転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです 作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ
「なに……ッ!」
その刹那、アサシンが思い切り蹴り飛ばされる。
まるで竜にでも吹き飛ばされたかのような重い一撃に、さしものアサシンも苦痛の表情を隠せない。
(受け身を取ろうにも、一撃が重すぎる。これが三騎士――いや、さすが湖の騎士といったところか)
ランスロット。
アーサー王伝説でもっとも高潔かつ最強の騎士であり、同時に円卓崩壊を齎した不義の騎士。
アサシンの眼に映る目の前の少女が本当にランスロットなのかはさだかではない。だが、たしかにその実力は伝承通りかそれ以上と言われても仕方がないほど。
「ゲホッ、ゲホッ……くく、クカカカカ!!あぁ、そうよ――これが儂の本気。本気の拳!」
「やめろ、アサシン。撤退だ、遠坂氏のためにもこれ以上は――」
「しゃらくさいぞ、言峰!命の削り合いに……余計な言葉など必要無し!!」
「ふぅん」
ランスロットはその血気盛んな表情と殺意に満ちた空気に物怖じすることなく、ただその両手の篭手剣……アロンダイトを静かに構える。
「敵が多いんだね、マスターは。……じゃあ、瞬きの間に終わらせてあげるから――私に任せてゆっくりと眠っていて」
「大きく出たな、小娘!!!」
「五月蝿いよ、おじいさん」
アサシンの打突、蹴撃、体術……ありとあらゆる古今東西の武芸を組み合わせた攻撃が激しい音を立ててランスロットを襲う。
だが常人なら対応できないその攻撃に対し、一つ一つをランスロットは流麗に受け流し、それどころかコンマも満たされない僅かな隙を突いては小攻撃を繰り返す。
「ぬぅっ!はぁ!」
「ふっ!はっ!てぇっ!」
そして、アサシンの鉄脚とアロンダイトが重なり合う。
衝撃波があたりの木々を一気になぎ倒した。
(令呪を使うべきか。気絶した男を狙うのも手の一つだが……あのサーヴァントの力量からしてそれを狙うのは酷く難しい)
言峰はキハノの命を取ろうと画策するが、自身の武人としての勘からそれは危険だと判断する。戦闘ではあえて隙を見せて、相手が引っかかった途端に取り返しのつかないような強撃を繰り出すのはテンプレートといってもいい。
(もうしばらく様子見をすべきか。それとも宝具を使用してあのサーヴァントを倒すべきか……いや――)
言峰は激しく打ち合う化け物たちの戦闘を見て、アサシンの宝具を許可すべきか迷う。しかしそれは思考から捨てた。
もとより言峰の役目は聖杯戦争で勝つことではなく、遠坂時臣を勝たせるべく補助をして努めること。ここであまり前に出すぎるのは危険であり、しかもアサシンとランサーではカテゴリーからして勝ち目がないことを一瞬にして叩き出す。
「令呪を持って命ずる、アサシン……撤退せよ!!」
「ぬぅっ、言峰、貴様……
アサシンは一瞬殺気のこもった目で言峰を一瞥したが、すぐさま状況を理解して後ろへと立ち退く。
「面白かったぞ、ランスロット……いやランサー。願わくば次で決着をつけたいものだ」
「ボクはマスターを守るだけ。そのためだけに召喚された―――できれば来てほしくないものだけど?」
「くはは、そうはいかんのよ。強者を見ては……血の気が収まらんのでな」
そういって令呪の力を借りて高速で立ち去ろうとするアサシン。
だが―――ランスロットは追撃する構えを見せた。
(その心意義は良いが、果たして届くかよ)
だが、アサシンの心境とは裏腹に。
ランスロットの追撃は『過剰』極まりなかった。
「『真名──偽装展開、清廉たる湖面、月光を返す。──沈め、【
「なぬゥっ!」
次の刹那。
アサシンの腹部が黄金の刃に貫かれる。
「ぐっ、おぉ、おぉぉぉ!?」
とてつもなく強力な一撃。
そして一瞬で引き抜かれ―――魔力の残滓が血色となって傷口から噴き出す。
「令呪を持って命ずる、アサシン。いますぐ本拠地へ帰還せよ!」
遠目でそれを見ていた言峰は急ぎアサシンをテレポートさせるかのようにして帰還させ、自らも逃げ帰るようにして走る。
(迂闊だった。まさか追ってこないものという甘い考えに至った……あそこで、宝具を放つとは)
しかし、想定できたことである。
だが、言峰の思考の穴が今回の事態を引き起こしたのだ。
(アサシンの霊基はおそらく半壊……遠坂氏にも修復は困難だろう。それに、あの女騎士は危険だ――即刻報告しなければ)
「一人で、何を話しているの?」
ゾクリ、と言峰の眼前から声が響く。
眉目秀麗な少女である。宗教画に出てくる女神の如き美しさだ。仮面に隠された瞳も、さぞや美麗なのだろう。
だが、その鎧に先程アサシンを貫いた刃……それは言峰にとって【畏怖】するに十分な代物だった。
「――なぜ気づいた、気配は消していたはずだが?」
「匂いは消せてないよ。そのむせ返るような血の匂いと、饐えた獣みたいな匂い。ボクはちょっと嫌いかな?」
化け物め。
そう内心で呟きながら、言峰はアサシンを撤退させたことをしばし後悔する。だが……言峰自身、死を恐れているわけではない。妻をなくしたあの日から、言峰と死は常に隣り合わせだった。
されど。
されど目の前にいるのは――あまりにも恐ろしく、あまりにも強く、あまりにも桁違いな【
アサシン、【李書文】はサーヴァントの中でもトップクラスに強力である。若き日の姿ではないにしろ、その戦闘力は下手なセイバーを打ち倒せるほどにある。
しかし。
しかし……それとはまた違うベクトルの存在。
「……どうした、早く殺さないのか?貴様なら私の心の臓など今すぐに貫けるだろう」
「そうしたいのは山々なんだけど、マスターは多分それを望んでないだろうから」
「召喚されたばかりのサーヴァントが何を言う。まだあの男の人となりも分かっていないだろうに」
「……過ごした時間だけ、人が理解できる――というわけではないと思うけれど?」
ふと見れば、ランサーの脇には男……キハノが抱き抱えられていた。相当の忠誠心である――誰にもこうでこの才能なら、引く手あまたなサーヴァントであることには違いない。
「……何が目的だ。私に何を求めている」
「マスターとボクには一切の手を出さないということ。まずはただそれだけを確約してほしい」
「……ここで、それを了承したとして。私が裏切ったらどうするんだ?お前のようなサーヴァントは様々な連中から狙われるはずだ」
最もな一言を返す言峰。
しかし、それに対してランスロットはただ表情をピクリとも動かさずに静かにそれに応じる言葉を告げる。
「そうなったら、ここ……いや、この世界を焼き尽くそうか?二度と再起できないように、すべて――終焉の炎で」
言峰にとって普通なら聞き捨てていた言葉。
だが、その言葉は人の言葉でありながら人の言葉ではない――明らかな、冷徹で、鈍く輝く刃のようで、恐ろしく、本当に終焉をもたらしてやろうという意味がこもっているようだった。
「く、くく。そのマスターがそれを望むのか?人の子だろう?それは」
だが、言峰はなんとか動じずに問答を続ける。
それに対して、ランスロットが告げた言葉はあまりにも――異常だった。
「確かに、そうかもしれないね。でも、それくらいしないと人というのは理解できないほどに愚かでしょう?」
「……」
そして。
言峰が告げた答えは―――