幕間:月下の予告状
とある夜。
コナンはリビングのソファーで穏やかな時間をすごしていた。半ばまで読み進めた推理小説に栞を挟み、膝の上に置く。ふと、隣に顔を向けた。
同じソファーに背を預け、ファッション雑誌を眺めている横顔。
ずっと前からわかっていたことを、今はなんの迷いもなく素直に認められる。
――綺麗だ。
誰よりも、誰よりも。
コナンは心からそう思った。
途方もない困難の果てに、今では彼女とふたり、こんな平和で幸せな時間を共にできている。これが数奇な運命でなくてなんだろう。
思わず口元を緩めたコナンは、何気なしに窓の外に目を向けた。
晴れ渡った夜空に、月が明るく佇んでいる。
深く考えることなしに、言葉が口をついで出た。
「ふと思ったんだけど……あいつ、今ごろどうしてんだろうな」
哀がコナンに視線を送って首をかしげる。
「あいつって?」
「あいつだよ、ほらあのキザなコソ泥野郎」
小馬鹿にするように肩をすくめるコナン。哀はおかしそうに目を細めた。
「ああ……。あの人が姿を見せなくなってから、もうずいぶん経つものね。さびしい?」
「バーロ。あいつは敵だぜ?」
「でも、あなた達はある意味兄弟みたいに仲が良かったから」
「別に仲良しじゃねーっつーの」
「ふふっ、そういうことにしといたげるわ」
「ったく……」
それからふたりは笑い合い、そして互いの手をそっと握った。
やがて、月明かりを背にしたふたりの影が、静かにひとつに重なった。
ちょうどそのころ。
悪徳商法の元締めとして財を成した意地汚い金持ちが、書斎の机で札束を数えながら、にたりと口元を歪めていた。
醜い笑みを浮かべるその金持ちが卑小な愉悦に没頭していたちょうどそのとき、書斎の扉が勢いよく開かれ、けたたましい音が響いた。
「旦那様、旦那様!」
小太りの男が血相を変えて息を切らしている。金持ち男は不快そうに眉をひそめた。
「なんだこんな夜更けに。わしの楽しみを邪魔するな!」
「それが、その……玄関先にこんな手紙が投げ込まれていたんです!」
「手紙ぃ? フン、恨みを買うのは慣れてるんだ、今さら脅迫なんぞでビビると思うか?」
「ですが、その……この手紙は、脅迫状ではありません」
「?」
使用人が主人におそるおそる手紙を手渡す。
たった一枚、ハガキ大の白いカード。中央に手書きの文字。
『あなたの汚い本性にふさわしくない、美しい宝物をいただきに参上します』
その文の末尾には、世にも有名な――あるいは少なくともかつて有名だった――あの怪盗の自画像。
「……これは、予告状です」
主人の皮膚が総毛立つ。
これは模倣犯のいたずらなどではない――金と悪事には人一倍鼻の効く主人は本能的に直感した。
屋敷の上空で、月だけが何事もなかったかのように冷たく光っていた。
お久しぶりです。
このたび、本作の続編である『月下の帰還者〈リターナー〉』(https://syosetu.org/novel/419632/)を連載開始しました。
この幕間は、いわば続編の予告のようなものとして作成したものです。
お察しのとおり、続編ではキザなコソ泥のあいつが登場します。
ぜひお読みいただければ幸いです。