反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど 作:コロリエル
ってな訳で、約一年ぶりの更新です。
可愛らしい雰囲気の雑貨屋の店内。そもそものターゲットが若い女性なのだろう、店内の商品も女の子が好んで使いそうな可愛らしい小物やコスメ商品が所狭しと並べられており、男性客の姿は見たところ俺しかいない。
普通なら、少しだけ居心地の悪さを感じていたのだろう。というかそもそも、蘭とのデートは基本的に家だし、外に出たとしてもこんな店には蘭はあまり近付かない。
にもかかわらず、蘭や俺が店内に入っているのは、気になる商品を探しているから……ではない。
「羽沢さん。これ、羽沢さんが使われているハンドクリームでしたよね?」
「は、はいっ! よく分かりましたね?」
「ふふっ、以前たまたまつぐみさんが使っているところを見ただけです」
「そ、そうでしたか……私、普段から水回りの作業とかするので、ハンドクリームが手放せないんですよ。今はこれがお気に入りですね」
あそこでイチャイチャしやがっている大切な幼馴染と、彼女が想いを寄せている相手の女子のデートを尾行するためだ。
二手に分かれて物陰からちらり、と二人の様子を眺める俺と四人の幼馴染。皆が皆何時ぞやの感染症騒動の時のようにマスクを付け、蘭と巴はサングラスを、モカとひまりは目立つ髪色を隠すために帽子を深くかぶり、俺は蘭の眼鏡を借りていた。
彩さんみたいなド下手くそな変装ではない、中々自然な変装だ。今なら心の怪盗団になれそうだ。
……いや待て、心を奪っているのは、あそこにいるメトロノームではないか? つぐみの心を奪っているという意味では、彼女は紛れもなく心の怪盗……!
「紗夜さんは、心の怪盗団だった……?」
「何変なこと言ってるの」
名探偵並みの俺の推理は、恋人に華麗に一蹴されてしまった。相変わらず厳しいところはとことん厳しいっすね美竹さん。そんなところも大好きだけどさ。
しかし、そんな俺と蘭の距離位すぐ側に立っている氷川紗夜。前々から思ってたんだけど、あなたうちのつぐの前ではあんまりとげとげしないですよね? なんかもう少女漫画の王子様キャラみたいなキラキラ見えるんだけど。
その証拠に、うちのつぐはそんな雰囲気を醸し出している紗夜さんに完全に目を奪われていた。完全に少女漫画だあれ。
「……さ、紗夜さんはどんなハンドクリームを使ってるんですか?」
見惚れていた彼女が、止まっていた会話を転がそうと口を開く。今日の彼女は俺と蘭、更にはリサさんの力も借りて完璧に仕上げてきた。肌寒くなってきたので黒いセーターに、店の制服を連想させる配色がなされたチェック柄のジャンスカと割とシンプルにまとめた。親父に頼み込んで早朝に髪を軽くセットしてもらい、ほんのりとメイクも施してくれた。親父そんなことも出来たのね。
つぐは自分のことをやれ普通だの特徴が無いとか言うが、つぐは十二分に可愛いし、ちょっと着飾れば十人中十人振り返らせるようなポテンシャルを持っている。事実、ここに来るまで道行く人が何人かつぐの事を目で追っていた。
しかし、今日のつぐは目の前の彼女のために、頑張っておしゃれをしたのだ。
恋する女の子は、誰だってシンデレラだ。
「特にこれといったこだわりも無いのですが……羽沢さんのおすすめですし、これにしましょうか」
「へっ……」
そして、彼女はつぐにとっては王子様のようなものだろう。
先程から、紗夜さんの立ち回りはつぐを喜ばせるためにやっているのではないかと疑うほどで、事実つぐは傍から見ても頬が上気し、確かな喜びを感じていることは明らかだった。
この女、できる。後で教えてもらお。
「っ!!」
「蘭っ、落ち着け! 剣山は不味いって!」
「だって! あんな事されたら女の子は誰でも落ちちゃうものなんだって! あたしも亮からお揃いのペンもらったのすっごい嬉しかったから分かる!!」
「お前が俺のこと大好きなのは分かったから一回落ち着けっ!今刺したら捕まるって!」
惚けたつぐを見て、アフグロ内でもトップクラスにつぐを過保護に守っている蘭が剣山片手に飛び出ようとした。俺は背後から蘭のことを抱きとめ、必死の説得を試みる。あ、今日の蘭いいにおいする。久しぶりに皆と出かけるから、気合入れたのかな?
なんて下心丸だしな事を考えながらでも、蘭の事を押さえるのは実は容易。やはり男女の体力差というのはかなりの差がある。ん? 弦巻こころ? 北沢はぐみ? 奥沢美咲? ……あの曲芸集団のことは忘れてくれ。
「っ!!」
「巴、落ち着いて! バチは不味いって!」
別の場所からつぐのことを眺めていた巴も、今のはかなり堪えたらしい。必死に止めるひまりの声が聞こえてきた。落ち着けおまいら、バレるぞ。
「……えっと、ほ、他のハンドクリームも見てみませんか? ほ、ほら! これなんてクラスの女の子たちもよく使ってるものですし!」
しかし、つぐには俺たちの声は聞こえていないようで、必死に紗夜さんにほかのハンドクリームを勧めようと、棚に陳列されているハンドクリームの棚に手を伸ばす。
……大方、『紗夜さんとお揃いなんて恐れ多い』とか思ってるんだろうな。つぐの奴、自分に対する評価がかわいそうなほど低い。そのせいで普段からツグっちゃう癖がついてしまい、何回かそれでひどい目にも遭ってきたにも拘らず。
さぁどう出る氷川紗夜。返答如何によっては、貴様の墓場はここである。
「……正直に申し上げますと、私は、つぐみさんと同じものがいいと、思っています。もちろん、羽沢さんが嫌でなければ、ですが」
先ほどまでと比べて、言葉をひとつひとつ丁寧に選んでいるのだろうか。はきはきとした物言いは鳴りを潜め、眉を下げ目を細め、自身が無さそうにつぐの顔を覗き込む。
──怖いよな。相手の深いところに入り込むのは。相手の真意を問おうとするのは。相手と心を繋ぐのは。
半年前、厳しい寒さの公園で蘭に想いを告げた時のことを思い出す。あれより怖かったことなんて、蘭の親父さんに交際の報告をしたときぐらいしかない。
今、彼女はそんな恐怖の一端を味わっているのだろう。どんな感情から来た行動であれ、つぐに近付きたい、という想いに違いない。
既視感を覚えた俺は、落ち着いてきた蘭を宥めつつ二人の行く末を見守る。つぐ。紗夜さんはきちんと伝えたぞ。
「……嫌じゃ、ないです。でも……本当に、いいんですか?」
「勿論」
つぐも、一歩踏み出して見せた。物理的にも一歩、精神的にも一歩。
幼馴染の俺たちですら、家族相手にすら自分の気持ちを押し殺してしまい、蘭とは違う意味で素直になれないつぐが。
あんなに必死そうに、あんなに不安そうに。
あんなに──嬉しそうに、笑って。
「……なぁ、蘭、ちょっと泣く」
「……あたしも、ごめん」
メガネを取り、上を見上げる俺。サングラスを外し、黙って俯く蘭。
喜びなのだろう。長い付き合いの親友の成長を間近で見たことによる嬉しさ。
寂しさなのだろう。それのきっかけが俺たちではなかったことによる悲しさ。
本当に、本当に紗夜さんのことが好きなんだな、つぐ。
大切な幼馴染の成長を目の当たりにした俺達……この時、別の場所で見ていた残りの三人。
合わせて五人、そんなつぐの様子を見て感極まってしまい、店員や他のお客さんから怪訝な目で見られる羽目になるのであっま。
「…………」
「紗夜さん? どうされました?」
「いえ、なんでもありませんよ」
だから、紗夜さんが俺たちの方に目を向けていることに、全く気づかなかった。
ご閲覧ありがとうございます。こんな世の中だからどこかに遊びに行くなんてことも無く、デートってなんだっけと思いながら書きました。次は大丈夫かなぁ。
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それでは、また次回。