Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜 作:しらなぎ
イースターが終わるとスリザリン寮は目に見えてピリピリとした雰囲気が流れ始めた。特に上級生はO.W.L.やN.E.W.T.の試験が迫り始めている。
監督生のジェマ・ファーレイはことあるごとに下級生にも檄を飛ばした。
「全員が一致団結して事に当たらなければ、7年連続寮杯獲得という輝かしい栄光は掴めないのよ。今まで以上に邁進して、研鑽して、点をもぎ取りなさい。もし、万が一、スリザリンの足を引っ張る人がいたら…………」
ファーレイは低い声で「フフッ」と笑った。1、2年生は震え上がって声を揃えて返事をした。
もう1人の監督生のシーザー・ジェニアスが「もういいだろ」と呆れ声で彼女を引っ張っていく。
「ファーレイとスネイプの機嫌を損ないたくなきゃ、お前たちも蛇として自覚ある行動を取れよ。最近杯の砂の増え方が鈍ってる」
なぜ俺がこんなことを言わなきゃならないんだ?とブツブツ言いながら監督生たちはいなくなった。完全にジェニアスが世話役になっているようだった。
張り詰めていた糸が緩む。普段下級生を脅迫する役割はジェニアスがやっていて、彼はこれを酷く楽しい遊びだと認識していたようだったが、今日はその役割が反対になったらしい。
「あんなに思い詰めなくても、グリフィンドールはもう終わりだ。寮対抗レースから脱落したも同然だよ……」
2人の後ろ姿を見ながら、歌でも歌うような口調でマルフォイが言った。
今週ずっと彼は上機嫌で、日課のポッター弄りにも行かないくらいの浮かれようだった。すぐさまパンジーが猫撫で声を出した。
「もういい加減に教えてくれたっていいじゃない、ドラコ。気になって夜も満足に眠れないのよ」
パンジーは美容のために誰よりも早く寝ていた。
「楽しみは後に取っておいた方がいいだろう?君だってサプライズは好きだろ?」
「でも、そんなに焦らされちゃたまらないわ!」
手を組んでうずうずと体を揺らしたパンジーの言葉に他の生徒も頷いた。みんな内心知りたくてたまらないのだ。マルフォイに少々虚言癖があり、思わせぶりで目立ちたがりなのは自明の理ではあったが、ここ最近の彼の態度や、自慢したがりなのにそれを秘めていることを鑑みるに、彼が本当になんらかの致命的な秘密を握っているのは確実だった。
「くだらない。あの博愛主義者が簡単に生徒を追放なんてするわけない」
冷めた声のノットにも彼は機嫌良く眉毛を上げた。
「森番は杖を折られた。まあポッターの追放は厳しいかもしれないが、森番のアズカバン行きは確定だよ。その時が待ち遠しい」
アズカバン行き?
離れたところで白けた顔で熱心に爪の状態を確認していたダフネが目を丸くしてシャルルと顔を合わせた。パンジーの好奇心は今にも破裂しそうで、ノットも予想外のことに少し言葉を失った。
「それは……」
「ああ、喋りすぎたな。これは聞かなかったことにしてくれ」
「さすがに盛りすぎなんじゃないか?」
半笑いでザビニが言った。「いくら狡猾で理知的なマルフォイお坊ちゃまとは言え……なあ?あんまり大きなことを言っていると信頼を失うぜ?」
「黙れ、ザビニ。そんな口を叩けるのも今だけさ」
「これは失敬」
おどけて肩を竦め、癖っ毛の黒髪をくるくる触った。皮肉った彼だけれども、しかしその瞳は面白そうにマルフォイの様子を観察している。
「ま、楽しみにしていてくれ。愉快な結末は約束するよ」
自信満々な様子に、シャルルはハリー・ポッターになにか忠告をした方が良いのではないかと不安になった。
彼が調子に乗って口を滑らせてくれることを期待したが、やはり魔法界の旧い貴族の家らしく、情報の扱い方の教育は受けているようだ。拙い部分も多いがそれは愛嬌だろう。
数日ほどシャルルはハリー・ポッターと愉快な仲間たちとの接触を測ろうと機会を伺っていたけれど、彼らはなにやら忙しい問題を抱えているようで、城の中で見かけることは少なかった。
少し前までは図書室に入り浸り、小声で賑やかに勉強をしたり、大広間や教室でたむろしていることが多かったのに、今は顔を突き合わせてヒソヒソしているかと思えばマルフォイを見て逃げるようにどこかへ去ってしまう。
マルフォイが彼らの秘密を握っているのは本当なんだわ……。
彼らの態度はあまりにもあからさまだった。
そんな3人の様子を見るたび、マルフォイは腹を抱えて転がりそうな顔をなんとか取り繕ってにやにやと満足そうにしていた。
木曜日の朝、眠い目をこすってもそもそ朝食を食べるシャルルの隣に興奮した様子のダフネが座った。
「ウィーズリーの腕、見たっ?」
「今来たばかりなのに見るわけないじゃない」
シャルルは不機嫌な声を出した。彼女の寝起きが悪いのはいつものことなので、ダフネは気にした様子もなく赤いネクタイの集まる方を指さした。
「ねえ見て。何があったのかしら。あれがマルフォイの言ってたこと?」
ノロノロと振り返り、ウィーズリーを視界に入れたシャルルは息を飲んだ。彼の左手は2倍ほどに腫れ上がり、包帯で隠し切れない肌は真っ赤になっていた。
痛々しくて顔を歪める。
「どうやったらあんなことになるの?」
ダフネは好奇心と面白さの滲む声をしていた。スリザリン生も彼を見て嬉しそうにウワサ話をしている。マルフォイなんかは意味ありげに頷いていた。
どうしてみんなあれが面白いと思えるの?
シャルルは悲しかった。
どんな相手であれ、怪我をしてざまをみろと思うほどシャルルは冷酷ではない。あの怪我をしているのがマグル生まれだったとしても、特に興味が湧かないだけで可哀想だとは感じる。
「森番と仲がいいなら狼男にでも噛まれたんじゃないの?」
「狼男!?」
「禁じられた森にいるってウワサ、知らないの?」
「まさか!人狼なんて危険な生き物放置してたらどれだけ被害があるか……。だって生徒が森に入るのを禁じられているだけで、森の中の生き物が外に出るのを禁じられた森じゃないんでしょ?もし本当に居たらダンブルドアは頭がおかしいわよ」
驚愕して小声でシャルルは叫んだ。ダフネは真顔で言った。
「今更どうしたの?ダンブルドアは狂ってるわ」
シャルルは冷静さを取り戻した。
「そうだったわね」
2人はまた食事を再開させた。
授業が終わり、ランチの頃にはロン・ウィーズリーの手は泥を混ぜ合わせたような汚い緑色になり、医務室へ搬送された。
かなり痛むようで、ポッターとマグル生まれの魔女が悲鳴を上げるように付き添い、ウィーズリーは懸命に耐える勇者の顔をしていた。手は緑色だったが。
無責任な好奇心が彼らを見送り、ホグワーツ1の厄介者、双子のウィーズリーは目をきらきらさせて顔を見合わせていた。どうやら新しい悪戯の着想を得てしまったようだった。
シャルルは夕食のあと医務室に見舞いに行った。
もちろんダフネやトレイシーには黙っていた。ダフネは無関心に柔らかく微笑むだろうけれどいい思いはしないだろうし、トレイシーは笑顔で評価を下げるだろう。マルフォイなんかに見られた暁には「正気か!?」と叫ばれるかもしれない。
「血を裏切る者」であるウィーズリーに対する嫌悪感は凄まじい。
シャルルも思うところが無いわけではない。愚かで穢らわしいマグルを庇うのは理解し難いし、マグル生まれと深く関わりたがるのもどうかと思っている。
でも彼らは純血だ。
しかも聖28族だ。
マグルの血が限りなく薄い、純血の中の選ばれた尊い純粋な純血家系はもう28家系しか残っておらず、世代を重ねるにつれてマグル生まれが増えている魔法界にとって、それを維持するのは並大抵の労力ではない。
その中で聖28族に数えられるほど濃い血を保ってきたウィーズリーをシャルルは他の純血家系と同様に尊重している。
マグルフリークと悪名高いアーサー・ウィーズリーでさえ、モリー・プルウェットという今は失われた高貴な純血子女と血を結んだ。彼等は誇り高い魔法族の矜持を失ってはいないし、きちんと自覚を持った純血魔法族だと思う。
そして何より彼らはマグルに興味が無い。ただ、人を大切にするだけだ。
だからシャルルは彼らが好きだった。純血の魔法族は全員尊重していた。
医務室には誰もいなかった。
「あらあらどうしたんです?体調が悪くなったの?」
「いえ、お見舞いに。ロン・ウィーズリーの」
マダム・ポンフリーはシャルルの緑のローブをジロジロ眺めていたが、手に持ったお見舞いの品を軽く持ち上げて見せると諦めて小さく息をついた。
「まだ治っていませんから、10分だけですよ」
「ありがとうございます、マダム・ポンフリー」
ウィーズリーはうとうとしていたが、誰かが入ってくる気配を感じて目を覚ました。その誰かがシャルル・スチュアートだと気づくと、目をぎょっとさせて跳ね起きた。
「な、な、何しにしたんだよ!」
「何しにって、お見舞いに来たの。腕は大丈夫?」
まだ緑色の手に心配の滲む眼差しを受けてウィーズリーはたじろぐ。しかし授業終わりに来たマルフォイに秘密を握られたばかりの彼は警戒心をあらわにしてシャルルを睨んだ。
「君には関係ない。帰れよ、スチュアート。もう君が望む情報はとっくにマルフォイが持っていったよ」
「わたしが望む情報?」
「しらばっくれるなよ!ほんとに忌々しい奴だな」
なぜそこまで言われなければならないのだろう、と少しムッとするが我慢して微笑んだ。
「マルフォイがここへ来たの?彼、何かを企んでるみたい。グリフィンドールはもう終わりだって最近嬉しそうにしてるのよ。内容は誰にも言ってないみたいだけど、気をつけた方がいいわ」
「……」
目をぱちぱちさせて、それから怪訝そうな顔をした。
「何を企んでるんだ?」
「何にも企んでなんかいないわ。わたしはあなた達にけっこう親切だと思う。前も忠告してあげたでしょう?」
「たしかに……。でも騙されないぞ。ヨシュア・スチュアートが前の大戦で多くの死喰い人を庇ってきたというのは有名なんだから」
シャルルは微笑みを維持するために拳を握って全神経を集中させなければならなかった。そうでなければすぐさま杖に手をかけてしまっていただろうから。
「わたし……もう行くわ。お大事に」
「もう来なくっていいよ」
ガタン。椅子を鳴らして立ち上がりシャルルは去った。医務室を出た瞬間シャルルから笑顔が消えた。
彼は純血、彼は純血、彼は不正を許さないゴドリックの誇り高い精神を受け継いでいるだけ、あれはグリフィンドールらしい性質が強いだけ、彼は純血…………。
自分に言い聞かせて深呼吸する。なんとか怒りを抑え込むことに成功した。大丈夫。ウィーズリーを許せる。もう怒ってない。
ヨシュア・スチュアートは死喰い人を庇ったわけではなかった。純血家系を庇ったのだ。父親は死喰い人が好きではなかったし、屈していない。誘いも蹴ったと言っていた。
反ヴォルデモートだけれどそれを声高に言うほど愚かじゃないだけよ。
そして次の朝、グリフィンドールから150点が失われていた。
噂が流れた……ハリー・ポッターと愉快な仲間たちがバカなことをして、一夜のうちに大減点されたと。クィディッチのヒーローが調子に乗って全部を台無しにしたと。
「だから言っただろう?グリフィンドールはもう終わりだって」
マルフォイはポッターとは真逆に、一夜で大ヒーローになった。20点の減点なんて目じゃなかった。なんてったって、スリザリンの寮杯獲得は確定的になったのだから。
「次はバレないように出来ればなお完璧ね」
そう言うジェマ・ファーレイも笑顔で、賞賛と喜びが込められていた。
ハリー・ポッターは学校中の嫌われ者になってしまったが、スリザリン生だけは彼らが大好きになった。
ポッターを見かける度に学年に関わらずみんな拍手を送ってお礼を言うのが日課になり、彼らが姿を見せる度に歓声と賞賛が響く。
スリザリン生がグリフィンドール生をここまで好きになるのは、長い歴史の中でも史上初と言えただろう。
スネイプも毎日上機嫌に見えた。
シャルルはさすがに拍手を送るような真似はしなかったが、つい笑みを零してしまうのは抑えられなかった。
いつもの3人組は人目から隠れるように俯きがちになり、栗毛の彼女は授業中発言を止めた。グリフィンドールはますます点を取れない状況になり、シャルルやマルフォイ、ノットによってますますスリザリンの得点は伸び続けていた。
歓迎すべき状況にシャルルはひそやかに笑っていたが、グリフィンドールの中でネビル・ロングボトムも無視されていることだけはとても気がかりだった。
「ドラゴン?」
談話室でパンジーの甲高い声が響く。ざわめきが広がった。
「さすがにそれは簡単に信じられないわ。贔屓とかで許される問題じゃないじゃない?」
戸惑うようなダフネにノットも同意した。
「いくら狂ってるからって程度がある」
「もう少し信憑性のある話をしてくれよ。充分賞賛は浴びたじゃないか」
ザビニが宥めるように言う。バカにし切った表情だったが、マルフォイは鼻を鳴らすだけで済ませ、せせら笑った。
「奴はアズカバン行きになると言ったのを聞いてなかったのか?まあ証拠を掴む前にルーマニアに送られてしまったから、逮捕はさせられなかったが……」
マルフォイが言うにはこうだった。
森番が犬小屋でドラゴンの卵を孵し、こっそり育てていたのを、ドラゴンキーパーをしているウィーズリーの兄がこっそり引き取って行ったと。
そしてそれを密告し、3人は深夜徘徊がバレて150点引かれたが、その時もう既にドラゴンは旅立ってしまっていたと……。
現実味の薄い話にみんな少し言葉を失った。
マルフォイは卵が孵るのを目にしたという。
もし本当にドラゴンを孵し育てていたのだとしたら、森番は狂っているし、ダンブルドアは間抜けだ。いや、どうせわざと見逃していたに決まっている。犯罪を公然と見逃すなんて彼のグリフィンドール贔屓は際限がない。
「信じ難い……ドラゴンが孵るのを見ただって?しかもノルウェー・リッチバック?悪夢の方がまだ現実的だ」
ノットは顔が固かった。そうなるのも分かる。本当だったらとんでもないことだし、本当じゃない方が話が通る。
「わたしは有り得そうだと思うわ」
シャルルが言うと視線が集まった。マルフォイも驚いたように目を開いている。
「マルフォイの話が真実ならダンブルドアと森番の狂気を数段階上方修正しなければいけないけれど、確かにポッター達は最近マルフォイの視線に怯えていたし、ウィーズリーの怪我は普通じゃなかったわ。ただの呪いならマダム・ポンフリーが治癒に手こずるわけがない。生徒のペットで危険な生物はいないし、あの怪我はマダムでも時間がかかるくらい強力な魔法生物によるものだったのよ」
シャルルは一旦言葉を止めて、顔を見回した。
「ノルウェー・リッチバック種はM.O.M分類でXXXXXに該当する危険種で、孵化してからすぐの段階で火を吹き、牙には致命的な毒を持つ。あの緑に腫れ上がった手を見たでしょ?あれがドラゴンによるものっていうのは、十分、あり得ると思うわ」
シャルルは肩を竦めて唇を舐めた。マルフォイが嬉しさの滲む笑顔を浮かべた。彼と笑顔を交わすのは随分久しぶりだった。
「君がフォローしてくれるなんてね、スチュアート。彼女の言った通りだ。信じなくてもかまわないが、事実は小説より奇なり、とは言ったものだろう?」
マルフォイは完全に楽しんでいる様子だった。談話室の雰囲気は、今や完全にマルフォイの望んだものになっていた。
学校はますますポッター達に敵対的な環境に変化して行った。
他の3寮から嫌われて孤立するのが、スリザリンではなくグリフィンドールだなんて、歴史の中でどれだけあるのだろうか。この雰囲気の中ネビル・ロングボトムに親しげに話しかけるほどシャルルは愚かではない。
でも敵対しているようには思われたくなかった。
だからシャルルは毎日メッセージカードを送っていた。
始めのうちは頑なだったネビルも、段々安堵の表情を浮かべ、たまにスリザリンの方をちらっと見た。目が合う度にシャルルは温かく微笑んだ。
敵対的な環境の中でネビルが疲弊しているのは明らかだった。
シャルルは弱った人間を懐柔するために有効な手段を知っていた。
ある朝フクロウで彼から返事がきた。
「シャルルへ
この前は、庇ってくれたのに突き放すような言い方をしてごめんよ。
いまも毎日手紙をくれてすごくうれしい。
落ち着いたら、また僕と友達になってくれる?」
シャルルはこう返した。
「当たり前じゃない。
誰があなたを嫌っても、わたしだけは友達よ。」
青い瞳がきらきらして宝石のように瞬いていたが、その純粋な笑顔の下には同時に邪悪さも隠れていた。
*
深夜、シャルルはフッと目を覚ました。
「パンジー?」
隣のベッドへ囁きかけても、なんの返事も帰ってこない。そっと抜け出してパンジーの天蓋を開いてみると、案の定そこは空っぽだった。
「だから無理よって言ったのに」
仕方なさそうに呟き、シャルルはベッドの毛布を引き抜いてマントのようにもふっと羽織った。音を立てずに女子寮を抜け、冷たい談話室を見回すと、暖炉が明々と燃えていた。
少し弱まった火の前で、ソファに横になってくぅくぅとパンジーが寝息を立てている。
「起きてよパンジー」
軽く揺すったり、頬をつついてみる。「ううん……」と嫌そうに身を捩り、さらに深い寝息を立てる。
「しようのしない子ね」
暖かい苦笑いを零し、シャルルは持ってきた毛布を掛けてやり、ソファの隙間に腰掛けた。談話室の見事な古時計が日が変わったことを指し示している。
マルフォイは英雄的な150点の代わりに、20点の減点と罰則を受けていた。パンジーは彼が帰ってくるのを待つと言って聞かず、引き留めるのもかまわず談話室でひとりきりで待っていた。
しかし彼女は部屋の中でいちばん規則的な生活をしていたので、深夜になって耐えられず寝てしまったのだろう。
こうなると分かっていたから止めたのに。
シャルルは穏やかに笑いながらパンジーの艶のある黒髪をゆっくり撫でた。炎に照らされて天使の輪がうるうると揺れた。
部屋に戻るか迷ったけれど、せっかくならこのままマルフォイの帰りを待とうと思い、いつの間にかシャルルもうとうとと睡魔に誘われていた……。
踏み鳴らすような激しい足音でシャルルは目を覚ました。マルフォイが帰って来たらしい。
「信じられない!ダンブルドアは何を考えてるんだよ!」
何やらブツブツ叫んでいるが、その声は酷く震え、ほとんど掠れていた。苛立ちに叫ぶと言うより悲鳴を上げているようで、シャルルは体を起こした。
「なにがあったの?」
「スチュアート……待っていてくれたのか」
マルフォイはシャルルを見ると目を見開き、頼りなく眉を下げた。酷く安堵した表情は、まるで今にも泣き出しそうに見えた。
「ねえ、本当にどうしたの?」
びっくりして慌てて彼に駆け寄る。彼はかなり激しい呼吸をしていて、ただでさえ青白い顔をさらに真っ白にして震え、恐怖に満ちた顔をしていた。
氷のように冷たくなっている彼の手を握り、反対の手で背中をさすりながら暖炉に引っ張って座らせる。触れられたマルフォイはビクッと体を硬くしたが、無視して隣合って座った。
暖炉の前で彼はしばらく無言で唇を引き結んでいた。
シャルルはマルフォイと手を繋いだまま、その手を優しく撫でて彼が落ち着くのを待った。
やがて、だんだんと彼の震えが収まり、てのひらに温かさが戻り始めた。
「……大丈夫?」
「ああ……」
マルフォイはまた黙り込んだ。シャルルは背中を撫でながら、パンジーを揺り起こした。
「ねえパンジー、起きて!マルフォイが戻ったよ。パンジー!」
「起こさなくていい」小さな声でマルフォイが言う。
「でも……。パンジーはあなたの帰りをずっと待ってたのよ」
「分かってる」
「そう……」
マルフォイが緩んだシャルルの手を、縋るように強く握った。心臓がドキッと音を立てる。彼はまだ思い詰めたような顔をしていた。常に自信に満ち、嘲笑を浮かべて格好つけている彼の弱々しい姿に、なぜかソワソワして落ち着かなくなる。てのひらをまた優しく握り返すと、肩の力を少し緩めて、マルフォイはゆっくり口を開いた。
「僕達はフィルチに、禁じられた森に連れていかれたんだ……」
*
玄関に集められた僕らは、ポッター達と合流してフィルチの後をついて行った。始まる前からロングボトムはずっとグズグズ泣いていて笑えたよ。
フィルチは生徒を天井に吊るすだとか体罰がどうとかごちゃごちゃ脅してきたけど、そんなのが許されるはずがない。
僕らは歩いた……広間を出て校庭に連れられた。真っ暗な中を歩かされて、この時点でおかしいと思い始めた。普通罰則っていったら校内だろ?
嫌な予感が胸の中をぐるぐるし始めた……そしてそれは間違っていなかった。
歩いていたら闇の中で明かりがぽつんと見えた。
森番の小屋だ。あの半巨人が僕らを待ち構えてたんだ。
フィルチがにやにやしながら、「森の中に行く」と言った。
信じられるか?真夜中に禁じられた森に行くだって?
一瞬自分の頭を疑ってしまったよ。でもおかしいのは僕じゃない。
僕は断固として抗議した。罰則と言ったら書き取りやトロフィー磨きだとか、そういうものだろって。森に行くのは召使いの仕事だ。僕らみたいな高貴な血を持つ人間の仕事じゃない。
だがあのデカブツは「これがホグワーツの流儀だ」とか意味の分からないことを言って……話が通じないんだ。狂ってると思ったね。マトモな奴が誰一人として居ないんだ。ロングボトムは悲鳴を上げたしポッターもグレンジャーも怯えてるくせに、ただ言いなりなんて馬鹿げてる。
しかもあいつは「今夜やろうとしてる事は危険なんだ」と言って森に入り始めた。
危険だと分かってるのに僕達を連れていくなんて正気の沙汰じゃないよ!禁じられた森は禁じられているからそういう名前なんだろ……昼間でさえ安全じゃないのに、真夜中にわざわざ危険に踏み入れるなんて頭がおかしいとしか思えない!
でもそれが分かってるのは僕だけなんだ。
僕は結局狂った奴らと狂った場所に足を踏み入れざるを得なかった。
そこからはもう狂気に満ちていたよ。今思い返しても狂ってる……。
あの森番が何をさせようとしたか分かるかい?
奴は僕らにユニコーンの死体を見せた。そう、神聖さの象徴とされるユニコーンだ。銀色の血がぬらぬら光って、大きな体がぐったり横たわっていた……。
「何者かが何日も前からユニコーンを襲っている」と奴は言った。僕は当然「そいつが僕らを襲ってきたらどうするのか」と尋ねた。
あいつやあいつの犬のファングといれば、森の中の生き物は襲って来ない、そう言ったから僕はファングとロングボトムと森を見廻ることになった。でもあの犬はとんでもない役立たずだった。臆病でビビりなんだ。僕は泣き虫でノロマで役立たずの荷物を2つも抱えて歩き回る羽目になった。
少ししたら随分森に慣れ始めた。僕がしっかりするしかないからね。それに最初は大したこと無かった。
点々と銀青色の血が垂れているのを見つける度ロングボトムは転んだり、泣いたり、風の音だけで悲鳴を上げるからもうウンザリしたよ。
それでちょっと面白いことを思いついてね……。
僕はほんの少し足を止めた。ノロマは気づかず進んで行った。その後ろからこっそり……「Boo!」と軽く掴んだら、ロングボトムはもんどり返って、泣き叫びながら赤い光を打ち上げた。緊急信号だよ。何もあそこまで驚かなくたっていいのにな。ハハ、思い出すだけで笑える。あの無様な様子ったら!
そんな顔するなよスチュアート。
ほんとに軽いおふざけさ。あいつがグリフィンドールのくせにどれほど弱虫かは君だって知ってるだろ?
まあそれで森番がやって来て、ペアを交代することになった。
僕はなんとあの忌々しいポッターと組むことになった。それだけは下手を打ったと思ったけど、すぐ考えが変わった。あいつの無様な顔を見られるのも悪くないってね。
とりあえずポッターをおちょくりながらまた夜の森を進んだ……。遠くで獣の鳴き声が聞こえる気がした。あの森に狼男がいるのは本当だよ。ダンブルドアは何を考えてるんだか本当に分からない。全く忌々しい。今に父上があの老いぼれを追い出してくれるはずだ。今日のことも絶対に抗議してくれる。
狂ったダンブルドアめ……。
しばらく歩いたらポッターがユニコーンを見つけた。当然死んだユニコーンだ。生徒に死体を探させるなんて倫理観はどうなってるんだ?それがホグワーツの教育なのか?
言葉を失ってそれを見ていると、突然不気味な音が響いた……。何かを引きずる様な……滑るような……何かが近づいてきた。ユニコーンを殺した何かが……。
僕は動けなかった。
とんでもなくおぞましい光景だった。全身真っ黒で、フードで顔を覆い隠した影がユニコーンに近づいて、死体に口をつけた……。
あいつはユニコーンの血を飲んでいたんだよ!
僕はすぐさまそいつから距離を取った。賢い魔法使いなら必ずそうする。ファングと一緒に森を駆け抜けて、とにかく僕は安全な場所を探した。
振り返るとハリー・ポッターがいなかった。
あいつにやられたんだ……そう思った。僕は喜ぶ前に背中が冷たくなってとにかく走った。次は僕達の番だ。
必死に逃げて小屋に戻り、しばらくして森番とアイツらが戻ってきた。ポッターは死んでなかったよ。死ねばよかったのに。苦痛に満ちたおぞましい死になることは間違いないけど、英雄にはお誂え向きなんじゃないか?
ハア、分かったよ、そんな顔するなって。
ポッターは森の中でケンタウロスに助けられたらしい。あの森の中はどうなってるんだ?一刻も早く封鎖すべきだ。今すぐに!
あの森番は大した説明もなく「今日はこれで終わりだ」と解散させた。僕らはただ恐怖を与えられただけだ。おぞましい目にあっただけだ。全く、心の底から狂ってるよ……。
マクゴナガルが考えた罰則には思えない。あいつは頭が固いから禁じられた場所に行かせようとは考えないはずだ。かと言ってフィルチにも森番にも罰則を考える権限はないはず。
もう分かるだろう?
ダンブルドアだ。あいつら、僕らを殺そうとしてる…………。
*