Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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26 青い鳥

 勉強会にイル・テローゼは参加しなくなったが、その分をシャルルが教え、穴を埋めようと躍起になった。始めの頃はぎこちなく、特に半純血の生徒たちはシャルルに話しかけられると反射的に肩を揺らしたが、まるで産まれたての赤ん坊に接するように至極丁寧に、優しく話し掛けてくるシャルルに、ゆっくりと慣れ始めているようだった。

 今まで、無機質な微笑みしか向けられたことの無い生徒たちは、いきなりシャルルがまるで優しい友人のようになったことにとても戸惑っていたが、話し掛けられた生徒は全員、嬉しさと照れと怯えが綯い交ぜになった複雑な感情を抱いていた。

 

 テローゼがいなくとも勉強会が軌道に乗り始めたことに、シャルルは胸を撫で下ろし、達成感を感じた。優越感も。

 しかし、ひとつの空席を見るたび、苦々しい気持ちが湧き上がる。

 たかがスリザリンの同級生すら掌握し切れない自分が情けなくて仕方がない。

 

 今まで無視していたかと思えば、突然優しくなり、今ではテローゼを燃えるような瞳で睨みつけるシャルルに振り回され、スリザリン生はテローゼを扱いあぐねている。

 シャルルの感情を敏感に察し、トレイシーが先陣を切ってテローゼを蔑み始めてからは、彼女はまたスリザリンで嫌われ者として存在感を増し始めていた。

 

 

「あら?」

 談話室で寛いでいると、去年の通りチェックリストが回ってきた。クリスマス休暇中在籍する生徒を確認するためのものだ。

 休み中は家族で団欒したり、親戚や知り合い同士でのパーティーに参加する生徒が多いスリザリン生は、毎年ほぼ誰も残らない。リストには上級生が何人かの名前しか書かれていなかったが、1番下に載っている見覚えのある名前に、シャルルは目を瞬かせた。

 暖炉の前に座っている彼の元に近寄って肩を叩くと、冷たい薄灰の瞳が怪訝そうに振り返る。

「どうした?シャルル」

 顔を上げたドラコの目元が和らぐ。ソファの前に立つと、彼が少し端に避けたのでシャルルは隣に座ってリストを見せた。

「クリスマスに残るなんて驚いたわ。パーティーがあるんじゃなくて?」

「そのことか」鼻に皺を寄せて嫌そうな声で答える。「休み中、僕の館に役人が来るらしい。例のお節介連中の抜き打ち調査だ。まったくウンザリするね」

「ああ、例の?」

 スチュアート家に来たことはないが、屋敷の調査を回避するためにどれだけ面倒な手回しがあるか、以前父のヨシュアが愚痴っていたのを耳にしたことがある。歴史が古い家なら、多少なりとも薄暗い品はあるものだ。

「父上は非常に貴重な物品を幾つも保管しているからね。準備が必要なんだ。物の価値の分からない下賎な連中にはイライラさせられるよ……」

「でも抜き打ち調査の準備だなんて、ミスター・マルフォイの人脈は流石ね」

 おかしそうにシャルルが笑う。ドラコは隠しようもない得意げな顔でニヤッとほくそ笑んだ。魔法省にはルシウス氏の味方が大勢いるから、不利な立場にならないよう上手く泳ぐことが出来るんだろう。素晴らしい外交力には感心するばかりだ。

 

「それに……」気を良くしたのか、ひそめるような声でドラコが囁いた。

 シャルルがそっと身体を寄せると一瞬動きを止めたが、滑らかに喋りだした。

「父上は継承者による粛清は必要なことだと仰っているからね。関わり合いになるなと言われたが、どうせなら特等席で見たいじゃあないか?」

 興奮がゆっくりと全身に広がって行くのを感じた。シャルルはサファイアの瞳を煌めかせて、鼻を高くしているドラコの顔をまじまじと見上げた。

「じゃあ、あなたはやっぱり……継承者を……?」

「いいや」ドラコはキッパリ言った。「誰かは知らない。だが、父上は何かをご存知なようなんだ。でもいくら手紙で尋ねても何も教えてくれないばかりか、毎回目立たずに、関わらないようにしろって締められてしまうんだけどね」

 至極つまらなさそうで、少し拗ねた様子の彼は本当に何も知らないようだ。シャルルは肩を落とした。やはり、スリザリン生の親はどこも過保護で秘密主義者のようだった。

 シャルルも父親に手紙を送ってはみたが、何も知らないと言われたし、危険なことに関わるんじゃないと強い口調の手紙を寄越されてしまった。

「ドラコが残るなら、わたしも今年は残ろうかしら」

「本当かい?」嬉しそうにドラコが身体を起こす。

「ええ、継承者や秘密の部屋についてホグワーツを調べてみたいし。家族には残念がられるでしょうけど……」

「どうせ君はパーティーには大して顔を出さないし、今年くらいいいんじゃないか?」

「そうね。楽しいクリスマスにしましょうね」

 ますます機嫌が良くなり、休み中の計画についてあれこれ考え始めた彼に、シャルルは少し甘えるような声を出した。男の子が好きそうな声だ。ブレーズ・ザビニが使うといいと指導してくれた、男の子を動かす声。

「ねえドラコ、もしミスター・マルフォイから新しく教えていただいたら、わたしにもきっと教えてくれるでしょう?」

「あ、ああ、もちろんだ」

「きっと?きっとね?」

「当然だよ。君ほどサラザールを尊敬している人はいないからな」

「ありがとう、とっても嬉しいわ、ドラコ」

 シャルルは溶けるように微笑んだ。本心からの笑顔だった。サラザールに繋がる欠片が少しでも見つかりそうでとても嬉しい。ドラコの頬がポッと染まるのをシャルルは見た。まるで自分がパンジーになったみたいだと、なんとなくシャルルはそう思った。

 

*

 

 家に帰らないことを伝えると、当然のように猛抗議の手紙が来た。ホグワーツは危険だから帰って来なさいと、いつになく威圧的なヨシュアの手紙に加え、泣き落としに近い母のアナスタシアからの心配する気持ちがふんだんに盛り込まれた手紙に、さらには追撃で弟のメロウが拙い文字で「お姉様に会いたい」と書かれた可愛い手紙まで来た。

 これには心がグラグラ揺れ、天秤がかなり拮抗したけれど、この猛反対の様子と尋常じゃない心配の仕方を見たら絶対に両親は何かを知っている気がした。アナスタシアはどうか分からないけれど、ヨシュアは絶対に何か知っている。絶対知っている。

 ここでみすみす引き下がるのはなんだか悔しいし、シャルルはもう屋敷の中で大切に隠されたままの子どもじゃない。

 返事は返さなかった。

 スリザリン生が秘密主義なのは性質だけれども、隠すなら隠していることを分からないくらい完璧にやり切ってもらわないと。気になって苛立ってしまうもの。少し罪悪感はあったが、反対されるほどにシャルルの心はかたくなになった。

 

 魔法薬学はスリザリン生がおそらく最も好きな授業だ。全ての科目でいちばん点が取りやすいし、天敵のグリフィンドールを嘲笑えるし、寮のすぐ側にあるから移動がラクチン。いいところしかない。

 たいていの寮生は授業開始10分前には席についている。

 机に教科書が置かれた。セオドールが隣に座り、真鍮の秤がゴトリと音を立てた。

「今日は膨れ薬を作るんだったか」

 独り言を呟くように彼が言った。彼は他人に話しかけているんだかいないんだか分からないように話すことが多い。シャルルはすっかりそれに慣れていた。

「期末試験に出そうな薬の候補よね」

「ああ、だから君と組めたらと思ってね」

 シャルルもセオドールも基本的には教室の前の方に座るのでペアを組むことが多い。パンジーはいつもドラコにくっついているし、シャルルは割と一人行動を好むのでペアは変動的だった。

 

 雑談を交わしていると生徒が揃い始める。授業態度の不真面目なドラコは、魔法薬学だけは教卓の目の前に座り、ひとときも離れたくないといった様子のパンジーがピッタリ隙間を埋めてドラコの隣に寄り添っている。その後ろにクラッブとゴイルがボディーガードみたいに座った。

 

 スネイプが煙の中を目を光らせて歩き回り、生徒に嫌味を飛ばす。ドラコはせっせとフグの目とか、切り刻んだネズミの内蔵とかをポッター達の鍋に飛ばしてはせせら笑う活動で忙しそうだ。スネイプは都合よくその場面だけ目が見えなくなる。

 セオドールが呆れて目を回して見せた。「くだらない」

「まったくね」

 シャルルも呆れ笑いを零した。テローゼの件で気に食わない人間に対してムカムカする気持ちが多少分かったつもりだったけれど、ドラコの執着心は度を超えている。

 しかし、ポッター達の反応は気にかかった。普段ならやり返すのを必死に耐えながらも、憤然とした目つきで睨み返すのに、彼らは苛立ちながらも気もそぞろな様子に見えた。

 チラチラ彼らを見ていると、通りがかったスネイプが「混ぜる手が遅い」とお小言を下さったのでシャルルは慌てて鍋に集中した。注意が削がれていたのは事実だけれど、明らかに他のことに気を取られているドラコにも何か言ったらいいのに。まあ、今更なのだけれど。

 

 膨れ薬が出来上がって瓶に詰めていると、近くからポチャンという水音が響いた。一瞬目を上げ、それがゴイルの方だったのですぐに目を離した。

 けれど、突然真横から強い力で引っ張られてシャルルは悲鳴を上げそうになった。

「シャルル!」

 聞いたことの無い、切羽詰まったセオドールの声。同時に何かが轟音を立てて爆発した。何が起きたか分からないまま、セオドールの腕の中にぎゅっと閉じ込められ、阿鼻叫喚の悲鳴を聞いていた。

「ぐっ……」鈍い苦痛の呻き声に顔を上げる。平行眉に皺が寄り、奥歯を噛み締める彼にシャルルは動転した。

「セオドール?一体何が……」

 彼の背中や腕がみるみる巨大に腫れ上がっていく。絶句して教室を見渡すと、身体の一部を膨れさせた生徒が呻いたり、泣いたりしてまるで地獄みたいだった。

 どうやらゴイルの鍋が爆発したみたいで、スリザリンを中心に被害者が円状に出ている。ドラコの端正なスッとした鼻は豚のようになって、パンジーが顔半分をパンパンにさせて、重みに傾きながら泣き喚いていた。

 

 スネイプが怒鳴って、ほんの少し生徒が声を落とした。ぺしゃんこ薬を処方してくれるらしいので、シャルルはセオドールの腕を取って悲壮な顔で彼を列に連れていく。彼が咄嗟に庇ってくれなければ、シャルルの身体も膨れてしまっていただろう。

 半純血の生徒や、被害の出たグリフィンドールの一部の生徒が我先に並ぼうとするのをシャルルは「どいて!どきなさい!セオドールを先に治してあげて!」と怒りの形相で蹴散らした。

 

 薬を飲むと徐々に腫れが引いてきた。さすがスネイプの作った魔法薬、即効性が素晴らしい。安心すると胸の奥がじーんとして、シャルルの眉毛が泣きそうに垂れ下がった。

「ああ……セオドール、わたしを庇ったせいであんなに……」

 背中全面が膨れたせいで、彼の制服は破れていた。申し訳なさと一緒に、まさか庇ってくれたなんて、と喜びも感じてしまう。

「別に。たまたま鍋に何か入るのが見えたんだ。それで君が隣にいたから」

「ええ。……ありがとう」

 素っ気なく彼は言った。シャルルが腕に抱きつき、まっすぐ見つめられたセオドールは珍しく困ったように視線を逸らした。

 

 それにしても……。

 特定の誰かを殺しそうな勢いで烈しく睨み、黒焦げの何かをつまんでいるスネイプの視線の先には、やはりというべきかハリー・ポッターとロン・ウィーズリーがいる。素知らぬ顔をしているけどポッターは視線を避けているし、ウィーズリーの顔は狼狽えている。

 ネビルの時のような事故ならともかく、こんな無差別的で攻撃的な悪戯をするなんて……。

 軽蔑の視線を送っているとポッターと目が合い、彼はサッと視線を逸らした。シャルルはセオドールに巻きついている腕にギュッと力を込めた。

 

 

*

 

 

 大広間はいつになく広々としていた。ひしめく重厚な長テーブルは撤去され、紺色の夜空の下で金色の壁が輝いている。

「決闘クラブなんて、なかなかハイセンスな催しだわ」

「こんな大がかりなクラブはなかったもんね!」

 心躍らせるシャルルにトレイシーが同意してくれたが、パンジーは白けた目で熱心に手鏡を眺めている。大勢が集まる場所では、ティーンらしく自分の前髪が完璧な状態か確認するのはパンジーのクセだった。

「ドラコも参加するっていうから来たけど、決闘とかどうでもいいわ。ねえ、おかしくないわよね?」

「素敵だと思うわ」

 ダフネが見もせずに答えた。パンジーはそれで満足したようで、頷いて手鏡をローブにしまい込んだ。

 

 チラッとシルバーブロンドを見つけた瞬間パンジーが走り出そうとするから、シャルルはパンジーの腕を捕まえて「ドラコ!こっちよ!」と呼ぶ。

 一緒にいたいならパンジーが行くんじゃなくて、相手を呼びつけたほうがいい。それならシャルルもパンジーと過ごせるし、恋愛では尽くしすぎるとダメってザビニが得意げに言っていたから。

「いつから名前で呼んでるのよ?」

 不快そうにパンジーが唇を尖らせて、シャルルを横目で睨んだ。「ドラコに興味があるの?」

「いつだったかしら」

「ドラコに興味があるの?」

 パンジーはもう一度繰り返した。ピリッとした口調にダフネがおろおろと胸のあたりで手を彷徨わせている。最近パンジーがなにか言いたそうに口をもごつかせていたのはこれだったのか。シャルルは安心させようと微笑みを浮かべた。

「大丈夫、あなたの大好きなドラコはただの友人よ」

「あっそう」パンジーはカッと顔を赤くして、安堵を不機嫌な顔で隠した。「ならいいのよ」

「ふふっ、心配しなくていいのに」

「仕方ないじゃない、シャルルが本気になったら誰が敵うっていうの?クリスマスも残るし……」

「パンジーも残ったら?一緒に休みを過ごせたら、素敵!」

「バカ言わないで、わたしのパパが煩いの知ってるでしょ?残れるなら真っ先に残ってるわよ」

 ミセス・パーキンソンはパンジーに似て快活で自由人だが、ミスター・パーキンソンはそんな妻子の手綱を握ろうと必死だ。以前パーティーでお見かけした時は目尻の皺と、心做しか落とした肩、チラチラふたりを見る目線が完全に苦労人だった。

 

 興奮しておしゃべりを交わす生徒たちを押しのけ、肩で風を切るような歩き方のドラコが合流すると、パンジーは一気にめろめろの顔でくっついた。触れていないと死ぬのだろうか。

 シャルルには、パンジーの機嫌をこんなに簡単に治すことは出来ない。ただ顔を見せただけでこれなんて。

「決闘ね」フン、と鼻を鳴らしてドラコが言う。

「馬鹿馬鹿しいが、攻撃呪文を教えるなら参加する意義が少しはあるな」

「誰が担当なのかしら」

「フリットウィックは?決闘チャンピオンなのが彼の自慢でしょう?」

「そうなのか?」

「レイブンクロー生がいつも得意気に話してるのよ」

 ダフネの答えに期待が高まる。フリットウィックはデミヒューマンだけれど優秀だ。シャルルとダフネは呪文学クラブに入ってから使える呪文が増えたし、授業で気にかけて貰える頻度も上がり、加点の機会が多くなった。彼は話のわかる人だ。

「フリットウィックより絶対にスネイプの方が有能だよ。まあ、まさか教授がこんな場に出てくるわけがないが……はっ?」

 言葉の途中でドラコが目を剥いた。舞台を口を開けて見つめている。つられて前を向いてシャルルも間抜けな顔をしてしまった。

 

 薄暗い大広間の中で、太陽みたいに輝く濃いブロンドの巻き毛、自信に溢れたナルシストなパーフェクトスマイル、悪趣味なのに妙に様になる深紫のローブ……ギルデロイ・ロックハート。そしてその後に苦虫を1万匹くらい噛み潰したような顔をしている真っ黒な人は、まさかの、セブルス・スネイプ教授だった。

 ロックハートが何やら演説しているが、スリザリン生は石のように固まって固唾を飲んでスネイプを見つめた。賞賛すればいいのか、反応を示さない方がいいのか、スネイプの形相を見るとそのどれもが正しくないような気がして、見守るしかなかったのだ。

「それでは、助手のスネイプ教授をご紹介しましょう」

 よりによって、スネイプが助手!

 

「スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごくわずか、ご存知らしい。訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに、勇敢にも、手伝ってくださるというご了承をいただきました。さてさて、お若いみなさんにご心配をおかけしたくはありません。――私が彼と手合わせしたあとでも、みなさんの『魔法薬』の先生は、ちゃんと存在します。ご心配めさるな!」

 

 スネイプの土気色の顔色がどんどんドス黒く変化していく。スリザリン生は生唾を飲み込んだ。シャルルは初めてロックハートを心底尊敬した。彼は死ぬのが怖くはないのだろうか……。

 

 向かい合ってお互いが一礼する。ロックハートの芝居がかった優雅で余裕な態度と、今にも飛びかかりそうな目をしたスネイプの雑な一礼は対照的で、ピリピリとした雰囲気が漂う。肌で感じられるような殺気にもロックハートはいつも通りの調子を崩さない。

 修羅場をくぐってきたのは本当なのかもしれない。

「3つ数えて、最初の術をかけます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません」

「あいつに目はついてないのか?」震える声でドラコが呟いた。あんなに怒りが顔に出ているスネイプは初めて見た。

 カウントに合わせてふたりが杖を肩まで振り上げた。1、と同時に真っ赤な閃光が視界を焼いてロックハートが吹き飛ぶ。

 彼は空中を浮いて、壁に激突し痛々しく倒れ込んだ。

 

 スリザリン生が歓声を上げる。シャルルも思わず叫んでしまった。なんだ、口ほどにもない。ロックハートがピクピク痙攣しているので、一瞬死んだのかと思ったが、よろよろと彼は立ち上がった。

 乱れた髪で、あんな無様を晒した後でもハンサムさを失わないのは一種の才能かもしれない。女子生徒のため息が揃う。

「皆さん、お分かりになりましたね」

 まったくいつも通りのキラキラの笑顔でロックハートが続ける。

「今のが武装解除の術です。相手の杖を取り上げ、時には今のように相手を吹き飛ばすこともある、有用な技です。呪文は『エクスペリアームス』、復唱して……『エクスペリアームス』、そうです!」

 髪の毛を直し、帽子を被り直す。うっとりしたラベンダーから杖を受け取り、ニコニコとスネイプに話しかけている。

「スネイプ先生、たしかに、生徒にあの術を見せようとしたのは、すばらしいお考えです。しかし、遠慮なく一言申し上げれば、先生が何をなさろうとしたかが、あまりにも見え透いていましたね。それを止めようと思えば、いとも簡単だったでしょう。しかし、生徒に見せたほうが、教育的によいと思いましてね……」

 シャルルは顔面が蒼白になるのを感じた。やはり、ロックハートは大物だ。ドン引きしすぎて彼に恐れすら感じた。彼の出身はレイブンクローのはずだけど、グリフィンドールの性質も多く備えているんじゃないかと思った。

 シャルルはスネイプを盗み見て、ロックハートがまだ生きて喋っていることを確かめた。

 

 実践のペアはテローゼと組むことになった。

 ドラコはポッター、パンジーはラベンダー、ブルストロードはグレンジャー。生徒の相性をスネイプはよく分かっているらしい。

 シャルルは冷たく顎を上げた。テローゼも澄ました顔で睨み返してくる。生意気な。

 杖を構えて軽くお辞儀をする。カウントが響く。

「3……2……1」

「エクスペリアームス!」

 声が揃い、赤い閃光がぶつかり合った。咄嗟に閉じようとした目をなんとか開けて、視界が開ける前にもう一度叫ぶ。

「エクスペリアームス!」

 今度はちゃんと手応えがあった。クルクルと手元に杖が落ちてくるのを受け止めて、シャルルは悔しそうなテローゼに勝ち誇った表情で冷笑した。

 わたしに盾つこうだなんて100年早い。

 

 優越感に浸って周りを見回して、シャルルは絶句した。生徒たちがしっちゃかめっちゃかになっている。ドラコは膝をついて全身震わせながら爆笑し、ポッターがすごい形相で踊り狂っている。パンジーとラベンダーが髪の毛を掴み合いキーキー怒鳴りあっていて、ミリセント・ブルストロードはグレンジャーの首を締め上げ、バタバタと魚のようにもがいていた。セオドールはザビニを既に無力化していて、癇癪を起こしたザビニが床を蹴りつけている。しかしそれでもまだお上品だ。他の生徒のように殴りかかっていないのだから。

 呆然としていると、同じく立ち尽くしているダフネと目が合った。彼女はトレイシーと組んで穏健に決闘を終えたようだった。シャルルは言葉もなく彼女と見つめ合った。

 

 スネイプが呪文で無理やり決闘を終わらせて、それでもまだ組み付いているブルストロードをポッターがなんとか引き剥がしてた。グレンジャーはゼイゼイ息をしていた。ブルストロードは……なんというか……闘牛みたいだ。自分がスリザリンで、スチュアートで良かった。彼女のように背の高い子に実力行使されたらひとたまりもない。

 

 大広間は酷い状態だった。

「むしろ、非友好的な術の防ぎ方をお教えするほうがいいようですね……」

 あんなに悠然な……悪くいえばすこぶる鈍感なロックハートに面食らった表情をさせるとは、ある意味すごい。

 しかし懲りてはいないらしく、模範演技にドラコとポッターが選ばれた。突然生き生きとし始めたスネイプに腕を掴まれ、無理やり壇上に登らされたドラコの耳元で何かを囁くと、ふたりはそっくりに悪意的な笑みを浮かべた。ロックハートに選ばれたポッターは……見る限りは有用なアドバイスを貰えなかったようだ。

 

 向かい合ったふたりは、僅かに首を傾けた。どちらも鋭く相手を注視している。素早く杖を振り上げたドラコが先に呪文を唱えた。

「サーペンソーティア!」

 壇上に黒い長蛇が飛び出して、シャーッと大きな口を開けた。牙がギラリと光っている。生徒たちは悲鳴を上げて後ずさったがシャルルはニヤッとした。

 スネイプ教授も憎い演出をする。スリザリン生に蛇を使わせるとは。

 

 怒る蛇に立ち竦んでいるポッターに、ニヤリと踊り出てきたスネイプが呪文を唱える前に、ロックハートが叫んだ。大きな音が出ている吹き飛んだ蛇が何回かバウンドして、落下地点にいたハッフルパフ生に向かって唸り始める。ロックハートって本当に余計なことをする天才なのね。シャルルはしみじみ思った。

 あの様子だと噛まれてしまうだろう。まあ、毒があってもマダム・ポンフリーは有能だ。それにスネイプが少し焦った顔で蛇のところに駆け付けている。

 

 その時、ポッターが動いた。さっきまで動けなかったのに、躊躇うことなく蛇に寄ってきて、そして……。

 

『シューーーッ、スーーーー……』

 

 ポッターが口から出した音を聞いた瞬間、全身に石化呪文が掛けられたかのように、全身がピキンと固まった。息さえ、心臓さえ止まったように感じられた気がした。

 

 えっ……えっ?

 

 電流が走ったみたいに頭が痺れる。目の前の光景を頭で理解するのにしばらく時間がかかった。今のは……。遠くなっていた音が戻ると、大広間が騒然としていた。

 蛇は唸り声を止め、丸くなって、まるでポッターの命令を待つようにつぶらな瞳で彼を見上げている。

 全身が震えているのにシャルルは気付いていなかった。心臓が爆発しそうなほど烈しく鳴り響いて、酸欠で頭がクラクラする。

 ロン・ウィーズリーがポッターの手を引いて、彼の背中が遠くなって行くのに、咄嗟に手を伸ばした。

「あっ……」行っちゃう!「待って……」

 弱々しい言葉がするんと零れて、同時に足がふらっと前に出た。固まっていた身体がその拍子になめらかに動き出し、背中に火がついたようにシャルルは走り出した。

 扉からひらっと消えたポッターのローブを追いかける。

 

 まさか、まさか、彼がサラザール様のご子孫だったなんて!!

 

 心臓が、痛いくらいにドキドキ鳴っていて、いてもたってもいられない。こんな気持ち初めてだった。シャルルは真っ赤な頬、潤んだ瞳で足を動かした。まるで恋する女の子みたいに。

 

 

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