転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです 作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ
(フム、儂が囮になって引き寄せたものをあちらが片付ける……ということだったが――)と、赤い中華服に丸いサングラスを掛けた筋骨隆々の武人のような雰囲気を醸し出す老人……アサシンは、えぐれた地面を驚き見る青年を見てそのように内心で呟く。
「
「私もそう聞いていた……が、ネズミは入るものらしい」
黒髪に漆黒のキャソックを身に纏った男。
言峰綺礼はアサシンの言葉に対してそう短く返事をする。その表情と目はひどく空虚だ。
(運の悪い男だ。ここに入りさえしなければ良かったものを)
言峰綺礼は敬虔な信徒である。
教会に従い、聖なる神を崇敬し、その名のもとに幾人もの道に反した魔術師を粛清してきた。
そして、此度の聖杯戦争は父である璃正の願いもあってか魔術の師で父の友人である"魔術師"の遠坂時臣と共謀して彼による聖杯戦争の勝利を助けるために聖杯戦争へ出向いた。
本来は聖杯戦争の裁定者として過度の混乱や秩序の乱れを抑制する聖堂教会の一員であれど、役目としてはただ単なるマスターの一人。
一般に聖杯戦争を見たものは消されるか、もしくは無力化されて状態で中立地帯に連れ込まれ魔術協会謹製の記憶処理薬を飲ませられる。もっとも、記憶処理薬自体も完璧なものではなく危険なものではあるのだが―――。
「……アサシン、一瞬で片付けろ。私は父上に一報を入れる」
「おうよ、承知した」
(先程のアーチャーによる精密射撃……誤射としてもサーヴァントによる射撃はまず普通の人間相手ならば百発百中。万一の可能性を考慮しても、危うきは封じるべきだろう)
言峰綺礼は、空虚だが用意周到な男である。
数年前に妻が他界して以来、一つの個性であり性格であったそれは更に頭角を現し――聖堂教会でも指折りの一人となった。
それ故、目の前の男を排除することを決めたのだ。
不確定要素は取り除き……自らの任務を果たすべく。
キハノは、連続で起こる一大事に驚いていた。
横に激しく地面を抉る弾が来たと思えば、今度は赤い服を身に纏った黒眼鏡の老人が近づいてきたのだ。
だが、そこにあるのは明らかな殺気。
隠そうともしないそれに、キハノは息を呑む。
反撃のしようなどは、ない。
キハノには武器もなく、あるのは日銭のみ。しかも経験上として目の前の老夫は明らかな武芸者であった。
これがもしも■■■■■■ならば、反撃の機会はあったのかもしれない。だが――今はそんなものなどあるはずもない。
そう、キハノにできることといえば。
ただ、その老夫の一撃が来るのを待ち。
悲鳴をあげず、倒れることのみ。
キハノの頸部に強く一点への衝撃が走り……一瞬のうちにその命が刈り取られる。
哀れか、悲しみか。
キハノの短い一生はここにて終幕を遂げたのだ。
などというのは、普通の人間にしか言えぬ表現だろう。
いつの時代にも英雄はいた。人々を率い、奮い立たせ、歴史を変えてきた幾人もの英雄。
凡百とも呼ばれる者たちもいた。
歴史に名を深く刻み残し、唯一と呼ばれる者たちもいた。
男は、唯一ではないのかもしれぬ。
歴史には残されなかった故、凡百の一部に過ぎないのかもしれぬ。
だが、それでも。
キハノは―――否、その心のなかにある■■■■■■は。
「おおぅッ!?
サーヴァント。
それは一時の幻想が生み出した強大な人理の影法師。
ありとあらゆるものを超え、ありとあらゆるものを超越する莫大な力を持つ。
だが、殊の外。
人というものは―――とことん、想定外へ赴くものである。
焼きごてを押し付け擦られたかのような跡を首に走らせ、苦悶の表情を浮かべながら後ろへ飛び退くキハノ。
意識は朦朧、目はかすみ、喉からは血の味がするほど致命傷である。だが、死んでは居ない。キハノは……生きていた。
「アサシン、どういう事だ。その程度仕留めきれないのか?」
「呵々、マスター。軽くくびり殺そうとした小鼠が……毒蛇だったということよ」
「なに?そのような情報は、どこにも―――」
その時だった。
キハノの手に、つんざくような激痛と共に赤色の刻印が刻まれたのは。
「っつ!?」
「……成程。マスター候補だったというわけか」
一旦アサシンをその場にとどめ、言峰が前へ歩み出す。
キハノは死へ一歩手前の状態のせいで、ひどく狼狽する心を無理やり抑え、その声をなんとか聞き取った。
「なら―――」
だが、その次の言葉が紡がれる前に。
キハノは後ろめがけて脱兎のごとく逃げ始めた!
「容赦をする必要は、ないな……と、逃げたか」
「クハハハハ!すぐに追いつけるだろうよ! しかし、儂の拳をずらせるやつが貴様以外にいるとはなァ――存外、現代とやらも面白い」
月光が、海を走っていた。
ただ一人、瀕死の男を照らして。