鬼滅の波紋疾走 JOJO'S BIZARRE ADVENTURE PartEX Demon Slayer   作:ドM

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今までで一番の長文になりました('ω')


フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

案内役は勿論後藤さんです


「村田……。その頭……」
(冨岡、俺のこと覚えてたんだな……)
「名誉の負傷さ……」
「……? そうか……」



大正生麦事件

 炭治郎は目を覚ました。どれぐらい眠っていたのかは分からない。今も、微かに揺れながら、風が顔に当たっているのが分かる。

 

(俺は確か、ジョジョさんに背負われたまま……。ん?)

 

 三つ、妙なことに気付いた。

 

(俺を運んでいるのは、ジョジョさんじゃない。匂いが違う。誰だろう?)

 

 一つ、自分はジョジョに背負われたまま眠っていた筈だったが、今自分を運んでいるのは間違いなく別の男性だ。匂い、背中の大きさ、硬さが全く違う。しかし、敵意の匂いはしない。

 

(俺は今、目を開けたのに……)

 

 二つ、景色は真っ暗なままだ。目を中心に緩く絞められている感触に気付く。どうやら、目隠しを付けられているらしい。耳栓まで付けられており、情報が遮断されている。幸い鼻は塞がれていないので、匂いから状況はある程度推理できた。

 

(森の匂い。那田蜘蛛山とは違う)

 

 余談だが、もし鬼殺隊本部が炭治郎の嗅覚について知っていたら、鼻栓もされてただろう。まだ、ギリギリ知れ渡っていなかったのである。

 

 そして三つ、最も重大な問題だった。

 

(箱を背負ってる感触がない! 禰豆子の匂いもしない!)

 

 禰豆子がいない。ジョジョと善逸と伊之助も近くにいない。この場にいるのは、炭治郎と、自分を運んでいる何者かのみだった。

 

「すいません! どなたか分かりませんが、降ろしてください! 禰豆子がいないんです! 妹なんです!」

 

 炭治郎を運んでいる人物の頭が揺れ、足が鈍る。耳栓をされており、自分では分からなかったが、かなりの大声を出してしまったらしい。

 

「だー!!! うっせぇー!!!!!」

 

 耳栓越しにも伝わってくる怒鳴り声だった。相当効いたようだ。すると、運んでいる人物が手をずらして炭治郎の背中に人差し指を押し付けた。

 

(ぶふ……くすぐったい……。これは、指で字を書いている)

 

 指文字で意思疎通を図っていることが分かった。耳栓をしているが故の配慮だ。

 

(つ、い、た、ら、わ、か、る)

 

 着いたら分かる。

 

 一体自分はどこへ運ばれているのだろうか。敵意がないことを考えると、自分が意識を失っている間に、何らかのやり取りがあってこうなったのかもしれない。炭治郎は、一先ず黙して、目的地への到着を待った。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 運んでいる人物が炭治郎を降ろした。匂いで場所を確かめようと思っていたら、目隠しと耳栓も取られた。空は朝焼けの赤がじんわりと広がる。

 

「ほれ、着いたぞ。あー……鼓膜破れるかと思った……」

「ごめんなさい……。ここはどこですか?」

 

 炭治郎を運んでいたのは、顔を黒子頭巾で隠した鬼殺隊服の男。隠だった。耳鳴りがひどいのか、耳を押さえている。

 

「ここは鬼殺隊の本部だ。俺の名前は聞くなよ。規則で名乗れん」

 

 秘匿している場所への案内役は、名を名乗れないのである。

 

「本部……」

 

 周囲一帯木々に囲まれており、ここがどこに位置しているのかはさっぱり分からない。炭治郎の前には、一際立派な屋敷が佇んでいる。

 

(な、なんて大きい家だ……。ひささんのお屋敷よりも大きいぞ)

 

 余りの大きさに目を丸くする。古き良き日本家屋そのものの様相で、屋敷の壁を囲う白い壁は、奥側の終点が見えない程だ。要所要所に藤の花が点在している。匂いが一段と濃い。

 

「眠っていたからなんも知らないんだったな。道すがら教えるから付いてきな」

「分かりました」

 

 隠の男性は、屋敷の庭を案内しながら、炭治郎の置かれている状況を丁寧に説明してくれた。

 

 炭治郎と禰豆子は"柱"立合いの下、裁判を受けることになる。鬼を庇う行為、連れる行為が、隊律違反な為、矛先が向いてしまった訳だ。下手すれば、二人そろって斬首になる可能性もある。また、柱のことも知らなかったので、そこも教わった。鬼殺隊の中で最も位の高い九名の剣士。自分の上司に当たる。

 

 要するに、お偉いさんから禰豆子について問われる状況だ。

 

(禰豆子の為にも、鬼殺隊に身の潔白を証明しなきゃならない!)

 

 妹の安全を確保するためならなんだってやる所存である。具体的に何をすればいいのかは分からないが。

 

「あ、タンジロー!!」

「ジョジョさん!!」

 

 広い庭園を歩いていたら、ジョジョと合流できた。青い隊服に身を包んだ今となってはお馴染みの格好だ。頼もしい友との再会に、炭治郎は緊張が解れる。

 

(ジョナサン・ジョースター……か)

 

「タンジロー、裁判のことは聞いたかい?」

「聞いてます。俺と禰豆子が受けることになると」

「そうか。ぼくも、二人について証言するよ。胸を張って臨もう!」

「ありがとうございます!」

 

(熊でも絞め殺せそうだな……)

 

 自分や炭治郎より、縦にも横にも大きい。隠になって以来、ここまで発達した筋肉を見たのは柱の一人、岩柱ぐらいなものである。

 

「そうだ、ジョジョさん。禰豆子は……」

「ネズコはあの後すぐ、木箱に戻って眠ったんだ。あの子も別の隠が背負っていったよ。道順を特定されない為に、交代を繰り返して別の道筋で走っているから、みんな離れ離れだったんだって」

「そういうことだったんですか」

 

 徹底した秘匿ぶりである。

 

 炭治郎との会話はジョジョに任せ、隠の男性は案内に専念しようと思ったが、不意に疑問が生じた。隠の男性は、ジョジョに訊ねる。

 

「あー、ジョースター殿」

「はい」

「貴方は、あくまでお館様に招かれたお客人なので、裁判に参加できるわけではないのでは?」

 

 疑問は尤もだった。ジョジョが本部に招かれたのは、裁判とは別件だ。となれば、無関係なので、口を挟む余地はないように思える。

 

「ぼくは、タンジローに何度も助けられてきました。隊服も支給されて、給金も頂いているので関係者と言っても過言ではありません」

「うーん……?」

「それと、首飾りを付けた鎹鴉からの言伝で、我が家だと思って好きにくつろいで欲しいと言われました」

「!」

 

(お館様の鎹鴉だ……。しかし、好きにくつろいでいいとは)

 

「どこでくつろいでいいかとは、聞いてないですか?」

「はい、あくまで好きにしてくれと」

「なるほど……」

 

 客間の指定すらないとは、随分と曖昧な話だ。聡明なお館様のことだから、何か思惑があるのだろうと考えるが、真意は分からない。

 

「となれば、裁判に立ち会っても問題ないかなと」

「……」

 

 ジョジョがニコリと笑う。爽やかさを感じさせる。ごく短いやり取りだったが、隠の男性は理解した。この男は礼儀正しく義理堅いが、やるといったらやる(たち)だと。

 

「まぁ、それなら。特に問題……ないですね……」

 

 釈然としないが、自分はあくまで案内役だ。後は成り行きに任せるのみである。

 

「此方です。もう皆さまお待ちになっている」

 

 隠の男性が小声で到着を知らせると、そそくさと去っていった。

 

 一際広い縁側だ。庭には白い砂利が敷き詰められており、奥の方にある広い池と立派な松の木が目に付く。屋敷で良く見られる日本庭園である。

 

 縁側付近に六人の隊員がいた。よく見ると、松の木の太い枝部分でうつ伏せに寝っ転がる隊員が一人。計七人だった。胡蝶しのぶはいない。

 

 炭治郎は、待っている隊員達こそ、鬼殺隊の要である"柱"と確信する。

 

(この人達が……柱。冨岡さんもいる! 今なら分かる……。俺はまだ、遠く及ばないぐらいに、全員強い!)

 

 ジョジョに鍛えられた甲斐もあり、相手の力量がある程度見極められるようになった。その匂い、気配から感じ取ったのは、強者のそれだった。男六人、女一人。皆例外なくツワモノだ。

 

「来たか!」

 

 炎のような男が威勢よく声をあげた。髪は黄色、末端は赤い。首までかかる髪ともみあげ、髪色、ボサボサの髪質が合わさって、燃え上がる炎のようにも見える。隊服の上に白い羽織を纏っており、下の部分に火を象った刺繍が施されている。

 

「ほう! なんと鍛え抜かれた肉体だ! 精悍な顔付き! 名のある戦士と見た!」

 

 二股に分かれた太い黒眉がピクリと動く。開口一番、男がハキハキと大きな声で語りだした。目は大きく見開き、口元に笑みを浮かべたまま、ジョジョをじっと見ている。

 

「かの西洋人の鬼狩り殿か! 裁判に臨むのはそっちの少年ではないのか! む! 少年! 常中を身に付けているな! 感心だぞ!!」

「ど、どうも」

 

 男は炭治郎を褒める。どこを見ているのか分からないが。

 

「して、貴殿は何用か!」

「恩人であり、友人であるカマド・タンジローの弁護に来ました。ジョナサン・ジョースターです。よろしくお願いします!」

 

 男のハッキリとした物言いに、ジョジョは堂々と返答する。

 

「ジョナサン殿と呼べば良いか! それともジョースター殿か!」

「気軽にジョジョでも構いません!」

「承知した! ではジョジョ! そちらも遠慮は無用にて! 噂はかねがね! 俺は煉獄杏寿郎と申す! 炎柱だ! そこの竈門少年が、恩人な上に友であると言うならば、貴殿は立ち会う他ないな!」

「ありがとう! キョウジュロー!」

 

 男は煉獄杏寿郎と名乗った。ジョジョの登場はすんなり受け入れるつもりらしい。

 

「いいわけないだろう」

「む! 伊黒!」

 

 煉獄に突っ込み、伊黒と呼ばれたのは、木の上で寝転がる男だった。蛇柱・伊黒小芭内は、黒髪を首元まで伸ばしており、右目が黄色、左目が緑のオッドアイ。口に包帯を巻いており、鼻から下の表情が読み取れない。首に巻きつく真っ白な蛇、相棒の鏑丸が炭治郎達を赤い目で見つめている。

 

「処分の話に部外者を持ち込むな。話がこじれるだけ。それも、鬼を連れた奴を拘束すらしてないとはどういうことか」

 

 上半身を起こし、ネチネチと言いながら指差す。白黒の縞模様の羽織が揺れた。

 

「ジョースター殿、俺は伊黒小芭内、蛇柱。どうか客間にて待機を」

「オバナイさん、ごめんなさい。どうしてもできない。それは、友を見捨てることに他なりません」

「……」

 

 ジョジョへの対応は一応丁寧だが、慇懃無礼な印象を受ける。

 

「俺はその派手な男を許してやろう」

「宇髄……」

 

 伊黒が呆れたように睨んだ男、宇髄は、握り拳に親指を突き出して自らを指す。白い髪を大量の宝石がついたヘアバンドで固定しており、側頭部でぶら下がる数珠つなぎの宝石が日光を反射し、ジャラリと音を立てる。耳に着けた金色のピアスも眩い。

 

「ジョナサン・ジョースター殿。成程、それでジョジョか。中々派手で面白い名前だな。俺は宇髄天元、音柱だ。背丈は俺のがちっとデカイぐらい、だが……」

 

 大男だ。身長は198㎝。なんと、ジョジョよりも3㎝程高い。左目から飛び出すような赤く丸いフェイスペイント。赤い両眼で、自分の力こぶとジョジョの腕を見比べる。伊黒のことはお構いなしだ。

 

 両腕を露出した忍び装束のような隊服を着用しており、上腕二頭筋に力を籠めると、二の腕についた太い金の輪が軋む。指には数個の指輪。背負う大鎌のような二対の日輪刀。その口癖から"派手"を信条としているのが分かる。

 

「速さなら……。勝てそうか。力は……。ふん、そのド派手な筋肉と気配に免じる」

「ふふ、ありがとう、テンゲンさん」

 

 鼻を鳴らし、そう言う宇髄の表情は、柱の自負なのか少し悔しそうだ。少なくとも、ジョジョを強者と認める口ぶりである。

 

「南無阿弥陀仏……。南無阿弥陀仏……」

 

 手に引っ掛けた赤い数珠をジャリジャリ鳴らし、念仏を唱えているのは、額に大きな一本線の傷跡が付き、黒い刈り上げで、滂沱の如く涙を流し続ける大男だった。その目は白目だ。炭治郎はそのあまりの背丈に仰天する。

 

(大きい。宇髄さんという人もだが、この人もジョジョさんより背が高い! 一間一尺は優に超える! おまけに筋肉の量も決して負けていない!)

 

 身長220㎝。余りにもでかい! 

 

 しかも、筋肉の量も引けを取らない程で、中までみっちりと詰まった丸太のような腕を隊服から覗かせている。そして何より、その見た目に違わず集った面々の中で最も強いのは彼だと感じさせる。

 

 大男がずしりと、ジョジョの元に近付く。巨人同士の威圧感は、半端ではない。

 

(ぬう! 千秋楽の大一番を見ているようだ!)

 

 煉獄も、その威圧感をひしひしと感じ取っていた。

 

 まさか国内にこのサイズの男性がいるとは驚きである。隊服の隙間からはち切れんばかりの胸筋と紫の布地が見える。萌黄(もえぎ)色の羽織を纏っており、白地の裾には"南無阿弥陀仏"と書かれていた。 

 

「私は悲鳴嶼行冥。岩柱を任されている。ジョースター殿……。下弦の鬼討伐。そして、遠路はるばる海外からの御協力。誠に感謝する……」

 

 悲鳴嶼は両手の平をくっつけたままおじぎをし、ジョジョに感謝の言葉を述べている。涙は垂れ流しだ。

 

(これは、老師トンペティに教わった波紋使いの挨拶にそっくりじゃあないか! それにあの玉を繋いだ大きめの腕輪……。もしや、僧侶の方かな?)

 

 ウィル・A・ツェペリの師匠、ジョジョにとっては大師匠に当たる人物、それが老師トンペティだ。

 

「こちらこそ。ぼくもタンジローのお世話になりました」

 

 ジョジョも、両手の平を合わせておじぎで返した。その動作には一切の淀みがない。煉獄が、感心したのか息を漏らした。

 

(エゲレスの紳士! ジェントルマンだわ!! それに悲鳴嶼さんと同じぐらいのすごい筋肉……)

 

 悲鳴嶼とジョジョを緑色の瞳で見比べ、頬を上気させている女性隊士がいる。お腹まで届く長い三つ編みで、色は桃色、末端は緑。桜餅のような色あいだ。

 

(とっても優しくて強そう……。ドキドキしちゃう……)

 

 両手の平を頬に当ててうっとりしている。両目の下についた涙黒子が色気を感じさせる。

 

「あ、あの、私は甘露寺蜜璃です! 恋柱です! あ、恋の呼吸っていうのは炎の呼吸の派生で……。えっと、ジョジョさん! よろしくお願いします!」

「よろしく。ミツリさん!」

 

 ややサイズの小さいスカート型の隊服から、胸元と太ももを露出させており、緑色の縦縞が入ったニーハイを履いている。羽織はシンプルな純白。

 

(これが正式な衣装……なのかな? とても刺激的な格好をした子だな……)

 

 勢いよくおじきをするものだから色々と危険だ。なんとも目のやり場に困る着こなし方である。

 

(甘露寺……)

 

 恋柱・甘露寺蜜璃。伊黒は、何らかの理由により、甘露寺を見た後ジョジョを睨んでいる。何らかの理由により。口元は見えないが歯軋りの音がする。

 

「……」

 

(外国人だ……)

 

 沈黙し、覇気のない表情でジョジョをじっと見ているのは柱の最年少、霞柱・時透無一郎。黒いストレートの長髪。末端は水色。羽織は付けておらず、大きめのサイズに調整された隊服によって、手が隠れている。

 

 大概のことには無関心を貫くが、ジョジョに関心を寄せていた。強者の気配か、存在感か、はたまたカリスマか。いずれにせよ、非常に珍しいことだ。

 

(なんだか目が離せないな……)

 

「……」

 

 水柱・冨岡義勇は、全員と距離を取り、そっぽを向いて我関せずと言った様子。その仏頂面から考えを読み取るのは、不可能であった。

 

「さて、本題だが……」

 

 伊黒が松の木の上から話を切り出す。本来、炭治郎が鬼を庇っていることについて厳しい追及をする予定だったのだが、ジョジョの圧倒的存在感により、おざなりになってしまった。

 

 と言うのも、全員、下弦全滅の功労者であり海の向こうからやってきた鬼狩り、ジョナサン・ジョースターがどんな猛者か気になって仕方がなかったのだ。その結果は、満場一致で期待以上である。

 

 柱は皆、気配が読み取れる。幾度となく繰り返されてきた鬼との死闘により磨き上げられたセンスだ。ジョジョと顔を合わせた瞬間から、彼もまた、死線を幾度も潜り抜けた猛者であることがありありと読み取れた。

 

「本題。禰豆子と俺について、ですね……」

 

 炭治郎が固唾を飲んで切り出す。

 

「うむ! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! われらのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!」

「……そんな!?」

「……」

 

 煉獄から告げられた言葉は非常に厳しいものだった。

 

「と、言いたいところだが! 竈門少年の功績を考えるとそうもいかない! 彼は"(みずのと)"でありながら、下弦の壱を討ち取る手柄を立てている! 金星(きんぼし)と言っていい! ジョースター殿も迎え入れた以上、まずは言い分を聞かねばな!」

「!」

 

 炭治郎とジョジョの表情が明るくなる。一方的に処断されるということは回避されたのだ。

 

 伊黒は眉間を指で軽くつまみ、溜息を吐く。

 

(本当に頭が痛い……。話が進まないからと切り出したが、甘露寺、煉獄、宇髄、悲鳴嶼さんはジョースター殿を受け入れるつもりだ。時透は無関心、冨岡は何を考えてるか分からん……。胡蝶はいないとなると残るは……)

 

 最早自分以外気にしていない上、当のジョジョは炭治郎の助け舟になる気満々だ。優男に見えるが意志は固い。功績を考えるともう無視はできないので諦めることにした。ジョナサン・ジョースター主導による、下弦の鬼全滅という実績は、余りにも重い。

 

 鬼の手から人々を助ける立場である鬼殺隊としては朗報だが、蛇柱としては部外者に手柄を取られた身なので内心複雑だ。とはいえ、それを口に出すのは余りにもみっともないので言わない。合理的ではない。鬼殺隊の本懐は人々を脅かす鬼の排除。鬼舞辻無惨の完全消滅だ。

 

 しかし、実績はあくまで()()()に過ぎない。ジョジョの言動を無視できない最たる理由はそれじゃない。これは伊黒に限らず、柱全員が抱いている最大の疑問だ。

 

(この男、短期間で下弦の鬼を全てけしかけられている。歴史上そんなことが起きた記録は一つとしてない……! ジョナサン・ジョースター。一体何を仕出かした……)

 

 うどん。

 

「俺は禰豆子を治すため剣士になったんです! 禰豆子が鬼になったのは二年以上前のこと! その間、禰豆子は人を喰ったりしてない!」

「だったら、それを証明する方法はあるのか?」

 

 炭治郎の主張に、宇髄が問う。

 

「そうだな! 人を喰ってしまったら取り返しがつかない! 喰われた人、失われた命は決して戻らんのだ!」

「……」

 

 宇髄に続いて、煉獄が柱側の主張を述べる。それは、禰豆子に疑いをかける柱たちの総意でもあった。

 

(……キョウジュローの言い分は尤もだ)

 

 ジョジョは、心の中で肯定せざるを得なかった。

 

 煉獄を始めとする柱の面々は、ジョジョや炭治郎達と違い、安全性への保障が全くない。もし、自分が煉獄と同じ立場だったならば、禰豆子の助命に全力を尽くすことは間違いないが、すぐさま首肯する訳にはいかなかっただろう。

 

 鬼殺隊の上位者達が、炭治郎と禰豆子に対して強硬な姿勢を貫いているのは、人々の命が鬼に脅かされることを防ぐ為に定められた、秩序と経験則故なのだ。

 

(前例がない、というのはとても厄介な状態だ)

 

 ジョジョは本部へ案内される前、冨岡義勇と胡蝶しのぶから鬼殺隊と鬼のあらましについて聞いた。飢餓状態になっている鬼は、親でも兄妹でも殺して食べる。鬼になった者が人間に戻った例も、800年以上に渡る鬼殺隊の歴史上、一度も無い。だからこそ、禰豆子は稀有なのだ。

 

「ネズコは、那田蜘蛛山で隊士を庇い、下弦の鬼を倒すことに大きく貢献しました。この時も誰一人として人間を傷つけませんでした。ぼくも、この目で確かに見ています」

「そうです! それに、妹は二年間誰も食べていません! 一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守る為に戦えるんです! 俺は、禰豆子がいなければ、ここに立つことはできませんでした!」

 

 二人の主張に明確な証拠はない。だが、鬼を倒したというれっきとした事実がある。発言には確かな重さがある。身内の炭治郎が庇うのは分かるが、赤の他人の、しかもエゲレス人の男も同様の主張を繰り広げている。

 

「……」

 

 本来なら切り捨てて然るべきなのだが、柱たちが慕う"お館様"の意向も考えると、難しい。ジョジョに一番関心を寄せているのは、他ならぬ"お館様"なのだ。

 

「……百歩譲って、人を喰ってないこと、戦えることについては信用してやろう。だが、今後も人を襲わない保証はどうする?」

 

 伊黒が再度問う。結局のところ、人を襲わない保証は出来ていないのだと。

 

 これには炭治郎、困る。柱側が一番欲しいのは、今後も禰豆子が人を襲わない保証だ。だが、これは俗に言う悪魔の証明。明確にするのは不可能に近い。珠世についても、鬼を人間に戻す薬が未完成な以上は机上の空論で、隠れ潜んでいる二人を暴くわけにはいかないので交渉材料にならない。

 

(どうすれば……)

 

「……」

 

 炭治郎は真剣に悩み、ジョジョは伊黒の目をじっと見据えている。柱側の言い分も分かるからだ。これが悪魔の証明だと気づいているのかいないのか、炭治郎はどうにか解決の糸口がないものかとうんうん唸っている。

 

(証明のしようがない問題だ……。しかし、オバナイさんの問いを無視する訳にはいかない。これは、鬼殺隊の人達にとって確証が欲しい問題。人々を守りたい気持ちは、ぼくも同じだ。となると、代替案が必要になる……)

 

 禰豆子が人を襲わないことの証明に替わる何か。それは──。

 

(それは、禰豆子に人の心があることの証明ッ!)

 

「ネズコがこれからも人を襲わない保証は、確かにありません」

「ジョジョさん……」

「ですが、ぼくは見たことがあります」

「……?」

 

 ジョジョの言葉に、伊黒の片眉がピクリと動く。

 

「人の心を取り戻した、鬼を知っています」

「ほう!?」

「何!?」

「……続きを」

 

 煉獄が先に喰いつき、宇髄が驚く。ジョジョは、その場しのぎのでっちあげをするような男ではないことを短時間だが理解している。柱は全員、興味深そうにジョジョを見ている。冨岡も流し目でちらっと見ている。西洋の鬼の話が聞けるかもしれないからだ。

 

「これは、いずれタンジロー達にも教えようと思っていたのだけれど、良い機会だから、君も聞いておいて欲しいんだ。ぼくの友について……」

「……はい!」

 

 炭治郎は姿勢を正し、ジョジョの言葉に耳を傾ける。こういった時に語られる話というのは、本当に為になるのだ。

 

「西洋の鬼、ぼくの故郷では吸血鬼(ヴァンパイア)屍生人(ゾンビ)と呼んでいます」

「ヴァンパイア! 私知ってます! 吸血鬼(きゅうけつき)、ですよね」

「吸血鬼! ゾンビ! そこはかとなく恐ろしい響きだな!」

「とても恐ろしかった……。吸血鬼は、人を媒介に屍生人を生みます」

「吸血鬼が鬼舞辻みたいなもんか?」

「その認識で問題ありません。そして、これが"波紋の呼吸"です」

 

 柱達の前で手のひらをかざすと、ジョジョの腕が微かに山吹色の光を放つ。

 

「なんと奇怪な! これがジョジョの呼吸法か!」

「呼吸をすると光るのかよ! 派手派手で羨ましいなオイ!」

「宇髄、そういう問題なのか……。しかし、珍妙な……」

「光ってる……」

「わぁ、綺麗な色……。お日様みたい!」

 

 柱達は興味深そうにジョジョの手のひらを見ている。

 

「師の名は、ウィル・A・ツェペリ。ぼくは、ツェペリさんに導かれ、吸血鬼と戦う術、この『波紋の呼吸』を身に着けた。ツェペリさん、スピードワゴン、ポコ、ダイアーさん、ストレイツォさん、老師トンペティ……。ぼくは、数々の仲間たちと出会い、吸血鬼を葬り去るための旅を続けました。長く、険しい旅路だった……」

 

 ジョジョが過去を思い出しているのか空を見上げた。日が八割がた出た状態、空はだいぶ青みがかっていた。

 

「そんな中、吸血鬼、ディオ・ブランドーは、太古の死者を屍生人として蘇らせ、ぼく達は戦いました」

「よもや!?」

「死人を鬼にしたってのか!?」

 

 柱達は驚きを隠せない。鬼殺隊の知る鬼というものは、基本的に"生者"から生み出されるもの。"死者"から作り出すことはできないと考えられている。鬼を生み出せる唯一の者、鬼舞辻無惨が、死者から鬼を作り出したという記録はどこにもないからだ。

 

「い、伊黒さ~ん……」

 

 甘露寺、生きてる鬼ならともかく、まさか"蘇る死人"などとホラーじみた話が出るとは思わず涙目で顔色が悪い。鬼もかなりホラーな筈なのだが、基準はイマイチ謎であった。

 

「……」

 

 伊黒はそっと、甘露寺の傍に立った。皆ジョジョに集中しているので、余り気にしていない。

 

「えへへ」

 

 甘露寺が伊黒にはにかんでみせると、伊黒は顔を逸らした。

 

「嗚呼、なんとおぞましき……」

 

 悲鳴嶼が涙を流す。決しておばみつがおぞましい訳ではない。

 

 ついに、冨岡の視線が完全にジョジョを向いた。冨岡義勇もジョジョの話が気になっているのだ! 

 

「蘇った男達の名は、ブラフォードとタルカス。祖国では、誰もが知る伝説の騎士」

 

 ジョジョは話した。ディオが蘇らせた悲劇の戦士、ブラフォード、タルカスの人生を。

 

 二人は、家族を失い天涯孤独の身だった。それを忘れるように、騎士として厳しい鍛錬を続けてきた。ある日、スコットランドの女王、メアリー・スチュアートに気に入られ、以降は二人で家来となる。

 

 暖かな包容力で二人を包んでくれた女王に、命を投げ出してもよいとするほどの忠誠を心に誓った。二人は心のどこかで、安らぎを求めていたのかもしれない。

 

「孤独の身を救われ、忠誠を誓う。嗚呼、他人事とは思えぬ」

「……」

 

 二人の生い立ちに、悲鳴嶼が涙を流す。伊黒も、思うところがあるようだ。

 

「すなわち、エゲレス人ならば、誰もが知る忠君の剣豪を屍生人として……。剣士達の心を踏みにじる。なんと非道な……」

 

 悲鳴嶼は更に涙を流し、騎士たちに哀悼の意を捧げた。

 

「柳生宗矩が鬼になって蘇ったみたいなもんか? ド派手にもほどがあんだろオイ!? すげーな!!」

「それは実に凄まじいな! 想像するだけで怖気がする!」

「……」

 

 宇髄と煉獄の会話が理解できない甘露寺はとりあえず、盛り上がる二人にキュンキュンしている。伊黒パワーを中心に、煉獄パワーと宇髄パワーで立ち直ったようだ。甘露寺蜜璃、男女問わず、人の美点を見つけてはキュンキュンできる、心豊かな乙女である! 

 

 ブラフォードとタルカスは、騎士として極めて優秀な男達だった。成功者が数世紀の中でわずか5人しかいないとされた『77の輝輪(リング)』の試練を突破し、女王に尽くし、その勇名を馳せた。

 

「二里半の山道を登り、七十七人との真剣勝負。最後には戦利品である七十六の鉄の輪をかけたまま一騎討ちときたか。派手だな、派手派手だ。やるじゃないかエゲレス人!」

 

 宇髄は心を躍らせ、英国を絶賛する。いっそのこと、鉛に変えて隊士にやらせるかなどと恐ろしいことを、煉獄共々呟いていた。炭治郎は危険な匂いを察知し、顔色を青くした! 

 

 そんな二人の騎士とメアリー。ある時、悲劇と言う来訪者が訪れた! メアリーの夫、ダーンリーが死んだことを皮切りに、イングランドの女王エリザベス一世はあろうことか、メアリーに対して『夫殺し』の容疑を掛けたッ! 

 

「なんたる悪逆非道! 決して許せぬ!」

「ひどい……!」

 

 煉獄と炭治郎が二人そろって憤慨している。慕う君主への侮辱。メアリーを陥れる為の罠。許せる訳がない! 主に尽くし、人々を守る騎士。煉獄が感情移入してしまうには、充分な境遇である。尚、炭治郎は単純に、卑怯な行いに怒っている。 

 

 エリザベス一世の思惑通り、国中の貴族、民衆がメアリーに反旗を翻した! 巻き起こされた戦乱により、タルカス軍とブラフォード軍の奮闘も虚しく、メアリー側は敗北した。

 

「……」

 

 冨岡が微かに顔を顰めた。精一杯戦ったのに、生殺与奪の権を握られてしまったことが、琴線に触れたようだ。

 

 メアリーは孤城に幽閉され、人質となった。エリザベス一世は、メアリーの命と引き換えに、タルカスとブラフォードの自首を要求した。当然、断れるわけがなかった! かくして、タルカスとブラフォードは処刑される! 

 

 その寸前、二人に聞かされた事実は、余りにも惨いものだったッ! 

 

 なんと、メアリーは既に処刑されていた。処刑人が指差した先に転がるのは、メアリーの首! エリザベス一世は、邪魔者でしかなかったメアリーを始末したのだ! 

 

 タルカスとブラフォードは絶叫した。子孫末代にいたるまで呪いぬいてやると。二人は処刑人にも大きな爪痕を残し、命を落とした。

 

「ひぐっ……。ぐすっ……」

 

 甘露寺は伊黒にすがりついて嗚咽を漏らしている。伊黒は困っている。

 

「……」

 

 内心困ってない! 

 

「そして、二人の憎しみに目を付けたディオは、吸血鬼の力で二人を蘇らせました……」

 

 恨みを募らせた者が屍生人として動き出す。余りにも残酷で、恐ろしい話だった。

 

「ジョースター殿、そんなド派手にやばい剣士と戦って、よく勝てたな」

「はい。しかし、その代償は大きかった。タルカスとの戦いで、ぼくの師匠、ツェペリさんが犠牲になりました……。ぼくを庇って……」

 

 ジョジョが悲痛な表情を浮かべる。

 

(ツェペリさんは、ジョジョさんを庇って戦死したのか……)

 

 炭治郎も同様の表情だ。親しき人物を失った辛さ。育手に当たる人物を失った悲しみは、察するに余りある。

 

「タルカスは、その心を闇に堕とし、騎士の誇りを失った屍生人として朽ち果てていった……」

 

 ここからが、ジョジョの伝えたかった本質だ。

 

「しかし、ブラフォードはぼくと戦い、波紋の力で『痛み』を思い出した。屍生人としての肉体を滅ぼすと同時に、誇り高き騎士としての魂を蘇らせました。人の心を取り戻したんです」

「……」

「ブラフォードは……。ぼくの友人は最期、確かに言った。『痛み』こそ『生』の証。『痛み』あればこそ『喜び』も感じることができる。それが人間だと」

「……!」

 

 煉獄がカッと目を見開き、ぶるりと震えた。心の震えが、外にまで出てしまったのだ。

 

「ぼくは、そんな魂を救うために、ブラフォードを殺すしかなかった」

「……」

 

 悲鳴嶼は、涙を流しながら、ジョジョの言葉を深く考える。"殺さなくてはいけないもの"。それは、自分が禰豆子に抱いている感情だからだ。

 

「だけど、タンジローは違う。ネズコが人の心を持っていると信じ、人の身に戻れると信じ、運命に抗い続けている。カマド・タンジローは、ジョナサン・ジョースターにはできなかったことを、成し遂げようとしている」

「ジョジョさん……」

 

 それは、ジョジョが、炭治郎に抱く敬意の源流だった。

 

「ネズコは、鬼の体でありながら、『痛み』を知っています。『生』を知っているんです。他者を思いやり、慈しみ、守る。暖かな心を持っています。だからこそ、那田蜘蛛山の人達の『心』を守った」

 

 ジョジョが深々と頭を下げた。

 

「お願いします。どうか、ネズコの心を、彼女の人の心を信じてください。ネズコは、『人間』なんだッ!」

「……」

 

 炭治郎が大粒の涙を流す。ジョジョが、竈門兄妹を思いやる気持ちは、炭治郎自身もひしひしと感じていた。だが、ここまで一片の疑いもなく、自分と禰豆子を信じてくれたことが本当に嬉しかった。ジョジョが発する匂いと、今、彼が見せた誠意によって、禰豆子を信じる気持ちに一点の曇りもないことが、魂にまで伝わってきた。

 

 柱達が静まり返る。どう返答したものかと困っている。鬼が悪であることは鬼殺隊の見解だ。しかし、禰豆子を今、鬼として処断することが果たして正しい物なのか。皆少なからず、疑問に感じている。

 

「……」

「むう……」

 

(信じ難い。悲鳴嶼さんだけでなく、煉獄まで迷いが生じている……)

 

 伊黒は、まさか煉獄まで絆されるとは思わなかった。ぶっちゃけると、ブラフォードの話が盛大に心を抉ったのである! 

 

(そもそも、西洋の鬼と此方の鬼が一緒とは限らない。ジョースター殿の意見は感情論が過ぎる)

 

 そう反論をしようと思ったところで、足音がした。何者かがこちらにやってきた。

 

「どうやら、禰豆子さんの心を信じているのは、炭治郎君とジョースターさんだけではないみたいですよ」

「……胡蝶」

「しのぶちゃん!」

 

 伊黒の隣で、甘露寺が嬉しそうに手をぶんぶん振っている。蟲柱・胡蝶しのぶが現れた。右手には、折りたたまれた和紙を持っている。

 

「どういう意味だ」

「どうも、宇髄さん。皆さん、これを見てください」

 

 しのぶが和紙を広げ、みんなの前に差し出した。

 

「血判状か……」

「はい」

 

 時透と冨岡を除く柱達が、血判状を覗き込んだ。和紙には、鬼殺隊隊士十一名の署名が縦書きで連なっており、名前の末尾に血で作った指紋。血判が押されていた。ちなみに、そこそこの鬼を倒して下山した先輩の名は入っていない。

 

「分かった! 那田蜘蛛山に派遣された隊士達だな!」

「煉獄さん、大当たりです」

 

 血判の横には、禰豆子の助命を乞う旨の文言が書かれている。要約すると、我々の命は那田蜘蛛山で失っていたも同然。命の恩人である竈門兄妹への温情を求む。万が一禰豆子がやらかした時は、一同(いとま)を頂くといった内容だった。暇とは、簡単に言えば辞職である。

 

「そこは派手に腹を斬るんじゃねぇのかよ!?」

「実は、村田さん達はそのつもりだったみたいなんですけど、流石に数が多すぎるので、私が止めました。洒落になりません。本当に」

 

 胡蝶は、真顔で遠い目をしている。珍しい表情だ。

 

「数ねぇ……。まぁ、十一名は馬鹿にならん数字だな」

 

 鬼殺隊の人員は数百名規模だ。十一名もの隊士の自害は胡蝶の言う通り洒落にならない話である。そう、その署名には、我妻善逸と嘴平伊之助の名もあった。下弦の鬼を討伐した功労者の二人だ。

 

 何を思ったか知らないが、伊之助の末尾にはでっかく"親分"と書かれている。

 

「善逸、伊之助まで……。みんな……」

「タンジロー、ネズコを助けたいのは、君だけじゃないんだよ」

「はい……」

 

 炭治郎、収まりかけてた涙がまた溢れ出す。気分は岩柱だ。

 

「んじゃ、このきったねぇ"正"の字はなんだ? 地味に随分並んでいるな……」

 

 宇髄が指差したのは隊士の署名の下だ。そこには、細長い針で引っ掻いたような歪な"正"の字がいくつも書かれている。数えるのが億劫になるレベルだ。

 

「血鬼術で人面蜘蛛に変えられてしまった人達の署名です。手が変質して、名前を書けなかったので苦肉の策ですね」

 

 なんと、蜘蛛に変えられてしまった人達も署名に参加してくれたようだ。兄蜘蛛を倒したことによって、ほんのわずかに蘇った知性で取った行動だ。禰豆子と共に壁の補修作業を繰り返している内、情が湧いてしまったのだ。

 

「よもや! この署名の数だけ生き延びたということだな!」

「本当!?」

 

 煉獄が一際目を輝かせ、甘露寺はピョンと飛び跳ねて喜びを露わにする。危ない。那田蜘蛛山で死亡認定を喰らった者は多い。その中でもかなりの数が、生きていたということだ。奇跡である。

 

「胡蝶、人面蜘蛛になっちまった奴らは、戦線に復帰できそうなのか?」

 

 宇髄が聞いた。鬼殺隊の上位者として、一番気になるところである。

 

「人の体に戻すのは可能です。蝶屋敷の総力だけでは後遺症が残り、戦線の復帰は無理でしょう」

「だけでは、か。気になる物言いだな」

「よくお気づきで。ジョースターさんの力をお借りすれば、後遺症も取り払える可能性が高いです。まだあくまで可能性ですけどね」

 

 しのぶの言葉に、宇髄、甘露寺、伊黒、悲鳴嶼がギョっとする。

 

「あんた、そんなことまで出来るのか……」

「はい、多少の心得があります!」

「多少とか言わないでください。すっごいですよー。骨折を数分足らずで治したり、失血死寸前の人を治したり、医学とは何か問いたくなるようなことを平気でやります」

「マジか……」

「ジョジョ! 心から敬服する! 可能性があるだけ素晴らしいことだ! もしこの者たちの戦線復帰が叶えば、人員の不足もかなり補えるだろう!」

「私もそう思います。宇髄さん、()()()()()()()ことが分かったでしょう?」

「……よぉーく分かった。この正の字が全員隊士としたら……。ド派手な数になるな。伊黒、お前はどうする?」

「……」

 

 伊黒は、力いっぱい溜息を吐いた。

 

「どうもこうもない。ここまでの人数が今回の件に関与しているなら、もう柱だけでは対処不可能だ。お館様の判断を仰ぐしかないだろう」

「だな」

 

 伊黒、宇髄は、禰豆子の処遇をお館様へ委ねることにした。

 

「ジョジョ! ほかならぬ貴殿に頼みがある!」

「何だい? キョウジュロー」

「お館様の体調を……む?」

 

 煉獄がそう言いかけた矢先、縁側の外れが騒がしいことに気付く。

 

「オイオイ、何だか面白いことになってるなァ」

「困ります! 不死川(しなずがわ)様! どうか箱を手放してくださいませ!」

「!」

 

 ややしわがれたような、荒々しい声に、隠の者二名が困った様子で男の名を呼んでいる。

 

 宇髄、伊黒、胡蝶の目が死んだ! 

 

「鬼を連れてた馬鹿隊員はそいつかいィ」

「お前!」

 

 炭治郎が語気を荒げた。匂いから、禰豆子に危害を加える意思を感じたからだ。

 

「どういうことだァ……」

 

 不死川と呼ばれた男は禰豆子が入った木箱を左手で持ち上げ、周囲の人間を血走った三白眼でぐるりと見渡している。眼は灰色がかった黒だ。

 

「揃いも揃ってェ……」

 

 ボサボサの白髪を無造作に切りそろえており、顔も体も夥しい量の傷跡が付いている。隊服の詰襟は胸元を開いており、胸筋が露出している。此方も傷だらけ。

 

 その上から、背中に"殺"と刻まれた白い羽織を着用している。裾は、ズボンの中にきっちり仕舞っていた。

 

 風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)。柱の中でも、鬼に対する憎しみが隠せぬ男だ! 

 

「鬼に絆されてんじゃねぇかァ!?」

 

 不死川が、日輪刀を抜いた。黒い刀身に、緑色の刃文が走る。鍔は刺々しい花のようであり、その攻撃性を表しているかのようだ。左手に持った禰豆子入りの木箱を、右手に持った日輪刀で突き刺そうとしている。

 

「よせぇ──────!?」

 

 炭治郎が叫び、不死川目掛けて走り出した。しかし、それよりも速く、禰豆子の入った木箱に刃が迫った! 

 

ド ス ッ ! ! 

 

 日輪刀が突き刺さる音! 

 

「!?」

「そ、そんな」

「よもや!」

「……」

 

 その場にいた全員が絶句した。目の前の光景が余りにも信じ難いものだったからだ。

 

「てめェ……」

 

 日輪刀は、確かに突き刺さった! 

 

バァ────────ン!! 

 

 ジョナサン・ジョースターの右腕にッ! 

 

「ジョジョさん……。そんな。ズームパンチで……」

「関節を外して、腕を伸ばしたのか。派手味な真似を……」

 

(どんな味だよ……)

 

 隠の一人は心の中で突っ込んだ。

 

 不死川の日輪刀が、ジョジョの右手首を貫いていた。手首の骨、橈骨(とうこつ)尺骨(しゃっこつ)の間を通って、日輪刀の切っ先がわずかに飛び出している。木箱には、些かも届いていない。

 

(寸止め……。だとォ?)

 

 不死川の両手に割って入ったジョジョの拳は、不死川の胸先で止まっていた。そのまま振り抜いていれば、不死川を吹っ飛ばすことだってできた筈だった。しかし、ジョジョはそれをしなかった。

 

「ぼくはただ、ネズコを守りたかっただけだ」

「……」

 

(抜けねェ)

 

 不死川の力を持ってしても、日輪刀がビクともしない。まるで、腕と日輪刀が一つの物体となったかのように、縦にも横にも動かない。

 

(血の匂いがしない。波紋で出血を止めている。……そんな、痛み止めの波紋の匂いもしない! ……ジョジョさん!)

 

 波紋には、痛みを和らげる技がある。しかし、ジョジョはそれを行使せず、腕を固める波紋、出血を抑える波紋に集中させている。つまり、ジョジョは今、関節を外した痛みと、日輪刀を突き刺された痛みが100%伝わっているのだ! 

 

「頼む。どうか、ネズコを傷つけないで欲しい」

 

 しかし、ジョジョは眉をピクリとも動かさない。不死川の目を真っすぐ見つめ、禰豆子への攻撃を止めるよう説得している。不死川も、真っ向からジョジョの目を睨み返している。

 

(シナズガワ。君は……)

 

 突き刺された日輪刀を通し、彼の生命エネルギーが伝わってくる。

 

(まるで、慟哭のような……。風……)

 

 それは、吹きすさぶ荒々しい風の如き生命力だった。

 

(今まで出会ったどんな隊士よりも、鬼への憎しみが強い……)

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

『おまえを葬るのに、罪悪感なし!』

 

『恨みをはらすために、ディオ!』

 

『きさまを殺すのだッ!』

 

『フン! 来おい! ジョジョ!』

 

『おおおおおおお!』

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ジョジョは不死川の意思に、己の過去を垣間見た。

 

(君の目に宿るのは、漆黒の如き意思ッ! 他者どころか、己をも省みない程の断固たる意思! ディオに抱いたドス黒い感情! シナズガワ! 君は一体、何を背負っているんだッ!?)

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 二人の睨み合いは続く。山のような男と、風柱の視線が交差する。その様相は正に"嵐"であった。

 

(なんという胆力! 不死川の刀が、骨の間を貫通しているというのに! しかし! これはどうしたことか! 下手に動かそうものなら! ジョジョの刀傷が広がりかねない! 膠着状態! これでは手が出せぬ!)

 

 煉獄は考える。この状況、無理に割って入れば、もみ合いになった拍子にジョジョの傷が悪化しかねない。

 

「不死川! ジョジョは大切なお客人! 日輪刀を離せ!」

 

 煉獄は怒気を含めて要求した。ジョジョは、禰豆子に危害が加わる可能性が続く限り、不死川の日輪刀を永久に離さないだろう。刺さってしまった以上、二人の距離を取らせることが、これ以上の悪化を防ぐ手立てだった。

 

「ジョナサン・ジョースター殿! 代わってお詫びする! 不死川の凶行、誠に申し訳ない!」

 

 煉獄が正座の姿勢を取り、深々と頭を下げた。

 

(よもや! よもやだ! このような事態に陥るなど! 柱として不甲斐なし!)

 

 煉獄は悔やむ。こうなる前に止めるのが理想だった。しかし、突然のズームパンチを止められる者は、この場に誰もいなかったのである。いわゆる初見殺しだ! 

 

 煉獄以外の柱達が行動を起こそうとする直前、縁側の奥で、襖が開く音がした。

 

「お館様のお成りです」

「お館様のお成りです」

「!」

 

 全く同時に声を出したのは小柄な少女二人だ。両者共、白髪のおかっぱ頭に、紫の花柄が刺繍された紺色の着物を身に纏っている。片方は赤い髪飾り、もう片方は黄色い髪飾りだ。肌は白く、口に着けられた紅が色鮮やかに感じさせる。

 

「お早う皆」

 

 少女たちに手を引かれ、現れたのは青年だった。黒髪の直毛を首元で切りそろえており、黒い着物に裾の末端が赤と紫のグラデーションで彩られた白い羽織を纏っている。

 

(この人が……)

 

 炭治郎が現れた青年の顔を見る。

 

(顔が何かに浸食されたような……。傷、いや病気か?)

 

 端正な顔の半分が、紫色に変色して、爛れかけている。目は白く濁っており、その様子から失明していることが分かる。しかし、口元は微笑みを絶やさない。

 

「……」

 

 産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)。産屋敷家、九十七代目当主。鬼殺隊隊士が心酔する、お館様その人だ。

 

 柱達が全員、一列に並び片膝を付いて頭を垂れた。不死川も日輪刀を離して跪いている。

 

 炭治郎も慌ててその動作を真似した。ジョジョと伊之助が話していた目上の人物に対しての礼儀作法について、炭治郎も聞いていたので、咄嗟に対応ができたのである。

 

「ひなき、にちか。手が震えているよ。どうしたのかな?」

 

 産屋敷の手を引く娘たちの名を呼ぶ。

 

 二人の少女は、顔を青褪めさせている。白い肌故に、分かりやすい。

 

「……不死川実弥様の日輪刀が、ジョナサン・ジョースター様の右手に突き刺さっています」

「……」

 

 空気が、凍った。

 

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

 対ジョナサン、『柱』好感度一覧

 A―超スゴイ
 B―スゴイ
 C―普通
 D―ニガテ
 E―超ニガテ

 水柱 冨岡義勇:A
・敬意。
・炭治郎をここまで鍛え上げたことに感謝。
「俺には及ばない」

 蟲柱 胡蝶しのぶ:B
・人間的にも好印象。
・色々知りたい。
「知りたいこと、それはもうたくさんありますよ」

 恋柱 甘露寺蜜璃:A
・筋肉がグンバツの紳士。
・『黄金の精神』すごい。
「ものすっごいキュンキュンくる!」

 蛇柱 伊黒小芭内:C
・強さ、性格に一目置く。
・"利点"は認めざるを得ない。
「眩しすぎる」

 音柱 宇髄天元:B
・派手派手な筋肉と技に感心。
・性格は煉獄とダブって超ウケる。
「煉獄みてーなヤツ、海の向こうにもいんだな」

 霞柱 時透無一郎:C
・無関心
・と、思いきや、ちょっぴり好奇心。
「外国……」

 岩柱 悲鳴嶼行冥:B
・敬意。何故か声を聞くと幼い頃を思い出す。
「貫いた信念が、未来を拓く。南無阿弥陀仏……」

 風柱 不死川実弥:D
・強さは認める。恩も感じている。
・だが、その甘さが命取りと考える。
「そういう奴ほどなァ、先に死んじまうんだ……」

 炎柱 煉獄杏寿郎:AA(ぶっちぎりッ!!)
・歴戦の勇士。そして『黄金の精神』
・『言葉』でなく『心』で理解できた!
「俺は君が好きだ!!!」


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