アズレンSSは正真正銘初めてだから多少のガバは許してクレメンス〜

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初めてのアズレンSSやで。


ベルファストさんのお話。

 エディンバラ級軽巡洋艦の2番艦、ベルファストと聞いてあなたはどんな姿を想像するだろうか。

 ロイヤル陣営の誇るメイド隊を束ねるメイド長として日々多忙な職務をこなしつつ、必要とあらば戦場でその高い技量を発揮する、日の打ち所のないKAN-SENである。

 そんな彼女だが、己が愛した指揮官には愛らしくお茶目な一面を見せると専らの噂だ。事実、とある母港のベルファストも指揮官と深い絆で結ばれ、将来を誓い合うまでに至ったとか。彼女と指揮官の挙式にはありとあらゆるKAN-SENが訪れ、(一部指揮官ガチ勢の血涙もあったものの)盛大に祝われたという。

 

「愛している。これからずっと、私を支えていってくれるかい。ベル。」

「…はい。これよりこの身は、あなた様の為に——」

 

 数多のKAN-SENの中からベルファストを選んだ彼には、ロイヤル陣営から熱い(厳しい)お祝いの言葉が送られた。

 

「私のベルを奪うだなんて許せな…むぐ。」

「指揮官、すまない。陛下も祝いたい気持ちはあるんだ。ほら、その証拠に耳が…」

「Hey!指揮官!みんなでお祝い、持ってきたよ!…え?数が多い?Hmm…でもタオルとか多くても困んないよね!」

「おめでと…う…ベルぅ…お姉ちゃん嬉しくて…涙が…ふええ…」

「え、えっと、指揮官!ベルファストさん!ここに来られてないKAN-SEN達と合わせて、どうぞ!皆で選んだ食器です!新婚生活で使っていただければ、と!」

 

 矢継ぎ早に繰り出される言の葉に、二人は目を白黒させ、顔を見合わせて笑った。

 

「こんなに祝ってもらえるなんてな…指揮官冥利に尽きるってもんだ。なあベル?」

「はい…感謝の極みです。陛下、みんな…ありがとう、ございます…」

「わあ、ベル!?」

「「「指揮官がベル(ベルファストさん)を泣かした!!!」」」

「い、いや違うって…ベ、ベルからも何か言ってやってくれ…」

「うっぐ…ふええ…」

「「「「「「じーーーーーーー…」」」」」」

「だから違うって…つーか他の奴らもいるだろ!明らかに人数が増えてるぞ!」

 

 結局、その日は深夜までお祭り騒ぎだったとか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…ん、おはよう。ベル。」

「おはようございます。ご主人さ…いえ、”あなた”。」

「ん。…じゃ、まずは軽く書類仕事でもこなそうかな。」

「承知致しました。」

「じゃ、まずは遠征計画の…」

「それはこちらに。」

「じゃ、じゃあ駆逐艦達の学園での…」

「こちらです。」

「私の仕事は…」

 

 毎朝繰り返される、同じで、それでいて幸せな会話。

 

「まだまだ残っていますよ。ほら。」

「あー…本当だ。仕方ない。とりあえず優先順位で分けて…って、それじゃベルの方が多いじゃないか!」

「いえ、あなたにはもっと大事な仕事が残っていますよ。」

「ん?」

 

 書類に向ける顔を上げると、指揮官の唇に柔らかく、暖かい感覚。キスされた、と気づいたときには顔が熱くなる。同じように顔を赤らめたベルファストは、少しだけ名残惜しそうにしながらも片目を閉じる。透き通った白髪に、差し込む朝日。まるでロイヤルの伝承にある妖精のような微笑みで、彼女はくるりと一回転。ふわりと舞ったスカートから覗く太ももに視線を奪われた指揮官の目の前で、彼女は言った。

 

「私たちの帰る場所で、あなたが待っている。それだけで、私たちは無敵なのですから。…ですから指揮官。どうか、いなくならないでくださいな。」

 

 今まで見たことのない物憂げな表情。執務を忘れ、指揮官は椅子から立ち上がった。

 

「当たり前だ。お前を一人になんかしない。絶対に。約束しよう。」

「…はい。約束です。」

「そのためにも、奴らを倒そう。今はまだぎこちなくても、みんなが居れば大丈夫だ。負けるはずがない。いや、勝つ。」

「ええ。このベルファスト、微力ながらお手伝いさせていただきます。」

 

 なんてことはない、ある朝の光景。指揮官とKAN-SENの、何気ない会話。しかしそれは、互いにとっての自分への確認行為。

 いつ終わるとも知れない戦場でも、この人のためならばどんなことでもしよう。不可能を可能に、絶望すら希望に変えてみせよう。

 その程度出来ずして、なにがメイド長/指揮官か——

 ベルファスト/指揮官は、固く誓った。

 

 その時、母港に警報が鳴り響いた。賑やかだった母港に、緊張が走る。

 いつしか抱き合っていた二人も例外ではない。

 

「…こんな時に、か。仕方ない。旗艦をベルファストとした第一艦隊を緊急編成。面子は分かっているな。恐らくみんな、指示を待っているはずだ。」

「ええ。お任せください。このベルファスト、全霊で敵を打ち倒して参ります。」

「任せたぞ。」

 

 は、とカーテシーもそこそこに、ベルファストは飛び出して行く。その背中が見えなくなっても、指揮官は扉を眺め続けていた。

 だが、ここで彼女を疑うのは、心配するのは、彼女への信頼を裏切ることになる。

 

 負けない(・・・・)ではなく、勝つ(・・)。ほんのささやかな違いが、彼の不安感を消し去ってくれる。

 

『第一艦隊、出撃だ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜、ですか?聞いたことはありますね。重桜の方々が時々口にしていらっしゃいます…花、でしょうか。」

「ああ。いつかみんなで、桜を見よう。私の住んでいた国では春に咲くんだ。満開の桜はそれはそれは綺麗でなぁ…」

「それはありがたいのですが…急ですね。」

「あ、やっぱりか?いやぁ…ほら、この母港には桜がないけど、私たちが結婚したのは春だろう?だから記念日に花見をする、なんてどうかなと。」

「そうですね。名案だと思います。…あなた?これは…」

「私の実家だよ。桜が綺麗に見える、高台の上にあるんだ。両親がどうしているかは分からないが…いつか帰る日がくると信じている。」

「来ます。大丈夫です。あなたと、私と、みんななら…きっと。」

「そうだな。これからも、よろしくな。ベル。」

「ええ。よろしくお願い致します。ご主人様。」

 

 ベルファストと指揮官の結婚の後も、セイレーンとの戦いは終わらない。それどころか、より苛烈さを増す。

 これまで安全だと思われていた海域に、彼らが出現するほどには。

 

 

 

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「…はあっ…はあっ…」

 

 ロイヤルのメイド隊、その一員が平静さを失うとは何事か、と嗜める者はいなかった。

 いつも母港の雰囲気を緩み切る直前で仕切り直していた鉄血のKAN-SEN達は、母港に居ない。ほんの数時間前、母港を出て行ったきりだ。

 

「まさ…んなところ…」

「仕方な…誰も予想…いわ。」

「しきか…のミス…い。これ…んぶ…のせい…」

 

 母港では、普段の明るさが嘘のように暗い雰囲気が漂っていた。それは昨日どころか数時間前まで存在しなかった空気で、誰もが皆、暗い表情を浮かべている。

 それは、指揮官に対して気さくに話しかけてくるクリープランドでさえも。静かにマントを口元に引き上げながら、彼女はベンチで項垂れていた。

 それは、未だに指揮官の正妻の座を狙う赤城でさえも。いつもの底の知れない笑みを消し、彼女はただ無表情に空を見上げる。

 数ある陣営のKAN-SEN達が談笑する宿舎は静まり返り、食堂の灯りは消えている。いつも囀っていた謎の生物(ナマモノ)、饅頭はその姿を消した。オフニャは専用の宿舎から出てこないまま。様々な陣営の少女たちは今、ただ静かに怒りを燃やす。

 

 一際異彩を放っているのは、ロイヤルだろう。

 クイーン・エリザベスもウォースパイトも、どのKAN-SENも瞠目した後、静かに一箇所に集まっているのだ。

 

「はあっ…はあっ…」

 

 彼女はただ一人、母港のドックまで走る。

 つい先ほど、鉄血の代表、ビスマルクから通信が届いたのだ。

 

 その内容を聞き、全員の身体から力が抜けてしまった。なんとか動くことのできた彼女だけが、こうして走っている。

 乱れた息を整え、彼女は水平線を睨む。その先に映るのは、憔悴しきった鉄血のKAN-SEN達。

 

「どう、ですか。」

 

 息は整っても、引っかかる声は隠せない。

 ——嫌だ。

 心の中で、何かが激しく叫んでいる。そうでなくてあってくれと、私の予感は外れてくれと。

 

「…ああ、お前か。」

 

 ビスマルクは、ひび割れた笑顔のまま彼女のズレた眼鏡を直す。

 

「幾千の言葉よりも、一つの証拠の方が効果的な時がある。」

 

 

 ——嫌だ。

 

 

「ああ、全く。私の無力さが嫌になる。」

 

 

 ——やめて。

 

 

エディンバラ(・・・・・・)よ。どうか、許してほしい。」

 

 

 ——見せないで。話さないで。

 

 

「こうなってしまったのは、私の責任なのだ。護衛は彼女(・・)一人で十分だろうと、そう言ってしまった、私の。」

 

 

 ——ああ、解っていた。解っていたのだ。でも、今は。目を逸らさせて欲しい。

 

 

「…ニーミ、彼女は。」

「ダメです。返事がありません。ただうわ言のように繰り返すだけで…」

「……っ、そうか…」

 

 無機質な仮面を被ったように、心と体を切り離して考えることのできる鉄血の子たちはなんて羨ましいのだろう。

 

「っ、エディン、バラ…」

 

 ——そうでなければ、とっくに私のように泣き崩れているはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごしゅじん、さま…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あぁぁぁ…っ、あああああ!」

 

 

 

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 エディンバラにとって、ベルファストは自分よりも『できた』妹だと思う。規律を守り、いつだって礼節を弁えたロイヤルのメイド長。

 彼女が遠く感じたのは、いつからだったろうか。初めて配属された時?ロイヤルメイド隊のメイド長に、彼女が任命された時?それとも、指揮官と結婚した時?

 

「ごしゅじんさま。」

「ごめんね…」

「どこですか?」

 

 今になって思い返してみると、自分は姉らしいことを何か彼女にしてあげられただろうか。

 炊事、洗濯、掃除。何もかも完璧な妹に、任せっきりになっていなかっただろうか。

 

「?ごしゅじんさま?」

「ううん、お姉ちゃんだよ…」

 

 返事は無い。当然だ。

 

『彼女の目の前で、指揮官の乗った船は沈められたようだ。』

 

 ビスマルクが、心の底から悔しそうに言い放った一言。

 『指揮官が襲撃を受け、消息不明』

 誰もがそれを聞き、思考を放棄した。

 

 指揮官の護衛を増やしていれば?

 海域の巡回頻度を上げていれば?

 ベルファストが十分に武装していれば?

 

 考えても全ては後の祭り。覆水盆に返らずとはまさにこのことか。結果として、私たちは指揮官を失った。その事実が、未だに少女たちの肩に重くのしかかる。

 

「さくらを…」

「さく、ら?」

 

 己の妹が囁くように言ったその言葉に、エディンバラは反応した。サクラ、といえば重桜のKAN-SENがよく口にする植物ではなかったか。確か、春先にピンクの花を付ける木だったはずだが。

 

「みんなでみましょうね。」

「………っ、ぐ…あぁっ…」

 

 エディンバラは、今この瞬間ほど己の無力さを呪ったことはないだろう。妹は眼前で指揮官を失い、抜け殻のようになってまで皆のことを考えている。だが自分はどうだ。医務室のベッドに横たわる妹の横で座っていることしかできない。

 ——ああ、これは天罰なのかもしれない。妹に任せっきりで、何も為してこなかった私への。

 

「…ベルファストは、どうだ。」

「ビスマルク、さん。」

「?ごしゅじんさま?」

「…すまない。私は指揮官ではない。」

「………」

「今日も『こう』か。」

「はい。」

 

 事の発端は数週間前、指揮官とベルファストの新婚旅行をセッティングしようというロイヤルメイド隊の案からだ。

 発案は、エディンバラ。

 

 今ベッドで横たわり、虚ろな瞳で天井を眺めるベルファストの姉だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「新婚旅行、ですか?」

「うん。そろそろ半年だし、セイレーンの攻撃だって収まってきてる。だから今なら良いかもって、メイド隊の中で…」

「良いんじゃないか?なぁベル?」

「し、指揮官!?」

 

 後ろからひょっこり現れた指揮官に驚き、エディンバラは飛び上がる。その拍子にズレてしまった姉の眼鏡を直しながら、ベルファストは考え込む仕草を見せた。

 

「是非とも、と言いたいのですが…ここから一体どこへ行くというのです?」

「それについては、安心すると良い。」

 

 指揮官の後ろから現れたのはビスマルク。どこかホクホク顔に見えるのは三人の気のせいだろうか。彼女はおもむろに懐に手を突っ込み、あるものを取り出した。

 

「『二泊三日、温泉旅行ツアー』…って、鉄血のマーク入りじゃないですか!」

「『それっぽい』だろう?鉄血の中でも同じような意見が出ていてな。重桜の奴らと一緒にどこが良いか考えていた。指揮官の出身は重桜らしいからな。」

「あ、ああ。まあそうだが…」

「そこで、だ。一度本土まで戻ってもらうことにはなるが温泉旅行なんてどうか、ということで一致してな。今頃ティルピッツと…ミカサ、だったか。が本土で指揮官を迎える準備をしているはずだ。」

「も、もう根回しまで…」

「もちろん、他に何人かいるが現地までの案内役だ。到着してからは二人きりの空間を約束しよう。饅頭たちも手伝ってくれた。」

「さすがビスマルク様。このベルファスト、感服いたしました。」

「………」

「ご主人様?いえ、あなた?」

「話を詳しく聞こうか。」

「良し。」

 

 

 

 あれやこれやで、いよいよ出発の日。

 

 

 

「本当に大丈夫なのでしょうか…万が一のために武装は必要なのでは…それに、万一襲撃を受けた時私一人では対応しきれないかもしれません。」

「大丈夫だ。昨日、ユニオンと重桜の空母たちが偵察してくれた。敵影無し、問題なく出発できる。」

「万一のために潜水艦組が離れ…むぐ。」

「こらアルバコア。」

「ありがとう。みんな。」

「ああ、着いたらティルピッツたちによろしくな。彼女たちも楽しみにしてるんだ。」

「承知しております。」

 

 母港の皆に見送られながら、ベルファストの操るクルーザーは本土に向けて出発した。

 

「さて、我々は彼らの帰る場所を守ろう。」

「「「はい!」」」

 

 ——その数時間後、護衛の潜水艦が大破したとの報告が入った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「指揮官は!」

「分かりません!クルーザーの残骸は浮かんでいますが発見までは…」

「っく、ならベルファストを探せ!彼女も一緒にいたはずだ!」

「ビスマルク!セイレーンが!」

 

 どうして、こうなった。焦る気持ちを押し殺し、自身も砲撃を行いながらビスマルクは指示を飛ばす。迅速に動き出せたのは鉄血のみ。手持ちの戦力でなんとかするしかないと、ビスマルクは悲壮な覚悟を決めた。己の失態なら——

 

「己が取り返す!各員!」

『『『は!』』』

 

奴ら(セイレーン)を潰せ!完全に!」

 

 了解、の返事を聴きながら、己はクルーザーの残骸が残っているという海域へと進む。

 

「——ああ。」

 

 

 

 もうそこには、何も残っていなかった。

 

 

 

『ベルファストを保護!繰り返す!ベルファストを保護!』

 

 だから、この報告を聞いても何もできなかったのは仕方がないことなのか。

 

「ビスマルク!撤退しましょう!思った以上にセイレーンの攻勢が激しい!」

「…ヒッパー、どいて。」

「ちょっとオイゲン!?」

 

 ぱしん、と頰を叩かれた。己を見据えるオイゲンの頰は、水飛沫以外の何かで濡れていた。オイゲンからのアイコンタクトを受けたヒッパーも戦列に加わり、その場にはオイゲンとビスマルクだけが残される。

 仲間たちの砲撃音と、引っ切り無しに飛び交う怒号。鉄血の少女たちは冷静さを失っているようで、しかし機械のように砲撃を直撃させていく。

 

 至近弾が水柱を立てた。跳ね上がった飛沫が、スコールのように二人を打ち据える。

 二人の美しい金と銀の髪が一瞬にしてずぶ濡れになったが、俯くビスマルクとそれを睨むオイゲンは微動だにしない。

 

「この襲撃は、誰も予想できなかったわ。」

 

 いつも元気溌剌なカールスルーエが、滅多に上げない怒鳴り声と共に敵艦に魚雷を直接ぶん投げた。

 指揮官にも指導をした勉強熱心なニーミが、指揮官を見下していたドイッチュラントが、誰もが、この戦場では無力さを噛み締めていた。

 

 いつしか、空は真っ暗に曇っていた。

 

 シュペーが、その両手で敵艦を引き裂いた。真っ二つになった敵艦は、爆発することなく沈んでいった。

 ヒッパーは、泣きながら砲撃を続けている。無防備な背中は、険しい表情のライプツィヒが守る。

 

「でも、鉄血のリーダーのあんたは、こんなところで何してんの。」

 

 対潜攻撃の中をくぐり抜けて雷撃を行う潜水艦たち。すでに弾薬を使い切る寸前だが、必死に戦っている。

 意識を失ったレーベを必死に守りながらシャルンホルストが敵艦に背を向ける。直撃。黒煙を突き破って突き進んだ三発の砲弾が、敵艦を物言わぬ鉄屑へと変貌させた。

 

「私の、せいだ。」

「いいえ。違うわ。」

「私の、せいなんだ。」

 

「私の——」

 

 

 

「違うっつってんでしょうが!」

 

 

 

 

 滅多に怒りを露わにしないオイゲンが、ビスマルクの胸ぐらをひっつかんで頭突きを一撃。額が割れ、血が垂れるのも気にせず彼女は眼前のビスマルクを見据えていた。許さないと、最後まで責任は取れと、ありえないほどに激しい炎が、彼女の瞳の中で燃えていた。

 

「今はベルファストの回収ができただけでも御の字よ!あの指揮官のことだから、案外ひょっこり帰ってくるかもしれないわ!帰ってくる場所を守るだなんて大層なこと抜かしておいて、結局は腰抜けなのかしら!?今は生き残ることだけを考えなさい!」

 

 言いたいことを言い切ったのか、彼女は乱暴にビスマルクを突き飛ばすと直撃弾を受けた己の姉の元へ疾走した。

 

(帰ってくる場所を守る——そうか、そうだったな。)

 

 残されたビスマルクは、オイゲンの言葉を受けて立ち上がる。その瞳には、決意が宿っていた。

 

「全艦に通達。損傷の酷いものから撤退。殿は私が務める。」

 

 返事はない。が、戦場の空気が変わった。目を閉じたまま微動だにしないベルファストを抱えたグレイゼナウが、一足先に撤退していく。

 これでもかと言わんばかりに、ありったけの魚雷をばら撒いていく駆逐艦、それを守るように広がる軽巡、重巡。

 

「全門——」

 

 最後の一人、オイゲンがビスマルクの隣を過ぎ去っていく。すれ違いざま、彼女が何か言ったような気がするが聞こえないふり。ビスマルクはゆっくりと照準を定めていく。

 

「斉射ァ!」

 

 かくして、史実に勝るとも劣らない追撃戦が、幕を上げた。

 

 

 

 

 

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「これで、何日目だ。」

「もう数えるのもやめたわ。」

「細かいことを気にしていては、大局を見逃すぞ。」

「まったくだ。もう少し余裕を持て。」

 

 指揮官が消息不明となり、ベルファストが心を病んでからどれほどの時間が経っただろうか。

 あの日から彼女たちはセイレーンの撃滅を統一目標として再確認し、その目標へ日々邁進している。

 

 当初は暗く澱んでいた母港も、今は少し活気が戻っているように見える。

 無論、それが薄氷の上に存在していることは誰もが理解しており、その上で彼女たちは訓練に励んでいた。

 

「ベルの様子は?」

「…私に、それを聞くのか。」

 

 クイーン・エリザベスから尋ねられたビスマルクは、今日のベルファストの様子を語る。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ごしゅじんさま、きょうのしつむはこちらです。」

 

 虚ろな瞳で、簡素な病衣に身を包んだベルファストはなぜか執務室から動こうとしなかった。パワーなら優っているはずの戦艦を以ってしても、彼女を椅子から引き剥がすことはできなかった。まだ抵抗されるだけなら構わないのだが、その度に幼児のように泣き叫ばれては堪らない。結局、彼女は執務室で事実上の軟禁生活を送っている。

 

「どうしました?ごしゅじんさま、ぐあいがよろしくありませんの?」

 

 いつも『こう』なのか、と扉の前で監視役を命じられているエセックスは頭を抱えた。相方のイントレピッドがこちらを心配そうに伺ってくる。

 

「あら、そうでしたら——(ピー)のほうがよろしいのですか?——(ピー)…?あら、だいたんですのね…」

 

 イントレピッドも俯いてしまった。

 

「あなた、ずっとずっと、いっしょですよ。」

 

 扉の向こうから微かに聞こえてくるその声は、まるで指揮官が生きているように、その場にいるように発されている。

 監視役のKAN-SENたちがしばらく顔を青くしているのも頷ける。こんな会話のような何かを聞かされ続けていては気が狂ってしまう。

 

「あー、後でちょっと散歩しようかなぁ…」

 

 エセックスの呟きへの激しい同意が哀愁を誘う。

 無関係の者が聞けば楽しそうに、しかし自分たちからは末恐ろしく聞こえるベルファストの声。ハキハキとした彼女の声は、どこか虚しく響いていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「なあ。」

 

 

「む、どうした。」

 

 

「いつまでなんだ?」

 

 

「少なくとも今はダメよ。」

 

 

「もう少し待つのだ。彼女たちなら、きっと。」

 

 

「そうか。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「これが、最後の?」

 

 軋んだ身体に鞭打つように立ち上がる。

 

「ああ。正真正銘、最後だ。概算では戦力の9割を削れたらしいからな。しばらくは奴らも動けまい。」

 

 寝転がりながら言われても説得力ないわよ、とうつ伏せの銀髪がボヤく。

 

「じゃあ、これで行けるんですね。」

 

 がちん、と音を立てた。弾切れだ。

 

「あー、逃げられるわよ。誰もなんも残ってない、すっからかんなんだから。」

 

「指揮官、赤城に、お情けを…むにゃむにゃ」

 

「寝てる暇なんてないはずなんだけど?」

 

 ガスッといい音が上がった。

 

「ベルファストは?」

 

「後方で武装だけさせて待機させている。最も…」

 

『っあああああ!嫌!やめて!撃たないで!□□さん!』

 

この海域(・・・・)では、マトモな戦力にならん。」

 

『おいビスマルク!エセックスとイントレピッドでも抑えられないんだが!』

 

 あー、うー、と疲労からマトモな返事を返さない彼女に代わり、己は後方に下がって行く。

 

「ベル、大丈夫。お姉ちゃんがいるから。ね?」

 

「あ…ごしゅじ、ん…さまぁ…いやぁ…」

 

 ——だから、その武器を一度だけ、貸して頂戴ね。

 

 轟音が、一度だけ鳴り響いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『どうだ。』

 

 

「敵陣の真ん中で寝るとは…赤城め。またしごいてやらねば…」

 

 

「一応索敵機は飛ばしているみたいだし、それにほら。最後が沈んだわ。」

 

 

『そうか。』

 

 

 母港から出撃した艦隊が、セイレーンの大艦隊を壊滅させた。

 その光景を見つめながら、己は言う。

 

「行ってくるわね。」

 

 目指すは艦隊の後方、未だに砲弾が飛び交う戦地だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「いや!来ないで!」

 

 艶を失った長い白髪を振り乱してベルファストが両手を振るい、味方に砲撃を行う。否、今の彼女には全てが敵に見えているのだろう。積み重ねられてきた練度は、寸分違わぬ精度を見せる。咄嗟に近くにいたエセックスとイントレピッドが抑えなければ、周囲の味方は全滅していたはずだ。

 

「ちょ、なんてパワー!?」

「あいてっ!あ、痛い痛い!」

「やめてください!沈め!沈めぇぇ!」

 

 明らかにパワーで勝る二人を振り回しながら錯乱し続けるベルファスト。

 そこにセイレーンの残党を沈めるためにエディンバラが現れ、ベルファストの武装を向けた。そのままベルファストを抑えようとするのだが、一体どのようなパワーが発揮されているのかは分からないが三人がかりでも抑えきれない。

 

「んな、味方!?ちょ待って!逃げて逃げて!」

「なんで誰も…ってあれは。」

「ティルピッツさんと三笠さん!?」

 

 本土で指揮官を待っていたはずの二人が、どうしてここに。そんな彼女たちの疑問を余所に二人はベルファストの側まで近寄る。すぐさま三笠が彼女の意識を刈り取った。

 

「ぜー、ぜー…」

「ありがとう、ございます…」

「お二人は、どうしてここに?」

 

 二人は無言で顔を見合わせると、そのままベルファストを抱えて去って行く。

 

「ちょっと、待って…」

「ダメよ。そんな状態で本土まで(・・・・)来るつもり?」

「暫し母港で待機していろ。良いな?」

 

 三笠の圧力に屈し、彼女たちは次々に帰還して行く。

 

「ティルピッツ、何故——」

「ごめんなさいね。これは極秘任務なの。」

 

 ビスマルクの質問もするりと躱して、二人は本土へと去って行った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ご主人様。ベルファストは、不出来なメイドでありました。

 

『逃げろ、ベル——』

 

 眼前で、戦う力を持っていないからと、何もできないまま貴方を失うなど。

 

『ごしゅじんさま?』

 

 ですからわたしは、どこか壊れてしまったのでしょう。

 

『ほんじつの——』

 

 ごしゅじんさま。

 

『ずっとずっと、いっしょですよ。』

 

 わたしの、いとしのごしゅじんさま。どうかべるを、あいして——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜を見よう、って。言っただろ?なあ。ベル。」

 

 

 ——ふ、ぇ?

 

 

「すまないな。話は全部聞いたよ。」

 

 

 ——ゆめ、なのでしょう。これは、わたしがのぞんだしあわせなゆめ。

 

 

「君を一人にしてしまった。本当に、すまない。」

 

 

 ——ああ、あたたかい。人のぬくもりが…

 

 

「壊れたなんて言わないでくれ。」

 

 

 ——わたしは、こわれてもかまいません。ご主人様を守れなかった、ふできな…

 

 

「不出来なんかじゃない!」

 

 

 ——どうして、怒っているのですか?わたしは…

 

 

「咄嗟に君が海に投げてくれただろう?あの後セイレーンに捕まった俺を三笠やティルピッツが助けてくれたんだ。」

「迎えに行こうとしたら数隻で離脱しようとする腰抜けどもがおったのでな。」

「急に突っ込んで行くから何事かと思ったわよ。」

 

 

 ——わたしは、まもれましたか?

 

 

「ああ。大丈夫だ。あの状況でも最善を尽くしてくれた。誇らしいメイドさんさ。だから、どうか戻ってきてくれ。」

「母港でもずっとこのままだったらしいな…痛ましいことだ。」

「ふむ、それならばどうだ。この際、『ボク』を嫁にするというのは。」

 

 

 ——ん?

 

 

「え、いや…それは…」

「ふむ一人では不満か。ではこやつも一緒に?」

「えっ…それはちょっと…」

「あら、私では不満かしら?」

 

 

 ——ご主人様。

 

 

「「「ん?」」」

 

 

 

 

 

「このベルファスト、浮気は許しませんよ!」

 

 

 

 

 

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「おとーさん!おかーさん!こっちこっち!」

 

 母譲りの(・・・・)白髪を揺らしながら少女が駆ける。石畳の上を元気に走り回りながらも目的地に到着したようだ。地面に敷かれた真っ赤なカーペットに腰掛け、両親を呼ぶ。隣には彼女が叔母(呼ばれる度に『お姉さん』と訂正している)と慕う女性が座っている。靴を脱ぎ捨てた彼女は中心にいる、少し小柄な女性の元まで行くと勢いよく抱きついた。

 

「へーかさま!お久しぶりです!」

「こら、その飛び付きはやめろといつも言っているだろうが。」

 

 寸前で横に控えていた者に阻止されたが。

 

「えー、だってへーかさまが良いって言ってるしー。うぉーすさまは厳しすぎー。」

「んなぁ…っ、い、言わせておけばぁ…」

 

 ぐぬぬ、と悔しげに睨みつけられるのを余所に、彼女は隣接した別の集団に突っ込んで行く。

 

「おーい怪我するぞ…って、大丈夫そうだな。」

「ええ。彼女、少し挙動はおかしいですがあの子の面倒はしっかり見てくれますから。」

「本当かな…娘を見て涎垂らして顔を緩められると…」

「それは仕方ありません。彼女のアイデンティティですもの。」

 

 今日は花見だ。

 

「セイレーンもいなくなったし、君たちには感謝しないとな。」

「ええ。沢山、感謝してあげてください。」

「お前にもだぞ。こら。」

「分かっていますよ。ほんの冗談です。みんなで迎えた日ですもの。」

 

 

 桜が舞い散る中、手を取り合った二人は歩く。

 

 

「ようやく、約束を果たせるな。」

「そうですね。長かったですけれど。…あと、何人か多いですけれど。」

「うっ…それは、許してくれ。夜にまた…な?」

 

 

 白髪の彼女は、仕方ありませんね、と困った風に笑う。

 

 

「えぇ。今度はちゃぁんと、約束してくださいね?」

 

 

 今日は、花見だ。満開に咲き誇る桜の下で、みんなが笑いあっている。

 

 

「ああ。」

 

 

 約束は、守るためにある。

 

 

「大丈夫だ。もう、いなくなったりしないさ。」

 

 

 彼が、ベルファストとの約束を破ったことは一度として無い。

 昔、今から少し昔。彼が居なくなって壊れてしまったりもした。だけど、彼は今ここにいる。

 

 

「どうした?みんな呼んでるぞ?」

 

 

 それだけで、(ベルファスト)は十分なのだ。

 

 

「はい。ベルファスト、ただいま参ります。」

 

 

 ですから、これからも沢山、ご奉仕させていただきますね。

 

 

「誇らしき、私のご主人様。」




シリアス「それ私のセリフです!」

というわけで初めてのアズレンSS、いかがでしたでしょうか。
感想待ってます。ヒヤッヒヤしながらですが。


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