転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです   作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ

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百年戦争編
プロローグ


「サンチョよ、今まで済まなかった。私の狂行に付き合ってもらって…」

 

「旦那様、何をおっしゃいますか。あっしは旦那様のおかげで小島の領主になれましたし、騎士の従者として最高の旅をさせてもらいやした」

 

「ですから、旦那様。また元気になってから、一緒に旅をしましょう。今度はイベリアだけじゃない…フランスでも、イングランドでも!騎士の旅をしようじゃないですか!」

 

「あぁ、そうか。…そうだな、私は……サンチョにとっての騎士でいられたのだな」

 古びた木のベッドに横たわる老人の目から涙がこぼれ落ちる。

 

 自らは風車を巨人と思い込み戦い負けた。

ライオンに挑んだがライオンに相手にされなかった。貴族の戯言を真に受けてサンチョに屈辱を味わわせてしまった。顔も知らぬ田舎娘を貴婦人だと思い込み多数に迷惑をかけた。

 

 だが……それでも。

【アロンソ】は騎士を愛していた。

 

 狂うまでに騎士物語を愛し、騎士を目指した。

だが、時代が時代なのだろう。騎士は求められていない時代になりつつあるのは分かっていた。

 

 それでも、アロンソは……。

否。

 

 【ライオンの騎士ドン・キホーテ】は望む。

我は騎士たらん。ゆえに騎士なり。騎士であることを望む。

 

 病に侵され、叶わぬ騎士道から目覚め正気になった老人は。

たった一人の従者の言葉で、再び狂う。

 

 だが、少なくともそれは誰にも気づかれることなく。

老人の心中でのみ終わるモノ………のはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1412年。

冬の雪がこぼれ落ちるフランス北部…ドンレミ村の一角の貧相な下級騎士の家にある男の子が生まれた。

 

 名はアロンソ・キハーノ。

赤子の時分にして最初から狂っていた、いわゆる自分を騎士だと思いこんでいるただの一般異常者である。

 

 

 1424年夏。

百年戦争と呼ばれる大乱がフランス全土を覆う中、辺境のど田舎であるドンレミ村では間延びた雀の鳴き声がちゅんちゅんと響き渡っている。

 

「私は騎士ドン・キホーテ・デ・ロレーヌ!父上と母上、申し訳ないが旅に出させていただきたい!」

 

「いや、アロンソ…何度もいうが私達はお前が心配なんだ。それに騎士騎士って…シャルルマーニュ物語の読み過ぎだぞ。あと軽々しくロレーヌを名乗るのはな…」

 

「お父さんの言うとおりよ、アロンソ。確かに私達は騎士の家だけど、下級も下級なの。それにお前はまだ小姓にもなってないし騎士見習いにもなれてないのに…」

 

「父上、母上。お二人の寂しさは承知の上。しかしこのドン・キホーテ!必ずやドルネシア姫をお救いに悪の魔法使いのもとへとゆかねばなりませぬ!」

 

「だめだ、話聞いてない。母さん、家に戻ろう。しばらくしたら家に戻ってくるはずだ」

 

「そうね…お父さん。アロンソ、暗くなるまでには帰ってくるのよ」

 こじんまりとした石造りの藁葺屋根の家の近くにある小川の川べり。

 

 そこに立つは弱冠12歳の若き日の我らがドン・キホーテ・デ・ロレーヌ。泣く子も黙る正義の騎士である。ちなみにロレーヌなのはドンレミ村がロレーヌ地方にあることに由来する。

 

 何はともあれ、騎士ドン・キホーテは苦悩していた。

母と父からは修行不足だから旅に出るなと言われるのだ(間違ってはないが間違っている)

 

 そして我らが騎士ドン・キホーテ。

なんと馬も従者も路銀も鎧も武器もないのだ。これでは旅には出られぬ、おそらくは悪しき魔法使いが家より奪ったに違いない。

 

 むむむ…と小川に泳ぐ小さなマスを眺めながら川面に映る焦げ茶色の精悍な騎士(ただの12歳の少年)たる自らを眺めるドン・キホーテ。

 

 そんなとき、ドン・キホーテの耳におかしなことが入ってきた。

 

「ダルクさんのところのお嬢さん、神様の啓示を聞いたんですって」

 

「あらまぁ。でもこんなど田舎の村にそんな啓示を聞けるような人はいないでしょ」

 

「そうよねぇ。ダルクさんもお嬢さんが子供ながらにおかしくなっちゃったって思ってるみたいよ。まぁ、どこの家でもそういうことはあるわよねー」

 

「そうそう。キハーノさんの家のお子さんに比べたら何百倍もマシよマシ!アロンソくんだかしらないけどあの子この間、村の水車を巨人だとか言って―――」

 

(神の啓示を聞いた少女…だと!これは、もしかしなくてもドルネシア姫の居場所を知っているのやもしれぬ!いや、もしくはドルネシア姫である可能性も!)

 ドン・キホーテの脳内の中でむくむくと妄想……もといその明晰な頭脳による理論が構築されていく。

 

「…そういえば、未だに私は騎士としての叙任式を受けていない。どのみちその準備として教会には行かなければならなかったな!フッ、ゆくぞドン・キホーテ!我こそが騎士として大成する日は近い!」

 そういって教会へと走っていくドン・キホーテ。

赤いボロボロの布をマントとして纏ったその姿は、12歳にしてはあまりにも偉大すぎる騎士にしか見えない。

 

 

 ドンレミ教会。

そこで一人祈りを捧げる金髪碧眼の少女がいた。傍らにて佇む神父は、信心深いその姿を見て感服を受けている。

 

「ジャンヌ嬢、今日も来られるとは……そのような幼さで、そのように信心深いとは。主もお喜びになられるでしょう」

 

「いえ…まだ祈りが足りません。こんなことでは、主のお声を聞くことは…」

 

「ジャンヌ嬢。私は貴女のことは理解します。しかし、少なくとも主の声が聞こえるということは他の人々には信じられるものではない。あまり公にするものでは…」

 少女らしい火照りのようなものだろう。

その火照りはいつか冷めるもの。故に神父はジャンヌの火照りをいきなり冷めさせるようなことを言うのではなく、あくまでも容認しているがやんわりと冷める方向へと持っていく言葉遣いで言えば。

 

「しかし、私は――」

 

 

 

「たのもう!!!我こそはドン・キホーテ・デ・ロレーヌ!噂に名高い主の声が聞こえし貴婦人にお会いしたいのと騎士としての叙任準備を受けに参った!!」

 静謐に満ちていた小さな教会の中に、大きな声が響き渡る。

 

 だが、その声の主は明らかにこの村のものであれば理解できるだろう。

 

 根は優しいが異常者、騎士と思い込んでいるただの一般人、騎士道RP有段者。

 

 数ある異名の中で、そのものを表す名はひとつ。

我らが騎士、ドン・キホーテ卿に違いないのだ!!

 

「………ど、ドン・キホーテ卿。教会ではお静かに…」

 ジャンヌのそれとはベクトルが違う奴に顔を引くつかせる神父。だが、やはり心広く優しい神父なのだろう。ドン・キホーテを否定するような言葉は投げかけない。

 

「む、貴殿が司祭様か!騎士の叙任式の準備をお願いしたい!」

 

「じょ、叙任式ですか。いや、あの、あ、そ、そうですな!しかし、ドン・キホーテ卿には主君がお、おられないでしょう?それで騎士はできませんぞ」

 

「むむ!迂闊だった…今私に主君はたしかにいない。だが、しかし!この村に我が主君は必ず!む?」

 腰紐に佩いた愛剣デュランダル(村で拾った木の棒)を揺らすドン・キホーテ卿。すると、ふと怪訝な目で自らを見つめるもう一人の人間……ジャンヌに気付いたようで。

 

「貴殿……もしかして」

 金髪碧眼。周りと比べ明らかに異色を放つ可憐さ(ドン・キホーテ比)。

 これは、ドルネシア姫に違いない!

我が主君となる女性に違いない!!ありがとう主よ!

 

「ドルネ「私の名前はジャンヌ・ダルク。ドンレミ村のジャック・ダルクの子です」

 

「ド「ジャンヌ・ダルク」

 しょぼん、というふうな顔のドン・キホーテ。

もっともなんと、刹那のうちにその驚くべき思考力で彼はその名前がドルネシア姫の偽名であることを看破してしまったのだ!

 

 そう、この世には悪しき魔法使いが存在している。

そのような者がいるのに自らをドルネシア姫であると分からせてしまえば身の危険は危うい!故にドルネシア姫はジャンヌ・ダルクとかいう偽名を使い、身を隠しているのだろう!あぁ!なんという健気さにして聡明さ!ドン・キホーテ卿は感動のあまりに感服するが、姫の前である。冷静な面持ちのまま持ち直す。

 

「…わかりました。ジャンヌ・ダルク姫よ」

 

「ひ、姫!?私はそんな偉くは…」

 

「む、確かに迂闊でしたな」

 気付くドン・キホーテ卿。

ここで確かに姫と呼べば魔法使いが勘付くやもしれぬ。やはりドルネシア姫は只者ではない。可憐だけでなく頭脳も聡明とは!

 

「決めましたぞ、司祭様」

 

「うぇ!?な、なにをでしょうか?」

 

「ジャンヌ・ダルクひ…様を我が主君としていただきたい!」

 

「は?」

 

「えっ、ええ!?」

 流石の神父も放心状態。

神の啓示が聞こえるという傍から見たら電波ちゃんに思われかねないジャンヌも流石にびっくりである。ドン・キホーテ卿はそれを見てドルネシア姫改めジャンヌが感動しているように思い、思わずジャンヌの目の前で跪く。

 

 そして自らの愛剣を両手でびっくりして立ち上がったジャンヌに捧げる。叙任式では主君より剣の腹を使って儀式が行われる。その傍らには教会の司祭もいるものなのだ。

 

 奇しくもその風景は確かに叙任式感は出ており、少なくともジャンヌや神父が引いていなければ見世物としては最高レベルの雰囲気を醸し出しているに違いない。

 

(何言ってんだこの子供…流石にこれ以上は――いや、待てよ?)

 

(このまま叙任式させたらおとなしくなるんじゃないか?少しの羞恥心でこの暴れ馬のような子供をおとなしくさせられるなら……しかもジャンヌ嬢は根が良い子。なんならこいつなんかお嬢さんを主君と思い込んでるし都合がいい。口裏合わせてこいつが暴走しないようにしてもらおう)

 

「ジャンヌ嬢、少しこちらへ…」

 

「ふぇ?…ぁ、はい!」

 唐突に教会の隅に向かう二人。

ドン・キホーテは叙任式の前準備と思い込んでるようで疑う素振りも見せず、恍惚とした表情でうっとりとしている。

 

「え!で、でもそれは」

 

「そこをなんとか!」

 

「あ、え、えっと…」

 

 

 

 

 十数分後。

覚悟を決めたらしいジャンヌが真っ赤な顔でプルプルしながら、跪くドン・キホーテ卿の前へ立つ。その横にはジャンヌよりはマシだが羞恥心でぷるぷるした若き神父が一人立っていた。

 

「な、汝ドン・キホーテ・デ・ロレーヌを…き、騎士へと任命する」

 そしてぽんっと木の棒を優しく頭の上に乗せるジャンヌ。

ドン・キホーテは思わず感極まって涙が出かけるが、姫の前で醜態は見せられぬ。顔を見上げ、凛とした表情で返事した。

 

「承りました。以後、このドン・キホーテ・デ・ロレーヌ。ド……ジャンヌ・ダルク様にこの身を賭けて忠誠を誓います」

 

「で、では神の祝福を……」

 そして、叙任式が終わる。

クオリティの高い子供のおままごとにしか見えぬそれ。

 

 だが、少なくとも偉大なる騎士たるドン・キホーテ卿にとってはまるで王城での儀式に違わぬものであり、そしてこの時よりドン・キホーテ卿がかの聖女と運命を繋いでしまったというのは……正に歴史的事象であった。

 

 後に真の意味でライオンの騎士と称されるドン・キホーテ・デ・ロレーヌ卿。

 だが、彼を本当の騎士であると呼ぶものは少ない。

しかしながら少なくとも、彼を騎士ではないと称するものは一人もいない。

 

 そんなおかしな騎士物語。

それをこれより綴っていこうと思う。

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