朔月の巫女   作:Hiso=サダネ

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今日書いて今日中に仕上げたいと思った。急ぎだからあとで加筆修正と化する予定。

追記
20/11/17後半修正加筆。初めて5以下の評価もらったから、その記念に後で後書きに短編小説を書く予定。詫び石みたいな感覚で後で受け取ってほしい。


第二節 第五話 紫色の境 ~color’s meets Girl ───トラベリングナイト ~In Bildung

 回想した話を終えたサファイアは、自分で話していながらもどこか違和感に思える。ルビーは事の顛末よりも、その間に散見した神秘の存在に思考を向けている。唸り声を上げながら、あごに手を当てるような素振りだ。

 そしてイリヤは。

 

「うぅ~~~ん…………」

 

 煙を上げながら、頭を抱えて別ベクトルに唸っていた。

 魔術師、神様、戸籍、所得、博麗美遊に博麗霊夢。魂に呪い…………何の話をされているのか全く分からない。ファンタジーなのか社会なのか良い人なのか悪い人なのか話が複雑すぎて理解できない。これは魔法少女ものの世界じゃないの!! とイリヤは、複雑に絡まった事情に湧いてくる多くの感情を一言でまとめるしかできなかった。

 

「……あー、とりあえず。イリヤさんが爆発寸前ですので、整理していきましょうか」

「ごめんルビー。お願い……」

 

 とりあえず。別世界の話を聞いている気分にはなっていた、けれどそれが他人事じゃないんだなと自覚はできずとも理解はしていた。

 ルビーは咳払いする音を立てると、イリヤに向き直る。

 

「それでは、どこから整理しましょうか」

「えっと、沢山あるから、最後から。質問していく感じで」

「では巻き戻りつつ順を追っていきましょう」

 

 イリヤは話を思い浮かべていく。

 

 

「やっぱり…………その、ルヴィアさんの所で働くから、親戚設定になったんだね」

「はい。美遊様はルヴィア様の所でメイドとしてご奉仕することになりました」

 

 博麗さん、いや姉妹だから美遊さんか。イリヤは美遊への呼称を修正する。

 美遊のメイド姿を思い浮かべる。黒のドレスに白いエプロンを纏う普通のメイド服を美遊に着させて、クルリと一回転させる。垢抜けてまっすぐな少女が自分に奉仕してくれる様を浮かべる。

 …………何故か、鼻が熱くなってきた。というより全身が熱くなってきた。

 ハッ! イリヤは二本を見やる。そこに目はないが、自分に視線が刺さっていると感じた。

 

「ゔっ! …………なら、学校が終わったら、その、ルヴィアさん。のお家に、行くんだ、すよね…………」

「イリヤさん、口調が変になってますよ」

「その予定となっております。できれば、外聞の事を踏まえて、この事は内密にお願いします」

「うん、わかった……ほへー、同い年なのに働いている、ってすごい……」

 

 

「神様を呼んじゃうんだ。えっと……やっぱり、すごいことなんだよね」

「すごいなんてもんじゃないですよ!! 私たちが闘っている英霊でさえ、現代の魔術ではその現象を間借りするしかないというのに、神霊を降霊させるというのは、それこそ魔術の格が違いますよ!! おそらく私たちの機能をもってしても分が悪いです。何か裏技や反則めいた何かじゃないと」

「しかし、その神霊を呼び出そうとすると、今度は抑止力の問題に衝突します」

「ヨクシリョク?」

 

 ルビーが語る。

 抑止力とは、カウンターガーディアンと呼ばれる存在で、世界存続における安全装置の事。人類の祈りによるアラヤと、星によるガイアが存在し、世界を滅ぼす要因が発生した場合に、その存在を抹消排斥する。その性質上あらゆる世界滅亡の要因に対するために、方向の修復者とも呼ばれる。

 

「近頃では、人と星の祈りによって存在するために、仮に宇宙人でも到来した場合、抑止力が働かないのではとも推測されています。性質上。星や人類の活動圏内でしか働かない為に、抑止力が察知できないのではと推論されておりますが、今のところ実例が無いので何とも言えません」

「アラヤ……? ガイア……?」

「まあ。世界、っていうクラスを纏める先生みたいな存在ですよ」

「あー。確かに藤村先生、って怒ると怖いもんね」

「抑止力が先生とは、言いえて妙ですね。……少なくとも神霊をこうも簡単に降ろせてしまう事は。まっとうな手段ではないか、正攻法ではないはずです」

 

 

「魔術師、って。実際はどういう人たちなの? なんというか、話を聞いていてもよくわからないというか」

 

 黒い髪のツインテールの魔術師を思い浮かべるが、話を聞いていてイメージが重ならない。話を聞いた際は裏で陰謀巡る事件を秘密裏に処理する爆弾処理班のようなイメージなのだが、寧ろ研究者のような雰囲気だ。

 

「魔術師は、魔術という神秘を用いて、根源に到達することを目指している人たちです。神秘と言う根源に通じる太い管を通っていく事で、根源に到達する。だから神秘の漏洩を魔術師はしません」

「神秘、って。あんな綺麗な感じなの?」

「あー、そっちになりますか。大抵は信仰とかの話になるんですが……まあ、簡単に言えば、どれほど認知されているか。どれほど自分だけが知っているかが神秘になります。知られているほどその道は広くて通りやすくて、誰かが理解してしまうほど根源が遠ざかる。ですから自分だけが知らないといけないのです。そしてその神秘の最高峰が、このカレイドステッキなのです!!」

「(プシュー)」

「あー。何でしょうかね。美味しいと言われる幻の食材があって、その人だけが持っていれば世界で一番美味しい! と思うけれど、いざみんなが食べてこんなもんか。って言われると、そう思えてきちゃう感じでしょうか」

「えっと。……うん。オススメ、って書いてあったけれど、実際に食べるとそこまで、って思われるのがいや。ってことでいい?」

「先の例えで言うのであれば、そうですね」

「ほへー。聞いてた時も思ったけれど。魔術師、って自分の夢に正直でロマンチストみたいな素敵な人達なんだね。……じゃあ、博麗霊夢さんは違うの?」

「あの方は神秘も知らないどころか、おそらく根源さえも知りません。魔術をそう言った使い方をしない人の事を魔術使いと言います」

「じゃあ。魔術使い、の巫女さん?」

「それにしてはその神秘がぶっ飛んでますね~。理論上、英霊と同格以上である攻撃や術者であること。英霊と同レベル以上の神秘を持っていること。あとは若干ですが、概念的に英霊を倒せる何等かの手段を用いること。これらが、人間が英霊を倒せる条件となりますからねえ?」

「なんかいっぱい……(でも、リンさんは魔術師の事を魔法少女じゃないって言ってたから、やっぱり魔法少女の巫女さんなんだ…………巫女さん、って魔法少女なのかな?」

「絶対別の事考えてます。口に出てますし」

 

 

「呪い、って。魔術師の人たちは皆そんな事してるの?」

「いいえ。あれは基本的にまれにしか行われません。あれは魔術師にとっての魂からの条約。おいそれと結ぶものではありません。もし破るものがいるのでしたら、その人は魔術師ではないのでしょう」

「本当にしたい約束にしか使っちゃダメなんだね。ロマンチストとの大事な約束を破っちゃうなんて、その人すごく夢が無い……」

 

 

「ルヴィアさん、って。やっぱりお金持ち……」

「はい。ルネサンス期から続く家系で、その略奪者根性は“地上で最も優雅なハイエナ”とされています」

「優雅なのにハイエナ、ってどういうことなの……」

 

 

「ヤクザと繋がっている魔法少女……唐突に殺伐としてきた」

「それ、英霊と戦う私たちが言いますか?」

「しかもお嬢とよばれている事から、相当の敬拝を懐かれているようです」

「ヤクザ魔法少女…………なんか、唐突にひらめきそうな予感!」

「ヤクザに愛されている博麗霊夢さん。これはまさしく。愛されいむ、ということですね!」

「…………」

「…………姉さん。寒いです」

「いやー最近はあったかくなってきましたねーさあ次へ行きましょうか!」

「露骨に話をそらした…………」

 

 

「……あれ? そういえば、カツアゲとはいえ、自分で稼いでいたんだよね」

「そうです。野蛮です」

「あの……お父さんとお母さんは? 大人の人がいないの?」

「あー、言われてみればそうですね。確かに、あの人の印象が強すぎて、全然思いつきませんでした。そこんところどうなんです? サファイアちゃん」

「不明です。仕送りはわかりませんが、ヤクザから資金源を搾取している可能性がある以上、何とも言えません」

(てっきり私と一緒で出張に行ってるのかな、って思っていたけれど…………ネグレクト?)

 

 

「…………うん、大丈夫。ちょっとよくわからなかったところもあるけれど、たぶんわかったと思う」

「いいですか? 答えていく内に私も整理がつきました。そしてそれ以上にわかりません。抑止力、神秘、英霊を倒せる事。そのどれもが既存の法則から逸脱しています」

 サファイアがルビーに近づいて、囁くように会話をする。

「姉さん。これは根源に到達して新しい法則を創り出した可能性もあるのでは?」

「ワンチャン根源接続者説ありますねえ? いっそクソ爺に連絡して、並行世界のあの方……霊夢さんを観測してもらってもいいくらいです」

「我々と契約すれば、いくらか私たちにも確認できなくもないですが」

「契約は一人一つまで。仮契約もできますが、本格的に調べるのならしっかり契約したいくらいです」

 

 イリヤはステッキが呟き合うのを見て、とんでもないことに巻き込まれてしまったなと思った。

 一度しか闘わなかったが、あの英霊というものがどんなものであるのかは全く知らない。少なくともステッキを持たない人間が倒せるなんてありえないということは理解できている。

 けれどそれ以上に、どこかワクワクする自分がいるのがわかる。

 魔術師が裏の世界で人々を守り続けるカッコいい人たちから、少し危ないこともしてしまうけれど根はロマンチストのような夢見る素敵な人々に。

 美遊と言うクールな少女が、姉のことを想う素直な少女に。

 そして闘うなどという物騒なことが、空を彩る星のような色彩に。

 夜の世界なんて。生まれて初めて内緒で飛び出したけれど、ファンタジーな世界だと思っていたら殺伐としていて。けど、あんな素敵な光景が広がっていて。

 夜の星空が、波立つように流れる雲に隠れてるのを、晴れてと思えば、好きな人とその星空を見れる。そんな魔法とかあったらいいのに。なんて思っていたら、夢を見ているかのような世界が、夜の世界で広がっていた。

 でも、何だろう。どことなく、引っかかりを覚えた。それがどこか渦中の外にいるような目線で見ているから感じることであるのだと、イリヤは知らない。

 

「……まあ、とにかく。心強い味方であることは間違いではありません。実質魔法少女が三人、勝ちましたわー、これは」

「姉さん、慢心するのもあまりよろしくないかと」

「まあ、報告されていたより強くなってましたし。油断は禁物ですねー」

「なんか、すごいことになりそう……」

 

 サファイアがイリヤの前に飛ぶ。

 

「全力でサポートさせて頂きます。どうかこれからも一緒にカード回収を「サファイア」

 

 カチャリ、と扉が開く。美遊が屋上に上がって来たのだ。

 人酔いした後に、空気を吸おうと廊下に出ていた所、サファイアがいないことに気づき、捜していたのだ。

 サファイアは神秘の秘匿はしっかりとする。なら人があまりいないようなところにいるはず。

 その際登校する時に、霊夢の「屋上、ってあんまり人がいないの。よく利用させてもらってるわ」という言葉を思い出し、ここにやって来たのである。

 

「サファイア、あまり外に出ないで。誰かに見られたら面倒」

「申し訳ございません、美遊様。イリヤさんにご挨拶をと思いまして。事情を聞かれましたので、お応えしておりました」

「事情?」

「はい、霊夢様とルヴィア様の事を聞かれましたので。それに今後のカード回収に効率よく行えると」

「……そう、わかった。けど少しで良いから目立たないで」

「承知しました。マスター」

 

 美遊はそう言って、屋上を去っていく。教室に戻るのも億劫だが、学校は集団行動が基本だと、前に兄から聞いたのを思い出す。これ以上教室を離れるわけにはいかない。

 

「…………あ、あの」

 

 呼び止めてしまった。何となくだが、空気と言うか。自分の様にどうしてステッキを持っているのか。どうしてカードを集めているのか。どうしても気になっていた。

 呼び止められた。カード回収の事だろうか、それとも霊夢の事だろうか。それ位しか、呼び止められる理由が思いつかない。なにより……

 

「どうし「待って」え?」

 

 呼び止める。

 

「ちょっと……酔ってる」

「酔ってる!?」

 

 イリヤは驚愕した。美遊は片手で頭を押さえている。表情は見えないが、漫画であれば影で表現されているはずだ。

 

「美遊様、どうされましたか!?」

 

 サファイアが美遊に迫る。イリヤは困惑した。どうして唐突に酔ってしまうのか。謎で不思議な魔法少女のイメージとはかけ離れた発言であった。

 

「人がたくさんいて、全員で話しかけてくるものだから」

「人酔いだった!」

「うるさい、黙ってて」

「ご、ごめんなさい……」

 

 頭がぐわんぐわんしている。ぐわんぐわんとは何だろう、とにかくぐわんぐわんという音が聞こえる。美遊は擬音語の表現を見た事が無かったが、不思議とそう言い表せた。

 もしも覚悟だとか信念だとかを胸に抱いていたら、もう少し耐えられたかもしれない。あるいは気づかなかったとも。

 

「えっと、とりあえず保健室行こう!」

「ホケンシツ?」

「保健室。酔い止め飲めば少しは楽になると思うし」

「そうなの?」

「美遊様、お手を出してくださいで回復します」

「わかった」

 

 手を差し出す。サファイアが自分の手に乗ると、すぐに引いて行った。思考が安定する。

 

「……大丈夫、もう安定してきた」

 

 美遊がまっすぐサファイアを見て礼を言う。サファイアも短く返して小さくお辞儀をした。

 

(なんというか……天然な人だなあ)

 

 素直な少女の印象は、天然な少女へと移ろった。もはや謎の少女ではなかった。いや、不思議な少女というイメージはまだ残っているが。イリヤはしばし苦笑した。

 

「それで…………」

 

 どうしよう、どう接すればいいのだろう。同年代の、というより年齢も同じで対等な立場の人との会話とは、どのような物だろうか。敬語? それとも兄や霊夢のように?

 

「……何の用?」

 

 少々、冷たすぎるだろうか。自分の顔がこわばっているのではないかとも思えてしまう。これが他人と会話する時の緊張だろうか。兄が他人との会話は緊張するものだと言っていた。

 それは緊張というより、戸惑いに類するものであることを美遊は知らない。緊張も戸惑いも料理した経験から感じた事があるが、中々際どい感覚だろう。

 

「いやいや、気持ちが悪い時に質問とかできないよ。……ん、もしかして結構時間たってる?」

「はい、およそ15分ほど」

「マズーイ!! 藤村先生に怒られる!!」

「このままだと抑止の守護者(先生)来ちゃいますね~」

「ええっと、とにかく行こう、美遊さん!」

 

 イリヤは美遊の手を掴む。

 

「え、ちょっと?!」

「藤村先生怒ると怖いんだから! ヤクザじゃないか、って思う時あるもん」

 

 なお、この少女。一昨日怒られても速攻で帰宅している。むしろ説得力が無い。

 

「あ…………」

 

 その小学生特有の幼い抑揚からは、活気ある気持ちが伝わって来た。

 琥珀色の瞳は戸惑ったまま。けれど銀糸の髪の揺れる後ろ姿は、自分が感じた事もない、しかしどこかで感じた事のある決して悪いものではない何かを思い浮かべる。

 運命的なコンタクトは、星に憧れる少女によって紡がれていく。

 美遊はよくわからないまま、イリヤによって屋上を去っていった。

 

 

 なお、その後ニアミスした藤村先生に怒られた模様。霊夢の言っていた藤村組とはこの人も関わっているのではと直感した美遊であった。これが先生に怒られることなんだと、美遊は知った。

 

 

   ◎●●●〇

 

 

「おい、イリヤ! お前何転校生と教室抜け出してんだ、美遊ルート入ってデートしてんじゃねえ。俺も混ぜろー!」

「まさか最速でフラグを建てに行くとは思わなかったぞ。手が早いなイリヤ、お前なら乙女ゲーの難関不落キャラ初見で攻略しそうだ」

「いやいや、たまたまというかなんというか…………」

「やっぱり気難しそうな人だった? さっきは皆振られちゃって……」

「アレがツンデレってやつか、ああいうタイプは新鮮だな!」

「エーデルフェルト、っていう所の親戚、って言っていたし。もしやお嬢様系? でもなんかイメージが違うなあ?」

「とにかく美人さんだったよねー。私たちもフラグ探そっか」

「うちのクラスは平和だねー」

(とにかく、ここは皆さんに倣って……)

(美遊さんの観察といこっか……)

 

 

 算数の時間。藤村が黒板に問題を書いていく。

 算数。確か、小学校における数学の科目である、と辞書には書いてあった。数学となると、ユークリッド幾何学や三平方の定理などが浮かんで来る。魔術を使う兄に倣って、昔の数学に付いて調べた事がある。

 知識は限定的ではあるけれど、問題を解くというのは、少し憧れていた。兄には簡単に問題を出してもらったことはあるけれど、自分に合わせた問題が中心であった。誰もが解けるようにされた問題というのは、まだ見た事はない。

 なお、日本では形式陶冶法による学習で算数の授業は展開される。対して海外では実践陶冶法で行われているらしい。

 

「はーい。この問題をやってもらっちゃおっかなー。えーじゃ……龍子ちゃん」

「国語は苦手だぜ……」

「タツコー! 今は算数の時間だぞーだぞだぞだぞ……」

 

 龍子はペンで瞼に目を描いて、居眠りをしていた。国語と言うと前の授業だが、もしや授業の続きでも見ているのか。だがしかし、今は算数なのだ。どっちかと言うと理系なのだ。文系の時間はすでに去った。なお龍子は体育会系。

 美遊は授業で居眠りするということがよくわからなかった。なぜ知識を得るために行う学習で眠ることができるのか、まさか眠りながら授業を受けているのか、と。美遊は世界が広いのだな、と少し驚いていた。最も、勘で全てを察してしまう巫女と比べれば、睡眠学習はそこまで珍しくないかもしれない。いや、どうだろう?

 

「もうええわ……代わりに美遊ちゃん」

「……はい」

 

 名指しされたということは、この問題を解けということだろう。美遊は立ち上がり、黒板に向かって歩いていく。

 イリヤは観察というていで、美遊を眺めていた。

 最初はクールな印象であったが、天然なようにも見えるから、どのような解き方(というより行動)をするのか想像し難かった。

 

「お手並み拝見と行きましょうか」

 

 チョークを渡される。美遊はそのまま知っている方法で書き始める。

 方程式を出す。この問題は一般化されていないため、まずは関係式を書かないと。

 意外と普通に解くのかな、と思っていたイリヤは、予想外なパンチを喰らう。

 藤村は目を丸くした。

 

「いや……」

 

 積分する。これによってxとyの関係が成り立つ。

 

「あの……ちょ……」

 

 藤村はわなわなとし始めた。教室がざわつき始める。

 

「み、美遊ちゃん?」

「はい?」

 

 名前を呼ばれた。もしや、間違っていただろうか。少なくともπに関する事は問題ないはずだが。

 

「この問題は、そんな解き方するんじゃなくて」

 

 そこには、小学校の範囲から逸脱した積分と方程式によって解かれようとしている式が展開されていた。

 

「積分とか方程式とか、ましてや一般化とかもしなくていいの!」

「?」

 

 どういう事だろう? 解を出すならば、方程式を使わねばいけないのでは、と美遊は目を丸くする。

 

「いや、そんな不思議そうにされても! ええい、円周率はおよそ3なのよ! もんくアッカー!」

 

 ガオーという感じで吠える藤村、いや虎か。もしやジャガー!

 

(なんかよくわからないけれど学力もすごい……知的天然!)

 

 隣で英語を疑う声が聞こえたが、イリヤの驚きに消えた。

 なお。その時の兄は、自分も数学の授業を取るべきか? と一晩悩んだという。

 

 

 図工の時間。人物画を描くらしい。

 

「みんなー。生き生きと自由に書いてね~」

「は~い」

 

 藤村は教室を回り始める。

 自由。自由とはなんだろう。自由主義は政治思想だから違うとして。自由は自分のまま。心のまま。という言葉。

 

 ───自分の感情は自分だけのものなんだから。

 

 あの夜の弾幕を思い出す。素直な霊夢のままの弾幕。自由と言うものがどんなものかはわからないけれど、心のまま。と言うのは、あの弾幕のようなものではないだろうか。

 なら霊夢を書こうかな、と思う。

 ……なんだろう、お兄ちゃんの事も描きたくなってきた。

 それに折角ならば、もう少し工夫を凝らしてみたいと思う。以前、百科事典に具象絵画に関して遠近法に関する項目があったはず、ならその遠近法を…………だとすれば最初にお兄ちゃんを…………

 

「!? 雀花ちゃん……?」

「はい?」

「何を……書いているのかな?」

 

 そこには、金髪の長身の青年が、小柄な黒髪の青年が背中を向き合いつつも、目線を合わせている薔薇が咲き誇った絵が描かれていた。

 

「自由に描けとのことでしたので、性別の壁を解体して、耽美系美青年による同性愛を表現しました。

 

 また、天才で努力を信じない人と努力家で自信家な人のCPがあると聞いて、私なりにその組み合わせを表現してみました」

 グッ、とガッツポーズをする赤渕眼鏡の少女、栗原雀花。満面の笑みで腐ってやがる。

 その後、黒の方の表裏のない素直なアタックに戸惑う、だとか。金がからかって黒をどうこうとか。黒の仕返しに金が一枚上手だとか言ってる。早すぎたんだ。コミケまで待て。

 

「ほー。そーおー。ほー…………」

 

 これには藤村。苦い顔。いや、小学校で薔薇が展開されても。

 

「すっご……どうやって描いたのこれ…………」

 

 藤村は騒ぎのする方へ行く。

 

「こ……これは…………何…………」

 

 …………なぜこんなにもざわめき立っているのだろう? 多方面的に見たものを組み合わせて見てみただけなのだが。

 

「…………自由に描けとの事でしたので、形態を解体して、単一焦点による遠近法を放棄しました」

「自由すぎるわーーーー!!」

 

 そこには、キュビズム的に描かれた黒い髪の少女と、赤焦げた髪の青年が描かれていた。これが評価されるのは一体いつだろうか。少なくとも、小学校の児童がキュビズムを理解するのは、まだまだ先の事である。

 

「つーか! だから、キュビズムは小学校の範囲“がい”よ!!」

「…………?」

 

 自分の思うままに描いてみたら、範囲外と言われてしまった。自分の感情のままに描いただけなのに。

 それに大声で言われることが無かったために、すごく耳に残る声量だ。

 

「いやだから、そんな不思議そうな顔されても……!」

(なんだかよくわからないけれど、美術力もすごい……)

 

 ピカソ? という言葉が聞こえたが、その声は児童たちと藤村の声という深淵に消えていった。

(追記:具象画はあくまで抽象化せずに描くものであり、児童絵もまた具象画でもあるため、種別で見れば美遊の絵はイリヤの絵と同じ種類である)

 

 

 家庭科の時間。ハンバーグを作るらしい。

 ハンバーグ。兄が最も得意としていた料理。自分の最も自信のある料理だ。今日作った昼ご飯は霊夢に合わせて天ぷらを中心にしたおかずであったが、まだハンバーグは振舞っていない。

 腕が鳴る。霊夢に向けて洋食を和風にすることに挑戦してみるのも良いかもしれない。

 早速美遊は、先ほどの冷蔵庫の食材を思い浮かべて、献立を考える。

 ……和風とは何だろうか。思いつくのは“さしすせそ”の言葉。ならしょうゆと味噌をベースにして……そういえば先ほどポン酢もあった。いっそ大根おろしとポン酢を合わせて…………

 

「さーて、今日は調理実習よー。美味しいハンバーグ~を作りましょうねー」

「はーい!」

 

 イリヤもまた具をこね始める。イリヤが作るのは星のハンバーグだ。隣の子はハートの形にかたどっている。皆思い思いに作り始めていた。

 ふと、隣の班から歓声が沸き上がる。

 そこには、ごぼうのサラダ、しょうゆベースのシャルロット仕立てに味噌ポタージュと抹茶ティラミス。メインはおろしポン酢のハンバーグ。一通りの豪華なコースが取り揃えられていた。

 

「こ……これは……一体…………!!!」

「…………何か間違ってましたか?」

「小学校でこんな手の込んだ料理は出ないっていうの! そもそもフライパン一つでどうやってここまで作ったの!」

 

 兄が言っていた。中華鍋一つあれば大抵何でもできると。まずはフライパン一つでできるようになろう、と言われ、美遊は言葉通りにフライパン一つでコースを作れる程度の能力を得たのであった。勿論、調味料の分量を間違えてしまったり、時間の調節を誤ってしまったこともあっただろう。

 努力の数が、この料理に表れていた。

 

「? …………」

 

 よく、わからなかった。料理を作って、こんな反応をされたのは初めてだ。思い浮かぶのは兄が微笑む姿、朝ごはんは霊夢が神社に行かなければということでうやむやになってしまったが、霊夢の喜ぶ姿を思い描いていた。

 けれど、思っていた反応とは違った反応が返って来た。

 …………何か、ダメなことをしてしまったのだろうか。

 

「ダー、もーだめだー! ……ん、那奈亀ちゃん!?」

「おかわり~」

「待てー! あんたは何でもう食べてんのよー!!」

 

 ピンクの髪で糸目の少女、森山那奈亀は美遊の作り上げたポタージュに舌鼓を打っていた。

 

「まったく、どいつもこいつも…………はむ」

 

 藤村は美遊の作ったハンバーグを一口ほおばる。

 

「…………うんめ~」

 

 今度は、思っていたようではない別の表情をされた。自分には、二転三転するこの先生の意図がよくわからなかった。先生というイメージとはかけ離れた姿がそこにあった。

 クラスから感嘆の声が上がる。もはや藤村は完全に餌付けされていた。「美遊ちゃんおかわり~」と言われた美遊は「先生うるさいです」と返している。何よりその声量が耳に残るのだ。

 

(か、完璧超人の天然少女……!)

 

 イリヤは驚愕した。同時に天然少女から完璧で天然で不思議な魔法少女という構図が出来上がっていた。

 なお。「先生をうならせてる……」と呟いたのは、桂美々という平凡な少女である。

 

(……あ、確か小学校では給食が出るって…………)

 

 美遊は、霊夢にお弁当を渡した事を思い出していた。

 

 

   ◎●●●〇

 

 

 

「それにしても。美遊ちゃん、ってすごいよねー」

「ああ。天才少女、って本当にいるんだな」

「うんうん」

「龍子もそう思うだろ?」

「フッ、プールが俺を呼んでるぜ……」

「……何だ、その恰好は?」

「龍子ちゃん。プールはまだやらないよ」

 

 イリヤはふと、美遊の方を見やる。美遊は体操着(ブルマ)を着終え、装いを整えていた。

 美遊とは視線は合っていない。

 最初は、唐突に助太刀しに来てくれた謎の魔法少女という印象だった。けれど、話を聞けばとても優しくて素直な子だったし、知的で天才の様でもあるけれど天然な一面もある。完璧だけどちょっとずれている気もするような子で。すごい人だけど、ちょっと親しみと言うか、雲の上の人みたいな感じではないようにも思える。

 不思議な人。どことなく昨日の博麗霊夢その人の面影が重なる。面影があるというより、姿顔立ちが重なるというより、なんというか、どっちとも言えてしまう認識を感じるのだ。綺麗な黒髪が、より同じ印象を覚えさせる。

 この人は、どんな人なんだろう。

 

「イリヤイリヤ」

「え……うん、何?」

 

 意識が美遊から雀花に移り、イリヤは雀花に肩を組まれる。

 

「このままじゃ、あの転校生にやられっぱなしだ。せめて体育くらいは勝ちたいよな」

「イリヤの足だけが、私たちの最後の希望!」

「バタフライなら俺に任せろ! バタフライはな、リズムが大事なんだぞ! こう……」

「……あ……うん」

 

 イリヤは、四人組に絡まれている間に、美遊が校庭に向かうのを眺めた。

 何か、間違っているのかな。美遊は着替えている最中も同じことを考えていた。

 やりたいと思ったことを、そのままやってみた。けれど、周囲の反応と言うか、思っていた光景とは違っていた。特に想像していたわけではない。けれど、料理をした時には、兄の姿を思い浮かべていたのだ。

 ここが別の世界であることはわかっている。今朝霊夢に今年の年代と日付を聞いている。自分の世界の年代は、兄から聞いた通りに、2007年。しかしこちらは2019年4月12日、テレビでは有名映画を創った監督が新しい作品を出すことで引っ切り無しだと霊夢は言っていた。

 けれど、わかっていても。こことあそこは違うとわかっていても、何か齟齬を感じる。この齟齬が、集団行動の基本なのだろうか。

 どことなく、胸がチクリと、痛む気がした。

 

 

   ◎●●●〇

 

 

 体育の時間、短距離走でタイムを計るらしい。スタートピストルの銃声がこだまする。

 走る。……運動不足がたたるといけないから、と言って一緒に庭の中を走り回ったことがある。他にも蹴鞠をやったり、筋トレもやっていた。いろいろなスポーツも、いつも二人でやっていた。

 けれど、こんな広い場所で走ったことはない。

 

「はーい、次のグループ。準備してー!」

 

 藤村が次の走者を呼ぶ。イリヤは体育座りから立ち上がって、二つのレーンの内、左側に立つ。

 美遊はその右側だ。

 そう言えば、美遊さんは、博麗霊夢さんの妹なんだよね。と、イリヤは思い出す。

 あの三連続の足技連撃は魔法少女みが溢れていた。すごい身体能力。よくよく考えたら、針とかも投げていたし、かなり器用なのかもしれない。

 なら、美遊さんもかなりすごいんじゃ……? イリヤは少し勝てるか不安になった。

 大丈夫、自分の最も得意なこと、それは走ること。走ることだったら自転車にだって負けない。気を引き締めないと…………

 イリヤはまっすぐとゴールを見ている時、美遊もまたゴールの先を見ていた。

 確か、屈んで前に膝を立てて、もう片方の膝を地面に付けるクラウチングによるスタートが一般的と言っていた。その後は用意と言われたら腰を上げて静止、合図が鳴ったら走り出す。

 そう聞いてきた。

 

「位置に付いて!」

 

 クラウチングする。隣を見やれば、同じように構えているあの子がいた。

 合っているようだ、ひとまず安心する。

 

「よーい」

 

 息を整える。

 力みすぎずに、緩みすぎずに。

 負けるなんて、あり得ない! 今は、走ることに集中する。

 

 

 銃声が鳴った。

 

 蹴りだして、駆け出す。

 走る。走る。互いの存在が並んでいることを肌で感じる。

 合っているかどうかはわからないけれど、とにかく走る。

 一番自信のあることで、負けた事なんてないんだから。

 

「そこだー、いけー!」

「脇を締めて打つんだ!」

 

 二人とも同じところを目指す。

 隣り合うレーンを、二人は駆けていく。

 呼吸が奔る。

 鼓動も強まる。

 とにかく前に進む。

 黒い髪が遠くに見える。

 隣の銀糸が離れていく。

 

「あ、あり得ない…………」

 

 先にゴールを切ったのは、美遊であった。イリヤはあとから追いついた。

 イリヤは地面と向き合って、息を切らしてその現実を受けれ入れずにいる。

 

「ハア……ハア……」

 

 美遊はその白い頬を赤くして、息を整える。

 風を切る感覚

 そこを走る感覚

 後に残る高揚感

 

(…………涼しくて、気持ちよかった…………)

 

 霊夢との空の旅路を、思い出していた。そこに、不安などなかったように。

 




今日まで書くにあたって知識とかなんだとかが足りないと思い、今日まで哲学書とか古典研究の本とかを読み漁っていたのに、自分の文章力が落ちるという本末転倒やらかしてる。
期間が開いたと思って今日中に仕上げたけれど、悲しい。


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