転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです 作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ
―――爆ぜる。
火薬ではない。文字通り、空気ごと爆ぜたのだ。
「魔術の類か」
「さっさと死んでくれないかなぁ。常人が魔術師に勝てるわけ無いでしょ?」
ドン・キホーテ卿が地面を蹴る。
石畳を僅かに削りながら、赤く燃え上がる炎で鎧の表面をオレンジ色に照らしながら。
「ほらほら、避けてみてよ」
次々に空気が連鎖的に破裂する。
時折廃墟と化した建物の壁を貫き壊しながら。
ボン、ボンと。
魔術師が放つ魔術はドン・キホーテ卿が走り避ける後ろを次々と破壊していく。
(空気を魔力で押しつぶしているのか?いや、それにしてはどうにもおかしい)
壁を支点に飛び跳ね、空中からエストックで狙いを定める。しかし、すんでのところで横に体をくねらせては飛んできた魔術を避ける。
「勘だけが妙に良いのは面倒なんだよね」
「……風を感じない」
「は?」
ドン・キホーテ卿は燃え盛るパリを背にエストックを下段に構える。剣先がやけに明るく反射しては輝いていた。
「貴様の放ったものからは風を感じない」
「はぁ?何いってんの……追い込まれすぎて頭イカれちゃったのかな?」
刹那。
「なっ!?」
「見切った」
魔術師の目前に迫るは、甲冑の騎士。
自らの顔を写す琥珀色の瞳がそこにいた。
「ぐっ!」
慌てて魔術を放つ魔術師。
しかし、その魔術がドン・キホーテ卿に当たることはない。
空に舞う腕。
エストックの銀刃が確かに魔術師の腕を捉えていたのだ。
「疑問に思っていた。なぜわざわざ手をこちらに向けて放っているのか。そしてなぜ……破裂音がするにも関わらず、風の波を感じないのか」
「あ、あぁ!ぼ、僕の腕がぁ!」
「答えは単純だ。貴様の魔術は人をその手で捉えることで初めて作動する。現に明後日の方向へと向かう魔術はなく、どれも私の直ぐ側を通り過ぎていた」
慌てて後ろへと飛び退く魔術師。
その顔には脂汗と焦りがべっとりと張り付いている。
目には、先程まではなかった怯えが浮かんでいた。
「呪いの類だな?ガンドと言っていたが……ドルイド系か」
「うっ……ぐっ……くそっ、なんで、魔術も知らないようなやつが理解できるんだ!」
ドン・キホーテ卿がカツカツと魔術師へと近付いていく。
幽鬼のようにも見えるその風体。明らかな威圧の風を感じることだろう。
「知識は本から得ることができる。それらの知識を場合に応じて組み立て分析することで人は初めて理解することができるのだ」
「なんだと……あぁぁぁぁ!クソッ!ふざけるな。舐めやがって!」
先程までとは段違いの巨大な呪い。
ガンドがドン・キホーテ卿へと真っ直ぐに向かう。
その威力と規模は段違いだ。
おおよそ避けることなどできぬほどの大きさ。魔術師が焦って出したものにしては、あまりにも強大かつ高負荷のもの。
一筋の風が石畳を通り過ぎる。
そこには……一人の影が立っていた。
「おい……嘘、だろ?」
「私には聖女の加護がある……少なくとも、こんな呪い程度に屈する訳にはいかんさ」
だがその言葉とは裏腹に、甲冑は所々が破れ、更には大きく破損した箇所もある。
左目には一筋の鮮血が垂れ、目を潰していた。
顔の右半分は大きく目が見開かれている以外は赤く焼き潰れているのはおぞましささえも感じさせる。
「化け物が……お前みたいなやつが……いていいわけが!それぞれの時代や国には一人の英雄しかいないはずなんだ!あの聖女がそのはずだったのに……お前が、お前みたいなやつが!ただの人間が!」
「あぁ。だが、見て分かる通り私は生き残れた」
ドン・キホーテ卿の足は止まることはない。
慌てて魔術を放とうとする魔術師。だが、大した威力のあるものは出すことすらできない。
ドン・キホーテ卿のからだが、魔術を放たれるごとにゴムまりのように跳ねようとする。だが、その体が吹き飛ぶことはなく。
魔術師が尻餅をついた。
ずり……ずり……と必死で後ずさりする。
だが。
その音は、血しぶきの音と共に途絶えた。
首筋に刺さった銀色の刃。
血がどくどくと心臓の音に合わせて放たれている。
「ぁ、あっぶ、あっ、ぐ……ぎぃ」
刃が引き抜かれると、プシュー!と血が吹き出す。
どちゃりと倒れ伏せる魔術師。
「……」
ドン・キホーテ卿はそれを顧みもせず。
トドメとばかりに頭を踏み潰し、パリの炎の中へと身を進めていった。
「ひ、ひぃ!」
「化け物!」
「く、くるな!くるなぁ!」
「や、やめてくれ、俺には家族が」
血溜まりが、出来ている。
フルプレートには無数の血と脂がこびりつき、剣や槍は血を浴びすぎて紅く刃を染めていた。
ノートルダム大聖堂のステンドグラスが中を照らす。
夜闇と火が、磔のイエスを輝かせる。
「……まさか、貴様のようなものがいるとは」
赤いコートに戦装束たるフルプレートをまとった男。
イングランド軍総指揮官であり王族たるジョン・オブ・ランカスターは、顔を引くつかせながらそう言った。
パリ市内が劣勢とはいえ、ジョン・オブ・ランカスターは百人ほどの護衛をつかせていた。高い金を払って魔術師も雇っていた。
なのに。
目の前の男は……それをすべて切り捨てたのだろう。
体の半身は焼けただれたのか焦げたのか見分けがつかぬほどおぞましく、鎧には無数の矢や短剣、折れた槍のたぐいが突き刺さっている。
満身創痍だろう。
なのに、男はジョン・オブ・ランカスターへと近付いている。
「……イングランド王家を殺すつもりか?」
「……」
「フランスは、そこまで本気を出しているというのか?」
「……」
立ち止まる。
修羅の如き騎士は、殺した兵士から奪ったのであろう剣をジョン・オブ・ランカスターへと向ける。
「―――これが、姫の願いとあらば」
「カビ臭い騎士道物語を信じた大うつけか?ふざけおって……殺してくれる」
総指揮官であり王族は、鞘から刀身が半分折れた見た目の直剣を抜く。
「国王陛下より賜りしこのカーテナで、勝利をもぎ取ってみせよう」
「……」
騎士……ドン・キホーテは喋らぬ。
ただ、手負いの獣の如く剣を向け。
「来い、獣ぉ!!!」
剣が交差する。
光の刃が、ドン・キホーテの頬を貫く。
しかし、ドン・キホーテはその刃を掴み刃の進みを止める。ジリジリと、焼け切れる音が響いた。
「な、んだと」
「騎士は……最後まで諦めぬ」
そして光の刃を引き抜き、ジョン・オブ・ランカスターを蹴り飛ばし……名もなき剣でその心臓をうがった。
「ゴガッ!?」
剣が刃こぼれで二度目は刺さらない。
そしてドン・キホーテはジョン・オブ・ランカスターからカーテナを奪い取り……心臓へと再び剣を突き刺す。
「うぐぉ!?」
「これで……終わりだ」
最後の一突き。
それが……誇り高き王家の一門の命をただの名も無き騎士が奪い取ることとなった。
「あぁ、ジャンヌ」
「アロンソ、なんで……あなたはっ!」
不屈の英雄は、亡骸に剣を突きたてたまま生き残っていた。
だが、その息はもう長くはない。
その体を見れば、一目瞭然であった。
「見てください……勝利を勝ち取りました。あなたの……ために……ガハッ」
腐り黒く濁り焦げた血液がドン・キホーテの口から溢れる。
「もう……いいですから。だから、喋らないで、ください」
「ジャンヌ、あなたは勝利の乙女です……これで……」
ポタ、ポタと涙が溢れる。
聖女が、泣いていた。
砲撃音と悲鳴と剣戟の音が未だに響く。
教会の鐘が、その振動でゴーンと鳴る。
「私は……私は」
勝利のために。
勝利のために、ドン・キホーテ卿は死に絶える。
「ドルシネア……姫」
「……はい、アロンソ。いえ、ドン・キホーテ」
最後の声が、溢れる。
ジャンヌはその言葉に、静かに返した。
「忠義……果たしました」
「―――大義でした、ドン・キホーテ。私は、あなたのおかげで……ほん、とうに……本当に、幸せでした」
「ぁあ……もったいなき……お言葉です」
ドン・キホーテ卿の口からは血がとめどなく流れる。
ボタボタと、ダラダラと、長く、濃く、死の香りが訪れてくる。
「私も……幸せでした。ジャンヌ」
ニッコリと、ドン・キホーテ卿……否。
アロンソが微笑む。
ほのかに、重みが軽くなった。
アロンソからは声が響かぬ。
「……アロンソ、私は、私は―――」
あなたのことを、愛していました。
フランス王国は、凄惨で恐ろしきパリ攻囲戦にてイングランド軍へと大勝を果たす。
敵総司令官ジョン・オブ・ランカスターの戦死、カーテナの焼失、イングランド軍の大半の撃滅、パリや大半のイングランド占領地の陥落。
これによりイングランドはフランス王国との講和を模索するようになるが、この大敗によりイングランドは激しい内乱の嵐へと巻き込まれる。
本来は訪れないはずだった早期での薔薇戦争の勃発により、イングランド軍はノルマンディーなどの旧領も失い……フランス王国は事実上の勝利を勝ち取った。
そして、聖女ジャンヌ・ダルクはパリにて姿を消した。
戦死した、炎により殉死した、失踪した、あらゆる声があるが……少なくとも、彼女は即刻聖人となることになった。
「サンチョ」
「はい、旦那様」
「私は騎士になれたか?」
「ええ、そりゃもう。素晴らしい益荒男でした」
「そうか……私は、騎士になれたか」
「だけどね、旦那様。あんたはまだ……残してることがあるはずだ」
「?」
「そんな大業を成し遂げて、人並みの幸せを得られないんじゃあんまりでしょう?」
「円卓の騎士でさえも戦の中で死んだ。私にはもったいないさ」
「旦那様、あんたは古い英雄じゃない。後追いはしないでくだせぇ」
運命は従うものではなく自分で掴み取るもの。
あんたは、自分でそう示したでしょう?