鬼滅の波紋疾走 JOJO'S BIZARRE ADVENTURE PartEX Demon Slayer   作:ドM

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セフィロスに情緒破壊されたので予定より遅くなりましたごめんなさい!

柱合裁判編開幕。まだお館様の屋敷には行きません! スマヌ!


快挙

 下弦の壱は消滅した。炭治郎は、細胞の一片まで消失したのを見届けて、鬼の匂いがなくなったことを確認する。

 

「……」

 

 敵がいなくなったことを理解した途端、膝から崩れ落ちた。限界だったのだ。

 

「タンジロー!」

 

 ジョジョが駆け寄った。

 

「大丈夫かい!?」

 

 髪で作った槍を片手に持ったまま、炭治郎の肩を支えつつ怪我の様子を確認する。目立っているのは、血鬼術で眠らされた時にできた擦り傷ぐらいだった。軽傷だ。だが、炭治郎は息も絶え絶えで、汗が吹き出し、顔色が悪い。

 

「平気……です。多分、呼吸を、無理やり切り替えた……跳ね返りです……」

「そうか……」

 

 炭治郎が感じていたのは耳鳴り、体中の激痛、狭まる視界。

 

 "全集中の呼吸"の強引な切り替えは、使用者に大きな負担がかかる。炭治郎は、夢の中で会得した"ヒノカミ神楽"の呼吸を使った代償として、一時的に体の自由が利かなくなっていた。

 

「ムー」

「禰豆子……。良かった、もう傷も塞がってる……」

 

 ジョジョに支えられた炭治郎が、禰豆子の頬を震える手で優しく触れる。戦いで負った傷は既に治っていた。禰豆子のダメージも、こめかみに付いた蹴りの傷と、木に叩きつけられた時の打撲ぐらいだったので、鬼の治癒力ならすぐに治った。ジョジョは、両者ともに五体満足で済んで安堵する。

 

「ごめんな、痛かっただろう……」

「タンジロー」

 

 禰豆子は、きょとんとした表情で、頬の手に自分の手を重ねた。

 

 既に治っているとは言え、禰豆子は傷を負ったのだ。敵の血鬼術を受けたが故の不覚。長男として不甲斐なしと、炭治郎は思っている。

 

「よいしょ……。とにかく、今は体を休めるんだよ」

「はい」

 

 ジョジョが炭治郎をおんぶすると、みんなが集まっている場所へ引き返す。禰豆子は、その後ろをトコトコと付いてきた。

 

「ムー……」

 

 禰豆子は頬を膨らませて不満気な表情だ。波紋の残滓でジョジョに近寄れない上に、おんぶの権利を兄に取られたせいである。

 

「禰豆子ちゃ──────ん!! 無事か!?」

「俺が一番乗りで鬼を倒したぜぇ!」

「善逸、伊之助」

 

 善逸と伊之助も駆けつけてきた。善逸は聴覚、伊之助は空間識覚による触覚で、戦いの気配を辿ってきたようだ。二人共、鬼は無事に倒せたらしい。

 

「ネズコはもう大丈夫だよ。ほら、元気そうだ」

「よよよ、良かった……。禰豆子ちゃん! 鬼と戦ってる音が聞こえたから心配したんだよ!」

「ムー?」

「みんな、やり遂げたんだね」

「グハハ! また一歩、最強に近付いた!」

 

 伊之助が右手を掲げて勝利のポーズらしきものを取っている。猪頭を取るまでもなく、誇らしげな顔なのが目に浮かぶ。  

 

「そ、そうだ! 俺、倒したんだ! 鬼を……。それも、十二鬼月を……!」

 

 善逸は禰豆子が無事なのを確認すると、自分の戦果を思い出したのか、興奮気味で手が震えている。鬼を倒したのはほかならぬ自分だと言うのに、それを信じきれない様子だ。

 

「三人とも、本当に、強くなった。これは、みんながいたからこその結果だ」

 

 ジョジョは笑顔で三人を褒め称える。炭治郎達は、下弦の鬼の討伐という困難な任務を、見事成し遂げたのだ。

 

「おう!! ……へへ」

「そう、だよな……。俺、やったよ!」

「ジョジョさん……」

 

 炭治郎は複雑な心境だが、善逸と伊之助はこの結果に自信がついたようだ。

 

「ネズコも、よく頑張ったね。君がいなかったら、タンジローが危なかった」

「ムー」

 

 ジョジョは当然、禰豆子も労う。炭治郎が血鬼術で眠らされている間、禰豆子は果敢に戦い、守り抜いた。もし、彼女が一足先に飛び出していなかったら、炭治郎は死んでいたかもしれない。

 

「さあ、みんなのところへ戻ろう。ゆっくりね」

 

 全員、体力を消耗していることへの気遣いだ。十二鬼月による奇襲。四方からの投石攻撃。善逸の機転による奇襲返し。極度の緊張を強いられる戦いだった。

 

「ジョジョさん、すみません、意識が……」

「いいんだよ。後は任せて、ゆっくりおやすみ」

「助かり……ます……」

 

 そう言うと、炭治郎が背で寝息を立て始めた。相当消耗したらしい。ともあれ、四人は大戦果を携え、生き残った隊員達の元へ戻る。

 

「炭治郎、どうしたんだ?」

「戦闘中に水の呼吸から別の呼吸に切り替えたせいらしい」

「ええ!? む、無茶苦茶するなぁ……」

「んなことできんのか……」

 

 善逸と伊之助はひどく驚いている。呼吸の切り替え。二人がここまで仰天するということは、ジョジョが思っている以上に、とんでもない芸当らしい。

 

(それにしても、さっきタンジローが鬼に放っていた斬撃は……)

 

 ジョジョが見た炭治郎の技。初めて見るものだ。呼吸も、太刀筋も、これまでと大きく異なる。炭治郎の水の呼吸、善逸の雷の呼吸、伊之助の獣の呼吸とも違う。

 

(少なくともあれは、"水の呼吸"とは全く違う。燃えるような呼吸音、流麗な舞いのようでありながら、激しい紅炎(プロミネンス)の如き斬撃。見事という他ない……)

 

 威力も凄まじかったが、その太刀筋の美しさも目を見張るものだった。こちらにまで、熱が伝わってくるような気さえした。

 

(だけど、あの技はまだ鍛練する余地があった。タンジロー、君は一体どこまで強くなるんだ……!)

 

 炭治郎は、禰豆子がダメージを負ったことを悔いている。自分が弱かったから禰豆子が傷ついたのだと考えている。だが、その悔しさをバネにしてまた強くなるだろう。そういう男だ。

 

 ジョジョは、炭治郎が見せた更なる可能性に震える。

 

(聞きたいことは色々あるけれど、今はみんな疲れているからね)

 

 禰豆子が体から発していた炎。炭治郎の呼吸。気になることはたくさんあるが、一先ず後回しだ。今は、回復が最優先である。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「うお、なんかいっぱいいる!?」

 

 善逸が驚く。

 

 塹壕の下へ戻ると、坊主の村田と一緒に何者かが複数人、後始末をしていた。黒子のような頭巾を被り、顔の大半が隠れている。隊士服を着用しており、その背には"隠"と刻まれている。同じ出で立ちの人物が複数人、蜘蛛人間と隊員に治療を施していた。鬼殺隊の後処理部隊、(かくし)だ。

 

 禰豆子と一緒に壁の補修を手伝っていた蜘蛛人間達は、薬を投与された後、包帯でぐるぐる巻きにされて眠っている。処置が完了した者には"治療済"と書かれた大きな張り紙が付いていた。数が数だけにずらりと並んでいるその様は圧巻である。

 

「おお、帰ってきた! 怪我はないか!?」

 

 四人の姿を目にすると、坊主の村田が駆け寄ってきた。

 

「あ、あの子が村田さんの言ってた鬼か……」

 

 坊主の村田の傍にいた隠の一人が、遠巻きに禰豆子を見ている。

 

「ああ、俺たちの、命の()()だ」

「……」

 

 坊主の村田の言葉に、包帯でぐるぐる巻きにされた隊員達が同意する。

 

(ムラタさん……。みんな……)

 

 坊主の村田は、腹を括った顔をしている。隠たちに、大まかな事情を説明してくれていたらしい。その場にいた者たちは、禰豆子を警戒はしているものの、戦いになる雰囲気ではない。

 

「ムラタさん。全員無事ですよ。タンジローは寝てるだけです」

「禰豆子ちゃんも、炭治郎を守って鬼と戦いました! 惚れなおしちゃう!!」

「楽勝だったぜぇ!!」

「そうか! 討ち漏らしは、なさそうだな。顔見てるとなんか分かるよ」

 

 坊主の村田は感心する。

 

「ジョースター殿の言う通り、鬼は全員十二鬼月だったのか?」

「俺が斬った鬼はそうでした。伊之助は?」

「おう、俺のとこもだ」

「タンジローが斬った鬼もそうでした」

「てことは、俺の髪で倒せた鬼も……。俺の、髪で……。髪……」

 

 坊主の村田は"髪"という言葉に合わせて気が沈んで行く。その悲しみは、未だ拭いきれないものだったのだ。

 

「髪で倒した鬼も……。十二鬼月だったんだな……」

「恐らく」

「……ん?」

 

 悲しみに暮れる坊主の村田を尻目に、何か気付いた善逸が、指折り数えだした。

 

「何してんだ? 逸脱」

「善逸な。いや、今下弦の鬼を何体倒したかなって」

「ぼくがやっつけたのは、以前のも入れて三人だね」

「残り俺達で倒したのが更に三体で……」

「六だぁ!!」

 

 伊之助が自信満々に答えた。両手で指三本を掲げて飛び跳ねている。

 

()ー!」

 

 何故か禰豆子も真似をして飛び跳ねている。ジョジョ達の動きを真似するのが癖になりつつあるらしい。太ももがちらりと見えて善逸が己の目を手で覆う。尚、隙間から覗く目はかっぴらいていた。炭治郎が起きていたら危なかった。

 

「下弦の鬼を六体……!?」

 

 坊主の村田、急にテンションが上がる。落差の激しい男である。

 

「全滅じゃないか!? 歴史に残る快挙だぞ!!」

「か、下弦の鬼が全滅!?」

 

 その場にいた隠の面々もにわかにざわつく。

 

「すっげぇ!」

「鎹鴉も言っていたから間違いないぞ!」

 

 釜鵺、累、零余子、病葉、轆轤、魘夢。十二鬼月の下弦は、ジョジョ達の働きにより全滅となった。これで、人々を脅かす鬼の戦力は大幅に削られた。下弦の鬼は幾度となく補填されてきたが、大きな痛手となった筈だ。

 

 ──なるほどなるほど、西洋の鬼狩りさんに人を襲わない鬼。

 

「!?」

 

 ──村田さんが言ってたことは本当のようですね。

 

 木の上から女性の声が聞こえた。

 

 ジョジョ、善逸、伊之助は驚く。聴覚の鋭い善逸と、触覚の鋭い伊之助がいたと言うのに、全員、声を聞くまでその存在に気付けなかったのだ。

 

 隊員がふわりと降りてきた。

 

 末端が紫がかった黒髪を蝶型の髪飾りで後頭部に束ね、目は紫色。口元は笑みを絶やさない。隊服の上に着た蝶の羽根を模した羽織がはためく姿は、蝶が舞い降りるかのようで、善逸は見惚れていた。

 

「戦わずに済みそうで何よりです。那田蜘蛛山をこんなお花畑に変えてしまう人と、喧嘩したくはありませんから」

 

 朗らかに言う。言動から察するに、禰豆子を警戒した不意打ちを想定しての行動だったようだ。本当に、戦わずに済んで何よりであった。

 

「急に出てきやがったぞ! 気色わりぃ!!」

「すっげぇ美人が降ってきた! でも音が不安定で怖い!? 何この人!?」

「……あけすけな坊や達ですね」

「バカお前ら!!」

「いたっ!」

「いでぇ! 何すんだこの野郎!」

 

 慌てた様子で、坊主の村田が善逸と伊之助に拳骨を喰らわした。

 

「君は……?」

 

 ジョジョが現れた隊士に問う。鬼殺隊関係者であることは間違いなさそうだ。

 

「初めまして。鬼殺隊・蟲柱、胡蝶しのぶと申します。貴方が噂に聞く"西洋の鬼狩りさん"ですね? 一度お会いしてみたかったんです」

 

 しのぶと名乗った女性がにこりと微笑み、ジョジョに手を差し出した。握手のサインだ。

 

「シェイクハンドでしたっけ? 合ってます?」

 

("柱"……! そうか、この人が)

 

 彼女は、鬼殺隊最高戦力、"柱"の一人だった。ジョジョ、善逸、伊之助、禰豆子さえも気づかせぬ程の遮断された気配に、その身のこなし。目の前の剣士(サムライ)が相当の実力者であることが分かる。

 

「はい。ぼくは、ジョナサン・ジョースターと言います。お会いできて光栄です。シノブさん」

 

 ジョジョは笑顔で応え、しのぶの手を握る。

 

(ッ!! ……す、すごい!)

 

 伝わってくる生命エネルギー! その笑顔とは裏腹に、鬼への大きな憎しみと、己の身を省みないほどの覚悟が伴った奔流! 炭治郎と同じく、確固たる意志を持った戦士の生命力だ! 他の隊士に比べ、非力なように感じられたが、そんなことは些事だと言わんばかりの凄味があるッ! ジョジョはしのぶの強さを、しかと感じ取った! 

 

 握手を終えてもその余韻が残る程だった。

 

「紳士なお方。そちらではジェントルマンでしたか。それに日本語もお上手で」

「タンジローのおかげですよ。彼は、ぼくの恩人なんです」

「それはそれは」

 

 ジョジョとしのぶの会話は和やかに進行する。それでも、禰豆子の気配に注視しているのが分かる。鬼狩りの中でもトップクラスのプロフェッショナルであることは間違いない。

 

(それに、この服装に髪飾り……。蝶……。蝶屋敷?)

 

「もしかして、貴方がムラタさんの言っていた蝶屋敷の主ですか?」

「そうですよ。もう聞いてたんですね」

「では、蜘蛛に変えられてしまった人たちは……!」

「お任せを。戻して見せましょう」

 

 即答だった。その表情からは自信が窺える。確実に治せるという自負があった。

 

「すごい! どうかお願いします!」

「はい。ただ……。何らかの後遺症は残るかもしれませんが」

 

 しのぶは顎に手を当てて考える。人面蜘蛛に変えられてしまった者は、長い時間をかければ人の姿に戻すことは可能だ。しかし、体の麻痺、身体機能の低下など。日常生活すら支障を来す、後遺症は免れないだろう。

 

「後遺症……。それならぼくの"呼吸法"で治癒できるかもしれません!」

「まあ! それは!」

 

 しのぶが喜色満面になる。

 

 しかし、心の中で首を傾げた。隊員の骨折を"波紋の呼吸"という特殊な"呼吸法"で治癒したことは村田から既に聞いている。

 

 全集中の呼吸にも、常中の応用で出血を防ぐ応急処置法はある。だが、骨折を、増してや他者の怪我を治す"呼吸法"など、見たことも聞いたこともない。

 

「"波紋の呼吸"は、呼吸によって作り出される生命エネルギーを患者に与え、治療に用いることができる秘法です。後遺症を残さずに治療する術も存在します」

 

 かつて、ジョナサンの師、ウィル・A・ツェペリがインドで出会った波紋使いの医者は、西洋医学でも切り落とさなければ死ぬ程の、老人の腐りかけた脚を治したことがある。波紋法による治療は、後遺症にも有効な可能性が高い。

 

「ああ、失血死寸前の人も助けてたよね、ジョジョさん。あの人、鬼に吹っ飛ばされて胸いっぱいに切り裂かれてたのに、よく助かったもんだ」

「!」

 

 善逸の何気ない話に、しのぶはほんの一瞬だけ目を見開いて驚く。

 

 人間は、血液を半分程失えば死に至る。人体が吹っ飛ぶ程の力で胸いっぱいに裂傷を負っていたとするなら、治療を施す前に確実に死ぬ。死んでしまう筈だ。後遺症の治療とはあまり関係のない話かもしれないが、その衝撃は余りにも大きかった。

 

「では、ジョースターさんに協力をお願いしても?」

「勿論です! ぼくにできることなら喜んで!」

「ありがとうございます」

 

 しのぶの艶やかな笑みに、隠と善逸は見惚れる。ジョジョはエリナの笑顔が一番なので平気そうだ。愛妻家の強さである。

 

 患者たちに希望の光が差してきた。しのぶが蜘蛛化を治癒し、ジョジョが後遺症を治癒する。これで蜘蛛に変えられてしまった人や隊員達は、元の生活に戻れる可能性が大きく高まった。

 

「さあさ、患者はまだまだたくさんいますよ。皆さん、引き続き対応をお願いします」

 

 しのぶが笑みを絶やさず二度手を叩くと、隠たちはハッとして後処理を再開した。

 

「彼らの鎹鴉から既に話は聞いています。驚きましたよ。下弦の鬼一体では飽き足らず。まさか全滅させるなんて。柱でも、そんな実績を挙げた者はいません。私とカナヲ、冨岡さんが招集されたのも、無意味になっちゃいました」

「皆の力があってこそです」

 

 賞賛に、ジョジョが謙虚を持って答える。どうやら、しのぶの他にも、戦力が二人派遣されているようだ。

 

(トミオカ……? タンジローが世話になったという人と同じ名前じゃあないか)

 

 炭治郎が、鬼殺隊に入隊するきっかけとなった人物としてジョジョが聞いていた名だ。だが、カナヲと言う人物と共に見当たらないので、恐らく生き残りの捜索や、隠の護衛をしているのだろう。

 

「そう、そこなんですよ。貴方の"呼吸法"もですが、共に行動している隊士達は、全員"(みずのと)"。選別試験を終えて間もない新人たちが"常中"まで会得している。下弦の鬼を討った。いったいどういう仕掛けなのか……。とても興味があります」

 

 しのぶは妖しく微笑み、ジョジョの能力に極めて高い関心を示している。

 

 胡蝶しのぶは、蝶屋敷を取り仕切る。柱の業務だけでなく、隊士達の治療、訓練、鬼に効く毒薬の開発等。裏方にも大きく貢献する。鬼殺隊の重要人物だ。

 

 ジョジョが使いこなす"波紋の呼吸"。無傷で下弦の鬼を打倒するその力。那田蜘蛛山を一面花畑に変えてしまった力。炭治郎達が"常中"を会得した訓練方法。村田から聞いた「ジョースター殿が骨折を治してくれた」と言うその方法と後遺症の治療法。知りたいことは山ほどあった。

 

「胡蝶」

 

 突然、森の開けた一角から、しのぶの名を呼ぶ男が現れた。

 

「うお! み、水柱様!?」

 

 近くにいた隠がぎょっとしている。彼も気配を絶っていたようだ。

 

「あら、冨岡さん」

 

 水柱、冨岡と呼ばれた青く鋭い目つきの男が、無表情で、こちらに近づいてくる。背中まで伸ばしたボサボサの髪を首で束ね、隊士服の上から半々羽織を着用している。半々羽織は右半分が赤色の無地・左半分が黄色と緑の亀甲柄だ。

 

(彼が……。あの呼吸音は、水の呼吸ッ! この人が"水の呼吸"の使い手で一番強い人か。タンジローの言っていたトミオカさんの確率が高いぞ)

 

 炭治郎が眠っているため、確かめることはできない。

 

 だが、ジョジョは理解した。服越しにも分かる鍛え抜かれた肉体。静止した水面の如く静かな佇まい。奥底に潜ませている太刀筋の速さは、想像を絶することだろう。伊之助もそれを肌で感じ取っているのか、冨岡を低姿勢で唸りながら睨んでいる。

 

「お前なんで威嚇してんの……」

「邪魔すんな……!」

 

 善逸が伊之助を起こそうとするが、伊之助が抵抗する。謎の揉みあいである。

 

「冨岡さん、その鬼を攻撃するのは一旦保留に……」

「知っている」

「あら、まだ話はしていない筈ですけど」

「2年前に会った」

「…………その子、鬼ですよね? 会ったときは人間だったんですか?」

「鬼だった」

「……」

 

 しのぶが笑顔のままこめかみに血管を浮かべている。鬼殺隊の隊律で考えるとかなり不味い行動をしている筈なのだが、冨岡の発言は要領を得ない。随分と口数の少ない人物だ。普段から難儀しているのがなんとなく伝わってくる。

 

「お前は……」

 

 冨岡が、ジョジョに背負われている炭治郎を見て表情を微かに変えた。

 

(やはり、この人がトミオカさんで間違いない!)

 

 ジョジョは、しのぶとのやり取りで、炭治郎の言っていた"冨岡さん"と確信して話しかけた。

 

「どうも、トミオカさん。タンジローがお世話になったと聞いています。ぼくは、ジョナサン・ジョースター。是非お会いしたかったです!」

「お前は関係ない」

 

 しのぶが頭を抱える。ジョジョの言葉に対する返答としては、余りにも不躾だったからだ。尚、冨岡に悪意は一切ない。

 

(相っ変わらずね。この人……)

 

 彼はただ、コミュニケーション能力に難があるだけなのだ! 

 

「そんなことはありません。貴方はタンジローとネズコを助けてくれた」

「助けていない」

 

 冨岡は否定する。元々殺すつもりだったが、炭治郎の懇願と禰豆子の行動に心を打たれ、育手である鱗滝左近次へ手紙を書いただけのこと。助けと言うほどのことはしていないという意味だ。"助けていない"の一言にはそれだけの意味が込められている。

 

(言葉の意図が全く分からない。おまけに音が静かすぎるし……)

 

 善逸は困った顔でジョジョと冨岡を見る。意味は伝わらなかったようだ。一方、威嚇に飽きた伊之助は、禰豆子と一緒にどんぐりを拾っている。

 

「助けられました! 貴方の決断に、ぼく達は助けられたんです」

「決断……」

「はい、貴方がネズコの可能性を信じ、タンジローに育手を宛がう決断をしていなければ、タンジローとネズコの未来は、暗いものとなっていた」

「……」

「ぼくは、貴方の決断、ウロコダキさんの力、タンジロー自身の優しさの上に、立たせて貰っている身。だから、貴方もぼくにとって大切な恩人です」

「そうか……」

「どうか、礼を言わせてください。本当にありがとう……」

 

 ジョジョが冨岡の手を取り、優しく握り締めた。

 

「……冨岡義勇だ」

「ギユウさんですね! よろしくお願いします!」

 

 冨岡義勇の自己紹介に、ジョジョは笑顔で答えた。

 

(あの言葉をここまで善意的に解釈する人、初めて見た……)

 

 しのぶは、ジョジョが紳士であるという印象は持っていたが、ここまで紳士とは想定外だった。まさか冨岡相手に、ここまでやり取りできる人間がこの世にいるなどとは思いもしなかったのだ。

 

(すげぇなジェントルマン)

(紳士やべぇ)

 

 治療を続ける隠たちも、ひっそりとジョジョの紳士ぶりに舌を巻く。その上で、二羽の鎹鴉が何かやり取りをしている。

 

「伝令!! 伝令!! カァァァ! 伝令アリ!!」

 

 木の上に止まっていた鎹鴉達が大声をあげた。

 

「炭治郎! 禰豆子! ジョナサン・ジョースター! 本部へ連レ帰ルベシ!」

「炭治郎、額ニ傷アリ! 竹ヲ噛ンダ鬼禰豆子! 青イ隊服、西洋人ノジョナサン!」

「禰豆子ノ連レ帰リガ困難ナ場合ノミ拘束セヨ!」

 

 鎹鴉は、この言葉を繰り返す。

 

「……恐らくこの炭治郎君は本部で柱合裁判を受けることになるのでしょう」

 

 しのぶが言う。

 

「裁判! もしやタンジローとネズコを!?」

「そそそそそんな!? 禰豆子ちゃんを!? 」

 

 しのぶの言葉に、ジョジョと善逸は大慌てする。裁判とはのっぴきならない事態だ。片や眠っており、片や伊之助とどんぐりを拾い集めているが。

 

「心配する程のことではないと思いますよ。連れ帰り困難な場合拘束と言っています。これは、異例ですよ」

 

 鬼を庇う行為は、鬼殺隊では当然御法度だ。本部で裁判を受けると言うならば、炭治郎と禰豆子は有無を言わさず拘束されて然るべきところだ。だが、伝令は連れ帰るのが困難な場合のみ拘束と言っている。鬼殺隊とは思えぬ温情処置だ。

 

「確かに、ジョースターさんの危惧してる通り、炭治郎君と禰豆子さんが何らかの処分を受ける可能性はありますが」

 

 坊主の村田、尾崎、治療を受けていた隊員にも動揺が走る。

 

「さて……」

 

 胡蝶しのぶは全員の顔を見渡してから考える。どうすれば、鬼殺隊にとって最良の結果になるか。

 

 ジョナサン・ジョースターは明らかに炭治郎と禰豆子に味方するつもりだ。ここでの対応をしくじれば、最悪敵対することにもなりかねない。

 

(それは、色々と困るかしら……)

 

 それだけはなんとしても避けたい。本部では、禰豆子のことをよく思わない者が多数を占めるだろう。柱の大半が反対するのは目に見えている。何を仕出かすか分からない者もいる。だが、自分も柱という立場である以上、露骨に味方するわけにはいかない。

 

「……禰豆子さんの身の安全を、確実に保証したいですか?」

「当然です! 何か方法はあるんですか!?」

「ええ。皆さんの協力が必要ですけど」

「言ってください! なんでもします!」

 

 ジョナサンの言葉は那田蜘蛛山の生き残り達の総意とも言えるだろう。非常に困った事態だ。蜘蛛人間を含む、隊員達が禰豆子への寛大な対応を求めている。

 

(私も、陰ながら協力するとしましょう)

 

 とはいえ、上司の耳に入った情報を考えれば、現状禰豆子が処分される可能性は()()()()()()。打てる手を打てば、なんとかなるだろう。しのぶは、裁判に向けて準備を開始した。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

しのぶさんは村田達が頑張って説得したらしいよ。隊員達の中には、『母上』を助けると謎の台詞を吐いた男がいたとか。

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