転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです 作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ
「ドン・キホーテ卿、今日はどのような話をしてくださる?」
自身に話を尋ねる妙齢の侯爵夫人。
だが、その目はまるでピエロを笑い見下す主人の如き視線だ。
「イカれ野郎が!物語の騎士なんぞイベリアにいるわけねぇだろうが!」
通りすがりの傭兵に殴られた。
そして、そう吐きつけられた。
「気持ち悪い。さっさとどこかへ行ってよ!」
ほくろやそばかすのある農婦。
やはり、目は自身を見下している。
「友よ、今君を狂気から覚ましてみせる!」
身分を隠した友人が、私に決闘を挑むときそう聞こえた。
やはり、狂気か。
「あんたに売るもんなんてないよ。憂い顔の騎士殿」
あざ笑う顔つきの商人。
騎士でいることが、そんなにも、そんなにも見下されるべきことか?
無数の言葉が、脳を反響する。
俺は、俺は、私は、私は。
手が、若かった手がどんどんとシワだらけになっていく。
鍛えられた体が、まるで空気を失った袋のごとくしぼんでいく。
明瞭だった視界がどんどんとあやふやなものになっていく。
皆が、私を見下し侮蔑する。
道化、狂人、馬鹿、道楽爺。
私は。
私は、私は。
ぐるぐると、脳の中を頭の中を暗くぬめった何かが這いずりまわる。蛭や蛇や百足のようななにかが、脳を這いずりまわる。嫌だ。やめろ、やめろ、やめてくれ、やめてくれ!
目覚める。
汗が肌着を濡らし、熱気のようなものを我が身を覆っている。
「また、この夢か」
アロンソは3度ほど深呼吸をして呼吸を整えると、予備の服に着換える。
時刻は夜とも朝ともつかぬ時刻だ。
夜の狂気と朝の正気の混ざった時間帯。いつも、この時間に起きる…とアロンソは一人心地に思いながら身支度を整えていく。
この部屋に自ら以外は誰もいない。
オルレアンの住民が誠意で宿を貸してくれたのだ。アロンソにとってはありがたいものだった。
「―――俺は」
冷気の漂う庭で桶に井戸水を汲み取り、顔を洗いながら水面に映る自身の顔を見つめていると、ふといつもの自分ではない一人称が出た。
「俺はどうすればいい?サンチョ」
体が、細かく震えていた。
一度正気でいられたものがいつも狂気でいられるわけではない。否、戦の前で震えていた。アロンソとて人の子である。気丈な騎士ドン・キホーテとは全く違っていた。
彼女は、『救国の聖女』は自らをアロンソと呼ぶ。
だが、それは彼の弱きところである。本当は、アロンソとしての自らなど彼女に見せたことはないのだった。
「…いや、俺はこのままドン・キホーテとしていればいい。死ぬまで、ずっと。俺はドン・キホーテのままでいい」
それが自身に与えられた
そう思わねば、狂気には染まれない。そうアロンソは思い込む。
だが。
彼女が夢の者たちのように自らを見下さない未来はないと思うのか?他の者たちからも、自らは同じように見下されはしないのか?何度も、悪い未来を、自分が過去辿ってきた人生と重ね見てしまう。
「アロンソ!今日も早いですね」
声が、背に響く。
いつのまにか怯えたような表情をしていたアロンソはぐっと歯を食いしばり、瞼を閉じ。
ドン・キホーテ卿として目覚める。
にっと笑みを浮かべ、表情も明るいものとする。
「やぁ、ジャンヌ!騎士たるもの、主より遅く起きてはなりませんからな!」
そして《ドン・キホーテ卿》は振り返ると、明るげにそう言葉を返した。
そして彼はまたいつものように狂気に染まる。
理想の騎士であろうとするために。