「絵里ちゃ〜ん!」
お昼休み、廊下の奥から全速力で駆けてくる人影。絵里がその声に振り向いた時には、
「お誕生日おっめでとうにゃ〜!」
全力のハグが飛びついてきた。
なんとか倒れないように踏ん張った絵里の視界には、キラキラとお目々を輝かせた可愛い後輩の笑顔。
大声を上げた事と廊下を走った事といきなり飛びついてきた事のどれから注意しようか悩んだ絵里は、
「あ、ありがとう……」
結局それだけを口にした。
「絵里ちゃん、放課後になったら校門で待ち合わせね! 一緒にラーメン食べに行くにゃ!」
ようやく離れた凛は、それだけ伝えると再びダッシュでその場を去っていく。
「え、ちょっと凛⁉︎」
「約束だからねー!」
呼び止める間もなく。小さな後ろ姿はすぐに見えなくなった。
「…………」
中途半端に手を伸ばしかけた状態で固まった絵里は、
「ラーメン……」「生徒会長がお誕生日にラーメン……」「もしかして大好きなのかな」
周囲の生徒へあらぬ噂が広まっていくのを感じた。
放課後。言われた通り正門へと向かう絵里。すでに相手はそこで待っており、絵里の姿を見つけるとパッと明るい顔で駆け寄ってきた。
「絵里ちゃん! 来てくれたんだね!」
「約束されちゃったもの。ちゃんと来るわよ」
「良かった〜。あの時返事を聞かずに戻っちゃったから、もしかして聞こえてなかったかもって思って……」
そっちか。絵里は思ったが言葉には出さなかった。
「ところで、一体どうしたの? 誕生日をお祝いしてくれてるのは、何となく分かるけど……」
自分の記憶を遡っても、ラーメンが食べたいとぼやいた記憶は無い。誰かに訊かれた記憶も同じ。
「……絵里ちゃん、ラーメンって知ってる?」
「バカにしてるのかしら」
「ち、違うよ⁉︎ でも、ハンバーガー知らなかったりプリクラ初めてだったりしたからもしかして……って」
「うっ……」
それを言われると、絵里も言い返せない。この子達の常識が、自分にとって未体験だった事も多いのだ。
「絵里ちゃんって、生徒会長だし、頭もいいでしょ? 美人だし、綺麗だし、オシャレだし凄く大人っぽい」
唐突な賞賛に、絵里は戸惑う。そんな事ないと否定してみるも、効果は薄かった。
「だから、絵里ちゃんが欲しいモノとか全然分からなかったんだにゃ」
シュン、と顔を下げる凛。絵里はどう声をかけたものかと悩んだが、
「──だからね!」
今度は勢いよく顔を上げてくる。
「凛、考えたの! かよちんが楽しそうな時って、凛も楽しくなるの。だからきっと、凛が楽しくしてれば絵里ちゃんも喜んでくれるんじゃないかって!」
「…………」
呆気にとられた絵里だったが、
「──ぷっ……」
堪えきれず吹き出す。
「えっ、えぇ⁉︎ やっぱり変かにゃ⁉︎」
「そんな事ないわ。素敵な考えだと思う」
「じゃあ何で笑ったにゃ……」
「いつも凛が無意識にやってる事を、真剣な顔で話してくるんですもの。ついおかしくて」
「ええっ⁉︎ 凛、いつも今日みたいな事してるの⁉︎ 頑張って考えたのに……」
うなだれた凛の頭に、笑顔のまま絵里は手を置く。
「それが凛のいい所じゃない。元気いっぱいの笑顔を見せてくれるから、私の暗い気持ちも吹き飛ばしてくれるのよ?」
「ホントに……?」
「勿論よ。私が嘘をついた事なんてないでしょう? ──さ、この後は凛が私を楽しい気持ちにさせてくれるんでしょ? あなたが笑顔じゃなかったら意味ないわよ?」
「そ、そっか……」
凛は一度大きく深呼吸すると、笑顔で絵里の手をとった。
「それじゃ絵里ちゃん! ラーメン食べに、行っくにゃ〜!」