Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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秘密の部屋
16 誕生日


 絹のように細く靡く髪を、柔らかく梳いていく。櫛を通すたびに彼女の黒髪は潤むように光を反射した。水の中でたゆたっているかのように美しい。その腰ほどまである冷たく柔らかな髪を掬い、サイドを編み込んでハーフアップに纏め、仕上げに水色のサテンリボンを飾る。

 アナスタシアはうっとりと髪を撫でた。

「とても愛らしいわ、シャルル」

 少女は振り向いてあどけない無垢な微笑みを浮かべた。

 白磁の陶器の肌、空や海を嵌め込んだ大きなサファイアの瞳、小さくふくらむ桃の唇。シャルル・スチュアートは純血家系の完璧な子女だった。

 

 ウィゼンガモットで判事を務める父のヨシュア、薬草学者として名声を得た母のアナスタシア、無邪気でおてんばな可愛い弟のメロウ。

 スチュアート家はウィンダミアの湖と森の合間に建つ、隠された繊細な城の中でひっそりと暮らしていた。

 

 しかし、去年ホグワーツ魔法魔術学校の入学案内が届き、シャルルは表舞台に上がることになった。隠された子女であったシャルルは、1年間で外の世界に飛び出し、初めて友人を作り、自分と両親が謎めいていることを知った。

 自分よりも少し明るい、夏の空のようなアナスタシアの瞳を見上げる。アナはシャルルを深く愛していた。その愛情をひとかけらも疑わないほど、両親はシャルルを愛していたし、シャルルも両親を愛していた。

 

「シャルル」

 光を照らし返す上等な仕立て服と濃緑のローブに身を包んだヨシュアが階段を降りて来る。几帳面に銀のネクタイをキュッと締め、柔らかいけれど厳格な表情をしていた。

「そろそろ時間だ」

「はい、お父様」

 ぴょっこり立ち上がると緻密な刺繍が織られたワンピースがひらりと揺れた。上半身は黒いフリルが幾重にも繊細に折り重なり、スカート部分は純白の上質なディーピー布を使っているため、重厚で動くたびに水晶のような輝きが飛び散った。

「こら。もっとお淑やかに」

「はあい、お父様」

 珍しくヨシュアが叱責した。普段シャルルの立ち振る舞いは完璧だし、たまに見せるおてんばさはむしろ無邪気さだと歓迎していたが、今日のヨシュアは少し神経質だ。

 

 今日はシャルルの誕生日だというのに。

 

 おめでとうの言葉は貰ったけれど、プレゼントもご馳走もまだお預けだった。広間が小さなパーティー会場になり、贈られてきたプレゼントが並べられているのだ。

 

 そう、今日はシャルルの誕生日パーティーだった。

 たぶん、生まれて初めて身内以外を招待して行うパーティー。

 招待客はスリザリンの新しい友人達だ。

 マルフォイ家、パーキンソン家、ノット家、デイヴィス家、そして幼馴染のグリーングラス家。本当はブレーズも招待したかったけれど、旧い名家とは折り合いが悪いので辞めておいた。

 他寮の名家もスリザリンとは親しくないだろう。

 こういう時思想でスッパリ断絶してしまうホグワーツの寮差別にうんざりしてしまう。

 

 とてとてメロウもやって来た。

 彼の淡い金髪に合わせ、ダークブラウンと白のカジュアルなベストにショートパンツ、ガーターを合わせたラフな正装をしている。

 アナスタシアは薄青とグレイの交じった色の、オフショルダーのマキシドレスに身を包んでいた。腰のフリルが上品で、歩くたびふわりとたなびく裾と、やんわりと膨らんだパフスリーブが美しさの中に少女のようなあどけなさを感じさせる。

 彼女は指先をきゅっと絡め、微笑みながらもどこか不安げな表情だった。

 

 広間に行くと暖炉の炎がぶわりと燃え上がった。客人が到着したのだ。

 心を弾ませて炎を見ていたが、ヨシュアはさりげなくアナスタシアの傍により、彼女はそっと彼の腕に手を添えた。

 メロウも両親の様子を察しているようで、チラチラと2人の顔を見上げている。

 

 炎から出てきたのはダフネ・グリーングラスだった。

「ダフネ!」

 駆け寄って軽くハグをして頬をくっつけると、クスクス笑って「ちょっと待ってよ」と離される。

 ダフネは瞳と似た色をした淡いグリーンのワンピースをふわりと持ち上げ、軽く膝を曲げた。

「ミスター・ミセス、お久しぶりです。本日はお招きありがとうございます」

 ヨシュアもアナスタシアも仲の良いグリーングラス家の令嬢がいちばんに来てくれたことに安堵したようで、シャルルにしか分からない変化だろうが、表情が緩やかになってダフネに笑いかけた。

 良かった。

 楽しいパーティーになりそうだわ、とシャルルの肩の力も抜けた。

 ああも警戒されたらシャルルだってドキドキしてしまう。

 続いて、ミスター・グリーングラス、ミセス・グリーングラスに抱えられ小さな少女も現れた。メロウの幼馴染と言えるアステリアだ。

 アステリアはバターブロンドのふわふわの金髪に、父親似の透き通るヘーゼルアイが愛らしい少女だ。とてとて歩いて、彼女もダフネの真似してちょこんと頭を下げる。

「おじさま、おばさま、今日はありがとうございます」

「素晴らしいわ、アステリア。かんぺきな挨拶な仕方よ」

 アナに優しく頭を撫でられて破顔し、シャルルにぎゅっと抱きついた。

「甘えんぼさん。久しぶりねアステリア。大きくなったわ」

「シャルルお姉様はまたかわいくなったね!」

 もちもちのほっぺたをむきゅ!と上げてアステリアがきらきら笑う。彼女はシャルルによく懐いていた。

「離れてよアスティ!僕の姉様だよ!」「やー!メロウはいっぱい一緒にいれるじゃない」懐きすぎてメロウと仲が悪いくらいだった。

 

「相変わらず素敵なお城ね、ヨシュア」

「グリーングラスに比べたら全然さ。今日は来てくれてありがとう、イレーネ、ノトス」

 ダフネの母であり、アナスタシアの親友で従兄弟のイレーネ、そしてダフネの父であるノトスが朗らかに話し始める。

「暖炉をネットワークに組み込んだの?あれだけ嫌ってたのに」

「社交界に戻ろうかと思ってね」

「まあ。シャルルがスリザリンに入ったから?」

「そういうことだ。仕事だけの社交じゃ不十分だろ?」

 スチュアート家は魔法界の煙突飛行ネットワークを頑なに拒んでいた。マグルからも魔法族からもこの屋敷の場所は厳密に隠され、場所を知る限られた友人だけが、姿現しで訪れることが出来た。

「先に軽い飲み物を楽しんでいてくれ」

 ベルを鳴らすとスチュアート家のハウスエルフ、シュザンが現れた。ネイビーの布を与え、服を誂えさせているのでみすぼらしさはいくらか緩和されている。

 

 大人たちがワインを飲み始めたのを横目に、しばらくもちもちの2人の相手をしているとまた暖炉が燃え上がった。アステリアはサッとシャルルの後ろに隠れた。彼女は人見知りの気質があった。

 

 炎が弱まる……中から美しいホワイトブロンドの輝く男性が現れた。全身美しい光沢の黒の衣服を纏い、蛇の衣装が施された杖を持っている。彼はローブを翻させ、目を細めて一瞬で広間を見渡し、カツカツと品良くヨシュアに歩いた。

 ヨシュアは貴族的な笑顔で武装した。

「ああ……ルシウス。よく来てくださったね」

「お招きありがとう、ヨシュア。ずいぶんと……久しぶりだね?」

「仕事では話すこともあっただろう?」

「私的な付き合いの話さ。あまり外に出て来なくなってしまっただろう?しかし、息子の入学をきっかけに、こうして縁が繋がったのは喜ばしい」

 ルシウス。ルシウス・マルフォイ。

 慇懃だが、鋭い気品のある男性だ。声が柔らかいのに何故か人を緊張されるような雰囲気を持っている。威圧的ではなく、その気品に萎縮してしまう類のものだ。

 ミスター・マルフォイはヨシュアの隣にいるアナスタシアにも顔を向け微笑んだ。

「貴方とは学生の時以来ですね、アナスタシア……いや、ミス・スチュアート。お元気そうで何より」

「お久しぶりです、ルシウス。以前の時のようにアナスタシアと呼んでくださいな」

「それではお言葉に甘えて」

 

 彼は振り返り、炎から出てきた女性と息子を呼んだ。シャルルも両親の元へ向かう。

「君も知っての通り、我が妻ナルシッサと、息子のドラコだ。挨拶なさい」

「お初にお目にかかります。ルシウス、ナルシッサの息子、ドラコ・マルフォイです。ご息女のシャルル嬢とはスリザリンで同寮として親しくさせていただいております」

 マルフォイは優雅に腰を折り、スマートに微笑んだ。皮肉の一切ない貴族的な笑みは、彼の冷たい美貌に美しくよく馴染んだ。

「シャルルからよく話は聞いていてよ。ルシウス、ナルシッサ、こちらは娘のシャルルよ」

 シャルルはワンピースの裾をつまみ、完璧にお淑やかに微笑んだ。

「高名なマルフォイ家のご夫婦とお会いできて光栄です。彼にはとても良くしていただいて、スリザリン寮でも常にわたし達を率いてくださるんです」

 シャルルが褒めるとマルフォイは顎を上げて得意気な顔をした。

 ルシウスが機械的にニコ…と微笑んで、何故だか検分するかのような冷たい瞳でじろじろとシャルルを見下ろした。何かを見抜こうとする目であり、居心地が悪くて身を捩りそうになる。

「よく……似ているね。ご両親に……」

「ありがとうございます。母にはよく似ていると言われます」

「アナスタシアに似て美しく朗らかに育ってくれて嬉しいよ。さあ、ルシウス、こちらに。色々と話をしたいと思っているんだ──」

 2人を切り裂くようにヨシュアが会話に混じり、やがて大人だけで話し始めた。

 ルシウスの言葉には深い意味があったのだろうか。

 ヨシュアの頬の筋肉が引き攣っていた。シャルルの知らない攻防があったらしい。ミスター・マルフォイの友好的で気品のある表情はむしろ脅迫さを演出していた。

「ヨシュア、この前の裁判の件だが……」

「ナルシッサ、本当に久しぶり。貴方の美貌はいつまでも変わらないわね……」

 大人達が合流して政治や思い出話をし始めたので、シャルルはマルフォイの腕を引いた。

「ダフネ達は向こうにいるのよ」

「ああ」

 

 今日のシャルルは顔に少し粉をはたき、光の粒が散るように輝いていた。睫毛はぱっちりと上を向き、唇がうるうるとしている。マルフォイはその唇から目が離せなくなりそうだった。

 無理やり顔をそむけ、軽く腕を曲げる。

「あら、エスコートしてくれるの?紳士的なのね」

「……わざわざ言うな。当然だろ」

 指摘されると途端に気恥しさがのぼってくる。シャルルはクスクス笑いながら腕を絡めた。エスコートなんてし慣れているのに触れている腕が発熱したように感じ、軽く頭を振る。

 シャルルも、彼のピンと伸びた背筋や、少しいつもとは違うオールバックや、スマートなエスコートに少しドキッとしていた。今は7月の終旬。ホグワーツが終わってから1ヶ月しか経っていない。

 けれども隣に立つマルフォイの背はとっても伸びていた。シャルルの目の辺りに彼の顎があって、見上げないと彼と目を合わせられなかった。

 男の子ってとっても成長が早いのね。

 マルフォイは少し情けないところがある男の子だと思っていたのに、どういうわけが今日の彼はいつもよりカッコよく見えた。…

 

 全員が揃った。セオドールの父親は年嵩で威厳的な雰囲気で、セオドールにあまり似ていない。父親と隣にいるセオドールはいつも以上に自分がなく、緊張しているように見えた。

 トレイシー・デイヴィスもかなり緊張した様子でやってきた。両親はにこやかだったが恐縮していたし、トレイシーの頬は上気していた。

 シャルルがそばに呼ぶとあからさまに安心した様子で駆けてきて子犬みたいな子ね、とクスクス思う。パンジーの母親はアナスタシアの旧友らしく、高くてよく響く声で笑うところはパンジーにそっくりだった。

 

*

 

 

 スチュアート家の3人のハウスエルフが次々に食事やお酒やお菓子を用意して、夕方から始まったパーティーは幸先よく進んだ。

 

「あら、ステラがあるじゃない。開けるわね」

「わたしは白ワインがいいわ。このヴィンテージワイン結構貴重でしょ?ヨシュアって太っ腹ね」

「僕にも1杯頼むよ」

「……こういうのって貴方がやってくれるんじゃ?」

 ダフネにじっとりと睨まれてマルフォイは肩を竦めた。セオドールは黙ってずっとビアビールを飲んでいる。

 アステリアさえちびちびワインを飲んでいた。人見知りの彼女は人がどんどん増えて、酒に逃げ始めたのだ。今ではすっかり顔を赤くして、今はマルフォイに寄りかかってきゃらきゃらと笑っている。パンジーは不機嫌そうだったが、「ま、子供だものね」と好きにさせていた。

 

「姉様、僕も飲んでみていい?」

 期待をうかべた瞳に見つめられ、シャルルは困ってしまった。シャルルもメロウも実はまだお酒を嗜んだことがなかった。

「いいのかしら、メロウまで……お母様がなんて仰るかしら」

「大丈夫よ。シャルルは過保護ね。見て?アステリアを。この中で一番飲んでるんじゃない?」

「メロウはまだ飲んだことがないのか?慣れたら気にいると思うよ。飲みやすいのはこれかな」

 マルフォイがあれこれと白ワインをいくつか勧めてくれ、メロウは身を乗り出した。彼の親分気質はメロウやアステリアにさっそく発揮され、すっかり2人に懐かれていた。

 

 曖昧に微笑んでシャルルは少し指先を絡めた。いつもハッキリしている彼女らしくない。

「シャルル?」

「実はわたしも……飲んだことなくて」

「えっ?」

 驚きの視線に見つめられ、頬がサッと桃色になる。

「だって飲む機会なんてなかったんだもの。マルフォイが勧めていた白ワインを飲んでみようかしら」

「驚いたな。この年でまだ飲んでない奴がいるなんて」

 唇が尖る。マルフォイは軽く笑った。

 ワインを開けてグラスに注ぎ、シャルルの手に押し付けた。

「馬鹿にしたわけじゃないさ。ほら、飲んでみろ」

「ん……」

 透明なグラスに顔を寄せると爽やかな香りが漂う。唇をおしつけて、おそるおそるグラスを傾ける。

 ペールイエローに澄み切ったワインは口に含むと鼻にスーッと香りが抜けていき、軽やかに喉を滑り落ちた。そのあとからじんわりと熱のような酒気が喉の奥に伝わっていく。

 思ったより飲みやすい。

 美味しいかは……まだよく分からないけど、フルーティーで、アルコールもそこまで強くないように感じた。

 ゆっくり口を離し、舌先で唇を舐める。

「ん……美味しい」

 目を細めて味わい微笑むと、マルフォイが雷でも走ったかのようにビクッとした。

「あっ、ああ。ああ……なら良かった」

「どうかした?」

「いや」

 マルフォイは足を揺らしながら、飲んでいた白ワインを飲み干して、また注ぎ始めた。首筋が真っ赤だった。シャルルの唇から目が離せなかった。透明な液体が口の中に吸い込まれて、白い首筋がコクコク動くのが、唇を舐める赤い尖った舌が、なぜだか……。こんなこと言えるわけが無い。

 黒い瞳でセオドールが見つめていた。目が合うとスっと視線をそらされ、マルフォイは気を取り直すようにまたグラスを煽った。

「姉様ずるい!僕にもちょうだいよ」

「そうね、これなら大丈夫だと思うわ」

 

 トレイシーが「部屋を見てみたいな」と言うので、シャルルは女子を連れて2階を案内することになった。

「男子はどうする?」

「まさかレディーのベッドルームに来るわけないしね?」

 ダフネが何故か悪戯っぽくマルフォイをつつくと彼は目元を赤くして睨んだ。

「庭を見てきたら?少し先に湖があるの。とても美しいのよ」

「箒はないのか?」

「あるよ!僕案内してあげる!」

「お酒を飲んだのに飛ぶの?メロウ、ダメよ」

「だいじょうぶだよ!」

 よたよた立ち上がったが、彼はふらついてマルフォイに支えられ、シャルルは首を振る。

「僕がしっかり見ているから心配するな」

 彼の足取りはしっかりしていた。セオドールも無理やり立ち上がらせられる。2人ともかなり飲んでいたはずだがあまり酔った様子はない。

「でも……外ももう暗くなってるのに」

「箒の前に乗せてやればいいだろ。マルフォイは飛ぶのがうまいし」

 素っ気ない言い方でセオドールが助けを入れるとメロウがパッと明るい顔になる。セオドールは無口で会話にあまり参加しないからメロウはすこし距離感をはかりかねていたが、嬉しくてうんうん頷き、彼に輝く笑顔を向けた。

「空から見る湖はすごく綺麗なんだよ。セオドールもきっと好きになるとおもうな」

「……そうか……。それは、何より」

 無邪気すぎる彼にセオドールはどう接していいか分からないらしい。少し気まずそうだ。

「マルフォイ、お願いしてもいい?」

「任せてくれ」

「メロウ、絶対1人で飛んじゃダメよ」

「はあい」

 メロウは甘ったれた返事をして、マルフォイとセオドールの手を引いて意気揚々と出て行ってしまった。

 

「さ、アステリアも行くわよ」

「ううん」

 酔いすぎてほぼ寝ていたアステリアが、目をこすりむにゃむにゃ言いながらついてくる。ダフネが背中を支え、トレイシーはグラスを持ってパンジーがワインを数本掴んで5人は2階へ向かった。

 

 スチュアートの城はどこもかしこも純白だった。白と銀と水色で壁も部屋も調度品も纏められている。階段は細かく彫刻が彫られ、柱は深い青の大理石、あらゆるところが繊細で荘厳な雰囲気だ。

「素敵だわ、貴方の屋敷って。うちは単調な石造りでなんの面白みもないったら」

「パンジーの御屋敷もとても素敵じゃない」

「そう?こんなふうに回廊に素敵な窓枠があったらいいのに」

 指で羨むようにすーっとなぞる。

 

 シャルルの部屋も真っ白だった。瞳よりも淡い水色で統一され、レースの天蓋やカーテンが美しく可愛らしい部屋だ。シャンデリアは水晶を砕いて編み込んだように豪奢で、しかしところどころにダークグリーンの調度品が飾ってある。

 絵画の額縁とか本棚、机の燭台だとか、それから蛇の意匠も多かった。

「寝かせていい?」

「ん」

「やー。まだ寝ないぃ」

「いいから、ほら」

 ベッドはふわふわとアステリアの重力で沈みこんで、毛布をかけるとコテンと意識を失ってしまった。

「んふふ。すぐ寝ちゃったね」

 マシュマロみたいなほっぺたをつつく。

 中央の白いテーブルにワインを並べ、水色のソファを引っ張ってきてそれぞれ座る。広間にもあった銀のベルがシャルルの寝室にも置いてあった。いつでもハウスエルフを呼べるようになっているのだ。

 ベッドの大きなテディベアはシャルルとダフネがお揃いで持っているもので、それを見たダフネは優しく顎のところを撫でた。手が埋まるくらいもふもふの大きなテディベア。横にするとアステリアが抱きついてクゥクゥ寝ている。

 

 4人はまたワインやビールを飲み始めた。

 シャルルがカーテンを開いて、大きな窓をあけると庭園と噴水、そして大きな湖と森が見えた。日が暮れかけて薄桃色と紺色が混じった空と、薄い雲から指す金色の光が湖に反射して煌めいている。

 柔らかい風が部屋を満たした。

「ね?美しいでしょう?」

 3人がうっとりため息をつく。

 絶景だった。

 ウィンダミアは英国で最も美しいと名高い湖だ。もっと遠いところにはマグルの街があるが、城は森に隠れるように建っており、近くにマグルはいない。

 湖は大きな水鏡だった。

 1本の線を引いたように光がスーッと走り、湖面を小さな影が飛んでいた。

「ドラコ達じゃない?」

 パンジーは指を指した。影が2つ浮かんだり、踊ったりして優雅に泳いでいる。グラスを光に透かして、景色をアクセサリーにして宝石の液体を嚥下するのはなんという贅沢なんだろう。

 シャルルが羨ましい。パンジーは目を細めて美しい光景に感じ入る彼女を横目で眺めた。

 パーキンソン家は聖28族の由緒正しい貴族で、金銭的にも伝統的にも恵まれ、今まで人を羨んだことは無かった。でも、パンジーはシャルルの色々なことが……羨ましい。

 さっきのドラコの様子が心臓に突き刺さった。

 ずっとどこか分かっていた。

 ドラコが彼女をとても気にかけていること……。

 

「あーあ」ソファに沈んで天井を眺める。白い天井は何故か光が散っていて、天井にまで緻密な意匠が施されているのがわかる。

「どうしたの?」

「ねえ、恋ってしたことある?」

「恋?」

 明るい話題のはずがパンジーの横顔がなぜか寂しそうに見えた。

「恋はしたことない。……こどもだと思う?」

「んーん。シャルルらしいわ」

「ダフネはどうなの?」

「えっ?」

 肩を強ばらせたダフネの両隣にトレイシーとパンジーが陣取った。絶対逃がさない構えである。

「言ったわね!」

「バレちゃったの。ごめんなさい。でも相手は言ってないわ」

「あなたいつもふらっといなくなるんだもの。わかるに決まってるよ」

「さあ観念なさい」

「い、いや」

 カーーッと真っ赤になってダフネは顔をうずめた。2人に抑えられているので立ち上がることも出来なくて、「ま、待ってよ」ともごもご言いながらあたふたした。

 これが面白くてシャルルは他人事の顔してワインをついであげた。きっ、と睨まれてもぜんぜん怖くない。

 シャルルは恋はしたことがなかったがロマンスは好きだった。特に人のロマンスはとても好き。きゃあきゃあ恋バナするのは自分のことみたいにときめいてしかたないし、照れている友人はとても可愛い。

 ダフネはゴクゴク水みたいにワインを飲んだ。4人とも既にかなり酔っていた。シャルルは3杯ほどしか飲んでいなかったが誰よりもフラフラいい気分だった。顔も首も手のひらまでピンク色になって、恥ずかしがるダフネを見ているだけで「うふふふ」といつまでも笑える。

 

 真っ赤になって照れながらダフネは尋問にポツポツ答えた。「ね、相手は誰なの?」「エリアス……」「エリアス?エリアス・ロジエール?」「かなり年上じゃない!」「呼び捨てにしてるの?甘〜いっ」「くぅ……だめっ、もう聞かないで!」またワインをしこたま流し込む。

 瞳がトロトロとしてきた。

 ダフネのペースに合わせて3人も飲むからシャルルはすっかりのぼせ上がった。パンジーは顔が赤いけどまだ平気そうだ。テンションだけはいちばん高い。トレイシーはケロッとしていた。末恐ろしい酒飲みだ。

「というより、結局付き合ってたの?わたし何も教えてもらってないわ、ダフネ」

「……」

 ちょっと黙って三つ編みをいじいじ弄び始める。

「つ。付き合ってないわ。告白もしてない……」

「え!」

 じれったい。なにをしているのだろ。あんなに分かりやすい顔をしていたのに。

「えーっ、言わなくちゃ!もうロジエールは卒業しちゃったじゃないの」

「だって彼わたしのこと妹としか思ってないもの……」

「でも仲良くない子と2人で会ってくれたりしないでしょ?」

 悲しい顔で三つ編みを弄り続けるダフネにパンジーとトレイシーが両側からあたふた慰め始めた。シャルルはワイン片手にそれを見ていた。かける言葉がない。可哀想だけどまあそうだろうなあと思った。

 ロジエールとダフネが2人でいるところは何回か見たことがあるけど、2人は明らかに温度差があったから。

 シャルルはシビアなのでそれをわかっていたし、ダフネも現実的だから自覚的だっただろう。今はお酒のせいでそれでもかなしい思いが零れてしまっているだけ。

 

「みんな色々あるのね」

 パンジーの声は大人びていた。でもどこかスッキリとしてもやもやが晴れたようである。トレイシーも実はまだ恋を知らない。恋をすることが大人だとも思わない。でもよくみんな、他人に期待できるなあ、そこまで心を砕けるなあと感心する思いだった。いつか恋をするのかなあ、わたしも。むりだろうなあ。これはシャルルも思っていた。トレイシーは人間関係の薄暗い計算に慣れすぎていたし、シャルルは他人に期待を持たない。

 年頃になれば結婚相手をいくつか親にあてがわれるから将来には困らないけど、それまでに恋をしてみたかった。

 

 

「シャルルー?降りてらっしゃい」

「はあいっ」

 1階からアナスタシアに呼ばれて5人はフラフラ降りて行った。あれからも話は弾み全員すっかり出来上がっていた。アステリアも途中で目を覚まして「ドラコ様って素敵だわ」「ドラコ様ァ?」「ちょっと、ドラコはわたしの相手なんだから辞めなさいよ」とワインをガブガブ飲んでいた。

 1階では男子3人がソファで潰れて死んでいた。

「シャルルっ、顔真っ赤じゃない!そんなに飲んで……」

 白い肌がトマトみたいになっている自分の娘を見て悲鳴を上げかけた。シャルルは酔っていたのでヘラヘラ笑い、ダフネの母親のイレーネがパンジーの手にある空瓶と机の上の空瓶を見て引き攣るように笑った。

「ちょっとこの子達8本も空けてるわよ」

「8本!?」

「ハハハ!私達より飲んでるじゃないか」

 大人と違って限界にならずに酒を楽しむことをまだ知らない子供達はバカみたいに飲んでバカみたいにちゃんと死んでしまったのである。

 

「無様な……」

 頭痛を感じたようにこめかみを揉んでルシウスがドラコを揺り起こした。セオドールの父親も不機嫌だったが、イレーネやパンジーの母親のシルヴィアは面白がり、心配性のアナスタシアとナルシッサだけ青い顔をしていた。

 

 みんな帰ったあとアナスタシアにこってり絞られてシャルルはむにゃむにゃ眠った。

 すごく楽しい誕生日パーティーだった。プレゼントもいっぱいもらって幸せだった。

 さっきまでみんないた部屋に自分だけになると寂しさが一気に押し寄せてきて、早くホグワーツに帰りたいなと思いながら夢の世界に落ちていった。…

 

 

 

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