戦いが続きすぎたヴァンランで一人のウィッチが飛行隊を立て直す話
「クリス、もう一度ヴァンランに行ってくれないか?」
「は?」
コロラド・スプリングスのリベリオン空軍航空魔女養成学校で教官をしていた私の元に大佐がやってきたのは、1972年春の始めだった。そして前述の通り告げられた。私にとり寝耳に水、青天の霹靂であった。
「それはまた唐突に……ヴァンラン?」
「そう、ヴァンランだ。よく知ってるだろう?」
「ええ、もちろん!2年もいましたからね!」
ヴァンラン、ああ、ヴァンラン。それはもうよく覚えている。
大佐は苦い笑いを浮かべていた。
「嫌がるのもわかるが、実は私も赴任することになった。405戦闘飛行隊だ」
「おや、それは……」
Too bad ですな。とはさすがに言わなかった。
それを察した大佐は笑った。
「なに、私は久しぶりに前線に出られるし、悪い気はしていない。古い友人も沢山いるしね。クリス。お前にしたいのは、また別の話なんだ」
彼女の目に鋭さが増した。
「簡潔に話そう。クリス。クリスティナ・アダムズ中佐。ヴァンランに展開しているあるウィッチ隊の隊長をやってもらいたい。」
「隊長?私がいかなくてはならんのですか?」
私は訝しんだ。私のような引退に片足を突っ込んでいるようなウィッチを最前線の隊長にする必要がわからない。
「リベリオンがそんなに魔女不足だとは知りませんでした」
私のいやみに大佐は頭を振った。
「いや、もちろんウィッチはたくさんいる。君たちのおかげで優秀なのが大勢ね。だが今回の任務、私には適任がクリス以外に思いつかない」
こう言われて悪い気はしないが、それだけに不安は募る。よっぽどだ。一体全体ヴァンランで何が起こっているというのだ!
「詳しく教えていただかなければ、なんとも言いようがありません。ま、私も軍人である以上命令とあらば行かねばならんのでしょうが」
大佐は、年齢を感じさせない、彼女が現役のウィッチであったころからまるで変わらない(と聞いている)意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ああ、そうだそれでいい。これは命令だ。アダムズ中佐。君にはヴァンランのウィッチ隊を建て直してもらう。」
「詳しい話」を聞いた一週間後、私は機上の人となっていた。私の乗ったC-5輸送機はリベリオン本土からアラスカを経由して、太平洋を一挙に横断し、扶桑皇国南端の島、沖縄のカデナ基地へとおりたった。
カデナはあらゆる種の軍用機で賑わっていた。特に爆撃機には事欠かない。B-52、フガク、ベア。パリやファーンボロの航空ショーもかくやと思わせる顔ぶれだ。
一機のベアが二重反転プロペラの奇妙な金切り声を響かせながら飛び上がっていく。彼らはオラーシャに還るのか、それとも再びヴァンランへと向かうのか。もし後者ならば向こうで会えるかもな。
私はエンジン音の喧噪の中で、そんなことを思いながら、デスバードたちの横顔を見つめていた。
「し、失礼ですが、アダムズ中佐でしょうか?!」
「ああ、そうだが?」
かわいらしい声に振り向くと、私よりも幾分か背丈の低いウィッチがそこにいた。幼さの残る顔立ちに、澄み切った青い瞳を持っている。この世が正義のみで動いていると信じている。そんな純粋な瞳だった。夕焼けを溶かし込んだような赤毛は、後頭部で一つにまとめられていた。
「あたし!いえ私、中佐の副官を命じられました第555戦術飛行隊のミランダ・スターバック少尉です。お会いできて光栄です!」
第555戦術飛行隊。トリプルニッケルという愛称の由緒ある部隊である。聞いていたとおりだ。もっともこんな元気な副官が着くとは聞いていなかったが。
「こちらこそ。クリスティナ・アダムズだ。あー君は普段なんと呼ばれているんだ?」
「ミラです。Ma`am!」
「よし、ミラ!話には聞いたが正直言って事情が呑み込めない。現地にいる君が知っていることを教えてほしい」
「Yes,M a`am!しかし……」
ミラは先ほどまでの元気を失い、困ったように微笑んだ
「なんと説明すればよいのか……。ただ皆のやる気が無くなってしまっているのです。」
「戦意がないというのか?全てのウィッチが?」
なるほど。長引く戦争で兵士の質が低下しているとは聞いていたが、しかし妙な話ではある。今のリベリオンにおいてウィッチは徴兵されているわけではない。志願制であるがゆえに練度は高いとされているが、その代わりミラの言うように「やる気が無い」なら除隊もできる。
「なぜ?原因はわかっているのか?」
「その……おそらくは航空団司令です」
「司令?」
よほど無能なのか。詳しく尋ねようとしたときミラがそれを遮った。
「と、とりあえずヴァンランまで参りましょう。すでにハーキーバードに席は取ってあります。離陸は15分後です」釈然としない気持ちではあったが、私は副官に手を引かれて、あわただしくヴァンラン行きへの最終行程へと進んだ。
結局のところ私がたどり着いたのは、ヴァンランではなく、その隣のシャムロ王国北部に位置するウードンターニの基地であった。
ハーキュリーズから降り立った私を出迎えたのは件の司令であった。
「遠路はるばるお疲れさま!アダムズ中佐、ウードンへようこそ!」
全体的に丸っこい男だった。ハーキュリーズのように膨れた腹を、Fー4のコクピットに収めるのは不可能に思える。その顔にも脂肪がとりついて、実に暑苦しい。
ミラがさっと私の後ろに隠れたが、私も社交儀礼に基づいて、握手を交わす。
「わざわざお出迎え感謝します。大佐」
「トライトンだ。いやぁ今日でよかった。私は明日から3日ほどオキナワへ行かなくてはならないんだ。副司令も1日だがいなくてね。会えて良かったよ。中佐」
「ああ、こちらこそ。ところで、さっそく私が着任する第555戦術飛行隊のメンバーと顔合わせがしたいのですが」
「ああ、それがいい。うん。うちの子猫ちゃんはみな素直でいい子たちだよ」
司令は脂ぎった顔をひきつらせた。どうやら笑みを浮かべているらしい。
子猫ちゃんという言い方に少々引っかかったが、よくあるジョークの類だと思った。
今までじっと黙っていたミラが、口を挟む。
「中佐。その前にTOCをご覧になってはいかがですか?」
あくまでも提案の形だったが、その目にはすがるような感情が浮き出ていた。
「うん、そうだな。司令。TOCを覗かせていただいてよろしいですか?」
「もちろんだとも!私が案内しよう。さぁ車に乗りなさい。」
ミラのしまった!とでも言いたげな表情を横目で見たが、あえて何も言わなかった。
将校用の真っ青なセダンを降りて、トライトン司令に従い司令部の中へと入っていく。立ち入り禁止区域には、生真面目そうな顔つきの警備兵が立っていた。
「失礼ですが、中佐。許可証をお持ちですか?」
仕事熱心な兵に、身分証を見せようとしたとき司令が押し留めた。
「いや、君。アダムズ中佐は、トリプルニッケルの新たな隊長だ。私が保証する。」
「了解いたしました。司令。副官殿はこちらでお待ちを」
「いや、私が許可する」
「しかし司令……」勤勉な警備兵は規律を守ろうとしたが、それも司令が遮った。
「
私がいいといっているのだからいいのだ!それにウィッチがスパイ行為をするとでもいうのかね!?」
えらい剣幕だ。警備兵は気圧され、不満げな顔でもとの配置に戻った。
「すまんね。最近の若いのは融通が利かないんだ」
私たちのほうを向いてまたもとのひきつった笑顔を作る。私は、内情の一端が垣間見えたような気がした。
「さぁここがTOCだ」
TOC―戦術作戦センター。航空団の行う全ての戦闘は、このTOCで管理される。
司令があれやこれやとTOCを説明してくれているが、私はまともに聞かず、視線を部屋の中にさまよわせていた。 TOCの内部は、真正面にヴァンランの地図が広げられ、電話やグリースペンなどが目に付いた。私がいたころよりも電話の類が増えているように思える。
するとミラが、ひっそりと私の服の裾を引いて、壁の一角にかかっているグリースボードを遠慮がちに指し示した。確かあれは、部隊の出撃を記録するためのものであるはずだ。もちろん私の555TFSの文字もある。
だが妙なことに気づいた。555TFSの任務がここ1月ほど、いや少なくとも、グリースボードに記録されている期間の全てが、爆撃任務、それもヴァンラン中部へのものなのだ。
ヴァンランの航空戦においてもっとも危険で過酷な任務は、ネウロイが巣喰っているハノイへの飛行である。これはUNAFにおいては「ルート6」と呼ばれている。任務としては爆撃や偵察、爆撃機の護衛など様々であるが、いずれにしてもウィッチがもっとも投入される場面だ。
しかしこの第8航空団ではまるっきり逆なのだ。
ウィッチでない飛行隊を「ルート6」に投入している。すなわちシールドも張れない、ウィッチの支援もない、ただの戦闘機で、ネウロイの巣を攻撃しているのだ。
普通なら正気の沙汰ではない。
私は司令にこの状況はいったいどういうことなのか聞いた。
「トライトン大佐。トリプルニッケルは、ここ最近ルート6へ出てませんね。なにかあったのですか?」
「トリプルニッケルをルート6へ!?」
司令は素っ頓狂な声を上げた。
「なにを馬鹿げたことをいっているんだね!中佐!そんな危ないところにうちの可愛い可愛い子猫ちゃんを行かせるわけにはいかないだろう!」
「え?」私の理解が追いつく前に、司令はその脂肪にまみれた体を振るわして叫び続けた。
「ルート6なんて飛んだら私は、心配で心配で何も手ににつかなくなってしまう!それに披弾でもしてケガをしたらどうするんだ!ああ・・・!もしも!もしも撃墜などされようものなら、私は死んでしまうよ!」
部下が見ているのも厭わずわめき続ける司令、いやデブを見て私は、私がこの第555戦術飛行隊に送られた理由のほとんど全てを悟った。ミラは死んだような目をしている。
「ミラ。状況は、えーと、だいたいわかった・・・と思う」
「ええ中佐。おそらくお考えの通りです」
私たちは、司令部を(名残惜しそうなデブ、いや司令の見送りのもと)退散して、555TFSのメンバーが待つウィッチ用宿舎に向かった。ウードン基地の東側の端に位置しているため司令部とそれなりに離れている。司令は、セダンを使いなさいと執拗に押してきたが、丁重に断って、ジープを1台
借りてきた。ハンドルは私が握っている。
「あの微笑みデブは、厄介だな。早いとこKIAになってもらいたいところだ」
私が真顔で戦死を願うと、さすがにミラは青ざめた。
「中佐。な・・・なるべく穏便に」
「穏便にといわれても、あのデブに何を言っても聞かんのだろう?それで済むなら私は本国から呼ばれたりしない。なんにせよーああ、殺すつもりはないがー強硬手段にならざる終えないよ」
「それはもちろん覚悟しています。あたしも、いやみんなもこの状況を打破できるなら全力でやります!」
その顔は若い情熱を全面的に肯定していた。
宿舎は、ストライカー格納庫の真隣にある2階建ての木造建築だった。
入り口の真上には、555TFSのインシグニアが入った銘板が掲げられていた。そして真横にもう一つ銘板があった。しっかりとした木の板に凝った字が彫刻されている。おそらく扶桑語なのだが、私にはさっぱり読めない。
「私たちのほかに部隊がいるのか?」
「ああ、扶桑の205飛行隊です。命令系統が違うので、毎日ルート6に飛んでます」羨みに満ちた声だ。
彼女たち扶桑空軍を横目に使命もクソもない爆撃任務に赴いていたのだ。そりゃフラストレーションも溜まるだろう。早急に発散させてやらなくてはならない。私は意気込んで宿舎のドアに手をかけた。
私の部下となる4人の魔女たちは、食堂で私を待ち受けていた。ミラも慌ててその列の端に加わる。
横隊で並ぶ彼女らの一番右端に立つ、ウィッチがよく通る声で、
「飛行隊、気をつけ!」
彼女の豊かな胸元にはいくらかの略綬と少佐の階級章がのっていた。「キッシンジャー」と刺繍されたネームタグも縫いつけられている。
「いや、楽にしてくれ」私は緊張を表に出さないように話し出した。あまりこういうのは好きではないのだ。
「私はクリス、クリスティナ・アダムズだ。本日付けで第555戦術飛行隊の隊長を拝命した。今現在飛行隊が置かれている状況は、このヴァンランにおいて看過できるようなものではない」
私は5人の一人一人に目を向けた。ミラも含めて皆、新たな指揮官を値踏みするような目をしている。ここでだらしないところを見せたら即座に疎んられるようになるだろう。私は大きく息を吸い込んだ。
「だから私は、3日でこの状況をひっくり返し、4日後から毎日ルート6を飛んでハノイに行く!私とともにネウロイのツラを拝みたい奴は名を名乗れ!」
彼女らは俊敏だった。私の言葉を聞いた瞬間目を大きく見開き、満足げな笑みを浮かべていた。
「ジョセフィーン・W・キッシンジャー!」
栗毛の少佐が一歩前へ進み出る。
「リチェンダ・リッチー!」
「シャーロット・B・デベルビュー!」
「リタ・ロヒャー!」
「ミランダ・スターバック!」
右に倣って全員が私の眼前に並び直した。
「よろしい諸君!私がハノイへ連れていってやる!並大抵じゃないぞ。覚悟しろ!」
「Yes,Ma`am!!」
顔合わせの終了とともに"我が"555TFSは、今後の方針を話し合うため、そのままお茶会(というほど可愛げはないが)へと移行した。
私は、懇親を深めつつ、沖縄から飛んだC130の中で、ミラに渡された各員のプロフィールを思い返していた。
当のミラは、甲斐甲斐しくティーカップにコーヒーを注いでいる。
「クリス、3日とおっしゃいましたが、何かお考えがおありなので?」
栗毛の少佐ージョゼ・キッシンジャーに問われた。誰に対しても物腰柔らかだ。ヴァンランにくる前は、NASAで航空実験に関わっていたという。
「この航空団で一番話のわかる奴は誰だ?」
「あの司令以外ならたいていの方はウィッチの話を聞いてくださいます」
「ならばその中で一番高位の奴は?」
彼女が答えを出す前に、割り込む声があった。
「そんなら私は、副司令を押しますがね。隊長」
555TFSの中ではもっとも多い撃墜数を持つリチェンダ"ステフィー"リッチーだ。
「副司令か。名前は?」
ステフィーは輝く金髪をいじった。見目はいいとこのお嬢さんだ。実際、リベリアン・タバコ・カンパニーの偉いさんの令嬢らしい。
「あー、そういやなんつったかな。チャーリー知ってるか?」
「あー確かになんていいましたっけ?いつも副司令としか言ってないから」
ステフィーの横に座るチャーリー・デベルビューも頭を掻いた。顔立ちは幼いがステフィーの僚機として、エース一歩のところまで撃墜数を稼いでいる。ウィッチとしての才能は隊で2番といったところか。
「ダンフォース。ダンフォース大佐です。中佐殿」
リタ・ロヒャーが私に答えをくれた。彼女はミラと並んで15歳と部隊最年少だが、13歳でウィッチになってからというものその飛行時間のほとんどは、ヴァンラン上空でのものだ。そのせいか年のわりに落ち着いた雰囲気を纏った少女だ。
収まりの悪いくせっ毛の黒髪を少し撫で「ただ」と彼女は異を唱えた。
「確かに副司令は、ものわかりがいいは思いますが、少々出世願望が、強いように思います。自分の立場を賭けてまで、私たちに取りはからってくれるものかどうか」
「それは私も同感です」ジョゼも支持する。
私は思案した。とりあえずダンフォースとかいう副司令のところへ顔を出してみるかと今後の予定を立てた矢先に、私へ真っ黒いコーヒーの入ったカップを置いたミラが、一筋の光をもたらした。
「副司令補のクラークソン大佐はどうでしょう?」
「副司令補?どんな奴だ」
「少なくとも出世欲は無さそうな方です」
「ほう、それじゃあその副司令補に会いに行ってみるか」私はコーヒーカップに口を付けた。
ミラ以外の4人は難しい表情をしていた。
「隊長、あんまりオススメはしませんぜ」
ステフィーが苦笑いでそう言ってくれた。
私には、とりあえず副司令補が、一癖や二癖ではすまないような人間であることはなんとなくわかった。
あとミラの煎れたコーヒーは、一杯でカフェインの致死量を摂取しかねないほど濃かった。