店の中に入ると柔和な微笑みを浮かべた見え麗しい店員が対応してくれる。肉は出さず、菜食を中心としたメニューが人気なこの店の一角で話し合う2人と1柱がいた。
暖かい日差しが木々の間から木漏れ日として窓へ入り込み、誰もが息を飲むほどの美女達を主役に踊り立たせるかの如く照らし出す。様々な装飾に彩られた店内は華美過ぎることなく落ち着いていて、客や店員の所作からも全体的に店として高い品位が見て取れる。落ち着いた、ゆったりとした時間の中、3人のうち黒ローブを深く被った1人が口を開いた。
「どうして、人間は独り立ちしようとするんだ………?」
隣で女神がお茶を上品に飲む。向かいのハイエルフはパンケーキを丁寧に切り分け、1口大の大きさにした後にぱくりと口に入れる。
何事も起きなかったような空気感が漂い始め、ローブの女の声は霧散してゆく。
「……おい、なぜ反応しない」
「相談があると言われて来たのに、いきなり哲学めいた事を言い始めるから」
「いや待て、聞いてくれ。最近ベルがおかしいんだ」
普段は冷徹非道、傲岸不遜を地で行く彼女がこうも慌てるのは妹の息子であり、今は現在悩みを打ち明けているアルフィアの息子でもあるベルに関することだけ。だから、相談があると言われた時点でハイエルフであるリヴェリアはある程度察していた。
と言うのも、かつては全く相容れることは無かった2人。こうして机を間に向かい合わせて座るのは先輩ママとしてリヴェリアに教えを乞う時に限られているが、それでも私人間ではかなり良好な関係は続いている。
なんだかんだで事の経緯を聞いたリヴェリアが出した結論、それは……
「反抗期だな」
「なんだそれは」
「簡単に言えば、子供が親離れをしようと色々なことに反発することを言う。今までやってあげていたのに、急に一人でやるようになったことは無いか?」
アルフィアは深く考え込み、記憶を辿ってゆく。
〜〜〜
「ベル、起きろ。朝だぞ」
「もう起きてるよお母さん」
「偉いな。自分で起きれるようになったか」
「うん!別にお母さんが起こしに来なくても良いんだよ?」
〜〜〜
「ベル、今日はダンジョンか?」
「そうだけど、どうしたの?」
「ポーションは持ったか?武器の整備はちゃんとしてあるか?ああ、寝癖がついている。待ってろ、今梳いてやるから」
「梳かなくていいよ。それに、ちゃんと整備も持ち物も用意してあるから!」
「そ、そうか。すまなかったな。気をつけて行ってこい」
「うん。行ってきます」
〜〜〜
「ベル、風呂に入るぞ」
「え?」
「え?じゃない。土汚れが目立つ。そんな状態でうろつかれると困る」
「分かった、分かったから離して!って、なんで脱いでるのさ!?」
「一緒に入るからに決まってるだろう?」
「今日は1人で入りたい気分なの!」バタンッ
「お、おい……」
〜〜〜
「どうした?ソファで寝るのは疲れが取れんぞ」
「お母さんがベッド使ってよ。僕はこっちで寝るから」
「何言ってるんだ。一緒に寝ればいいだろう」
「いいんだよ、こっちで」
「良くない。風邪を引く可能性もあるし、明日以降にお前が辛いだけだ」
「分かった!分かったから抱き抱えないで!」
〜〜〜
「心当たりしかない……」
アルフィアの気分が一気にどん底へ落ちてゆく。アルフィアも色々と言われているが一端の乙女であり母親なのだ。落ち込むのも、息子を心配するのも当たり前である。……まあ、特に息子のベルのことに関しては繊細過ぎるところがあるのは否定できないが。
「案ずるな。アイズですらその時期はあった。1度は通る道だと思って我慢してやれ」
「ぐっ……」
「そうよ。ベルの成長のために必要な過程と捉えて。ね?」
「ああ……」
悲痛な決意をしたアルフィア。だったのだが
「アストレア」
「どうしたの?」
「私が耐え切れなくなった時は……あとを頼む」
「縁起でもないこと言わないでちょうだい!?」
冗談にならないほどにアルフィアの身体はガクガクと震え、顔は青くなっている。見開かれた瞳はいつもの塵を見るような冷淡なものでも、ベルを見る時の優しさに溢れたものでもなく、ただただ先の見えない恐怖を実感する怯えが垣間見えた。
子煩悩を極めている、いわゆる親バカの先行きがあまりにも不安で仕方が無い2人は、アイコンタクトで徹底したサポートをすることを決意したのだった。
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それからも、ベルの反抗期は続いた。アルフィアは逐一気にかけるが、ベルは母の心配一つ一つが癪に障るようで、最近は強い言葉を使うようにもなってきた。
ここで問題なのがアルフィアだ。以前ならばベルが少しでも反抗期な態度を取ればすぐさまベルにデコピンなどで何らかの制裁をしていたのに、今はその場で立ち尽くして「そ、そうか……」や「すまなかったな」、「あ、あぁ…分かった」としか言わない。その顔の悲惨さたるや見ていられる物ではなくて、アストレアは固まったアルフィアのフォローをする日々が続いた。
そして、アストレアは気がかりなことがあった。極東に伝わる「病は気から」という言葉である。持病に苦しむアルフィアも、ベルが生きていて欲しいと言うからという理由一つだけでなんとか治療を受け続けて生き長らえている状態なのだ。そこにやってきた反抗期は、アルフィアの生存理由そのものを脅かしかねない。それに、あの時自分が言った『成長の過程』という単語が、反抗的な行動に対しての今までのようなお説教に踏み切れない足枷にもなっているようである。これではベルが増長しかねない。
数々の不安により、アルフィアの顔色は日に日に悪くなっていった。
そして、事件は起きた
それはなんでもない、とある日の昼下がり。ベルはアルフィアと寝るのを嫌がり、最初のうちはいやいや布団に入っていたものの、最近になってとうとうソファで寝始めてしまった。連日やっているうちにソファでの就寝が祟り、とうとう体調を崩したというわけである。加えて、今のベルは病弱の身である。今まで以上にアルフィアは慌て、すぐさま治療院に飛んで行き、常にベルの傍で看病し続けた。その甲斐あって、数日で体調は回復傾向を見せた。
「ベル、どうだ?どこか痛いところとかは無いか?」
「無いよ、大丈夫。心配しないで」
「馬鹿者。息子が倒れて心配しない親がどこにいる」
「うん……でも、僕は大丈夫だから」
現在、ベルは母親に何から何までやってもらっている状況である。ベルはこれが嫌で仕方がなかった。まだ治りきっていない状態でダンジョンへ行こうとしたのである。
「待て!未だ熱があるだろう!?」
「もう問題無いよ!お母さんは心配し過ぎなんだ!」
「病気のことをお前は聞いていたのか!?無理をしてはならないんだ!!したら冒険者どころか、お前の寿命まで短くなるぞ!」
アルフィアはベルの手を引き必死に止める。だが、ベルの「痛いっ!」という一言で隙をつくってしまい、ベルはホームを飛び出してしまった。細い路地に入り込まれて見失い、アルフィアがようやく見つけた時、ベルは虫の息で道端に、ボロ雑巾のように汚れ倒れていた。
白兎は【冒険者】として誓いを立てた。しかし、目指すものと自らの状態の乖離に未だ気づけていない。
だが、
『少年は愚かだ』
と、簡単に断じることは出来るのだろうか?
人々は【冒険】という言葉を免罪符に死地へと行く。彼女もその1人だった。妹の静止を振り切り何度も死にかけてきた。
だからこそ、託された少年に対してどのように接すれば良いか分からなかったのである。
これは、とある1人の母親の苦悩に満ちた物語。