Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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12 ブレーズ・ザビニ

 

 

 試験で出されるであろう魔法薬の実技練習をするために、シャルルは1人で教室に赴いていた。イースター休暇はもう半ばを過ぎ、大体の課題も終わりそうだったが、魔法薬学だけは後回しにしていたのだ。

 シャルルは魔法薬学の実技が得意ではなかった。

 おできを治す薬、忘れ薬、肩こり解消薬、髪伸び薬……候補はこのあたりだろう。試験が6月末であることを考えると材料の手に入りやすい忘れ薬か髪伸び薬、さらに習った時期と手順の複雑さを考慮すると忘れ薬が本命ではないかとシャルルは当たりをつけていた。

 

 棚から必要な材料を取り出し準備を始める。

 魔法薬学教室の材料棚の一部は学生の自主的な調合のために開かれ、使用記録を残せば自由に消費することが許されていた。最も、自主的にスネイプの庭であるこの教室に、休み時間にまで足を運ぶ生徒はほぼいなかったが……。

 

「あら?」

 シャルルは頬に手を当て首を傾げた。

「忘却の川の水がない……」

 リストを確認すると、まだ小瓶に少量は残っているはずの水が無くなっていた。これはただの水ではなかった。人の管理から外れた山に流れる、魔力を含んだ川の水であり、人の感情や頭脳に関する影響を与える材料だ。

「ヤドリギの実も数が少ないわ」

 怪訝に思い、シャルルは棚の左端から簡単に確認していくと、軽く調べただけでもトモシリソウや黄金虫の目玉、満月草やドクシーの毒液などが少量ずつ、あるいは大胆に減っている様子だった。

 

「……」

 

 少し考え、運がいいわ、と思った。

 このまま帰っても良かったが、報告すれば良い点数稼ぎになるし、ちょうどセブルス・スネイプと話す時間が欲しかった。

 

 スネイプの私室は教壇の奥の扉と地続きになっている。重厚な木の扉は、スネイプの心のようにギッチリと隙間なく、神経質に締め切られていた。

 コン、コン、コン。控えめにノックして佇んでいると、低い声で「……誰だ」と返事があった。

「スリザリン1年のシャルル・スチュアートです。スネイプ教授にお話したいことがあって」

「入って来たまえ」

「し、失礼します」

 スネイプの私室に通されるのは初めてだった。彼がこちらに出てくると思っていたので、シャルルはちょっと緊張しながら重い扉を開けて恐る恐る体を滑り込ませた。ギイイ……と軋む音が響く。

 

 研究室の中は、ランプが付いているというのに薄暗かった。光は石壁に吸い込まれるかのように重く、部屋の隅まで届いていなかった。

 思ったより広い部屋だったけれども、部屋全体を覆う高い棚や机や調合台によって威圧的な窮屈さを与えていた。

「少し待っていろ。そこに椅子がある」

「はい、スネイプ教授」

 扉のすぐ側に古い丸椅子があった。所在なさげに座り、興味深く部屋の中を見回した。

 ラベルが貼られ几帳面に並べられた瓶が棚に並び、乾燥した薬草や魔法植物が壁に吊り下げてある。部屋の中央に作業台があり液体がこびりついている古い真鍮の鍋が置いてあった。机の上の小瓶には無色透明な液体が入っている。

 あれを作っていたところだったのかしら。

 無色透明の魔法薬は少ない。あれこれ顔を動かして、ソワソワと部屋の中を検分するシャルルに、スネイプが眉の皺を深める。

 

 瓶にラベルを貼り、何らかの布で包んだセブルスは手早く瓶を懐にしまい、シャルルを陰鬱な眼でじっと見た。

「それで、話とはなんだね。手短に済ませるよう」

「はい。実は教室の材料棚の中身がリストの数と合わないことに気付いたんです」

 シャルルは眉を下げて、優等生の声を出した。「……なんだと?」スネイプが不可解な顔をし、すぐに表情を険しく変えた。

「昨夜のチェックでは異常がなかったが……。もう少し詳細に話せ」

「はい、先程忘れ薬を作ろうとしたのですが、忘却の川の水が無くなっていることに気付き、リストとズレているので軽く棚の中身を点検したんです。すると、数種類の材料が大きく減っていて、他にも色々とさりげなく減っているように感じられたのでスネイプ教授のところに来た次第です。わたしがこの教室に来たのは20分前で、誰もいませんでした。地下回廊で他の寮生に会うこともありませんでした」

「ほう……」

 その報告はスネイプの満足行くものだったらしく、軽く頷いた。彼は立ち上がって鷲鼻を指で軽く揉んだ。

 

「教室を施錠し材料の点検をする。実技練習は明日にしなさい」

「はい、教授」

 彼の後を追いかけて部屋を去る際、ふっと奥の本棚に目が行った。なにもかもが古く薄汚れたような部屋の中で、磨かれた花瓶と、真っ白な一輪の百合が酷く浮いて見えた。

 

 

 棚の前で立つスネイプの横にシャルルが並ぶとスネイプが奇妙な表情で見下ろした。

「スネイプ教授、わたしもお手伝いします」

 シャルルがニコッと見上げると、スネイプは「良い心がけだ。スリザリンに5点を加点しよう」と唇を歪めた。

 

 棚を両端から確認すると、棚にある数十種類の材料のうち、12種類もの材料が足りていなかった。スネイプが持つ材料のうちほんの僅かしかここに置いていないとは言え、非常に問題であることは間違いなかった。

 スネイプはこれが窃盗だと確信しているようだった。

「誤魔化そうとしているが私には分かる……奴らめ、混乱薬、あるいはフロッグポワゾン液を作ろうとしているな……」

 忌々しそうにブツブツ呟いてこめかみを神経質にトントンと指先で叩いた。シャルルは彼の一人称が変わっていることに気付き、こちらが本当の彼の自意識なのだろうと思った。

 我輩というある意味で尊大な言い方はある種の威圧感を与えるものなのかもしれない。

 スネイプは犯人を断定してるような口調であり、シャルルも候補は何人か浮かんだが、そのいずれもが赤いローブを纏う生徒だった。

 

「罰則を与えることは出来ないのですか?」

「出来ぬ。証拠がない。瓶に残る痕跡を追おうにも、不特定多数の人間が触っているのだ、現実的ではない」

 突き放すようにスネイプは言った。

「犯人を見つけた暁には生まれてきたことを後悔することになるだろう……」

 目を細めたスネイプの怒気はシャルルですら悪寒が走るほどだった。スネイプ相手に窃盗を働くだなんて、その生徒には本当に尊敬を抱かざるを得ない。

 

 しばらく沈黙が流れた。

 スネイプは振り替えってシャルルに寮に戻るように命じた。

「調合の準備が整ったら声をかける。今日は帰りたまえ。スチュアート、実に有効な発見をしてくれた」

「はい。ええと、スネイプ教授……その……」

 シャルルは唇を舐め、躊躇いがちに言葉を迷わせた。その様子に彼が片眉を上げる。

「何かね?」

 実に不機嫌なスネイプに、今の彼にはどうでも良いことであろう話題を振るのは躊躇われたが、彼と話をする機会は非常に少ない。シャルルは自分の髪を無意識にひとふさ掬ってサッと撫でた。

「その……わたしの両親についてなのですが」

「両親?」

「はい。スネイプ教授にとてもお世話になったと言っていたものですから、お話をお伺いしてみたいと思っていたんです」

「それは今でなくてはならないのかね?」

「いえ、その……」

 にべもない返事にシャルルはやっぱりダメか、と内心肩を落とした。

「すみません、大丈夫です。お時間ある時にでもお話していただけたら嬉しいです、スネイプ教授」

 綺麗な微笑みを浮かべ去ろうとしたシャルルをスネイプが呼び止めた。

「座りなさい。少しなら時間が取れる」

「本当ですか?」

 顔を輝かせて椅子に座る。スネイプものろのろと腰をかけた。一体どういう心境の変化だろう。

「それで何を聞きたいのだ?」

 

 スネイプは無表情だったが、その瞳に何かを探る色を感じ取った。

「大したことではないのですが、両親とスネイプ教授の関係や思い出など……その、聞いてみたくて。わたし初めて知ったんです。昔親しかったことを。両親もスネイプ教授が教職をしてらっしゃることを驚いていました」

「そうだろうな。卒業してから音信は途絶えていた」

 不安そうな顔を浮かべたシャルルにスネイプは言葉を付け足した。

「我輩はほぼ全ての人間と音信が途絶えていた。誰かと密に手紙を送り合う人間に見えるかね?」

「ああ……」

 大変失礼なことにシャルルは納得の声を漏らした。スネイプが鼻を鳴らす。

 

「思い出話なら両親に聞けばよかろう。本当は何を知りたいのだ?」

 見透かした言葉にドキッとして苦笑いをした。これを聞いてもいいのかしら。両親に伝わってしまうかしら。

「わたしの両親には親友がいたのですよね?」

 スネイプは予想していたように目をスっと細めた。それが何故か尋問されているように感じられ、居心地が悪くて視線を落とす。

「たまに話題に出るのですが、あんまり話したくないみたいなんです。両親の話しぶりからすると、たぶん、もう……。だから両親に直接聞くのは少し躊躇ってしまって」

「…………」

 しばしの沈黙の末に教授は口を開いた。

「ヨシュア・スチュアートとその生徒は大変に優秀だった。常に試験では首位を争っていた」

「まあ。お父様はそんなに優秀だったのですね。誇らしいです」

「ヨシュアは活発で活動的だった。反対にもう1人はもの静かで冷静だった。我輩の性質に合うのはもう1人だったが、気付けばヨシュアにも付き纏われるようになっていた」

「もう1人のお名前は……?」

「何故知りたがる?ヨシュアに聞けばすぐに分かるであろう。ダスティン、いや、ミセス・スチュアートとも関わりが深かった」

 切り捨てる言い方にシャルルはむしろ、言いづらそうな意識を感じ取った。スネイプの目を覗き込んでも、その瞳は黒々として何も読めない。むしろシャルルの頭を見抜こうとしているように感じ、シャルルはサッと俯いた。

「はい、今度聞いてみます。スネイプ教授、お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」

 綺麗に微笑んで優雅に立ち上がる。

「両親の学生時代の話を聞くのは新鮮で楽しかったです。特にお父様が活発だなんて……。ふふっ。良かったらまたお話を伺ってもよろしいですか?」

「……」

 苦々しそうだったがスネイプは僅かに顎を動かしたように見えた。やっぱり彼はスリザリン生には優しい。それとも後輩の娘だから?それとも何かを確かめようとしているから?

「ありがとうございました。犯人、見つかると良いですね」

 そう言ってシャルルは魔法薬学室を後にした。

 両親が隠そうとしている何かをスネイプも知っている。

 

 

 

 レギュラス・ブラック。

 両親が7年生の時の首席であり、両親の代の監督生を務めていた男子生徒の名前。

 シャルルは独自に調査を進めていた。図書室には歴代の監督生達が纏めた資料が、スリザリン寮のプリーフェクト・ルーム(監督生用の部屋)には監督生達や教授たちが残してきた手記や記録などが、そしてトロフィールームには過去の生徒たちの栄光の記録が残っている。

 スリザリンは栄光や功績を好み、正しく評価を得ることを望む。

 先人たちは毎年各学年の首席、監督生、試験首位者、功績者の名を残していた。

 

 父であるヨシュア・スチュアートは、彼が2年生、3年生、6年生の時試験での首位を取っていた。その他の学年はレギュラス・ブラックの名があった。

 彼はスリザリンチームのシーカーでもあり、ヨシュアはチェイサーだった。レギュラスがシーカーに入ってからのスリザリンチームは毎年優勝か準優勝を飾っている。才能ある輝かしい魔法使いだったようだ。

 

 ──両親は何故彼を隠すのだろう。

 

 彼が死んでいるから触れたくないという、傷を庇う意識とはなにか別のものがあるような気がする。

 シャルルは鈍感ではなかった。無関心なだけであって、他人の機微に関しては生まれながらの鋭さを持っていた。他人の内面を暴くことに長けていた。両親だけでなくセブルス・スネイプまでもが、レギュラス・ブラックについて深く言及することを避けている。

 

 図書室から借りてきた『魔法族の興亡と発展』『近大魔法界における有力な家系』『現代の著名な魔法使い』『かつて全てを統べていた 〜ブラック家の滅び〜』を猫足の厳かな石机に積み上げて、暖炉の前を陣取り読み漁っているシャルルに誰かが近寄ってくる気配がした。

 

「難しい顔だな、ミス・サファイア」

 気取った声が背後から聞こえた。

 顔を見なくても誰が話しかけて来たか分かる。

 ゆっくり顔を向けると唇を美しく釣り上げたザビニが、気だるく立って彼女を見つめている。立っているだけでもシンプルにキマるのは彼の利点だ。シャルルをその瞳になぞらえてサファイアと呼ぶのは彼だけだった。

 

「良かったら気分転換に、以前約束したデートでもどう?」

 ニコッとウインクが飛んでくる。カッコいいのにどことなくおどけた仕草に、呆れて気が緩み、笑みを零した。

「やっぱり笑ってる方が素敵だ」

「あなたは喋らないほうが素敵よ」

「こりゃ手厳しいや。お望み通り黙ってエスコートするよ」

 ザビニは肩を竦めて、自信のある笑みで手のひらを差し出してきた。シャルルは手を見つめ、彼の瞳を見上げた。

 ザビニは無言で眉毛をクイッと動かし、釣り上げた唇の角度を高めた。本を閉じて彼の手を取り、「レイジー!この本をわたしの机の上に置いておいて」と言うと、後ろから「かしこまりました」といつもの暗い彼女の声が追いかけてきた。

 

「それで、どこに連れていくつもり?」

「ロマンチックな場所さ」

 キザに髪を軽くかき乱す。湖?天文台?大広間?北塔の絵画の間?脳裏に様々な場所が思い浮かんだが、まだよく知らない男の子と2人でロマンチックに過ごすことへの喜びを見出していなかったので曖昧に微笑んだ。

 シャルルは知的なことや利益のあることが好きだった。ロマンチックな喜びは友人が与えてくれる。

「俺は蛇の精神を理解しているつもりだよ、君を楽しませると約束しよう」

 自信に満ちた言い方でザビニが笑い、組んだ腕を少し引き寄せ、2人の距離が縮まった。シャルルの髪がさらりとザビニの肩を撫でた。

 トレイシーといいザビニといい、スリザリン的な要素を満たした人間はこうも鋭いのかと感心し、同時に自分の分かりやすさに少し恥ずかしくなった。シャルルは自分が微笑みという仮面を常に完璧に被り制御しているという自負があったが、その自負は改めなければならないようだ。もっと訓練が必要だわ、と思った。

 

 

 ザビニが連れてきたのは花畑だった。

 温室から少し離れたところにある、ハッフルパフ寮監のスプラウト教授が管理する花畑は、色とりどりの花を咲かせ始め、4月上旬の爽やかな風がそよいでいる美しい場所だ。

 薬草学の教室や呪文学の教室から見渡す何も無い広い花畑は美しさと自由の象徴のようであり、たまに教室に入る風が授業を清々しくさせるよく知る場所だった。

 なんの魔法的要素のない普通の植物に交じって比較的安易に育てられる薬草などが群生し、目を楽しませる花畑はデートスポットとして人気である。もう少し暖かくなれば色々な寮生が軽いピクニックとして訪れることもある。

「綺麗ね」

 髪を押さえながらシャルルは目を細めた。

 風が柔らかく頬を撫でていく。初春の少し甘い香りがスーッと鼻を抜けていく。

「触れても?」

 ザビニが優しく言った。微笑んで僅かに頷くと、地面から黄色と白と桃色の花を摘んで、ザビニはそっとシャルルの髪を耳にかけ、花を差した。絹のような美しい黒髪に明るい花の色がよく映えた。

「妖精みたいだ。君がいるだけで蕾が花開くような気持ちになるよ」

 シャルルは面映ゆそうにはにかんだ。

 完璧にロマンチックな展開だった。ザビニの求める反応を返しながら、ここからどう挽回するのかしら、とシャルルは内心で推し量っていた。

 

 数秒見つめあって、ザビニはシャルルの手をそっと握った。そして杖を構えて何も無い空間を見た。

 何をするつもり?

 シャルルは怪訝さを表情には浮かべず、気品よく首を傾げた。ザビニは杖を振って何事かの呪文を唱えた。

「────」

 その言葉は意味のある単語として響くことはなく、聞こえているのに理解できない音として、あるいは空気の振動として耳をすり抜けていった。それを問おうとして口を開き、シャルルは目の前の光景にそのまま言葉を失った。

 

 そこには小屋があった。

 

 こじんまりとして少人数しか入れなさそうな、古くなった白いログハウスが包み込むような温かな雰囲気を醸し出しながら堂々とそこに建立していた。壁に蔦が巻き付き、白い花が咲き、屋根は明るい緑色のもこもことした立体的な苔状の植物で覆われ、ピンクの花がついていた。

 丸いドアと丸い窓が可愛らしく、ドアの前にはログハウスと同じく白いチェアとテーブルがいくつか置いてあった。

 シャルルは口を開き、閉じて、また開いて唇を舐めて、ゆっくり言葉を呟いた。

「こ……ここは?」

 あまりにも動揺を隠せていない間抜けな声に自分を殴りたくなった。ザビニが得意げに白い歯を見せる。

「薬草学クラブのハウスだ」

「薬草学クラブのハウス?」

 オウム返しして、いくつかの疑問が湧き上がりシャルルはようやく混乱から立ち直り始めた。薬草学クラブがあったなんて知らなかった。誰もそれの話をしているのを聞いたことがないし、隠されたログハウスの話も聞いたことがない。花畑の話題でこの場所が話題に出たことは全くない。噂すら聞いたことがない。

 ザビニは答えず、シャルルの腰に手を回して軽く押し出した。今までで1番距離が近く、馴れ馴れしい態度だったがシャルルはゆっくりと彼について歩き出した。

 

 ドアを開けると眩しい光が瞳を照らした。ハウスの壁には大きな窓がいくつもあり、明るい日差しが差し込み、奥の机や棚に様々な植物が飾り付けられ鉢植えがたくさん置いてある。奥の方には大きな作業台があり、手前の方には外にあったのと同じテーブルやチェアが並べられ、数人の生徒が入ってきた2人をチラッと見て笑顔を浮かべた。

 セドリック・ディゴリーとチョウ・チャンが作業台で土や鉢を弄っていて、ディゴリーが親しげにシャルルに手を振り、窓際の席に座ってお茶を楽しんでいた名前の知らない誰か達はまた会話に戻っていった。

 ザビニは慣れた様子で空いている1つの席に座った。

「気に入ってくれたかな?」

 謙虚な表情でシャルルの機嫌を伺うようにザビニは言ったが、その口調は確信的だった。

 

 問いただしたいことは多々あったが、シャルルは出来るだけ理性的に振る舞おうと余裕を持って言った。

「あなたが薬草学クラブに入るほど勤勉だとは知らなかった」

 くすくす笑うとザビニは肩を竦めた。

「まさか。あんな退屈な授業俺は興味無いさ」

 ニヒルにそう言い、テーブルの呼び鈴をチリリンと鳴らした。

「お呼びでしょうか、坊っちゃま!」

 パシッ。短い音がしてキーキー声が響いた。薄汚れた肌、みすぼらしい服、異常に腰の低い態度にぎょろぎょろした瞳。ハウスエルフだ。

 これ以上驚くことはないと思っていたのにそれを容易く更新され、シャルルは苦労して冷静さを保ちながらハウスエルフとザビニを交互に見た。

「ドミナティーとスコーンを2人分。ジャムとクロテッドクリームをたっぷりつけてくれ」

「はい、ヴィリーはお2人のために今すぐお持ちします!」

 ニコニコ甲高く喋ってまた短い音を立ててハウスエルフはその場から消えた。

 

「……」

 シャルルは今度こそ沈黙した。

 優雅に欲しい情報を会話をしながら集めるのは大変遠回しに思え、今すぐザビニを問いただしたい衝動としばらく戦い、それを諦めた。好奇心で瞳をきらきらさせてシャルルは少し前のめりになった。

「ここは何?どうやって知ったの?どうしてハウスエルフが?呪文を知れば入れるの?」

「ハハッ。まあ落ち着けよ、ミス・サファイア」

 嬉しそうに笑ってザビニは余裕の態度でシャルルを宥めた。完全にザビニが勝利していた。しかしそんなことはシャルルにはどうでもよかった。ハウスエルフはシャルルがホグワーツで最も駒にしたい生き物だ。彼らは従順で便利で友好的だ。でもホグワーツの厨房の場所をシャルルは知らないし、生徒の前にも姿を現さない生き物なのだ。

「ひとつひとつ答えるよ。他ならぬ君の頼みだから」

 もったいぶって髪を弄るザビニは得意げな色を隠しきれていなかった。

 

「でもそうだな、その前にティータイムを楽しまないか?」

 いつの間にかテーブルにはスコーンとティーカップが置いてあった。

 

*

 

 ドミナティーは精神を抑制させる効果があり、香り立つ赤紫の液体が喉を滑り落ちていく。

 逸る気持ちを落ち着かせ、シャルルはザビニとたわいない雑談に興じた。授業の話とか、グリフィンドールの悪口とか、だれそれのウワサ話だとか……。

 シャルルはふと、あることを聞くのに彼は適任ではないかと思いついた。

「マルフォイ家、ノット家、クラッブ家、カロー家……彼らとパーキンソン家やグリーングラス家の違いはなんだと思う?」

「え?」

 スコーンを切り分け、ザビニは不可解な表情を浮かべた。

「深い意味は無いけれど少し規則性を探しているの。マルフォイ家とディゴリー家、あるいはノット家とパーキンソン家、差異はなんなのかしら」

 これは両親との会話を思い出し、微細な反応を分けて結論づけたシャルルの仮定だった。両親は純血家系を酷く重んじながらも、同時に前者の家系に対して警戒心を抱いているという観察結果を得たが、この違いがわからなかった。

 パーティーにも最近ようやく出るようになったばかりで、所詮両親からの教育や本でしか知識を得ていないから、自分とは違う視点での意見を聞いてみたかった。

「うーん?聖28族というわけではなさそうだし、スリザリンとそれ以外でもなさそうだ。なぜそんなことを?」

「知的好奇心に駆られて」

 冗談めかしてレイブンクロー的な答えを口にするとザビニがニヤっと笑った。そして空中に視線を漂わせ少し真剣な顔をした。

「差異なんてあるか?旧家かどうかでもない、富でもないな……他の寮の出身者……他校の卒業者……。悪いけど思いつかない」

「いいの、面白い視点を得られたわ」

「それは何よりだけど、役に立てた気があまりしないな」

「あなたは十分わたしに恩恵を与えてくれたわ」

 そう言ってドミナティーを一口飲むと正しく意思が伝わったらしく、ザビニがきらきらした笑みで頷いた。

 

 そしてザビニが一泊おいて、とうとう本題に踏み込み始めた。

「ここは薬草学クラブのログハウスで、代々教授が管理しているらしい。ハッフルパフ寮が厨房のすぐ側にあるのを知ってるか?」

 シャルルは落ち着いていた心臓がまたドキドキし始めるのを感じた。

「いいえ……厨房が地下にあるということしか知らなかったわ」

「俺も入り方はまだ教えてもらってないけど、ハッフルパフ生はみんな行き方を知ってる。そしてハウスエルフと最も距離が近いスプラウトがここにも奴らが派遣するよう采配してるんだ。ここは呪文を知ってる奴だけが入れる。そしてログハウスで過ごす仲間が出来るだけ居心地の良い時間を過ごせるように整えられてる。喫茶店風なのもそうさ。学生生活の合間に休憩できるように整えられてるんだ」

「本当に素敵な場所……」

 シャルルは首をくるりと見回した。白と淡いブラウンと柔らかな黄色で統一された空間は確かにハッフルパフ的な優しさと温かさがあった。

 壁に吊り下げられている植物が貴重な魔法植物、サラムであることに気付いて舌を巻いた。まったく常識の範囲外にある空間で心が踊る。

「今日わたしはこの場所を知れたわ。ザビニ、あなたのおかげで……。疲れたとき、ここにまた来れたらいいのに」

「喜んでもらえて嬉しいよ。でも、残念ながら呪文を知らない人間は1人では来れない。そして基本的には薬草学クラブの仲間にしか呪文は明かされない。ハッフルパフは秘めることで守るということをかなりの精度でやってのける寮だ」

 落ちこぼれの寮だと思われがちだが、ハッフルパフは1000年もの間侵入者を許さず、また仲間を守るためにお互いが成すべきことを理解し、手を取り合うことの出来る集団的な寮だ。

 ザビニは少し言葉を溜めた。

 

「でも例外はある。クラブのメンバーは信頼出来る3人までの人間に呪文を教えることが許されてる。たった3人だけだ。そしてクラブに入っていない人間は呪文を他人には教えられないんだ。魔法的な制約が込められた呪文さ、だから俺が君に教えることは出来ない」

 それを聞いてシャルルはあからさまに肩を落とした。これは駆け引きではなく本心から出た反応だった。

 たしかにこんなに素晴らしい場所を誰彼構わず教えたら、一気に秘密は失われてしまうに違いない。入る時に呪文が耳をすり抜けていったのも魔法の効果だったのだろう。

 でも本当にもったいないわ。

 プライヴァシーのないホグワーツでひとりの時間を優雅に過ごせそうな場所は、ここ以外にないのに……。

「また君をここに連れて来る栄誉を俺はいつでも待っているけど?」

 シャルルは僅かに上唇をツンとした。

 ザビニをかなり見直したのは間違いないけれど、こうも浮かれられると少し気に食わない。

 

「機会があったらお願いするわ」

 微笑みながらもツンと言ったが、ザビニはニヤニヤ笑っていた。

「誰に教えてもらったの?」

「2人目の恋人だよ」

 なんでもないことのように言った。ザビニは今3人の女性と付き合っていた。シャルルが把握している限りでは、今でも相手が変わっていないならスリザリンの上級生、レイブンクローの同級生、ハッフルパフの上級生だった。誰が何人目の彼女かは知らないが恐らくハッフルパフの上級生だろう。

「あなたもけっこう顔が広いよね。でも、そんなに厳密に秘められていたのに、よく呪文を教えてもらえたわね」

「信頼されることの簡単さは君もよく知ってるだろ?」

「少しだけね」

「でも君のやり方は少し時間がかかりすぎると俺は思うね。人は何かに夢中になると、驚くほど愚かになる。俺にはシャルルのやり方は向いてない」

 口では褒めながらも、その瞳は高慢な光を帯びていた。

 それを侮辱だとは思わなかった。シャルルは魔法族と時間をかけて信頼と友情を深めるのが賢明な方法だと思っているが、ザビニのやり方が効果的なのは一目瞭然だった。

 事実、全ての寮の純血魔法族と関わりがあり、大体は友人と言える関係になれたと思うが、それでもシャルルはこの場所を知らない。秘密を打ち明けてもらえる存在になるのはとても時間がかかるし、時間をかけるべきだ。

 上級生からまだ1年も立っていないのに、信頼を得て、夢中にさせて秘密を握るザビニはかなり魅力的で有能な男の子に感じた。

 

 彼が欲しい……。

 心の奥底の冷たい部分が囁いた。

 彼は、シャルルの良き「人生の家庭教師」になりうる。効果的で短期的な手段として「恋愛」を操るザビニはシャルルにとって得がたい人物だ。

 シャルルの知る中でここまで実績を出したスリザリン生を他に知らない。

 マルフォイやノットは家柄で信頼を勝ち取っている。パンジーとダフネは恋に振り回されている。ザビニは恋を利用して他人を操っている。

「ザビニ……」

 シャルルは囁いて彼の手にそっと指先を絡めた。シャルルからザビニに触れるのは初めてだった。彼の指先が僅かに震え、彼は目を細めた。

「わたしにあなたのやり方を教えてくれないかしら?」

 きゅうっと絡めた手に力を込めると、ザビニはシャルルの手のひらを持ち上げてキスを落とした。

「喜んで、ミス・サファイア。俺たちは特別な関係になれる」

 シャルルはくすぐったくて身を捩った。ザビニの頬がほんの僅かに期待と達成感で上気しているように見える。ノットの忠告が頭をよぎったが、目の前の利益と秤にかけ、シャルルは彼と関わりを維持することを選んだ。

 シャルルとザビニは意味ありげにしばらく見つめ合っていた……。

 

 

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