ミセス・ノリスが鳴く。
地下は暗くて冷たい。
ココアとコーヒーは温かい。
ドラコの顔は赤い、スネイプ先生は傷だらけ。
真夜中の冒険が始まる。
ルーナ・ラブグッドがレイブンクロー寮から抜け出すのはとても簡単だ。なぜなら誰もルーナが何をしようが気にしないからだ──それが余り良い事では無いのをルーナは特に深く考えていない。
夜のホグワーツは暗くて冷たい。
今日は珍しく靴も靴下もローブも無くならなかったのでそれ程寒く無い。
ルーナの冒険が今夜も幕を開ける。
………………………
………………
………
「こんばんはノリス、今夜も美人さんね」
ホグワーツの管理人フィルチの飼い猫ミセス・ノリスは生徒から恐れられる存在だ。悠々と城内を歩き回り爛々と光る目で生徒を監視し、規則違反の生徒を見つけるとすぐさま飼い主のフィルチへ知らせるのだ。
それは真夜中に寮の外を出歩くルーナも同じはずなのだが、当のミセス・ノリスはルーナに顎を撫でられてご満悦。猫好きのルーナにかかれば管理人の飼い猫を懐柔するなど容易いものなのだ。
「私もノリスみたいに美人の猫がペットとしていたらいいのにな。お父さんに頼もうかな」
ミセス・ノリスと別れたルーナは、どんどん城内を進んでいく。目的は特にない、ただなんとなく寮にいづらいのとなんとなく夜が好きだからだ。強いて言えば月がキレイだったからかもしれない。そもそも明確な理由が合ったことを思い出しながらルーナはその場所を目指した。あんまり夢中で歩いたので目の前に誰かいることに気がつかなかった。
「おやおや、ミス・ラブグッド。こんな時間に何をしている。これは明白な規則違反だぞ」
「こんばんはスネイプ先生」
セブルス・スネイプは真っ暗な髪と真っ暗なローブを真っ暗な廊下に浮かべてルーナを足止めた。普通の生徒であればここで心臓が縮み上がる思いをするのだがルーナは平然と、笑ってスネイプに挨拶した。スネイプにはそれが気に入らない。
「ラブグッド、君には規則を守るという意識が足りないようだな。これで何度目だ」
「私覚えてない。スネイプ教授は数えていないの?」
「余りにも多すぎて数えられるわけがない」
「じゃあ私達は仲良しだね」
スネイプは目の前で訳のわからない事を話す少々を理解しようと細い目を見開いた。それでもルーナが何を言いたいのかはさっぱり分からない。スネイプはこの自由奔放な女子生徒がとてもとても苦手だった。
「仲良し? それは本気で言っているのかね」
「だってそんなに沢山、私と合っているんでしょ? それって凄く仲の良いことじゃない?」
「生徒と教師は仲良くなどならない」
「私は先生と仲良くなりたいけどな」
本気で理解のできない事を言うルーナのせいで頭痛を覚えたスネイプは早くここから解放されてマダム・ポンフリーに頭痛薬の処方を頼みたくなった。そんな状況に渡りに船、まさしく助け舟となる人物が現れた。
「スネイプ教授、どうされたんですか」
「おお、マルフォイ。丁度いい所へ来た」
「あっ貴方、ドラコ・マルフォイね」
「………これは一体どういう状況で?」
「どうもこうも、このミス・ラブグッドが真夜中のホグワーツを彷徨いているので話を聞いていたのだ。理解は出来なかったがな。そこでマルフォイ、この夢遊病の女子生徒を君がアンブリッジ“尋問官”の所へ連れて行くがいい。頼んだぞ」
「待ってください、なぜ僕なんですか」
「なぜ? 君は尋問官親衛隊だろう」
「ですが、先にラブグッドを見つけたのは教授でしょう。僕は見回りがありますので」
ルーナと長い時間一緒にいたくない2人の攻防が続く中、当の本人は窓の外の月をぼんやりと眺めていた。そして突然思い出したように口を開いた。
「ねえアンブリッジって“ガマガエルブツブツオバサン”の事? 私あの人嫌いだな、うるさいし」
「ガマガエル?」
「………ブツブツ?」
「オバサンの事でしょ?」
ドラコとスネイプの脳内でブツブツのイボだらけのガマガエルみたいな顔をしたアンブリッジがお馴染みの甲高い声で「ゲコッ」と鳴いた。ドラコは必死に両手で口を押さまえて笑い声を押し殺した。スネイプはドラコのように大げさな表情はしなかったが、その口角はピクピクと震えて今にも決壊しそうだった。
「フーッ、フーッ………ラブグッド、それは君が考えたのか名前なのか? フーッ………」
「ンーとね、初めはハリーがガマガエルって読んでいて私がそこにブツブツをつけて、ガマガエルブツブツだけだと分からないからオバサンも入れたの」
「そうか………そうか………良く分かった。マルフォイ、アンブリッジ尋問官はお疲れだろうから、ミス・ラブグッドをレイブンクロー寮まで送るがいい」
「あ、待って」
「今度はなんだラブグッド」
「杖を取りに行かないと」
「杖? 君の杖か?」
「ミス・ラブグッド、どういう事だ」
「今日気づいたら杖が無くて、地下の倉庫にあるって誰かが教えてくれたから取りに行くの」
ドラコとスネイプはほとんど同時に額を叩いた。杖を取られて隠された上に、ホグワーツで使われなくなった地下倉庫にそれがある。なんて重大な話をあっけらかんと語るルーナに呆れたのだ。
「………ではマルフォイ。ミス・ラブグッドの杖を取りに行くのも手伝いたまえ」
「………分かりました、ほら行くぞ」
まったくもって状況の理解が足りないルーナを連れてドラコは地下へ行くための方向へ進み、ルーナを押し付けたスネイプは自分で頭痛薬を調合したほうが早いと自室へ帰り、遠くでミセス・ノリスが鳴いた。
………………………
………………
………
真夜中のホグワーツは危険な場所だ。突然床が抜けたり階段が動いたりする。そんな中をどうやって1人で行くつもりだったのか、とドラコが聞くと。
「あのままウロウロしていたら、誰かが見つけてくれたと思うからその人に頼むつもりだった」
「他に方法があっただろ」
「そうかもね。だから私を見つけたのがスネイプ先生とドラコで良かった」
「なぜなんだ?」
「スネイプ先生は優しいし、ドラコはもっと優しい」
スネイプと優しい、この世で最も相反する単語を並べるルーナに寒気を感じるドラコは危うく、もっと重大な事を見逃すところだった。
「まて、僕が優しいとはなんだ」
「ドラコは優しいよ。私、優しい人は好きだな」
「好きって………大体いつ君に優しくした」
「私の杖を一緒に取りに行って、レイブンクローまで送ってくれているでしょ?」
「それはスネイプ教授に頼まれたからだ」
「じゃあいま優しくしてよ」
「………? 何が言いたいんだ?」
「温かい飲み物がほしいな」
ルーナは厨房の方を向いて“独り言”を言った。ドラコは息が続く限り溜め息をして厨房へ入った。
数分後、宙にマグカップを2つ浮かべたドラコが小声で文句を言いながら戻ってきた。
「ココアでいいか」
「ありがとう、ドラコ。うん、温かい」
2人は廊下にもたれかかって体を温める。マグカップを両手で持つルーナは隣のドラコが何を飲んでいるか気になって仕方がないらしい。
「何飲んでるの?」
「コーヒーだ」
「私コーヒーって飲んだこと無いかも」
「君のようなお子様には分からない味だよ」
「飲んでみなきゃ分からないでしょ」
「………じゃあもう1杯貰ってくるから待ってろ」
「ドラコが今飲んでいるのでいいのに」
「そっ、それは問題があるだろ」
「なんで?」
それは………その先を言う勇気の無いドラコは黙ってカップの反対側を差し出した。ドラコはルーナの事が本気で心配になった、いつかとんでもない事をするのではないかと。その心配はすぐに当たった。ドラコは我が目をこれでもかと疑った。
初めてのコーヒーに興味津々のルーナはドラコが取手を持つカップに口をつけるとそのまま飲んだ。自分で持たずにだ、ドラコにマグカップを持たせて自分は口だけをつけて飲んでいるのだ。
ルーナは時々苦そうに目を細めながらもドラコが傾けるカップに合わせて飲んでいく。その一生懸命な姿に幾分かの可愛らしさと、口にできない感情と、なぜだか背徳感を覚えて右のももを思い切りつねった。とドラコの右ももと顔はとても赤くなった。
「うん、苦いけど美味しいね。ドラコ大丈夫?」
「もう、2度と………次は、自分で、飲め」
ドラコは自身の中に生まれたルーナに対する新しい感情を否定しようと心を閉ざし、地下へ続く暗い階段へと足を踏み入れた。
しもべ妖精がマグカップを回収するまでの間、宙にはココアが入っていたカップと、2つ口の跡が残るマグカップが並んでいる。
………………………
………………
………
ルーモスで足元を照らしてみるが、光が霧散する先は何も見えない闇。これから向かう場所はドラコ達、スリザリン寮のある地下より更に深い地下で物置や倉庫などに使われている場所なのだ。妙に頬を紅潮させたドラコは一応年上の責務としてルーナに話を振る。
「なんで、虐められてやり返さないんだ」
「私よりもみんなの方が魔法が上手。だから私が何か呪いをかけようとしても防がれちゃう」
「どんな呪いをかけようとしたんだ」
「髪がモシャモシャになる呪いとか、髭が生える呪いとか、全身ビシャビシャになる呪いとか」
「そんな甘いものじゃなくて、もっとこう攻撃的な呪いをかければいいじゃないか」
「そしたら、今度は私を囲んで皆が攻撃するでしょ」
「そうなれば、そいつらは退学になって君も楽になるだろう。僕ならそうする」
「自分のために自分に痛い思いするなんて駄目」
ルーナはピシャリとドラコを否定した。まるで昔、母親に叱られたときのようで一瞬肩が震える。
「それに、私になにかする人達のことも私は嫌いじゃない。あと今は友達もいる、仲間がいる」
「それはポッター達か、よく一緒に“何か”をしているものな。あんな偽善者共とよくいられるな」
「偽善者でも友達である事に変わりはないよ」
ドラコは完全に足を止めた。それはドラコの理解を超えた考えだった。
「皆は私を変人だって、ルーニー(気狂い)だって呼ぶけど。それでもハリー達は私の友達」
沈黙するドラコに代わって今度はルーナが話を振る。それは年下としての責務なのかもしれない。
「ドラコのお家の人ってどんな人?」
「………父上は立派な方だ。いつも僕に生き方を、マルフォイ家のあり方を説いてくださる。母親は、物静かな方だが料理が得意で僕の事を大事にしてくれる」
「そっか………なんだか、素敵だね」
「もう昔の思い出だ………今は違う」
今、それは闇の帝王が復活しルシウスが再び死喰い人となったマルフォイ家を表す。平穏だった我が家が闇に飲み込まれていく、それはドラコの心にも大きな影を落とした。あの頃の家族はどこにもいない。
長い階段が終わりホグワーツの最深部がその姿を表した。ここはこの城で最も冷たく、最も暗い。
………………………
………………
………
ホグワーツの地下倉庫。古くからある巨大な部屋で、様々なものが無造作に詰め込まれている。今は使われていないらしく、積み上げられた木箱はさながら迷路のようだ。2つある入り口の扉も鍵が壊れているのか開いたままで、暗い部屋は手招きする。
「ここの………どの辺りにあるんだ」
「分からない、でもこの部屋にあるはず」
「手分けして探すしかないな………これを使え」
ドラコは入り口の近くの箱に入っていたランタンに明かりを灯すとルーナに渡した。微かに燃える火がゆらめき、銀灰色のルーナの瞳が輝く。濁ったブロンドの長い髪も影を作り出し炎と揺れる。
二手に別れて杖を探す、ドラコは呼び寄せ呪文を使ったが反応は無かった。防止策が打ってあるのかもしれない、高い位置にある可能性も考えると見つけるにはかなり骨を折りそうだった。
ルーナもランタンを片手に部屋を見て回る。ここには見たこともない道具や本も多い。もしかしたら未知の魔法生物について書かれたものもあるかもしれない、近くの箱から数冊の本を取り出してみて本来の目的を思い出す。早く杖を見つけないと、またこの部屋へ来ようと決めた。
けれども見つからない、もしかしたら騙されてしまったのかもしれない。杖はこんな所には無くて、ここにはもっと違う何かがあるのかも………。
………………………
………………
………
「ラブグッド、見つかったか?」
「見つからない」
「困ったな………」
「ねえ、もう出たほうがいいかもしれない」
「ラブグッド………どうした?」
「多分、これ罠だ。私………騙されたんだ」
「ラブグッド?」
その時、足元で何かが鳴った。ガタガタとなにかが飛び出そうとしている音、小さな箱から出ている。ドラコが杖をを向けると光に照らされた箱が大人しくなった。ボガートが入っているのだろうか、ならば触れないほうがいい。箱に入っていて鍵がかかっていれば何も恐れる事は無い。ここには滅多な事では人は来ないし放置して問題がないだろう。そして万が一飛び出しても杖をふって「リディクラス」と言えば………。
ドラコはようやく恐ろしい事実に気づいた。ルーナは杖を持っていない、何かの拍子にボガートが飛び出したら、ルーナは恐怖に飲み込まれる。
ドラコは来た道を引き返した、もつれる足が言う事を聞かないがそれでも強引に走る。あの少女に無事でいてほしい、不思議と湧くその感情に突き動かされる。
しかし、ドラコの考えは悪い意味で的中した。
ボガートは2匹いた。
「ラブグッド! 逃げろ!」
それはまさしく影だ。冷たく暗く、この空間全体を覆う影がルーナへ向かってゆっくりと広がり取り囲んでいる。杖先の光が消え、ドラコの呼吸音も消えた。
これはただの影じゃない、ルーナは何を恐れたのか、それを考えるよりも前に体が動いた。既にその体は廊下に広がる影に沈んでいる、かろうじて上へ伸びた腕が水上の草のように揺れていた。掴んだその手は氷のように冷たく、むしろこちらの力が抜けていく。
〘お 前 も 同 じ だ〙
空っぽの響いた声が脳裏に流れ込む、これはボガートの声なのだろうか、とても寂しい声だ。
〘光 も 音 も 無 い 誰 も い な い〙
〘無 限 に 広 が る 闇 の 海〙
「ルーナを返せ」
〘孤 独 は お 前 を う つ す 鏡〙
──孤独、それがルーナの恐れるものだ。ボガートはルーナを孤独の世界へ引きずり込んだ、ならばドラコがこの場にいる以上はドラコの恐れるものになるはずだ。しかし、ボガートは孤独をうつす。それはドラコも孤独を恐れているということ。ドラコもまた、孤独を恐れていたのだ。
つまりドラコが孤独を恐れなければいい。
「僕は孤独を恐れたりなどしない。ボガートよ、真に恐れるものの姿になりたまえ」
影が徐々に縮んでいく、ドラコは闇の海からルーナを助け出したがその瞳は暗く、体は氷のように冷たく固い。微かな息と声がようやくドラコに届いた。
「………怖イ………1人ニシナイデ………誰カ………私ヲ置イテ行カナイデ………寒イ………誰カ………助ケテ………」
早く医務室へ運ばないと危険な状態だ。しかしその足を助けを求める別の声が止めた。
「やめろ………やめてくれ………やめてくれ………」
「父上!」
おぞましい光景だ。吸魂鬼がドラコの父、ルシウスを取り囲み何かを吸い上げている。“吸魂鬼の接吻”この世で最も忌まわしい刑こそが、ドラコの恐れるもの。復活した闇の帝王に溺れ、そしていつかアズカバンでこうなるのでは無いか、あの日から抱いた恐れだ。
「リィ………ディクラス、リディク………ラス………」
声が震え、呪文が定まらない。空になったルシウスを捨てて吸魂鬼は2人へと向かった。冷たく暗い影がドラコの頬へ伸び、とっさに守護霊呪文を思い出すがドラコに扱えるものでは無かった。
僅かな魂の欠片だけで命を繋ぐルーナを守ろうとドラコはその体を庇う。しかし、意識が不安定なドラコには僅かな力も残されていなかった。
後悔と懺悔の中でドラコは闇の海を沈んでいく。その底でドラコは光り輝く牝鹿の姿を見たが意識は完全に閉ざされた。誰かを呼ぶ声もドラコには届かない。
………………………
………………
………
突然眩しくなる、なにがなんだか分からない。
最初に見えたのは天井、次は猫のしっぽ、その次は自分の手、そしてミセス・ノリス。
起きてしばらくは音が聞こえない。誰かが何かを話しかけてくる、マダム・ポンフリーだ。
そうか自分は医務室にいるのか、でもなぜ? どうしてここにいる? 何があった? 記憶は渦を描いて、だんだん形になり、それは黒くて暗くて深い影の形。
ああ、そうだった。私はうっかり倉庫に転がっていた小箱を開けて、中からボガートが現れて、私は杖を持っていなくて、怖くて、1人が怖くて、孤独に怯えて、暗くて、聞こえなくなって、見えなくなって、誰かが触れて、温かくて、また冷たくなって、眩しくて、眩しくて、その後は何も無くなった。
どうして、あそこにいたんだろうか。何かを探していて、杖だ。杖を隠されたからそれを探して、誰かと?ドラコだ。ドラコと一緒に行って………ドラコはどこ?
マダム・ポンフリーは何も言わない。ミセス・ノリスが鳴いた。部屋は静か、だんだん耳が聞こえるようになってきた。でもまだ声が出ない、そうか、何も言っていないからマダム・ポンフリーは何も言わないのか。ミセス・ノリスは猫だから鳴くのは当たり前、私は当たり前のことを一生懸命考えていたんだ。
コトン、顔の上に何かが落ちる。杖だ、私の杖、どこから? 上から。ミセス・ノリスと目が合う、この子が見つけてくれたんだ、お利口さんな猫。ミセス・ノリスはまた鳴いた、それかあくびかもしれない。
あー、あー、声が出る、自分の声も聞こえる。体はふわふわしていて重い。
最初にジニーが来た、そのあとすぐにハリーたちが来た、皆ちょっと泣いてる。もう平気って見せたくてベッドから降りようとしたけどマダム・ポンフリーに怒鳴られた。あとジニーが離してくれないから身動きが取れない。苦しいけど、好きな苦しいかも。
医務室の少しだけ空いた隙間からいろんな人が覗くのが見える。中にはあんまり好きじゃない人も沢山いるけど、その人達に向かって笑うと皆逃げていっちゃう。意地悪したわけじゃなのに。
そのあとはずっと暇だった。外に出てもいいか、って聞くと駄目ですって言われる。いつまでって言うと、明日の朝までって言われる。でもミセス・ノリスを見ているのはとても楽しい。走ったり丸まったり落ちたり登ったり寝たり起きたり。マダム・ポンフリーは猫が部屋にいるのは嫌みたい、時々外に連れて行く、でもまた戻ってくる、外に連れて行く、戻ってくる。
夜になって意外な人が来た、スネイプ先生は顔中傷だらけだった。どうしたのと聞いても答えてくれない。マダム・ポンフリーと何か話して、こっちへ来た。傷の犯人はミセス・ノリスだ、スネイプ先生の顔をひっかいた傷と初めの傷が同じだから。だから先生は離れた所から話しかけた。チュウイリョクサンマンだとかツエナシジュモンを覚えなさいだとかうるさい。先生の顔にまた傷が増えた、ミセス・ノリスがまた鳴く。
扉がゆっくりと開く、誰かがこっそりと入って来た。
………良かった、本当に良かった。ドラコだ、顔は傷だらけだけど、元気みたい。マグカップが2つ浮かんでいる。ココアの匂いと、コーヒーだ。あれ、なんでだろう。ドラコの顔が見られない、なんだか恥ずかしい。なんでだろう、なんでだろう、ドラコを見ると恥ずかしくなって心臓の音が大きくなる。なんでだろう。
「ルーナ、具合はどうだ。どんな感じだ」
「だ、大丈夫」
「ココアとコーヒー、どちらがいい」
「………うん、両方」
「そうか」
マグカップを受け取ろうとしたけど、腕に力が入らない。そのせいで真っ赤になった顔を隠すために布団をかぶる事も出来ない。どうしよう、困った。
「………まだ力が戻らないのか」
「うん、そう、そこに置いておいて、後で飲むから」
「せっかく持ってきたのに冷めると困る」
そう言って私の口にマグカップを当ててくる。ココアの甘い味が口いっぱいに流れ込んでくるけど、これは凄く恥ずかしい、あの時はこれが変な事だとは特に思っていなかったけど、これって凄く変。なんでかドラコの顔も凄く赤い。次はコーヒー、やっぱり苦い、苦いけど美味しい、好きな味。でもよく分からない、なんだか薄い、水みたい、ドラコに飲ませてもらっているせいかも、あ、ドラコがそっぽを向いた、耳まで赤い。そうだ、今度カブのイヤリングをあげよう。
ドラコが隣に座る、私は頑張って反対を向く、顔を見られない、ドラコの事は嫌いじゃないのになんでだろう。ハリーの顔は見られる、この前額の稲妻の傷を見たらちょっと嫌な顔をされた。でもドラコの顔を見るのは恥ずかしい。なんでだろう。
「………私はどれぐらい寝ていたの?」
「あの夜から朝を迎えて、それから3日だな」
「そんなに? ドラコは平気だったの? その、あの真っ黒な影。でも、あれは私の怖いものだし、ドラコは呪文も上手だろうから………」
「いや、結果としては僕も駄目だった。僕も己の恐怖に勝てなかった、すまない」
「なんで謝るの?」
「君を危険な目に合わせた」
「ドラコがそんな事を心配するなんて意外」
「僕は監督生だし、後輩を危険な目に合わせたんだ心配もするさ。そんなに意外なことか?」
「逃げても良かったのに」
「そしたら君、死んでいただろ」
………今の言葉はとても嬉しい、嬉しい理由は分からないけど、すごく嬉しい。でも”あれ“を見られたのは残念かな。あれって多分私も知らない私だから。
「君が孤独を恐れていたなんて驚いた」
知られちゃった、自分でも知らなかったのに。
「変だよね。いつも1人なのに独りが怖いなんて」
「誰でも同じだ、だから気にするな」
「………ドラコもやられたのなら誰が私達を助けてくれたのかな? なんか、凄く眩しかった」
「あー、多分その人はそれをあまり知られたくない」
「マルフォイ、これは私の普通の意見だが、英雄の子でさえ守護霊呪文を扱えるのに情けないとは思わないのかね、第一状況を把握する能力や柔軟な魔法の使い方がなっていないようだな。さらに言えば………」
スネイプ先生がなにか言い終わらないうちにミセス・ノリスが凄い速さで顔めがけて飛んでいってまた傷をつけた。マダム・ポンフリーが外に連れて行く。
「ルーナ、またボガートが現れたとき同じような物が君に対して現れると思うか?」
「どうだろう、多分違うと思う」
なぜか分からないけどそう思う。でもそしたら、今度は何になるのかな。
………この考えはよした方がいい。私の中の私がそう言っている。
「そういえば、ドラコって私の事ルーナと呼んでいたっけ? 前はラブグッドだったのに」
「君だって僕の事をドラコと呼ぶだろう」
なんだか納得がいかないな。でも、私をルーナって呼んでくれる人が増えて嬉しい。
「そろそろ寝ろ、もう遅い時間だ」
「どこへ行くの?」
「いつもの通り見回りだ」
「頑張ってね」
ドラコは返事をしないけど耳が赤い、黙って部屋を出ていった。スネイプ先生は自分の顔を指差して傷の手当をしろとマダム・ポンフリーに文句を言ってる。
私は凄く眠い。出来れば3日後じゃなくて明日の朝に起きられるといいな。
ミセス・ノリスがまた鳴いた。