Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜 作:しらなぎ
とうとうその日がやってきた。9月1日。今日はシャルルがスチュアート家から巣立つ日だ。拙いながらにもシャルルが軽量化魔法と空間増量魔法をかけたキャリーケースをハウスエルフが持ち、ヨシュアとアナスタシアの腕をそっと組ませた。
頬が熱い。興奮していた。ヨシュアを見上げると、シャルルを穏やかな瞳で見つめた。「姉様」メロウが服の裾をそっと掴んだ。
「僕のことを忘れないで」
今にも泣きだしそうな顔だった。愛おしくなって、シャルルは力いっぱい彼を抱きしめた。シャルルの心音がトクトクと響くのを、メロウは涙目で感じた。
「メロウ、いい子で待てるね」
「はい、父様」
メロウはまだ小さいため、マグルの世界に連れていくのをアナスタシアは拒んだ。メロウは置いていかれたくはなかったが、ヨシュアがアナに賛同した。
ふたりは、時にシャルルへの教育以上に、メロウに過保護だった。それはシャルルが優秀だからだろうとメロウは考えていたが、違う要因が絡んでいた。
ハウスエルフに預けられ、メロウは涙目で3人を見つめた。
ヨシュアが3人の頭を順番に杖で叩く。頭の上から爪先まで、氷水が全身をひやりと這う感覚がして、ふたりがシャルルの視界から消えた。同様にシャルルもふたりの視界から消えただろう。目くらましの呪文だ。腕にぎゅっと力を入れると、左側のアナスタシアの手がそっとシャルルの背に添えられ、体の強ばりがほぐれた。
「決して腕を離してはいけないよ」
返事をするように腕を引く。パシッ。ちいさな音と共に屋敷から3人が消えた。
姿現ししてすぐ目に入ってきたのは、無秩序にうぞうぞと蠢く穢れた血の群れだった。目につくマグルのどれもこれもが、俯き、早足で歩き去っていく。
シャルルは無意識に腕をさすっていた。ポツポツと鳥肌が立っている。アナスタシアが「穢らわしい…ああ、早く行きましょう。こんなところ1秒でも居たくない」と吐き捨てた。
「出来るだけ息を吸っちゃダメよ」
言われなくてもそうしていたが、シャルルは微かに頷いた。見慣れない衣服を除けば、見た目には魔法使いとそう変わらないはずなのに、穢れた血どもはどうしてこうも嫌悪感を湧かせ、理解できない虫のように感じさせるのだろう。
キングズ・クロス駅を足早に進み、蠢くマグルの波を泳ぐように進んだ。壁に向かって突き進むヨシュアにシャルルはちいさく息を呑んだ。目を見開いて悲鳴を押し殺したシャルルにふたりは気づかなかったようだ。
両手が塞がっているので壁に手をつくことも出来ない。目を瞑る暇もなく、シャルルは壁に飲み込まれた。
異様な感覚だった。壁を通り抜けると蠢いていたマグルは消え去り、見慣れた魔法使いたちが溢れていた。真っ赤な蒸気機関車が威圧的に佇んでいる。シャルルは呆然としてきょろきょろと周囲を見渡した。
また、ひやりとした感覚に襲われ、アナスタシアとヨシュアが現れた。置いていかれたこどものようなシャルルにヨシュアがやっと気づき、慌てて彼女と目を合わせた。
「すまない、シャルル。おまえはもしかして、キングズ・クロス駅は初めてだったね?心遣いが足りなかった、怖かっただろう」
そっと抱きしめられ、頭を撫でられると少し気分が落ち着いて、同時に恥ずかしいような悔しいようなきもちになった。ヨシュアがシャルルを忘れたことも、自分が怯えたことも、旅立ちの日にちいさな子供扱いされたことも。
「こわくはなかったわ……。そうね、ただ、ちょっと驚いただけ」
本心ではなかったが、シャルルはそう言った。思いのほかちいさな声になってしまった。
ヨシュアは微笑んで、シャルルのやわい頬にキスをした。
「強い子だ…シャルル。健やかに、正しく、誇り高く、強くなりなさい」
「はい、お父様」
ヨシュアの温もりが離れると、思った以上の心細さが襲ってきた。
アナスタシアが涙声で「頑張り過ぎなくていいのよ。辛くなったら帰ってきて。あなたは優秀すぎる。きっと抱え込むわ」とシャルルを抱きしめた。
「はい、お母様」
心配しすぎだと思ったが、いい子の返事をした。彼らに心配されることは、悪い気分ではなかった。シャルルを愛していると知っているからだ。
アナスタシアがシャルルの瞳をじっと見つめた。鼻先が触れ合う距離だった。彼女の瞳は、いとしさ、よろこび、かなしみ、あきらめ…いろいろな感情が渦巻いて、蒼い瞳がきらきらしていた。
「もう行かなきゃ……」
不思議な色をたたえた瞳に圧倒されて、シャルルは躊躇うように囁いた。「ええ、わかってる……わかってるわ……シャルル……」
アナスタシアとヨシュアはキャリーケースを引いて汽車に乗り込むシャルルを、名残惜しげに眺め続けた。寂しさに後ろ髪を引かれる想いがあったが、汽車に乗ると、同世代のこどもたちが目に入り、否応なく新しい世界への期待に心中は埋め尽くされた。
赤い汽車に飲み込まれ、旅立ってしまったシャルルの背中が見えなくなっても、アナスタシアは汽車を見つめ続けていた。
「行ってしまったわ……」
思わず零れるようにアナスタシアは呟いた。まるで、ホグワーツへ行くことなんて望んでいないような声音だった。いや、事実望んでいなかった。ヨシュアはそっとアナスタシアの腰を支えた。
「きっともう隠しきれない……」
「僕らが守ろう。僕は恐れない」
「わたしは恐ろしい…あの子が…見つかったらと思うと」
爪が食い込み、真っ白になるくらい握りしめられたアナの手をヨシュアが包み込んだ。
「僕らにはその力がある。戦うことも抗うこともできる。それに、シャルルはきっとスリザリンになるだろう。僕らの寮は自分の家族を脅かす敵を、決して許さない」
ヨシュアの言葉はほんの少しだけ頑なな心を溶かしたが、溶かしきるには足りなかった。
「知られることも恐ろしいの!恐ろしいのよ……」
「シャルルは聡い子だ。理性的に物事を捉えることが出来る」
「それは傷つかないこととは違うわ」
「ああ、けれど」ヨシュアは優しい声で言った。「シャルルは僕らの愛を知っている。そうだろう?」
アナスタシアは涙に濡れた目でヨシュアを見つめた。彼はそっとかがみ、さらに言葉を続けた。
「僕は君も、シャルルも愛しているし、誠実に向き合ってきたつもりだ。僕らの日々は嘘だったかい?」
「いいえ……」恥じ入るような声音だった。
「シャルルを愛しているわ」
空いているコンパートメントは既に少なくなっていた。
きょろきょろしながらシャルルは汽車を練り歩く。パンジーやダフネと乗りたかったが、彼女たちを見つけることは叶わなかった。
どこに座ろうか…。
眉を下げる。席が余っているところはいくつかあったが、既に座っている人は純血らしい上品さのないひとたちばかりで、一緒に座るのは遠慮したかった。
そうして席を探しているうちに、ふと目に付いたコンパートメントがあった。肌の白い、痩せ型の男の子が優雅に足を組んで本を読んでいる。はらりと前髪が垂れていて、隙間から除く目は冷たく光っていたが、同時に知性を感じさせた。
悩むこともなく、彼のコンパートメントをコンコンコン、とノックした。
男の子はほんの少し顔を上げると、面倒そうな顔を隠しもせずに片眉を釣り上げた。
「空いてるところがもうないの、ここに座ってもいいかしら?」
シャルルの顔を見て一瞬目を見開いた後、上から下に視線をさっと走らせ「…好きにすれば」とだけ言うと、男の子はまた本に視線を戻した。
「ありがとう」
「別に」
汽車が動きだした。「ついにホグワーツへ行けるのね」思わずシャルルは喜色が滲んだ呟きを零した。
「……より深い知識を得られることは悪くない」
シャルルは彼の顔を見つめた。視線は相変わらす本に落とされている。しかし独り言に律儀返事を返してくれるタイプだとは思わなかったのだ。
本のページを捲る仕草からも気品を感じるこの男の子と仲良くなりたいと、シャルルはふんわりとした笑顔を浮かべて話しかけた。
「あなたの読んでいる本、アヴィン・ケラーの書いた『新種の毒草と周辺の生態系との関連』よね。32ページの考察がおもしろかったわ」
突然長々と話し始めたシャルルに少し驚いた顔をした男の子だったが、「…へえ」と唇の端を歪めた。
「驚いたな、この本を読んでいる生徒がいるなんて」
「お母様が薬草学者だから、関連の本は積極的に読むようにしているの」
男の子は観察するようにシャルルを見てから、うっすらと笑った。そして目を見つめて彼女に視線で促した。
「わたしはシャルル・スチュアート。あなたは?」
「セオドール・ノット」
シャルルはかなりの家柄の名前を聞き目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「あなたと出会えてとても嬉しいわ、ノット」
シャルルはつとめて気品のある微笑みを口元に浮かべた。彼は素晴らしい家柄の子息だ。
「あなたも新入生なの?」
「ああ」
「1年生なのにそんな上級薬草学を読むなんて頭がいいのね」
「きみの方こそ」彼は真顔だったが、声音は軽かった。「教科書はもう全部読んだのか?」
「読んだわ、知らないこともたくさん載っていてとってもおもしろかった」
ノットはいつの間にか開いていた本を閉じて膝に乗せていた。
ふたりは教科書の内容、高度な書物の話、ホグワーツについて…気付けば大いに盛り上がっていた。
どれくらい話していただろう?
──コンコン。
ノックの音が響き、はっとシャルルは周りに意識を戻した。 シャルルは同世代の子と勉強の話をしたり討論をしたりするのは初めてで、たのしくて時間を忘れるほど夢中になっていた。
「車内販売よ、お菓子はいりませんか?」
「そうね…それじゃあ蛙チョコレートと大鍋ケーキ、それとかぼちゃパイをひとつ」
「僕はドリンクでいい。紅茶をひとつ」
「はい、どうぞ」
シャルルの蛙チョコレートはアルバス・ダンブルドアだった。魔法界で有名な偉大な魔法使いだが、ヨシュアもアナスタシアも彼を信用しているとは言いがたかった。思わず顔をしかめた彼女に「どうしたんだ」とノットが問いかけた。
肩をすくめて無言でカードを渡すと受け取る前に「…ああ」と押し返された。やはり、彼もホグワーツの校長を好いてはいないらしい。
「そろそろ着くな」
「えっ、もうそんな時間なの?」
長く話していたつもりはなかったが、思った以上に話し込んでいてシャルルは驚いた。どうやらノットも同じだったらしい。
荷物を下ろして席を整えていると、やがて列車が止まった。
ノットはさっとローブを引っ掛けると、ちらりとシャルルと視線を交わしコンパートメントから出ていった。
彼と話していてわかったが、やっぱりセオドール・ノットという男の子はひとりを好むひとで、思った以上に周りに関心がない。
だけど話は面白いし、知識が深くて、仕草も美しくて、ユーモアもあるし、素っ気ないが優しく、そこそこは紳士的で、なによりスリザリン的だ。
入学初日からそんなスチュアート家にふさわしい友人を作ることが出来てシャルルは大満足だった。そして、きっとノットも同じ気持ちだろうと、シャルルは確信していた。
「イッチ年生はこっちだ!」
大柄の毛むくじゃらの男が大声で叫んでいる。普通の人間の大きさではない…巨人?人間にしては大柄すぎる。けれど巨人にしてはみすぼらしい。よく分からない知能の低そうな男はできるだけ無視して4人がけボートに乗り込み、広大なホグワーツ城へ向かう。
進むにつれて露わになる壮大で、荘厳な歴史を感じるお城にシャルルはうっとり感嘆のため息をついた。
そびえ立つ城から迫るような魔力を感じる気がして、シャルルはお城に入った後も隅々までせわしなく目を動かした。
動く絵画も喋る絵画もたくさん家にあるのに、ホグワーツにあるというだけでとても神秘的なものに思えてしまう。
きっと偉大なる創始者たちが手ずからかけた魔法がこの城にかかっているからだとシャルルは思った。
ホールに1年生が集められると、眼鏡をかけた厳しそうな老婆の魔女が現れた。きっちりとした着こなしも、姿勢も、口調も、威圧的ではあったが、嫌な気分にさせるものではなかった。むしろ、知的な印象を受ける。
彼女が説明を終え「では組み分けに呼ぶまでここで待つように」と去った背中を見つめて、シャルルは碧の瞳をきらりと輝かせた。
ついにホグワーツに入学…。
かのサラザール・スリザリン様のいらした城に自分が立っている興奮から、シャルルのやわいほっぺたは上気し、指先がふるふると震えた。なんだか叫びたい気持ちになって、必死に両手でくちをおさえる。
「久しぶりね、シャルル。あなた口を押さえたりしてどうしたのよ?」
「パンジー!」
黒髪を肩の上で綺麗に切り揃えた、キツめの顔つきの女の子…ダイアゴン横丁で出来たシャルルの友達が後ろにたっていた。
「ああっ、ひさしぶりねパンジー!わたしっコンパートメントをさがしたのよ!」
「まあ、そうだったの?でも悪いわね!いとこの上級生と一緒に乗ってたのよ。あなたと乗りたかったわ」
「それならしかたないわ…。でも、今日から同じ寮だもの。たくさんお話しましょうね 」
「もちろんよ。同じ部屋になれたら嬉しいわね!」
「だめだったら交換してもらえないのかしら」
久々の再会に盛り上がっていると、突然ふたりの会話を引き裂くような悲鳴が聞こえた。
その正体はゴーストだった。フレンドリーな霊たちが子供たちの周りをくるきる飛び、そのまま嵐のように過ぎ去っていった。
「ホグワーツでは霊さえも住人なのね。おもしろいわ!」
「気味が悪いだけじゃない」パンジーはつまらなそうに肩を竦めた。
マクゴナガル教授について入った大広間にはホグワーツ中の人が集まっていた。四つに別れた生徒達の目が1年生の目を見つめていて、シャルルは少し体を固くした。
しかし、それも天井を見ればすぐに吹き飛んだ。
黒く滑らかなビロードの布に、砕けた氷が散りばめられたような夜空の天井はとても見事で、今にも星屑が降ってきそうなほど幻想的だ。
「この空には魔法が掛けられているのよ」
誰かの言葉が耳に入ってくる。
やはり創設者の四人は偉大だ…。こんなに美しくて壮大な魔法は見たことがない。
感動で言葉が出なかった。
シャルルは組み分けの方法をアナスタシアに教えてもらったけど、周りの子はみんな知らなかったみたいで、不安そうにしたり、魔法の練習をしている子がたくさんいた。パンジーもそのひとり。
「お父様は何も心配することはないっておっしゃっていたけれど、一体なにをするのかしら?」
「すぐにわかるわ、きっとね」シャルルは悪戯げに言った。
厳格な雰囲気でマクゴナガル教授が前にでてくると、ざわざわとしていた大広間に一瞬で静寂が訪れた。手には帽子を持っている。
「何かしら、あの薄汚い帽子」
パンジーが嫌そうにつぶやいた。
帽子がぴくりと動き出し、よく響く声で歌を朗々と歌い上げた。大広間は拍手の大喝采で満ち、シャルルも一生懸命に手を叩いた。
ゴドリックの遺した由緒正しき帽子だと知っていたからだ。
シャルルはこの考える帽子がとても素晴らしいと思うのだが、パンジーはそうではないらしい。
「あの帽子を被れっていうの!?ありえない!」
おぞましいというように身をよじり、強く拒絶の色を見せている。嫌よ嫌よと喚くパンジーをシャルルは宥めた。
「大丈夫よパンジー。きっとすぐ済むわ」
アボット・ハンナから始まった組み分けはたまに時間のかかる生徒はいるものの順調に進んでいた。
シャルルは聞き覚えのある純血家系の子供をじっと見つめ、顔と名前、振分けられた寮をしっかり覚えた。
コンパートメントで一緒になったノット、昔馴染みのダフネ、そしてパンジーもほぼ考える間もなくスリザリンに組み分けされ、笑顔で席へと向かっていった。早く二人の元へ向かいたいと視線を向けると、目の合ったセオドールが微かに頷いてくれた。胸が温かい気持ちに包まれ、うれしくなった。
「ポッター・ハリー!」
マクゴナガル教授の声が空間を裂き、歓声がざわめきに、そして静寂へと変わった。冷たい静寂ではない、興奮を抑えきれず沈黙に熱が篭った、今にも破裂しそうな静寂だ。
数え切れないほどの人の目が、ひょろひょろとして頼りない表情の眼鏡の男の子へ突き刺さる。
彼がハリー・ポッター…あの"例のあの人"………ヴォルデモート卿……から生き残った男の子…。
英雄は、思った以上に普通の男の子だった。不安そうで、緊張しているのか体は強ばっていてる。
考える帽子は、とても長い時間悩んだ末に「グリフィンドーーーールッ!!!」と叫んだ。
その瞬間歓声が爆発する。
広間が揺れたと感じるほどのたくさんの喜びの叫びがグリフィンドールの席から聞こえてくる。
他の寮は悔しげだったが、シャルルはこの結果は当然だと思った。ポッター家は代々グリフィンドールに組み分けされる。それに暗黒の時代を"例のあの人"から救った功績は英雄的だ。これは成るべくして成った結果なのだ。
シャルルは、英雄のちいさな背中を見つめた。
「スチュアート・シャルル!」
ついにシャルルの順番が来た。シャルルは不安なんか微塵も感じていなかった。自分にどんな素質があるのか、どこへ組み分けされるのか、ただ強い好奇心でわくわくと心が跳ねていた。
シャルルが前に出ると、大広間がさざめいた。
シャルルは軽い足取りで堂々と前に進み、艶やかな黒髪を靡かせ、サファイアのような碧い瞳をきらきらと輝かせる。
熟れて赤く染まった頬がますます肌の白さを際立たせていた。シャルルは人形のように可愛らしかったが、未成熟な色気があり、どこか人の視線を惹き付ける魅力があった。
そして、生徒達が惹き込まれるのとは別の要因で、教師達もシャルルに息を飲んで注視していた。ダンブルドアが青の目をきらきらさせてシャルルを見ていた。スネイプがえも言われぬ感情を押し殺してシャルルを見ていた。マクゴガナルが瞳が潤むような気持ちでシャルルを見ていた。
シャルルはあまりにも、あまりにも今は亡きかつての生徒たちの面影をうつしすぎていた。
当の本人はといえば、そんな大広間の様子などまったく気にせずに憧れの創設者たちの遺物に興奮し瞳をうろつかせている。どきどきと椅子に座り、ゴドリックが遺した帽子を被ると「ウーーン…」と耳元で唸り声がし、びっくりしてシャルルはちいさく跳ねた。
───すごい!ほんとうにしゃべるのね!
「いかにも、わたしは考える帽子。お嬢さんの資質を見極め、それに相応しい寮へ組み分けよう。ふむふむ、きみには貪欲な知識欲があり、勤勉な努力家だ。ほほう、その上君の血はロウェナに近いようじゃな?レイブンクローの素養はある。しかし君にとって知識は手段のようじゃ」
───帽子さん、わたしはスリザリンに入りたいの。
「ふむ、スリザリンかね?確かにきみは熱烈な純血主義者であるようだ。そして合理的で計算高い…狡猾さもある。家族や友に対する深い献身性がある。だが、既存に逆らう気骨と反発心も持ち合わせており、何より革命的だ。きみの本質は闘志と同胞愛で、抑圧されることに我慢がならない性質。信念を貫くために断固とした手段も厭わない頑迷さ。自己愛を発端とする同胞愛。きみはグリフィンドールでもスリザリンでも得難い経験を得るだろう」
───グリフィンドールなんて冗談じゃないわ!素晴らしい寮だとは思うけど、自分が入りたいとは思わない。スリザリンにして!
「そこまで言うのなら…資質は十分、ゴドリックは実に惜しむじゃろうが…むしろここしかないと言える。きみはこの寮で必ずや偉大なことを成すだろう ───スリザリンッッ!!! 」
スリザリンが歓声をあげて、シャルルを拍手で迎えてくれた。シャルルも笑顔で手を振っているパンジーの隣に向かう。その背中を視線で追った教師達が目を伏せて、一瞬のうちに過去の懐かしさを思い出し、振り払った。
「ようこそ、スリザリンへ」
先輩の歓迎ににっこりと笑顔を返す。パンジーが手を挙げてくれた。しかし隣には既に誰かが座っていて、シャルルは眉を下げた。
「ここはシャルルが座るの」パンジーがなんでもない事のように言い放った。「ほら、あそこが空いているわ」
パンジーの隣に座っていたのは、恐らく上級生だったが、黙ってパンジーの言葉に従った。当たり前のようにシャルルはパンジーの隣の席に腰掛けた。
すかさず、シャルルのにこやかな笑みにもう虜にされてしまった1人の崇拝者が、さっと飲み物を差し出し、彼女はそれを受け取る。
「ちょっと時間がかかったわね」
「レイブンクローと迷ったみたい。お母様の一族がレイブンクローの末裔だから」
シャルルは笑顔でさらりとそう述べる。
それに目の前の男の子が興味を持ったように話しかけてきた。「へえ、それってマーミラ?ダスティン?それともクリミアーナかな」
「ダスティンよ」
男の子は青白い肌をして、顎が少し尖っていて、つんと高い鼻を上に向けていた。
「父上があそこは叡智に優れた素晴らしい家系だと仰っていた。僕はドラコ・マルフォイ。こいつらはクラッブとゴイル。君をスリザリンに歓迎するよ」
マルフォイと言えば聖28一族の中でもかなり上位の名家だ。ブラック家が断絶した今、血筋でも象徴的権威でも金銭的にも、頂点に立つと言っても過言ではないかもしれない。
少年の両隣で狂ったように口に食べ物を詰めている──控えめに言っても豚のような食事風景を演出する2人の少年についても、シャルルは認識を改めた。彼らは愛されてふくよかに育った血筋の良い子供達だ。シャルルは愛想よく微笑んだ。
「ありがとう、わたしはシャルル・スチュアートよ。よろしくね 」
首をこてんと傾けて花が咲くような笑みを浮かべたシャルルを見て、マルフォイの青白い頬にさっと朱が差した。
「スチュアートか…あそこの娘はパーティに全く出てこない変わり者だって有名だったけれど、噂は当てにならないな」
「噂?」
「それならわたしも聞いたことあるわ。あなたについて、面白い噂が貴族社会に流れているの」
自分についての噂?上流階級との付き合いを制限され、他の純血家系の子息子女たちに比べ、社交界に疎いシャルルは、こてんと首をかしげた。
「根も葉もない噂さ。スチュアート家のご令嬢が表に出てこないのは、顔も見せられないほど醜いのか、それとも既に死んでるのかってね」
「まあ!」
「だが実際の君はどうだ。醜いどころかとても…アー…噂とは真逆だ。」
少し言い淀み、照れるように言った彼にシャルルもほんのりと頬を染めた。同世代の男の子に褒められるのは慣れていないのだ。そんなふたりにパンジーはむっとするが、相手がシャルルなら仕方がないと小さなため息をついた。なにせ、彼女は自分でもみとれてしまう宝石のような美貌を持っているのだから。
最後にブレーズ・ザビニがスリザリンに組み分けされると、長い銀髪の髭に青くきらめく瞳のアルバス・ダンブルドア校長が壇上に立った。
「 おめでとう!ホグワーツの新入生おめでとう!歓迎会を始める前に二言三言言わせていただきたい。では行きますぞ。
Nitwit! Blubber !Oddment! Tweak 」
シャルルは呆気にとられて、悪戯気な笑顔を浮かべるアルバス・ダンブルドアをぽかんと見つめた。
小さい頃からダンブルドアを信用してはいけない、巫山戯た狸爺で、腹の底を見せない偽善者だなんだと話を聞いていたが…。
「なにあれ?頭が耄碌してるんじゃないの?」
呆れたように言うパンジーにシャルルは全面的に賛成だった。ユーモアだとしても彼は少し頭がおかしいのかも。シャルルは肩をすくめた。
空腹が満たされ、生徒たちは大広間を後にした。スリザリン寮への案内は、監督生と呼ばれる優秀な生徒が案内してくれた。
大広間からほかの寮の生徒がいなくなるのを待って、地下室へ向かう。
「決して寮の場所を知られないようにしろ」
暗く、落ち着いた雰囲気の、ひやりとした廊下を進んでゆく。
監督生は暗いブロンドの髪をかき混ぜた。「決してだ。秘密は保たれなければならない。わかるな?」
冷たい口調だった。1年生はお互い顔を見合わせて、おずおずと頷いた。
「やめなさいよ、シーザー。あなたって本当趣味が悪いわ」
「黙れ、ファーレイ」嗜めた茶髪の女性を、監督生は睨めつけた。だが、彼女は受け流して、さらに続けた。
「わたし達は家族よ。同じスリザリン寮になったからには、わたし達はあなた達を全力で守る。そしてそれをあなた達にも望むわ」
「フン」シーザーは鼻を鳴らした。
「だがファーレイの言う通りだ。僕らは敵が多い……だからこそ、支え合うべきだ」
誠に不満そうにシーザーは顔を顰めた。
「まず、秘密を保て。寮の場所、合言葉、自分の秘密……家族の秘密。そして狡猾であれ。僕らは誰よりも理性的な選択を取り続けることが出来るはずだ」
シャルルはこの2人を好ましく思った。そして、この2人の思考を形成したスリザリンも、やはり、正しくシャルルが入るべき寮だったのだと感じた。
長い廊下のいくつかあるうちの扉を素通りし、シーザーは扉と扉の間の、なにもない壁の前で立ち止まった。石造りの煉瓦壁だ。特に特別なところは見当たらない。
「純血」
途端に石の壁の奥に道が出来て、シャルルたちはそこをくぐって談話室へと降り立った。
「スリザリンへようこそ」
少しも歓迎していないような声音だったが、もう1年生たちにはわかり始めていた。
「僕らは君らを歓迎する。選ばれた家族たちだ」