鬼滅の波紋疾走 JOJO'S BIZARRE ADVENTURE PartEX Demon Slayer   作:ドM

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今年最後の投稿です。良いお年を!
来年の1月も中頃が暇になるので
その時に投稿頻度上げます('ω')ノ

柱合裁判編終わり! そして……。


フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

「じょなさん・じょおすたあ。えりな・じょおすたあ……」
「じょなさん家じゃなくて、じょおすたあ家だったのか……」
「ごめんねタンジロー。きちんと説明しとくべきだったよ」
「とんでもない! こちらこそごめんなさいっ!」


新たなる可能性

「ジョースター殿、私の伝手を頼れば、貴方を帰国させることもできますが?」

 

 エリナと赤ん坊の生存を知ったジョジョに、産屋敷が提案する。命を賭して助けた家族の生存を知れば、帰りたくなるのが人の性である。

 

「申し出はありがたいのですが、今はまだ、その時ではありません」

 

 しかし、ジョジョは断った。

 

「キブツジ・ムザンの脅威は、今も尚続いている。放ってはおけない。ぼくはネズコを守ると共に、必ずムザンを倒すとタンジローに約束しました。友との約束なのだから、守らなくっちゃあならない!」

 

 甘露寺と悲鳴嶼よりも早く平静を取り戻したその表情は、より一層の強い決意を感じさせた。

 

「それに、今のまま故郷に帰ったら、エリナに叱られちゃいますから」

 

 ジョジョが日本に留まると決めた理由は、そう締め括られた。

 

(ジョジョさんならそう言うと思った)

 

 炭治郎は、聞くまでもなく確信していたようだ。

 

(はっはっは! ジョジョらしいな!)

 

 煉獄も確信していた。出会って数時間とは思えぬ理解度である。

 

「ジョナサン・ジョースター殿。感謝します。これからも、何卒お力添えを」

「はいッ!」

 

 産屋敷の言葉に快く返事する。鬼殺隊にとって、最高に頼もしい戦力が加わった。柱達も全員顔色が明るい。一部は刃傷沙汰が丸く収まったことへの安堵によるものだが。

 

「それと、聞いておきたいことがあります」

「なんでしょう?」

「ジョースター殿と炭治郎は、鬼舞辻無惨に遭遇したそうですね?」

「!?」

 

 柱達が素早く二人の顔を見た。

 

(そうだろうな……)

 

 伊黒は合点がいった様子だ。直接顔合わせでもしない限り、あそこまで露骨に十二鬼月を差し向けることはあるまいと。

 

「柱ですら誰も接触したことがないんだぞ! どんな姿だった!」

「似顔絵を用意しておきました!」

「マジか!?」

「気が利くな! ジョジョ!」

 

 宇髄を皮切りににわかに騒がしくなりそうだった柱達に先立ち、ジョジョがすかさず懐から紙を取り出した。

 

「ジョジョさん、いつの間に……」

「隠の方が万年筆を貸してくれたから、描いておいたんだ。色々とね」

 

(色々?)

 

「多芸ですね。ほんと」

 

 胡蝶が感心する。ジョジョは考古学の関係上、模写の技術を持っている。かつて、石仮面の精密な絵を研究メモに描いていたことは記憶に新しい。

 

 ジョジョの描いた無惨の似顔絵に、柱達と炭治郎が群がった。密度がとんでもないことになっている。

 

「すごい! そっくりだ!」

 

 炭治郎はその精密な模写に感動する。帽子、髪型、服装、顔付き。全てが特徴を捉えており、人相書きとして張っていれば、簡単に捕まえられる代物だった。炭治郎も自分なりに絵心があるので、その感動はひとしおだ。

 

 炭治郎の絵は、すごい。

 

「竈門少年も目撃したのだったな! ならば、余程巧く描けてるのだな!」

「ぼくより先にタンジローが見つけたんだ。彼の嗅覚は本当にすごいよ。ぼく一人では決して見抜けなかった」

「そうだったのか! 竈門少年! 大手柄だぞ!」

「ありがとうございます!」

 

(あいつ、そんなに嗅覚すげーのか……)

(次からは鼻栓も必須ね)

 

 遠くから見守る隠達が、心に刻み込んだ。竈門炭治郎は、目隠し、鼻栓、耳栓の完全防備でいかねばなるまいと。

 

 炭治郎、柱達は似顔絵を見て各々が感想を述べている。

 

「結構モダンな恰好してるんだ……」

 

 甘露寺は、流行を押さえたファッションであることを見抜く。

 

「千年生きてる癖して派手にハイカラだな」

「髪は癖っ毛か!」

「わかめ」

「ぐ」

「ぶふっ! と、時透君……」

「……変なこと言うな、時透」

「ごめん」

 

 時透の率直な感想に、宇髄と甘露寺が噴き出し、伊黒が注意した。

 

「見た目は若いな」

「若者か……」

「目つきは鬼の特徴そのままですね」

 

 宇髄、悲鳴嶼、胡蝶が特徴に言及する。

 

「ジョースター殿、どこで見かけた?」

「アサクサです、オバナイさん。夜の街、人々が往来する中で堂々と……」

「浅草か……」

「相当擬態がうめぇな。派手に厄介だ」

「はい……」

「そこまで巧みなら、別の姿を持ってる可能性も考えた方が良い」

「そうだな。それが男なのか、女なのか、がきんちょの姿なのか……」

「困ったものだ」

 

 伊黒が眉をひそめて最悪の可能性を想定すると、宇髄が同意した。そうだとすると、800年間に渡り尻尾を見せなかった理由にも説明がつく。

 

「しかし! よく犠牲者が出なかったものだ!」

「タンジローとネズコが頑張ったおかげだよ」

「……」

 

 炭治郎が、ちょっと困った顔をしている。浅草絡みの一件は、まだ詳細に話せないからだ。ジョジョに続き、腹芸のできない男である。

 

「それよりジョジョ殿、能力と根城は把握されているか?」

「すまないサネミ。奇襲して逃げられたから、分からなかった」

「そうかァ……」

「あら、不死川さん。責めないんですね?」

「これ以上見損なうんじゃねェ……。状況ぐらい分かる」

「嗚呼、往来の激しい中で遭遇した故、人命を優先したと見る……」

「その通りです」

 

 柱達は鬼舞辻無惨の特徴をしっかりと胸に刻み込んだようだ。

 

「皆、鬼舞辻の特徴を把握したようだね」

 

 産屋敷の言葉が聴こえた瞬間、柱達はすかさず口を噤んだ。

 

「ジョースター殿、もう一つ確かめたいことがあります」

「なんでしょう?」

「……」

 

 産屋敷は言うべきか迷っているといった様子だ。柱達にとって、これまた珍しいことだった。

 

「……鬼舞辻に、"うどん"で手傷を負わせたというのは、本当ですか?」

「……本当です」

 

 

 ──時が止まった。

 

 

 柱達が石になった。今、柱達の心は一つとなったのだ。炭治郎を除き、心の中で紡いだ言葉は皆例外なく一致していた。

 

 "何故?"である。

 

 しかし、産屋敷は至って平静だ。流石の胆力と言う他なかった。

 

「今から理由を説明します。ウブヤシキさん、ちょっと池の水を貰っても良いですか?」

「どうぞ」

「……?」

 

 柱達が怪訝な表情で、池に向かうジョジョを見る。

 

コオオオオ

 

 ジョジョが軽く波紋を練り上げ、人差し指を池の水に付ける。

 

「なんと!」

 

 煉獄が声を上げた。池の近くから戻ってきたジョジョの人差し指に、水が一つの塊となって張り付いていた。水の塊は、ゼリー状に震えている。

 

「ジョースター殿は本当にネタが尽きねーな……。寒天みてぇだ」

「カスタプリンみたいで美味しそう」

 

 甘露寺はそう言いながら指先の水を見つめている。筒状にプルプルと震える水の塊は、都でも流行のハイカラなデザートのようだった。桜餅と洋菓子をこよなく愛するが故の感想であった。

 

「……」

 

 伊黒はジョジョの話に真剣に耳を傾けながら、心にしかと刻み込んだ。

 

 "甘露寺はカスタプリンも好き"。

 

「波紋の呼吸を応用すると、水分、又は油分を制御して様々な用途に使えます。例えばこのように……」

 

 指先の水が鋭い棘に変わった。プルプルとしたゼリー状から、硬質な金属のように変化している。柱達は、波紋の呼吸で如何にして戦っているかの一端を知った。

 

(生命力の放出に水分、油分の制御……。成程、それで那田蜘蛛山があんなことに……)

(俺の日輪刀に血も脂も付いてなかったのは、そういうことかァ)

 

 胡蝶と不死川は、不可解な現象の理屈を飲み込んだ。

 

(うどん……)

(うどんかァ……)

 

 うどんは飲み込めなかった。

 

「水分や油分を含んだ物ならば、なんでも道具になるということですね?」

「その通りです。ウブヤシキさん」

 

(……!)

 

 この瞬間、冨岡に電流が走った。

 

(村田……。よくやってくれた……)

 

 理解できた。彼の身を挺した犠牲は、確かに"名誉の負傷"だったのだ。

 

「緊急だったとは言え、食べ物を粗末にしてしまったことを悔やんでいます……。うどん屋さんには本当に申し訳ないことを……」

「そうですね……」

「うむ! 如何なる理由があれど、食べ物をそのように扱うなど言語道断! うどんを作った職人の方やお百姓さんに申し訳ないな! 次からは何か武器を用意するべきだろう!」

「キョウジュローの言う通りだ。ぼくも何か考えなくっちゃあな……」

「うんうん……」

 

 ジョジョ、炭治郎、煉獄、甘露寺は、神妙な面持ちで事の重大さを受け止めていた。

 

(そういう問題じゃねーだろ)

(四人ともずれてるなぁ……)

 

 宇髄と胡蝶も神妙な面持ちだ。別の意味で。

 

「……」

 

 時透はいつの間にか、ジョジョが描いた鬼舞辻無惨の似顔絵を持ってジーッとみている。

 

「何してんだ?」

「……」

「?」

「……わかめうどん」

 

 胡蝶と宇髄が噴き出し、甘露寺がうずくまってお腹を抱えた。伊黒は目を閉じて頭を抱え、煉獄、炭治郎、ジョジョは体を震わせている。

 

「……」

 

 冨岡はそっと皆に背を向けた。

 

 悲鳴嶼は念仏を唱え、不死川は平静を装いながら自分の太ももをつねっている。産屋敷は平然としており、縁側の後ろに控えるひなきとにちかは無表情を貫いているが、肩がほんの少し揺れていた。

 

「お、ま、え、なぁ……」

「宇髄ひゃん、いひゃい」

 

 宇髄が時透の頬を引っ張って反撃している。ギリギリ隊律違反にならない攻撃だ。全員、お館様の御前でとんだ失態である。

 

「なるほど、なるほど。うどんも有効な武器になるということだね。ジョースター殿、情報提供感謝します」

「は、はい……」

「天元、落ち着いて。無一郎は、余りみんなを困らせないこと」

「御意……」

「ごめんなさい」

 

 産屋敷が綺麗に締めた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ジョジョからの情報提供は、石仮面のこと、ディオ・ブランドーのことにも及んだ。石仮面が模写された紙を取り出したジョジョの口から語られるその真実は、百戦錬磨の柱達さえも心胆を寒からしめた。

 

 石仮面ッ! メキシコ、アステカの遺跡で偶然発掘された太古のオーパーツ! 石で作られたようなその奇妙な仮面は、人間の血液に反応し、脳まで達する程の骨針を伸ばす! 石仮面を装着して骨針に頭部を貫かれたものは、未知のパワーを引き出され、おぞましき吸血鬼へと変貌するッ! 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 胡蝶、甘露寺、伊黒、冨岡、時透は表情を曇らせ、ジョジョの言葉を静かに聞いている。

 

「やばすぎる……。ド派手にやべぇぞ」

「そんなものが出回ったら! この世の終わりだ!」

「なんということだ……」

 

 宇髄、煉獄、悲鳴嶼さえも石仮面に恐れを感じている。タルカスとブラフォードの話ですら吸血鬼と屍生人の脅威を知るに充分なエピソードだったと言うのに、それらを生み出す諸悪の根源は、更に厄介な代物だった。

 

「どんな奴でも鬼が作れちまうだとォ……!? 誰がそんなクソッタレなもん作りやがったァ!!」

 

 皆が戦慄する中、不死川が怒りを露わにした。義理の家族が鬼に変じたという境遇にも、どこか思うところがあるみたいだ。

 

 石仮面とは即ち、ただの人間であろうとも、吸血鬼、屍生人を生み出せる呪いのアイテム! 

 

 それは、鬼狩りを生業とする鬼殺隊を戦慄させるには充分な脅威だった! 

 

「ジョジョさん。その石仮面はもう壊したんですよね?」

 

 ジョースター家まで巡ってきた石仮面に端を発する戦いは、ディオ・ブランドーの敗北、石仮面の完全破壊によって幕を閉じた。

 

「うん。石仮面は確かに破壊した。だけど、ぼくは危惧しているんだ。果たしてアレは一つだけだったのだろうかと……」

「……」

 

 それは、日本に蔓延る鬼を見た時にジョジョの脳裏をよぎった可能性だ。もし、石仮面が再び発掘されるようなことがあったならば、惨劇は繰り返されることになる。考えたくなかったが、そう言う訳にいかなかった。ディオは何度だって蘇ってきたし、石仮面の破壊には多くの犠牲が伴ったのだから。

 

「仮に石仮面がまだ存在したとして、日本に流れ着いてくる可能性はあるのか?」

「ぼく達が破壊した石仮面は、船を経由して人から人へ渡った末に流れ着いた物でした。ありえないとは言い切れません……」

「だよな……。鬼舞辻も、石仮面を派手に被ったと思うか?」

「恐らく違うと思います。辛うじて読み取れた波紋は、吸血鬼とは異なっていました」

「そうか」

「……逆に不味いかもしれませんね」

「何がだよ、胡蝶」

「こう考えてみて下さい。もし、鬼舞辻無惨が石仮面を被ったとしたら?」

「……考えたくもねぇな」

 

 胡蝶の考える可能性は最悪の中の最悪だ。この時代、日本も土葬の文化が根強い。蘇らせられそうな死体はそこかしこにある上、曰くつきの亡骸も多く存在する。引き起こされるであろう悲劇は、考えるだけで背筋が凍る。

 

「ジョースター殿、重要な情報提供、心より感謝します。この件は全員に周知させておきます故……。我々も協力します。皆、特徴が少しでも一致する仮面を見かけたら、速やかに破壊するように」

 

 柱達が威勢よく返事をした。産屋敷も本気である。

 

「鎹鴉達にも覚えさせる必要があるね……」

 

 隠達も産屋敷の言葉に跪いて応えた。こうして、鬼狩りに加え、石仮面の破壊も鬼殺隊の重要任務として広まっていくこととなったのである。

 

「鬼舞辻は、ジョースター殿と炭治郎を強く警戒している。鬼側の戦力が大きく削られた以上、上弦の鬼が動くことになるだろう。向こうも何れかの手段で戦力を強化してくる可能性がある。だから皆、より一層気を引き締めるように」

 

「御意!!」

 

 柱達はまた、一糸乱れず同時に返事した。頼もしい仲間は加わった。しかし、石仮面の可能性。上弦の鬼。何を仕出かすか分からぬ鬼舞辻無惨。警戒すべき事柄はたくさんある。

 

 こうして、ジョナサン・ジョースターから聞き出したかった情報は揃った。

 

 だが、後一つ。柱達はジョジョにはなんとしても頼みたいことがあった。

 

「お館様! ジョジョは波紋の呼吸による治癒が可能! お館様の病状を改善させられるやもしれませぬ!」

 

 改めて煉獄が提案した。不死川乱入によりうやむやになっていたが、柱達を始めとし、炭治郎、後ろに控える隠達、産屋敷の娘達にとっても気になるところだ。

 

「喜んで、力になります!」

「ありがとう。どうか診て頂きたい」

 

 産屋敷も柱達の提案を聞き入れた。皆、一先ず断られなくてほっとする。

 

「では、こちらへ……」

 

 スッと歩み寄ってきたひなきが促すと、ジョジョが履物を脱いで縁側に上がった。ジョジョと産屋敷はお互い正座で向かい合う状態になった。

 

「失礼します」

 

 ジョジョは、産屋敷の顔に両手を添えた。全員固唾を飲んで見守っている。

 

「……どうですか?」

「結論から言えば、治せます。視力も回復するでしょう」

「おお!」

「そうかァ!」

 

 治せると言う言葉に煉獄と不死川が喜色を見せる。

 

「ただ、時間がかかる……。ウブヤシキさんはまるで、生命力そのものを削られているような状態。つきっきりでじっくり看病する必要があります」

 

 とはいえ、今までどんな医者も匙を投げてきた産屋敷家の呪縛から解放できる。柱達の表情は明るい。

 

「……」

「ウブヤシキさん?」

「……ジョースター殿、申し出はありがたいのですが、それならば、今回のお話はなかったことにして頂けますか?」

「!」

「そんな!」

「お館様ァ!?」

 

 産屋敷からの返答は全員に大きな衝撃を与えた。助かる可能性をみすみす放棄しようと言うのだ。隊士達がショックを受けるのも無理のないことだった。

 

「いずれ、鬼との戦いは熾烈を極めることとなるでしょう。ジョースター殿の力は必須。貴方の力を私一人に割くぐらいならば、この命は不要」

「しかし……!」

 

 柱達はなんとか食い下がって産屋敷の治療を続けて欲しいと願う。しかし、産屋敷自身の決意は固い。鬼狩りと無惨の討伐を成し遂げる為ならば、この男も自らの命が惜しくないのだ。

 

「……分かりました」

「ジョースター殿!?」

「つまり、ぼく一人では、貴方の治療は叶わぬということ」

「!」

 

 ジョジョは、ゆっくりと目を閉じた。今、彼は重大な決断をしようとしている。

 

(ジョジョさん、もしかして……!?)

 

「貴方の言う通り、下弦の鬼を超える上弦の鬼。ウブヤシキさんの治療。そして、ムザンの陰謀。いつか対処できないことになる……」

「……」

「ウブヤシキさん。二人分、速達で手紙を送れませんか?」

「電報なら可能です。産屋敷家の総力を以て、必ず届けると約束しましょう」

「ありがとうございます! 一つは妻、エリナへ。そして、もう一つは……」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ──アメリカ合衆国首都、ワシントンD.C。某所。

 

 白亜の宮殿を彷彿とさせる豪著な施設の一角、大理石で構築された長い廊下を早足に歩く壮年の男性と、東洋人らしき壮年の男性が会話をしていた。

 

「ボス、今日は午前七時からですね、フィリップス上院議員との会談よ」

 

 中華訛りで今日の予定を話す男は耳に桃色の飾りを付け、目つきがきつく皴混じりの頬がこけている。一言で言うなら悪人面だ。仕立ての良い黒スーツを着ており、なまじ貫禄があるせいか、マフィアの首領のように見える。

 

「うむ」

 

 白髪交じりの金髪を短く切り揃えた壮年の男性は鷹揚に頷いた。紫色の蝶ネクタイに高級感のある黒いタキシード。エゲレス仕様の紳士帽を被る。左の目元から左頬にかけて傷跡が残っていた。木製のステッキを持ち、紳士然とした風格、その眼差しから相応の役職に就いた人物であることが伺える。

 

「それが終わったら、研究部門の定期報告。そんで医師団との会議。相変わらず忙しいね。たまには休んだ方がいいですよ。そこまでしなくても、俺達すっかり金持ち。もう一生遊んでくらせるね」

「そうはいかん、使える手を増やすに越したことはないからな」

「ふぅ、相変わらず熱心ね」

 

 中華訛りの男が休むことを薦めるが断られた。普段からこんな調子である。

 

(ボスは、()()()()が死んじまってから、すっかり変わっちまったね)

 

 中華訛りの男は、目の前の壮年の紳士と食屍鬼街(オウガーストリート)以来の付き合いだ。自分や仲間たちと共に、手頃なカモを見つけては追い剥ぎをしていたごろつきの頭領だったのも今では懐かしい話だ。

 

(一人でアメリカに行ったと思ったら、今じゃこの調子ね)

 

 ある日、彼は一人テキサスに渡り、死にかけながらも油田を発見し、会社を立ち上げて一躍大富豪となった。その後、食屍鬼街の面子も人手が足りないだか昔のよしみだかで引きずり込まれ、今じゃスーツ姿も慣れた物だ。

 

 それに飽き足らず、数年前には医療、薬学、考古学への助成活動をするために財団を築き上げ、今も西へ東へ飛び回り着々と勢力を伸ばし続けている。

 

(あのウインドナイツロットの事件だって、もう解決したってのに……)

 

 アメリカ経済に影響を及ぼす程の大富豪となった今、寝っ転がってても金はジャンジャン入ってくる。義理人情に厚く、そこまで欲の皮が張った性格ではないこともよく知っている。男を駆り立てているのが何なのか、中華訛りの男には理解しがたいものだった。

 

 今日の予定を話し続けていると、廊下の向こう側からドスドス足音を立てて此方に向かってくる何者かの姿が見えた。中華訛りの男も良く知ってる相手だ。

 

「いたいたぁ!! あ、兄貴ィ!」

「どうした?」

「どしたの、藪から棒に」

 

 傷のある男を"兄貴"と呼ぶ大慌ての男が片手に紙を持って駆け寄ってきた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 両目を覆うように塗りつぶされた紫色の刺青を汗が伝っている。壮年の男性だ。中華訛りの男に続くその悪人面は苦しそうに息を切らせていた。ガタイの良い体は酸素を求めて肩を揺らす。彼も、食屍鬼街以来の付き合いである。

 

日本(ジャパン)から、兄貴宛の電報なんだけどよォ!」

「電報が日本から? 何故わざわざ……」

 

 技術が進み、日米間の国際電話もあるこの時代に電報を送りつけてくるとは、余程火急の件らしい。

 

「落ち着くね。お前、言葉遣いが昔みたいになってるよ」

「おめぇだってそうだろうが……」

「別にお偉いさんの前って訳じゃあないしね。ああ、ボスは"超"が何個も付くお偉いさんだったね。ヒヒヒ」

 

 刺青の男と中華訛りの男は、お互い公の場での紳士ぶった物言いに慣れてきた筈なのだが、これではまるで25年前に戻ってきたようである。

 

「電報とやらは、その紙か?」

「あーあ……。クシャクシャね」

 

 刺青の男が電報らしき紙を力強く握り締めていたせいか、完全にヨレている。

 

「開きゃいいだろーが! とにかく見りゃあ分かる! おいらみたいにぶったまげるぜッ! ほれ!」

「……?」

「ふーん?」

 

 刺青の男がずいっと、押し付けるように紙を渡した。傷のある男が片手にヨレた紙を開く。

 

「何々……。ぬ!?」

 

 電報に軽く目を通すや否や、傷のある男が大きく目を見開いた。

 

「な……。な……」

 

 言葉を失い、息を詰まらせながらも文章を素早く目で追っている。両手で電報を持ち直し、カランカランとステッキが音を立てて転がった。そんなことも意に介さず、一文字たりとも見逃さぬと言う執念を見せる。

 

「……」

 

 読み進める度体を震わせている。その表情は紅潮し、汗が噴き出していた。紙を持つ手はプルプルと震え、ひどく興奮した様子なのが分かる。先ほどの紳士然とした様子は遥か彼方だった。

 

「ど、どうなされました!?」

「何かあったんですか!」

 

 施設の従業員達が駆け寄って傷のある男の様子を心配そうに見ている。白衣を着た男性にスーツ姿の男性。全員傷のある男の部下だ。

 

「……」

 

 読み終わったのか、傷のある男はスンと静かになった。だが、ただ静かになった訳ではなかった。それは、嵐の前の静けさを思わせる。

 

「……ボス?」

「……船を出せ」

「は?」

「船を出すんだァッ!!」

「船ぇ!? どしたね!? 急に!」

 

 突然の言葉に中華訛りの男は混乱する。そのただならぬ様子に、男の部下達も面食らっている。

 

「儂は今から日本へ向かうッ!!」

「なんでね!?」

「書き写された文字じゃあ、真実なのかガセなのかは分からんッ! だが、()()()が出された以上、儂はいかなくっちゃあならんッ!!」

 

 傷の男のその目はどういった訳か、燃えるような輝きを見せている。

 

「イヤイヤイヤ! 日本へ行くったって、今日の予定どうするね!?」

そんなもん全部キャンセルだァ――――ッ!!

「アイヤー!?」

 

 中華訛りの男が奇声を上げた。この傷の男。お偉いさんとの会合も含む、みっしり詰まったスケジュールを全部投げ捨てるつもりらしい。決意は固い。

 

「へへっ、おいらはそうくると思ったぜぇ! こうなった兄貴は誰にも止めらんねーよ! このままじゃ豹よりも速くすっとんでいくだろうな!」

「早く用意せんと、わしゃ泳いででも行くぞッ!」

「だー! わかった! わかったね!」

 

 このままだと有言実行しそうな程ひどく興奮している男に気圧され、中華訛りの男と刺青の男が近くの部下へ指示を飛ばした。

 

「おい! そこのお前! 早急にタコマ港に連絡入れて船を準備させろ! とびっきり速ぇーヤツな! 燃料もたっぷり入れるようにッ!」

「しょ、承知しましたァー!」

「お前は一緒にボスの名義で日本に入国申請するね! ボスの名前で国際電話使えば1秒で許可が出るから急ぐよろしッ!」

「りょりょ了解ッ!」

 

 男が動き出す。待ちきれぬといった様子で最寄りの港へと向かった。

 

 

←To Be Continued

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

ヤツが来る

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