Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

34 / 47
33 恋とかいうもの

 

 ドアをノックするとブルストロードが顔を出した。

「グリーングラス?」

「ええ、いる?」

 彼女はベッドを顎で示した。机に向かっていたダフネが振り返る。シャワーを浴びたのかいつも緩やかな三つ編みが編まれている金髪は下ろされ、緩やかなウェーブが腰まで伸びていた。

「失礼するわね。そういえばブルストロード、この前は突然帰っちゃって悪かったわ」

「別に。いつものあなたの気まぐれでしょ」

「ありがとう。また顔を出すわね」

 嫌そうにフンと鼻を鳴らすブルストロードの態度は尊大だが、パンジーの後に見る彼女は分かりやすくて可愛らしい。

 シャルルの顔がほっと緩んだ。

 ブルストロードはクォーターで、たしか祖母が混血と結婚しただかで1/4だけマグルの血が混じっていることをコンプレックスに思っている。しかしブルストロードの本家は聖28一族に数えられる有力な家系だ。だから本家の名に相応しく振る舞おうと、毛を逆立てる猫のように、他人から舐められないように気を張っている。

 こういうことなら分析しやすいのに。

 

「どうしたの?」

 シャルルは淑女らしくなく乱雑に靴を脱いで、ダフネのベッドに横になった。

「なにか悩んでる?パンジーと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩じゃないけど……」

「じゃ八つ当たりでもされた?あの子昔から激しいけどすぐ治るから気にすることないわ。シャルルの方が詳しいと思うけどね」

「んー……」

 長年の付き合いのせいか、ダフネはすぐシャルルを見抜いた。別に顔に出してはいないのに。シャルルも観察力や分析力はなかなか鋭いと自分で思うのだが、ダフネは昔から些細なことに気がつくし、気遣いもうまい。

 今も手を止めて、シャルルの横に寝転んだ。

 

「課題はいいの?」

「早めに取り掛かってただけ。それより何かあったんでしょ?話を聞いて欲しい気分?それともただごろごろしたい気分?」

 シャッとカーテンを閉めたタイミングで、シャルルはダフネに抱きついた。

「ん~、癒して欲しい気分~」

「きゃっ。もう、わたしはテディベアじゃないのよ」

「同じようなものよ。ふわふわだし、柔らかいし」

「失礼ね!」

 

 ダフネが憤慨した。二人はくすくす笑って、シャルルは天井を眺めた。

 溜息をつく彼女にダフネは何も言わない。ただ黙って横になっている。パンジーにもこうすれば良かったのかもしれない、とシャルルは思った。

 

「恋愛ってめんどうくさいわね……」

「えっ?」ダフネが上半身を起こしてシャルルを覗き込んだ。「好きな人が出来たの!?」

「パンジーの話」

「ああ……」

 ぽふん、とふかふかの枕にまた頭を投げ出した。

 

「休み中ドラコと一緒に過ごして前より仲良くなれたんだけど……不安にさせてしまったみたい。ねえ、馬鹿みたいなこと聞くけど、ダフネの目からドラコはわたしに恋してるように見える?」

 すぐに否定して笑い飛ばされるかと思ったが、ダフネは無言で思案していた。

「えっ?」

 今度はシャルルが驚く番だった。「嘘でしょ?ほんとに?」

「待って、結論を急がないで。思うにあなたとマルフォイは同じなんだと思うわ」

「同じって?」

「要するに子供なのよ。マルフォイはたぶん恋をしたことがないと思う。デリカシーがないし、女の子の扱い方がなってないし、子供っぽいし」

 ダフネは真顔のままマルフォイの欠点をつらつらあげつらった。シャルルは口を尖らせる。ダフネやパンジーが初恋もまだなシャルルをよく子供扱いするのが不満だった。

「その言われ様のドラコと一緒にされるのはなにか嫌だわ。それにわたしに言わせれば、あなた達がませてるのよ」

「じゃ言い方を変えるわね。情緒が未熟。幼い。純真」

「ダフネ!」

 肘で突っつくとダフネが身をよじった。

 

「冗談。でもシャルルもときめくくらいはあるでしょ?」

「たぶん、何回かは?」

「良かった。心を失っている人間ではないのね」

「どんな人間だと思われてるの?」

 

 シャルルが唇を尖らせる。そこまで言われるようなことではないはずなのに。

「情緒が未熟で心の欠けた人間からのクエスチョンなんだけど、どうすればいいと思う?ドラコから急に距離をとったら彼も訝しむだろうし、パンジーもプライドが傷付くと思うのよね。せっかく出来た友達をわたしも失いたくないし。この考え方には温度を感じるかしら?」

「いやね、拗ねないでよ。冗談、あなたは愛情深いわ」

 猫でも可愛がるようにダフネが顎の下を擽ってくるのを、振り払って軽く睨む。ダフネは気にした様子もなく笑っている。

「別に今のままでいいんじゃない?何かを変える必要はないわ。結局はパンジーの問題なんだから、あなたがどう動こうと悪くなるものはなるし、良くなるものは勝手に良くなるわ」

 身も蓋もないが、正論だ。

 ダフネは案外冷めている。それが心地いい。

 そう言うと、「あなたほど冷めてないわ。大抵の人間のことはどうでもいいでしょう?たまに怖くなるもの」

「そんなに?わたしって優しくない?」

「自分で言わないでよ。優しいのはどうでもいいからでしょ。あなたの身内に入ってることに安心するわ」

 ダフネに言われるなんて相当だ。

 心がないとかダフネにしか言われたことがないけど、たぶん恋をしたことがないからじゃなくて、冷めているから言われるんだろう。

 ダフネも人の事は言えないくせに。でも……。

 

「シビアなところは似てるのに、恋をするとあんなに可愛らしくなるなんてね……」ニヤニヤしながら言うとダフネの頬にカッと赤みが差した。

 幼馴染みに言われるとますます羞恥が湧く。あまりからかって来ない分、たまにからかわれるといたたまれなさもひとしおだった。

 ダフネはシャルルを睨んだ。

 

「それ以上言うと、エリアスとのこともう何も教えないから」

「わたしが悪かったわ」

 シャルルはすぐさま全面降伏した。

「まだ手紙を送りあってたわよね?進展があったの?」

 ダフネはまだちょっと顔を赤くしていたが、「怒らないで。笑ってた方が可愛らしいわ」「気になるところでだんまりなんて」「幼馴染みへのちょっとした愛情表現よ」と宥めていると、ようやく機嫌を治してくれた。

 と言っても、不機嫌はパフォーマンスで、ちょっと話題を盛り上げるじゃれ合いのようなものだ。

 たぶん、言うのが恥ずかしくて拗ねたフリしてふざけた空気を作りたかったんだろう。

 

「キスをしたわ」

 ダフネはシャルルの耳元に顔を寄せて、吐息のように囁いた。

「えっ!それじゃあ……」

「それで、この恋はおしまい」

 その声は何か吹っ切れたように軽快な響きを伴っていた。ダフネはもう痛みを受け入れ終わったあとなのだろう、シャルルの方が胸が切なくなる。

 なんと言えばよいか迷い、寝転がったままダフネの肩に頬を寄せた。

「……素敵な恋をしたわね」

「……うん。エリアスを好きになって良かった。彼がわたしを妹のようにしか思っていないことも、気持ちに気づいてることも知ってた。それで、もう諦めようと思ったのよ」

「……」

「最後のお願いだからって、クリスマスにデートしてくれるように頼んだの。帰り際、告白したけどやっぱりダメだった」

 シャルルはダフネがポツポツ言わせるままにしていた。思い返して感傷に浸ってはいるけれど、どこか滲むような温かさがあり、ダフネは傷付いてはいなかった。

「それで、思い出が欲しいと言ったのよ……エリアスは躊躇っていたし、困ってたわ。当然よね。わたしは12歳で彼は18歳なんだもの。でも、最後に「僕を好きになってくれてありがとう」って触れるようなキスをくれた。わたしもう、それだけで報われたと思ったわ」

「ロジエールは、子供だからと誤魔化さないで、あなたに向き合ってくれたのね」

「ええ!彼を好きになって良かった」

 

 ダフネは指先を擦り合わせ、幸せそうに目を閉じた。ふっくらと丸みを帯びた頬は薔薇色で、透けるような金の睫毛があどけない顔立ちに儚げさを醸し出している。

 シャルルはダフネよりもエリアス・ロジエールの気持ちの方が分かった。

 魔法省に入省したばかりで、人脈がこれからのキャリアに必要不可欠な中で、6つも歳下の聖28一族のダフネにキスをするのにはかなり勇気がいっただろう。ダフネはそんな子じゃないけど、もし女の子同士の恋バナできゃあきゃあと言いふらされたらロジエールの評判はかなり難しくなる。

 それでも自分を慕ってくれる女の子に報いようと、リスクを取ってまでダフネの恋心に誠実に答えてくれるなんて。

「ダフネ、あなたの見る目はかなりいいわね」

「ふふっ、でしょ?恋は終わったけど、悲しい気持ちより幸せな気持ちの方が大きいの。今でも好きだけど、ちゃんと思い出に出来そうだわ……あっ、この話他の子には内緒よ?」

「分かってるわ」

「シャルル以外にはまだ誰にも言ってないの」

「わたしには言ってよかったの?」

「?当たり前じゃない。シャルルも恋をしたら教えてね。それ以外のことも。わたし、あなたの秘密はいちばんに知りたいの」

「分かったわ」

 

 シャルルはうなずいた。

 秘密だらけだし、秘密を他人に打ち明けたいとか、悩みを誰かに聞いてほしいとかシャルルは思ったことがない。自分のことは自分だけで片付けてしまいたい。

 だからダフネを見ていると、たしかにわたしは冷めているのかもしれないなと思う。

 でもいずれ何かを打ち明けたいとき、シャルルはいちばんにダフネを選ぼうと思った。ダフネになら、たぶん何を言っても嫌われることがないだろうから。

 そういう幼馴染みがいるのはなんだか安心する。

 

 ダフネとシャルルは頭を寄せ合った。

 白いシーツの上で、金と黒の髪がそっと絡まりあっていた。

 

*

 

 翌朝パンジーはいつも通りだった。シャルルも何も無かったように振る舞った。でも内心でなんとなく気まずく感じる気がするのは抑えようがない。

 これも全部ドラコが朴念仁なせいよ。

 シャルルは心の中で呟く。

 

 魔法史は相変わらず退屈だった。ビンズ教授はただ教科書を読み上げるだけの授業をするから、予習と復習だけで事足りる。もしかしたらゴーストらしく過去体験してきた歴史について何か語っているときもあるのかもしれないが、一本調子で淡々と話す声は右から左へと通り抜けていって何も残らない。何も語っていないことと同じだ。

 

「こんにちは、リドル」

 魔法史は自習や研究にちょうどよい時間だったが、シャルルには新しい暇つぶしがある。返事はすぐに返ってきた。

『良かった。忘れられたかと思ったよ』

「昨日は少し忙しくて」

『何かあったの?アドバイスに乗れるかもしれない』

「日記に恋愛のアドバイスを求めても仕方ないわ」

『恋愛?』字が面白がるようにわずかに乱れていた。『僕もそう経験は多くないけど、分析は出来るよ』

 

 その言い様にシャルルは思わず笑った。シャルルと同じ考え方の人間らしい。

 だんだんわかってきたのだが、魔法理論の解釈を深め、カテゴライズするように人間を観察して解釈するのは、どうもふつうの子供はやらないらしかった。

 

「それよりあなたのこと調べたわ。ホグワーツ功労賞をもらってるのね」

 さり気なく、昨日知ったような言い方で書き込む。

 実際はずいぶん前からT・M・リドルのことは調べていた。

『あぁ、うん。恥ずかしいけど』

「何をしたの?実績が載っているものは見つけられなかったの」

『あまり自分を功績をひけらかすような行いはしたくないんだ』

 リドルは謙虚で殊勝なことを言った。「スリザリンらしくない考え方ね。あるいは真逆のスリザリンらしい考え方」

 シャルルはからかいを返した。

 彼と話す時、ある程度のリラックスと緊張感が同時にある不思議な感覚があった。

『なんとも含蓄がありそうな言葉だ』

 皮肉っぽい返事。やはりリドルはスリザリンらしいスリザリン生らしい。つまり目立たず、自分は誰かの後ろでこっそりと暗躍し、指示を出すタイプ。それでいて賞賛にふさわしいある程度の功績は残しておきたい。

 でもそれにしては、5年生での功労賞授与は目立ちすぎる気がする。

 

「マグル育ちのスリザリン生が2度の受賞は、かなり噂の的になったでしょう。自分で動く理由があったの?それともそのタイミングで賞賛を得ることに意味があったの?」

『君と話すのは気持ちがいいね』

 薄っぺらな賛辞だとわかるけれど、悪い気はしない。マグル生まれ……いや、彼いわくマグル育ちのくせに、かなり闇の魔術に精通した実力のある魔法使いだからだろうか。

 教室はちょうどよく日が差し込み、適度に暖かかった。起きている人はシャルル以外にはほぼいない。クラッブやゴイルはもはや腕を枕にして寝こけているし、ドラコもダフネも目をすっかり閉じている。珍しいことにセオドールもたまに頭が揺れていた。いつも本を読んだり、自習している仲間なのに。研究で疲れているのかもしれない。

 

『君にどう思われるか心配なんだけど……僕はマグルの孤児院で育ったんだ。夏休みになるとそこへ帰らなければならなかった』

「言ってたわね」

『僕は戻りたくなかった。酷い場所なんだ。ホグワーツを家のように感じていた。けれど学校が閉鎖するような事件が起きて……』

 心臓がドキリと脈打つのを感じた。日記に話しかけた理由に繋がる何かを話そうとしているのかもしれない。リドルとシャルルは親しげに話してはいても、お互い警戒してどこか手探りで距離を測っていた。

 羽根ペンを弄んでいた手を止め、背を伸ばして日記の文字を見守る。

『知っているかは分からないが、スリザリンは秘密の部屋を残した。50年前その部屋が開かれて、可哀想な生徒がひとり亡くなったんだ。それでホグワーツが閉鎖されることになった。先生方は誰も犯人について心当たりが無い様子だった』

 文字は躊躇うように跳ね、考えながら言葉を選ぶかのようにゆっくりと浮き上がってきた。シャルルはもどかしかった。

 

 継承者に繋がる何かが……繋がる何かを早く。

『僕は本当は知っていた。怪物を飼っている生徒を知っていたんだ。彼は善良で、人を殺すような生徒ではなかったけど、怪物は従えることが出来ないから怪物なんだ。彼を先生に引き渡して僕は表彰されることになった』

 

 ヘナヘナと頭の先から力が抜けるような感覚がした。シャルルは緊張から開放された。なんだ……。

 リドルが継承者だったのかもしれないと思ったのに。

 しかも、スリザリン生なのに、スリザリンの継承者を捕らえるなんて。

 軽蔑と失望が浮かぶが、もう過去のことだし、彼の気持ちに今のシャルルは理解を示せる気もする。ターニャのようにマグル界より魔法界で生きたかったのだろう。

 だが、まだ手がかりはある。

 

「継承者は男だったの?」

『ああ』

「その継承者はどうなったの?生徒を殺したのならアズカバンかしら?」

『それが、ディペット校長がホグワーツの汚名を恐れて握り潰したんだ。退学になっただけで済んだ』

「その後のことは?」

『分からないけど、ダンブルドアが目をかけていたから悪いようにはなっていないんじゃないか。……ずいぶん継承者が気になるんだね?』

 訝しげに聞かれ、ぎくりとはするがようやく見えた糸を離したくない。

「あとで話すわ。あなたにも無関係じゃない話よ」

 

 書いてから、いや、リドルは知っているはずよね?と脳内によぎる。ジニーから聞いている前提で関わっていた。そしてシャルルはジニーや誰かが話しているだろうと気付いていない風を装って。

 これはシャルルとリドルのポリティクス・ゲームなのだ。

 

 白々しい……あまりにも白々しすぎて怪しい上に、リドルの言葉をどこまで信用出来るかわかったものじゃないけれど、検証はあとにすればいい。

 シャルルは深呼吸した。

 リドルと話すのはやはり、心が強ばる。他の誰にも感じない感覚。

 

「継承者の名前は?」

『……彼は故意じゃなく過失だった。退学にまでなったのに、これ以上彼の人生を踏みにじるようなことは……』

 

 ここまで来てそんなことを言うの!?

 シャルルは怒鳴りつけたくなった。

 意図をはかるために試しているんだろう。はやる気持ちで手をもたつかせながら書き込む。

 

「今ホグワーツでまた部屋が開かれているの。無垢な生徒がどんどん倒れているわ。前の継承者がまた行動を始めたか、その子孫がきっといるのよ」

『秘密の部屋が?』

「継承者を捕らえたあなたにしか分からないのよ。お願いリドル、今を生きる子供たちを守ると思って助けてほしいの」

 シャルルも白々しく言葉を並べた。

 でも、お願い、と懇願する気持ちだけは本当だ。今を生きるシャルルのためにその名前を教えて欲しい。シャルルならスリザリンのくせに継承者を教師に売るようなマネはしない。

 

『君は純血だろう?どうしてそこまで他の生徒を気にする?』

 文字に力がこもっていて、なんだか威圧的な雰囲気を感じた。シャルルは一瞬なぜか言い訳をしそうになった。日記を見つめる。

「ルームメイトがマグル育ちの混血で、マグルに虐待されているの。ホグワーツが閉鎖されたらその子はマグルに戻ることになるわ」

『……』

 咄嗟に浮かんだターニャを使ったが、これはリドルの共感を求める意味で最善手な気がした。

「彼女は泣いていたわ。マグルに戻りたくない、わたしは魔女だって。わたしは彼女に深い同情を覚えたわ」

『……僕と同じだ。もしあの頃の継承者が戻って来ているなら、僕も手助けをしたい』

 シャルルははしたなく机の下で勝利の拳を握った。

 

『継承者の名前は……ルビウス・ハグリッド。当時グリフィンドールの3年生だった』

 

 ──ルビウス・ハグリッド?グリフィンドール?

 その名前をどこかで聞いたことがあるけれど、思い出せない。高まった熱が置いてけぼりになる。

 

『彼はホグワーツ内で危険な怪物を飼っていた。僕は彼がこっそり育てているのを知っていたんだ』

「怪物って?」

『アクロマンチュラだ』

「取引禁止品目に指定される超危険魔法生物じゃない!人肉を好む……ホグワーツで飼ってたの?」

 背筋がゾワリとする。死者がたった1人で済んだのは奇跡なんじゃないだろうか。でもアクロマンチュラに人を石化する力は……あっただろうか?

『ああ、本当に危険な……そのときはまだ子供だったけど、それでも1人食い殺された。君たちの代は死者はまだ?』

「ええ。幸いなことにまだ誰も。その継承者に子供はいないのかしら」

『分からないけど、いたらすぐ分かると思う。彼は巨人とのハーフだから』

 

── 禁じられた森の傍に犬小屋よりも酷い家があるだろう?あそこにはハグリッドとかいう野蛮人が住んでるんだ。

── あの森番は巨人族と魔法族のハーフなのよ!

 

 ハグリッド!

 おぞましいハーフの森番のことをシャルルは思い出した。まさか、彼がスリザリンの継承者だなんて……。

 シャルルの脳内で激しく嫌悪感と崇拝心がジレンマを引き起こした。

 

『シャルル?』

 文字を見てハッとし、シャルルはとりあえずその問題を脳の隅っこに置いておいた。受け入れる時間が必要だ。リドルの証言を確かめてからでも遅くはない。

「ごめんなさい、色々なことを一気に知ったから動揺して……。50年前の被害者は誰だったの?」

『マートル・エリザベス・ウォーレン。マグル生まれのレイブンクローで、不幸な事故死として片付けられたよ』

 その名前もシャルルは書き留めた。

 魔法史の羊皮紙は新しい情報でいっぱいになっていた。

 

*

 

「どこ行くの?」

「ちょっと調べものにね」

「また図書室?よく飽きないよね。たまには陽の光を浴びながらおしゃべりでもしない?」

「片付いたら行くわ」

「それっていつなの?」

 呆れ声のトレイシーに軽く手を上げ、シャルルの足早に図書室へ向かった。連日図書室にすし詰めになっているが、求めている情報はなかなか集まりきらない。

 

 ホグワーツで死者が出たことは完璧に抑制されていた。当時の校長、アーマンド・ディペットは高く評価され、蛙チョコレートで偉人としてカードに載っているが、その政治的手腕はたしかなようだ。たぶん、彼はスリザリン出身だろう。

 狡猾に事件を抑制し、メディアを支配し、名声を守っている。

 

 50年前はさらに純血名家や権力者への不透明度が高く、新聞記者たちの力は低かった。当時の新聞に載っている魔法省のゴシップは、大概が政争で民意を操るためのものだろう。

 出てくる名前はたいてい混血かマグル生まれであり、たまに出てくる純血名家のゴシップの後には、さらに力のある名家の成功へと続いていた。

 

 マートル。マートル・ウォーレン。

 彼女の記事はどこにもない。

 恐らく父に聞けば、裁判所か法執行部、あるいは大臣室に残っている資料があるだろうけど、ヨシュアに尋ねた時点でシャルルが秘密の部屋について調べていることが確定的になる。怒りを買うのは間違いない。

 

「あー、もう!」

 小声で苛立ちを発散させる。

 

 ただ、アクロマンチュラの生態については調べてある。

 1965年の実験的飼育禁止令以前に人工的に作り出された魔法生物で、M.O.M分類でXXXXXの最上級レベルに分類される。

 人肉を好み、8つの目を持ち、巨大で鋏も持つ。暴力的で肉食的。牙には非常に強い毒液を持ち、高いレートで売買される。

 そして1794年に初めて発見されたとされる。

 実物を見たこともないし、そもそもアクロマンチュラの生態自体詳細に記された書物が少ないため、確定は出来ないが、やはり石化能力はないだろう。

 毒液は稀少で、その強力な毒は単体よりも魔法薬の調合に使用され、アルマジロ調合薬やセイレーンの代永薬のような、生命維持に致命的な損傷を与える効能がある。

 

 ……ふうん?

 闇の魔術師によって作り出され、手を離れて繁殖したアクロマンチュラが、実は1000年前からスリザリンが作り出していました──というのは無理があるだろう。

 スリザリンが作り出したアクロマンチュラに特別に石化能力がある可能性があることも否めないけれども。

 

 わたしがスリザリンだったならば、自分の手足に使う魔法生物は、蛇にする。末裔に血によってしか受け継がれないパーセルタングはスリザリンの象徴であり、本人も好んでいた。誇りに思っていたから、寮のシンボルに蛇を選んだのだと思う。

 それにパーセルマウスは稀少だから、他の人に操られない生き物を選びたくなるだろう。

 もちろん、これは推量とも言えない、空想の域を出ない産物だけれども……。

 

 ルビウス・ハグリッドがホグワーツにいるなら、会いに行ってみたい。

 でも継承者にのこのこ会いに行って殺されないとも限らないし、しらを切られて殺される恐れもある。アクロマンチュラによって退学させられたなら流石にアクロマンチュラは処分されているだろうが、彼は禁じられた森を支配している。

 ハーフ巨人なら力で敵うわけもない。

 継承者ならば懐に潜り込んで仲良くなるのも時間がかかるだろう。それに、デミヒューマンに対して自分が嫌悪感を抑えられるかどうか……。

 

 ハグリッドが継承者であると仮定すると、激しい嫌悪感と失望感に苛まれる。

 

 シャルルは首を振った。

 いや、ターニャの件で分かった。人は生まれを選べない。ハグリッドが好きで、おぞましい生き物として生まれてきたわけではない。彼の父と母がおぞましい生き物として産んだのだ。

 そこにはたぶん、恋が絡んでいる。

 種族の差を超えた恋とかいうもののために、先のことや産まれてくる子のことを何も考えず、その時の感情のままに、後先考えずに交尾するから可哀想な境遇の子供が産み落とされるのだ。

 

 本人も、サラザール様も可哀想だ。

 血を穢されたサラザール様。

 生まれ損ないにされたハグリッド。

 きっと彼も、本人のどっちつかずの種族より、魔法族として血を誇ったからこそ秘密の部屋を探し出して開いたのだろう。

 

 そう考えると、シャルルの胸は同情で痛んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。