転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです 作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ
1428年7月
心地よい爽やかなフランスの風を感じさせる季節。
そんな時期、豊かな自然の恵みも生まれれば…その反対に来てはいけないものも湧いてくる。
そんなことも露知らず、偉大なる騎士(自称)のドン・キホーテ卿は鍛錬と称した素振りをあいも変わらず繰り返していた。
ともあれ、ドン・キホーテ卿の父は下級騎士である。
剣術の心得はあり、頭のおかしい息子ではあるもののいずれは騎士の家を継ぐものとして父親は鍛錬には丁寧に付き合っていた。利害一致、win-winとかいうやつである。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……おい、アロンソ。いい加減、休まないか?大人は子供に比べて疲れやすいんだぞ?ことさらお前は体力バカだから自重をな…」
「何をおっしゃいますか父上ェ!このドン・キホーテ・デ・ロレーヌ!姫をお守り致す為に強くならねばなりませぬ!」
「ひ、姫……あぁ、ジャンヌちゃんか。あの子優しいからいいけど、あんま迷惑かけないようにな…ぜぇ、ぜぇ」
ドン・キホーテ卿は前世で50歳の高齢で天真爛漫暴れまくった天賦の体力と精神力の持ち主である。そんな馬鹿が16歳の若さに溢れし体を手に入れたらどうなるだろうか?
考えたくもないことだが、目の前のように騎士である父親を上回る馬鹿みたいな体力を持つことになってしまった。これでいて頭もよく聡明で礼儀正しいというので、正直言って自称騎士でもなければ引く手数多の人材だったことは間違いない。
「しかし、父上がお疲れの様子。ここはお休み致しましょうではありませんか」
「ほんと……ぜぇ、お前…自称騎士でさえなかったら本当に自慢の……ぜぇぜぇ、倅だったんだがなぁ」
「なんとぉ!?父上、訂正を!私は自称騎士ではなく、正真正銘の騎士ドン・キホーテ・デ・ロレーヌです!人々の規範となりし騎士であるがゆえ!」
「あ…うん。そうだね、うん。そうだな」
諦めたような顔でぷるぷる疲労で震えながら頷くドン・キホーテ卿の父。おそらく脳内ではどうすればまともになってくれるかを考え尽くしていることだろう。
「アロ……じゃなくてキホーテ、あまりお父さんを困らせてはいけませんよ!」
ふと、凛とした鈴のような声が響く。
その声がきこえてから僅か0.001秒!
ドン・キホーテ卿はシュバっと効果音を出すがごとく振り向き、そして素早く跪く。
「ひm……ジャンヌ様!ご機嫌麗しゅう!!」
「こんにちは、キホーテ。あと様はつけなくていいって何度も言ってるんですがいつ聞き入れてくださるのですか?」
「ジャンヌ様!そのようなご無礼、このドン・キホーテにはできませぬ!」
「ジャンヌちゃん。申し訳ないけど、そこの馬鹿相手してあげてくれる?ちょっと自分は家戻るよ…そうだ、アロンソ!!お前持ってる木剣ちゃんと倉庫にしまえよ!あともう二度と絶対木の棒拾って腰に差さないでくれ恥ずかしいから!」
無数の声の響き渡るドン・キホーテ卿邸の近くにある小川のそば。跪いたドン・キホーテ卿を目の前にして相変わらず苦笑いしながら見つめるジャンヌ。ドン・キホーテ卿の補正が無くても可憐なその姿は、なるほどなかなか馬鹿も見る目があるということだろう。
「じゃあ、私はキホーテのことをアロンソと呼ぶので、キホーテは私のことをジャンヌと呼んでください。えぇーと、そうじゃないと…なんでしたっけ。悪い魔法使いが私を連れ去ってしまうかも」
「くっ……わかりました、ジャンヌさ………ジ、ジャンヌ…」
「よろしい。さ、今日はなにをして遊びま……?なんだか焦げ臭いですね。一体なにが…」
「ッ、ジャンヌ様、危ない!」
「ですから、様付けは…ふぇ!?」
ずざーっ!とジャンヌの前から覆いかぶさるようにして庇い伏せるドン・キホーテ卿。
「えっ、えっと…その、私達、そういうことまだ早いというか…その、いや、嫌なわけではないんですけど、でもその…」
「――ジャンヌ様、そのままで」
先程と違い鋭い目つきに変わったドン・キホーテ卿。
そして、すぐさま手持ちの木剣を携え…茂みにいるであろう痴れ者へと迫真の剣撃を放つ!
「ぐぎっ!」
「えっ…?」
「愚か者です。おそらくは悪しき魔法使いの手下でしょう」
単なる野盗なのだが、その素早い行動で剣でぶん殴り行動不能にさせた姿はまごう事なく騎士の如きであり、こいつが騎士物語オタクの馬鹿でなければ確実に好感度上昇なのは間違いない。
「な、そんな…ドンレミにもまさかイングランドの手が?」
「いえ、この服装からして…兵ではなさそうです」
完全に魔法使いの手下と思いこんでいるドン・キホーテ卿。完全にアホのそれなのだが、ジャンヌはそれを気にもかけずに立ち上がる。
「アロンソ、村の中心の行きましょう。まだ他にいるかもしれません!」
「そうですな…その前に、父上を呼んだほうが良いかもしれません。騎士たるもの、頼れる者は頼るべき。シャルルマーニュ王もアーサー王も皆、一人で戦った騎士はいません」
騎士道に酔狂しているだけで、客観的に物事を測れるのか合理的な思考を述べるドン・キホーテ卿…、まぁ物語でアーサー王とかが一騎当千していたら一人で突っ込んでいっていた可能性も大いにあるので、結局はあんまり考えてなさそうな可能性が高い。
「まぁアロンソの言うことはおいといて…野盗か。仮にも騎士がいるというのに村を襲うとはよほど困窮してるんだな」
村の中心に、最低限の軽装鎧を着込んで古いがよく手入れされたロングソードと小さなダガーを携えるドン・キホーテ卿父。
一方のドン・キホーテ卿は成長した際に新調したのか、ボロボロの布には変わりないが大きめの赤いマントもどきをチュニックの上に身に着けて木剣を携えている。
ジャンヌはどうやらドン・キホーテ卿父からの言伝を貰って領主の館に向かっているようであり、この場にはいない。
「息子、ついてこれるな?」
「父上、私は騎士です。このようなゴロツキ共に負けはしない!」
村に火を放ち、物や人を奪い盗もうとしている野党たちに、二人の"騎士"が斬りかかる。
「な!?おい、話が違うじゃねぇか!なんでこの貧相な村に騎士がいんだ!」
「しかも二人ッゴゲェ!?」
切られ、殴られ、倒れ伏せる野党たち。
曰く、騎士と雑兵の違いはその戦闘能力にある。
屋敷無しの下級騎士と言えど、少ないが兵たちを束ね時には軍の騎兵主力として戦い舞う。
技術的には拙いが余りある体力でカバーするドン・キホーテ卿と技術的に熟練して少ない手数と体力の消費を抑えて合理的に戦う二人。
剣を盾で抑えたかと思えば押し倒されダガーで縊り殺される。
木剣を弾いたかと思えばタックルされ、出来た隙に頭をかち割られる。
一般に中世末期、剣術は大きく分けてイタリア式、ドイツ式に分かれていた。
その中でもドン・キホーテ卿たちが扱うのはドイツ式剣術である。技量と力、その2つを組み合わせてありとあらゆる手段を用いて敵を殺すことに特化した剣術。
剣術すらも覚えが薄いかまったく覚えてない雑兵や野盗がまず勝てるはずがないのだ、それほど騎士と雑兵には力量差がある。
「た、たすけてくれ。で、出来心だったんだ!」
「言い訳は聞かない。あの世で懺悔でもしてるんだな」
ザシュ!と音を立ててロングソードの剣先が野盗の喉元を突き裂く。血が噴水のようにドン・キホーテ卿父の顔を汚すが、気にした様子もなく。
「父上、こちらも終わりました。魔法使いめ…私を侮ったな」
ドン・キホーテ卿はそう言って血のこびりついた木剣を地面に刺し、そう声を上げる。周辺には頭を真っ赤に染めて呻いているものもいれば、脳漿を撒き散らして絶命しているものもいる。共通するのは、全員頭を攻撃されているということだ。殴打という攻撃の都合上、それを重点的に狙ったことがわかる。鍛錬の賜物と言えよう。
総勢12名程度だったのだろうか?
野盗団は壊滅し、死屍累々を見せている。家々は焼かれているものの、二人の活躍で壊滅的被害は避けられたようだ。
「アロンソ、大丈夫でしたか?」
広葉樹のふもと。
そこにドン・キホーテ卿が座っており、細かな痣や傷などをジャンヌが看病していた。
「ハハハ、ジャンヌさ……ジャンヌ。心配ありません。このような日のために鍛錬していたのですから」
「そうなのですね……私は何もできませんでした」
「?、どういうことですか?」
「私は、村の皆のために戦うことができませんでした。領主様に言伝を送ったといえば見栄えは良いですが、実際は逃げたも同じ…。神の声を聞いたとはいえ、これでは皆に疑われても仕方がないですね」
「ジャンヌ、それは違います」
木漏れ日が二人を照らす中、ドン・キホーテ卿が珍しく真面目な表情(本人はいつも真面目なつもりだろうが)でジャンヌを見つめる。
「え?」
「確かに、ジャンヌは戦えませんでした。しかし、それは仕方のないことです。私は鍛錬していました、戦うために、鍛錬していました。しかし、ジャンヌはそれをしていません」
「そ…うですね。やはり、努力が「それも違います」
「武術などは今から努力をしても間に合います。それに、ジャンヌが領主殿に言伝を伝えてなければ、村の復興は遅れていました。誰でも出来ることではありません」
「それに、四年前に私はジャンヌ自身に忠誠を誓いました。神の声が聞こえるのであればジャンヌは特別な存在でしょう。であれば、私はジャンヌのために役立てることを騎士であるがゆえに行うだけ」
「それが騎士です。主君の為に尽くすのが騎士であり、主君はただそれに微笑んでくれたら構いません。我が剣はジャンヌ様のためにあり。我が命もです。故に主君は我が剣を傍に自身の行うべきことを行ってください。たとえ何があれど、必ずや私は主君の助けとなります」
その言葉に、ジャンヌは思わずキョトン、としてしまうが、今までの緊張が解けたのか思わず微笑んでしまう。
「ふふ、また私の事ジャンヌ様って呼んでますよ」
「ぬぁ!いや、これは…」
「そうですね、アロンソの言うとおりです。私には主より与えられた使命があります。その上で今できないことを嘆いていても仕方ありません。でしたら私もこれから剣を覚えましょう、それに文字や文学だって覚えたいです」
「だから…ね、アロンソ」
「はい、我が主ジャンヌ」
「私はあなたにとっての"主君"であり"お姫様"なのでしょう?」
「それは勿論です!何があれど私は「分かっています」
「では、アロンソは私の道についてきてくれますか?嘲笑されるかもしれません、道化と笑われるかもしれません。それでも…来てくれますか?」
「そんなこと」
ドン・キホーテ卿の脳裏に、とても懐かしく朧気な出来事が浮かぶ。
なんのことかはもう覚えていない。だが、忘れることはない。
ある老人が騎士になるべく必死に古い鎧を磨き、老馬に跨り広きイベリアを旅した。
農夫を従者に醜女を貴婦人と称して旅をしたのだ。
その中で、様々な人間に笑われ邪魔もされた。
だが、それでも。
それでも老人は諦めなかった。狂気のさなかだったのか?否、違う。
老人は騎士になりたかったのだ。
故に、もう一度狂気という名の覚悟に身を染めた。
「元よりそのつもりです。たとえ何があれど剣は我が主の物。たとえ王や公が我が剣を求めど、変わりはしませぬ」
「アロンソ、信じてますよ?」
「えぇ。共に希望の道を行きましょうぞ」
この日を境に、ドン・キホーテ卿とジャンヌ・ダルクは真の主従の誓いを交わしたのだという。
青空が輝いている。白鷺が飛ぶ。
騎士と淑女、そして二人の木漏れ日のもとでの誓い……それはまるで、ある男が求め望んだ騎士物語のようであった。