Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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21 新しいシーカー

 掲示板にビッグニュースが張り出された。パンジーが齧り付くように読み上げて、マルフォイを振り返った。

「金曜日の夕方、クィディッチの試験が行われるって!ドラコ、あなたはシーカーを受けるのよね?」

「ああ」

 当然だ、と彼はソファにさらに深く腰を沈めた。

 余裕を演出するマルフォイにうっとりと頬を熟れさせて、「あなたなら絶対に選ばれるに決まってるわね」と素早く隣に潜り込み、しなだれかかった。

 

「随分余裕じゃないか」

 からかいの声に反射的に視線を投げれば、声の主はやはりブレーズ・ザビニだった。

 数日前シャルルが大広間で彼の名を出して以降、シャルルは以前より格段にザビニと話す機会が増えていた。

 それに伴ってザビニはどんどん大きな顔をするようになり、今だってこうして、スリザリンの上級生を押しのけて暖炉にほど近い座り心地の良い席にお仲間たちとつるんで座って、マルフォイに面白がるように顔を向けている。

 マルフォイは眉をピクリとさせたが、すぐに「ふん」と軽く笑い、それをいなした。

 

「僕の飛行術の実力はお前も知っての通りさ。上級生にだって僕を超える力を持つのは、既に選手になっている選ばれた数人だけだ」

「まあ、それは認めてもいいかな。でも忘れていないか?ヒッグスはお前なんかより遥かに経験豊富で、クィディッチに対する執念も強い。果たして彼を押しのけてお前が選ばれるなんてこと、あるかな」

 粗をつついてやろうというザビニの得意気な視線に、マルフォイは胸の中に喜びが満ちるのを感じた。シーカーに選ばれるのは、ほぼ決定事項だ。彼自身の実力は申し分ないし、マルフォイ家もスリザリンの勝利に貢献する準備は完璧に整っている。さらに、ヒッグスという大きな壁も、既にクリアしていた。

 

 自分の嫌味に不愉快になるどころか、ますます勝ち誇った表情を浮かべるマルフォイに、ザビニは冷めた顔で「ああそう」と呟く。

「なるほどな、既に結末は決まってるわけだ」

「さあ、どうかな。マルフォイ家がいくら素晴らしい家系だとは言え、クィディッチは血統で選ばれるわけじゃない。栄光に相応しい実力で選ばれるものだからな」

「御託はいいよ。お前は分かりやすすぎる」

 気分を害して負け惜しみのようなものを吐き捨て、ザビニはエントウィッスルとアクリントンを連れて大股で男子部屋に戻って行った。

 

 彼の背中を侮蔑と優越感を込めて見送ってやる。

 嫌味ったらしく敵対的なザビニを完璧にやり込めたことはマルフォイの機嫌をさらに向上させた。

 最近はシャルルの名声によって調子づいていたザビニだが、マルフォイの前では靴先の埃にすらならない。

 

 パンジーが感嘆のため息をついて、シャンデリアの光を瞳に反射しながらきらきらマルフォイを見上げた。

 素直で従順な彼女の態度に悪い気はしない。上機嫌のまま、パンジーの黒髪の先を軽くさらうと、パンジーは真っ赤になってマルフォイの腕をさらにきつく締め上げた。彼女の愛情表現は過激だが、その真っ直ぐな好意は自分の価値を正当に評価されている証だ。

 ふと、自分にそうしない1人の同級生の女の子が脳内に浮かんだ。

 ザビニみたいな軽薄な男と連日親しげに茶会をし、先日はセオドール・ノットの腕に絡みついて、ヒソヒソと言葉を交わしていたシャルル。まるで今のマルフォイとパンジーのように。

 

 それを思い出すと、満ち足りていた気分に水を刺されたように苛立ちが胸を掻き乱す気分になる。完璧に整った絵画に、消せもしない染みが滲んでいるような。

 彼女はパンジーとも、他の子女とも違う態度だった。ダフネとは親の関係でお互い婚約者候補のひとりという間柄ではあるが、お互いに深入りしない冷めた関係だ。トレイシーや他の純血子女はマルフォイ家に従順に媚びるか、恐れて一定の距離を保つ。

 シャルルだけが、マルフォイの周りを付かず離れずうろちょろしていたかと思えば、突然突き放したり、突然飛び込んだりしてくる。

 気まぐれの猫のようで、いつも彼女に自分のペースを乱され、彼女が何を考えているのかまったく読めなかった。癪なのは、マルフォイが彼女に対して、それを不快には感じていないことだった。

 

 シャルルはマルフォイの内心など知らず、談話室の本棚のそばでセオドールと何やら本を向かい合って眺めている。クィディッチで盛り上がる寮生や、マルフォイを始めとする選手たち、選手候補たちに何の関心も寄せていない。

 

 マルフォイは眉を顰める。

 僕が選手に選ばれたら、そんな風に他人事の顔で素知らぬふりも出来なくなるさ。

 内心で呟いて、マルフォイはパンジーに強請られるまま、自身の武勇伝を語り聞かせるため口を開いた。

 

*

 

 クィディッチ選抜戦には当然のようにシャルルも連れて行かれた。パンジーは朝から、まるで自分が試験を受けるかのように緊張して、忙しなく髪をといたり、駆け足になったり、深呼吸を繰り返していた。

「ドラコ、あなたなら大丈夫よね」

「絶対に受かるに決まっているわ。わたし、確信しているもの」

「ね、ドラコ、応援してるわ。頑張ってね。あなたのこと信じてる」

 

 たたでさえ多少緊張しているのに、何十回も朝から応援を投げつけられたマルフォイはとうとう「分かってる!」と声を荒らげた。

「君は僕にプレッシャーを与えたいのか!?」

「ごめんなさい、わたし、そんなつもりじゃ……ただ、緊張して……」

「どうして君がそこまで緊張するんだ?」

「だって……」

 マルフォイはため息をついて、ネクタイを直した。子犬のように涙を溜めて俯くパンジーに苛立ちが僅かにほぐれ、マルフォイは呆れの混じる柔らかな声を出した。

「応援は嬉しく思ってる。でも集中したいんだ」

「そうよね。分かったわ、邪魔してごめんなさい……気持ちが伝わっているなら良かったわ……」

「ああ。心配するな、パーキンソン。僕が落ちるわけないだろ?」

 マルフォイはクールに唇を釣り上げて、目を細めた。

「君は安心して、いつも通りただ僕を見ていればいい」

「ド、ドラコ……!」

 

 パンジーは真っ赤になって溶けきった声を出した。

 瞳には先程とは違う涙が浮かんでいる。ときめきで息も絶え絶えになったパンジーはよろよろとソファに崩れ落ちて、夢心地で彼の背中を見送った。

 

「ワーオ」

 ダフネが目をくりくりさせて口を開けた。林檎の乙女に駆け寄ると、シャルルは横から「きゃあ!」と黄色い声を上げて抱きついた。

「今のマルフォイ、とっても素敵じゃない?わたしまでドキドキしちゃった」

「彼があんなにキザなこと言うの、珍しいわ……。それが上手く決まるのはもっと珍しいわね」

 ダフネはまだ信じられないというように、しげしげと彼が去った方を眺めている。

 

「ああっ、ドラコ……これ以上好きにさせてどうするつもりなのよ……」

 顔を覆って泣き出したパンジーに目を剥いて、パッと身体を離す。「パ、パンジー?」

 戸惑いには彼女の鼻をすする音が返ってきた。

「嬉しいのにどうして泣くの……?」

 心底弱り切った声を出して、シャルルはシルクのハンカチで流れ出した雫を拭った。パンジーは少しして泣き止んで、恥ずかしそうに口を引き結び、眉を上げたり下げたりした。

 八つ当たりみたいにまだ赤みの残る頬で、「シャルルはこどもね。好きな気持ちは心臓をぎゅっと痛めるのよ!」と怒ったように言った。

 ダフネは照れくさそうに「その気持ち、わかるわ」と頷いている。

「泣いてるパンジーの方がこどもじゃないの……」

 シャルルは正論を言い返したが、なぜかその声は途方に暮れたこどもの負け惜しみのように響いた。

 

 

 ピッチの観客席の最前を陣取ったパンジーは祈るように競技場を見つめていた。ノットやトラヴァースやエントウィッスルが少し離れた席で足を組んで、冷静に見下ろしている。

 マルフォイがいくら箒の扱いに対して才能を示していても、ヒッグスを始めとして、有用な選手はたくさんいる。

 キャプテンのフリントが飛んできて、その後ろに選手達と、選手候補生達が続いてやってきた。

「あの箒……!」

 ダフネが驚愕で立ち上がった。

「何?」

「ニンバス2001よ!今年の最新作!さすがマルフォイね……」

「新しい箒?素晴らしい箒なのね?」

「ええ、あの箒に優るものは誰も持っていないと思うわよ」

 パンジーは顔を輝かせた。マルフォイは自信に満ちた顔つきでシャルル達の方に笑いかけた。トレイシーが何かに気付いて小さく叫んだ。

「ヒッグスがいるわ!」

「はぁ?そりゃいるでしょうよ」

 パンジーが困惑の声で答える。

「違うのよ。見て、後ろの席よ」

 

 興奮するトレイシーがこっそり指さした方に振り返ると、1番後ろの席にポツンと冷酷な顔をしたヒッグスが観察するように座って、マルフォイを注意深く眺めている。いつも穏やかで寛容な彼らしくない表情だった。

 混乱した口調でパンジーが言った。

「なんで?だってヒッグスは選手でしょ?」

「あんなところにいたら、まるでわたし達みたいに、選手を応援する人みたいだわ……」

 考え込むダフネの言葉でシャルルはピンと来た。テレンス・ヒッグスは今年最上級生だ。そして、彼についての話題を参加したパーティーで父親が幾人かの役人たちと話していたことを思い出した。

 

「そういえばお父様が夏仰ってたかも……。魔法省のスポーツ部の管理部長がスリザリンから引き入れたい選手がいるって。ヒッグスのクィディッチに対しての熱意と視点は確かなものだって」

「魔法ゲーム・スポーツ部の管理部長……?たしか、今はアンガス・プレンダーだったかしら?」

 即座にダフネが名前を引き継いだ。

 トレイシーが素早くまばたきをし、早口で言った。

「聞いたことあるわ!彼ってヒッグスの親族じゃなかった?彼が魔法省を目指してるっていうのは有名だし、もしかしてスカウトが来たんじゃない?」

「もしそうなら、今年クィディッチをしている余裕はないわよね。魔法省の試験は難関だし、N.E.S.T.試験も全てパスしなくちゃいけないもの」

 周囲の熱に釣られて、シャルルも少し興奮気味に分析し、小さな微笑を浮かべた。

 

 魔法省は人脈だけで入省出来るほど甘い組織ではない。もちろん家柄のアドバンテージはあるが、特に影響力が大きい部署ほど、個人の才覚が問われる。

 少女たちは思慮深く沈黙し、興奮と緊張感が流れ出した。

 パンジーが喜びに胸を弾けさせて破顔した。

「ヒッグスはシーカーを降りるのね!」

 後ろのヒッグスに聞こえないようにひそめてはいたが、パンジーの甲高い喜びの声は周囲によく通った。シャルルは慌てて後ろをさりげなく確認した。彼は穏やかで注意深い真顔のまま変化していない。幸いなことに聞こえなかったようだった。

 しかし、アラン・トラヴァースが軽く眉を上げて隣のエントウィッスルに話しかけたので、彼らにも情報は共有されたようだった。

 

 マルフォイのシーカー戦にあたり、1番の仮想敵はテレンス・ヒッグスだった。マルフォイは他の上級生には引けを取らない飛行術を会得している。

 胸を撫で下ろし完全にリラックスした表情で、パンジーはやっと身体の緊張が解けていくのを感じた。ダフネの言の通りなら、ニンバス2001まで手に入れたマルフォイを阻むものはないだろう。

 

 実際、マルフォイは規定事項のようにシーカーを獲得した。

 スニッチをピッチに解放して、1番最初に捕まえた生徒がシーカーに選ばれる単純なテストで、マルフォイは5分足らずでスニッチを手にした。

 彼より早くスニッチを見つけた上級生は、しかしマルフォイのタックルとニンバスの早さに体勢を崩し、いとも簡単に金の飛翔体をマルフォイは掴んで、見せびらかすように掲げてみせた。

 パンジーは狂喜乱舞して黄色い声で叫び、シャルルも彼に熱の篭った拍手を送らないわけにはいかなかった。

 2年生から正選手に抜擢されたのはマルフォイだけだ。

 チェイサーにエゴン・フォスターが立候補していたが、惜しくも彼は準選手という補欠止まりの結果に終わってしまった。

 称賛と歓声を一心に集めるマルフォイに、フォスターは靴底を地面に擦り付けて悔しげに俯き、彼の派閥のトップであるザビニは興ざめした顔で腕を組んでいた。

 

*

 

「シャルル!いい加減起きてよ!起きなさい!」

 

 身体を激しく揺すられて、シャルルは重たい瞼を何とか開けて何回かまばたきをした。頭が重い。眠たくて眠たくて頭が靄がかっている。またウトウトとし始めると、パンジーの怒鳴り声がシャルルの横っ面をはたいた。

「なん……なに……?今日は土曜日、でしょ……」

「ドラコの応援に行くって言ったじゃないの!」

「うん……?言った、かな……」

「起きなさいよ!レイジー!シャルルの服を用意して!」

「はい、パーキンソンさん」

 従順な返事をしてターニャ・レイジーは小さく頭を下げた。マグル育ちの混血の魔女で、パンジーとシャルルの専属メイドである。

 

 これだけ怒鳴られてもまたも夢の世界に旅立ちそうになっているシャルルの腕を無理やり掴んで起き上がらせ、パンジーはいらいらしながら腕を引いてシャワールームに叩き込んだ。

 そのまま冷水を浴びせると、シャルルは素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。

「な、な、何するのよ!?」

「やっとお目覚め?早く準備しないと練習が始まるわ!ドラコがさっき談話室に来たの」

「パンジー……!」

 

 いくらわたしが寝坊したからと言って、問答無用で起き抜けに冷たい水を掛けられるなんて信じられない!

 

 無理やり起こされた時のシャルルはかなり不機嫌になりやすい。珍しく怒気をあらわに睨みつける彼女に少し臆して、パンジーは宥めるように謝罪をした。

「ごめんなさい、少し乱暴だったのは認めるわ。でもあなたも悪いのよ。何度も起こしたのに、あなたは3度寝までしたわ!」

 罰が悪そうな顔をしつつも、告発するような口調に今度はシャルルが眉を下げる番だった。

 昨夜マルフォイがもう練習に参加するらしいからと応援に誘われ承諾したことも、何度も起こされてそのたびに自分が寝入ったことも覚えている。

「分かったわ。お互いミスがあったってことで、今回は水に流すことにする」

「OK、あなたの自虐に免じてわたしも譲歩するわ」

 ビショ濡れで水に流されているシャルルをからかってふたりは握手をした。シャルルは開き直って笑い、素早くシャワーを浴びて乾燥呪文で髪を乾かすと、素早く衣服に身を包んだ。

 休日だから制服はクリーニング中だ。

 パンジーはダークグリーンのワンピースにローブを羽織り、シャルルは白のフリルブラウスに黒いロングスカートを着て、ローブを羽織ると急いでピッチに向かった。

 早朝からなんの関係もないのに、口論で叩き起されたイル・テローゼはベッドの中で苛立ちながら寝返りを打ったが、それを気にかける人間はいない。

 慌ただしい朝にレイジーが小さくため息をつき、ようやく休日の優雅な眠りに戻って行った。

 

 ふたりがピッチに行くと、なぜか緑のローブと対峙する赤のローブの集団がピリピリと睨み合っていた。

「どうしてあいつらがいるのよ?」

「さあ……」

 観客席に行こうとしたふたりは道を変えて、憤慨するパンジーに引っ張られるままその集団に足を向かわせる。

 近くに行くと、得意げに意地の悪い笑顔を浮かべる選手団が揃いの箒を掲げて、朝日に煌めいているのが見えた。

「ニンバス2001……」

 思わず呟く。洗練されたスリザリンカラーの美しい箒が並ぶ様は圧巻だった。

 

 シャルルたちが向かうの同時に、ハリー・ポッターのお仲間がピッチに走って来るのが視界に入る。パンジーが親の仇のように睨みつけ、とうとうマルフォイの元へ駆け出した。

 

「一体何事だい?なんでここにスリザリンがいるんだよ」

 怪訝そうにマルフォイを見るウィーズリーにパンジーが噛み付いた。

「それはこっちのセリフよ!今日はドラコの初練習なのよ!あんた達なんかに邪魔されたんじゃたまらないわ」

「パーキンソン!?スチュアートまで……」

 シャルルは曖昧に笑って流れを静観する。戦闘モードになったパンジーはマルフォイでも止めるのはなかなか難しいだろう。シャルルならなおさらだ。

 ウンザリした顔でウィーズリーが「うげっ」と呟いた。

「こんなところまで番犬がいるのかよ。パグをガールフレンドにするマルフォイの気がしれないぜ」

「何ですって!?」

 怒りに頬を燃え上がらせ、掴みかからんばかりに怒鳴るパンジーに、ルシアン・ボールがスッと前に出て制止した。怜悧な美貌を軽蔑に歪め、ウィーズリーを高い位置から冷たく見下し、

「レディを罵倒するなんてどんな教育を受けているんだ?グリフィンドールには女性を尊重する文化もないのか?」

 と吐き捨てると、高い背を屈めてパンジーと視線を合わせた。

 

「あんな下劣な野蛮人の言うことなんか真に受けることは無い。笑顔が可愛くて、素直で真っ直ぐな性格は魅力的だ。君はとても素敵だよ」

 優しく微笑まれて、パンジーは押し黙った。眉を下げて赤くなっている。うっとり照れているというよりは、彼の賞賛に感じ入って言葉が出ない様子だ。

 シャルルさえ胸がざわめくようなスマートな対応をするボールは、さすがスリザリン1のプレイボーイだった。

 こういう時に真っ先に庇うべきなのはマルフォイでしょう。シャルルは彼の後ろ姿を睨みつけるが、マルフォイはポッター達をやり込めることに夢中になっている。

 

「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ」

 マルフォイは満足気に言った。

「僕の父上がチーム全員に買ってあげた箒を、みんなで賞賛していたところだよ」

 ウィーズリーは輝く7本の箒に口をあんぐりと開けて凝視した。パンジーとシャルルも驚きに目を丸くする。ルシウス・マルフォイの惜しみない尽力には尊敬の念が耐えない。まさか、息子のためにここまでするなんて。もしくはスリザリンの栄光のためなのだろうか。

 間抜け面のウィーズリーにマルフォイは残酷で凶悪な笑みを頬に張り付けた。

「だけど、グリフィンドール・チームも資金集めして新しい箒を買えばいい。クリーンスイープ5号を慈善事業の競売にかければ、古美術商が買いを入れるだろうよ」

 ドッと爆発したように悪意に満ちた嘲笑が緑のローブから上がった。パンジーも一際甲高い声で大声を上げている。

 シャルルは、嘲りの対象がウィーズリーだったので曖昧に微笑む程度に留めた。昨年末のグリフィンドールには大変な苦渋を飲まされたし、その悔しさと憎悪は消えてはいないが、彼の家が貧しいことはそれに関係がない。

 

 マグル生まれの魔女、ハーマイオニー・グレンジャーが憤然と前に一歩踏み出した。

「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰1人としてお金で選ばれたりしてないわ。ハリボテの名声に阿ったスリザリンと違って、こっちは純粋に才能と実力で公平に選抜されたのよ!」

 得意げに輝いていたマルフォイの顔がちらりと歪んだ。パンジーが掴みかかる前に、マルフォイが忌々しげに顎を上げて吐き捨てる。

 

「誰もお前の意見なんか求めてない。生まれ損ないの『穢れた血』め!」

 

 途端に怒号が轟轟と響いた。グリフィンドール達がいきり立ってマルフォイを怒鳴りつけ、スリザリンの上級生たちは彼を庇うように立ちはだかった。

「よくもそんなことを!」

 赤いローブの女子生徒が鬼婆のように甲高く唸り、ウィーズリーの双子を皮切りに他の選手たちが杖を構える。

 険悪な空気の中、当のグレンジャー本人は突然変わった空気に目を白黒させていた。

 

 シャルルは胃の中がムカムカするのを感じていた。

 公に『穢れた血』だとは世間体を気にして口にしたりはしないが、穢れた血ごときが聖28一族にこれほどの侮辱を向けたのだから、そのくらいの罵倒は甘んじて受けるべきだ。

 誰が誰に物を言ったのか自覚していない愚か者ばかりで、グリフィンドールの『混じり』達にはウンザリさせられる。

 穢れた血なんかにマルフォイ家がいいように言われるなんてこと、許してはならない。しかも、寮同士が対抗しているこんな大勢の前で純血の重みを軽視されるのはありえない。

 シャルルは腕を組んでマルフォイの隣に並んだ。

 彼はパッと横顔を見て冷たいグレイの瞳をまたたかせた。

 彼女が応戦するのは非常に珍しい。ほぼ初めてとも言ってよかった。マルフォイがポッター達と揉めている時、シャルルやダフネは我関せずと離れた場所にいることが常だった。

 

「グレンジャー」

 

 彼女をシャルルは既に覚えていた。スチュアートとノットの名に土を付け、去年の学年末テストで1位に輝いたマグル生まれの名前。その他大勢の価値のない路傍の石ころだった彼女は、シャルル以上の才能を示した。シャルルは彼女を一個人として認識するようになった。今年度は絶対に負けるわけにはいかないと、屈辱とか対抗心も芽生えていた。

 

 名前を呼ぶだけで、『穢れた血』の彼女はたじろいだ。今まであからさまに無視していたシャルルが己の名を呼んだことに、猜疑心と警戒心と困惑を浮かべて、用心深くシャルルを見返してくる。

 グリフィンドールもスリザリンも睨み合いながらシャルルの動向を伺い、視線が刺さった。

 

「マルフォイは公平なテストを受けて、実力で栄光の座を掴んだわ。訂正しなさい」

「……スリザリンが何よりも血統を重視するのは事実だわ。あなた達の言う公平は、私達の基準では「媚びへつらう」って言うのよ」

「……」

 彼女はシャルルの雰囲気に押されているくせに、顔を固くしながらも、まっすぐにシャルルの目を睨みつけて澱みなく言い返した。

 苛立ちのあまりに口を噤んだのをどう思ったのか、グリフィンドール達が囃し立て、グレンジャーが挑むように胸を張った。

 

 シャルルは冷静さと気品を失わないよう自分を律することに、僅かに時間を要しなければならなかった。

 唇を軽く舐めて、柔らかな声を出す。

 微笑で武装したシャルルに、やはりグレンジャーから動揺が見える。精神の優位性はシャルルにあるのだ。

 

「マルフォイは上級生の候補者全員よりも優れた結果を出したわ。それに、この箒だって経済力を誇示するためのものじゃない。

 父親が息子に掛ける期待と愛情をそんな風にしか思えないなんて、マグルってとんでもなく貧しい感性をしているのね。穢れた親に育てられたあなたに憐れみすら感じるわ」

 

 シャルルは昨年末にダンブルドアに向けられた表情を思い出して、意識的にそれを真似た。瞳に軽蔑と嘲りと憐れみを映し、白々しく微笑んでいた屈辱的な表情は、何度も何度も何度も思い出して腸を煮えくり返らせていたので、忘れられないほどによく覚えている。

 今度はスリザリン生が歓声を上げた。

 マルフォイが「スチュアート……」と動揺の声を洩らし、僅かに頬を紅潮させている。

 グレンジャーは唇を引き結んでうっすらと瞳を潤ませた。眉根が谷のように皺が刻まれていて、シャルルは酷薄的な笑みを深めた。

 

 彼女は明らかにシャルルの言葉に傷付いていた。シャルルは満足して冷たい表情を霧散させた。マルフォイにニコリと優しく微笑んで一歩下がる。自分を庇い、最後には見せ場を譲る意図を完璧に掴んで、マルフォイは唇を歪めてグレンジャーに向き直った。

「血が穢れていると品性まで卑しくなるみたいだな、えっ?恥を知れ、グレンジャー!」

 残酷な悪意に満ちた笑みにウィーズリーがとうとう我慢ならなくなり、杖を引き抜くと「思い知れ!」と叫んだ。

 彼は何事かの呪文をモゴモゴと叫んだ。シャルルは咄嗟に杖を出そうとしたが間に合いそうもない。マルフォイは慌てて身を捩り、緑の閃光と轟音が飛び出したかと思うと、ウィーズリーが後方に勢いよく吹っ飛ばされた。

 よろめいて膝をついたウィーズリーにグレンジャーやポッターが駆け寄って声を掛けている。

 

 赤も緑も揃って呆気に取られていたが、スリザリンが嘲笑を浮かべて追い討ちの言葉を投げかけようとした時、ウィーズリーの口からはしたない、空気が洩れる音が響いた。

 巨大な音とともに、口の中からボタボタッ、と何かが溢れ落ちる。

 ぬらぬらと不気味にぬめりけを帯びる──ナメクジだ。

 

 スリザリンチームは笑い転げた。

 フリントは箒の柄に縋り付いて呼吸困難になるほど咳き込んで、クールなルシアン・ボールは自分の腕で顔を隠して小刻みに震えている。

 ワリントンは陰気に喉を引き攣らせてニヤニヤ笑い、ブレッチリーとデリックはお互いの背中を容赦なくバンバンと叩き合って腹を捩っている。スリザリンの中で最もハッフルパフ的な他者への平等性と親切さを持つエイドリアン・ピュシーでさえ、苦しげに腰を折って喘いでいた。

「じ、自分の呪文に自分でかかるってどうやるのよ?ウィーズリーは稀有な才能を持ってるのね!」

 パンジーはもはや四つん這いで涙を流しながら地面に拳を叩きつけるマルフォイの隣で、同じように四つん這いになって腹を抱え、シャルルも吹き出すのを抑えられなかった。

「う、ふくっ、あははっ……あははは!」

 駄目だ、面白さが後を引いて収まってくれない。笑うのは……可哀想だと思うのに。

 でも、情けなく顔を真っ白にしてナメクジをまたボタボタ垂らすウィーズリーや、彼の周りに集まりはしたがみんな引いた顔で誰も助けようとしないのを見て、また笑いの波が襲ってくる。

 スリザリンが笑いすぎて何も言えなくなっているうちに、グレンジャーとポッターはウィーズリーを何とか立ち上がらせてその場を急いで去っていった。

 ヌメヌメの彼に恐れず触る彼らの勇敢さには恐れ入るばかりである。

 

 スリザリンはしつこく笑い続け、なかなか笑いは止まらなかったが、なんとかルシアン・ボールがグリフィンドールに向けて、震えた声を絞り出した。

「ゴホッ……はあ、で?シーカーもいなく……っふ、い、いなくなったようだけど?まだ練習を……続けるのかな?

 えほっ、弟の容態……ングっ……弟の容態が心配じゃないのかい?彼に……クハハッ、無様なあの彼に着いていてあげた方がいいんじゃないか?」

 ボールは何度も咳き込んだ。

 彼の顔には嘲りが乗っていたが、いつもの冷たい皮肉を浮かべた表情ではなく、目じりに涙の膜が張ってとても楽しそうな無邪気な嘲りだった。

 面白くて仕方がないらしい。

 

 赤ローブ達はしばらくスリザリンを睨み付けていたが、やがて悔しげにピッチを去っていった。

 完璧にスリザリンの勝利だった。

 しかし、勝利の余韻に浸るには、ロナルド・ウィーズリーの残した余韻が大きすぎて、シャルル達はまだしばらく練習に取り掛かれそうもなかった。

 

 

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