【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第二十五話 サキュレンタム Part 2

 テロから一夜が明けた。

 ヒーロー科は災害時の現地実習もかねてボランティア活動に勤しんでいる。職場体験よろしくプロの指揮下に入り、個性に合わせて瓦礫の撤去、インフラ調査、炊き出しの手伝いなどが割り当てられた。

 被害に遭った三大都市に隣接する都道府県の他校からも応援が来ており、復興は予定より早まりそうだ。

 

 一方で立法府、行政府は夜を徹した水面下の探り合いが行われていた。

 現代歴史を紐解く際にオールマイト以前以降で大別されるが、後者において最大規模の国家転覆にも等しい決起を起こした組織が、立法府に食い込んでいる可能性があるのだ。事が事である。

 

 渡我を保護した後、彼は塚内と名乗る警部と共に高速輸送ヘリに乗った。なんでも緊急の要件らしい。担任の香山が同行すると事なので、断る理由も無く同意した。道中で応急手当を受け、消毒液の匂いにまみれて目的地に着く。

 

 てっきり明日はみんなと炊き出しを行うとのんきに思っていた彼はだから、ガチガチに緊張していた。

 落ち着いた色合いの一室。白い卓布が掛けられた大きな長テーブルには、画面越しにしか見た事の無い人たちがいる。

 

 今回の作戦立案に関わった、三大都市のヒーロー科を擁する校長、ヒーロー協会と国家公安委員会、防衛省それぞれのトップ、総理、閣僚の面々が官邸の大会議室に集まっていた。

 そんな面子の視線を一身に集めながら供儀聖典の全容を説明する心労たるや。隣に同席してくれた香山がいなければ潰れていたかもしれない。

 

 一通りの質疑応答が済むと労いの言葉で解放された。

 後は近場のホテルまで案内され、そこで一泊する事となった。慰労の意を込めてかスイートルームがあてがわれたものの、おれだけなんだか悪いなあと思わなくもない。

 それに、高所から見下ろすと異能解放軍が刻んだ深い爪痕が明瞭に浮かび上がった。都心の地上に、ぽっかりと穴が開いたように明かりが灯っていない場所がいくつもあった。

 

 気落ちするが、少なくともテロは止まった。これ以上続けても、花畑のスキャンダルで支持は集められないだろうからだ。

 

 その後、政界でどのようなやり取りが行われていたのかは不明だが、他党からもアイテムを携帯する権利が唱えられることは無かった。ただ、行政府に関しては個性の使用を緩和してもよいのではないか、という動きはあったらしい。

 

 心求党からは花畑に対する干渉は無かった。おそらく党首を代行している人間も異能解放軍の一派なのだろうが、ここで花畑を庇って世論からの反感感を買うより、平に徹して知らぬ存ぜぬ、こちらも被害者、まことに遺憾で突き通すほうが利になると判断したのだろう。

 花畑というカリスマと『扇動』を失うのは惜しいが、テロに関与していた事実が表に出れば擁護は出来ない。どれだけ手を回しても実刑判決は免れないのなら早く見切りをつけるに越したことは無い。

 

 事実上、花畑は異能解放軍に切り捨てられる事となる。

 

 翌朝、彼が慣れないベッドの柔らかさに目を覚ましてテレビを点けると、党首代行が自宅前でマスコミの凄まじい取材に耐えている姿が映っていた。

 

 花畑の逮捕をマスメディアが知るには早すぎる気もするが、おそらく政治的な駆け引きの結果、意図的なリークが行われたのだろう。

 それと同時に、彼に対するSNS上のバッシングは「ホンマは信じとったで」「やっぱヒーロー科が悪事を働くわけないんだよなあ」「あれはヴィランの情報戦、乗っかったのはただの情弱」などの熱い掌返しで収まった。

 

 外典は無免許での個性使用の罪に問われたが、罰金で釈放された。

 異能解放軍との繋がりはあるものの、その確たる証拠がない。彼と渡我の証言だけで立件は難しく、それに世論から見れば善人だ。

 ミルコと波動は割を食う形になったが、後悔はしていない。外典を放っておけば彼は殺されていた。

 ただ、外典がテロに関する被疑者として取り調べを受けた事もリークされており、二人に対する風当たりは弱いものになっている。

 

 また、今回逮捕されたヴィラン連合を自称するテロリストの処遇については、警察が抱える記憶や心に関する個性使いによって、花畑の『扇動』と異能解放軍のカルト的な環境による重度の精神疾患かつ洗脳状態にあったと明かされた場合は、法にのっとり無罪となる。

 それでも他人を傷つけたという事実だけは残り、心を苦しめている。癒されるには長い時間がかかるだろう。

 

 彼の確証監視保護を請け負っていたスライディン・ゴーを含めた三人のプロヒーローについても同様の沙汰が下されているが、内偵ではクロの烙印が押されている。

 ヒーロー側にも異能解放軍の潜入工作員がいるという事実の上では、今は泳がせておく方針だ。他に何人のシンパが組織内に潜伏しているのか、通信網の把握などなど探らなければいけない事は多い。

 

 もちろん確信犯的にヒーロー社会を打ち破ろうとする者も大勢おり、きっと異能解放軍からの弁護費用等の支援があると信じている。

 声高に、ヒーローは異能に抑圧され迫害される潜在的弱者を救えない、だからヒーロー社会は一度破壊する必要があると叫んでいた。

 

 これはただの問題点のすり替えで、ヒーロー社会が消えたからといって個性に抑圧され迫害される社会的弱者が消えるわけではない。それは社会福祉や立法が抱える問題なのだ。

 腹が減ったのに床屋は何もしてくれなかったと文句を言っているようなもの。

 

 

 

 事件から数日経ち日常への回復の兆しを見せ始めた頃、彼との面会を求めて雄英に一人の男が訪れた。

 かつて拘置所でガラス越しに会った男である。応接室で彼に会うなり泣きじゃくりながら抱きついた。

 彼は黙って背に手を回してやり、落ち着くのを待った。

 

 ほどなくしてソファに腰かけて話を聞くに、渡我が隠し撮りした動画ファイルが証拠となり民事は取り下げられるそうだ。

 

「花畑の邪魔をしたとかでツイッターできみが叩かれてるのを見て、本当に苦しかった。そんなわけない、きみがヴィランな訳が無いって。あの時ぼくにかけてくれた言葉を、叩いてる一人一人に言ってやりたかった」

 まだ声色が定まらない男が、目じりを拭って続ける。

「けど逮捕のニュース見てびっくりしたよ。本当に、あの時約束したぼくの為に、被害に遭った他の人の為にあのヴィランを捕まえてくれたって知って」

 

 なんだかくすぐったくなって、そういえばと思い返す。

「……あれは、おれ一人で解決したわけじゃない。たぶんあなたがいなかったら花畑は捕まらなかった」

 

「それはどういう……」

 

 彼は少し笑って、花畑への煽り文句を口にする。あのとき拘置所で男が言った、著書 異能解放戦線に対する忌憚のない感想を。

 

「そっか……そうか。ぼくもあいつに、一撃食らわせてやれたのかあ」

 男は泣き笑いを浮かべて、今まで封じてきたはち切れんばかりの気持ちを伝えた。

「本当に、ありがとう。ぼくを、あの時被害に遭ったぼくたちを助けてくれて」

 

「いやそんな、おれだけの力じゃないですし」

「あの時言っただろう? 礼を言うのは、あいつを捕まえた時でいいって。だからいま言わせてほしい」

 

 謙遜したかったが、そう言われると返す言葉が無い。思い返せば、オールマイトは常に感謝の言葉を真正面から受け止めていた気がする。そういった度量もヒーローには必要なのだろう。

 

 はにかみながらも視線を逸らさない彼に、男は言った。

 

「ありがとう。ヒーロー」

 

 

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 雄英にある教職員棟のベランダで、スカジャンにホットパンツ姿のミルコが柵に肘を置いて外を眺め、ブラウスとパンツスーツのミッドナイトはコーヒー片手に背を預けてだらりと昼休憩時間を過ごしていた。晴天の下の紅葉した雄大な自然が良く映える。

 

「まさか、こんなに早く約束を果たすとはねー。疑ってたわけじゃないけど、あんな大物を追い詰めるとは」

 ぽつりとミッドナイトがこぼす。

「で、身体、もういいの?」

 

「さすがに元通りって訳じゃねえけど、ベッドで寝てるよりは外に出てた方が楽だ。あんまダラけてるとなまるしな」

「そう。にしても供儀聖典、か。裏ではとんでもない事が起こってたみたいね」

「まさかあんなしょーもない旗を掲げて社会に喧嘩売ってくるバカどもがいるとはな」

 

 まとめられた報告書を読むに、かなり大規模な作戦だった。海外のニュースでも扱われており、事実関係が確定されれば五十年後かそれくらいには教科書に載るレベルだろう。

 ミッドナイトがコーヒーを一口やって言った。

 

「そー言えばさ、前に居酒屋でわたしが言った事覚えてる? やっぱあの子、死にそうってか死んでてもおかしくないでしょ」

「……ああ。よく生きてるよ、ほんと」

「呪われてるわよ、あれ。こんどお祓いにでも連れてってあげようかな」

「二人でか?」

 

「バカ言わないでよ」

「あれで下から数えた方が早い実力ってんだからなー、なんなんだろーな、マジで」

 

 おそらく彼は異能解放軍にとって、捨て置かれた路傍の石から排除すべき標的となってしまった。

 ただ、今は花畑の喪失による求心力の低下と組織の再編成に注力している事が推測され、すぐに刺客が差し向けられはしないはずだ。

 渡我が内部情報を警察に伝えたので、公安の内偵により幹部の動きの抑制も期待できる。デトネラット、集瑛社、Feel Good Inc.がマークされたのは痛手だろう。

 ひとまずは安心といったところではある。

 

「なんとか強くしてあげたいけど、あれが限界なのよねー。特定状況下では文句ないんだけど、ピーキーすぎるって言うか」

「心配してもしょうがねえだろ。まあ、死にそうになったらまた助けるだろ、わたしか、おまえか、クラスの誰か、どっかのプロか知らねーけど、たぶんそーいうヤツだよ」

 

「けど今回拉致られた時みたいに、一度物理的に拘束されてからの中距離を食らうと終わりってのがねー」

「スライディンだっけ? あの個性相手ならヴィランだとわかってりゃハグなんてさせねえどころか、触れさせもしなかっただろうが。どのみち前衛のわりに勝てない相手が多すぎるってのは同意する。広範囲、異形型、人間を超えたフィジカル持ち、中遠距離。『体力』だと搦め手も必殺技も無い。そーいうところが、あいつは弱い。強いけど」

「そーよねえ。サイドキックの需要は間違いなくあるっていうか、一線級なん」

 

 ん、とミッドナイトは言いさして固まった。今なんて。

 

「……そういう評価は担任として嬉しいけど、詳しく聞いていい?」

「絶対にわたしが言ったってあいつに伝えるなよ」

「なによあらたまって」

「あいつは弱いけど、あれだよ、マスキュラーの時も言ったけど、まー……他人の気持ちに寄り添える。それが強い」

「……そうね」

 

 病院で小森が明かした胸の内は、まだ記憶に新しい。

 秋風が二人の髪を柔らかくたなびかせた。

 

「報告書を読んで、わたしだったらどうすれば花畑を抑えられるかずっと考えてた。ただ蹴っ飛ばせば済む話じゃねえ。結果から逆算する形になるが、まず渡我ってやつを離反させる必要がある。けどたぶんそれは、わたしには無理だ。あいつじゃないと」

「まあ、否定できない」

 

「令状不要の状況を作るにしても、花畑の気持ちに寄り添って一番ムカつく言葉を吐かなきゃならねぇ。選挙カーの上で、花畑が異能解放軍の理念をコケにされたとき手が出そうになってたから、そこから読み取ったんだと……まあ、渡我からの情報もあるんだろうが」

 物憂げな溜息で続ける。

「あいつより強いヒーローはごろごろいる。学校の訓練じゃあ同級生にも数え切れないほど負ける。けど、たとえビルボード級であっても、そいつらが今回の事態を根本から収拾できるかは怪しい。少なくともわたしには無理だ。認めるよ、ムカつくが、今回に限ってだが、弱いくせに生意気なあいつは誰よりも強かった」

 

 それはいい、それはいいが……とミッドナイトはちらとミルコを盗み見る。そっぽを向いており、表情は伺えない。

 おそるおそる、繊細なガラス細工に触れるように確認する。

 

「それってあんたよりも強い……って事?」

 

 返事は返ってこなかった。短く刺すように言う。

 

「教師ってこと忘れないでよ」

「辞めよっかなー、飽きたし」

「おい」

「冗談だよ。てかアレなに?」

 

 会話を無理やり打ち切るように指された先に視線をやると、自動工機がせわしくなく動いている。雄英の敷地内に大きな建物が出来るらしかった。

 

「ああ。あの子、拉致られちゃったでしょ? 士傑とも協議した結果なんだけど、防止策として全寮制になったのよ。その宿泊施設」

「寮っておまえ……まさか男女同じ棟なんてことは」

「同じだけど? まあ大丈夫でしょ」

 

 なんとなくミルコの危惧する事態を察するが、まっさかーないないといった感じでパタパタと手を振る。

 ミッドナイトとて教師。生徒は無駄に性欲の有り余る思春期のお年頃の子とはいえ、それ故に草食系というか、奥手というか、じぶんから行くことに臆病というか、仲良く出来たらいいなーくらいの雰囲気である事は掴んでいる。

 

 事実としてそうだ。

 よほどの切っ掛けが無い限りは健全な寮生活を送ることになる。もちろん、彼女らにとってそんな都合よくエッチなマンガにあるような事が起こるはずがない。大丈夫大丈夫。そうそう風紀が乱れる事などあってたまるか。

 

 少なくとも、彼のご両親はそう信じている。なんとなく最近になって息子が色気づいてきた気がするが、まあそういうお年頃なだけ。と、父親は楽観視している。

 母親は、黒地に淡い青の縫製のトランクスを見つけて少し不安。差し色がセクシーというか黒ってなんかエッチな気がするけど、え? 最近はそういうもの? わからん。

 

「……ふうん。そーかよ」

 

 言ってミルコは柵の上に立ち、んっ、と大きく伸びをした。

 

「あとこっちは自由意志だけど、教師の部屋も別棟にあるから住みたいなら手続きしてね……あんなこともあったしさ」

「わーかった。考えとく」

 

 少し触れにくい話題かと思ったが、口ぶりからは杞憂のようだ。

 しかし、あのミルコがそういった生徒の男女事に気を配るとは意外だった。なんだかんだで教師としての自覚が出てきたのかもしれない。

 そう考えると少しうれしい。

 

「けどありがとね。いろいろと参考になったわ、彼の評価。休日なのにわざわざ来て相談に乗ってくれるなんて」

「ん、まあな」

 

 なんとなく、ミルコの受け答えが鋭利というか妙な雰囲気に思えた。大きな耳がぴくぴくと動いている。これからトレーニングでもするつもりなのか、軽いストレッチまでしている。細い柵の上でやってのけるのはさすがのバランス感覚だ。

 

「どうかした?」

「いや、別に。じゃあわたしは野暮用あっから」

 

 それだけ言うと、ミルコはいそいそとひとっ跳びしていった。

 

 なんだ急に? 

 残されたミッドナイトは小首をかしげて、小さくなってゆく背を眺めながらコーヒーをすする。

 そういえば前もこんな事があったなと思い返す。

 注意してくるとかなんとか言っていたが、けっきょく詳しくは教えてくれなかった。

 

 ずずず、と半目して飲み干す。アヤシイ。

 

 そう思ったミッドナイトは、ミルコが跳んだ方向へと行ってみる事にした。

 

 

 

 全員怒られた。

 

 

 

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 すっかり秋の様相をみせた朝、雄英ヒーロー科の棟を歩く影が二人分あった。

 

「ほんとに一人でいいの?」

 とその内の一人、ミッドナイトが隣の少女に尋ねた。頷かれたので、多少不安であるが廊下で待っている事にした。まあ、彼がある程度の下準備を済ませているので心配は無いだろうと高を括る。

「じゃ、がんばってね」

 

「……はい」

 

 雄英の制服に身を包んだ少女は、意を決して1-Aの表が掲げられた教室に入る。十四人分の瞳がこちらを向いた。興味やわだかまりを滲ませている。

 教壇に立って固唾を飲み、静かな教室に少女は言った。

 

「ヒーロー協会から派遣された渡我 被身子です」

 

 その肩書きに教室はざわつく。

 

 供儀聖典の後始末として最も頭を悩ませたのは、渡我の処遇だった。

 彼女はヒーローや警察にとって替えの利かない貴重な情報源だ。なんせヴィラン連合と異能解放軍という二つの反社会的勢力の内情に詳しい唯一の人間。

 

 なにかしらのアクションが確認された場合、その対応策や傾向、推察に役立つ。それに保護しなければ、いずれは裏切り者として殺されるだろう。

 ヴィラン連合が彼女のスパイ活動に気付いているかは不明だが、解放軍は確実に供儀聖典に対する背信行為を認識しているはず。

 

 だから雄英が保護を買って出たのだ。ちょうど全寮制になったことだし、適したタイミング。

 問題はどの科に所属させるかという点だ。

 

 彼女の特異性と保護管理の観点から見れば少人数のヒーロー科が望ましい。学力や実技については、異能解放軍きっての優秀な潜入工作員として育てられただけあって文句の付け所は無い。

 だからといってそのままヒーロー科へ入学させるのは、入試で落ちた人間がいる手前好ましくない。

 そこで取った手段が、ヒーロー協会がいったん渡我を雇い入れ、そこから雄英への外部講師と長期研修を兼ねた編入だ。

 

 渡我には人の目を欺き気配を消す技術と相手の心に入り込む話術、詐術については今さら語る必要も無いが、突出した技能がある。それらを体系化して1-Aに教える事は今後の雄英にとっても得難い利益だ。

 

 なにも武力だけがヒーローに求められる資質ではない。現場ではヴィランを説得する機会もある。それで戦闘を避けられるなら越したことは無いし、騙す手段を知っていれば騙されるのを防げる。

 立場としてはミルコと同じだ。

 

 一方でヒーロー協会の社員として、後進育成の実情を知る為の社外研修という建前で、渡我にはヒーロー科のカリキュラムを受けさせる事となった。学費や生活費はヒーロー協会からの給金と奨学金で賄う事とし、体育祭などの目立つ行事は原則的に不参加となる。

 

「というわけで、よろしくお願いいたします」

 

 そう言われても1-Aの面々からすれば、彼を攫うよう指示した張本人である。心に小さくささくれだったものを覚えないでもなかった。

 ただ、すでに彼から事情を説明されているし本人が許しているなら外部があれこれと文句を言うのは筋違いだ。

 

 それに、ぺこりと下げられた頭には、でっかいたんこぶがついていた。ああ、ミルコ先生に怒られたんだな、と思うとまあいいかなーという気持ちにもなる。

 

「それでその、わたしはおかしなところがあってですね……」

 もじもじさせる指を眺めながら、渡我が言った。

「素敵だなって思った人の血を、どうしても飲んでみたくなるんです」

 

「その素敵な人ってどーゆーの?」

 と、誰かが手を上げて尋ねる。

 

「えっとあの、こう、ぼろぼろになっても構わない感じというか」

「ん」

「あ、いえリョナのように嗜虐的なものではなくてですね」

「サディスティック的な?」

「わたしが直接傷つけたいって訳でもなく、こう、ぼろぼろになるのは目に見える要素でしかないというか」

「そっちに感情移入する系?」

 

「でもなくて……傷ついて死に向かうって事は逆説的に生命の存在が暴かれるというか」

 いや、違う。と、渡我は内心で頭を振った。

 死に向かうのが美しいのではない。あの時の彼は脳裏に焼き付いている。四肢を拘束された状態でぼろぼろにされ、わたしに命を奪うアイテムを向けられた絶望的な状況でもなお、助けようとした姿。

「死に立ち向かう感じ、ですかね。ですね、そうです。それがとっても、素敵です。だからあの時のみなさんも、なんというか、素敵、でした」

 

 消え入りそうな声で言った後、へへへ、と自嘲ぎみに笑って頬を掻く。

「やっぱり、おかしいですよね」

 

「そりゃおかしいと思う」

 と誰かが一刀両断した。

 びくりと渡我の身体が震える。

「けど、まあ、大なり小なりそーいうおかしさは抱えてるもんでしょ、性癖っていうかさ」

 

「え」

 渡我は呟き、顔を上げる。

 

「そーそー、わたしはオイルマッサージ系と言うかローション物が好きだし」

 誰かは伏せるべきだが、一人が口調では平静を装いながら、しかし顔を赤くして宣言した。それ、体育祭のあれが切っ掛けなんじゃ……という視線を知らんぷりで乗り切っている。

 

「も、もちろん現実とは区別してるけど、最近は強漢ものをよく見てる。まあ、その辺は人それぞれって言うかさ」

 え、かわいそうなのでは入れられないって昔から言ってたじゃん、と親友が意外な顔をする。

 

「わたしはやっぱりHENTAIカートゥーンですねー」

「わたくしは王道のハーレム物ですわね」

 

 他にもじぶんの個性と絡めた感じのアレの告白大会になり、なんだか異様な雰囲気になった。

 お、おかしい。長年苦しんできた少女の苦しみの吐露だったはず。いや、1-Aはこれでいいのだ。探り合いも大事だが、腹を割ってエッチな話題で無理やり距離を縮めるのも時として有用なのだ。

 

「え、えっと、あの、じゃあ……」

「ま、いいよ。血くらいなら。けどあんま痛くしないでよ~」

「死に立ち向かう感じが素敵って言われたら、まあ否定できないかな」

 

 渡我の目は、涙でいっぱいになった。

 

「き、気持ち悪く、無いんですか」

「わたしはそう思いません。ただ、世間では気持ち悪いと言う人もいるのも事実。けれどそれは、先ほどわたしたちが言った性癖についても言える事ですので気にしなくてよろしいかと」

 

「あ、ありがとうございます。あの、わたし、血を吸った相手に『変身』出来るので、せめてなにか手伝えることがあったら何でも言ってください」

 

 大粒の涙を拭いながら聞き捨てならない情報を言い放った。

 その瞬間、八百万が抑揚のない声で彼に尋ねる。

 

「あの、あなたも渡我さんに血を吸われるという事は了承しているのですよね?」

「そうだよ」

 

 誰しも一度は、ハリポタのポリジュースとか、ポケモンのメタモンとか、ジョジョのサーフェスとかでエッチな活用法を妄想した事はある。わだかまりは一瞬で消えるだろう。渡我とは仲良くなれそうだった。

 

 そうですかとだけ返して、遅れて他の面々も、果たしてそれがどのラインまで許されるのだろうかを試算する。ちょっと肩を、いや胸を触るくらいならセーフか? 

 そんな悶々とした空気に気付かない彼が、渡我に言った。

 

「ね。おれの友達はみんな優しくて、頼りになって、強くて、尊敬できる素敵な人だって言ったとおりでしょ」

 

「ええ、信じて、勇気を出してよかったのです」

 大きく息を吸い、呼吸を整えて答える。胸の憂いが消え、今度は明るい表情を滲ませている。

「あと……それと、あなたもおかしいところがあると言ってましたよね」

 

 言われて彼は中学の屋上に拉致された時の事を思い出す。そうだったか。そうだった。

 

「それ、なんなんですか?」

「え? なにって……え」

 

 たじろぐ彼に、渡我はえっへんと胸を張る。

 

「わたしのおかしなところを受け入れてくれたのですから、わたしもあなたのおかしなところも全力で受けれます! ですので、さあ! お姉さんに何でも言ってみてください!!」

「お姉さん?」

「十七歳なので!」

 

 あ、そうなんだ。意外だね~。という話題で逃げられそうにはなかった。つい先ほどまで性癖暴露大会が開かれていたこともあって、教室はヤケクソの熱気が充満している。

 それに、知りたい。彼のおかしいところが性的嗜好とは限らないが、男性のそれは女性にとって神秘のベールに包まれた永遠の謎だ。

 

 諸説あるだろうが、男性が一段落した際に得られる快楽の度合いは女性のそれよりも低いらしい。そりゃあ汗かいて疲れるエッチな事をするハードルは高い、のかもしれない。

 だからこそ彼がどんな性癖なのか興味はある。

 

「そ、れは」

 

 と彼は口をまごつかせて、じぶんを見つめるクラスメートを見やった。当たり前だがまだ後を引く恥ずかしさで上気した顔をしている。

 ただ心のどこかしらで、まあ男性だし無理に言わなくてもいいよ、といった気遣いも混ざっていた。彼はその易き道を選びそうになって、戒める。

 みんなは渡我さんを受け入れる為に身を削ったのに、性差を理由に一人だけ逃げるわけにはいかない。それは友達として恥ずべき行為に違いなかった。

 

 彼は静かに息を整え、口を開いた。そうして告白する。

 ずっと、じぶんでも不思議だった。みんなとは違う事に不安だった、違う事が嫌だった。コンプレックスだった。やがて生まれ持ったどうしようもないサガだと諦めもした、おかしいところ。

 

 そして、思春期で無駄に性欲があり余る多感なお年頃の子の熱情に満ちた教室に響く。

 

 おれはおかしい、から始まる独白が。

 

 

 

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 男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう 完

 

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【挿絵表示】

 

 

 

 

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 全寮制になってしばらく経ち、そろそろインターンが始まる頃。

 彼が渡我に約束した、おかしいところを受け入れてくれる人たちを見つけるのを手伝い、満足のいく人数が集まったらじぶんの血を吸っていい、という要件は満たされた。

 1-Aの面々は健全に渡我に協力している。うち何人かはギブアンドテイクの関係にあるかもだが、彼の知るところではない。

 

 とにかくそのようなわけで、あの時中学校で交わした言葉が、彼の寮室で果たされようとしていた。

 音が聞こえるほど大きく、渡我は固唾を飲んだ。興奮で身体が熱くなるのがわかる。そもそも異性の部屋に入ったのは初めてだ。ついついきょろきょろと見回してしまう。きちんと整頓されており、清潔感があった。

 

「採血の道具とか無いみたいだけど、やっぱり直接吸うの?」

「あっ、う。はい。できれば……やっぱり嫌ですか」

「いや別に。注射はちょっと苦手だからそっちの方がいいかも」

「あ、それならよかったです」

 

 渡我はポケットの中の小さな両刃カミソリと絆創膏、携帯消毒液を取り出そうとした。カミソリは個別包装されているもので、クラスメートにはこれで指先等を切ってもらいしゃぶっている。

 

「じゃあちょっと待ってね」

 彼がおもむろにシャツのボタンを一つ二つ外し、首筋をあらわにする。身長差があるのでベッドに腰掛けた。くぼんだ鎖骨がなんともエッチだった。

「はい、いいよ」

 

 渡我は絆創膏をぽとりと落として固まった。

 え? 直でいいんですか? そんな事ある? これ現実? 

 信じられない状況に頭の中は混乱が渦巻いた。ひょっとしてわたしのこと好き? じゃなきゃ男の子が素肌を晒して直飲みなんてある訳ないですし。もう夫婦の営みのやつなのでは? 

 

 ひょっとしてこれは、あの時タイミング悪くミッドナイトが「もう済んだ~?」と教室に入ったせいで聞けなかった、彼のおかしなところと関係があるのだろうか。

 いや、そんなこと今はどうでもいい。

 

 誘蛾灯に吸い寄せられるように、ふらりふらりと脚を運ぶ。残った理性が、身体を極力くっつけずに首元へと口を持って行く。なんでこんな男の子っていい匂いがするんだろう。

 

 熱い吐息が彼の首にかかる。はぷりと噛みつき、入念に舌を皮膚に這わせた。何とも言えない妖艶な味が脳を侵した。

 

 そこからの記憶は無かったが、気づけば彼に対面から乗りかかり、逃げられないように腰に脚を回して頭を抱き、鋭い犬歯を首筋に突き立てていた。

 得も言われぬ酸い鉄の味が舌の上に広がっている。汗と血の香りが倒錯的だった。一滴も逃さぬように舌で舐め回しながら音を立てて啜り、傷口を見たくて口を離した。唾液と血が入り交ざった体液が糸を引く。

 

 すると「あ、終わったー?」と背後から声が聞こえた。

 覚えの無い女性の声に、思わず飛び退く。

 

「え!? 誰ですか!!」

 

 そこには彼の勉強机の椅子で脚を組み、興味深そうにこちらを見やっている一人の雄英ヒーロー科の三年生、波動ねじれがいた。

 

「ごめんねー、邪魔しちゃって。でもちょーっと長かったし、見てみたかったから無理言って入っちゃった」

 

 渡我は彼に視線をやり説明を求めるが、彼が口を開くより早くそれを無視して波動が言った。

 

「ねえねえ、聞いたよ。面白い個性使うんだってね~」

 

 え? え? と彼と波動を交互に見やる。

 

 彼の首筋にある渡我が作った割れ目から、とろりした事後の赤い液体が溢れ出る。

 なぜだか渡我にはそれが、このモンスターとの邂逅がもたらす淫靡なこの後を予感させるようでならなかった。

 

 

 




無し 
【挿絵表示】


後半は貞操観念逆転要素が少なくなり、ジャンル物としてのエンタメ性を裏切っているようで書くのが心苦しかったです。
たぶん、タイトルと違うじゃん、ってなった人も多いと思いますが、その点は申し訳ないないなあって感じです。ごめんね。

反応とか様子見て忘れた頃におまけ編か続きかわかんないヤツをぽつぽつとやるかもですけど、第一部ラストのフックにケリ付けてオチたって事でよろしくお願いします。
対戦ありがとうございました。
完結です。

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