Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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3 栄光と嘲り

 生徒たちがばらけはじめ、各々の時間が訪れた。シャルルはもう眠かったが、厳かな談話室への興味を捨てることは出来なかった。

 通路に敷かれた緑の絨毯に、大理石の床、煉瓦の壁には本棚が置かれぎっしりと本が詰まっている。

 窓の向こうを覗けばおどろおどろしい見た目の魚やマーピープルたちが悠々と泳ぎ回り、たまに窓に近づいてはまた離れていく。

 

 談話室の奥には 石造りの彫刻が飾られ、上に見事な蛇の紋様が描かれている照明があった。生徒が近づくとそれを察して炎が燃え上がる魔法がかかっていて、丁度いい温度に炎が揺れている。シャルルはスリザリンカラーのふかふかのソファにもたれかかりながら目を閉じ、静謐で神秘的な空間を楽しんだ。

 

 部屋は4人部屋のようだった。これから7年間を過ごすメンバーは非常に重要だ。部屋に戻ると、パンジーが髪を乾かしている途中だった。

「あなたがルームメイトなのね!」

 シャルルの叫び声にパンジーが振り返り、顔を輝かせ、走り寄った。ふたりは手を取り合って喜び合い、パンジーのベッドに腰掛けた。

 

 銀とダークグリーンを基調としたシンプルな天蓋付きベッドだ。落ち着いていて、ベッドの柔らかさも及第点だ。

「こんなベッドで寝るなんてありえないわ」

 パンジーがぼやいた。胸元の大きく開いたピンクのネグリジェは、彼女にはまだ少し早いような気がする。

「ええ、そうね」

 シャルルは曖昧に微笑んだ。

「家のベッドは2倍はあるわ!それにこの部屋!4人ですむっていうのにこんなに狭いなんて」

 その気持ちはシャルルにもわかった。本を置く場所も、クローゼットも、私物を置くスペースも全くもって足りるとは思えなかった。ベッドも、後で送って貰う予定のテディベアを置いたら、シャルルがベッドに寝かせてもらう状況になるだろう。

 

 パンジーが体を寄せて、耳元で囁いた。ほんのりと薔薇の香りが漂ってくる。どうやら彼女は背伸びしたい年齢なのだとシャルルは思った。

「ねえ、他の子は見た?」

「いいえ」

「わたしは見たわよ」パンジーは天蓋が閉められている1つのベッドを指差した。

「ぜんぜんパッとしないの。あの子絶対ハーフよ」

 眉をひそめ、シャルルは天蓋の奥を見ようとした。

「どんな子だったの?」

 

 シャルルは立ち上がり、パンジーの隣の自分のベッドの端に立った。ローブと制服を脱いで杖をひと振りする。服たちはふよふよと浮かんで、ベッドの脇のクローゼットに収まった。

「今、何をしたの?」

「なにって?」

 目を見開くパンジーに戸惑ってシャルルは小首を傾げた。杖を一振し、トランクから薄水色のネグリジェを取り出して袖を通す。パンジーが間の抜けた顔でそれを見つめた。

「服が浮いて、クローゼットに入っていったわ。それに、トランクから服が浮いたわ……ひとりでに」

「それが?」

「あなたがしたの?」

 

 パンジーが何を言いたいのかぜんぜん分からない。だが、声音は怒ってはいないようだ。

「わたし達は魔女よ」

 シャルルは戸惑いがちに柔らかい声音で言った。

「でも、まだ1年生よ。魔法を習ってはいないわ。それにシャルル、あなたは呪文を唱えていなかった」

「このレベルの生活魔法なら小さい頃から使い慣れてるもの。あなたはちがうの?」

「入学前に杖なんて使わせてもらったことないわよ」

 シャルルは驚いた。いくら匂いが付いているとはいえ、誤魔化す術なんていくらでもある。当たり前のように魔法を使っていたシャルルにとって、それが当たり前ではないというのは驚愕だった。

 

「それにわたし達にはハウスエルフがいるわ。細々としたことは彼らが全てこなすじゃない」

「彼らは下僕よ。お母様は彼らが私生活に介入することを良しとはしなかったの。彼らはいつも見えない場所で働いていたわ。わたしは、彼らを好きだったけれど」

 パンジーは、穏やかでおっとりして見えるシャルルが、自分が思う以上に純血主義であることを理解し、喜びに笑みを深めた。

 

 するりと腕を組み、シャルルに体を預ける。

「ど、どうしたの?」

「シャルル、あなたはやっぱり最高だわ。わたし、これからの7年間が楽しみ」

「あら、光栄だわ」

 シャルルは気取った言い方をしたが、ほんのりと頬が赤かった。動揺を隠し切れていないのは丸わかりだ。パンジーはシャルルがさらに好きになった。家格では遥かに劣るスチュアートだが、シャルルと良い関係を築き、好かれ、友情を紡いでいくのは決して損にはならないだろうとパンジーは思っていた。

 

 

 

 翌朝、パンジーに揺り起こされ、シャルルは目覚めた。

「起きて!朝食に行くわよ、」

 ソワソワと落ち着きのないパンジーに言われるがまま、シャルルは急いでシャワーを浴び、制服に着替えた。スリザリンカラーのネクタイとローブを身につけると、ついに憧れの寮に入れたのだと、嬉しい気持ちに包まれる。

 あとで家にフクロウを送らないと、きっとヨシュアもアナスタシアもメロウも喜んでくれるだろう。物思いに耽りかけたシャルルの手を掴み、ふたりは談話室を連れ立って出ていった。

 

 初めての道にシャルルはわくわくして、キョロキョロと眺めながら歩くが、急いでいるのか少し前をパンジーが早足でもくもくと進んでいく。

 しかしふたりが渡っていた階段が突然動き始め、パンジーは悲鳴を上げた。ちょうど動くところにいた彼女が危うく下に落ちるところだったのだ。

「大丈夫!?パンジー!」

「大丈夫じゃないわよ!なんなのこの階段!もう少しで下に…ひっ」

 下をのぞき込んだパンジーは、その深さに喉の奥で引きつったような悲鳴を上げて手すりにぎゅっとしがみついた。

 その後も、絵画に道を間違って教えられたり、くすぐらないといけないドアに手間取ったり、途中ピーブズにびしょぬれにされたりして、大広間につく頃にはふたりはすっかり疲れきっていた。

「ご飯を食べるのにこんなに大変な思いをするなんて…」

「わたしホグワーツ生活を甘く見てたみたい」

 

 大広間に入ると、マルフォイとノットが見えた。クラッブとゴイルも。パンジーはまっすぐ彼らの元へ向かった。

「ドラコ、おはよう。早いのね」

「ああ。規則正しい生活は身についているんだ」

 パンジーがドラコに声をかけたが、ノットはちらりとも顔を上げない。

 

「おはよう、ノット」

「おはよう」

 シャルルの挨拶にノットは手を止めて、顔を上げた。マルフォイが、意外そうにノットの横顔を見つめる。

 パンジーがちらりと彼を見つめるとセオドールが素っ気なく「セオドール・ノット」と名乗る。「わたしはパンジーよ。パンジー・パーキンソン」

 パンジーはさりげなくマルフォイの隣に座り、さっきあったことを聞かせて見せた。

「災難だったねパーキンソン。動く階段には僕達も捕まったよ。時間はかかるし、クラッブとゴイルも転びそうになっていた」

「ただでさえ広くて迷いやすいのに、変な仕掛けばかりあるなんて」

 彼女が憮然として言う。

「おまけにピーブズにいたずらもされたのよ」

「ああ、あの」

 マルフォイが眉をしかめ、ノットがぴくりと片眉を上げた。

「はた迷惑なゴーストよね」

「何をされたんだ?」

「それがあのに水を被せられてびしょぬれになったのよ!朝から最低な気分だったわ」

 パンジーは忌々しそうに吐き捨てた。

「でも君たちは誰も濡れていないようだけど?」

「それはシャルルが魔法で乾かしてくれたからよ」

 

 パンジーが少し得意げに言うと、ふたりは驚きに目を開いてシャルルを見つめた。少し恥ずかしくなり照れ笑いを浮かべる。

 

「スチュアートはもう乾燥魔法を使えるのか」

 無表情で無口なノットが称賛の響きを含んだ声を洩らす。

「魔法の練習をお父様とお母様と一緒におうちでしてたの。でも使えるのはちょっとだけよ」

「うそばっかり。シャルルったらすごいのよ、ピーブズにびしょ濡れにされたのを杖の一振りで乾かして、やつに金縛り呪文までかけてやったんだから」

「金縛り呪文まで!」

「ほんとう、かちんかちんに固まったピーブズは愉快だったわよ」

 

 ノットはこんどこそ口をぽかんと開けた。

「僕も家で勉強はしてきたつもりだったけど…。負けていられない」

 冗談めかした口調だったが、本当に悔しそうな様子に「そんな…」と言いつつもシャルルは褒められて心が浮ついているのを隠せなかった。

「でもまだホグワーツの生活は始まったばかりだ、あんまり調子に乗るなよ」

 ノットはにやりとニヒルに言い捨てると、さっとそのまま立ち上がった。きっと図書室に上級教科書でも借りに行くんだわ──。シャルルはそう当たりをつけた。そして、その想像は間違っていない。

「おい、待て!ノット!じゃあ僕は行く、ふたりともまた後で」

「ああそんな!ドラコ!」

 パンジーがドラコの遠くなる背中を見つめ、悲痛な声を上げた。

 

「ふたりとも、今日から授業なんだから勉強なんていいじゃない…せっかく彼と一緒にご飯を食べれると思ったのに!」

「あら、パンジーが急いでいたのはそのためだったの?」

 純粋な疑問を口にすると、パンジーはからかわれたと思ったのか、かあ…っと頬を赤くした。

「そうよ、悪い!?だって彼って素敵じゃない…」

「彼ってノット?マルフォイ?」

「ドラコよ!彼ってとってもハンサムで、紳士的で、スマートで、話も面白いのよ」

 マルフォイの話をするパンジーはうっとりとしていて、可愛らしかった。シャルルは少しの羨ましさを滲ませて呟く。

「パンジーはもう恋をしてるんだ…大人なのね」

「あら、シャルルはまだなの?ノットといい感じだったじゃない」

「彼はともだちよ。それにこの間出会ったばかりなのに」

「時間なんて関係ないわよ。好きと思ったらそれはもう恋なの。それに彼もあなたにはなんだかほかの人と態度が違うように思えたわ!」

「そうかしら…わたしには恋とかはきっとまだ早いわ」

肩をすくめてみせたシャルルにパンジーはつまらなそうに唇を尖らせる。

「シャルルったらこどもなんだから」

 

 

 

 スリザリンのはじめての授業は薬草学だった。

 アナスタシアの大の得意科目だ…シャルルは胸を踊らせていた。母であるアナスタシアはそれまで純血魔法族の間で軽視されていたハーブの研究をし、数十にわたる魔法薬における新しい効能や効果的な調合法を発見し、また新種の薬草を数種類生み出してその繁殖に成功した。本も数冊出版し教科書などにも幾度か取り上げられ、薬草界ではちょっとした有名人なのだ。

 そのおかげでシャルルは幼い頃からたくさんのハーブや薬草に触れてきたし、知識はそこらの学生には負けないという自信があった。

 

 薬草学はレイブンクローと合同だった。

 シャルルは自信のとおりに初日からその深い知識でスプラウト先生を驚かせ、スリザリンからは賞賛を、レイブンクローからは悔しげな視線を受け大満足だった。

「さすがねシャルル!」

「素晴らしい!スリザリンに3点差し上げましょう」

 この言葉を何度言われただろう?

 教科書はもちろん読み込んだし、1年生レベルの内容なら読まなくても既に頭に入っていた。

 

 

 

 変身術の授業でも、シャルルはもちろん大活躍だった。

 理論ではノットとマルフォイに加点が加えられたが、実技ではシャルルがいちばん早くにマッチ棒を針に変え、マクゴナガルに絶賛された。

「素晴らしい、細く均一でとても鋭い、文句なしの出来栄えです!みなさんもミス・スチュアートを参考にするように」

 マクゴナガルの言葉に拍手が起こる。

 そうしてスリザリンの生徒が周りに集まり、銀の針を眺めては賞賛の言葉を送っていくのが気持ちがよく、シャルルはとてもいい気分だった。

 

 まだホグワーツ生活は始まって間もないというのにスリザリン1年生の間には、すでにシャルルを立てる風潮が出来ていた。

 スチュアートは歴史ある純血名家であり、あのマルフォイ家やノット家やパーキンソン家の子息たちと親しく、またシャルル自身も上品で美しく、聡明でカリスマ性に溢れている。シャルルは既にスリザリンのリーダーの片鱗を見せつけていた。

 シャルルは、自分に向けられる感情を的確に分かっていた。

 

「すごいわシャルル、わたしのはちっとも変わる様子がないもの。どうしたらいいのかしら」

「うーん、そうね。理論はきちんと理解している?」

 マクゴナガルの説明は1年生には少しむずかしい部分があった。シャルルはパンジーのためにわかりやすい表現に変えて丁寧に1から説明し、目の前でまた呪文を実践して見せた。

「理論を理解したら次の実践で必要なのは想像力よ、そのマッチ棒の先端が伸びて鋭く光るのをしっかり思い浮かべてみて。そうしたらきっとできるわ」

 

 パンジーは変身術には残念ながらあまり才能がないようだった。しかしわかるまで根気よく説明し、パンジーもまたふてくされるようなこともなく真摯に取り組み、そんな彼女の態度を好ましく感じたシャルルはますます熱を入れて彼女に接した。

 しかしなかなか呪文は成功しなかった。

 そろそろ授業も終わりに差し掛かり、パンジーが自分には出来ないのではないのかと思い始めた頃、シャルルはパンジーの杖腕にそっと手を重ねた。

「だいじょうぶ、あせらないで」

 シャルルの蒼い瞳がパンジーを見つめ、小さく頷く。

 パンジーは深呼吸してこころを落ち着かせ、杖を振った。

 

 すると、さきほどまではぐにゃぐにゃとしか形を変えなかったマッチ棒がするすると長く伸びて、見事な銀の針に姿を変えた。

「やったわ!!!ついにできた!!」

「すごいわパンジー!!」

 きゃあ!!とふたりが喜びの歓声をあげる。

 マクゴナガルもその出来にたいへん満足だった。

「ミス・パーキンソンの素晴らしい魔法に3点を加点しましょう。今日の授業では4人もの成功者が出ました。初日の授業でこんなにたくさんの人が成功したのは初めてです…よってスリザリンに10点を加えます!」

 

 途端わっと歓声があがる。成功したのはシャルル・スチュアート、セオドール・ノット、ドラコ・マルフォイ、パンジー・パーキンソンの4人だった。彼らに向けて惜しみない拍手が送られる。

 

 こうしてスリザリン1年生における絶対的なリーダーが暗黙の了解として決定された。

 

 

 

 午後は闇の魔術に対する防衛術があった。教室は薄暗く、鼻にツンとしみるにんにくの匂いで満たされていた。

 シャルルは授業の際は教師が見やすい前方か、真ん中の席につくようにしていたが、出来るだけ匂いから離れられないかと後方に座った。

 

 クィレルは肩を強ばらせて、いかにも哀れに入室してきた。自分の部屋だと言うのに、生徒の視線に怯え、逃れようと周囲をちらちらと見てはさっと俯いた。

 無様な様子に、スリザリン生は嘲笑したり、ヒソヒソ顔を突き合わせたり、侮蔑の眼差しを向けた。シャルルは期待していた授業が退屈なものになりそうだと小さく肩を落とした。どうやらホグワーツは聡明な教師ばかりではないようだとシャルルにはわかり始めていた。

 

「み、み、みなさん、初めまして。わたしはクィレル・クィリナスと申します。皆さんと共に、や…闇の魔術に対抗する術を、ま、学んで行きたいと思います」

「ニンニクを身に纏うとか?」

 マルフォイがせせら笑った。スリザリン生も幾人かが笑い、さざめきが起こる。クィレルはさっと耳を赤くした。

 なんとか授業が始まってもクィレルはすぐにどもり、その度にマルフォイやパンジーが揚げ足をとった。注意も減点もせず、クィレルはますます萎縮する。

 

 シャルルは呆れ返った。これじゃあ学べるものも学べないわ。もはや授業を聞くのをやめ、教科書を勝手に読み進めていると、ちらりとノットと視線が合った。シャルルが肩をすくめてみせると、ノットも片眉を上げて返事をした。すぐに視線を逸らされたが、その視線を追うと彼も教科書を読み進めているようだった。

 スリザリン生は狡猾な割に、立場の弱いものにはどこまでも図に乗る性質がある。大半のスリザリン生は、マルフォイのからかいを楽しみ、また自分たちも便乗していた。

 しかしノットはシャルルと同じように、勉学に楽しみを見出す仲間のようで、シャルルは嬉しかった。

 

 ただクィレルを嘲って終わった授業から広間に戻る。授業に参加もせず、クィレルへの嘲笑にも参加せず、シャルルは淡々と自分の勉学に努めていた。だから彼女は、クィレルが時折、刺すような強烈な眼差しをさりげなくシャルルに向けているのを気づきはしないのだった。今も教室をパンジーと去るシャルルの背中を、クィレルは熱くさえ思える視線でじっと、こっそりと、眺めていた。

 

 

「なんでこんなに重いの?腕が疲れるじゃない。これ、持って」

 廊下を歩いていると、パンジーが唐突に言い放った。

 確かにDADAの教科書は他の教科に比べ分厚かったが、絶句して、咄嗟にシャルルは返事を返すことが出来なかった。しかし、パンジーはシャルルではなく、どうやらふたりの後ろにいた少女に声をかけたらしかった。

 

「は、はい、パーキンソンさん」

 ボサボサの赤茶けた髪の毛を無造作に三つ編みにした、そばかすの目立つ少女がおどおどと教科書を受け取る。

 焼けて傷んだ赤茶の髪、洗練されていない髪型、瞳の色はブラウンで背景に紛れそうな少女だ。必要以上に怯え、必要以上に存在感を消そうとしている。現に、シャルルはこの少女を知らなかった。

「シャルルも持ってもらったら?」

 彼女を見た。三つ編みおさげの少女は、シャルルに見られているのを感じると、おずおずと視線を上げ、媚びるようにヘラっと笑った。

「も、持ちますよ。重いですよね、これ…」

 情けない。シャルルは突っぱねた。

「大丈夫よ」

 

 パンジーはシャルルの返事を聞くとすぐ、彼女がいないかのように歩き始めた。

「部屋に置いといて。ねえシャルル、今日の夕飯は何かしらね。オートミールはもう飽きちゃったわ」

「チキンも美味しいけど、いつもあれよね」

「イギリスってなんでこうも食事に関して単調なのかしら。フランスは、食事だけは認めてもいいわ」

「ダンブルドアはハウスエルフをボーバトンに留学に行かせるべきね」

 冗談を言い合いくすくす笑う。シャルルはたずねた。

「さっきのは誰?」

「ルームメイトのハーフマグルよ」

「ああ…」

 何となくパンジーがぼやいていた記憶がある。結局、朝は時間が合わなくて見かけていなかったが、パンジーは知らないうちに交流を図っていたようだ。

「彼女、ああ、ターニャ・レイジー?だったかしら?あの子、命令したらなんでも聞くのよ。スリザリンに相応しくないと思ったけど、わきまえてはいるようね」

 パンジーが鼻を鳴らして笑う。シャルルは、あのおさげの少女が純血でないのなら、もう興味はなかった。

 

 

 

 有意義な1日を終えシャルルは寮でくつろいでいた。本当は談話室でパンジーたちとおしゃべりを楽しんでいたかったのだが、スチュアートに近付きたい子息子女たちやシャルルの崇拝者となった男の子たちが群がってきてなかなかゆっくりとできなかったのだ。

 のんびりとベッドに腰掛けて書物を嗜んでいると不意にシャワールームから誰かが出てきた。

 同じ部屋の子だろう──ゆるやかなボブカットは淡い金髪で、瞳は濃い紫色にきらきらと輝いている。肌は白く鼻はすっとしていて、シャルルはその美しさに目を奪われた。

 

「あら、初めましてね。お先にシャワーをいただいたわ」

 彼女はどこか高飛車な口調だった。仕草に気品があり、記憶にはなかったが彼女が純血家系の子女なのだとシャルルは思った。にっこりと微笑み挨拶をする。

「初めまして、わたしはシャルル・スチュアートよ。あなたの名前を伺っても?」

「イル・テローゼよ。よろしく、シャルル」

 シャルルは握手をしようと差し伸べかけた手をぴくりと固まらせた。テローゼ?テローゼ…聞いたことがない。

「もしかして海外の純血家系の方なのかしら?」

 イル・テローゼは片眉を釣り上げ怪訝な表情を浮かべた。

「あいにくとわたしは混血よ?」

 

 それが何か?と言わんばかりの口調にシャルルは目を開き、眉を微かに釣り上げた。

「そう、混血なの…。あなたの母親の姓はなにかしら?」

 親しみに満ちた微笑みは消え去っていた。いまはもう口の端が上がっているくらいだ。イル・テローゼという少女にはシャルルが友好的に接する理由もメリットもなにもないのだから。突然よそよそしくなった彼女の変化に気付いたのか、テローゼもつんと言い放った。

「アヴリーヌよ」

「アヴリーヌ………ああ、フランスの新興家系ね?それで、もしかしてあなたは…まさかとは思うけれど、非魔法族として育ったの?」

 彼女はスチュアートよりも遥かに劣る出身のくせに随分と高飛車だった。魔法族の常識を知っているようにはとても見えない。

「ええ、わたしの両親はどちらも魔法使いではなかったもの。けれど母方の実家は魔法族だったから、存在は知っていたわ。それがなにか?」

 

 シャルルは絶句した。

 母親は純血家系出身なのに、非魔法族…つまり…シャルルは嫌悪感を隠そうともせず顔を歪めた。

 

 シャルルに理由もわからず冷たい視線を向けられたテローゼが彼女を問いただそうと口を開いた時、部屋の扉が開き甲高い声が響いた。

「シャルル!部屋に戻ってたの?ドラコがお茶をしましょうって言ってるわよ」

 パンジー・パーキンソンはシャルルの話している相手を見た途端、目つきを鋭くさせた。

 

「ダメよシャルル、この子穢れた血と生まれ損ないの娘なんですって」

「ええ、たった今知ったわ。てっきり純血の生まれかと思ってしまったの…」

「そうね、確かに雰囲気は金持ちっぽいかもね。でもこんな生意気な子がわたし達と同じなわけないわよ」

 パンジーが鼻にしわを寄せ、パグにそっくりな顔で嫌な笑顔を浮かべた。

「黙って聞いていれば…!あなた達どういうつもりなの!?」

 理由のわからないまま罵倒されるイル・テローゼはとうとう我慢が出来なくなって叫ぶ。

 

「パーキンソン家の子女であるわたしに向かってよくもそんな態度が取れたものね!なんて教養のない…!信じられないわ!!」

「あなた、スリザリンを敵に回したいの?」

 怒りに顔を赤くするするパンジーとは裏腹に、シャルルはクスリと嘲笑った。

 

 テローゼはシャルルの「スリザリンを敵に回す」という発言の意味を捉えあぐねていた。

 彼女たちが、まだ2日目だというのに既に1年生の中でリーダー的存在として君臨したのは知っていた。なんだか妙に他の生徒に敬われていることも。

 でも自分だってほかの女の子に御機嫌取りされたり、男の子にきざったらしく話しかけられたりしているのだ。だけれど、彼女たちの自信満々な態度が妙にテローゼを不安にさせた。

 

 そう、イル・テローゼは知らなかった。

 マグルの中で育った彼女は純血の価値を理解していなかった。彼女の美貌と気品のせいで彼らは寄っているだけで、スリザリンにおいて何より重視されるのは容姿でも成績でもなく、血と家柄なのだということを、彼女は今後身をもって知ることになる。

 

 

 

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