Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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25 All’s fair in love and war

 

 闇の魔術の本を読んでいたシャルルだったが、人が疎らに起きてきたために中断せざるを得なかった。

 黒い革表紙を閉じた時、頭の上から声がした。

「シャルル?もう起きてるのか?」

 振り返ると制服をきっちり着込み、首元までボタンを留めたセオドールがソファに手をかけてシャルルを見下ろしていた。

「おはよう、早いのね。いつもこの時間に起きてるの?」

「ああ。朝に予習してるんだ」

 彼は朝型らしい。シャルルは朝に弱いので、少し遅い時間まで起きて自主勉強に励んでいる。

 セオドールの後ろにアラン・トラヴァースとカイ・エントウィッスルがいた。この2人とはあまり話したことがない。トラヴァースはセオドールのように基本的にはひとりで行動しているし、エントウィッスルは半純血だからだ。

 

「あなた達が一緒にいるのは珍しいわね」

「朝食を食べたら図書室に行くつもりなんだ。シャルルも来るか?」

 セオドールに誘われて迷ったが、シャルルは首を振った。ハリー・ポッターのところへ行きたかったし、闇の魔術を実践するための環境を整えたかった。

「そうか」

「時間があったらお邪魔するわ。ずっと図書室にいるの?」

「おそらくは」

 

 エントウィッスルが掲示板を見て声を上げる。

「合言葉が変わるみたいだ。『ノブレス・オブリージュ』だってさ」

「その言葉は嫌いだな」トラヴァースが言った。「持たざる者が持つ者に依存するための言葉だ」

「たしかに」セオドールも同意する。

「僕達は与えることを強制されるべきではない」

 シャルルは嫌いではなかった。力を持つ者が義務を負うのは当然のことだし、恵まれた者が恵まれない者に協力すれば、より良い結果が生み出せると思う。

 少し気まずい気持ちになってシャルルは眉を下げた。

「トラヴァースは強制されることが嫌いなの?勉強会ではあなたの意思を問う前に決めてしまったから、その、怒ってるかしら?」

「怒っていないよ、スチュアート」

 茶色い瞳を細くして、トラヴァースは大人っぽく笑った。

「でも」彼は続ける。「一緒にやろうと言ってもらえれば、俺は喜んで協力したよ」

 困ったように優しく言うトラヴァースにシャルルは無性に恥ずかしくなった。彼は聖28一族だし、同世代よりもずっと大人っぽい雰囲気があり、たしなめられている気持ちになった。

「ええ、ごめんなさい。次は事前に話をするわ」

「ありがとう。勉強会自体はとても有意義で素晴らしいと思うよ」

 

*

 

 朝食を食べる前、シャルルは医務室に向かった。

 手土産に実家から定期的に送られてくるお菓子と、母のアナスタシアが育てて乾燥させたハーブティーの茶葉を1缶準備した。

 

 医務室は陽射しが降り注ぎ明るい雰囲気だった。どのベッドもカーテンが閉まっている。ポンフリーが不審そうな顔でやってきた。

「どうしたんです?体調が悪いの?」

「いいえ、先生。ポッターのお見舞いに来ました」

「ポッターの?」

 シャルルの緑のローブと手土産をジロジロ見て、仕方なさそうに頷いた。

「彼はもう退院できますよ」

 カーテンのひとつを開いて、ポッターに声を掛けると「医務室ではお静かに願いますよ」と言ってせかせかと去っていった。

 

「ごきげんよう、ポッター」

 彼は食事をしている最中だった。

「何しに来たんだ?スチュアート」

 睨んでくるポッターをスルーして、傍にあった椅子に座る。

「食事を続けて大丈夫よ。お土産を持ってきたの、クッキーとハーブティーよ。あなたが好むか分からなかったけど……でも味は保証するわ。良かったらお友達とどうぞ」

「どうも」彼はぶっきらぼうに言った。「ロンとハーマイオニーと飲むよ」

「グレンジャーにはローズマリーがいいと思うわ。眠気覚ましにも効くし、集中力を高めてくれるの。勉強する時役立つわよ」

 彼は目を丸くしてシャルルの顔をまじまじと見つめた。目を合わせて穏やかに微笑む。彼とこんなに目が合うのは初めてと言ってよかった。

 

「腕の調子はどう?」

 両腕とも包帯はしていなかったが、ポッターはフォークを持っていない方の腕をだらんと垂れさせていた。

「腕が折れてしまったわけではないの?」

 添え木がないのを見て尋ねると、困惑しつつ苦々しく答える。

「折れたよ。その後ロックハートがご親切にも腕の骨を抜いてくださったんだ」

「骨を抜く!?」

「ああ。もうみんな知ってるから、いくらでも笑い者にしたらいいよ。もう満足したかい?」

「怪我をしたあなたを笑ったりなんてしない。もう痛みはないの?」

「まあ……うん」

 ポッターはやりづらそうだった。シャルルとポッターがふたりで会話するのは初めてだった。いつも怒鳴って言い返すウィーズリーがいないと、ポッターはどう対応していいか分からないらしい。

 これはチャンスね。シャルルのほくそ笑んだ。

 

「ポッター、あなたがわたしを嫌いなのは、わたしがスリザリンだから?それともドラコの友人だから?」

 シャルルはわざと悲しくてたまらないという表情を作った。狙い通り彼はたじろいで、罰の悪そうな顔をした。

「でもわたしはあなた達に攻撃的に接したことはないと思うわ。他の寮にだって友人はいるのよ。それこそ、グリフィンドールにも」

「そうなの?」ポッターが食いついた。

「ええ。パーバティやラベンダーとはよくおしゃべりをするし、ネビルとも去年からずっと手紙のやり取りをしてるのよ。パーシーは図書室で勉強を教えてくれるの」

「…………」

 ポッターは困ったように考え込んだ。そして、視線を鋭くさせた。

「でも君はハーマイオニーを侮辱したじゃないか」

「侮辱?」

「ピッチで……」

「あれは、彼女がドラコのことをバカにしたからよ。彼はお金の力で選手になったわけじゃないもの!昨日の試合は、そう思われても仕方なかったかもしれないけど……」

 ポッターは勝利を思い出したのか、ニヤニヤと嬉しそうな顔をした。

「でも昨日はすごかったわ。ハリーのプレイにみんな目を見張ってたわよ」

「君は負けて悔しくないの?」

「悔しいけど、グリフィンドールの勝利は正当なものだもの。賞賛を送るべきよ」

「……ありがとう」

 ポッターがぶっきらぼうに言った。早く帰って欲しいという顔だった。シャルルの認識がどんどん変わっていくのに追いつかないのだ。

 

「そろそろ帰ることにするわ。ポッター、お大事にね」

「待って!」彼が身を乗り出してシャルルを引き止めた。

「君はどうして僕に親切にしようとするんだ?スリザリンなら純血主義なんだろ?ロンと違って、僕はマグルで育ってるし、母親はマグル生まれだ」

 ポッターは挑むようにシャルルを見つめた。見抜いてやろうという表情。

 シャルルは少し迷って、ポッターに伝えることにした。彼の信頼を得たかったし、友情を築きたかった。

 

「誰にも言わないで欲しいんだけど……、ウィーズリーとグレンジャーにもちゃんと口止めして欲しいんだけど、出来る?」

「ああ」

 好奇心に満ちた瞳でポッターが素早く頷く。

「本当に?絶対よ?特にスリザリンには知られたくないの」

「分かったよ」

 

 シャルルは瞳を伏せて、小さく息をついた。まあこれで広まってしまっても仕方がないと諦めるしかない。

 セオドールだけは味方でいてくれるはずだ……。

 

「わたしは闇の帝王が……好きじゃないの」

 囁くと、ポッターが驚愕を浮かべた。

「どうして?君はスリザリンで、純血主義者じゃないの?」

「純血は尊いものだと思ってるわ。でもそれはマグル生まれよりも血が優れているということではないの」

「どういう意味?」

「純血家系は昔から魔法界を支えてきて、繁栄させてきた。長い間家と魔法界を守るのはとてつもない努力が必要よ。わたしはそうしてきた先祖を尊敬しているの」

 ポッターは噛んだものを飲み込めないような、奇妙な顔をしている。

「残酷なことを聞くけど、あなたはあなたのお父さんやお母さんを尊敬している?」

「うん。みんな僕の父さんと母さんを褒めてくれるし、誇らしいよ」

 彼が気分を害した様子はなかったので、シャルルは安心した。

「それと同じことなのよ。わたしはわたしの父と母を尊敬しているし、大好きよ。そして父と母を育てた祖母や祖父も。そして家族を大切にして、歴史を繋いできたスチュアートの家を誇りに思う」

 シャルルは唇を舐めて、畳み掛けた。

 ポッターが冷静になって、「でも君はハーマイオニーを居ないもののように扱うじゃないか」と言われる前に。

 

「でも、闇の帝王は違うわ。自分に従わない者を許さなかった。魔法族もマグルも魔法生物も関係なく、全部を殺した。そこには信念がないように感じる……ただ、気に入らないから殺しただけだって。それで魔法界はめちゃくちゃになった。ウィーズリーは信じていないけど、お父様は死喰い人の誘いを蹴ったって言ってたの」

「君のパパが?」

「そうよ。お父様は誇り高いの。暴力にも、恐怖による支配にも屈しなかったの!だからわたしも、闇の帝王は好きじゃないわ」

 ポッターはシャルルを見つめた。

 戸惑った様子だったが、その中に感じ入った雰囲気があった。

「突然そんなこと言われても、信用は出来ない。でも……君を少し、誤解していたのかも……」

 それを聞いて、シャルルはとびっきりの笑顔を浮かべた。青いサファイアの瞳をうるうる細めて、パッと華やぐこの笑顔は、警戒心を持つ相手にもまっすぐ効果を発揮することを知っていた。

「いいのよ。ポッター、闇の帝王を倒してくれてありがとう」

 ポッターはシャルルを見て、ボーッとし、頬を赤く染めた。シャルルは勝利の高笑いを上げたくなった。

 

 

「お大事に、ポッター」

「うん……ありがとう」

 彼は来る時よりもずっと軟化した態度で、去り際には不器用に手も振ってくれた。シャルルはスキップでもしそうな足取りになった。

 

 ポッターに語った思想は、本心だ。

 ただし全てを明かした訳では無い。

 魔法界を繁栄させてきた純血家系が誇らしい。純血もマグル生まれもマグルも分別なく殺しまくった闇の帝王の行いは信念がないし、父親を誇らしく思うのも本当だ。

 でも、言っていないことがある。

 シャルルはマグルを心底嫌悪している。うじゃうじゃたむろっているのを見ると、虫みたいでおぞましいし、出来るだけ視界に入れたくない。

 それに、魔法族より劣っているくせに、魔法族が彼らに気を使って隠れ住んで、際限なく増えるマグルのせいで行動圏がどんどん狭まっているのも苛立ちを感じる。

 マグル生まれや半純血なんか興味もない。

 こんなことをハリー・ポッターに言ったら大顰蹙を買うことは確実だったので、シャルルは黙っていた。

 おそらくポッターはスリザリンに向いていないだろう。他人とのやり取りの裏に隠されたものや、欲や、目的を見抜く会話にあまりにも慣れていない。

 シャルルは何故か、マグル生まれには興味が無いだけで、嫌悪感はなかった。マグルには反射的に立つ鳥肌が、グレンジャーには立たない。その理由は分からなかったが、けれどだからといって、シャルルはやはり純血以外は尊重するつもりは1ミリもないので関係なかった。

 

 シャルルが愛する魔法界に、希望を齎したハリー・ポッターが好きだ。彼と関係が僅かに前進して、シャルルは嬉しかった。

 

 

*

 

「聞いた?グリフィンドールの穢れた血が石になったらしいわよ」

「聞いたわ。人間も石に出来るなんて、どんな魔法かしら」

 週明け、朝から校内はこの噂でいっぱいだった。スリザリンの生徒は悠々としたものだったが、他寮生は警戒し、怯え、1年生なんか常に纏まっておしくらまんじゅうして歩いていた。

 試合の後に石になったらしいと聞いたから、あのカーテンがしまったベッドの中に、石になった生徒が居たのかもしれない。

 

「いつもポッターをついて回っていたあのおべんちゃらクリービーだろ?秘密の部屋の怪物を見て死んだなら、あいつも大満足じゃないか?」

「好奇心の代償は死か。彼には軽いものなのかもしれないな」

 ドラコが残酷に笑って、セオドールが無関心に呟いた。

「死んでないわ。カチンコチンに固まったの」トレイシーが訂正すると「死ねばよかったのに」とドラコが言った。

 

「でもおかしいよな。ホグワーツにはもっと粛清を受けるにピッタリの生徒がいるのに」

 ザビニがニヤニヤしながら含んだように言う。

「誰だ?グレンジャーか?あいつは穢れた血のくせに生意気だからな」

「裏切り者のウィーズリーもふさわしいわね」

「もちろんポッターは言うまでもないね」

「いいや。スリザリンだよ。サラザールはこの寮にテローゼみたいな人間がいることを認めるはずがない」

 

 ザビニは首を回して談話室を見渡した。ちょうど、テローゼが階段から降りてきて、固い顔で談話室を通り過ぎようとしているところだった。

「そう思わないか?テローゼ!」

 彼女はきっと横目で睨み、ザビニを無視した。笑い声が上がる。

「穢れた血と生まれ損ないのハーフなんて、最も忌まわしいものね!ちょっと男の子に人気があるからって、いつも澄ましてお高く止まってるし……」

 男子生徒の間で、時折テローゼの話題が上がることをよく思っていないパンジーは、見せつけるように甲高く鼻にかかった声で笑った。

 

 テローゼはそのまま早足で立ち去ろうとしたが、ピタッと止まり、猛然とした顔で振り返った。

「スリザリンを選んだのはわたしじゃないわ。帽子がふさわしいと認めたのよ」

 眉を顰めてセオドールが返す。「あの帽子はグリフィンドールの私物だ」

「創設者四人分の思考が込められてるって『ホグワーツの歴史』にあったわ。サラザール・スリザリンの思考も、思想もね」

「でも継承者があなたを認めるとは思えないよね」

 ダフネが穏やかな声でテローゼを見返した。

 

 テローゼはシャルルの目をまっすぐ見た。

「継承者が誰かは知らないけど、スチュアートはわたしのことを身内だと言ったわよね?」

 周りから視線が刺さってシャルルは呻きたくなったが、素知らぬ顔で頷いた。

「ええ、あなたは寮杯獲得のために協力し合うべき、スリザリンの一員よ」

「シャルル!」

 信じられない!というふうにパンジーが金切り声を上げる。「どうかしてるんじゃないの?レイジーといい、ポッターといい、テローゼといい!」

「パンジー」

 シャルルはあやすような猫撫で声を出した。

「テローゼが言ったように、寮を決めたのは帽子よ。決まった以上、わたし達がどう思おうが、彼女は緑のローブを着て、緑のネクタイを締めて、わたし達の部屋で寝るの」

「でもわたし達が彼女を拒絶することは出来るわ!」

「ええ。あなたはそうしたらいいわ。でもわたしは、寮杯のためには彼女の頭脳は役立つと思った。彼女はスリザリンよ」

 そしてゆっくり唇を舐めた。「でも──わたしの友達じゃないわ」

 

 テローゼを顔を真っ赤にして俯き、顔を上げるとズカズカと怒りを浮かべて近付いてきた。

「スチュアート!あなたはわたしの望みをなんでも叶えると言ったわね!」

「ええ、言ったわ」

 ダフネが「何の話?本当なの?」と心配そうにシャルルの肩に触れた。

「勉強会を開催するにあたって、彼女の助力を得るために取引をしたの。それで、テローゼ。望みは決まったの?」

「決まったわ。あなたは、わたしの、友達になるのよ」

「……友達?」

「ええ!あなたの純血のお友達と同じように、わたしを友達として、対等に扱うことを望むわ!」

 シャルルは呆然として固まった。思考がショートしたように「友、達……?」と繰り返した。

 

「ふざけるんじゃないわよ!シャルルとあなたが?友達?本当になれるとでも思ったの?」

「決めるのはあなたじゃないわ、パーキンソン。スチュアート、出来ないの?」テローゼは嘲笑った。

「そのやかましい口を閉じろ。穢れた血め!」

「シャルル……何を約束したか知らないけど、シャルルが身を削らなくていいんだよ。寮杯はみんなで取り組むことなんだから」

「ダフネ……。そうね。テローゼ?」

「決まったの?」

「あなたは……わたしと友達になりたかったの?」

 シャルルの唇が嘲笑の形に歪んだ。

「そんなわけないじゃない。こう言えばあなたに打撃を与えられると思ったのよ。そしてそれは正しかった」

「打撃?」

「それで、スチュアート?答えは出たの?」

 じれったさそうにテローゼは答えを急かした。シャルルの答えは決まっている。

「それは出来ないわ、テローゼ。あなたは対等なんかじゃないもの」

「やっぱりね!」

 テローゼは、何故か嬉しそうに叫んだ。勝ち誇った表情だった。それが無性に癇に障り、シャルルは眉根を寄せる。

 

「あなたはわたし達に無関心なんじゃないわ、友達に優しいんじゃないわ。誰のことも見下してるのよ。いつも上から人を見ているから無関心ぶることが出来ているだけ。対等に取引?よく言えたものだわ」

 底意地の悪そうな笑顔の奥に、怒りがこもっていた。

「あなたがそう答えることは分かっていた。それに返す返事はこうよ。わたしは勉強会に参加しない」

「……」

「透明人間?けっこう、生まれ損ない?けっこうよ!わたしはもう授業の発言もしないし、なんの協力もしない。スリザリンなんて大嫌いよ!継承者が何?殺すなら殺してみればいいわ!

 わたしはあなたとの約束を果たしたわ。

 スチュアート、あなたが破ったのよ」

 

 テローゼはそう言い捨てて、肩を怒らせて談話室を去っていった。シャルルは半ば呆気に取られて、もう見えない彼女の背中を見ていた。

 

*

 

 返す返すも腹立たしい。

 しばらくシャルルはテローゼのことをふとした瞬間に思い出した。

 あの勝ち誇った顔!

 シャルルのことを知った口で語るのも気に入らなかった。

 

 最近シャルルはテローゼへの態度を軟化させていたが、次の日昔のように無視をすると、彼女はまたシャルルを見下して言った。

 

「あら、また透明人間?わたしがあの勉強会で槍玉にされることの対価として、スリザリンとして認めさせるって言ってきたのはあなたじゃなかった?

 口触りのいい言葉で他人を使い捨てるのが、あなたの思う誇り高さなの?それって、すごく素敵ね」

 

 彼女の言葉が正論過ぎたために、それを認めることが難しかった。なおさら沸騰しそうだった。

 シャルルは奥歯をギリギリ噛み締めて舌打ちを押し殺し、なんとか穏やかな微笑みを浮かべた。「おはよう、テローゼ」その笑みは引きつっているに違いなかった。

 テローゼはシャルルの挨拶を無視した。

 

*

 

「なんなのよあの態度は!」

 シャルルは教室に入るなり、教科書を机に叩きつけた。テローゼはまだ来ていない。このジワジワとした怒りを誰かに話したかった。

 パンジーがビクッとして驚いたように見つめ、前に座っていたセオドールが振り返った。

「ど、どうしたの?」

「テローゼよ!あの子なんなの!?わたしは充分譲歩したでしょ!?」

 興奮を抑えられず、怒りで震える彼女は初めてだった。ダンブルドアに感じた冷たい憎悪とは違い、頭に血が上ってずっとジクジク刺激してくる怒りだった。

 

 シャルルがテローゼにこんなにも心乱される時点で、シャルルは彼女を無視出来ていない。それが悔しいし、でも勝ち誇る顔が脳裏にチラついて、やり込めたくなる。

 マルフォイがポッターに絡む感情を初めて理解出来た。

 これはたしかに、無視しがたい感情だった。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫に見える!?」シャルルは噛み付いたが、大きく深呼吸して、「いや、ああもう、本当にごめんなさいセオドール……他人に当たるなんて……」と謝罪した。

「もう大丈夫よ」

 自分に言い聞かせるような呟きだった。

「一体何があったんだ?」

 困惑と面白がるような響きを込めて、彼が尋ねた。

「テローゼと言い合いに……いえ、正論だったけど、見下されたの。それで少し……苛ついてしまって」

「なんて生意気なの!本当継承者に早く粛清されて欲しいわね。でもシャルル、あんな子今まで相手にしてなかったのにどうしたのよ」

「だって、寮杯のためなのよ。テローゼは実力はあるわ、それに一度した約束を破るのは、わたしの矜持が許さないし……」

「去年と随分変わったな。所詮寮杯なのに、シャルルが思想を曲げてまでテローゼに付き合う必要があるとは、僕にはとても思えない」

「……」

 シャルルはセオドールの顔を見つめた。「マーリンの髭……」間抜けな呟きが零れた。

 

「そうよ……わたしは元々は……ダンブルドアが……」

「ダンブルドア?」

 

 シャルルは寮に囚われず、血を重視した交友関係を築いていた。寮差別が愚かしいし、狭量だと思っていた。

 そしてその考え方をダンブルドアの行動が否定しているような気がして、寮杯に固執するようになった。

 それなのに、いつの間にか寮のために自分を曲げるという、本末転倒な思考になってしまったのか。

 シャルルは愕然とした。

 セオドールの言葉はシャルルの思想を知る者の言葉だった。

 

「そうよ!寮杯の獲得は大事だけど、わたしはわたしの思想を蔑ろにしちゃいけなかったんだわ。大事なことを間違えてしまうところだった……」

 突然顔を明るくさせたシャルルは、ポカンとしたセオドールの手を握り、「ありがとうセオドール」と上下に激しく振った。

 

 思想の範囲内でテローゼを動かすのが目下の課題だ。

 イル・テローゼはシャルルの友人たり得ないけれど、このまま終わらせるのはシャルルの敗北を意味する。

 彼女を協力的にさせ、彼女の自尊心を満たし、なおかつスリザリンの友人たちが納得し、シャルルが損を被らないように動かす……。

 困難な課題だが、シャルルの負けず嫌いがメラメラと燃えていた。

 

 




久しぶりの更新となってしまいすみません。
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