Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜 作:しらなぎ
『血液増幅薬は?』
「届いたわ」
『そう。準備は整ったわけだね』
「ええ。血を…」
『シャルル、君は物事を性急に進めたがる癖があるようだね。だが、指示以上のことを許可なく君の推量で進められるのは好かない』
「…ごめんなさい、気が逸って……」
高鳴っていた心臓がズキンととりわけ強く跳ねた。
いつになく強い口調で叱責され、思わず狼狽える。せっかちな性分を友人たちからもからかわれることがあったし、自分でも悪癖だと自覚していたが、リドルの不興を買ったかと思うと今までにない自己嫌悪が襲ってきた。
今日、手帳に血を注げば、リドルの「直接指導をする」という答えが得られる。それが目の前にあって、自分を抑制できないことを恥じた。
リドルは硬質な文字を一転させ、宥めるような柔らかい美しい文字を送ってきた。
『君の気持ちは分かるよ。だがその前に適切な場所を教えてやろう』
「適切な場所?」
『寝室は秘密を分かち合うには杜撰すぎる。8階の隠し部屋を知ってるかい?』
「8階…は知らないわ」
『便利な部屋だよ。誰にも見つかる可能性がない』
「そんな部屋があるの?ホグワーツってほんとう、なんでもあるのね、分かったわ、8階のどこへ?」
『バーナバスのタペストリー』
ローブを羽織り、手帳と杖をしまい込む。今日は幸い日曜で授業がない。好きなだけリドルと一緒に過ごせる。
ソファで課題に嫌々向き合っていたパンジーが、ベッドから滑り抜けてきたシャルルにパッと顔を上げた。
「おはよう、ちょうど良かった!ねぇ、変身術がほんっとーーに厄介なのよ」
「ごめんなさい、また今度ね」
髪をたなびかせ、シャルルは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をすると、足早に寝室を出ていく。甘えた口調で話しかけたパンジーは目を見開いて愕然とした。
シャルルがパンジーをこんなに雑に扱うなんて。
怒りと困惑がのぼってくる。
そりゃあ今までだって、シャルルは一人行動を好むし、他人の忠告を聞かないところがあったけれど、パンジーのおねだりを無下にしたりしなかった。むしろ、それを嬉しそうに受けていた。
パンジーはそういう部分は敏感だ。
シャルルはパンジーに甘えられるのが、たしかに好きだった。
それなのに今はどうだった?
まばたきの一瞬だけチラリとパンジーを見て、話を聞く気もなかった。パンジーが頼ろうとしているのに。
思わず紅潮して屈辱に唇を震わせ、ショックで物も言えなかったが、同時に理由の分からない不安がモヤのように渦巻く。
冬休み明けから始まった違和感はどんどん増し、このところ彼女は、まったくシャルルらしくない。ベッドに引きこもって物音も立てず、出てくれば虚ろな顔をしている。
目を見ながら会話をして、同じ部屋で寝起きして、そうして向き合って話しているはずなのに、シャルルはここにいない。そんな感覚があるのだ。
パンジーはシャルルが去っていった、とっくに見えもしない背中を探すように、言い知れぬ気持ちで扉をしばらく見つめていた。
バカのバーナバスがトロールにバレエを教える絵画は、魔法界では有名だ。廊下にかかる巨大なタペストリーの前でシャルルはドキドキしながら立ち止まった。
軽く捲って確認してみても、タペストリーにも、壁にも何か隠されているヒントはない。
ここで合っているだろうか?
手帳を開いてリドルを呼び出す。
「着いたわ。わたしの背より大きいタペストリーよね?」
『それなら、次は誰にも入って欲しくないと強く念じなさい』
「念じる……?」
『誰にも見つかりたくない、1人きりになりたい、許可しない者の入室を拒む。自分の目的を念じながら、廊下の前を3回、往復するんだ』
目的を念じながら往復……?
何を言われ、何を求められているか急に抽象的になり、ほとほと困惑しながらも、シャルルはなんとか言われたことをこなそうとした。
念じる。…
誰にも見つかりたくない。誰にも見つかりたくない。誰にも見つかりたくない。
許可しない者の入室を拒む。
自分の目的…。
リドルとわたしの秘密を守ってくれるような…指導してもらうのに最適な…そうね、たとえば本とか、闇の魔術…。
廊下の前をひとりでウロウロする気恥ずかしさを誤魔化そうと、思考に耽けるふりをしながら何回か行ったり来たりを繰り返した。
そしてふと視線を上げ…。
パカンと口を開けた。
さっきまでは確実になかったはずの扉が、荘厳に佇んでいる。
「お…?」
マヌケな声を上げ、ハッとして視線を鋭くさせる。まばたきの一瞬で現れたかのようなその扉。これがリドルの言っていた部屋だろう。バカのバーナバスのタペストリーの向かい側の、何の変哲もない石壁。
念じたのがキーだろうか。
それともバカみたいにウロウロしたこと?
友達からも、この部屋のことは聞いたことがないし、噂でも聞かない。ほとんど知られていない場所なんだろう。
シャルルの背中にジンと興奮が走って、心臓がキュウッとした。さすがリドルだわ。本当に誰も来ないのかしら。
ふんふん興奮しながら磨き上げられた扉を見つめ、真鍮の取っ手を引く。
まず目に飛び込んできたのは巨大な本棚だった。ビッシリ敷き詰められた分厚い本、そして大きなソファ、猫足のテーブル。壁はやはりゴツゴツとした石壁で、すこし埃っぽい。
天井から吊り下げられた蝋燭のシャンデリアの他に、壁にも燭台が置かれていて、充分な明かりが部屋の隅まで届いている。
シャルルたちの寝室ほどに大きな部屋だった。
振り返ると、扉に鍵がある。
閂のような錆び付いた鉄製の鍵がふたつ。それをきっちりと締め、杖を取りだして鍵閉め呪文も掛けておく。
絹のような黒髪を耳にかけると、シャルルは「ほう…」と溜息をつくような気持ちで、部屋の中を恐る恐る、そして抑えきれない好奇心のままにそっと眺め歩いた。
本棚には「簡単決闘術」「嫌いなあいつを懲らしめる呪文!~これを読めば10分でマスター~」「錬金術入門 初心者編」という、子供でも分かりそうなものから、禍々しい雰囲気を醸し出すものまで様々が揃っていた。
左に行くほど、深淵的な内容のタイトルになっていく。「魂と魔力の根源について」「悪魔と呼ばれた男」「使役・支配・代償・契約」「永遠の命は実現足りうるか?」。
見るからに闇の魔術を扱う書籍もある。
もしかしたら禁書の棚にもないかもしれないものも。それとも、図書室の本がここにも現れるのだろうか?闇の魔術の書物が多いのは、シャルルがそれを望んだから?…
湯水のように湧き出てくる疑問に頭を振り、シャルルは柔らかなソファに腰掛けると、手帳を開く。
「中に入ったわ。ここはなんなの?」
『さぁね。望みの部屋、あったりなかったり部屋、変化の間、色々呼び方はあるようだ。必要に応じて変化する部屋だよ。便利だろう?僕は必要の部屋と呼んでいたけど』
「必要の部屋…」
きょろ、と視線を動かす。
変化する部屋、それも対象者の願いに応じてだなんて、理論が全く分からないほどの仕掛けだ。しかも、念じただけ…頭の中を読む魔法だなんて。
もし毎回姿を変えるなら、その度に中の部屋にあるものは召喚されているのだろうか?それとも元々どこかにある部屋に扉が通じる?願いが同じなら同じ部屋が開くの?自分の部屋を思い浮かべたら、必要の部屋を通じて姿あらわしの呪文を使わずとも転移することが出来るのだろうか?
どの程度まで、この部屋は願いに沿って変化するのだろう?
『薬は持ってきているね?』
手帳に滲んだ文字にシャルルは慌てて意識を現実に戻した。疑問は尽きないが、検証は後ですればいい。
「ええ」
リドルから返事はなかったが、やるべきことはわかっていた。杖を自分の腕に向ける。囁くように呪文を唱え、自分の真っ赤な純血が手帳の中に染み込んでいくのを見つめる。
血を渡すのは3度目だ。今は恐れはもうなく、戸惑いもなく、けれどもやはり高揚はあった。この血でリドルが、実体化のその先を見せてくれるというのだから。
固唾を飲んで見守り、やがてするりと音もなく目の前にリドルが現れた。
半透明の美青年。
何度見てもその美しさに思わず声を失ってしまう。
「うん、最低限は足りるかな。助かるよ、シャルル」
「あ、ええ…」
リドルは何度か手のひらを握ったり開いたりし、満足そうに瞳を細めた。褒めるかのような眼差しに思わず惚ける彼女に、クスリと機嫌よく、同時に酷薄的に微笑む。優雅な氷の微笑は12歳の少女だけではなく、どんな人間も魅了しうるほどセクシーに馴染んでいる。
シャルルは、人間の美醜には大して興味が無い。シャルルが重視するのは流れる血、次いでその人の持つ知性や実力、そして性格や内面と言った要素だ。
容姿は力のひとつであり、シャルルも利用したいと思っているけれど、他人の容姿に振り回されることはほとんどない。シャルル自体が珠の美貌を誇り、美形には見慣れている。
けれど、リドルはそんな考えを嘲笑うように圧倒的な美貌で横っ面を叩いてくる。
「怪我を」
「…そうね」
目を奪われていたことを誤魔化すように視線を伏せ、杖を構えた。だが、怪我を癒す前にひやりとしたものが手のひらを撫ぜていった。
流れるような仕草だった。
自分の白い手のひらの上に、さらに青白い半透明の大きな手のひらが覆い、戸惑う間もなく杖が引き抜かれる。
──えっ?
何が起きたか理解するよりも早く、思わず反射的に顔を跳ねあげる。
リドルが杖を構え、自然な動作で杖を振った。
「エピスキー」
滲む光が、僅かな切り傷を包み、みるみるうちに塞がっていく。シャルルの新雪のような肌には傷一つなく、流れた血だけが、一筋赤々と垂れていた。
「やはり問題はないようだ。自分の身体で魔法を使うのは久々だから慎重を期したが…体感的には以前と変わらずに行使できる。…この魔力が枯渇する感覚は慣れないな…」
自分に聞かせるようにブツブツ呟き、リドルは杖を握り直したり、撫ぜたりした。彼が持っているのはシャルルの杖だ。ヤマナラシの木に不死鳥の尾羽根。見慣れた自分の杖を、彼が"持っている"。
「えっ?…リド…あ、えっ?」
「ハハ!驚いたかい?君の献身のおかげだよ」
「じ…実体化って…本当に…」
「信じられない?」
「リ…ッ」
口を開けて目を白黒させるシャルルに、リドルは喉仏を張り詰めさせて声を上げて笑った。単音を発するシャルルを蛇の目で見下ろし、躊躇いのない仕草で頬に手を添える。シャルルは思わず唇を震わせて息を飲んだ。
氷のように冷たかった。
磨き上げたプラチナのような手。白い指先が、一筋ほろりと垂れたシャルルの黒髪を撫でるように掬い、耳にかける。
ゾゾー…ッと背筋に何かが走り、喉がクッと震える。冷たいせいではなかった。シャルルは息もできず、体を石のように固め、身動ぎもせずにリドルの解剖するような冷たくぬらぬらと光る瞳を見上げた。逸らすことが出来なかった。許されていない気がした。彼は黒い影のようだった。
「こうすれば君に指導しやすくなるだろ?」
ふいに離れた彼にシャルルはようやく「は……っ」と張り詰めていた息を吐く。胸に手を当てて落ち着かせるように呼吸すると、魚がのたうつように鼓動が乱れていた。無意識に息を止めていたらしい。
横目でシャルルを見てリドルが低く笑う。嘲るような吐息にも羞恥は浮かんでこなかった。ただ、熱が駆け巡るようにグルグル渦巻いていた。
記憶に過ぎない彼が今、目の前にいる。
半透明で、霞のようなのに、たしかに輪郭を持って…シャルルの血によって……。
深呼吸した息が熱かった。
唇が震える。
「に…肉体を取り戻せるの?」
「ああ」
気負わずシンプルにうなずくリドルに、心臓がひときわ強くバクンと鳴った。
「目的はそれなの?」
「ひとつはそうだね」
「血を渡したら…復活するの?」
「……」
彼は首を傾けて、ニコ、と微笑む。
答えて欲しくて縋りたくなった。目の前で起きていることに、彼が起こすことに翻弄されて夢中になる。
何を求めているのか教えてほしい。
目的は何?
どうしたらいい?
あなたは何をしたいの?どうしたら見せてくれる?
興奮で眼球の裏側が鈍く痛む。
彼は復活する。
その事実に心臓が熱くとろけそうだった。理論も概念も全く理解できない魔法が目の前に伝説として横たわり、圧倒的な質量をもってシャルルを焼き焦がすほど艶然と佇んでいる。
サラザール・スリザリンの血は、復活するのだ。…
*
「落ち着いたかい?」
「ええ…」
恥ずかしそうに伏し目で静々とうなずく。シャルルの内側で爆発的に駆け巡った興奮は、漣のように波紋を起こしてはいるが、熱い吐息は抑制された。
リドルは面白そうに片目を細めた。
少なくともそう見える。
シャルルは駆け引きが苦手な方ではないと自分では思っているが、リドルは、彼のことを読もうとするのは烏滸がましいくらいに、シャルルを上回っている。彼が「そう見せたい」と思ったなら、それが事実になる。
「そこまで思い通りの感激をしてくれると面白いくらいだ。きみは純粋だね」
「…あまり意地の悪いことを言わないでちょうだい」
「褒めてるんだよ」
「そうは思えないわ」
「ハハッ」
からかわれて頬がふくれる。リドルは機嫌良さそうに笑った。いや嘲笑(わら)った、かもしれない。それでも石のような彼が機嫌が良さそうなことに、シャルルはどうしてもうれしくなってしまう。
「それで…あなたが復活するために、わたしは何をしたらいいの?」
「迷っているんだ。君の使い道にはね」
「そうなの?」
「使い潰すには惜しいだろう。血筋的にも、能力的にも」
「そばにいさせてくれたら嬉しいわ」
使い潰すという選択肢を当たり前のように言われたことには驚かなかった。むしろ、彼の性格なら当然だと思えた。それを口に出して言われたことの方に喜びを感じる。
冷たく・狡猾な蛇のような面を見せてもいいと思えるくらいの立ち位置にはなれたのだろうか。
「どちらにしろ…」
リドルが横目でシャルルを見下ろしたのが分かった。解剖するような視線。
「…有効活用するなら、君のことをもっと知らないとね」
「何について?」
「…」
ニコ、とリドルは美しい・機械的な・氷の微笑を浮かべた。すべての人間が何も言えなくなる、美貌で殴る完璧な笑顔だった。貴族的で、シャルルも笑顔はよく使うが、圧倒的に使い方の上手い笑顔。
黒曜石の瞳で半透明の端正な顔が近づいてくる。シャルルはギュッと手のひらに力がこもり、肩が突っ張るのを感じた。
背の高いリドルがシャルルと視線を合わせ、かがんでいる。
美しい瞳に吸い込まれると同時に、頭の中が急に、奇妙な動き方をした。分からない。何かに無遠慮に宝石箱を掻き混ぜられているような不快感。閉じこもって美しく整頓された自分の部屋に、ズカズカと土足で上がられるような嫌悪感。
初めての言い表しがたい感覚に咄嗟に身じろぎしようとした。けれど、動けなかった。縫い止められたようにリドルの視線から逃れられない。
目眩まで襲ってきた。
シャルルの脳裏に、脈絡のない途切れ途切れの記憶が蘇った。大きなぬいぐるみをダフネに自慢されて羨ましく思ったこと──たしか9歳の頃──メロウとヨシュアを見送って、なぜ自分は留守番なのか母にたずねたこと──10歳の頃──母が寝室で何かを見ながら泣いている──これは思い出すことすらしなかった昔の記憶──ちらりと見えた黒髪の男性の肖像画か写真──4歳の頃──。
酷い拒絶感に、瞼の裏に鋭い痛みが走った。
バタン!
自分の部屋の扉を音が出るほど強く締める。自分の心の扉を閉じる。
その途端、美しいリドルの顔が目の前に戻ってきた。彼は意外そうにまばたきをした。
「今のは……」
「驚いたな。君には閉心術の才能があるらしい」
「閉心術…?」
「聞いたことがないかい?他人の頭の中を意のままに扱う魔法だよ」
「……。…わたしの記憶を覗いたのね?」
「ああ。僕は生まれながらに鋭い開心術の才能がある」
悪びれもせず、うっそりとリドルは口端を吊り上げた。邪悪なのに、清々しいほど爽やかに開き直っている。シャルルは唇を震わせ、何度か何かを言おうとしたが、結局溜息しか零れなかった。
「…なぜわたしの記憶を?」
「言っただろ?君のことをもっと深く理解する必要がある」
「その、開心術以外の方法で出来ない?」
「遠回しな方法は合理的じゃない」
「その理屈は分かるけれど…けれど……」
シャルルだって、リドルの役に立ちたいと思っているし、合理的で短期的な手段があると分かりながら遠回しな道を選ぶことは好きではない。けれど、それ以上に今の感覚は許容しがたかった。おぞましかった。自分の中の記憶や過去が他人の手に渡り、頭の中を覗き込まれる……自分の中の何かが他人の手に渡る感覚……。
ゾゾーッとまた嫌悪感が蘇り、シャルルは反射的に震える。
「なるほど…君は殻が強いらしい。好ましい兆候だ」
「好ましい?」
「与えるものがあるということだからね。いいかい、シャルル。君が心を明け渡したくないと思う気持ちが強いほど、その拒絶感を克服して僕に心を開いた時、君は僕にとってかけがえのない存在になる」
「だから、開心術を受けろということ?」
「僕の役に立ちたいんだろう?」
「嫌よ」
なにか、もっと柔らかい言い方をしようとしたはずだったのだが、脳みそが考える前に脊髄が答えていた。シンプルで強い拒絶の言葉に、答えたシャルルの方が目を丸くする。
驚いて、言い訳しようとした。
「その…あなたの役には立ちたいし…何か知りたいと言うなら喜んで答えるわ。けれど…今のは……どうしても無理よ」
言い訳しようとしたが、やはり結論は同じになる。何を言われても、されても、宥められても、開心術だけは嫌だった。
何がこんなに嫌なのか分からないが、とにかく絶対に嫌だった。
「そうか…」
リドルが呟く。それが肯定ではないことはすぐに分かった。ゾッとするほどその声が冷たかったからだ。
見上げると、彼の深い瞳が赤く染まっている。
「リドル……」
その瞳を見ると心臓を直接撫でられているような底恐ろしさが走る。震えそうになりながらも、失望と怒りを買ったと分かっていながらも、それは決して望んだことではなかったのに、けれどやはりシャルルは嫌だった。
他人に過去を見られることが?
他人に無遠慮に心に触れられることが?
他人に自分を明け渡すことが?
おそらくそのすべて、あるいはもっと根源的な理由で、シャルルの全身が、魂が、自分の内側に触れられることを拒んでいる。
「それなら、君の指導内容は決まったね」
「……」
「閉心術のマスター。これしかない」
「……」
「不満そうだね、シャルル?だが合理的だろ?僕と関わっていることを他人に知られるのは最大のリスクだ。特にダンブルドア。あれは開心術のスペシャリストだ。常に見透かすような瞳で、見ていることすら気付かせない高度なレベルで開心術を使いこなしてみせる」
「……」
「心当たりがあるようだな。僕と関わっていく以上、閉心術は必須だ。異論は?」
「……ないわ…」
「よろしい」
呻くようにうなずくと、なおも赤い瞳で、ようやくリドルは小さく微笑みをうかべた。満足さとはほど遠い酷薄的な笑みだった。
ジリジリとした気持ちに襲われながら、シャルルは目を閉じて、閉心術をマスターすればいい、と自分に言い聞かせた。