Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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あけましておめでとうございます


41 でも、

 少し冷静になって考えれば、彼を手放すべき理由が湯水のようにいくつも思い浮かんだ。

 彼は純血主義を掲げているのに、シャルルに対して磔の呪文を行使し、ブラック家を嘲笑った。彼自身が純血思想において最も尊い血を持つからかもしれないが…純血を軽んじているように思える。

 それに、彼の考えがまるで分からない。肉体の復活が一つの目的であるのだろうが…そのための手段や過程を一切シャルルに共有してくれない。

 生徒を石にした理由も、それを辞めた理由も分からない上に、シャルルを悠長に育てている。彼の何か遠大な目的のためにシャルルに実力をつける…と考えることもできるが、セオドールに指摘されたように、彼は生き急いでいるように見える。シャルルがそう見えるということは、そう指示しているリドルが焦っているということなのだ。彼にはおそらく、シャルルが思うより時間がない……のかもしれない。

 彼は秘密と謎、そして矛盾に満ちている。

 今まで"スリザリンの血を引く継承者"を疑うことなく従順な犬のようにしっぽを振って言うことを聞いてきたが…元々分からなかった彼のことが、一切分からなくなった。夜の暗闇を覚束無い足取りで歩く気持ちに似ている。あるいは霞を掴むような。

 

 けれど。

 こんなに…不快感、不信感、そして反発心が浮かぶのに、反射的に浮かんでしまうのは「でも」という言葉だった。

 

 でも。彼の純血思想は本物だ。マグルへの嫌悪も彼とは共有している。

 でも。彼がまだわたしを信頼していない上に、わたしにその実力がないだけで、彼自身は肉体の復活の手段を既に考えている。それに手助けが必要だからシャルルを育てている。…

 でも。彼を手放したら…サラザール・スリザリンの血の復活も諦めることになってしまう。彼の作る理想の道を聞いてもいないのに、今手放すのは性急すぎやしないか?せっかちなのが欠点だと言われるのだから、もう少し…彼がシャルルに譲歩を見せてくれるのなら?

 

 リドルは甘い毒だった。

 完璧な輝く美貌。冴えた知性。酷薄な笑み。そんな全てを見下している彼が時折見せる…褒めるように細めた眼差しや、シャルルを撫でる氷のようなてのひら。

 切り離そうとすればするほど、心のどこかが強烈に反発してくる。彼のことをもっと知りたいと脳みその片隅が甘く囁いて、心を捉えようとしてくる。

 彼を諦めることは、自分の何かを切り捨てることと同じに思えた。彼を振り払おうとするほど、彼に撫でられた優しい感触を思い出した。

 彼がわたしをもっと…尊重してくれたらいいのに。

 そうしたら……。

 

*

 

 リドルのいない生活は平和だった。そして、静かだった。

 毎日が飛ぶように過ぎ、また、自分が毎日をどれほどリドル以外のことを漠然としたまま過ごしていたのか。

 久しぶりにパンジーの顔を正面から見つめた気がする。いや、毎日見ていたはずだけれど、毎回友人たちと話すたびに、久しぶりだと感じる。

「シャルル?珍しいわね、今日は時間があるの?」

「ええ。朝食を食べに行きましょ」

 パンジーは嬉しそうに破顔した。前はこの笑顔を向けられることにこの上ない喜びを感じていたはずなのに…どこか、シャルルの心の表面を上滑りしていく感覚がする。

 

 パンジーやダフネがひっきりなしに話しかけてくれた。声が遠くで聞こえるような、膜を隔てたような不思議な感覚。

 わたし、前はどうしてたっけ?

 分からないことに怖くなった。

 自分が変わったつもりなんてなかった。

 毎日頭を使っていた反動からか、頭がボーッとする。

 

 談話室に戻ると、悪意的な嘲笑が広がっていた。視線を向けると何人かが集まっていて、その中心で顔を赤らめたイル・テローゼが燃えるような目つきで睨みつけていた。

 彼女のローブが汚れている。

「あれは?」

「ああ、いつものことよ」

 パンジーが笑って手を振った。「そうなの?」

「シャルルって本当興味のないものには残酷よね。あなたが嫌い始めたのがきっかけなのに」

 肩を竦めてパンジーが呆れる。シャルルは言われている意味を一瞬理解できず、青い瞳をくりくりっと回した。

「わたし?どうして?元々あの子は嫌われてたでしょう?」

「やだ、気付いてもなかったの?そりゃあの子を好きな人間なんているはずないけど…あれが無視され始めたのも、またからかわれ始めたのもシャルルが嫌がらないからよ」

「……?何それ、まるでみんなわたしの言うことに従ってるみたいじゃない」

「似たようなものでしょ。……本気で分かってないわけ?」

 困惑しきってシャルルはうなずく。シャルルはテローゼを透明人間扱いしろと言った覚えもないし、虐めたり、からかえと言った覚えもない。いつも気付いたら彼女は勝手に嫌われている。

 それに、たとえシャルルが仮にそう言ったとして、従順に従うほどスリザリンの生徒は可愛らしくないし、シャルルのことを慕ってもいないはずだ。

 

「あっきれた…」パンジーが深いため息をついた。「休み前にあの子シャルルに盾突いたでしょ。それにあなたも随分苛立ってたわよね?」

「そんなこともあったわね」

「そんなことって…。まぁ、それでまたあいつが表立って色々言われるようになったのよ。そうしていいってトレイシーに言ったんでしょ?」

「そう…だったかも…?」

 記憶を探ったが、思い出せなかった。シャルルにとって、イル・テローゼは苛立つことすらもうない…どうでも良い存在だった。

「まぁ、みんなシャルルに一応気を使ってるってわけ。シャルルとわたし達にね。つまりきっかけはシャルルなのよ」

 言われてもピンとは来なかったし、そんなことになっているとは露ほども知らなかったので、シャルルは上手く飲み込めなかった。自分が思う以上に影響力があったらしい。

 

 前は彼女のことを見かけただけで沸騰するほどイライラしていた覚えがあるのに、今はその感情を思い出せなかった。むしろ、同情さえ覚える。

 彼女の性格はたしかに人に好かれるようなものではないけれど……それを差し引いてもここまで忌み嫌われているのは、穢れた血と生まれ損ないという負のハイブリッドだからだ。

 でも決してそれは彼女の罪ではない。

 彼女の両親が、そういう風に彼女を産み落としたのだ。

 今のシャルルにはそれが分かる。

 

「……」

 

 テローゼのことは好きではないし、何とかしてあげたいとも思えないけれど、なんとなくモヤモヤと胸に渦巻く感情がなんなのか、自分でもよく分からなかった。

 

 それから、シャルルは彼女のことをじっと注視した。テローゼは常に孤独だった。記憶の中では得意な授業では率先して手を挙げていたような気がしたのだが、ずっと席に座ったまま自分の分を終わらせて、背筋を伸ばしている。

 そういえば、もう二度と加点にも加わらないみたいなことを言われたことがあるような気もする。

 

 わたしは彼女の何に怒っていたのだっけ……?

 今のシャルルは、彼女を見ても何も思えなかった。

 

「シャルル、今日はあの日記やレポートはいいのか?」

 近くにいたドラコがボーッとしているシャルルに声をかけた。

「ええ、今日は何もしないことに決めたの」

「それはいい、もはや病的と言った方が正しかったからな。それじゃ終わったなら君も手伝ってくれ」

「? 何を?」

「何をって…君が言い始めたんだろ?他の生徒を手伝ってくれ」

 

 シャルルはポカンと口を開けた。ドラコはそれだけ言うとクラッブとゴイルに教え始める。周囲を見回すと、当然のように生徒が立ち上がって、歩き回っている。教授もそれを咎めず、当たり前のように微笑ましそうに見守っていた。

 生徒間の自助努力の一環として、授業中手助けし合うのは学年の初めにシャルルが提案し、ほとんど無理やり押し通したことではあった。それが今も当たり前に続いていることに驚いたのだ。

 いや…休みが明けてからも、何回かそうした記憶はある……。ついこの間も同じことを思った気がする。シャルルは呻いた。自分がまるで取り残されているように思えた。

 毎日授業を受けていたはずなのに、リドルと話している記憶しか鮮明に残っていない。

 誰と何を話して、何の授業をどういうふうに受けて、何を食べたか、どうでもいいことになりすぎて曖昧だった。

 ショックで指先が震える。

 あれ……?

 わたしってこんな人間だった……?

 

 呆然としながらも近くの生徒に教え、表面上を取り繕っていると授業が終わった。

「今日の夜いつもの教室はどうだ?」

「もちろん参加するわ!」

 ドラコの提案にいの一番にパンジーが華やかな声で賛成の声を上げた。ダフネやセオドール、エントウィッスルも続き、他の生徒もチラホラと賛同する。

 

「何の話?」

 シャルルはこっそり隣のダフネに囁くと、ダフネが「はぁ?」とありえないものでも見るような目つきをした。

「勉強会よ。いつもやってるでしょ」

「勉強会…って…休み前にやってた?」

「ああ、そっか、あなたは休み明けからまったく参加しなくなったものね。教室も誰よりも先に飛び出していって……曜日や頻度はまちまちだけど、まだ続いてるのよ?やっぱり難しい宿題なんかは人とやった方が早く終わるもの」

「……」

 唖然としているシャルルに、ダフネが「シャルルはどうするの?今日は参加する?」と急かした。

「ええ…ええ、参加するわ」

「ほんと?シャルルも参加だって!」

「珍しいじゃないか!主催者なんだからもっと顔を見せてくれよ。明日からも時間があるのかい?」

「いえ…分からないわ。でも、今日は大丈夫よ」

 シャルルは何がなんだか分からなかった。

 自分が人に無関心なのは自覚していたけれど…。ここまでじゃなかった気がする……。シャルルの心に滲むのは焦燥感だった。

 

 放課後、空き教室に集まる。クラスの半分が集まり、基本的には各々で課題を進めた。そして成績が良い者を中心に質問を受け、教えて回り、進行を回すのはドラコやパンジー、セオドール、アラン・トラヴァースなどの純血の子息子女だった。

 齟齬がなく進み、3時間ほどで解散する淀みのない流れは、幾度も繰り返していることを表していた。

 

 セオドールが椅子に佇んでいるシャルルに近付いてきて、顔を目の前で手のひらを翳した。

「大丈夫か?今日はずっと上の空だったようだけど」

「セオドール…。ええ、色々と驚くことがあって」

「一体何に?いつもの何かに焦るように日記と向き合う様子とは違かった。何かあったのか?」

「……いえ、ただ…わたし、変みたいなの…」

「それはずっとだけど」

「そうなんだけど、それを今自覚したのよ!今の今まで、勉強会が続いていることも、授業中みんなが協力してることも気付かなかったの。…おかしいわよね?」

 彼は眉をひそめた。

「君が自由に…そして自分勝手に、何かに猪突猛進に取り組んでるのはみんな知っていた。だから口を挟まなかったんだ。君が色んなことを見ている上で無視していると思っていたからだ。でも、違ったのか?」

「そういう部分もたしかにあったけど……」

「だろうね。だが、記憶に違和感があるというのは見逃せないな。君は記憶力に長けているだろう」

「そうよね。でも…休みが明けてからどう過ごしたかほとんど覚えてないのよ……授業もきちんと受けていたはずなのに」

「ほとんど?何も?」

「ハッキリとは…」

「記憶を消されたのか?それとも記憶障害?」

「そういうものじゃないわ」シャルルは首を振る。「ただ、あまりにも日々に無関心に生きていたせいで、覚えるべきこととして認識できなかったの」

 

 セオドールが軽く唇を舐め、重い口を開いた。

「分かった、確認していこう。マルフォイが無様に負けたのは?」

「ふ、覚えてる」

「ロックハートに演劇させられたのは?」

「…覚えてる」

「クリスマス休暇」

「覚えてる」

「グリフィンドールの奴らと一触即発になったのは?」

「…?ああ…そんなこともあったかしら。たしか、モンタギュー達が石になった生徒を馬鹿にしたとかで…?」

「ああ」

 

 深刻そうだったセオドールの表情が僅かに緩んだ。「記憶に問題があるわけではないみたいだ。ついこの間のことだからな」

 冷静で客観力のあるセオドールに肯定されたことで、シャルルの強ばっていた肩から力がじんわりと抜けた。

「良かった…。最近リドルと話してばかりだったから、他のことが曖昧で…」

 言い終わって、シャルルはハッと小さく息を飲んだ。

「リドル?」

「新しい友人よ」素知らぬ顔で微笑む。「それよりセオドール、ありがとう。少しホッとしたわ。これからはもう少し…研究と距離を置いてみる」

「ああ、そうした方がいい」

 

 彼に礼を言って、逃げるようにその場を去る。危なかった。リドルはシャルルとジニーしか知らない友人なのだ。

 部屋に戻って慌ててカーテンを閉め、安堵に柔らかい息を吐く。そして振り返ると黒髪の青年が笑顔でベッドに座っていた。

 

「おかえり、シャルル」

 

*

 

 シャルルは思わず悲鳴を上げた。そして慌てて口を塞ぐ。だが、誰も騒ぐ様子はなかった。

 リドルが眉をクイと上げてみせた。

 

「一人で移動できるの?」

 ベッドには当たり前のように黒い日記帳が置いてある。

「出来ないと言った覚えはないよ。そもそも、実体化させてくれたのは君だろ?」

「あなたには一体何が出来ないのよ…」

 シャルルの寝室まで戻ってきてしまったんだから、シャルルは彼から逃げることなんか出来やしない。恐れや怯えを通り越して、なんだかどっと疲れた。彼の隣に腰掛ける。

 彼から距離を取りたかったはずなのに、リドルの見慣れた麗しい顔を見ると、なぜか安心できた。

 

「それで?」

 唐突にリドルが問う。シャルルが憮然として答える。

「そんなにすぐに答えなんか出ないわ。あなたは何も教えてくれないし、尊重してもくれない。一体何にそんなに焦っているの?」

「焦る?」リドルは目を細めた。「焦る、ね…」

 

「焦ってはいないさ。ただ、時計の針が早く回るなら回るに越したことはないだろう?なにしろ、僕は50年も待ったんだから」

 

 日記の中に閉じ込められた少年。彼の簡単な呟きはシャルルの胸をドキリとさせる。

 

「どうしてわたしなの?」

 流されまいと、シャルルは詰る口調で言った。それはほとんど縋るようにも聞こえた。彼を信じるに足る理由が欲しかった。これほどまでに離れる理由ばかりが溢れているのに。

 

「君が僕を見つけたから」

 

 けれど、ただの偶然にすぎないと彼は言う。

 シャルルが彼を睨みつけようと顔を上げると、思わず動きを止めた。リドルが見た事のない穏やかな眼差しでシャルルのことを見下ろしていた。声を失って、シャルルはただ顔を赤くして俯いた。

 こんなの演技だと分かっているのに……どうして……。

 リドルが冷たい手のひらで、また彼女の頭を撫でる。

「君にもうクルーシオはかけない。僕は君がいいんだ」

「……」

 答え方が分からなくて、ただおずおずと彼の銀白色のローブをそっと握った。そしてこくり、とうなずく。身体中の血が甘く煮立っていく感覚が、シャルルの不安すべてを溶かしてしまったようだった。

 

 愚かだと、自分でも分かっている。

 伝説への憧れを手放すことが出来ないなんて。

 ……伝説への憧れ?

 内心で首を傾げ、自問する。たしかに、興奮して、尊敬して、伝説に立ち会いたい気持ちは大きい。けれど、その中に他の何か言い表しがたいものがあることに、シャルルは気づいていた。

 リドルのことしか考えられないなんて、こんなこと今までなかった。

 自分が感情的に動くタイプである自覚はあったが、それでも感情を理論で制御出来ているつもりだったし、自分の感情に理屈をつけられないこともなかった。

 理屈が分からないことは、こわい。

 なのに感情だけはわかっているから、タチが悪かった。

 リドルのそばにいたい。役に立ちたい。

 彼に褒めてほしいし、撫でてもらいたい。

 彼の隣に立つのが自分であってほしい。

 関われば関わるほど、信頼できるところがまるでないのに。

 わたしは……。

 

*

 

 その日は朝からなんとなく甘ったるい雰囲気が流れているようだった。夜遅くまでリドルに呪文を教わったり、実践練習をしたり、開心術の訓練をしているシャルルは、眠い目をこすりながら起き上がる。

 そういえば昨日パンジー達が、きゃあきゃあと甲高い声でなにかを嬉しそうに話していた気がする。

 身支度を整えて、いつものようにローブに日記帳をしまい、鞄を持って大広間に赴くと、シャルルは目をパチパチと何度か瞬かせた。眠気も吹き飛ぶようなショッキングピンクが疲れた眼球に突き刺さる。壁という壁が趣味の悪いピンク色で飾り立てられ、舞い散る大量の紙吹雪が顔の周りにぺたぺたとくっついてくる。

 呆気にとられながらスリザリンのテーブルに向かうと、ウンザリした顔の男子たちと、呆れながらもどこか楽しんでいる様子の女子たちを見つけた。

 これ何?と聞く前から、大広間の真ん前を陣取る、派手なピンク色のローブを纏ったロックハートが見えて、この寝込んだ時に見る夢みたいな状況の犯人を特定することができた。分かっていても、シャルルは絶句して尋ねることを抑えられなかった。

 

「な、なんなのこれ?」

 ダフネの隣に座る。男子たちはむっつりと口を噤み、セオドールなんて今にもこの場から逃げたそうにしていたが、ドラコが無言で腕を掴み続けているせいでその場に縫い止められていた。ドラコの隣では頬を薔薇色にさせ、うっとりとした表情のパンジーがくすくす笑っている。

「バッカみたい」

 ダフネがシャルルにしか聞こえないような小さな声で吐き捨てた。オートミールを粗雑に口に放り込んでいる。シャルルもスコーンとバターを取って、さっさと退散しようと早口で食べ始める。

 

「あの浮かれきったパンジーを見てよ。なんでこんなの楽しいと思えるのかしら」

「あら、ダフネもバレンタインは好きだと思っていたけど」

「もちろん好きよ。囁かに楽しめる範囲でならね」ダフネはぐるっと目を回した。

「でもこんな風に頭の悪い演出をされたら、楽しむ気持ちなんか消えちゃうと思わない?バカにされてるみたい」

「たしかにね。今年は誰かに送ったの?」

「ううん、友達にだけ。シャルルもでしょ?」

「もちろん」

「良かったわ、誰にも送らなくて。この恥ずかしい演出と同列になるところだった」

 稀に顔を出す彼女の棘は、シャルル以上の鋭さがあって面白い。久しぶりに見る辛辣なダフネにシャルルは笑いが込み上げてきたが、なんとか喉の辺りで留めておく。不機嫌な彼女をいたずらに刺激するのは賢い行いではない。

 

 いつもの通りドラコに寄り添っているパンジーは、いつも以上にしんなりとしなだれかかって彼のお世話をしていて、渦中の本人はすこぶる気まずそうだった。

 もうすぐフクロウ達が配達にやってくる。このバカみたいな大広間で恋のメッセージを受け取る彼らの心中を思うと、シャルルは同情せずにいられなかった。

 

 呆れ返っていたシャルルだったが、なんとバカバカしさは拍車をかけていった。金の羽根をつけた小人がゾロゾロと列を成して入ってくる。配達キューピッドというファンタジックな名前の割に、どれもこれも顰めっ面を浮かべている。

 さらには、あろうことかスネイプ教授に愛の妙薬の作り方を見せてもらったらどうか、などと口走ったロックハートに、スリザリン生は全員度肝を抜かれて絶句した。勇気を振り絞った…あるいは愚かな好奇心を働かせた生徒が数人スネイプに視線をやり、「ヒッ」とかぼそい悲鳴をあげて俯く。

 

 他人事のように同情を感じていたシャルルだったが、彼女は当然他人事ではいられなかった。

 ロックハートは最悪なサプライズをご丁寧に準備してくださっていたのだ。

 授業中に無理やり小人たちが乱入して来ては、メッセージを読み上げていく。教師の静止を物量でなぎ倒す彼らは、シャルルの前にひっきりなしにやって来て、『Be my Valentine』だの『From your secret admirer』だの不愉快な声で教室中に響き渡らせては、カードやプレゼント、チョコレートを置いていった。

 友達からのカードならいざ知らず、無記名の愛のメッセージを衆目の中で読み上げられるのは、身悶えするほど恥ずかしい。

 

 去年までバレンタインにプレゼントを貰うことに対してなんの感情も持っていなかったが、今年で大嫌いになった。初めは羞恥心で真っ赤になって俯くしか出来なかったが、僅かに心が慰められたのは、同じくらい被害にあっている仲間が大量にいることだ。小人がやってくる度、シャルルを始め、ドラコ、セオドール、アラン・トラヴァース、ザビニ、そしてダフネとヴィオラ・リッチモンドが、顔を青や赤に染めて呻き声を上げた。

 

 リドルはいつ日記から抜け出して様子を伺ったのか知らないが、震える文字で「君は大層な人気者だね。人望があって結構な事じゃないか──」と爆笑してくるので、シャルルは苛立ちを込めて日記を無視した。

 教えていないことを彼は当然のように把握しているから厄介だ。彼の性格の悪さは留まることを知らない。授業後のレッスンが既に憂鬱だった。

 

 怒りを通り越し、ウンザリしきったドラコが乱雑な足取りで先導し、その少し後ろをシャルルはダフネと愚痴を吐き合いながら歩いていた。

 食事中も数口食べる事に小人がやってきて、むりやり正面を向かせて音読してくるので、昼休みいっぱいを食事と趣味の悪い読み聞かせで潰されている。

 

「あのロックハートのバカのせいで、せっかくのバレンタインが台無しよ!」パンジーが嘆いた。

「ドラコ、今日ずっと不機嫌なのよ…プレゼントを用意したのに、このままじゃ渡せないわ」

「フクロウで贈らなかったの?」

「ええ。他の有象無象と一緒にされたくなかったんだもの。その選択は正しかったけど、どっちにしろ今日渡しても逆効果になっちゃう。夜までに機嫌が治ってくれるといいんだけど…」

「それは難しいでしょうね。あの不愉快な小人共ときたら、きっと寝室にまで押し入ってくるに違いないわよ」とダフネ。想像しただけで眉にシワが寄っている。ありそうなだけに目眩がしそうだ。

 シャルルは、安眠中にも小人がやって来くることと、からかわれながら必要な部屋で一晩過ごすことを検討し、後者を選ぶことに決めた。

 

 前方が騒がしかった。3人は足を止める。人だかりをマルフォイが押しのけていき、パンジーがすぐさまそれに続いていく。チラリと見えたのは、床に真っ赤に広がったインクと、地べたに這いつくばっているポッターだ。

 ドラコの背中が大きく膨らんでいる。

 シャルルとダフネは、無言でお互いに視線を交わし合った。

 

「パンジーは無事プレゼントを渡せそうね」

「それはどうでもいいけど、ポッターが今度は何をやらかしたかは気になるところね」

 

 彼女はにんまりと笑い、シャルルも苦笑しながら、ドラコの笑いを抑えた、わざとらしく冷たく気取った「何をしているんだい?」という声の方に向かった。

 

 ドラコがもったいぶった足取りで前に出たので、シャルルはその状況をよく見ることが出来た。おそらくポッターの鞄であろう残骸が弾け飛び、数匹の小人共に馬乗りにされながら、真っ赤になったポッターがもがいている。

 一瞬で理解できた彼の苦難に、シャルルは気遣わしげな表情を浮かべた。自分がこんなことになったら…脳裏によぎった嫌な仮定に、ゾッと悪寒が走る。愛のメッセージの読み聞かせに抵抗すると、こんなにむごい事になってしまうらしい。

 周りの野次馬をしている生徒たちは面白がっていて、特にドラコはこの上なく愉悦に満ちてポッターを見下ろしていた。

 パーシー・ウィーズリーが事態を収束させようとしたが、彼の言葉は生徒たちにも、小人共にもなんの効力も発揮しなかった。

 

 小人はポッターの足をガッチリと抑え込み、「あなたに、歌うバレンタインです」と残酷な宣言をした。

 

 ♪あなたの目は緑色、青いカエルの新漬のよう

  あなたの髪は真っ黒、黒板のよう

  あなたがわたしのものならいいのに

  あなたは素敵

  闇の帝王を征服した、あなたは英雄

 

 その歌が終わった途端、廊下が爆発したかと思った。寮に関係なく、そこにいるほとんど全ての生徒が腹を抱えて笑っている。ダフネが息も絶え絶えにシャルルに寄りかかった。その先ではパンジーが涙を流して腰を降り、ドラコも白い肌を真っ赤にして震えていた。

 シャルルはしばらく絶句して、微かに笑った。それは失笑だった。

「ひ、酷い出来ね…」

「アハ、アハハ!やめてシャルル!なんでそんなに冷静でいられるの!」

「冷静じゃないわ。言葉も出ないだけ」

「アハハハ!ハーーッ」

 ダフネが崩れ落ちた。パンジーが拳を握って床をドンドン叩いた。

「あ、あなたって本当、たまにとんでもなく面白いわ!」パンジーが叫んだ。

「面白いことを言ったつもりはないけど…」

 ポッターは燃えるような顔色で、よろよろと立ち上がって、周りの生徒と一緒に笑っていたが、どう見ても空元気なのはたしかだった。

 メッセージを読まれるだけでも逃げたくなるのに、聞かされるのがまさかの歌な上に、こうも稚拙なものでは、ポッターも浮かばれない。どうして彼はこう、いつも可哀想な目に遭っているのだろうか。シャルルは心底彼を憐れんだ。

 

「読まれたのが詩的なものだったら少しはマシだったでしょうに…こんな、五歳児が考えたような歌で…彼も本当に苦労しているわね…」

「ブハッ!も、もうやめてくれ!どうして追い討ちをかけてくるんだ!?」

「だってそう思わない?ロマンティックの欠片もない…少しでも芸術に触れたことがある人が書いたなら、こんな出来にはならないもの。ポッターの信奉者はずいぶん幼いみたい」

 

 悪気はなく、ただの感想だったが、それがさらにドラコたちの笑いを掻き立ててしまったらしく、彼らは物も言えなくなってしまった。

 パーシーが何か怒鳴りながら民衆を蹴散らそうとしている。その人だかりの中にジニー・ウィーズリーがいるのを見つけた。彼女は髪と同じほど顔を赤くして、ほとんど泣きかけているようだった。周囲とは一人だけ違うその反応に、手紙の主を思わぬ形で見つけてしまい、さっきまでの自分の感想が本人を前にずいぶんな物言いになってしまったことを悟った。

 ジニーがポッターを好きなのは知っていた。

 どうやら、男の子の趣味と同じように、彼女の芸術センスは死んでいるらしい。

 

 ドラコも目ざとくそれに気付いていたようだ。去り際に、すこぶる意地の悪い声で叫ぶのが聞こえた。

「ポッターは、君のバレンタインが気に入らなかったみたいだぞ」

 ジニーが両手で顔を覆い隠して、泣きながら走っていく。シャルルは彼の紳士的でない行いに、振り返ってジロッと睨んだが、視線に気づいているくせにニヤリと笑っただけだった。

 ウィーズリーが杖を取り出し、一触即発の空気が流れる。シャルルは溜息をついてさっさとその場を後にする。喚くようなパーシーの声を聞くに、どうやら、決闘ということにはならなそうだ。

 

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