響け!ユーフォニアム一年目でゴールド金賞RTA   作:ブロx

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I am deeply grateful to you.







最終話 後

 

 

その日。昼休みに図書室に行くと、そこには隠れ読書家さんがいた。

 

「やっほ、芹菜」

 

「ん」

 

「ついに全国大会明後日だよー。明日は楽器を運んで練習して現地で一泊だし、ねえ芹にゃん、私上手くやれるかな?」

 

「知らない。あと芹にゃん言うな気色ワルい」

 

「仲間の激励の言葉がほしいんだよう察せよぅ」

 

「あっそ。が」

 

芹菜はそう言うと、文庫本から眼を離さずにページを捲った。

 

「え?はい? が?」

 

「ん」

 

「?」

 

「ば」

 

「……」

 

「って。以上」

 

「ありがと芹菜。ホント持つべきものは元帰宅部仲間で隠れ読書家仲間だようー」

 

「………」

 

芹菜の表情は見えない。でもきっと無表情だろう。

 

「なのでいつもの合言葉を言ってみる。 帰宅部は仲間を見捨てねえ」

 

「それ合言葉じゃないから」

 

「――ってあれ?今度は何読んでるの?レベリオン?」

 

「ブギーポップ」

 

「原点回帰ってわけ?中々やるじゃない。…しかも水乃星さんが出るその巻。何か心境の変化でも?貴女の心に、四月に降る雪でも?」

 

「………」

 

「――自分は正しいか、と自問するより、自分のどこが間違っているのかと考える方がずっと事実に近いはずだ、ほとんどの人間はいつでも正しいことはできていない。

久々に読んでもズガンと来るね、ここ。流石霧間誠一」

 

「………」

 

ペラリとページが捲られる。芹菜はずっと喋らない。

 

「さてと。もう行くね、芹菜。それとありがとう、激励してくれて」

 

「………」

 

「持つべきものは友達だね」

 

 不意に芹菜が顔を上げる。不機嫌そうないつもの顔。でもどこか、信念を秘めた顔。

 

「九連内朱巳みたい。やっぱり芹菜、カッコいい」

 

「全然違うだろ。そいつ嫌いなんだからやめろ」

 

互いに友達が増えても、部が変わっても。仲間はいつまで経っても仲間だった。

 

 

 

 

 

 

「さあついに来ました全国の舞台。これから最後の音出し練習ですが実況は私北宇治高校吹奏楽部1年・帆高桃とっ!」

 

「同じく川島みどりがお送りします!」

 

「みどりちゃん、ここって名古屋だよ名古屋。いつもより音が響きそうな空気がヒシヒシと感じるし口から言葉がスラスラ出てくるくせして動悸がやばいのはもしかしなくても私が緊張してるせいかな?」

 

「適度な緊張は必要ですよっ桃ちゃん!いい調子です! そして御覧ください、全国から集まっている吹部の皆さんを。私達北宇治は午後の部なので、前半はもう既に終了していますが素晴らしいですっ!」

 

 私たち北宇治高校吹奏楽部は満を持して決戦の舞台にやってきた。

何かの圧とプレッシャーを肌で感じるこの空気。眼に映る人全てが強者であり覇者であり挑戦者であり奏者である。 

 それに割って入るようにして、みどりちゃんが辺りを見渡す。楽しみだと書いてあるその表情に倣って見ると、清良女子の制服が目についた。

 

あ、真由ちゃんだ。

 

「よっしゃ気合入った!みどりちゃんありがとう!」

 

「どういたしまして!」

 

「おいあんたらー、さっさと行くよー」

 

「ごめん葉月ちゃん。ちょっと緊張してた」

 

「へー、桃でも緊張することあるんだね」

 

「あったりまえだよー。だって聴いて欲しい人がいっぱいいるからね」

 

「そうなの?」

 

 そう訊かれて、私はきょとんとする葉月ちゃんを見る。みどりちゃんを見る。滝先生と同級生と先輩たちの、背中を見る。

 

「うん、いっぱい。いるよ」

 

 そして最後に幼馴染の顔を見た。いつもより二割増しで気合充分カッコいい。最近、何か良い事でもあったのだろう。

 

「やってやろう。久美子。みんな」

 

「―――うん」

 

 そこには理想があった。試練を克服した信念があった。私も同じような顔をしてるのかは多分一生解からないかもしれないけれど、それを現実にしたいからここに居るのだという事は多分一生理解できる。

 

だから今の気持ちを言葉にする為に、私は叫ぶ。

 

「今日は勝つんだ!」

 

 ゲン担ぎの栗饅頭を一口食べ、いざ。高校1年最後の大一番に私達は足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

「北宇治高校の皆さん、お時間です」

 

「―――はい」

 

 係りの人が声を掛け、部長をはじめ北宇治は静かに動きだした。途中、前を歩くヒロネ先輩と目が合ってその奥を覗くと、万感の想いがそこには見えた。暗い舞台袖に到着してもそれは一欠片も色褪せない。

 

「緊張してる?」

 

「はい」

 

「正直だね」

 

「全力が出せるか、それだけが」

 

「不安?」

 

「……はい」

 

「私も不安」

 

3年の先輩は私を見ながら小声で言った。

 

「…伝わるかなって、伝えられるかなって。この大会が終わった先もずっと」

 

後輩全員をぐるりと静かに見渡して。ヒロネ先輩は言いきった。

 

「響かせよう、桃ちゃん。皆。鳥塚の城正真正銘最期の正念場、ここで発揮しよう。信じてるよ」

 

「………」

 

 目標としている先輩が小さく、でも確かな声量で言う。りえ先輩は力強く頷いてヒロネ先輩を見詰め続けていて、他のメンバーも同様に。思わず駆け寄るのを我慢して私も頷くと、心臓と血流が一際大きく高鳴った。

 

――ヒロネ先輩の言葉はいつも私の心に火を点ける。

 

 先輩の傍でずっと練習してきた。教えられてきて褒められ叱られ、この人が居たからここまでこれた。クラリネットパートが心地よかった。…この部に入って本当に良かった。

 だから私はしまい込む。辛い事がこの先あっても、この時間を思い出せばきっと進み続けられる筈だと。笑顔になれると。この胸の奥に、残るように私はしまい込む。

 

 たとえこの先未来の私が時間を裏切る事があっても忘れても、この火は消えない。そう願いを掛ける。だってヒロネ先輩の言葉は、いつも私の心に火を点けた。

 

「………私も、」

 

「ん?」

 

「信じてます。ヒロネ先輩」

 

 

『続いてプログラム十番、関西代表、京都府立北宇治高校吹奏楽部の皆さんです』

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、桃ちゃん。――やっと会えたね」

 

「うん、やっと会えた。お疲れ様」

 

 真由ちゃん。

そう言うと、綺麗な制服姿で同学年の女の子はヒラリと片手をこちらに振って、小さくお辞儀した。

 

「お疲れ様。北宇治、凄かったね」

 

「聴いてくれてたの?」

 

「最初の部分をちょっとだけね。全部聞いていたかったけど、流石に先輩達に怒られちゃうから」

 

悪びれもなく言う。笑顔なのはやはり自信なのだろうか年月だろうか。

 

「清良は北宇治の後だったもんね。お陰で私は全部聴けたよ、清良の音色。流石だった」

 

ブラボ―!そう言うと、真由ちゃんはありがとうと丁寧に言った。

 

「あ、そうだ桃ちゃん。約束のこれ」

 

 オシャレな手提げカバンから写真がすっぽり入るサイズの封筒を手渡され、私は早速中身を確認した。

 この全国の舞台で、あの日撮った写真を渡してほしい。九月にお互い交わした約束だった。写真にはぎこちない笑顔の自分がいて、台風明けの朝陽が眩しかった憶えがある。そして黒江真由という人間とのファーストコンタクトがこの日だった。

 

「ありがとう真由ちゃん!」

 

「ううん、助けてくれたお礼だし約束だもの。こっちこそありがとう桃ちゃん。思い出になったよ」

 

 変わらない笑顔で言う。嘘偽りなんて微塵も欠片もないその表情。やっぱり真由ちゃんは良い人だ。そしてもう行かなくちゃとさようならを互いに言うその前に、

 

「また会おうね!」

 

「………、?」

 

同い年で高校生1年の筈の女の子はきょとんと固まった。

 

「またここで。ううん、何処かで!」

 

「―――」

 

 ジッと、真由ちゃんは私を見詰める。何か悪い事を言っただろうか。一期一会だなあと、思っただけなんだけれど。

 

「―――そうだね、また逢おうね」

 

「うん!」

 

「またゴールド金賞を互いに獲って、笑顔でまたここで逢いたいね。桃ちゃん」

 

「約束だよ?」

 

「うん。だからその記念に」

 

手提げからカメラを取り出し、真由ちゃんはファインダーを覗いた。

 

「一枚撮ってもいいかな?」

 

「どうぞどうぞ」

 

はいチーズ。カチリと音が鳴る。

 

「ありがとう真由ちゃん。あ、私も撮るよ。携帯でだけど」

 

「私はいいよ。撮らなくて全然」

 

「え?そう?私真由ちゃんの写真ほしいのに~」

 

「気持ちだけで嬉しいよ」

 

「う~ん、じゃあ約束追加!」

 

「……え?」

 

・・・・・。

 

「来年もまたここに来れたら。今度は私が写真を撮るからね?真由ちゃん!」

 

「ふふ、…それ素敵」

 

約束と握手と言葉を交わして、私達は歩き去る。互いに笑みを浮かべながら。

 

「さよなら」

 

「またね」

 

 ユーフォ使いは皆時々放っておけない顔をする。やっぱりそこが良いんだなと、私は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

「おっす。どこ行ってたんだ?久美子が探してたぞ、桃」

 

「え?そうなの?ヤバイヤバイ」

 

「それにしても金賞かー・・・。やったぜって感じだな?」

 

「だね」

 

幼馴染の塚本秀一はそう言って眼を細めた。前だけを見つめて。

 

「・・・あいつが、」

 

「うん?」

 

「久美子が。・・・嬉しそうでよかった」

 

「それ直接言ってあげてくれる?気付いてないかもしれないから言うけどキモいからね?それ赤の他人に言うと」

 

「ほんっとにお前はホントに・・・ッ」

 

「ね、ね、いつ告るの?」

 

「はぃい?」

 

「久美子待ってると思うよ?幼馴染の勘は百発百中。大丈夫だって安心しなって、平気平気平気だから。絶対上手くいくから」

 

「桃に言われても全然説得力ねえのは何でだろうな?」

 

「それはシュウイっちゃんの錯覚だよお」

 

「そのあだ名やめろっつの」

 

「楽しい話してるね?二人とも」

 

「葵さん!」

 

「葵先輩・・・。ちょっとコイツ何とかしてもらってもいいですか?」

 

「フフ、こういうのも良いね。懐かしくて」

 

 かつての幼馴染が、北小時代の友達がここに集う。私と久美子がバカをやって、シュウイっちゃんと葵さんも一緒になって遊び回る。お互い背丈も纏う空気の色も変わったけど、良いものだと思ったものは今も良いものだった。

 

「ちょっと何してるの?皆して」

 

「久美子ちょっと後で打ち上げしようよ!んでポーズ決めよ、ポーズ!私達、左右両翼!」

 

「おいやめろ」

 

「私達!北小さわやか4組幼馴染!葵さんもあの時4組でしたよね」

 

「うん、そうだった。学年は違かったけど」

 

「だからおいやめろ馬鹿。一度聞きたかったんだけど恥って言葉知ってるのアンタッ!」

 

「あはははは~!おっこ大好きー!!」

 

「コイツ―――ッ」

 

 帰りのバスまで続く路上の馬鹿騒ぎ。迷惑この上ない、けど今だけは許してほしいと私は願う。真っ赤になって拳を握る幼馴染。いつも頑張っているその姿。

 

きっといつまでも、貴女が私の目指す場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――フフ」

 

 そうしてふと、笑いが漏れる。過去を思い出すように。

たくさんある内の一枚の写真を手に持って、そこにはぎこちない笑顔の自分がいた。これから大変な事の目白押しの高校生活が待ってるというのに、何とも面白い顔で、私は私を見ていた。

 

「……?」

 

 スマホの着信音が、メッセージの受信を私に伝える。

それにすぐに返信をして、久しぶりに見つけたなと感慨深い想い出の写真達で彩られたアルバムをパタンと閉じた。

 

「さて、行こう」

 

今日はオフの日。そして久しぶりの女子会なのだ。

 

「お疲れ様です、先生。体調は如何ですか?」

 

「お疲れ様です。いや~ぼちぼちですねぇ」

 

「身体を冷やしてはいけませんよ?ただでさえ新婚さんなんですから。今日はあまりお酒飲んではいけませんからね、塚本先生」

 

「? え、何で?」

 

「………旦那さんと塚本先生両方から愚痴こぼされる私の身にもなって下さい。私はあなた方のカウンセラーでも親でもないんですから。 あ、すいませーん!カシスソーダ二つお願いします」

 

「なにそれ。秀一アンタに愚痴こぼしてるわけ?ねえちょっと私聞いてないんだけど。内容は?ねえちょっと内容は?」

 

 ありがとうございまーす!と、注文を取った店員さんが元気にお辞儀しながらせっせと歩いていった。

 

「プライバシーなので黙秘します。ヒントはノロケがだいたい十割ですいい迷惑。…そういえばどうなんです?」

 

「は?何が?」

 

「今年の吹部の実力の程は」

 

「いい感じだと思うよ。――関西は充分狙えるかも」

 

「――全国は?」

 

「そこは練習次第かな。これからの」

 

「成る程、顧問の先生が良いからね」

 

「どうかなー…」

 

「大丈夫大丈夫!先生ならやれますよっ」

 

「そっちはどうなの?」

 

「え?私?」

 

「希美先輩主宰の社会人吹奏楽団(サークル)。今年からコンマスになったんでしょ?大変じゃない?」

 

「大変だけど学生の頃みたいに毎日やるわけじゃないし。でもやりがいは感じてるよ」

 

「良かった」

 

「そっちこそ。今年も金獲ってきて下さいね、元黄前相談所所長さん?」

 

「…やっぱ敬語ぬけないね。慣れてきたと思ったらこれだよ、元副所長さん?」

 

そう言い合って、私達は大人の笑みを互いに浮かべた。

 

「赴任してからこっち毎日同じ職場で顔合わせてるからこればっかりはねー。でもまさかまた一緒とは思わなかったよ。生徒達の前ではしっかり区別つけてね?塚本センセ」

 

「アンタにだけは言われたくないよ、保健室の帆高先生」

 

 顔を見合わせて幼馴染同士、今度は子供じみた笑みを浮かべる。偶然とはいえ腐れ縁はまだ続くらしい。困ったもんだ。

 

「お待ち遠さまでーす!カシスソーダ二つです!」

 

「ありがとうございます」

 

「ごゆっくりどうぞー!」

 

「―――何だか懐かしいね。これ」

 

「これ? カシスソーダ?」

 

「ユーフォの後輩の奏ちゃん憶えてるでしょ?あの子、昔文化祭で私にカシスソーダ頼んできてさ。何でかなってずっと思ってたんだけど、」

 

「だけど?」

 

「カクテル言葉ってのがあるらしくて。それがまた………、フフ」

 

「え?待って今調べるから」

 

「無粋なことしなーいの。飲んだ後でゆっくり調べる事をお薦めしまーす」

 

 氷をカラリと揺らして、グラスを持ち上げる。軽く傾けると相手も同じく傾けてきた。グラスとその中身で、久美子の顔は幼く見えた。あの頃のように。

 

「乾杯。おっこに」

 

「乾杯。アンタほんとに」

 

 いつか直してやるからな。そう言われて、二人して笑い合う。

幼馴染のその笑顔はとても見応えのある魅力的な顔で。やっぱりねと思うと同時に、もう一人の幼馴染である秀一に自慢してやろうと私は思った。だってやっぱりいつまでも。

 

いつまでも、貴女が私の目指す場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――それは虹色の光と音の奔流だった。

 

 ここに音楽の全てがあると言わんばかりの音色の渦。その中に自分が加わり渦が奔流となり潮となり音色に戻る。どうどう巡りを繰り返し、でも時に音の塊が八艘飛び、観客と奏者の頭上を越えて往く。

 

 そんな演奏の傍らで、私は思った。

私の音色はきっとこれなのだと。もしかしたら実は違うのかもしれないけど、今はこれでいいのだと。きっと、何色だって好いのだと。

 

「………」

 

 この光景はきっと忘れられない宝物。嘯くな、きっと忘れられない悪夢になるぞと悪寒が背中をするりと撫でたが、呼吸と音色とで霧消にさせる。だってどっちでもいい。私が知りたい私の色は、ここに残る筈だから。

 

その合奏が今、終わる。いや、終わった。

 

「………、っ」

 

残心。椅子から立ち上がるよう滝先生が合図を送るその前に。息を大きく私は吸った。

 

 

「ブラボ―!!!」

 

 

聞こえる歓声に、この涙が零れないように。

 

 

 

 

 

 




おしまい。
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