Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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22 ハリネズミちゃん

 シャルルは友人たちと談話室や湖のほとりでティーパーティーをするのが好きだったが、それと同じくらい図書室で知識を吸収する時間を重要視し、好んでいた。

 静かな沈黙と本を捲る音、紙の古い匂い、羽根ペンの擦れる音は精神を抑制する穏やかな時間を過ごせた。

 そこに、自分と同程度の知識と意欲を持つ友人が共に居たならこれ以上なく有意義な時間になる。

 

 セオドールとは時折一緒に図書室に引きこもって、お互いの学習に励んでいた。課題や授業の予習復習に取り組むこともあれば、上の学年の呪文を一緒に学ぶこともあった。

 セオドールは既に3年生で習う呪文のほとんどを自習し終えていたので、活発な議論を交わすのに最適な友人だった。

 

「今日は何を勉強する?」

「呪文学はどうだ?イモビラスやインペディメンタ、インカーセラス……対象の行動を制限する呪文を習得しておきたい」

「いいわね。わたし、インカーセラスは前から練習してるのよ。まだ出来ないけど……有用な呪文だわ」

「実験体が欲しいな」

「本当に」

 勉学に対する熱意と知性が釣り合う魔法族と話すのはストレスがなくて気持ちが良い。シャルルは自然と楽しげに口角を釣り上げて、ニコニコ彼を見上げた。

 去年は少ししか変わらなかったセオドールは、いつの間にか顔1個分ほども背丈が伸びていて、顔を上に向けなければ目を合わせられなくなっていた。

 図書室に入るとマダム・ピンスが突き刺すような視線で睨んで来るので、ふたりは口を閉じて3年生と5年生の呪文学の棚に向かう。数冊教科書と参考書を選んで、いつもの指定席へ行くと、見覚えのある生徒が近くに座っていた。

 

 本を開き、俯いて字を追う彼女の顔にくすんだ銀髪がサラサラと落ちている。声を掛けるか迷ったが、ずっと話したかったのでシャルルは彼女の隣にわざと足音を立てて近付いた。

「ごきげんよう、リディア」

「っ!」

 従姉妹であるリディア・ダスティンは顔を跳ねあげると、シャルルを見つめて怒りの表情を浮かべた。相変わらずの嫌われように苦笑いが零れる。

 この席はマダムのいるカウンターからはじゅうぶんに離れていたが、ギリギリまで声を抑えてひっそりと言葉を紡ぐ。

「レイブンクローに入寮おめでとう。叔母様やお爺様たちも喜んだでしょう。早くお祝いを言いたかったのだけど、タイミングがなくてなかなか言えなかったの」

 リディアはシャルルを視界に入れる度にいつも挑むように睨み付けて踵を返してしまうし、他の生徒といるときは絶対に話しかけるなというオーラを全身から発していたので、彼女の入学から数日経った今まで会話をする機会を取れなかったのだ。

 シャルルの言葉に、まるで酷い侮辱を投げかけられたように憤慨した顔をして、リディアはギロッと瞳を光らせる。

 ──別に皮肉なんかじゃないのに、彼女の被害妄想には困ったものだわ。

 シャルルは眉を下げて淡い微笑みを浮かべる。

 

 既に席についているセオドールがチラッとこちらを眺めている。

「話しかけないで。あなたと知り合いだと思われるのはうんざりする」

「どうして?」

「分からない?」

 苛立って吐き捨てる彼女に、小首を傾げて見せる。リディアはさらに焦れったそうにイライラと呟く。

「あなたみたいに傲慢で、尊大で、嫌味なスリザリン生と知り合いだなんて知れたら、ホグワーツでわたしの立場がなくなるでしょ!」

 シャルルは失笑した。

 もし本当に彼女がそれを恐れているなら、シャルルにバカ正直に明かすのは得策ではない。シャルルがリディアを嫌っていた場合、シャルルは喜んで大勢の人の前で彼女との友情を大々的に露(あらわ)にしただろう。彼女は勉強は出来ても、他人との小さな政治は不得意のようだ。

 

 テーブルの上には2つの羽根ペンとインクが置いてあった。シャルルがそれに気付いた時、リディアはハッとしたようにシャルルの後ろを見つめて、会話を断ち切って本に視線を落とした。

 後ろから声が掛けられた。

「シャルル?」

 振り返って、穏やかな笑顔で声を掛けてきた彼女と挨拶を交わす。

「ハアイ、パドマ。お元気?」

「久しぶり。休暇はどうだった?」

「素敵な時間を過ごせたわ。家でいくつかの新しい呪文を父から教えられたの」

「まあ。じゃあ今年もあなたは、きっと優秀な成績を取るでしょうね。私もインドに伝わる古い呪術の書物を手に入れたのよ。イギリス魔法界とは系統が違っていてとても興味深いの」

「素敵!今年は古い魔法をテーマに研究を深めるつもりなのかしら?」

「ええ」

 深い黒の髪と、ダークブラウンの瞳に知性を浮かべた少女はレイブンクローのパドマ・パチルだった。彼女は多くのレイブンクロー生がそうであるように、勉学に対して意欲的で、フリットウィックの呪文クラブにも参加している友人だ。

 彼女はシャルルに親しげな笑みを向けると、リディアの向かい側に座った。リディアは驚愕の表情でシャルルとパドマの顔の間で忙しなく視線を行き来させた。

 

「リディアと友人だったの?」

 パドマは邪気のない様子で尋ねた。答えあぐねたリディアの代わりにシャルルが答える。

「従姉妹なの。わたしの母はダスティンの系譜なのよ」

「そうだったわね。あなたがロウェナの末裔であることは、レイブンクロー生の間で敬意を持って共有されているわ」

「ふふっ、光栄ね」

 おどけて嬉しそうに肩をすぼめる。

「もし良かったら一緒に勉強しない?あー……彼がかまわないのなら、だけれど」

「もちろんかまわないわ。セオドール!」

 

 視線は向けずに耳だけでこちらを伺っていた彼は、名前を呼ばれて一瞬うんざりした顔をしたが、無言で席を立ってシャルルと自分の分の荷物を持って近くに寄ってきた。

 シャルルはパドマの隣に座り、セオドールはリディアの隣に座らせられた。

 リディアはまだ頭が追いつかない……というよりは、悪夢でも見ているかのように、シャルルの美しい顔を凝視した。

「ダスティンをレイブンクローが獲得できて誇り高いわ。リディアは1年生の中で最も熱心で礼儀正しいのよ」

「ダスティンの系譜は幼い頃から知性についてよく教育されるの。直系のリディアは尚更期待をかけられていたわ」

 シャルルには反射的に厳しい瞳を向けたリディアだったが、パドマに褒められて嬉しそうに身体を固くしてはにかんでいる。

 セオドールは我関せず手の中の書物を読み込んでいて、会話に混ざる気は一切ないようだった。

 

 リディアはおずおずとパドマの瞳を見つめて口を開いた。

「あー……その、シャルル……とは友人なの?」

「ええ。去年から親しくしてるわ」

「どうして?」

「……?どうして、って?」

「あの、だって彼女はスリザリンでしょ?ホグワーツじゃスリザリンは他寮生との交流が活発ではないって祖母に聞いていたから……」

 言葉を選ぶリディアにパドマは頷いて、明るく笑った。

「たしかに、そうね。スリザリンは少し閉鎖的な面があるわ。でもシャルルは穏やかで、友好的で、知的よ。彼女は全ての寮に友人がいるし、みんなに好かれてるわ。もちろん私も」

「ありがとう、パドマ。わたしもあなたが大好きよ」

「シャルルったら」

「……」

 俯いて、悔しさと不満を必死に抑えるリディアの姿に、胸の中に満足感が広がる。リディアの偏見や、歪んだ望みとはうらはらに、シャルルはホグワーツでじゅうぶんな名声を得ている。

「シャルルみたいな従姉妹がいて、リディアも鼻が高いでしょうね」

「……え、ええ」

 苦々しくなんとか笑顔を浮かべた自分を嫌う従姉妹に、シャルルは勝利の嘲笑を上げたくなった。

 リディアは拳を机の下で握りこんでふるふると肩を揺らしていた。セオドールがそんな彼女を横目で見下ろして、片眉を上げてシャルルの瞳を見つめた。シャルルは面白がって瞳を光らせ、セオドールに悪戯っぽい笑みを返した。

 

 4人はしばらく自分の勉学に励んだ。

 シャルルはインカーセラスについては、家のハウスエルフである程度呪文を成功させていたので、オブスキューロやインペディメンタなどの呪文について理解を深めた。それから、フルガーリについても。

 これは持ってきた闇の魔術の本に書かれていた呪文のひとつで、対象を強力な光の紐で拘束し、もがいたり抵抗するほどきつく縛り上げ、火傷を負わせる呪文だった。

 理論が複雑でまだ初歩的な理解までしか及んでいないが、相手の動きを制限しつつ持続的なダメージを負わせるのは実に有用で、応用性が高い。会得したい呪文のひとつだった。

 

「イモビラスは結構複雑な呪文だな。数世紀前は、時間を停止させる魔法だと思われていたらしい」

「対複数に効果を発揮する広範囲魔法というのは珍しいよね。しかも、動きを止めるだけじゃなく、現象自体をそのまま固定させる」

「この脚注だろ?箒に乗っている魔法使いに掛けた場合、空中にそのまま浮かんで動かない」

「意味が分からないわ。相手の身体だけじゃなく空間に作用する理論が咀嚼しづらくて……」

 シャルルとセオドールは机の真ん中に教科書を置いて、それぞれ前のめりになって文章を書き写したり、自分で解釈して書き込んだりした。

 パドマが興味を持ったように覗き込んで、「停止呪文を学んでるの?」と感心して呟いた。

 

「聞いた?ハーマイオニー・グレンジャーがその呪文を使ったんですって」

「グレンジャー?」

 軽蔑を込めてセオドールが繰り返した。

「それ、本当?」シャルルも身を乗り出した。

「ええ。パーバティが言ってたの。ロックハートは初めての授業でピクシー妖精を大量に放って、生徒に対処させたんですって」

「ピ、ピクシー?」

「ピクシーよ」パドマは神妙な顔つきで頷いた。

「それで、ロックハートは杖を奪われてどうにも出来なくなって、対処はハーマイオニーがほぼしたんですって。彼女がイモビラスを唱えると、ほぼ全てのピクシーが完璧に動きを止めて、空中に漂ったらしいわ」

「5年生で習う高等呪文だぞ」

 悔しさをほんの僅かに滲ませ、セオドールが呻いた。ハーマイオニーが想定以上に呪文の習得が進んでいて、シャルルは危機感と対抗心を募らせた。

 

「それにしても、ロックハート教授は……なんというか、随分個性的な方ね」

 言いづらそうにパドマが苦笑した。「2年生にもなって、ピクシーの相手をさせられるなんて」

「スリザリンのクラスでは違う内容だったが」

 彼が一瞬シャルルに視線を向けたので、シャルルは軽く睨み返した。セオドールはフッと笑って肩を竦める。

「あー……。レイブンクローの授業でもさせられそうになったけれど、私たちは幸運にも演劇はしなくてすんだの」

「どうやって逃れたの?」

 

 目を開いて見つめると、パドマは自慢げに微笑んだ。

「彼の偉業に対して、全員で質問したの。彼は武勇伝を語ることに夢中になって、レイブンクローの意欲的な態度に10点の加点をしたわ」

 シャルルは唇を噛んで、「なるほどね」と称賛した。「そのやり方はスリザリンでは出来ないわね」

「ああ。全員ロックハートの言葉に嘲笑と野次を向けるだろう」

 レイブンクロー生達の賢さと、知性に対する団結力には舌を巻かざるを得ない。

 

「それにしても、ロックハートはレイブンクロー出身らしいけれど、どうしてああなのかしら」

「彼の虚栄心はむしろスリザリン気質だ。もっとも僕達はあんなに愚かじゃないけどね」

 セオドールは唇を歪め、自嘲と皮肉という器用な真似をした。

「彼は確かに愚かだし、偉業のいくつかに怪しい部分はあるけど、色々な経験を積んでいるのはたしかなようだったわ。

 私達の質問には知識がないと答えられないものもあったけど、ロックハートは驚くことに、全ての質問に正当な答えを返したわ」

 パドマは満足そうだった。

 知性を重視するレイブンクローは一定の信頼を彼に見出したようだ。シャルルは思わずセオドールと顔を見合せた。

 どうやら、ロックハートにはある程度の知識があるらしい。シャルルには信じられなかった。

 

 

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