転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです 作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ
1429年9月
今や聖ゲオルギウスの象徴たる十字旗の掲げられたパリを城壁を挟み遠くから睨むドン・キホーテ卿。
武装は一変し、老馬ロシナンテに跨り一本のランスを握っている。腰にはエストックが一本だけ差し込まれていた。
グレイヴなどを複数装備した重武装では扱いきれぬと判断したためであった。もっとも、今回のパリ攻囲戦は今までとは比べ物にならないほどのフランス兵が揃っている。5000の歩兵と弓兵の混合隊、3000の騎兵、100の砲。必死に国王や諸侯が今回の決戦のためにかき集めたことは明白であった。
だが、パリを決戦の地と判断したイングランド軍の量も凄まじい。3000を超えるロングボウ兵が連なり、3000の歩兵と1000の下馬騎士がパリを守っている。それを率いるはイングランドの王族であり名将、ベッドフォード公ジョン・オブ・ランカスターである。
戦闘の規模で言うのであれば、オルレアン包囲戦のほぼ2倍と言ってもいい。無論、ここでフランスが負ければ今までの勝利は水の泡となりかねない。そのリスクを考慮し、此度のパリ攻撃は行われる。
史実では、パリ攻囲戦はあくまでも形式的なものに近かった。それはジャンヌ・ダルクとシャルル国王との間に溝があり、シャルル国王が反戦派であったことが原因とされる。
だが、ドン・キホーテ卿という人物がそれを変えた。
歴史を確実に変えたのだ。まぎれもなく自分を騎士と思い込んでいただけの騎士が。
薫風がパリの周囲に広がる草原を流れていく。
戦争の前だというのに、のどかすぎるほどの風景であった。
「アロンソ」
配下の軽騎兵隊100名の準備を待ちながら馬上で遠景のパリを見ていたドン・キホーテ卿の横に、馬に跨ったジャンヌが訪れる。
「ジャンヌ!なにか御用ですかな?」
「いえ、特には。強いて言うなら激励、でしょうか?」
「ほぅ、激励、ですか。騎士冥利に尽きますね!」
ジャンヌの言葉に朗らかに笑うドン・キホーテ卿。
まるで決戦の前だというのに、その笑顔は全くのくもりを見せていなかった。
「アロンソ」
「はい、ジャンヌ」
ドン・キホーテ卿は問いかけてきたジャンヌに対し、ゆっくりと返事を行う。
「……死なないでくださいね。あなたがいなくなると、私はとても悲しいです。だから」
「ジャンヌ、騎士は出来ぬ約束は行なえませぬ。此度は決戦……私も死ぬ可能性は十分ありえます。ですが、これだけは約束します!」
ドン・キホーテ卿は右手に携えたランスを掲げ、蝶番にて留められた顔の上部を隠す兜の面を上げれば、その素顔で叫ぶ。
「私は聖女であり忠誠を誓う姫の騎士。ジャンヌ、あなたに勝利を齎すと誓いましょう!」
その言葉を見て、なにかを返そうとしたジャンヌ。
だが、口を噤んで微笑む。その目は、どこか潤んでいた。
「――アロンソ、共にフランスの勝利を願いましょう」
「主の命とあらば、喜んで」
決戦は着々と訪れようとしている。
王権を巡り百年もの間続いた血みどろの戦争の終わりは、もうすぐ見えていた。
「総員、攻撃開始ィィィーーーー!!!」
射石砲の砲音が小鳥の鳴き声を押しつぶすほどの音量であたりに響き渡る。
旧来の攻城兵器である投石機も用意され、そこから焼夷弾や通常の岩が投げられていく。
だが、兵士たちが攻城櫓を使い迫ることはない。
城壁の崩壊を狙い、そこから一気に突入するつもりだったのだ。
パリの城壁は強固だ。
これまでの戦いで砲の危険性を理解しているベッドフォード公が攻撃に備え、壁の補強も更に行われている。忠誠心に篤いロングボウ兵たちによる決死の射撃などの射撃も行われており、当然イングランド兵のモチベーションはMAXと称してもいいだろう。
だが、砲の数が違った。
フランス中からかき集められた射石砲による一斉射撃は、激しくぶつかるそれに対応していないパリの城壁をどんどんと削っていく。
砲兵を守るクロスボウ兵とロングボウ兵による決死の射撃戦。投石機による妨害攻撃。
先程まで平和そのものであったパリの地は、いまやまごうことなき戦乱の渦中と成り下がってしまった。
「ドン・キホーテ卿!城壁が一部崩壊したことをご報告いたします!」
「報告感謝する。軽騎兵隊……私に続け!」
伝令による報告の後、ドン・キホーテ卿は軽騎兵隊を率いて城壁へと向かう。
が、目前に見えるは破れた城壁から敵を入れさせないため、即興ながら強力な陣形で穴の外へと出て構えるイングランド兵たちであった。
歩兵隊と下馬騎士隊による縦列陣。
騎兵の衝撃に耐えられるようにロングシールドを構えて数列に並び、なおかつ長槍が槍衾を構成して歩兵相手にも万全の防御を展開している。
砲撃で崩壊してからの時間で即興で粗さは見えるものの陣形を素早く形成した練度。確実に精鋭部隊であることは確かだった。城壁の穴埋めに精鋭を使うまでのイングランド軍もフランス軍と同じく必死である……ということは薄々と感じるが。
「隊長、どうします?いくらうちの歩兵がかち合ってるとはいえ、敵の予備兵力も考慮したら今日中の突破は無理っすよ」
ドン・キホーテ卿は思考する。
確かに、フランス軍の歩兵隊がかち合うとはいってもロングボウ兵による城壁からの妨害射撃に耐えなければならない。必然的に機動力は削がれるし、ロングボウから身を守るがために白兵戦もおろそかになる。
故にクロスボウ兵によるロングボウ兵のある程度の殺傷を待つのが健全だろう。しかし、フランス軍は伝統的に歩兵主体である。個々の兵士たちの武装の性能差や練度も考えれば長期戦は不利だ。
(いくらこちらに砲があるとはいえ、あそこを突破できなければ負けが強まるな)
そこでドン・キホーテ卿が取った行動は。
単純明快だが……最も危険な方法であった。だが、これしか方法はない。
勝利を勝ち取ると願った。
ならば、もはやこれを行う他ない。
「皆、私に命をくれないか?」
「おいおい、あいつら死ぬつもりか!」
盾で矢を防ぎながら、イングランド歩兵隊に近づいていたフランス歩兵。そんな彼らが口々に絶句する。
後方からイングランドの陣形に真正面から突っ込もうとするは、ドン・キホーテ卿率いる軽騎兵隊。
本来衝撃力や防御力という面では重騎兵に劣る軽騎兵隊。だが、ドン・キホーテ卿は矢や投槍による攻撃を巧みな指示により機動力での回避を行っていたのだ。
「軽騎兵でなにができる!おい皆、絶対に受け止めろ!」
「オォォォォォォ!」
イングランド歩兵がしゃがんで斜めに長槍を構え、対騎兵の槍衾の態勢に入る。
通常で行けば確実に妨げられる。
だが、フランス軍にあってイングランド軍にはないものがあった。
十字旗の兵たちが、爆音と共に吹き飛ぶ。
投石機ではない、大砲による砲撃だ。
「人に向かって大砲を撃ってやがる!?」
「フランス人はキチガイか!」
「おいおい、まずいぞ!」
もっとも、このままでは予備兵力が後方より補充されて肉の壁は元通りだ。いくら砲支援があるといえど榴弾ではないただの岩……威力には限度がある上に、他の城壁も攻撃しているから砲をそこまで配分するわけには行かない。
だがそれを好機とばかりに、軽騎兵隊が突撃を敢行する。
ランスチャージの構えのドン・キホーテ卿を先頭に、長槍を構えた軽騎兵たちがまるで”く”のような陣形で向かっていく。
「ロングボウ兵はなにやってんだよ!」
「当たらない!当たらねぇ!なんだあいつら、なんなんだよぉ!!」
もっとも、軽騎兵隊も無傷ではない。
数人が弓や投槍の餌食になり、落馬して息絶えるものもいる。
だが、蹄の音と共に。
軽騎兵隊は砲撃によって陣形が多少崩れて槍衾に隙ができたイングランド兵の陣形を文字通り『貫通』する。
「ぬおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
ロシナンテも足を止めることなく、主たるドン・キホーテ卿を運び進んでゆく。
ドン・キホーテ卿の肩に矢が刺さり、激痛が脳を揺らすが唇を強く噛み締めて、ドン・キホーテ卿はランスチャージを止めない。
着いてくる軽騎兵たちの数が目減りしていく。
あるものは槍に突き刺さり、あるものは落馬した後に殺され、またある者はロングボウによって射殺される。
だが、それでもなお突撃の勢いは止まらない。
イングランド兵の陣を正面より突破していくとともに、砲音のオーケストラを伴奏に騎兵突撃をしてきたフランス騎兵に恐怖したせいでイングランド軍の防御に緩みができたのだ。
そして後追いのように、自らも命を失うことを恐れないというふうにフランス歩兵たちが後を追って突撃で造られた細長い陣形に対しての『傷』をえぐり、広げていく。
―――気づけば、自ら以外全員が死に絶えていた。
パリ侵入への活路への代償は、あまりにも重かった。
そして、別れはまだ近くにいた。
ロシナンテである。
「ヒヒィーン……」
突破を終えたとたん、どさりとその場に横に倒れるロシナンテ。ドン・キホーテ卿は素早く着地体勢を取るが、その後に間髪おかずにロシナンテへと走り寄る。
ロシナンテの体に、いくつもの矢と槍の穂先が突き刺さっていた。ただの老馬の体には、あまりにも多すぎるほどの傷だった。
「ロシナンテッ、すまない、すまない」
自らの作戦。
これしかなかったとはいえ、その謝罪はロシナンテだけに向けてのものではない。
勝利をもたらすために、皆死に絶えた。
王より賜った軽騎兵隊。全員自らと交流のあり、顔見知りだった者たちも多くいた。
中には、まだ14ほどの子供なのに死んでいるものもいた。
60ほどの老人も、馬の下敷きになって死んでいる。
結果がどうであれ、自身の命令がこれをもたらしたのだ。
ドン・キホーテ卿は、自らだけが生き残った事実にただ震える。怒りや、悲しみだけではない。喪失感や、虚無感によるものもある。
「ブルルッ」
ロシナンテの命は長くはなかった。
痛いだろう、辛いだろう。ドン・キホーテは奥歯をギリッと噛めば、重いデッドウェイトに成り下がったランスを投げ捨ててエストックを抜き放つ。
「ロシナンテ、今生もありがとう。お前は、本当に良い馬だ」
「ヒヒンッ」
それが、ロシナンテと名付けられた老馬に理解できたのかはわからない。ましてや、この老馬が前世でのロシナンテなのかすらもわからない。
だが、老馬。否。
『ロシナンテ』は明るく返事をする。走れなくなった自らを悔やまず、主を連れてこれたことに喜んでいるように見える。
フランスの勝利のため。
だが勝利のために、ここまでの犠牲を行ってしまった自身は本当に騎士なのか?
ドン・キホーテ卿は葛藤しながら、エストックの狙いを静かに定めた。一撃で……終わらせられる急所。
「ロシナンテ、願えば……空の上で私のことを見ていてくれ」
血の付着した剣先のエストックを幽鬼のようにぶらんと携えながら、ドン・キホーテ卿は火に燃える町並みを背景に悲鳴と怒号と剣戟や射撃、そして砲撃の音が絶え間なく鳴り響くパリ市内を歩んでいく。
その目は、勝利だけを願っていた。
数多の騎士が、理想を願って理想に殺された。アーサー王も、シャルルマーニュも、そして他の騎士たちも皆。理想に従い理想を得られたものは砂漠の中の砂金の如く希少だ。
だが、ドン・キホーテ卿の心にあるは唯一つ。
ジャンヌに勝利をもたらす。その過程で例え自らの命果てようとも。
切りかかってきた数名のイングランド兵を切り捨て、イングランドの持っていた長槍をエストックを持っていない方の左手で握る。
こんな火災の中で、避難を知らせる教会の鐘が反芻して響く。まったくもって地獄だ。
「まさか、イングランドがここまでやられるなんてさぁ。困るなぁ、これ以上やられてもしイングランドに上陸なんかされて、フランスに霊墓を荒らされたくないんだけどぉ……」
独り言のような声が聞こえる。
ドン・キホーテ卿が立ち止まった。
「貴公、誰だ」
「ほんと、困るなぁ。……あぁ、君ってフランスの人かい?」
褐色の肌の……黒い長髪の青年だった。
半裸で下半身はローブを着ているかのような装いで、裸の上半身には紫色の幾何学模様のタトゥーをしており、なんとも奇妙な見た目をしている。
「ドン・キホーテ・デ・ロレーヌ・フランス。フランス王家の騎士でありながら、聖女ジャンヌ・ダルクに唯一の忠誠を誓う騎士だ」
「自己紹介ご苦労。僕?僕の名前はグランドット・ジグマリエ。お飾りのロードさ、繋ぎのね……ってパンピーにこんなこと言ってもわかんないかぁ」
てへっ、というふうに舌を出してわざとらしい仕草をするグランドット。だが、その禍々しい雰囲気は明らかに隠せていない。
「僕はね〜、ジグマリエ家の一応当主なんだけど弟が幼すぎてね〜。弟のが将来的に有能だけど父親が死んだからしかたなーく当主やってるんだぁ」
グランドットは自分の人差し指をれろれろと舐め、ちゅぽんっと抜けばその人差し指をドン・キホーテ卿へ向ける。
「でもさ。僕一つだけしか使えないんだよ、ねぇ、何だと思う?いーち、にー、さーん、よーん、ごー」
ドンッ!と波動のようなものが空気を震わせる。
同時に、ドン・キホーテ卿の体が一瞬でガンッ!と燃える家屋へと叩きつけられた。
「時間切れ〜。正解はガンド〜、って君」
「……貴公、敵か」
ドン・キホーテ卿はふらつきながらも、武器を構え立ち上がる。それを見て、グランドットはひゅーっと口笛を吹きながら口を歪めた。
「”ソレ”耐えるとか、なかなかやるね。殺すつもりでやったんだけど」
「悪の魔術師、まさかここで出会うとはな」
「はぁ?」
ドン・キホーテ卿はにっと笑い、エストックの刃をチャッと構え直す。
「悪いが、通してもらうぞ」
「通さないよぉ。さっさと死んじゃえ、電波クン」