階段を下る足音で目を覚ました。棺桶から起き上がると同時、扉が開いてこいしが頭を覗かせた。
「いえーいフランちゃん起きてるー? 私はねーすっごく寝てる! ゆめみごこち! あはははは!」
赤ら顔だった。
また面倒なことになってるな、と私が思うのと同時に、こいしは頭を殴りつけられて昏倒した。後ろに立っていたのはまたもやこいしで、そちらは酔ってはいないようだった。酩酊した方のこいしは煙の如くにするすると、殴りつけた方のこいしに吸い込まれて消えていった。残ったこいしは申し訳なさげに言った。
「ごめんねフランちゃん、ちょっと酔った勢いで記憶を飛ばしちゃって。……なにか変なこと言ってなかった?」
「安心して頂戴、こいしは常日頃から変よ」
私の言葉に、こいしはひどく困ったような顔をした。
階段を下る足音で目を覚ました。棺桶から起き上がると同時、扉が開いてこいしが頭を覗かせた。
珍しく暗い表情だったので温かい紅茶を勧めると、少ししてから堰を切ったようにこいしは喚き散らかしだした。
「誰もかれもさー瞳を開け心を閉ざすなそっちの方が幸せになれるって口を揃えて言ってきてさー! どれだけ私が苦しんだ末に瞳を閉じることにしたのか欠片も分かってない癖に! 無責任にも程があるのよ!」
「大変ねえ」
「うん……ありがとね……」こいしは机に突っ伏して言う。「私のことをちゃんと真剣に見てくれるのは、フランちゃんぐらいだよ……」
常に比べてこいしは随分と饒舌だったし、情緒不安定だったし、何より感情的だった。喜怒哀の八割を欠損したような常のこいしからは考えられない姿だった。雑な相槌を打ちながらも違和感を持って私が館の中を探ると、小走りの速度で私の部屋に向かっている影を感知した。
「今日もね……お姉ちゃんたら酷いのよ……私が朝起きて食堂に顔を出したらさ……つく」
「ちぇすとーーー!!!」
こいしの言葉を遮るように音を立てて扉が開け放たれると、奇怪な雄叫びを上げながらもう一人こいしが部屋へと飛び込み情緒不安定な方のこいしの頭を回し蹴りにて刈り取った。刈り取られたこいしの様子を一瞥すらせずに、刈り取ったこいしはそのまま流れるように土下座の体勢へ移行した。
「ほんっとにごめん! いやさ、さっきの私めちゃくちゃめんどくさかったでしょ。ああいうの私は全く気にしてないんだけど、フランちゃんは多分いやな気持ちになったと思うの。だから、ごめんね?」
「……いや、別に」
「あ、そう? それなら良かったわー」
「……」
定型句であることを微塵も疑わないのに僅かばかりに呆れたが、けれどそれでこそこいしである、という節はなくもない。つまりはいつも通りの変人ぶりだ、ということである。
「それより、今のは何だったのよ」
「うーん、抑圧の発露というか、解離性障害……だから、二重人格? みたいな」
「……へえ?」
つまるところ。幻想郷で二重人格とは、分身のことを指すらしい。
「冗談はともかく」
「なんのはなし?」
「こっちの話よ」
「そっちのはなしかー」
などと軽口を挟みはしたが。
こいしの分身の暴走も、流石に三度目ともなると呆れるよりも疑問が勝る。幼児退行したこいしの分体に半日ばかり抱き着かれ続けて凝った身体をほぐしつつ、あれは一体なんなのかと問う私に向かって、あーね、と頷いてこいしは言った。
「ほら、私はどっちかっていうと精神寄りだから」
「伝わるように話して頂戴」
「えー難しいこと言わないでよーフランちゃんのいじわるー」
とは言いながらも律儀に言葉を探すあたりがこいしの美徳だと私は思うし、そう言わないと言動の雑に過ぎるところがこいしの欠点なのだとも思う。
「んー、だからね。私は特に身体より精神の側に比重があるから、精神の諸々がそのまま身体に返って来やすいの」
「ああ。だから、二重人格ってわけ」
「そうそう。なにかしらあって人格ばらけたらそのまま身体もばらけるし、記憶も物理的に飛んじゃうのよね」
それはまた、随分に難儀であるというか、滑稽というか。
言葉選びに悩む私に、でもね、とこいしは続けて言った。
「そうは言っても、妖怪だったら誰だって、そうなる素養は持っているのよ? ヒトガタを使うひととかは、特に」
「……いや、ないでしょ」
一瞬言葉に詰まったのは、こいしの瞳に僅かばかり気圧されたからだ。
きっと、その筈だ。
目が覚めると、私を見下ろす三対六つの瞳があった。
さては寝惚けて
私がぼんやり見つめていると、三体のヒトガタは互いに目配せし合い、ややあって、そのうちの一つが口を開いた。
「ねえ、私――」
私は即座に、三つの頭を握り潰した。