野獣は空を見上げた時、地平線の彼方に沈んでいく太陽を見て思い出した。
『いい? アンタの武器は特殊なの。今から指定する時間にかならず取りに来なさい?』
『時間は、昼と夜の間。そうねぇ、太陽が沈んで地平線が明るく、空は暗い……イーシェンで言う逢魔が時っていう時間帯ね。その時に来なさい』
『理由? それ言わなきゃダメ? ……まぁいいわ。この時間帯はね、陰と陽が互いに交じり合う時間、つまり二つのエネルギーが一番高まる時間帯なの。アンタの武器にはその二つの力が必要なわけ。わかった?』
『日付? そんなものアンタの勘で来なさい。言っておくけど、妥協はしないわよ? ある意味これは試練ね。アンタの目、勘、己の中の力を信じなさい』
『……本当にアンタの武器になるってんなら、アンタが私の言葉を思い出して、再びここに来た時にはもう完成しているわ。それは保証する』
時はやや遡る。太陽が傾き始め、もうすぐ夕方になる時間帯。茜色に染まるミスミドの王都ベルジュの、ひっそりとした裏通り。表通りを歩くだけでは見つからない、しかしそこは周囲にある建物と違う、木造に屋根瓦という造りとなっていて明らかに浮いている店構え。普段は人通りがなく、野良犬がのんびり歩くような静かな空間でしかないこの場所。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ!
「ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら!」
今この時間、その店こと鍛冶屋の奥にある工房からは、金属と金属を打ちつけまくるけたたましい音と合いの手の如く息継ぎのない声が途切れなく響いていた。
声の主は、店の主の女性神流。音の正体は、神流が手にしている金槌を金箸で掴んだ赤熱している金属目掛けて叩きつけている音だ。その振るう速度は凄まじく、残像が見える程。助手であるネズミの亜人の少女はふいごを使ってすぐそばの炉に空気を送り、汗を多量に流しながらも火を絶やさないようにしている。
ただひたすらに、ひたすらに打つ。打ち続ける。
やがて金槌を打ち終える。火箸で掴んだ灼熱だった細長く反りのある金属は温度が下がったために黒い……もとい、暗い色をしていた。
その金属にヤスリをかけて磨き上げてから、再び炉の中に突っ込む。ゴウゴウと音をたてる炉の中は、少女が送る空気もあって、凄まじい温度になっている。そのままの状態でいることしばし、やがて炉から金属を引き抜くと、金属は再び熱を帯びて赤く光る。その金属を、脇にある水の張った桶に躊躇なく突っ込む。水が蒸発する高い音と水蒸気が暗い工房の中に広がった。
「さて……ここからが本番、ね」
やがて神流は、金属……もとい、それは鍛え上げられたばかりの刃を水から引き上げる。水をしたたらせる暗い色に染まったその刃は、炉の炎に照らされ妖しく輝く。
神流は感じる。この刃から迸る、暗く、陰鬱で、それでいて強大な力を。
そして何を思ったか、神流はその刃を、
「ふっ!」
宙高く、天井近くにまで放り投げた。
回転して舞い上がる刃。その刃へ、神流は鋭い視線を向ける。そうして、神流は両手の指を立てて合わせた。
「――――――っ!」
指の形を変え、手の組み方を変え、陰陽道の“印”を素早く結ぶ。結び終えるやいなや、宙を舞って落下を始めようとしていた刃の周りに光の輪が生まれ、囲む。刃は重力に逆らい、その場に固定されたかのように浮かんだ。
「プライベート……スクウェアっ!」
そこで終わらず、神流は懐から取り出した四枚の模様が描かれた紙を取り出し、投げる。紙は意思を持ったかのように刃に張り付いたのを確認する間もなく、神流は右手の二本指を目の前に立て、叫ぶ。
「むそーふーいん!!」
その言葉が、トリガーとなる。
四枚の紙は激しく輝く。まるで爆発したかのようなその光の奔流に飲まれた少女は、眩しそうに腕で顔を覆った。
光が、収まる。輪も消えたことで、刃は再び重力に乗って落下を始め……神流は火箸で、それを難なくキャッチした。
「――――フフ。私、なかなかやるじゃない」
しばしじっと刃を見つめていた神流。先ほどまで感じていた暗黒の力は感じられない。が、その力は消えたわけではないことを、神流は知っている。己の得意気に笑う顔が映る暗い刃に、神流は成功を確信した。
仕上げに、刃を砥石で研ぎに入る。素早く、それでいて丁寧な手つきによって研がれていく刃。やがて中子に己の名を彫り、鍔と柄を付けていく。最後、漆塗りの鞘を手に取ると、神流の勘が囁いた。
「ん……来たみたいね」
小さく笑う神流。そうして、音もなく刀が鞘に収められた……それが合図かのように、店先がドタドタと騒がしくなる。
「神流ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と、そんな絶叫と共に工房の中に滑り込むように……というより実際滑り込んできたのは、神流に愛剣であるデュラハンの剣を預けた張本人である野獣。遅れて入ってきた木村は、工房のあまりの暑さに思わず「うっ」と呻いて顔を顰めた。
「……アンタねぇ、ノックもなしに入ってくるとか何考えてるわけ?」
「すんませへぇぇぇぇん! けど今はそれどころじゃないんスよ! 俺の武器、できてねぇ!? できてたら今すぐください! オナシャス!!」
ジロリと睨む神流だが、野獣の謝罪もそこそこの必死の懇願。滑り込んだ態勢のまま頭を地面に打ちつけて、半ば土下座のような姿で神流に乞う。
「……はぁ」
それをしばし見つめていた神流だったが、ため息を一つ。それからふっと小さく笑った。
「ま、いいわ。ちゃんと私の忠告通り来たみたいだし、よしとしますか」
「FOO! 流石神流姉貴! お前のことが好きだったんだよ!(突然の告白)」
「はいはい、どうも~……っと」
ガバリと起き上がって調子のいいことを言う野獣を神流はヒラヒラと手を振ってスルー。
「じゃ、早速……って言いたいところだけど、最後に大事な行程があるわ」
「ファッ!? 待ちきれないよ、早く出してくれ!(せっかち)」
「焦んないの! 大事って言ったでしょ」
「クゥ~ン……」
一刻を争う状況だが、作り手の神流がそう言う以上、野獣は何も口出しすることができなかった。
気を取り直した神流は、野獣の前に立つ。その厳かな雰囲気を前に、いまだそわそわしていた野獣は思わず背筋を正した。そして、野獣に向けて神流は鞘に収められた刀を突きつけるように差し出す。
「野獣……いえ、田所。あなたにこの刀を譲渡する前に聞かせてもらう。この刀は、私がこれまで作ってきた武器の中でも最高峰に位置する傑作とも言える刀……けれどそれ以上に、この刀を持つということは大いなる危険が伴うわ」
危険……その言葉を聞いた瞬間、野獣の後ろに立っていた木村がゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あなたが持っていたデュラハンの剣。その剣に内包されていた負の感情……生への執着、呪い、殺意、ありとあらゆる瘴気が、この刀に凝縮されている。そしてその闇はあなたの力になると同時、あなたを蝕むかもしれない。いくら耐性があったとしても、正気でいられなくなるかもしれない……結果、あなたは破滅するかもしれない。それでも尚、あなたはこの刀を持つ勇気がある? この刀の闇を、
言って、神流は刀をさらに野獣に突き出した。その目は、口は、冗談を言っている風には見えない。真剣で、そして真意を聞こうとしている。しかしそれ以上に、野獣自身を案じているようにも聞こえてくる。
それに対する返答……そんなもの、野獣の中で答えはとうに出ていた。
目を逸らすことなく、野獣は神流を見つめ返す。そしてその刀の柄を、覚悟を示すかのように力強く握った。
野獣は、受け取った刀を鞘から抜き放つ。露わになり、炎の赤い光に照らされた刀身を真っすぐ立てる。その瞬間、刀身から立ち上る黒い煙のような瘴気が野獣の身体を渦を巻くように包み込んでいった。
「先輩!?」
木村が思わず叫ぶ。その声は野獣に届かない。聞こえてくるのは、瘴気の中で野獣の耳元で囁くナニかの声。
『命を奪え』
『命を羨め』
『命を食らえ』
『全てを、切れ』
声に込められているのは、悪意、殺意、羨望……かつてのデュラハンが抱いていた邪悪な感情が、野獣を取り込まんと、その心につけ入ろうとする。
やがて、瘴気は野獣の心に辿り着く。そしてゆっくりと蝕む―――
「うるせぇ(主人公の風格)」
が、無駄。目に強い力が込められた野獣のその一言が刃となったかのように、瘴気が霧散していく。声も、小さな悲鳴を上げて消えていった。
ヒュン、風を切って野獣が刀を振るう。もう瘴気はない。そこにあるのは、黒い感情を野獣の超人をも超える圧倒的精神力によって抑え込まれた、神流の最高傑作。
「―――フフ、常人なら発狂、或いは自害してもおかしくないっていうのに、流石ね。なかなかやるじゃない」
それを見て、神流が不敵に笑った。まるで予期していたかのように、何も不安に感じることなどないと言わんばかりに。
「いいわ。なら、最後に教えてあげる。その刀は、暗く深い、静かな夜でこそ煌めき、そして相対した者を
ザンッ
時間は戻る。森の中、切り裂く音が木霊する。三浦は手を伸ばし、ユミナたちも動けない。彼らの目の前で、仲間のリオンが蛇の尾によって切り裂かれ、その命が奪われた―――――
「――――――ぇ」
そう、誰も彼もが思っていた。
だが現実は、違う。死を覚悟していたリオンすら、己の死は免れないと思っていたばかりに、目の前の光景に驚き、戸惑った。
切り飛ばされたのはリオンの首ではない。宙を舞い、地面に落下していったのは、他でもない蛇の尾の部分。サクリと空しく、地面に尾の先端が突き刺さった。
蛇の尾を切り裂いた人物は、先ほど姿を消した男。その右手に握られた物を振りかぶった状態で、リオンに背を向けて片膝を着いている。
その男を、皆が知っていた。
「野獣……!」
「野獣殿!」
「野獣さん!」
「ポチャァ!」
名を呼ばれた男、野獣はゆっくりと立ち上がる。真っすぐ、鋭い眼光を向けながら、野獣は手に持つその武器――――暗くなりつつある森の中、その暗闇よりもさらに深く、暗い夜を刃にしたかの如し刀を、深く腰を落として下段に持って構えた。
刃が光る。さながら夜空に浮かぶ月のように――――
「
光に呼応するように、野獣が新たな相棒となった刀の名を叫んだ。
「よかった、間に合った……!」
「木村殿……!」
リオンのすぐ傍に生成したゲートを通り、木村も合流。間一髪のところを間に合ったおとで安堵のため息をついた木村は、リオンの肩を担ぐ形で支えた。
「さ、こっちへ!」
「も、申し訳ない……」
負傷したリオンを、三浦たちの下へ避難させる。その間、野獣は身を翻し、蛇へと飛びかかる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
絶叫に近い雄たけびと共に振るわれる『夜』の刃。何度やっても無駄だと、嘲笑うように再生した尾を振るって迎撃を試みる蛇。この一撃をまともに受ければ真っ二つ、防いだとて吹き飛ぶか、武器が折れるかでしかない。
そう思われた……結果は、蛇の尾が再び切断されるという、逆の展開だった。
「ホラホラホラホラホラホラホラッ!!」
そこからは、一方的展開だった。着地するやいなや、バネのように蛇へと突っ込んでいった野獣は、そこから柔らかい身体を駆使した怒涛の連撃を繰り出す。刃が当たる度に金属質な音が鳴る。これまでならば、蛇の身体が多少傷つく程度で大したダメージにはならない……が、この攻撃は違う。
一撃くらうごとに、蛇の身体に大きな裂傷ができていく。それは傷ついていくという生半可なものではなく、着実に蛇の身体が削れていっている証だった。
これには流石の蛇も、たまったものではない。身を捩り、野獣から強引に距離を取っていく。そして再生した尾を横薙ぎに振るって、周りに落ちている木々の残骸を飛ばしてきた。その数、3本。
「ヌッ!(一刀両断)」
野獣は迫ってきた一本を唐竹割の要領で縦一閃、鋭い切れ味を活かして木を切り飛ばして防いだ。
「オルルァ!」
三浦もまた、飛んできた木を回し蹴りで蹴り飛ばす。木は闇の中へ重い音をたてて落ちていった。
残り一本。それはユミナへと真っすぐに落ちてくる。迫りくる木に、ユミナはどう避けるか思考する―――が、その隙は命取り。ただただ、命を奪わんと落ちてくる木を見つめるしかできないユミナ。
「ユミナさん!!」
そこへ割り込んできたのは、木村。ユミナを押しのけた木村は、腰の後ろから一本の短剣を引き抜いた。
その短剣は、野獣の『夜』よりかは薄い黒。長さは30センチ程の、所謂ダガーナイフと呼ばれる物。ただし、普通のダガーとは違うのは、柄部分に丸いハンドガード状のパーツが付いているという点だ。
そのダガーを、木村は掲げながら叫んだ。
「シールドッ!!」
瞬間、ハンドガードが光る。そして、
「うぐっ……!」
「木村さん!」
ガツン、という音をたて、衝撃に耐えきれず木村は吹っ飛んだ。ユミナが案じ、仰向けに倒れた木村に駆け寄った。
「木村さん、大丈夫ですか!?」
「う……だ、大丈夫です……」
打った頭を摩りながら起き上がる木村。五体満足であることを確認できたユミナは安堵のため息をついた。
「……ぶっつけ本番とはいえ、上手くいってよかった……」
言って、木村は手にしたダガー―――そのハンドガードが肥大化し、楕円形の黒い盾となったそれを、満足気に眺めた。
これこそ、馬車の中でユミナと共に作り上げた木村の武器。冬夜から譲り受けた竜の角を使った刃、そして同様の素材で作られたハンドガード。このハンドガードは、冬夜が刃にプログラムを施して短剣と長剣両方使えるようにしたのをヒントに、その大きさを変えて盾に変えることができる特殊なパーツ。それらを組み上げて作り上げた、攻守に切り替えることができる、木村のための武器。
流石の竜の素材を使ったことで、その頑丈さは折り紙付き。あの衝撃に耐えうるだけでなく、傷一つついていない。
「木村、ユミナ! 次が来るぞ!!」
「っ!!」
が、安堵するにはまだ早い。野獣を脅威と見た蛇が、再び尾を振るって木を飛ばしてくる。木村はもう、連続で魔法を使ったことで迎え撃つ魔法を唱えることはできない上、態勢的に防御することができない。彼らを守るため、野獣は再び切り飛ばそうと刀を構えた。
「プライベート……スクウェア!!」
そんな声と共に飛んできた四枚の札。それらが野獣の前で眩い光と共に爆発。木々は吹っ飛んだ。
「はいはーい。そんな一辺倒な攻撃でどうにかなると思ってるわけ?」
何が起こったかわからない一行の下に、そんな呆れた声が届く。
「え……な、なんで……!?」
札が飛んできたのは、木村たちの背後。そして今の声を聞いて、木村は思わず素っ頓狂な声を上げながら振り返った。
そこにいたのは、先ほど野獣に新たな武器を鍛え上げて授けた張本人、鍛冶屋の神流だった。手にはカードのように広げた四枚の札。
「なんでって、アンタの転移魔法を潜ってきたからに決まってるじゃない。製作者が鍛えた武器がどんな出来なのか確認するのは当たり前でしょ?」
「い、いつの間に……」
「あなたは……あの時の鍛冶屋の人?」
呆気らかんと言う神流に、何の気配も感じなかった木村は動揺し、ユミナはミスミドで出会った鍛冶屋の神流がここにいることに困惑していた。
「ま、そんなことどーでもいいじゃない。それよりも……田所!」
「ファッ!?」
蛇の攻撃を避けながら、名を呼ばれた野獣は高い声で応える。
「アンタねぇ、その武器で無様な立ち回りしたらただじゃおかないわよ! しっかりやんなさい!」
「うるせぇ! 言われなくてもちゃんとやるって、それ一番言われてるから!!」
言うが早く、野獣は刀を振るわれた蛇の尾へ叩きつける。刀は弾かれることなく、蛇の尾を容易く切り飛ばした。
「一応説明しておくわね。その邪剣『夜』は、その名の通り暗い闇の中でこそ切れ味を増すわ。後、負の感情とかは大好物だから、相手から殺意や怒りとか向けられた分、それだけアンタの身体が強化されるわよ」
「ファッ!? チートスギィ!」
「ただまぁ、明るい日中とかだとそういう能力は無くなって単なる切れ味鋭い刀ってだけの性能になるわよ。つまり、暗い夜の今が真骨頂ってところね……精々気張んなさい」
「簡単に言ってくれんねぇ! ……まま、ええわ。じゃあ俺が倒してやるか! しょうがねぇな~(逆転の軌跡)」
神流の説明を聞き、野獣は刀を構える。対する蛇は、何度も尾を切断されたことで戦略を変えたのか、その大きな身体を野獣にぶつけようと突進を始めた。
迫る蛇。野獣に叩きつけられる殺意。その殺意は『夜』の刃を通し、本来であればマイナスであるその力を反転させてプラスの力と変え、野獣の身体へ注ぎ筋力を活性化させる。
恐ろしいまでの力。この時点で、常人ならば発狂してしまいかねない程の力。まさに邪剣と呼ぶに相応しい禍々しい力だ。
そんな力を、常人から逸脱した精神力で抑え込み、寧ろ使役すらしてみせるのが、野獣という男なのである。
「ヌッ!!」
ガァン! 凄まじい音が刀から響く。以前ならそれで野獣は大きく吹き飛ばされていたところ……なのだが、地面を削る程度に留まり、野獣は蛇の突進を完全に防ぎ切り、食い止めた。
凄まじい筋力。己の判断を間違えた蛇は、その動きを止めざるを得なかった。無論、それを逃す野獣にあらず。
「ンアーーーーーーッ!!」
湧き上がる力、そして絶叫と共に刀を振るい、蛇を吹き飛ばす。頭が上へと持ち上げられて無防備となった蛇。
それが野獣にとって、絶好のチャンスとなった。
「最後の一発くれてやるよ……!」
野獣は刀の切っ先を左へ、そして深く腰を落とす。目は真っすぐ、蛇のある一部分―――胴体と頭部の境目。
「スゥーーーーーー……フゥーーーーーーー」
息を吸う。息を吐く。脳内がクリアとなる――――腰だめに構えた刃が、妖しく光る。
脳に蘇るは、己の師範である男の姿。彼は手にした刀を、今の野獣と同様の構えで持つ……いや、この場合、野獣が彼の動きをトレースしている、と言えた。
『葛城流――――』
一挙一動、頭の中での彼の動きを間違えることなく、野獣は刀を握り直し……そして、
『
野獣の姿が、掻き消えた。
同時、蛇の身体に走る黒い一閃。蛇の頭上には、振りぬかれた刀を持った野獣の姿。
全てが静寂。風が揺らす木々の枝の囁きも、戦いを見守っていた三浦たちの呼吸音も消え――――体感にして数秒、時間にして一瞬の後、蛇の頭がゆっくりとズレていき……地面へと、落下した。
切られた蛇ですら、己がどういう状況か把握できていないのだろう。すぐに再生することができず、ただ中の赤い核が明滅するだけ。まるで瞬きを繰り返し、現状を受け入れられない愚か者のようだった。
やがて残された胴体が地面に倒れ込んだことで現状に気付いた時、頭部から再生が始める。だが、動かす胴体がなく、地面に潜ることもできない今の状態は、恰好の的でしかない。
「岩よ来たれ、巨岩の粉砕!」
轟くは詠唱、光るは魔法陣。リーンが逃さないとばかりに掲げた手の先、蛇の頭上に集まる大小の岩が、やがて一つとなる。そして、
「ロッククラッシュ!」
真っすぐ、巨大な岩となって蛇の頭へ落下していった。
グシャン。そんな音と共に、蛇の頭が岩の下へ消えた。その際、ビクンと残された蛇の胴体が動いたかと思うと、ガタガタと震え出した。
見守る一行。その視線の先で、胴体は震えを止め……やがて全身に罅が入っていき、最後は叩きつけたガラス細工が如く、粉々に崩れていった。
この光景を、三浦たちは知っている。コオロギが息絶えた時と同様だった。それ即ち……。
「勝っ……た……!」
「終わった……で、ござるな……!」
木村と八重が、蛇が活動を停止したことを確信……自分たちが勝ったという、何よりの証であった。
「勝った……勝ったんですね、私たち!」
「はい……確実に倒しました……!」
実感を得るために、木村に問うユミナ。それに木村は、魔力消費による疲労に加え、それを上回る達成感を湛えた笑顔で応えた。
「ポッチャァァァァ」
「はぁ……今日はもう、スゲ~キツかったゾ~……」
「ホント……もう勘弁して欲しいでござる~……」
「まったく……とんでもない怪物だったわね……」
閣下モードから戻った三浦と八重が、地面に座り込んだ。ポッチャマもまた三浦の頭の上で力なく寝そべった。リーンは座り込みこそしなかったが、表情からも疲労感がにじみ出ていた。
「よかった……本当に……」
三浦によって応急手当をされた脇腹を抑えながら、リオンは木にもたれつつ笑う。その視線の先には、すっかり夜となって明かりが灯り出したレレスの村。リオンの想い人を含め、誰一人犠牲になることなく、脅威は消えた……そんな風に、誰よりも安堵を覚えていると、
「――――アーーーーーーーーーーーッ!!」
夜の森に木霊する、聞きなれた絶叫。必殺の一撃を決めた際に天高く舞い上がっていた声の主は、まるで夜空から落ちてきたかのように落下、その地点には粉々になった蛇の胴体の残骸。そこに「オォンッ!?」という声と同時に埋まって消えた。
「イタスギィ!! イタイ! イタイ! イタイィ! イタイっス! イタイっス! イタイーイタイー!(全身出血)」
「や、野獣殿ぉ!?」
「野獣さーん!?」
「おい木村ぁ、回復魔法使えるかゾ?」
「ちょ、ま、待ってください、まだ魔力そこまで回復してな、オゥエッ!?」
「ポチャァ!?(吐くなよ、吐くなよ!?)」
「や、野獣殿! あまり暴れてはいけません! 血が、血がすごいことになってます! 私以上にまずいことになってます!」
「……ブッ! クク、クククククク……! ホント、最後の最後でやらかすわねあの男……!」
粉々になった水晶はもはやガラス片と同じ。そんな中に突っ込んだもんだから、この戦いの最大の功労者である野獣は名誉(?)の負傷。その場にいた者はすったもんだの大騒ぎ。また別の修羅場に突入した。
「……はぁ。最後くらい華麗に決められないもんかしら」
その光景を、少し離れた位置で傍観していた神流は、呆れ交じりにため息をついた。
「ま、いいわ。ちゃんと『夜』も使いこなせていたようだし……ヨシとしますか」
言って、小さく笑う。そこには満足感以外にも、また別の―――優しく見守るかのような、慈愛を湛えた物も含まれていた。
それを見ていたのは、ギャーギャー騒ぐ彼らを見守るように空で輝く満天の星々だけだった。
次回、長きにわたる(体感時間)ミスミド編、完結。
今後の活動についてではなくお気楽アンケート開催。アニメ異世界スマホのEDでスマホ太郎がヒロインたちに手を差し出すシーン、差し替えるとしたら誰がいい?
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スマホ太郎(アニメ主人公)
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望月冬夜(原作主人公)
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野獣先輩
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三浦
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木村