鬼滅の波紋疾走 JOJO'S BIZARRE ADVENTURE PartEX Demon Slayer   作:ドM

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予告通り投稿できなくて申し訳ない……。
その代わり今までで最長になりました(*'ω')
次回の更新は来月からになります!


那田蜘蛛山の悲劇 後編

 時はほんの少し遡る。

 

 那田蜘蛛山奥地に、ひっそりと一軒家が佇んでいる。

 

 茅葺(かやぶき)の屋根は一部が剥がれ落ちて木の骨組みが露出しており、外側の大きな縁側は劣化により柱が傾き、家全体が歪んでいる。壁に張られた障子はほとんどが破けており、ロクに張替えもされていない。一目で廃墟と分かる、ボロボロの一軒家だった。かつて、累が率いる蜘蛛一家の拠点だった場所だ。

 

 一軒家の一角で、小さな受け皿に乗せた蝋燭の火が、辺りを照らす。そこには、ボロボロになった木製の床に腰掛ける四人の影。全員目が赤い。鬼だ。その雰囲気はお通夜のようだった。

 

「ジョナサン……」

 

 上司に命ぜられた獲物の名を口にし、胡坐をかいて打ちひしがれる男の左眼には、縦書きで下肆と刻印されている。黒い髪を後頭部で四つ束ね、髪先は赤い。白い顔全体に、「工」の字に丸い点を足したような緑色の入れ墨が入っている。

 

「あんな化け物、どうすりゃいいんだよ……」

 

 白い服に黒い袴、白い羽織を纏っており、袖全体にあしらわれた黄色い青海波紋様をばさばさと揺らして頭を掻きむしる。何故か裸足だ。名は釜鵺(かまぬえ)

 

「ど、どうしようって言われても……。血鬼術が通用しない上に森を丸ごと太陽にするなんてどうしようもないじゃない……」

 

 釜鵺に頼りない返答をしたのは女性の鬼だ。左眼には下参と刻印されている。首までかかる白い直毛で、額から二本の角が生えていた。両頬には二本線の赤い入れ墨、首元に白い毛皮のついた赤い着物を着ている。

 

「そ、それに……あの気配……、柱と同じかそれ以上よ……」

 

 名は零余子(むかご)。その表情は怯え切っており、体は小刻みに震えていた。目には薄っすらと涙が浮かんでいる。

 

「もう、二人やられている。このまま突っ込んでも犬死だ……。奴に弱点はないのか……」

 

 そう話したのは、壮年に差し掛かった印象のある男性の鬼だ。同じく表情は暗く、顔中から汗が噴き出している。左眼に刻印された字は下弐。赤みがかった黒い長髪を背中で束ね、側頭部から顔にかけてヒビが入っていた。

 

「しかしあの化け物は探知能力まで備えている。じっとしていたら見つかってしまう……」

 

 生やした顎鬚をいじっており、落ち着きがない。暗い紺色の古風な職人服を身に纏うその容姿は、四人の中で最年長のように見える。名は轆轤(ろくろ)

 

「……」

 

 三人をじっと見据えている男の鬼は一転して無表情だ。左眼に下壱と刻印されている。末尾の赤い黒髪で、後頭部で束ねた髪の末端だけ水色になっており、両目の下には涙跡のような黄色い入れ墨が入っていた。

 

「……悪夢だ」

 

 ボタン付きの白いシャツの上に燕尾服に似た黒い服、ストライプ柄のズボンを履いており、西洋風の出で立ちだ。名は魘夢(えんむ)。彼の血鬼術は相手を眠らせる強力な力がある。だが、太陽の力を身に纏うあの男の前ではなんの役にも立たないだろう。

 

 四人は、ジョナサンと炭治郎にけしかけられた刺客だ。しかし、その士気は非常に低い。最強にして最恐の上司たる無惨に命ぜられ、血もふんだんに分け与えられたものの、流れ込む無惨の血と共に強引に入り込んできたジョナサンの情報は余りにも絶望的だった。

 

 ジョナサンは太陽の力を自在に操り、血鬼術を無効化してくる。

 

 血を分け与えられ、強化された筈の病葉と累は成す術なく殺された。

 

 何らかの方法で無惨すら完治出来ない重傷を負わせた。

 

 太陽の力を込めた物は、当たればほぼ確実に死ぬ。

 

 隠れても、何故か手桶を持てばこちらの場所を察知する。

 

 更には、先ほど見せられた累を配下ごと焼き殺した超広範囲攻撃。

 

「どうしろってんだ……」

 

 釜鵺の嘆きに返答するものは誰もいない。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 長い沈黙が、場を支配した。

 

「…………手はあるよ」

 

 顔を顰めた魘夢が沈黙を破った。

 

「下弦の壱、本当か!」

「悪夢みたいな手だ」

「構わねぇ! このままじっとしてても死ぬしかないからな!」

「早く言ってよ!」

 

 魘夢の言葉に、三人とも食いついた。

 

「俺は鬼だ。無惨様の下、血鬼術を使い、人間を眠らせて、愉しんで、喰ってきた……」

 

 魘夢が体を悶えさせながら独り言のように語った。視線は明後日の方向だ。三人は魘夢を見て怪訝な表情を浮かべている。

 

「俺は用心深いから、人間を食べる為、鬼狩りを殺すため、たくさん血鬼術を使ってきた。血鬼術、これは捕食者としての矜持みたいなもの……。それなのに……。それなのに……。ああ、癪に障る……」

 

 両手で顔を覆い、震える程握り締めている。爪が食い込み、顔から血が流れ出た。

 

「……何が言いたい?」

「何が何でもここを耐えねばおしまいだ。ああ、惨めだ……。悪夢だ……。このままじゃ、俺の計画もただの絵空事に終わる。だからもうこうするしか……」

 

 独り言のような呟きが急に止まり、魘夢は首をぐりんと動かして三人を見た。

 

「お前たち!!」

「!?」

 

 

 ――矜持を捨てる覚悟はあるか?

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「うおお! 死ねぇ! 頼むから死んでくれぇ―――!!」

 

 釜鵺は、人間ではありえないほど太く長く変質させた両腕を振りかぶり、掘り出して積み上げた石をひたすら投げた。

 

 魘夢の提案は極々単純だった。

 

 ジョナサンを中心に、四人で東西南北に分かれて囲い、射程圏外から石をひたすら投げる。ジョナサンが近づいてきたら逃げる。ただ、これだけだ。

 

 下級の鬼でもやらないような泥臭くて情けない戦法に、四人は石を投げるたび屈辱を感じた。十二鬼月、下弦の名がボロボロと傷ついているような気さえする。だが、四人は決意したのだ。例え泥臭い戦いであろうとも、生き延びねばここでおしまいだ。敵前逃亡の先に待っているのも、死、あるのみなのだから。

 

「当たれぇ! 当たれぇ――――――!!」

 

 轆轤も腕を変形させて、祈るように叫びながら石を投げまくる。背水の陣とはこのことだった。

 

 しかし不幸中の幸いか、ジョナサンは鬼狩りの治療をしているところだった。回復能力まで持っていることに戦慄しつつ、石で牽制を繰り返した。邪魔になる周辺の木々を破壊し尽くすまでに、一人か二人やられる覚悟だったが、誰一人欠けることなく、場を整えることに成功した。

 

(あの、森を太陽に変えた攻撃が飛んでこない……! 撃てる数に限りがあるのか!?)

 

 絶好の好機だった! 天運は鬼に味方したと思った!

 

「こ、この化け物ォ! 下弦の意地! 見せてやるんだからぁ!」

 

 零余子は大粒の涙を流しながら必死に石を投げつける。腕を伸ばすように変質させた力任せの投擲だが、鬼の力によるその威力は極めて強力なものだ。しかし、葉っぱと花で作られた壁が石を阻む。意味が分からなかった。

 

「悪夢だ……。本当に……。クソ! クソッ!! 鬼をなめるなぁぁぁぁぁああ!!」

 

 用心深く、用意周到な魘夢にとって、この作戦を実行していること自体が悪夢のようだった。だが、やるしかないのだ。魘夢も腕を長く太く変えて、植物で作られた壁目掛けて一心不乱に石を投げ続けた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

ド ゴ ォ !

 

「ギャ――――ッ! また壁が軋んだァ――――!?」

「大丈夫だよゼンイツ。みんなのおかげで当分耐えられる」

 

 投石に怯む善逸をジョジョは励ます。生命磁気の波紋で作った花と葉っぱの壁は壊れる度、植物をくっつけて補修を繰り返していた。炭治郎、善逸、村田の三人はせっせと植物を拾い集めては、薄くなった壁に押し付ける。

 

「善逸、あっちの補修頼む!」

「ひぃー! へいへい!」

 

 生命磁気の波紋が流れているので、そうするだけでピッタリと張り付くのだ。

 

「……うう」

「いてて……」

 

 救助した七名全員、意識を取り戻した。だが、重傷な為、とても体を動かせない状態だ。現在、救助した隊員達は、地面に葉っぱを敷いて休ませている。

 

「すみません……。力になれず……」

 

 尾崎と一緒に救助された、長髪の隊員が謝った。

 

「いいって、お前たちは休んでろ。待機命令だ」

「はい……」

 

 村田は休むよう諭した。伊之助も脳震盪の影響で気を失った為、隣で寝かせている。尚、でっかい鼻ちょうちんが揺れているので全く心配ない。

 

「ムー!」

 

 蜘蛛人間達と禰豆子は、隊員達の近くで木の枝や束ねた葉っぱを投げて壁を補修する。波紋の流れる壁に直接触れたら何か影響があるかもしれないからだ。しかし、禰豆子は心なしか楽しそうだ。久々に思いっきり体を動かしているからかもしれない。

 

 蜘蛛人間達は、手ごろな葉っぱや木の枝を口に挟んで頭で振りかぶって投げる。思いのほか良い飛距離が出て、壁まで届いた。

 

 こうして、鬼の投石と炭治郎達による補修作業のせめぎ合いになった。補修材料はそこら中にいくらでもある上、補修要員がたくさんいるので、突破される可能性は低かった。

 

「……」

「おい、あいつ……」

「ああ……」

 

 安静にしている隊員の何人かが、禰豆子の方を見ている。やはり、村田と同じく気になって仕方ないらしい。鬼殺隊の性である。

 

「なんで、鬼が俺達を助けてるんだ?」

「さあな……」

「隊律どうしよう……。あんな子殺せないよ……」

「尾崎……」

 

 禰豆子は壁の補修を手伝いながらも、石が飛んでくる気配を感じたら、怪我人達を庇うように動く。隊員達が不安そうな顔をしていたら頭を撫でる。とても有害な鬼とは思えなかった。鬼にありがちな騙し討ちの線もあったが、既に行動を共にしている隊員もいる。

 

 自分たちを守ろうとしている鬼がいる事実に、隊員達は混乱した。

 

「ふが!?」

 

 そうこうしている内に、鼻ちょうちんが破裂して伊之助が飛び起きた。戦いの真っ只中だったおかげか回復が早かった。

 

「伊之助! もう大丈夫なのか?」

「おう!! 変な()を見たが、山の王の目覚めだぁ!」

「夢……? まあいいや、目が覚めたならいい。さて、鬼は四体。戦力数はこっちが上になったが……」

「いよいよ突っ込むか!?」

 

 村田の言葉に伊之助は反撃の気配を感じて興奮気味だ。

 

「ムラタさん、イノスケ、今は迂闊に突っ込まない方が良い」

「……んぐ」

「理由はなんだい?」

「今石を投げている鬼達は、十二鬼月か、それに準ずる力を持っている」

「!?」

 

 ジョジョの言葉に、全員緊張が走った。

 

「合間を縫って、波紋探知機で探ったんです。この反応は、今まで倒した下弦の鬼とよく似ている。それも全員……」

「そ、そんな……」

「じゅ、十二鬼月が四体も……!?」

「もうダメだァ――――ッ!!」

 

 隊員達は怯えている。特に善逸なんかは顔から液体という液体を出して汚い高音を発している。無理もなかった。自分たちでは手も足も出なかった累と同格の鬼に囲まれているのだ。訓練を積み、戦いを挑んだ鬼殺隊隊員だからこその、大きな恐怖心だった。

 

「ムー」

 

 怯える隊員達の頭を、禰豆子が優しく撫でた。その姿は、どこか母性を感じさせる。年端のいかぬ小さな弟をあやすように、禰豆子は隊員達の頭を撫で続けた。

 

「ね、禰豆子ちゃん!?」

 

 善逸も撫でられた。

 

「この子に頭を撫でられると、段々自分が赤ん坊のような気がし……」

「正気に戻れぇ! なんかもうだめな感じに戻れなくなるぞ!?」

 

 母性を見出し過ぎて、危ない気配を出している隊員もいた。

 

「うへへへへ……」

 

 善逸は生きたまま熱湯にぶち込まれたタコみたいになっている。別の意味で危ない。

 

「何か突破口はないのか……」

「奴らの狙いはぼくです。そこを突くなら、タンジロー達に攻め入る余地がある」

「はい! 覚悟なら出来ています!」

「おう! なんとかしてやらぁ!」

 

 ジョジョの言葉に炭治郎と伊之助は決意に満ちた表情だ。

 

「へへ……って、俺もか!? 下弦の鬼に突っ込むなんて自殺行為だァ!!」

 

 善逸は自信がなさそうだ。

 

「鍛錬を乗り越え、常中を身に着けた君達なら出来る! 勿論、ゼンイツもだ! だが、少しだけ待ってほしい。相手を引き付ける、後一手が欲しいんだ」

「一手か……。あいつらはあんたの波紋の力を警戒してるもんな」

「……た、確かに、村田さんの言う通りだ。あいつら、十二鬼月の癖に血鬼術も使わずに石ばっかり投げてる。あれ、相当ジョジョさんを怖がってるぞ。多分、近づかれたら逃げるつもりだ」

 

 善逸は鬼の恐怖心を見透かした。人一倍恐怖を知る善逸だからこその結論だった。

 

「そうだね……。一人でも攻撃できればいいんだけど、四人揃って逃げられたら、ぼくも追いつけそうにない」

 

 結論として一番手っ取り早いのは、誰か一人に波紋を喰らわせて、相手が浮足立っているところを、炭治郎達が追撃することだった。

 

「ジョジョさん、鬼舞辻無惨にうどんをぶつけた時のように、あの鬼達を攻撃できませんか?」

 

(うどん?)

 

 ジョジョと竈門兄妹を除く、全員の困惑である。

 

「物をぶつけるだけならタイミングを見計らえば出来る。ただ、鬼に当たる前に、波紋の効力が失われてしまう。波紋は遠いほど減衰してしまうからね」

「と言うことは、波紋の伝導率が良い物を投げれば……」

「その通りだよタンジロー。でも、草花の水分だとまだ足りないんだ」

 

 ジョジョと炭治郎の会話の横で、伊之助が腕を組んで唸っている。

 

「……そうだ、だったら日輪刀を投げたらいいんじゃねぇか? ハモンの力は太陽の力だって言ってたろ。なんか威力がババーンと上がりそうだな!」

「い、伊之助、お前珍しく冴えてるな!」

「珍しいとはなんだゴラァ!」

「伊之助の言う通り、効果がありそうだ! ジョジョさん、どうですか?」

 

 日輪刀は、猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)という日光を吸収する特殊な鉄で作られている。故に、鬼が殺せるのだ。伊之助と善逸は、日輪刀の力と波紋の力の相乗効果を期待した。

 

「確かに。まだ試したことはないけど、日輪刀は普通の金属より波紋の通りが良いと思う。仙道には金属に波紋を通す技があるから威力も上がるんじゃあないかな」

「マジかよ。言ってみるもんだな!」

「……だけど、金属は波紋の減衰が激しい。ここまで遠すぎると、敵に届く前に効力が失われてしまう」

「んじゃだめか」

「俺も良い方法だと思ったんだけどな……」

 

 伊之助と善逸は残念そうだ。現状打破の話し合いの後ろで、禰豆子と蜘蛛人間達が壁の補修を頑張っている。

 

「そうだな、油があれば……」

「油?」

「油は波紋の力を100%伝導させることができる。油でコーティングした何かなら、ギリギリ届くかもしれない」

「でもよ、油って天ぷらとかについてるあれだろ? そんなものここにはないぜ」

「油……」

 

 完全に手詰まりだった。油があれば鬼に攻撃が届くとは言うものの、どこにもない。炭治郎達と村田は、壁の補修を繰り返しながらどうしたものかと考え続ける。

 

「……あ」

「どうした、善逸?」

「油、あるぞ」

「本当かい! ゼンイツ!」

「そんなもんどこにあんだよ!?」

 

 善逸の言葉に一同驚く。すると、善逸は村田を見た。

 

「村田さん」

「なんだ?」

「その()、どうやって手入れしてますか?」

 

 村田のツヤツヤサラサラ髪を指差した。

 

「え、毎日椿油(つばきあぶら)で……」

 

 そう言いかけて、村田は青褪めた。

 

「や、やだ! やめろぉ!? 嘘だろ! 勘弁してくれ!!」

「うるせぇ! 観念しろぉ!! お前ら取り押さえろ! 突破口が見えたぁ!」

 

 善逸がゲスいダミ声で村田を羽交い絞めにした。善逸らしからぬ強気だ。

 

「こ、こいつ俺より力が強い!? い、いやだぁぁぁあ!? お、尾崎! お前ら、助けてくれぇ―――!!」

「すみません村田さん……。貴方が髪を大切にしていることは知っていますが……」

「初恋の人に褒められたんだっけ」

「尾崎なんで知ってんの!?」

「村田さん……。すまん……。うう……」

 

 寝転がる隊員達は皆一筋の涙を流し、己の無力さを悔やんだ。村田にしてやれることは何もなかった。現状打破の為には、大いなる犠牲が伴った。尊い犠牲だ。鬼殺隊とは、そういった覚悟を背負った者たちなのである。でなければ、人を超越した力を持つ鬼には勝てない。

 

「ムラタさん。ごめんなさい……。ぼくの責任だ……」

「みんなして謝るなよ!? もう確定事項みたいじゃんか! やめろ!? 寄ってたかって俺の髪を見るな!! こっちに来るな!! 止せ! まだ手はある!!」

「確保ぉぉぉおおお!!」

 

 善逸が村田を指差して大声を出した。

 

「村田さん! ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!!」

「往生しろやぁ! 田村ァ!!」

 

 炭治郎はすごく申し訳なさそうに、伊之助は全力で村田に飛び掛かった。

 

「ギャ――――――――――ッ!!」

 

 村田の叫びが、那田蜘蛛山に響き渡った。

 

 

 

 

 

「悲鳴! 当たったか!?」

 

 釜鵺は喜色を浮かべる。投げ続けて結構な時間がかかったが、鬼の体力は実質無尽蔵にあるようなものだ。石を投げ続けるぐらいなんの問題もない。四方からの投石はまだ続いている。勢いは些かも衰えていない。石ならばちょっとぐらい掘り起こせばいくらでも出てきた。

 

「どうだジョナサン! 世の中に絶対はない! 油断せずこのまま押し切ってやる!」

 

 変形させた腕に慣れてきたのか、投石の勢いは増すばかりだ。すると、花と葉っぱの壁がふぁさりと崩れ落ちる。頑丈な壁は、ただの植物に戻った。

 

「やった! 壁が壊れ……ん?」

 

 敵の牙城を突き崩すことができたと思ったが、妙なことに気付いた。

 

「敵が、いない?」

 

 壁の向こう側にいたであろう、ジョナサンと鬼狩りの生き残り達、血鬼術で蜘蛛に改造された人間、何故か人間に与する鬼。どいつも見当たらない。

 

コオオオオオオオオオオオ

 

(ッ!? あの音、太陽の力!)

 

 釜鵺は、全力で警戒する。鬼の力で強化された聴覚を研ぎ澄ます。あの呼吸だ。あの呼吸音の後、二人共やられた。

 

(音は地面の下か! 壁で防いでいる間に穴を掘りやがったな!?)

 

 敵はいつの間にか作っていた塹壕でやり過ごすつもりらしい。

 

(ジョナサンが反撃に転じるつもりだな!? こい! 逃げ切ってやる!)

 

コオオオオオオオオオオオ

 

「……」

 

コオオオオオオオオオオオ

 

(随分溜めが長い、あいつ、何をする気だ?)

 

 累がやられた超広範囲攻撃の可能性は低い。ジョナサン達は、蜘蛛人間と鬼狩りの連中を守るように動いていた。故に、狙いが分からなかった。

 

(あの森を太陽に変える技は使わない筈! 少なくとも、狙われるのは一人だけ。だったら、出てきた瞬間に反撃してやる!)

 

 この距離なら、投擲物で狙われても避けられる自信があった。投石の雨が止んでいる。他の三人も同じ見解なのだろう。

 

バッ!

 

(来た! ジョナサンだ! 黒い槍のような物を持っている! あれを投げるつもりだな!)

 

 ジョナサンは、真っ黒で螺旋状になった細長い槍を持っている。あれなら問題ない。どんな力で投げたとしてもかわすのは容易い。他の三人が投石を再開し、ジョナサン目掛けて石が殺到する。

 

(こっちを見ている!? 狙いは俺か! さあ、こい!)

 

「ウオオオオオオ! こいつを喰らえッ!!」

 

 ジョナサンは大袈裟に叫んで槍を投げつけた!

 

ギュオンッ!

 

(来た! 速いッ!!)

 

 一直線にギュルギュルと回転しながら黒槍が飛んでくる。バチバチと、太陽の力が迸る恐ろしき槍だ! 当たれば絶対に助からない!

 

(だがあれぐらいなら避け……)

 

 しかし、釜鵺が石を投げながらやり過ごそうと思った次の瞬間! 槍に変化が起きた!

 

(や、槍がばらけ……!?)

 

 槍が回転しながら解けた! よく見ると、一本一本細い髪のような物を捻じって束ねた形状をしており、それは解けていくごとに、数を増やしていった!

 

 更に、解けても勢いは衰えない! 細長い一本一本の槍が、散弾銃のように分散してこちらに殺到してきたのだ!!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああ!?」

 

 避け様のない面制圧の攻撃!!

 

ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 

「ぐえぇっ!?」

 

 釜鵺は黒い針に刺され、顔も体もハリネズミのようになった。

 

ドシュゥッッ!

 

「ぁ……」

 

 何か言葉を発する前に、釜鵺の意識は体と共に暖かく溶けて消えた。

 

 

 

 

「善逸、伊之助。今だ! 行くぞ!」

「命令すんじゃねぇ! 親分は俺……。いや、じょりんだ!」

「ごめん! とにかく行こう!」

「ヒィィ!? 本気でやるつもりかよ!」

「三人共、頼んだよ!」

 

 植物の壁はなくなり、村田の髪を切って編んでいる間に作った塹壕の死角から、炭治郎、伊之助が飛び出した! 二人は姿勢を低くして駆け抜けていく。禰豆子は塹壕の中に落ちてきた石を振り払い、隊員と蜘蛛人間を守っている。

 

「じょ、ジョジョさん、俺……」

 

 善逸は、ジョジョを見て立ち止まる。足が竦んでいた。

 

「ゼンイツ……」

「……」

 

 ジョジョは、善逸の肩に触れ、優しく諭した。

 

「君にも出来る。あの厳しい鍛錬を、三人で乗り越えたじゃあないか」

 

 ――信じるんだ、地獄のような鍛錬に耐えた日々を、お前は必ず報われる。

 

「……!」

 

「ゼンイツは強くなった。ショウイチだって、君が守ったんだ」

 

 ――いついかなる時も、弱き者の心に寄り添い、その盾になれ。

 

「君は、人一倍強い恐怖心を乗り越えて、誰かを守れる強さがある」

 

 ――弱さを知るお前にだからこそ、出来ることだ。

 

(爺ちゃん……)

 

 ジョジョの言葉と、育手である桑島慈悟郎の言葉が重なったような気がした。

 

「……」

 

 善逸は目を閉じて、歯軋りをしている。怖くて怖くて仕方がない。

 

「……や、やってやるっての!」

 

 それでも善逸は、目を開けて、凄まじいスピードで敵の元へ走っていった。

 

(タンジロー、ゼンイツ、イノスケ。君達ならできる……!)

 

 走り去った善逸を見送り、ジョジョは髪の槍をもう一本用意する。これは、別の隊員の髪で作った槍だ。村田の髪で作った槍はあれ一回分だけである。しかし、普通の髪では鬼相手には届かない。

 

「すみません……。あなたまで……」

「構わないさ。俺は村田さん程気にしてない」

 

 髪をくれたのは、尾崎と一緒に助けた長髪の隊員だ。彼の髪は良くも悪くも普通だった。だが、それでも充分だった。村田の髪で作った槍で、鬼を一人倒すことに成功した。鬼達は髪の槍を最大限警戒するだろう。

 

「……」

 

 村田は、体操座りで地面を見ている。その頭は坊主と化していた。

 

「ムラタさん……」

「いいんだ……いいんだ……。鬼は倒せたからな……」

「はい……。貴方のおかげです。本当にありがとう……」

「うう……」

「む、村田さん……」

「お労しや……」

 

 ジョジョは、村田の悲痛な表情に罪悪感を覚える。

 

 村田の髪は"風"になった。隊員達が無意識のうちにとっていたのは“敬礼”の姿であった。無言の男の詩があった。奇妙な友情があった。尾崎は笑いをこらえていた。

 

 隊員たちは、村田へ心からの敬意を表する。この犠牲を、彼らは一生忘れないだろう。

 

 暫くすると、村田は立ち上がり、禰豆子と一緒に流れ弾を防ぐようになった。

 

(よし、これで……)

 

 ジョジョは、気持ちを切り替えて目一杯息を吸い込んだ!

 

「もいっぱあああああつッ!!」

 

 塹壕の中から大声をあげた! そしてこれみよがしに、髪で作った槍を塹壕から腕を出して見せびらかす。これはブラフだ。善逸の提案だった。

 

「!?」

「ヒィ!?」

「くっ!?」

 

 成功だ。下弦の鬼達は、髪で作ったハッタリ用の槍を凝視している。

 

(よし、時間は稼げた! 三人共! 今だ!)

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 伊之助は、目標目掛けて一直線に走る。足音は控えめで、姿勢は低い。獣のような速度と、しなやかさだった。

 

(……下弦、か)

 

 下弦の鬼。今までの自分なら恐らく殺されていただろう。修行による常中の会得。炭治郎の度胸。善逸の提案。ジョジョの波紋。村田のハゲ。これらすべてが作り出した、みんなの連携で成り立った好機。今までの伊之助なら気に喰わないと憤慨していただろう。

 

(……なんだろうな、これ)

 

 心がホワホワする。全員で目標に突き進むと、何故だか心が温かくなる。

 

『君ももっと強くなれるし、何よりその方が楽しいよ!』

『ぼくも彼らと一緒にいると、すごく楽しいんだ!』

 

 ジョジョの言葉を思い出す。

 

『あちい……。根競べだぁ!』

『今ははえぇ奴よりおせぇ奴がつよい!』

『分かった!』

『え、やんの?』

 

 一緒に風呂に入って我慢大会したことを思い出す。

 

『できていたよ! 常中! よく、頑張ったね……』

『や、やった!』

『オッシャアアアアアアアア!』

『ああああああ!! 肺に穴が開くかと思ったぁ────!!』

 

 三人で常中を身に着けて大喜びしたことを思い出す。

 

「……」

 

 楽しい。伊之助は、仲間とともにいるのが楽しいのだ。

 

(だぁー! 獲物を前にホワホワさせるんじゃねぇ!! 敵はもう目の前だ!)

 

 へし折れた木々を飛び越え、避け、駆け抜けていると、獲物が見えた。

 

(いた!)

 

 白い髪の女の鬼だ。

 

「見つけたぜぇ!」

「えっ!?」

 

 ジョジョの槍に注視していた鬼がこちらに振り向く。気づかれた頃にはもう懐に入り込んでいた。ジョジョに気を取られ、投石用に腕を伸ばしていた為に隙だらけだ。伊之助は常中で呼吸を維持している。いつでも準備万端だった。

 

「獣の呼吸ゥ! 陸ノ牙! 乱杭咬み!!」

 

 陸ノ牙・乱杭咬み。伊之助の切り札だ。二刀の刃を、対象の一点で噛み合わせるように挟み込み、刃毀れさせた日輪刀で鋸の如く引き裂く!

 

バ ギャ ギャ ギャ ギャ ! !

 

「ギャアアアアア!?」

 

 日輪刀に挟まれ、引き裂かれた鬼の首は勢いよく吹っ飛んだ!

 

「おっしゃあ――――――っ!」

 

 

 ――伊之助! 下弦の参、零余子を討伐ッ!

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「み、見つからないようにしないと……」

 

 善逸は、折れた木の影を縫うように走り、音から敵の位置を判別。死角から鬼目掛けて駆け抜けている。顔は青ざめ、今にも泣きそうな顔をしている。

 

「……」

 

 ジョジョも、炭治郎も、自分が鬼を倒すと信じて疑っていない。常中を身に着けて、ちょっとばかし自信もついた。そんなあっさり成し遂げられるとは思わなかった。だが、自分は本当に鬼を倒せるのだろうか。

 

(俺は誰よりも弱い! なんで、そんな俺のことをみんなして信じ切ってるんだよ!)

 

 臆病な自分を見せると、今までの人達はすぐに離れていった。そのたびに、自分への劣等感が膨れ上がっていく。兄弟子も自分のことを蔑んでいた。善逸は、何より自分自身が嫌いだった。強くなりたかった。

 

(それでも……)

 

 それでも、育手の爺ちゃん、ジョジョは、泣き言を喚いても根気強く鍛錬に付き合ってくれた。

 

(炭治郎も……。伊之助だってそうだ)

 

 炭治郎は自分を強いと信じている。一緒に鍛錬で連携をした時もそうだった。伊之助も、自分のへっぽこさ加減を嘲笑うが、戦いのときは自分のことを信じて先陣を切らせていた。一緒にいたみんな、善逸の力を信じている。

 

(あの穴の中では、禰豆子ちゃんが村田さんと石を防いでくれている……)

 

 近くに迫る鬼を斬らなければ、一目惚れした大好きな女の子に牙を剥くかもしれない。考えている内に、敵が見えてきた。顔にヒビの入った、長い髪をした男の鬼だ。

 

「……ああああああああ!!」

「!?」

 

 善逸の雄叫びに鬼が振り返った!

 

 体が震える。足が震える。手が震える。それでも呼吸は維持できていた。

 

「かかか雷の呼吸! 壱の型! 霹靂一閃! 四連!!」

 

 抜刀した瞬間、稲妻の如き神速と化した!!

 

 鬼との距離をジグザグと凄まじい速度で縮め、その剣先は、寸分の狂いなく鬼の首に迫った! 伊之助と同じく、手を変形させていたが為に対応が間に合わない!

 

「しまっ……!」

 

ザ ン ッ ! !

 

「この、俺が……。馬鹿なッ……。ぐうう……」

 

 鬼の首が飛んだ!

 

「……はぁ、はぁ……。や、やった……。俺……やったんだ……!」

 

 

 ――善逸! 下弦の弐、轆轤を討伐ッ!

 

 

 ジョジョが作り出した隙、磨き上げられた伊之助と善逸の太刀筋。

 

 全てが合わさったからこそ、成し遂げた功績だった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

村田の髪でバリアを作ると、ミサイルも防げるらしいよ。


次回、炭治郎の運命は如何に……。そして……

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