翌朝、アマネスクの町から北へ続く道を歩く四人と一匹の姿があった。
「まったく、羽目を外しすぎぬようにと拙者が申したというのに、何をしているんでござるか」
「ポッチャ!」
「面目ないゾ……」
「ごめんなさい……」
「ヴォエ、まだ気持ち悪ぃ……木村ぁ、吐きたい……吐きたくない?」
「アンタだけです。吐くのはいいですけど僕らから離れたところで吐いてください」
プンスカと擬音がつきそうな怒りを見せる八重と、彼女の頭の上で仁王立ちするポッチャマが空手部3バカを叱りつけ、情けないやら恥ずかしいやらで三浦は顔を手で覆い、野獣は話を聞く余裕がない程に二日酔いに苦しんでいた。木村は八重に謝りつつそんな野獣をジト目で見やる。
あの後、三浦たちが帰って来ずに仕方なくポッチャマと共に同じ部屋で眠り、朝日を浴びながら目覚めた八重は、宿に三人が泊まっていないと主から聞いてサッと血の気が引いた。三人の身に何かあったのではないかと、慌てて宿から飛び出して探してみれば、演武を繰り広げた広場のベンチで憔悴した様子のまま寝ている三人を発見。何があったか聞いてみれば、飲み代で昨日稼いだ財産を宿代含めて使い果たしたという。何とも間抜けな話だと、八重は酒を飲んでいないのに頭が痛くなった。
結局、三人はこの世界に来てから食事にはありつけはしたものの、まともな寝床にはいまだ恵まれず……まぁ自業自得ではあるが。
そんな彼らだが、お人好しの八重は何だかんだ言いつつ、三人の分の食料やらを自分の路銀から出して町を出ることに。まだ少し余裕はあるものの、予想外の出費に再び無一文になる日も近いなと内心ため息一つ。
「けどホント助かったゾ八重ちゃん。買ってもらった食べ物とかのお金はまたいつかお返しするゾ」
「本当にすいません、何から何まで……」
「いえ、お気になさらず……まぁ、拙者ももっと強く注意していればよかったでござるからな」
八重に責任はない筈だが、それでも彼らをあの時止めていればよかったとも思わなくもない八重は、責任の一端は自分にもあると思っている。三浦と木村の謝罪を受け、八重は小さく笑いながら言った。
一方、野獣はというと。
「ヴォエッ! オゥエッ!」
胃の中の物をナイアガラリバースしていた。
「や、野獣殿~? 大丈夫でござるか~?」
「あれは放っておいてください。アホみたいに一番飲んでたんで」
「いや、けどあれは……」
「いつものことだゾ~」
「いつものことなのでござるか……?」
道から外れた草原の真っ只中で、口から昨日胃に入れた物をハイドロポンプしている野獣を気遣う八重だったが、毎度の光景であるために木村と三浦は我関せず。ただ八重だけが心配そうに、まだリバースし続けている野獣をチラチラ見てるしかできなかった。
「ぬわぁぁぁぁん疲れたもぉぉぉぉぉん」
「チカレタ……」
「ポッチャァ……」
町を出て半日、いまだ王都は見えず。歩き続けではさすがに辛いということで、道の途中の木陰で休息を取ることにした一行。野獣と三浦とポッチャマは揃って芝生の上に身体を投げ出し、大の字になって痛む足を休ませた。
「二人とも、はしたないですよ」
「まぁまぁ。ここまで休みなく歩き続けでござるから致し方ありませぬ。しばし皆で身体を休めるでござるよ」
「いや、けど大丈夫ですか八重さん? 僕らがこんなところで休んだせいで時間食っちゃったら……」
「構いませぬ。元より時間を気にするような旅ではござらん。それに拙者もちょうど一息入れようと思っていたところでござる」
呆れる木村に、八重が刀の鞘を腰から抜きながら笑いかける。そして八重もまた芝生に腰を下ろし、疲れた身体を癒すことに専念することにした。
「ほら、木村も立ってないでこっち来て」
「お前も休めよ休めよ~」
「ポチャ!」
「わ、わかりましたよ」
八重も休み、三浦と野獣とポッチャマに促されては木村も異論はない。大人しく自身も芝生に腰を下ろした。
「それにしても、結構歩いたよな~。この調子だったら明日にでも着くんじゃねぇか?」
青い空を見上げながら、野獣が楽観的に言う。三浦の隣に腰を下ろしている八重は、それを聞いて「え~と」と顎に指を添える。脳内で王都へ着くまでの距離を計算し、そして答えた。
「とりあえず、6日も歩けば到着するでござるよ」
「そっかぁ6日か~」
三浦が言って、風が吹く中しばしの沈黙。
「……ファッ!? 6日!? 6日間歩きっぱなしかよ!?」
ガバッと起き上がった野獣が思わず叫ぶ。そんな遠いとは聞いていなかった野獣の素っ頓狂な叫びに驚いた八重は、やや仰け反った。
「い、いえ、ずっと同じ道を歩きっぱなしというのはないでござる。途中にいくつか町もあるゆえ、そこで休みながら、それから食料もいくつか買いつつ王都へ向かうでござるよ」
「ま、マジか……また6日歩かなきゃならないのか……」
何の因果か、昨日アマネスクの町へ辿り着いた時もちょうど6日。明日には着くと勝手に思っていた野獣は、力無く芝生に倒れ込んだ。
「ちょっと野獣先輩、気落ちするには早すぎますって」
「そうだゾ野獣。それに自然豊かなこの道をのんびり歩くのだって十分楽しいゾ」
「あのなぁ……観光旅行じゃねぇんだぞ。そんな風に楽観的に考えられるのって三浦先輩ぐらいなもんだろ」
「ま、まぁまぁ……」
軽く言い争いになりかけたところ、八重が取りなす。隙あらば喧嘩ばかりしてるなぁこの人たち、と思いながら。
「さて、と……」
と、憤る野獣を尻目に、木村は魔法書を手に取り、広げる。そしてそこに綴られている幾つかの魔法に目を通していく。
「う~ん、やっぱり増えてない……何でだろう?」
最初の数ページに基礎的な属性魔法が載っているが、さらに捲っていっても何も書かれていない白紙のページばかり。しかしその中には野獣を投げ飛ばした『スロー』がポツンと載っていた。初めてこの魔法を見つけた時はあまり気にしていなかったが、改めて思うと気になってしまう。初めてこの本を広げた時に気付かなかっただけなのではとも思ったが、しかしこうも数ページ飛ばした先に一か所だけ綴られていて、しかもその魔法以外はそのページには何も書かれていない……なんて、奇妙な話だった。
「どしたぁ木村?」
野獣が横から本を覗き込む形で木村に声をかける。木村は野獣に顔を向けることなく、応えた。
「いえ、魔法の本なんですけど、どうもおかしいっていうか……基本的な魔法は増えてないんですけど、白紙だと思ってたページに魔法の呪文が書かれてて、何で気付かなかったのかなぁって思いまして……」
それを聞き、野獣は考える。と言っても深く考えているわけではなく、軽い気持ちで何となしに口を開いた。
「もしかしたらだけどさぁ、木村がこんな魔法を使いたいって強く思ったからじゃね?」
「……」
呆気らかんとした指摘。しかし木村は、野獣のその言葉に引っかかりを覚えた。
(……そう言えば、僕が『〇〇スロー』みたいなのがあればいいなってあの時思ったっけ)
魔法を探している時、タイミングよく魔法が見つかったことを考えると、あながち間違いではないのでは? と、そう木村は考えた……が、あまりに都合が良すぎるため、頭を振って木村はその考えを否定する。
「……まさかな」
木村も休息に専念するため、本を閉じた。
「あ、そう言えば町を出る前に購入したサンドイッチがあるでござるよ。皆で食べるでござる」
「お! いいゾ~これ!」
「ポッチャ!」
「いいねぇ!」
「ありがとうございます」
八重が風呂敷に包んでいたサンドイッチを取り出し、諸手を挙げて喜ぶ三人と一匹。色鮮やかな具材が挟まれたサンドイッチが合計8個、一人2個分ある。
「じゃ、いただきまーす」
「「「いただきまーす」」」
「ポチャ」
一斉に手を合わせ、サンドイッチを手に取って食べる。シャキシャキとした野菜や燻製肉がパンと合わさり、何とも美味なサンドイッチだった。
「あ~うめぇなぁ。天気のいい日に外で食べるサンドイッチは至高だって、はっきりわかんだね」
「おいしいか~ポッチャマ~?」
「ポッチャ!」
「本当においしいですね。どこのお店ですか?」
「昨晩、夕餉を共にした店でござる。あそこの料理はどれも美味でござったから、持ち帰りで購入したでござる」
「美味いゾ~八重ちゃん。ありがとな」
「いえいえ、お役に立てて何よりでござる」
これが異世界でなければ、ピクニックに来ていると思い込んでも仕方ない程の快晴の中で食べるサンドイッチはなんとも美味い物だった。それぞれが舌鼓を打つ中、しかしそれでも邪な考えを持つ者はいるもので。
「……っしゃあ! 木村のもーらい!!」
「あ!? ちょっと何するんですか野獣先輩!」
「こういうのは油断してる方が悪いんだぜ~?」
野獣が余所見をした木村の隙をつき、木村の残されていたサンドイッチを一つ掠め取った。憤慨する木村だったが、野獣はしてやったりと奪い取ったサンドイッチに齧りついた。
「うめ、うめ!」
「……こいつ、口ん中のサンドイッチ爆発すりゃいいのに……」
美味そうに食う野獣を見て、ボソリと怒気を孕みながら呟く木村。と、そこで木村は魔法書について思い出す。
(……僕が欲しいと思った魔法、か)
もし野獣の言う通りだとしたら……そう考えながら、木村は白紙のページを捲る。そして脳内で幾つかの言葉を思い浮かべた。
まず日本語で思い浮かべてみるが、本に反応はない。白紙のページのままだ。それならばと、以前『スロー』を見つけた際のことを思い出し、その魔法を意味する言葉を思い浮かべる。そしてその魔法が欲しいと、心から願った。
すると、その白紙のページが小さく輝く。光はやがて変化し、文字となり、そして気が付けば、ページには魔法の呪文が綴られていた。
「本当だったんだ……」
まずその魔法に連なるような、日本語以外の言葉を思い浮かべること。そしてそれを欲しいと強く念ずること。この二つがトリガーとなっていることを発見した木村は呆然と、そして湧き上がる高揚感に包まれる。
とりあえず、この魔法を早速試してみる。対象は勿論、この魔法を強く使いたいと願った切っ掛けとなった人物。
「……『インパクト』」
バァンッ!
「ンアッーーーーーー!?」
まるで車が追突したような鈍い炸裂音が響き渡り、甲高い声と共に野獣が仰け反った。
「や、野獣殿!? 如何したでござるか!?」
「野獣!?」
突然、何の前触れもなく大きな音と共に悲鳴を上げながら仰け反った野獣に、八重と三浦が驚く。当の野獣はというと、
「アー逝キソ逝キソッアッアッアッ」
ビクンビクンしながら失神していた。
「……ちょ、ちょっとやりすぎた、かな……?」
慌てふためいて野獣を介抱する三浦と八重を見て、冷や汗を流しながら呟く木村。唱えた魔法は『インパクト』と言って、説明書きには『強い衝撃と音を鳴らす』と書かれてあった。まさに『口の中のサンドイッチが爆発すればいいのに』と思った通りの魔法だ。そして軽く野獣のサンドイッチ目掛けて発動した結果、軽く大惨事。そりゃ唐突に巨大クラッカーを目の前で鳴らされたらほとんどの人はびっくりするし、野獣に至ってはサンドイッチが音を鳴らしたと思ったことだろう。防ぎようがない。
「……まいっか」
「ポッチャァ……(戦慄)」
元より野獣をこらしめるために唱えた魔法だ。木村は深く考えることはせず、本を閉じて爽やかに笑った。
それを見てポッチャマが軽く恐怖していたのは誰も気付かない。
旅を初めてからいくつかの町を経由し、ようやくあと少しといったところまで来た。ここに来るまで人通りは思ったよりも少なかったが、王都が近づいている証なのか、行き交う人々が多いように感じる。大きな問題もなく、一行は何事もなく順調に進んできた……というわけでもない。
それというのも、現在で6日目。未だ王都は僅かに遠い。その原因は様々。
例えば立ち寄った町で野獣がチンピラといざこざを起こし、それを返り討ちにしたら今度は集団で追われ逃げ回る野獣に巻き込まれる形で全員町を出て行くこととなって木村の折檻スローで思いっきり投げ飛ばされたり。
例えば三浦とポッチャマが道中の大道芸人の芸に夢中になって皆とはぐれてしまい、野獣がスマホの機能を使ってようやく見つけ出した時、三浦とポッチャマが十分楽しんだとばかりの笑顔を浮かべていて一人と一匹除く全員で青筋を浮かべたり。
例えば木村が魔法の練習として初期で使える魔法を撃っていたらうっかり強面のガラの悪い男の髪というかカツラを燃やしてしまって禿にしてしまい「髪なんて必要ねーんだよ!」とヤケクソになって怒り狂う男を全員で謝り倒して代わりのカツラを買って痛い出費をする羽目になって野獣に関節技極められたり。
例えば八重が再び路銀を落としてしまって全員で大捜索、明日の生きる糧を失くしてなるかとばかりに必死になって探し回った結果、警備兵に届けられていたことを知ってやっと見つけた頃にはすでに日が沈み、八重が半泣きになりながら謝り倒したり。
他にも再び路銀が尽きそうになって演武を繰り広げたり、町で飲み明かしたり、木村が二日酔いで吐いたり、娼館の呼び込みの誘惑に負けそうになった野獣を八重がいる手前木村と三浦がしばき倒して止めたり、三浦か或いはポッチャマがまた迷子になったり、八重が店で食べ過ぎた結果料金が足りずに「すいません許してください何でもしますから!」と店主に頼み込んで「ん? 今何でもするって言ったよね?」と返されて足りない分の皿洗いや掃除をやらされたりetc……。
そんなこんなで、気付けば王都到着予定日になっていた。
「……なぁ八重。もうそろそろ王都に着く頃……着く頃じゃない?」
「お、おかしいでござるね……王都ってこんな遠かったでござるか?」
「いやいや、あんだけ騒いでおいて予定通り到着するわけないでしょ……」
「ポッチャマ……」
「ポチャ……」
のどかな風景の道を歩く一行。しかし内心ではもう見飽きたとばかりに、前だけ向いて突き進む。急ぐ旅ではないにしても、そろそろ王都に着いてゆっくりしたいという気持ちが強くなってきた一行は、気持ち足早になっていた。
やがて一行の目の前には森が広がっており、道はその森の中へと続いている。
「あ、この森を抜ければもうすぐ王都でござる。もうひと踏ん張り、頑張るでござるよ」
「ん……おかのした」
八重の言うことが正しいならば、王都はもうすぐの筈。一行は気合を入れて歩き出す。森の道は薄暗いかと思っていたが、森の一部を切り払うことで作られたであろう道は木漏れ日によって照らされ、草原の中を歩く時とはまた違う気分が味わえた。
「へぇ、森の中を歩くのって何か新鮮だなぁ」
「こういうのを森林浴って言うんだゾ。ストレス解消にいいって聞いたことあるゾ~」
「ストレスかぁ……僕のも解消されないかな(主に先輩関連)」
森の空気は澄んでいて、先ほどまでの陰鬱な気持ちがマシになる。幾分か足取りが軽くなった一行は、しばらく歩き続けた。
「あ~、空気がうめぇなぁ」
スゥ~っと息を吸いこみつつ、耳を傾ける。草花の香りがする空気、小鳥の囀り、漂ってくる鉄臭い臭いと金属がぶつかり合う音が響く森の中は、何とも居心地が……。
「……ん? 鉄臭い?」
風に乗って森の香り以外の臭いを野獣の嗅覚が捉えた。鼻を鳴らしてもう一度嗅ぐ。
「……! おい、何か血の臭いすんぞ!?」
「僕も臭いました! しかもこの音……もしかして誰かが戦ってる!?」
臭いと音に正体に気付いた野獣と木村の顔色が変わる。この死角の多い森の中、そして血と争いの音。これらから導き出される状況は……。
「みんな、急ぐゾ!」
「承知したでござる!」
嫌な予感がした一行が駆ける。一分もしない道の途中、その予感は的中することとなる。
道の真ん中に停められた豪華な装飾が施された馬車、そして馬車を護るように展開する武装した兵士たちが、各々剣を手に目の前の異形を相手取っている。異形の姿は言うなれば、革鎧を纏った二足歩行の蜥蜴男であり、曲刀と盾、または槍で武装している。それが数十匹、兵士たちへ襲い掛かっていた。
苦悶の表情を浮かべながら戦う兵士と、彼らの足元に転がる兵士。倒れている方の兵士は血の海に沈んでおり、出血量から見てもはや生きてはいないだろう。
どちらを攻撃すべきか、考えるまでもない。蜥蜴男改めリザードマンを視認した三浦は、すぐさま兵士たちを守るために動く。
「ポッチャマ、みずでっぽうだゾ!」
「ポッッッチャァァァァァ!!(最大出力)」
頭の上のポッチャマが、嘴からみずでっぽうを放つ。その威力は、以前八重を助ける時に男へ向けて放った物とは比べ物にならない程の強さを持ち、破裂したような音をたてながら兵士へ剣を振り下ろそうとしていたリザードマンへ命中、大きく吹き飛ばされた。
「よし、じゃあぶち込んでやるぜ!(先手必勝)」
ポッチャマに続くように、三浦がもう一体のリザードマンへ殴りかかる。助走をつけたその拳の威力たるや凄まじく、リザードマンの横っ面に叩き込まれた拳の衝撃によって牙が数本、血と共に舞い散り、リザードマンは地に伏せた。
「頭いきますよ!(予告)」
後に続き、野獣がリザードマンの懐に潜り込んでの蹴り上げを放つ。天へ向けて放たれた蹴りを顎に喰らったリザードマンはたたらを踏み、曲刀が手を離れ、宙を舞う。すかさず野獣は飛び上がって剣をキャッチ、重力を乗せた一刀を丸腰になったリザードマンへお見舞いし、頭をカチ割った。
「火よ来たれ、赤き玉、ファイアショット!!」
野獣と三浦から離れた場所では、木村が本を広げながら魔法を詠唱する。翳した手の先から火の玉が高速で飛んでいき、リザードマンの一体に命中。火だるまとなったリザードマンは断末魔の悲鳴を上げる間もなく絶命した。
元々の戦闘力と底上げされた能力によって、人外相手に立ち向かえる力を持つ空手部。しかし例え化け物といえど、三人は命を奪っている。だがそのことに躊躇してしまえば、それ以上に兵士たちの命が危ない。彼らが何故襲われていたのかは知らないが、何にせよ、目の前で人に仇なす存在を放置するわけにはいかない。
故に躊躇ない。三人は『一つ、その力をもって手が届く人を助けるべし』という迫真空手の教えの下、力を振るった。
「せやぁぁぁっ!」
八重もまた負けじと空手部に続く。刀を抜き放ち、リザードマンの鎧の隙間を縫うように刃を走らせ、一体、二体と次々切り裂いていく。それに対応できないでいるリザードマンなど、もはやただの的。八重の鋭い太刀筋を前に成す術もない。
だが、運は八重に味方しなかった。
「へっ? うわわわっ!?」
一体切り捨て、次へ走ろうとした八重の前に転がっていた小石。八重の爪先はその小石にぶつかり、咄嗟のことで勢いを殺すことができなかった八重は、手を回して抵抗するも空しく、地面に倒れ込んでしまった。
当然、敵はそれを狙わない手はない。
「ったたた……え?」
急いで立ち上がろうとした八重の上を覆う影。それに気付いて見上げた時、八重の視界には剣を振り上げているリザードマンの姿があった。
「あ……」
回避するか、刀で防ぐか、八重の脳内が二択を迫る。だがそのせいで、八重の身体が反応することができず、一瞬硬直してしまい、隙を作ってしまう。リザードマンはそんな八重を嘲笑うように、その命を絶つべく剣を振り下ろした。
「ハァッ!!」
そこを割り込む、もう一つの影。横から飛び込んで来たのは、腰を深く落としつつ拳を突き出す三浦の姿。弾丸が如し拳をリザードマンの剣の側面に叩き込み、八重の血を吸おうとした刃を粉々に砕いた。
「岩よ来たれ、隆起せしは岩の鋭槍、アーススピアー!」
さらに木村が武器を失ったリザードマンへ向けて土魔法を詠唱、突然地面から生えた先端鋭い岩の槍がリザードマンを刺し貫いた。
「八重、大丈夫か?」
「か、かたじけない!」
八重を気遣う三浦の顔は、戦う時に見せる閣下モードだ。一瞬呆けていた八重だったが、三浦にそう返して立ち上がり、刀を構え直す。
「ホラホラホラホラホラ!」
野獣がリザードマンが集団でかたまっているところへ突撃し、リザードマンから奪った剣を振り回していく。縦横無尽に振るわれる刃を前に次々切り飛ばされるリザードマンたちを尻目に、次へ走る野獣。その戦いに加勢すべく、三浦と八重、木村が走る。
野獣がリザードマンを切り、三浦が蹴り、ポッチャマが怯ませ、八重が刺し、木村が魔法で吹き飛ばす。四人の猛攻を前に、リザードマンたちは手も足も出ない。
だが、四人の中には焦燥感が芽生えていた。
「多スギィ! 一体何匹いんだよ!?」
そう。野獣の叫びの通り、敵が多すぎるのだ。一匹倒せばさらに二匹、二匹倒せば今度は三匹と、次から次へとキリが無い。
「こうも多いのは異常でござる! このままでは押し切られてしまう!」
八重が迫るリザードマンを十字の形に切り裂き、その後ろでは三浦が飛び上がっての開脚蹴りを見舞い二匹同時に蹴り飛ばす。
「連中の巣が近くにあるか……或いは何か原因がある筈だ」
八重と三浦が背中合わせとなって体勢を立て直しつつその理由を探る。リザードマンの巣があるならば、そこを拠点にして連中が襲撃をかけているのだろうと思うが、どうも違う気がしてならない。まるでどこからともなく次々と発生しているかのような、そんな頻度で現れてきている。
一体何が……一行がそう考えていた時だった。
「闇よ来たれ、我が求むは蜥蜴の戦士、リザードマン」
一行の耳に、聞き慣れない男の声が届く。そちらへ振り向けば、木の影に隠れるように黒いローブを纏った男が立っており、彼の足元の影が伸びたかと思うと、その暗闇から這い出て来るようにリザードマンが現れていた。
「奴です! 奴が化け物を生み出しているんだ!」
「あれは召喚魔法でござる! あの男を仕留めない限り、この戦いは終わらないでござる!」
木村が叫び、八重が男の使用している魔法を言い当てる。つまり、リザードマンの親玉的存在であるあの男を倒せばこの戦いは終わる。
「けど、あそこまで行くのにあいつらが邪魔していて無理ですよ!?」
リザードマンが男の盾になるように密集し、行く手を塞ぐ。このままでは木村の魔法でも男に届かない。
「何とか隙を作れば倒しようがあるのでござるが……」
刀を構えつつ、どうすることもできない現状に歯噛みする八重。何かいい方法はないのかと一行が考えていた時、野獣が木村に向けて叫ぶ。
「木村ぁ! あの魔法使えあの魔法!」
「え、あの魔法?」
「あれだよあれ! ちょっと前に俺に使った奴!」
ちょっと前……最初に思いついたのがスローだったが、野獣をあの男目掛けて投げ飛ばせばいいのかと考えるも、それでは野獣をリザードマンの群れに飛び込ませることと同意だ。そんな危険な賭けに乗るわけには……。
「……あ、そうか!」
と、その次に思い出した魔法の効果に、木村が納得がいった。あれを使えば、リザードマンだけでなく男も怯ませることができるはず。
木村が、宙へ向けて手を翳す。そして大声で叫んだ。
「二人とも、耳塞げ!!」
「インパクト!!」
バァン!!
「うあぁぁっ!?」
何もない筈の空間から爆ぜるように鳴り響く炸裂音。木村の本気が込められた無属性魔法『インパクト』により、野獣に仕掛けた悪戯の時よりも遥かにでかい音と衝撃波が男とリザードマンを襲う。咄嗟に叫んだ野獣によって八重と三浦は姿勢を低くしつつ耳を塞いで鼓膜にダメージを受けずに済んだが、未だ耳鳴りがする男は耳を抑えて蹲り、リザードマンたちも音と衝撃波によって錯乱している様子だった。
「今です!」
木村の号令を合図に、一行が走る。
「行きますよ~行く行く!」
「行くぞ、ポッチャマ!」
「ポッチャァァァ!!」
トップバッターは野獣。音のダメージから立ち直れていないリザードマンたちへ向かって剣を手に突進、大きく薙ぎ払って数匹切り倒す。さらに三浦が続き、三浦の格闘とポッチャマの水弾との連携攻撃により、リザードマンが次々紙のように吹き飛んでいく。そうすることで壁に穴が開くようにして、男への活路が開いた。
そこを八重が、黒く長い髪と着物を翻しながら駆け抜ける。薄紅色の風となった八重を止める者は誰もいない。耳鳴りが収まり、男が慌てて召喚魔法を詠唱しようとする。が、
「ご覚悟をっ!」
もう遅い。
神速とも呼べる速さで八重の刀が横一文字に振るわれる。男の首に走る銀の一閃。男の視界がズルリと横へと動いたかと思うと、天地が逆さまとなる。男は自分が首を切り落とされたことに気付く前に、意識を永遠の闇に閉ざしていった。
「終わり、ましたね……」
闇の中へ溶けるようにして、残されていたリザードマンが次々と消えていく。主が死んだことで、元の場所へ戻るのだろう。それを目にして、木村がこの戦いが終わったことを実感してボソリと呟く。
「皆無事かゾ?」
「みんなキツかったっスね今日は~……俺は平気です」
「拙者も同じく……」
「僕も平気です」
肩で息をする一行。八重はともかくとして、空手部にとっては初の本格的な戦闘。町のチンピラたちを相手取った時とは訳が違う、本格的な戦い。まだ興奮冷めやらぬ空手部は、必死に呼吸を整えていった。
「すまない、本当に助かった……」
ようやく落ち着いた頃、彼らに声をかけるのは、助け出した兵士たちの中の一人。腕を負傷しているが、少なくとも重傷という程ではないように見える。
「気にしなくていいゾ……けれど、すまんゾ。もっと早く駆け付けていればお仲間を死なせずに済んだのに」
言って、三浦はもはや屍と化している兵士たちを目にしながら悲し気に言う。
「いや、あんたらのせいじゃない。気付くのが遅れたこちらの落ち度だ……クソ!」
悔し気に拳を握る兵士。その姿を、一行はなんとも言えない面持ちで見つめていた。
「誰か! 誰かおらぬかぁ!」
だがそんな空気を切り裂くようにして、幼い少女らしき声が響く。声の場所は、兵士たちが護っていた馬車からだった。声を聞き、すぐさま駆け寄る一行。そこで目にしたものは、
「これは……」
胸から大量の血を流している礼服を着た白髪の老人の姿に、八重が呟き、空手部の三人は息を呑んだ。その傍らに座り込んでいる先ほどの声の主である大きな帽子に桃色の服を着た10歳ほどの少女が泣き叫ぶ。
「爺が……爺が! 胸に矢が刺さって……! 誰か、誰か助けてやってくれ!!」
「う……ゴフッ」
老人が吐血し、苦し気に呻く。見れば馬車には数本、矢が刺さっている。そのうちの一本が老人に命中してしまったのだろう。明らかな致命傷だ。このままでは老人の命が危うい。
「おい木村ぁ! 回復魔法はあるかゾ!?」
「あ、あります! これを使えば……!」
三浦に促され、木村が手を翳そうとした……が、それに待ったをかけたのは傷を診ていた八重だった。
「ダメでござる! 回復魔法を使っては!」
「ファッ!? お前こんな時に何言って」
「胸に鏃が残ったままでござる!! このまま傷を塞いでも、体内に異物が残ってしまう!!」
野獣を遮った八重が言うように、よく見れば老人の胸からは僅かに折れた矢らしきものが生えているように刺さっている。鏃が埋まっていることを考えると、確かにこのまま回復して傷を塞いだとしても、内臓に矢が突き刺さったままでは意味がない。
「じゃあどうすりゃいいんだよ!? このまま黙って見てるしかないってのか!」
「……悔しいでござるが、この場に医療の知識を持つ者がいない限りどうすることもできないでござる……ここから町まで戻るにしても、この出血では……」
「そんな……!」
野獣の切羽詰まった叫びに、八重は唇を噛みしめながら事実を告げる。そんな残酷な事実を前にして、少女の顔が絶望に染まる。
「う……お嬢、様」
そんな彼女の手を、老人が力無い手で握った。
「爺……!」
「お別れで、ございます……お嬢様とすごした日々は……何よりも大切な、私めの……う、ゴホッ!」
「爺! もういいからっ……!!」
最後の別れをしようとしている老人の手を力強く握りしめ、頭を振る少女。認めたくない現実が徐々に、徐々に押し寄せようとしている。この場にいる誰もが、その残酷な運命を前にして何もすることができず、ただ見ているしかできない。その中で助ける力があるのに使えないというもどかしさに木村もまた涙する。
「クッソ、どうすりゃいいんだ……!」
その中で野獣は頭を捻る。回復魔法を使えば助かる命だが、それを阻害する異物によって魔法が使えない。ならばその異物である鏃を取り除くしか助かる道はない。だが、それをするには道具も何も無い。せめて紐のような何かがあれば……いや、鏃の形状は大体が反り返っている形をしているから、それをすれば老人の内臓をさらに傷つけてしまう。せめて傷を広げないように鏃を一瞬で引き抜ける、もとい引き寄せるような魔法があれば……。
(……ん? 引き寄せる?)
ふと、野獣は思い出す。木村の魔法の種類が増えるトリガーは、連想する言葉とそれが欲しいという念。今の木村は自分がどうにかしたいという思いに駆られている筈。もし野獣が考えているような魔法が存在しているならば……。
野獣は急ぎスマホを取り出し起動させる。そしてタップし、インターネットの検索エンジンを開いた。素早く文字を打ち込み、求めている物を探す。
そして……見つけ出した。『引き寄せる』の意味を持つ言葉。
「木村! アポートだ! アポートって魔法が欲しいと強く念じろ!」
「え!? ア、アポート?」
木村が疑問符を浮かべている間にも、状況は動く。
「お……嬢、さ……」
「爺!? 爺ぃっ!! 嫌じゃ、嫌じゃぁ! 爺ぃっ!! うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
老人の手から力が抜ける。受け入れたくない、信じたくないと、少女が老人に縋りつき、泣き喚いた。
「早くしろ! 急がねえと爺さん本当に死んじまうぞ!!」
「木村早くしろぉ! 野獣を信じるんだゾ!」
「っ!」
風前の灯の老人、泣いて縋る少女を目の当りにし、そして野獣と三浦に促され、木村は考えよりも先に本を開く。そして野獣の言う通りに、『アポート』という言葉を思い浮かべ、その魔法を心の内で強く欲する。すると白紙のページに光が走り、その魔法の名と効果が綴られる。
アポート……使用者の手元に遠くにある小物を頭の中でイメージし、手元に転移させる魔法。それを見た瞬間、木村は野獣の意図を察する。
「あ……これかっ!」
そして木村は、馬車に突き刺さっていた矢を引き抜いて、鏃の形をイメージしつつ呟く。
「アポート」
瞬間、木村の手に魔法陣が現れ……一瞬光ったかと思うと、血に塗れた鏃が木村の手の上に現れた。同時、老人の胸に刺さっていた鏃の一部分が消えているのがわかる。
「これで……! 光よ来たれ、安らかなる癒し、キュアヒール!」
続けざま、光属性の回復魔法を唱える。老人の傷の上に翳した手の先に淡く優しい光が灯り、老人の傷を覆っていく。そして光が消えた後に残されたのは、血の跡と矢によって空けられた穴が残る服のみ。その穴から覗き見えるのは、傷のない老人の肌。
一秒、二秒……永遠とも呼べる程に長く感じる時間、その場いる誰もが同じことを願う。どうか間に合っていて欲しい……ただそれだけのことを。
その願いは……天に届いていた。
やがて老人の呻き声が聞こえる。そしてゆっくりと、老人の目が開いた。それを見て、いまだ涙で濡れる少女の目が見開かれる。
「じ……爺?」
「い、痛みが、引いて……これはどうしたことか、治って……ますな、傷がない……」
ゆっくりと上体を起こし、信じられないとばかりに矢が刺さっていた箇所を擦る。何が起こったのかわからない、しかし少女にとってそんなことはどうでもよかった。
「爺ぃ! 爺ぃっ!! よかった、生きててくれて本当よかったのじゃ!!」
大事な人間が生きている……老人に抱きついて喜ぶ少女にとっては、それが全てだった。
「や……やったぁ……」
ヘナヘナと、木村が座り込む。魔法を連続で行使したことによる疲労、アポートによる鏃の摘出が成功して回復が間に合ったおかげで老人が無事で済んだ安堵から、身体から力が抜けて行くのを実感した。
「FOO! でかしたな木村ぁ!」
「すごいゾ木村~! 先輩として鼻が高いゾ~!」
「お見事でござる木村殿!」
「ポッチャー!」
口々に木村を称賛する一行、そしてバシバシ木村の背中を叩く野獣と三浦。その顔には安堵と、後輩が活躍したことによる喜色によって満ち溢れていた。
「ア、アハハ……野獣先輩のおかげですよ。あのタイミングで教えてくれたから助けられたんです」
「言ってくれるね~このこの~!」
「木村は本物の大魔法使いだゾ~!」
バシバシ。
「アハハ、やめてくださいよ本当に」
バシバシバシバシ。
「アハ、ハ、あの、ちょっと痛いんですけど」
バシバシバシバシバシバシ。
「ちょ、ほんと、やめ」
バシバシバシバシバシバシバシバシ。
「…………」
バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシ。
「…………スロー!!」
「あっ」
「ンアッーーーーーーー!!」
「野獣殿、三浦殿ぉぉぉぉぉぉ!?」
調子に乗って叩きすぎて後輩の怒りを買った先輩二人は、木の上目掛けて思い切り投げ飛ばされた。
少女と老人が互いに無事を喜び合う中、森には野獣の甲高い声と八重の悲鳴が響き渡るのであった。
魔法の取得条件考えれば考える程ややこしくなったりならなかったりで悩みスギィ! やめたくなりますよ~設定~(疲弊)
魔法とかはイセスマの設定を踏襲しつつオリジナル交えております。原作で既出してるかどうかは確認してるつもりですがもしかしたら見逃してる魔法あるかもしれませんとゆーか読み込みの浅さがばれるやばいやばい(自白)
野獣先輩が空手ではなくて剣で戦った理由はまぁ、そのうち(疑問点を先送りにする作者の屑)
ところで余談ですが、異世界スマホのED『純情エモーショナル』は各ヒロインが歌うわけで。そこに『純情エモーショナルver野獣先輩』入れてみてはどうかと思いますが、お前どう?(吐き気を催す邪悪)
今後の活動についてではなくお気楽アンケート開催。アニメ異世界スマホのEDでスマホ太郎がヒロインたちに手を差し出すシーン、差し替えるとしたら誰がいい?
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スマホ太郎(アニメ主人公)
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望月冬夜(原作主人公)
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野獣先輩
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三浦
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木村