後に待つのは羞恥地獄である。

 

『主!』

 

 そんな中、唯一無事だった琥珀は冬夜の服の襟を咥える。間一髪、冬夜は落下を免れた。

 

「お姉ちゃん!」

 

 そして咄嗟にリンゼが冬夜の腕を、もう片方の手でエルゼの腕を掴む。そのままではローションで滑り落ちるため、リンゼは冬夜の服の袖を、エルゼはリンゼの腰に片腕でしがみついた。

 

「き、木村!」

 

 エルゼもまた手を伸ばし、あわや落下するといったところで木村の襟を掴んだ。一瞬木村は首が締まるも、それを我慢して手を伸ばす。

 

「ユミナさん!」

 

「はい!」

 

 ガシッと木村が咄嗟にユミナを抱きしめる。ユミナも必死に木村の身体に手を回した。

 

「ポッチャマ! 足を!」

 

「ポチャァ!!(必死)」

 

「八重ちゃん!」

 

「くっ……!」

 

 ポッチャマが足を木村のズボンの裾に引っ掛け、そして嘴で三浦の服の襟を噛む。思いの他力強いポッチャマの足と嘴により、三浦も落下を免れた。そして木村同様、三浦も八重をしっかりと抱き留める。八重も落ちないように全力で三浦の腰にしがみついた。

 

 そうして、全員がそれぞれに掴まって、どうにか事なきを得た。

 

 

 

「へ(呆然)」

 

 

 

 一人(野獣)を除いて。

 

 

 

「アァッ! ハァッ! アァッ! ハァッ!」

 

 一人掴む物もなく、全力で階段を駆け上がろうとする野獣。だが無情にも、身体は全くと言っていいほど前に進まない。ただ喘ぎ声が空しく響くだけ。

 

「ファファファファファファファファファファファ」

 

 ローションまみれの階段をさらに力を振り絞って走る野獣。しかし気持ちとは裏腹に身体は前に進まず、ただただ高速で動く足元からは液体が飛び散るだけ。

 

 すぐ下にたむろしている、グリーンスライムの群れ。今か今かと獲物が落ちて来るのを待ち受けているかのように、そこから動かない。

 

 まさに万事休す。このままでは皆に裸体をさらけ出すことになってしまう。

 

 だが……野獣は諦めない。こんなことでへこたれる程、軟な鍛え方はしていない。こんな窮地、かつての空手部の部室で顧問の先生と組手1145141919810本した時や、グラウンド364364893931周した時に比べれば大したものではない。

 

 負けるものかと、野獣は気合を入れる。何物にも動じない精神を思い出せ。迫真空手の辛い修行を思い出せ!

 

「ヌッ! フッ! フッ! ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ッ!! アアアアアアハァハァハァハアアアアアアアアア!!!」

 

 目に力が入る。喉が潰れんばかりの絶叫を上げる。足はより高速に、否、音速とも呼べる速度に至る。

 

 人は窮地に陥ると、無意識にかけていたリミッターを解除する。そして今まさに、野獣は人としての限界を、全てを超える!

 

 身体は熱を帯び、筋肉は膨張する! さらに足は音速すらも超え、神をも凌ぐ速度を持って動く! その凄まじさたるや、摩擦熱によって足が赤い熱を持ち始める程である!!

 

そして!!

 

 

 

 

「ダメみたいですね(諦め)」

 

 

 

 

 現実は非情であることを思い知った。

 

 

 

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ(SRY)」

 

 某コマンドーに「あれは嘘だ」と告げられて落下する悪党みたく、野獣はローションによって階段下へと滑り落ちていった。

 

 

 

「よいしょっと……ふぅ、皆無事?」

 

 琥珀と冬夜が全員を引き上げ、一息つく。とりわけ女性陣は息が荒く、まさに間一髪であったことを物語っていた。

 

「な、何とか……僕は無事です」

 

「スゲ~危なかったゾ~」

 

「ポッチャァァァ……」

 

 汗を拭い、木村と三浦、ポッチャマがホッと一息をついた。ポッチャマは人二人分を咥えていたため、嘴を擦っていた。

 

「あ……ありがとうございます、冬夜さん……助かりました……」

 

「う、うん。よかったよ、無事で……」

 

「……何でちょっと残念そうなわけ?」

 

 心の底から礼を述べるリンゼだったが、冬夜的には惜しいことをしたと思ったりしていたので、それが顔に出てるのに気付いたエルゼが睨みを効かせた。

 

「ユミナさん、大丈夫ですか? どこか怪我とかは……」

 

「い、いえ……その、大丈夫です……」

 

「……なんで顔赤くする必要なんかあるんですか(疑問)」

 

 ユミナを気遣う木村だったが、ユミナはそれどころではなく。無我夢中で木村にしがみついていたことを思い出し、木村の顔が見れないでいた。というか木村自身も無意識とは言え思いきり抱き締めたことを思い出して耳を赤くしていた。

 

「ん? 八重ちゃんも顔赤いゾ。風邪引いたかぁ?」

 

「違うでござる! ちょっとあっち向いてて欲しいでござる!!」

 

「ポッチャマ……」

 

「ポチャ(ドンマイ)」

 

 そしてユミナ同様に必死のあまりに三浦の逞しい胸板に顔を埋める結果となってしまった八重もまた、思わず顔を背けるようにして蹲ってしまうのであった。三浦は何故拒絶されたのかわからず凹み、ポッチャマはそれを慰めた。

 

「……あれ? あの、野獣さんは?」

 

「え?」

 

「へ?」

 

 ふとリンゼが一人足りないことに気付く。冬夜とエルゼも言われ、今やっと気付いた。

 

 どこへ行ったのか……それはすぐに把握することができた。

 

 

 

「ちょちょちょっと待ってください! 待って! 助けて! 待ってくださいお願いします! ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″!!(発狂)」

 

 

 

「「…………………………」」

 

 階段下から聞こえて来る、聞き覚えのある悲鳴。何が起きているのか察した一行は、居た堪れない空気の中、どうしようかと思案に暮れるのであった。

 

『放置でよろしいのではないかと』

 

「琥珀、それは可哀想すぎるよ」

 

 

 

 

 

 

~364秒後~

 

 

 

 

 

 

「お前ら絶対許さねえ……」

 

「ご、ごめんって。わざとじゃなかったんだけど……」

 

「本当にごめんなさい野獣さん……ぅぅ」

 

「その、拙者が掴めればよかったのでござるが、拙者も自分のことで手一杯でござって……申し訳ないでござる」

 

「な、泣かないでください野獣さん。本当にすみませんでした」

 

 城の二階の薄暗い廊下を歩く一行。その中、一人だけ異質な姿をさらけ出している野獣に向け、女性陣は全員謝っていた。

 

 あの後、野獣は冬夜のゲートによって救助されたが、野獣の服はグリーンスライムによってほとんど溶かされてしまい、服としての機能を失ってしまった。そのため今の野獣はというと、唯一無傷であった白い伸縮性のあるボクサー型のスパッツ一丁という姿で、逞しい筋肉を惜しげもなく見せびらかしている状態であった。替えの服がないために致し方ないとはいえ、どうにも目のやり場に困る女性陣。特にリンゼは野獣のある一点をチラチラ見ては赤くなっていた。

 

「野獣先輩……もう皆謝ってるんですから許してあげたらどうです?」

 

「そうだよ。皆わざとじゃないゾ」

 

「ポッチャ」

 

「というより、パンツ一丁って……」

 

『見るに堪えんからこっちに来るなよ』

 

 木村たちはいつまでも恨みがましくメソメソしている野獣を見かねて言う。確かに野獣は見捨てられたようなものだが、それも不可抗力というものだ。誰も非はない。

 

「そういう問題じゃねぇよ! っていうか俺最近ひどい目にしか合ってねぇじゃん! 前回と前々回とか俺噛まれて終わってんじゃん! んで今回とか服溶かされてんじゃん! ひどすぎるッピ!」

 

「申し訳ないんですけどそういう話はNG(メタ発言禁止)」

 

 色々とギリギリなことを叫ぶ野獣。木村はあえて理解できないフリをして流した。

 

「うぅ、畜生……遠野と一緒に買ったお気に入りのうちの一着だったのに~……!」

 

「まだあるでしょう? なんか『ISLANDERS』とか、そんな感じのロゴの入ったTシャツとか」

 

「だからお気に入りのうちの一着だったんだってばよ!(NRT)」

 

 半泣きで木村に向かって叫ぶ野獣。ふと八重は、気になることがあって三浦に質問する。

 

「そう言えば、以前から野獣殿は遠野、という名を口にされてるでござるな? 一体どなたでござる?」

 

「あ、それ私も気になってた。何? 恋人?」

 

 エルゼも便乗し、若干ニヤけながら聞く。それに三浦はあっさりと答える。

 

「恋人っていうより、野獣の片思いだゾ。水泳部に入ってて、とっても優しくていい奴なんだゾ~」

 

「片思い!? 野獣が!?」

 

「た、確かに以前、好いてる人がいるとは言ってはいたでござるが……」

 

 意外な真実に、エルゼと八重が驚愕する。普段奔放な野獣がまさか片思いとは、失礼と承知していながらも、どうもイメージに合わないと二人は思った。

 

「片思い、ですか……いいですね」

 

「ええ。素敵です」

 

 一方、リンゼとユミナは片思いというワードに何か刺さる物があったのか、少しうっとりしているようにも見える。こういう話題が好きなのかもしれない。

 

「けど、野獣が惚れた女の人かぁ。なんか見てみたい気もするわね」

 

 普段はお調子者の野獣だが、そんな彼が好きになる程の相手……ある意味出歯亀みたいなものだが、エルゼの言葉に女性陣は「うんうん」と頷く。ところが、三浦がキョトンとし、首を傾げた。

 

「ん? 何言ってるんだゾ。遠野はお」

 

「みんな、ストップ!」

 

 が、三浦が言いかけたところで冬夜が足を止める。何事かと視線をやれば、廊下の端に数体、奇妙な石像が置かれていた。全てグラマラスな女性の裸体をモデルにしている物だ。

 

「石像、ですね」

 

 見たまんまのことを口にする木村。

 

「あれ、何でしょうか」

 

「いや、僕に聞かれても……ただ、何であんなところに石像があるのかなって思って」

 

 ユミナの疑問に冬夜は答える。確かに、これまで石像なんてこの城のどこにも置かれていなかったことを考えると、少し違和感を感じる。

 

「……ん?」

 

 と、じっと石像を見ていた冬夜だったが、ふと何かに気付いた。

 

「何? どうかしたの?」

 

 エルゼが聞くと、冬夜はよりじっと、注意深く一体の石像を……もとい石像の胸部分を見つめていた。その石像の胸は豊満であった。

 

「いや、なんか……胸が動いたような」

 

 その瞬間、琥珀除く一行は冬夜から距離を離した。

 

「……あれ、皆どうしたの?」

 

「いえ……すいません、ちょっとその発言は……」

 

「多分変態だと思うんですけど(名推理)」

 

 ユミナが苦笑いし、野獣がジト目で言い放つと、冬夜と琥珀以外全員が頷いた。

 

「え!? いやいやいや違うって! そうじゃなくって!」

 

「そうじゃないなら何だっていうんでござるか」

 

「冬夜くん……世の中には石像に欲情する人はいるにはいるけど、ちょっと僕らには理解できない領域っていうか……」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「ポチャ(こいつすげぇ変態だぜ)」

 

「と、冬夜さん、不潔です!」

 

「これだから男は……」

 

「違うって! 本当なんだって!!」

 

 全員に好き勝手言われて憤慨する冬夜。ならば証明してやるとばかりに、石像に歩み寄る。そして見つめていた胸を、おもむろに鷲掴みにした。

 

 普通、胸とはいえど石像は石像。そこには硬質な感触があるだけの筈だが。

 

「や……柔らかい!?」

 

「「は?」」

 

 冬夜が掴んだ胸は石とは思えない程の弾力があった。それこそ本物の女性の胸のような……冬夜の発言に思わず素っ頓狂な声を上げる一行。

 

 と、冬夜が手を離した瞬間、石像の胸が変化していく。そして、

 

「うえぇ!?」

 

 地面に胸が二つ、ポトリと落ちた。

 

 一体何事!? と冬夜が驚愕していたが、リンゼがここで持ってきた本を開いて調べてみた。

 

「え、えっと……『バストスライム。女性の胸に擬態する。より小さい胸に取りつく習性を持つ。後一歩だが……失敗作』」

 

「何がだよ!?」

 

「っていうか何ですかそのピンポイントセクハラスライム。悪意しか感じないんですけど」

 

「お、そうだな」

 

 冬夜と木村がツッコむと、三浦も同意した。

 

 が、ここで胸改め、擬態を止めたバストスライムが飛び上がる。より小さい胸に取りつく習性を持つというスライムが狙った先は……。

 

「ユミナさん!?」

 

 一つが真っ直ぐ、ユミナへと飛んでいく。思わず木村がユミナの名を叫ぶ。

 

 そしてスライムの意図を察したユミナの目が、鋭く光った。

 

 

 

「……風よ切り裂け! 千の風刃! サイクロンエッジィィィィ!!」

 

 

 

 怒号に近い声で魔法を詠唱した瞬間、ユミナを中心に突風が吹き荒れ、かまいたちが巻き起こる。鋭い刀のような風により、スライムは一刀両断どころか粉微塵に吹き飛んでいった。

 

 風が止むと、スライムだった物はびちゃびちゃと床に落ちて残骸と化す。もはや動くことはないと断言できるほど、見るも無残な姿へと変わっていた。

 

「ユ……ユミナさん?」

 

 木村が強張った顔のまま、若干上ずった声で呼びかける。

 

「……成長期」

 

「はい?」

 

 が、返ってきたのは無機質な一言。目元に影を作りながら立つユミナに、思わず木村は聞き返した。

 

「成長期ですから……」

 

「あ、はい(即答)」

 

 まだ12歳なのだから気にしなくてもいいのに……と言おうと思ったが、あまり触れない方がいいと直感で木村は判断し、口を噤んだ。

 

「…………」

 

「リンゼ殿? 如何したでござる?」

 

「あ、いえ、何でもないです、はい」

 

 その後ろ、リンゼが困惑した風な顔をしているのを、八重が怪訝に思って声をかける。リンゼはそれに気付き、手を振って何でもないように言った。

 

「さ、さぁ! とりあえず行こっか!」

 

 思わぬところで足止めを喰らったが、気を取り直して先へ進もうと冬夜が促す。これ以上ここにいては碌なことにならないと誰もが思い、先へと足を進めて行った。

 

(…………私、見ちゃいました)

 

 と、ふとリンゼは前を歩く野獣の逞しい背中を見る。周りだけでなく野獣本人も気付いていないようだが、リンゼは気付いていた。

 

 

 

(何故か、バストスライムのうち一匹が野獣さん目掛けて飛んでいこうとしていたのを)

 

 

 

 スライムに誤作動的な何かが起きたのだろうかと思ったが、気付いたところで多分誰も幸せになれないと思ったリンゼは、心の奥深くにそのことを封じ込めておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いた一行は、一つの扉へと辿り着く。他の扉と見た目は変わらないが、何故かここだけ雰囲気が違うような、そんな確信めいた何かを感じた。

 

 冬夜を先頭に、部屋の扉を開ける。冬夜がそっと中を覗き込むと、埃の積もったテーブルに乗ったガラス機器や本等が置かれている以外、特に変わった物は無さそうだった。

 

「よし、ここは大丈夫みたいだ」

 

 冬夜の合図に全員が中へ入る。そうして部屋の中を進んでいくと、

 

「ファッ!? 死体があるじゃねぇか!?」

 

 野獣がソファの背もたれに力なくもたれかかるようにして座っている白骨死体を見つけた。それを見て三浦と木村も驚き、一瞬硬直する。

 

「……もしかして、この人が例のスライム研究家、でしょうか?」

 

「多分ね……」

 

 死体を見て驚いていたユミナの疑問に、冬夜が答える。その横、木村はテーブルの上に一冊のノートが置かれているのを見つけた。これは一階の資料室にあった幾つもの本とは違い、ページがちゃんとある無事な本だった。

 

「この人の物かな? どれどれ……」

 

 木村はノートを広げ、読み上げる。

 

「『完成だ。遂に私の、いや、男の夢が叶った。もう思い残すことはない。ああ、天国が見える』……なにこれ」

 

 意味がわからず、思わず呟く。だが筆跡からありありと執念が見えた木村は、余程のことを成し遂げたのだろうと思った。そしておもむろに一ページ捲ってみる。

 

「……………え」

 

 が、そのページを読んで硬直した。

 

「き、木村さん! あれ!」

 

「え、ユミナさん?」

 

 ユミナが叫ぶように木村を呼び、木村はノートから意識を離した。そしてその視線の先、部屋の奥まった場所を見る。

 

「な、何だありゃ!? スライム!?」

 

 野獣が驚愕する。そこにいたのは五匹のピンク色のスライム。だが今までのスライムと違い、何か様子がおかしい。

 

「形が、変わっていくでござる!?」

 

「ポチャ!?」

 

 八重が刀の柄に手をかけて警戒し、ポッチャマも身構える。やがてスライムはうねうねと形を変え、細くなり、幾つか枝分かれしていき、そして、

 

「え……えぇ!?」

 

「え、何これは(困惑)」

 

「あっ」

 

 スライムは、女性陣と同じ姿へと変化を遂げた。

 

 無論、スライムだから身体は透き通っているし、顔はのっぺりしている。だが唯一女性とわかる部分……すなわち、スライムは女性陣の生まれたままの姿に変化していた。

 

 まぁ、当然と言えば当然であるが、

 

「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 女性陣にとってはたまったもんではないわけで。何せ自分の裸体をさらけ出しているようなものなのだから。それも、男性の前で。

 

「な、な、な……!?」

 

「まさか……男の夢って……!?」

 

「お~、スライムが八重ちゃんたちみたいになったゾ! 分身の術みたいだな~」

 

 赤面する冬夜、先ほどのノートの真相を理解した木村、そしてなんもわかっていない三浦。そんな彼らだったが、

 

「ちょ、ちょっと何見てるんですか木村さん!!」

 

「わっ」

 

 ユミナに木村は目を塞がれ、

 

「ダメ! ダメですぅ!!」

 

「むぐっ」

 

 リンゼは何故か冬夜の鼻と口ごと視界を塞ぎ、

 

「み、三浦殿! あっち向くでござるよ!!」

 

「あっ」

 

 八重はグギッと三浦の首を90°回し、

 

「見るなぁぁぁぁぁ!!」

 

「ごっふぇ」

 

 トドメにエルゼが冬夜の脳天にガントレットの一撃を食らわせ、昏倒させた。

 

 で、残った野獣はというと、

 

「……っていうかさぁ」

 

 スライムは五匹。八重、ユミナ、エルゼ、リンゼ、そして……

 

 

 

「何で一匹が俺なんだよ!! 頭に来ますよ!!」

 

 

 

 何故か一匹、やたらガタイのいいスライムを前にして、大層憤慨していた。

 

 

 

 

 

 

 

~364秒後~

 

 

 

 

 

 

 

 とっぷり日が暮れた時刻。一行は城の外に立っていた。そしてその目の前で、轟々と紅蓮の炎を巻き上げながら燃え盛る城を見つめていた。パチパチと音をたてながら炎に飲み込まれて行く城は、徐々に灰となって全てを失っていく。

 

「浄化よ」

 

「浄化です」

 

「浄化でござる」

 

「浄化ですね」

 

「浄↑化↓」

 

 女性陣+野獣が、色々な感情がない交ぜになったせいで無機質となった声で呟く。元々ここは廃棄された城。燃やしたところで問題にはならないというのはユミナの言葉だ。そういうことならと、燃やせる物全てを使って全力で火をつけたおかげで、現在進行形で紅蓮の業火となった火は、城の中の存在ごと抹消していった。懸念すべきは周りに火が燃え移らないようにすることだが、周りは幸いとして湖となっており、その中央に城が建っている形であるため、燃え移る心配はないだろう。

 

「……あのスライム研究家の夢ってのは、綺麗な裸の女性を侍らせてウハウハハーレムしたいってことだったのか……」

 

 崩れ落ちる城の一部を見つめながら、冬夜は遠い目をした。そして一言、呟いた。

 

「……しょーもな」

 

「あ、おい待てぇい(江戸っ子)。冬夜くん、そういうことは言うもんじゃないゾ」

 

 それを聞いて、三浦は冬夜を窘める。

 

「どれだけ周りの人に理解されなくとも、その人にとってはそれが人生だったんだゾ。それをしょーもないの一言で片づけるのは、故人を侮辱してることになるゾ」

 

「あ……そう、ですね。すみません、言い過ぎました……」

 

 その言葉に、冬夜もさすがに今のは自分に非があると感じて謝罪する。そして三浦は、燃え盛る城へと視線を戻し、そして手を合わせた。

 

「それじゃあ、せめて俺たちで祈るゾ。研究家の人と、城の中にいたスライムたちの冥福を……」

 

 三浦は目を閉じる。さんざんな目に合ったが、スライムはスライムで生きていた。そしてスライム研究家も、満足して逝ったとはいえど誰にも看取られることなく、正確にはスライムたちのみが最期を看取って、あそこに放置されていたのだ。ならばせめて、自分たちが弔ってやるのが礼儀……三浦の気持ちを察した木村と野獣も、そして三浦の上にいるポッチャマも、それに倣って手を合わせる。冬夜もまた同じように手を合わせ、琥珀は手を合わせられないため目を閉じた。女性陣もまた、それを見て思うところがあったのだろう。三浦たち同様、手を合わせて静かに冥福を祈る。

 

 燃える城から巻き上がる、無数の火の粉。夜空へと舞い上がっていくそれは、死した研究家とスライムたちの魂が召されて行くかのようにも見えた。

 

(……あのノート……)

 

 皆が手を合わせ黙祷している最中、木村の脳裏に浮かぶのはスライム研究家のノートに記されていた手記。己の夢が果たされたことを綴っていたページの次に綴られていた内容が、木村の頭を離れない。

 

 

 

 

『しかし、あのゴウという男には感謝しなければいけない。私が長年悩み抜いてきたスライムの生態を、彼は何てことのないような一言を言ってくれたおかげで解明できたのだから。いつか再会したら礼を言いたいものだ』

 

 

 

 

(ゴウ……って、もしかして……)

 

 木村の脳裏に浮かぶ、軽薄な笑みを浮かべる男。自分たちをこの世界に送り込んだ張本人にして、力の源を渡した唯一の存在。

 

 スライム研究家の言っているゴウは、彼のことなのか? ……と一瞬考えたが、木村は首を振って否定した。

 

(まさか……ただの偶然だろ)

 

 ゴウなんて名前はこの世界にだっているだろう。考えすぎだと木村は思い……このことは、頭の片隅に留めておく程度にして、大して考えることはしなかった。

 




そんなチョロインでさ、恥ずかしくないわけ?

後、別に女性陣のサービス回とか言ってねーし私(すっとぼけ)

今後の活動についてではなくお気楽アンケート開催。アニメ異世界スマホのEDでスマホ太郎がヒロインたちに手を差し出すシーン、差し替えるとしたら誰がいい?

  • スマホ太郎(アニメ主人公)
  • 望月冬夜(原作主人公)
  • 野獣先輩
  • 三浦
  • 木村
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