後余談なんですが、アンケートがなんか予想よりも面白いことになっとりますのでしばらくこのままにしとこうと思います。
「な……何なのよ、あの竜……!」
大空を舞う黒竜よりもさらに濃い黒、それこそ夜そのものとも言える竜を見上げ、エルゼが呆然と呟く。赤く光る禍々しい瞳が無ければ、夜空に溶け込んでいたに違いないと思わせる程の黒い竜。大きさもさることながら、そこに存在しているだけで実感する、身の毛もよだつ邪悪なオーラ。そして先ほどの戦闘で確かに右の翼を切り落とし、両目を潰し、そして身体に風穴を空けた筈なのに、それらの傷が最初から無かったかのように健在だった。
「く……リンゼ! もう一回だ!」
再び牙を剥くというのならばと、冬夜はリンゼに向けて叫ぶ。リンゼも一つ頷き、杖を掲げる。
「氷よ来たれ、永遠の氷壁、アイスウォール!!」
冬夜の目の前にせり上がるように現れる氷の壁。すかさず冬夜はモデリングを使い、レンズ状へ。先ほどの光景の焼き回しのように行われる一連の動作の後、冬夜はマルチプルを併用した光魔法を唱えた。
「光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン!!」
先ほどとほぼ同数の魔法陣から放たれる光の槍。レンズへ集約されたそれを、冬夜は照準を竜へ合わせて叫ぶ。
「行けぇ!!」
レンズから放たれる光線。500発分のシャイニングジャベリンが真っ直ぐ竜へ、そして命中。焼けるような音が竜から聞こえてきた。
が、
『オジサンヤメチクリ~!!(挑発)』
光線が当たったにも関わらず、竜の鱗は傷一つつかなかった。逆に光線は鱗に弾かれたかのように散り、霧散する。
「な……そんなバカな!?」
必殺の一撃が通じない。ショックを受ける冬夜だったが、竜は口を開く。
その先には、攻撃を行った冬夜の姿。
『主、危ない!!』
咄嗟に琥珀が冬夜に服の襟を咥えてその場を離れる。野獣たちも同様、直感に従い緊急回避。そして、
『ヴォエッ!!』
竜の口から炎弾が、それも先ほどの物よりも遥かに巨大な物が発射された。
炎弾はレンズに着弾、直後に凄まじい爆炎を巻き起こし、周囲一帯を衝撃波が襲う。
「ファッ!?」
「ぐぅっ!!」
回避したにも関わらず、野獣と三浦は襲って来た衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされる。エルゼたちも同様、草原の上を転がった。
『くっ……主、ご無事で!?』
「あ、ああ、ありがとう琥珀……けど、何て威力なんだ……!」
冬夜の盾になるように立つ琥珀。冬夜は礼を言いつつも、熱風を浴びながら目の前の光景に愕然とする。炎弾が着弾した箇所から立ち上る火柱。その高さは優に3mも超えているのではないかと言う程の凄まじい物だ。あれほど巨大なレンズが水を通り越して一瞬で蒸発してしまう程の熱が、周りの草を炭化させていく。
あんなものが直撃すれば、骨すら残さないだろう。そう思うと、冬夜はゾっとする。
「っ! 冬夜、逃げろ!!」
「え……」
そんな冬夜に、三浦が立ち上がりながら呼びかける。何が、と思った冬夜だったが、琥珀が咄嗟に冬夜を背に乗せ、高く跳躍した。
『ダイナマイッ!!(爆砕)』
瞬間、冬夜と琥珀がいた地面が砕け散る。竜が急降下し、重力を乗せた後ろ脚の爪で迫ってきていたのだ。土煙が舞う中、冬夜を乗せた琥珀は着地、竜の周りを疾走する。
「好き勝手させるわけにはいかないって、はっきりわかんだね!!」
「行くぞポッチャマ!!」
「ポチャ!!」
いつまでも倒れてはいられない。野獣は大剣を手に走り、三浦もポッチャマを肩に乗せたまま走る。
「あぁもう! こうなったらヤケよ!!」
「助太刀するでござる!!」
「みんな、気を付けて!!」
エルゼと八重も追走し、リンゼは杖を手に魔力を練り上げていく。竜は地面に突き刺さった爪を抜こうと翼を動かしながら藻掻いていた。
「頭行きますよ!!(目玉狙い)」
やはり柔らかい場所を攻撃するに限る。野獣は大剣を振るい、赤く光る眼を狙った。
が、
「ファッ!? カタイ! カタイッス!?」
咄嗟に竜が頭を傾けたことで、目玉ではなく硬い鱗に覆われた頭頂部に命中、とんでもない硬さの前に剣の刃が弾かれ、野獣の手が痺れる。
「これならば!!」
「はぁぁぁぁっ!!」
ならば反対側をと、八重とエルゼも眼を狙う。だがそれすらも予測されていたかのように、竜が首を振るって二人を迎え撃った。首は槌となり、二人の攻撃をも弾いたばかりか、遠くまで飛ばした。
「くっ……!」
「ったぁ……!」
地面を滑り、痛みに呻く八重とエルゼ。そんな二人に向けて、炎弾を撃とうと口を開く竜だったが、
「させるかぁ!!」
飛び上がった三浦の両足を揃えての踏み付けが、竜の脳天を襲う。一点に力を集中させた一撃を前に、いかに頑丈と言えどもさすがの竜も脳に与えられた衝撃を逃すことはできない。竜は強制的に口を閉じられ、攻撃を中断させられた。
『イタインダヨォォォォッ!!』
「ぐあっ!」
だが、そのダメージも微々たる物だ。犬のように身を震わせると、頭の上にいた三浦も弾き飛ばされて地面に落ちる。
「水よ来たれ、清冽なる刀刃、アクアカッター!!」
離れた場所で、リンゼが魔法の詠唱を完了させる。そして杖から、先ほど翼を両断した水の刃を飛ばす。狙いは再び翼。竜の飛行能力を奪おうという算段だった。
「え……!?」
しかし、直後にリンゼの顔が驚愕に彩られる。先ほどは容易く翼を両断せしめた水の刃。だがその刃は、翼に命中するも両断することは叶わず、逆に砕け散ってただの水となって四散していった。
「そんな……翼まで頑丈になってます!!」
リンゼの言葉と共に、竜が地面から足を引っこ抜いた。そして再び天高く飛翔。身を翻して宙で縦に一回転、すかさず地上へと頭から垂直落下したかと思うと、
『ダイナマイッ!!(突進)』
地上スレスレを飛び、真っ直ぐ野獣たちへと突っ込んできた。その勢いはまさに超大型のダンプカーが高速で突っ込んでくるよう。空気を切り裂き、全てを破壊する一撃が、野獣たちへ迫る!
「やべぇよやべぇよ!! みんな回避ぃっ!!」
姿勢を地面と一体化したと言わんばかりに低くした野獣が叫ぶ。三浦たちも全力で射線状から離れていく。
『くっ!』
「っと!」
琥珀はというと、冬夜を背に乗せたまま高く跳躍。その直後、竜が琥珀の眼下を突風を伴いながら凄まじい速度で通り抜けていった。草が揺れ、地面に伏せた野獣が吹き飛ばされまいと四肢に力を込めて踏ん張って耐える。
野獣たちを仕留め損ねた竜は再び急上昇。野獣たちを睥睨しながら、空中を弧を描くように飛び回った。
「やばい……あいつ、さっきよりも頑丈なだけじゃなくって、攻撃手段の幅が広がってる……!」
先ほどの火を吐くばかりの黒竜と違い、己の武器をフル活用している邪竜。自分たちの攻撃を防いだり回避したりしているのを見るに、頭も賢くなっているようにも見えた。黒竜とは比べ物にならない程に強敵かつ凶悪になっている竜に、エルゼが戦慄した。
「……だが、ここで俺たちが負けるわけにも、ましてや逃げるわけにもいかない」
三浦がとある方角を見やる。その先にあるのはエルドの村。ここで自分たちが敗れてしまえば、次に竜が狙うのは確実に村だ。そうなれば、村への被害はより大きくなることは目に見えている。それこそ、村人だけでなく救助活動している兵士たちをも犠牲になってしまうのは想像に難くない。
故に負けも逃げも許されない。三浦たちは再び竜を見据え、武器を構えた。
竜は空中を飛び回っていたかと思うと、方向を変えて野獣たちの頭上を突っ切るコースを取る。今度は何をするつもりかと、全員が固唾を呑んでいると、
『ア~モウオシッコデチャイソウ!!』
何を考えているのか、尻尾の付け根あたりから液体を噴き出し始めた。
「きゃああああああっ!?」
「ひぃぃぃぃぃっ!? ちょ、ウッソでしょあいつ!?」
リンゼとエルゼが叫ぶ。噴出箇所から液体の正体を察し、一斉に左右へ跳んで回避。頭上を飛んでいく竜の軌跡をなぞって液体が撒き散らされていくも、どうにか身体にかかることだけは避けることができた。
「な、な、な、何考えてるでござるかあの竜!! まさかこんなところでお、おし……汚らしい物をひっかけてくるとは!?」
「ふ・ざ・け・ん・な!! ヤ・メ・ロ・バ・カ!!(エンガチョ)」
「……ここ、通らなきゃいけないの?」
この緊迫した状況で汚物を撒き散らしてくるとは思ってもいなかった八重は赤面しながら身を震わせて憤慨し、野獣も竜へ向けて罵った。避けた拍子に冬夜と琥珀が液体で線引きされたかのように分断されてしまったが、冬夜は液体に近寄ることを心底嫌がっている。
『……?』
ふと、琥珀の鼻が異常を知らせる。琥珀も最初は汚らしい物を見る目で液体を見ていたが、違和感を覚えて鼻をヒクつかせた。
「……これは」
三浦も琥珀同様、臭いがおかしいことに気付く。確かに鼻につくような臭いだが、汚物特有の刺激臭とは違う。
寧ろこれは……。
「―――――っ!!」
三浦が液体の正体に気付く。同時、空中で方向転換し、再び野獣たちへと向き直り、口を開いた。
「みんな今すぐ離れろぉっ!!」
何をするつもりか、三浦は察して叫ぶ。竜の口腔内が赤く輝き始め、
「これは油だぁっ!!」
『ヴォエッ!!』
三浦の警告と共に、竜の口から炎弾が飛び出してきた。着弾地点は、竜が先ほど撒き散らした液体……すなわち、油。
『―――っ!』
炎が命中する寸前……琥珀は一瞬の判断し、
『主……ご無礼を!!』
背中に乗っていた冬夜を、身を捻った勢いを利用して油による境界線の向こう側、野獣たちの下へと投げ飛ばした。
「え……」
意味がわからないと、驚愕に固まる冬夜の顔。スローモーのように映る景色の中、
――――ドォンッ!!
炎弾が着弾、油に引火し、凄まじい勢いで燃焼していく。
「うわぁっ!?」
「っ!!」
熱風が野獣たちを襲う。炎は油を伝い、牧草地帯の中央に炎の線を引いていく。熱風から身を守るように顔を腕で覆っていた野獣たちは腕を下ろすと、周囲と空が真っ赤に照らされ、視界いっぱいに炎の壁が立ち塞がっているのが目に飛び込んできた。
「琥珀っ!?」
地面に倒れ込んだ冬夜は、壁の向こうに取り残された琥珀へ声を大にして名を呼んだ。嫌な汗が冬夜の頬を伝うも、頭の中に声が響いた。
『ご安心ください、主。私は無事です』
「よ、よかった……」
琥珀のテレパシーを受け取り、冬夜は安堵のため息をつく。しかし、状況は最悪だった。
「そんな……なんてことを!」
リンゼが半ば呆然と呟く。凄まじい炎の勢いのせいで、向こう側が見えない。触れれば立ちどころに灰と化してしまいかねない灼熱の炎はどんどん草を燃やしていき、ジワジワと辺りを侵食していく。
「まずい、このままだとこの辺り一帯が焼野原だ! ポッチャマ!!」
「ポッチャァ!!(合点承知)」
火の勢いを見るに、放置すれば確実に村まで届く。焦る三浦はポッチャマに一声そうかけると、すぐさま燃え盛る炎の壁に向けて嘴から怒涛の勢いで水を吐き出す。キャンプファイヤーのような大きな火でも一瞬で消えてしまう程の水量だったが、炎の勢いは衰える気配がない。
「くっ、何という炎だ。ポッチャマの水でも追いつかない!」
「わ、私も手伝います!」
「僕も協力するよ!」
リンゼと冬夜も三浦の横に並び、魔法を詠唱する。ポッチャマ同様、リンゼの杖先と冬夜の掌から魔法陣が展開され、水が噴き出し、炎に浴びせかける。それによって変化の無かった炎が、僅かばかりに小さくなる。
「よし、効いてる! このまま……」
冬夜が魔法陣を維持したまま、徐々にだが小さくなっていく火を見て希望を持つ。が、空を飛ぶ存在はそんな希望など無意味だと示すように、地上へ向けて弾丸みたく突っ込んでくる。
狙いは消火作業をしている冬夜たちか。誰もがそう思ったが、竜の視線は一点に集中している。そこには冬夜たちはおらず、
『クッ、狙いは私か!!』
炎の壁の向こう側に一匹取り残された琥珀へと、竜は牙を剥いた。竜が炎の中へ消えたかと思うと、地上が大きく揺れる。
「琥珀っ!!」
『主、私のことはお気になさらず! 今は鎮火の方を!!』
寸でのところで回避した琥珀は、テレパシーを冬夜に飛ばす。炎の勢いを止めねば木々は焼き払われ、主である冬夜たちも結果的には無事ではすまない。ならば琥珀は、冬夜たちが炎を消すための時間を稼ぐために、目の前の竜を引き付けておくことを選ぶ。
「っ……! すぐに火を消すから、それまで持ち堪えてて!!」
急ぎ消火し、琥珀を助けねばと冬夜たちは水の出力を全開にし、火消しを急いだ。そして琥珀はというと、目の前の巨大な竜を前にして姿勢を低くし、身構える。
『アレェ? オカシイネ、ダレモイナイネ?(嘲笑)』
地面に降り立った竜が琥珀を嘲る。元より野獣たちを分断させるために油を使ったのだろう。琥珀は自分より遥かに巨大な竜を一頭で相手取ることとなり、竜はたった一頭の虎で何ができるのかと高を括る。
だが竜は忘れている。相手はただの虎ではないということを。
『……それで私よりも有利になったつもりでいるか。でかくなっても所詮は蒼帝の眷属……いや、最早眷属ですらない、ただの畜生だな。寧ろ哀れにすら感じるぞ』
琥珀は四つの神獣のうちの一つ、白帝。いかなる獣など足元にも及ばない、神と名がつくだけの力を持つ存在。そんな相手を嘲り笑うなど、まさに愚の骨頂。ましてや今の竜からは蒼帝の力すら感じられない。そんな輩に、琥珀は笑い返してやった。
そして唸る。己を嘲り、主を侮辱した目の前の愚かな竜へ向けて。
『貴様の前に立つのは、四神獣がうちの一、白き獣の王にして、西方と大道、そして偉大なる主、望月冬夜様を守護する白帝なるぞ!! 貴様のような邪な力に呑まれるような脆い心の持ち主如きとは格が違うわ!!』
琥珀は吠える。自らの誇りを胸に、邪悪そのものとなった竜と対峙する。
『最早己の意思すらまともに話せぬ愚かで哀れな蜥蜴に過ぎない貴様など、我が牙、我が爪をもって切り裂いてくれる!!』
『アァ~!』
琥珀の口上が終わるや否や、竜は地響きを鳴らしながら琥珀へと肉薄する。その速度は大型トラックが最高速度で突っ込んでくるかのようで、巨体が迫り来る光景は圧巻にして恐怖を抱く。だが琥珀は恐れず、強靭な四肢をバネにして高く跳躍、竜の頭を踏み台にしてさらに高く飛び上がった。
『ガァァァァァッ!!』
狙うは翼。リンゼが切断することが叶わなかった翼を噛み千切らんと飛び掛かり、翼の根元部分に牙を突き立てた。
『グゥゥゥゥ……ッ!!』
力を込め、ギリギリと音をたてながら上顎と下顎を合わせようとする琥珀。鱗も硬ければ、骨までも恐ろしい硬度を持っていることを知るも、それが何だと琥珀は口を離そうとしない。
だが竜も黙ってそれを受け入れるつもりもない。しがみ付いている琥珀を振り落とさんと、三浦を弾き飛ばしたように身を震わせた。
『チィッ!』
あの翼を噛み切るには時間がかかると踏んだ琥珀は舌打ちし、頭の中で組み立てた戦略を変更。竜が身を震わせる直前に飛び降り、着地。そしてすぐさま地を蹴って竜へと迫った。
『ヴォエッ! オゥエッ!』
そんな琥珀を焼き殺そうと、口から連続で炎弾を吐き出す竜。俊敏な動きで左右へ跳び、それらを回避していく。そして竜の眼前まで迫ると、竜は炎を吐くのをやめて食い殺そうと口を開いた。が、
『フッ!』
直前、琥珀の姿が消える。ガチンッと金属質の音をたてて竜の口が閉じられるも、そこにある筈の肉を噛み砕く感触も噴き出す血の味もしない。
どこへ行った? そう疑問に思いながら、首を左右へ振る。辺り一面火の海。逃げ場などどこにもない。
そもそも琥珀は逃げも隠れもしていない。
『バカが!!』
再び跳躍し、竜の頭上に躍り出ていただけなのだから。
『ハァッ!!』
落下と同時、前脚を突き出す。狙うは赤い禍々しいまでに光る瞳。鋭い爪を立て、思いきり突き立てる!
『イタインダヨォォォォォッ!!』
左目を引っかかれてのたうち回る竜。琥珀は今の一撃で潰すつもりだったが、思ったよりも浅く、いずれは態勢を整えてしまうだろう。
だが、本命は目ではない。寧ろ痛がる今が狙いだった。身を翻し華麗に着地した琥珀は、すぐさま本命へと狙いを定め、
『ガルルルゥ!!』
鋭い矢の如く猛然と飛び掛かる。狙いは、唯一鱗に覆われていない急所……すなわち、竜の首。白く柔らかいその部分へ、白帝の純白の牙が突き刺さる!
『ア″ア″ア″ア″ア″イタイイタイイタイィッ!!』
これにはさすがの竜もたまらない。痛みに喚き、暴れ狂う。
『グゥッ……!』
それでも琥珀は離れない。肉を食い破らんと、尚も噛む力を強くし、牙を竜へ埋めていく。血が溢れ出し、琥珀の口元を赤く染めていく。
不意に、琥珀の身体が浮き上がる。否、琥珀がというよりも、竜の身体が浮き上がっていく。突風を巻き上げながら翼を動かし、竜は地上から離れ始めた。
「琥珀!!」
「琥珀さん!!」
冬夜とリンゼが、竜の首元に食らいついている琥珀の姿を認め、名を叫ぶ。竜はさらに上昇していき、遥か上空で藻掻くように蠢き暴れる。琥珀を上空で振り落とし、地上へ叩きつける算段なのだろう。
『このっ! 往生際が、悪いぞ!』
必死に食らいつく琥珀。さらに血が流れ、琥珀の白い体毛が竜の血で染まりゆく。だがこの血こそ、竜の命を削っているという証拠でもある。このまま牙を離さなければ、琥珀の牙によって竜はいずれ力尽きる筈だ。
『絶対に……離さん!!』
白帝の意地と誇りにかけ、かならずや勝利を収める。全ては主である冬夜のために。琥珀は牙の力をさらに強めた。
『ウー! ウー!』
一層強くなっていく激痛に、竜が呻き苦しむ。必死に暴れても琥珀は落ちることなく、このままでは首の肉は食いちぎられる。
その後に待っているものは……死。
『このまま……くたばれええええええっ!!』
琥珀は決着をつけるべく、竜の首を引き千切ってやろうと首を動かし、
『ヴォエッ!!』
竜は何を思ったか、琥珀が首元にくっ付いているにも関わらず炎弾を口から吐き出した。
苦し紛れか。最早どうすることもできるわけがないのにと、琥珀は鼻で笑う……が、余裕のあった琥珀の顔が豹変する。
『っ! 貴様!?』
飛んでいく炎弾。その先を見て、琥珀の頭が一瞬真っ白になる。
炎弾は真っ直ぐ、琥珀がいた場所と炎を隔てた反対側……即ち、冬夜たちがいる場所へと飛んでいく。
冬夜は炎弾に気付いている様子だった。だが水魔法を使っている集中している今、反応が僅かに遅れた。その一瞬の判断により、避けるよりも先に炎弾が直撃する方が早い。
琥珀はそれを予測した。故に、悩むことも、躊躇うこともなく。
『おおおおおおおおおおっ!!』
竜の首から口を離し、竜の身体を蹴って勢いをつけてから跳ぶ。狙うは炎弾。猛スピードで飛ぶ炎弾よりも、蹴りの勢いを利用して弾丸となった琥珀の方が早い。
『はぁっ!!』
そして、炎弾に追いつくな否や、前脚に魔力を込めて全力で殴りつける。神獣の魔力が込められた一撃によって炎弾は軌道を変え、遥か空へと吹っ飛んでいき、消えていった。
『これで……!』
冬夜の身を守れたことで、琥珀はホッとする。
……その安堵のせいで、琥珀は失念していた。空の上では、地上の獣である己の自由は利かないということを。
相手は自在に飛び回る空の覇者であることを。
身動きの取れない空中。重力に従い、遥か眼下の地上へと落下を始める琥珀の身体。
そして、
『ダイナマイッ!!(鉄槌)』
今や格好の的となった琥珀へと、竜が縦に回転させながら突っ込んできた。
琥珀は竜が、頭上から長い尻尾を振り下ろそうとしているのを目にする。だがすでにその時点で、
『ガァッ!?』
もう遅い。
「琥珀ぅ!!」
地上にいる冬夜たちの目の前で、竜の尻尾が琥珀へ打ち据えられる。強烈なハンマーとなった尻尾の一撃を空中で無防備な状態でモロに受けた琥珀は、地上へと流星の如く落下。再び琥珀は炎の向こうへと追いやられてしまった。
『ガッ! グッ! ゲァッ!』
地面を削りながら一回、二回、三回とバウンド。やがて伏せた状態で地面に倒れ込んだ琥珀は、己の迂闊さを呪った。
『グ……よもや、このような失態を犯す、とは……!』
竜は、琥珀の動きを予測していた。主である冬夜に危害が及ぶとわかれば、そちらを優先するに違いないと竜は考えたのだろう。そうして琥珀は乗せられ、あのままいけば竜を仕留められたものを冬夜を守るために離れてしまった。己の危機も取り払える上、琥珀を空中で無防備にさせることができるという竜の作戦により、琥珀は全身に傷を負う結果となってしまった。
琥珀は自分が情けなく思う。まんまと蜥蜴の策略に引っかかってしまった。主の命が大事なのは確かだが、それを利用されるとは思ってもいなかった。それを予測することすらしていなかった己の失態だ。
『う……ぐ……』
四肢に力を入れ、立ち上がる。身体の至る箇所から血が流れ、目も片方に血が入り開かない。神獣の身体はこの程度で動けなくなる程に軟な作りにはなっていないが、それでも無視できないダメージだ。
『アアノガレラレナイ!(勝利確定)』
ズズン、と再び琥珀の前に降り立った竜。首元からは血が流れ出ているが、いまだ五体満足。対し、琥珀は満身創痍といった状態で、竜と相対するには明らかに不利だった。
『ち……調子に、乗るな……!』
勝ち誇った顔をしている竜を睨む琥珀。だが荒い息を吐く琥珀の声は、先ほどのような覇気は無く、このまま戦えば結果は歴然だ。
琥珀とて、そんなことは百も承知だ。だがここで逃げ出すつもりもない。
『……私は……まだ、やれる……!』
傷だらけの四肢で大地を踏みしめる。強い意志を宿した青い眼で竜を見据えた。
このまま戦えば、恐らく自分は無事ではすまない。どう足掻いたところで、確実に死ぬ……琥珀は覚悟を決めた。
『……主……申し訳ありません』
琥珀は瞳を閉じる。脳裏に蘇る、冬夜と出会ってからの日々。思えば神獣である自分が人間を主としているという、到底ありえない境遇に身を置いている。それでも、琥珀は後悔はしていない。自分より圧倒的に強い冬夜を主として仕えてきたことは、琥珀にとって至上の喜びだった。
だからこそ、冬夜のために命を懸ける。ただで死ぬつもりはない。こんな蜥蜴に易々とやられるつもりはないと、琥珀は唸る。
刺し違えてでも、奴を倒す。その決意をもって、琥珀は姿勢を低くした。
『……我は白帝……この命、ただでくれてやるつもりなどない』
竜もまた、琥珀へ向けて大口を空ける。口の中に熱が溜め込まれていき、やがて熱は炎へと変わる。
『対価として貴様の命……差し出してもらう!』
炎弾が来る。今の状態では避けられるかわからない。だが、元より琥珀は避けるつもりはなかった。
あえて炎に突っ込み、接近して再び首元に食らいつく……まさに自決に等しい行いだ。
琥珀が燃え尽きるのが先か、竜が死ぬのが先か。まさに死の競争である。
竜の口の炎が、今まさに吐き出されようとし、琥珀は四肢に力を入れた。
『来い……!』
そして、
「ンアッーーーーーーーーーーー!!」
甲高い声と共に、一つの影が炎の中から飛び出してきた。
『な……』
それを琥珀は視認する。困惑し、今まさに飛び掛かろうとしていた足から力が抜けてしまうも、琥珀は炎に焼かれることはなかった。何故ならば、
「横向くんだよ90°ォ!!(不意打ち)」
影こと野獣が大剣を大きく振るい、竜の横っ面に刃を叩きつけたことによって、炎はあらぬ方向へと飛んでいったためだった。
『デアイタイ!!』
野獣の全力が込められた一撃。それを防御することすらできずに思いきり顔で受けることとなった竜は目を回し、その巨体を横倒しにしてしまった。
「アツイ! アツイ! アツゥイ! アっ! アツイっス! アツイっス! アッツゥイ! アッツゥイ!」
地面に降り立った野獣は奇声を上げながら地面をのたうち回る。服が少し焦げているが、野獣本人には大きな火傷を負った様子は見られなかった。
『お、お前……何故、ウッ』
突然炎の壁から現れた野獣に琥珀は問いかけるも、野獣の体臭が苦手な琥珀は顔を顰めた。ようやく落ち着いた野獣は、そんな琥珀を気にする様子もなく、スッと立ち上がった。
「FOO! あっつ~……ポッチャマの水のおかげで何とか突破できたけど、ちょっとこの炎熱すぎんよ~」
そう言う野獣をよく見れば、確かに全身ずぶ濡れとなっていた。水を被って炎の熱さを凌いだということだろうか。だとしてもこの炎の中、それだけで突っ込んで来るなど自殺行為以外の何物でもない。
それに何より、琥珀は解せなかった。
『何故……何故来たんだ。私は、お前を毛嫌いしていた筈だ。なのに何故、そうまでして……』
ハッキリと本人の前で体臭が嫌いだと宣言した筈だ。そのためにつっけんどんな態度を取ってきた筈だ。そんな相手を、己の身を犠牲にしてまで、何故助けに来たのだ。
わからないと、困惑する琥珀。そんな琥珀に野獣は「は?(威圧)」と一言、そして続けた。
「あのさぁ……どんだけ臭い臭いって罵られたって、仲間助けない理由にならないって、はっきりわかんだね。そんなしょーもない理由で俺がお前を見捨てるわけねぇだろバカじゃねぇの?(寛容)」
『……っ!?』
サラリと言う野獣。琥珀は心底野獣のことを嫌っては喧嘩を売り、野獣も喧嘩を買っては互いに睨み合ってきたというのに、琥珀の前に立つ男はそんなことは関係ないとハッキリ言う。
『だ、だが……私は!』
「うるせぇ! 俺の臭いが嫌いなのはわかるけど、今だけは我慢してくれよな~頼むよ~!(共闘)」
そう言って、野獣は大剣を手に竜へと向き直る。竜はのそのそと起き上がろうとしているところだった。
『…………っ』
ギリと、琥珀は歯を食い縛り、心の中で罵った。だがそれは、臭いの原因である野獣に対してでも、敵である竜に対してでもない。
他ならない、己に対してだ。
確かに、野獣の臭いは我慢ならない時がある。それは琥珀だけでなく、ユミナの召喚獣のシルバーウルフといった鼻の利く生物のみにしか感じない臭いで、人間である冬夜たちは全く気にならないという臭い。そんな臭いを発する野獣が、琥珀は心底嫌いだった。今でも鼻が曲がりそうだ。
だが野獣は、毛嫌いしている筈の琥珀を助けるために炎の中を命がけで突っ込んで来てまで助けに来た。琥珀の態度に思うところはあるだろうに、仲間なのだからそんなことを気にすることはないと、ハッキリそう言った。仲間とは言えど、自分を毛嫌いしている相手を助けるということは、簡単なようでいてとても難しい。海のように広い心が無ければ到底不可能なことなのだ。
対し、自分はどうだ。命を救ってもらっておいて、臭いからという理由で拒絶をしようとしている己の鼻。琥珀とて野獣の性分は嫌いではないのに、その臭いが彼を受け入れようとしない。
それのなんと忌々しく、嘆かわしいことか。今だけはこの嗅覚が恨めしい。
だからこそ琥珀は決意し、
『……フン!!』
勢いよく、顔を地面に突っ込むようにして叩きつけた。
「ファッ!? お前何やってんだよ?(ドン引き)」
横で突然、何度も地面に顔をぶつける琥珀を見て、野獣は気が狂ったのかと思って驚愕した。やがて琥珀が数回顔をぶつけてから顔を上げると、琥珀の鼻から血が垂れ、雫となって落ちていく。
『グゥ……これで、私の鼻は機能しなくなった。お前の臭いも気にならない』
「……えぇ(困惑)」
そこまでしないとダメなのかよ俺の体臭、と野獣はちょっと悲しくなった。が、琥珀は虎の厳つい顔を野獣へ向け、口の端を吊り上げ、笑う。
『勘違いするな。助けてもらった相手を臭いという理由だけで遠ざけるなど、白帝たる私のプライドが許さないだけだ。なに、鼻が一時期使い物にならなくなったとて、大して支障はきたさん』
「いや、お前がいいなら別にいいんだけどさぁ……まま、ええわ」
荒業を使って野獣の臭い対策をとった琥珀に思うところはあるものの、野獣はそうまでして共に戦ってくれる琥珀に内心敬意を表した。
そして、改めて向き直る。目の前でのそりと、緩慢な動きで起き上がった竜。その眼を怒りで燃やし、野獣を、琥珀をねめつけた。
『イタインダヨォォォォォッ!!』
吠える竜。衝撃が一人と一匹の間を抜け、草を、周りの炎を揺らす。だが怯まない。寧ろ絶対に倒してみせるという強い戦意、そして湧き上がる高揚感の中、一人と一頭は並ぶ。
かつて一方的に毛嫌いし、歩み寄ることすら拒絶した神獣と、そんな相手をそれでも仲間だと言って見捨てず、共に協力するために剣を手に取った人間は、
『先程の礼だ! 覚悟しろ!!』
「いくぞーーーーーー!!」
同時に地面を蹴り、駆け出した。
前回、ローテーション方式で行くと言ったな?
あれは嘘だ(コマンドー)
思った以上に野獣サイドが長くなりました。なんだってお前は話の構成に根性がねぇんだ(自分を説教)
とゆーわけで、次回で野獣サイドは終幕。次回も見とけよ見とけよ~。
今後の活動についてではなくお気楽アンケート開催。アニメ異世界スマホのEDでスマホ太郎がヒロインたちに手を差し出すシーン、差し替えるとしたら誰がいい?
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スマホ太郎(アニメ主人公)
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望月冬夜(原作主人公)
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野獣先輩
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三浦
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木村